芥川賞のすべて・のようなもの
第33回
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Last Update[H28]2016/6/13

遠藤周作
Endo Shusaku
生没年月日【注】 大正12年/1923年3月27日~平成8年/1996年9月29日
受賞年齢 32歳3ヵ月
経歴 東京府北豊島郡(現・東京都豊島区)生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒。出版社勤務後、フランス留学。帰国して、批評家、小説家となる。
受賞歴・候補歴
  • 第33回芥川賞(昭和30年/1955年上期)「白い人」
  • 第5回新潮社文学賞(昭和33年/1958年)『海と毒薬』
  • 第12回毎日出版文化賞(昭和33年/1958年)『海と毒薬』
  • |候補| 第1回谷崎潤一郎賞(昭和40年/1965年)『留学』
  • |候補| 第12回新潮社文学賞(昭和40年/1965年)『留学』
  • 第2回谷崎潤一郎賞(昭和41年/1966年)『沈黙』
  • |候補| 第13回新潮社文学賞(昭和41年/1966年)『沈黙』
  • |候補| 第18回読売文学賞[戯曲賞](昭和41年/1966年)『黄金の国』《戯曲》
  • |候補| 第21回読売文学賞[戯曲賞](昭和44年/1969年)『薔薇の館・黄金の国』《戯曲》
  • Ordine di San Silvestro Papa{聖シルベストロ教皇騎士団勲章/ローマ教皇庁}(昭和46年/1971年)
  • Pietrzak Prize{ピエトゥシャック賞/ポーランド}(昭和51年/1976年)
  • |候補| 第4回川端康成文学賞(昭和52年/1977年)「うしろ姿」
  • International Dag Hammarskjöld Prize{国際ダグ・ハマーショルド賞}(昭和53年/1978年)『イエスの生涯』
  • 第30回読売文学賞[評論・伝記賞](昭和53年/1978年)『キリストの誕生』
  • 第35回日本藝術院賞[文芸](昭和53年/1978年度)"作家としての業績"
  • 第33回野間文芸賞(昭和55年/1980年)『侍』
  • 文化功労者(昭和63年/1988年)
  • Campion Award{キャンピオン賞/アメリカ}(平成2年/1990年)
  • 第35回毎日芸術賞(平成5年/1993年度)『深い河』
  • 文化勲章(平成7年/1995年)
個人全集 『遠藤周作文学全集』全11巻(昭和50年/1975年2月~12月・新潮社刊)
『遠藤周作文学全集』全15巻(平成11年/1999年4月~平成12年/2000年7月・新潮社刊)
芥川賞
選考委員歴
第76回~第96回(通算10.5年・21回)
備考
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芥川賞 第33受賞  一覧へ

ユーロピアン
白い人」(『近代文學』昭和30年/1955年5月号、6月号)
媒体・作品情報
分載回数 全2回
誌名 「近代文學」  別表記代文學」 表紙 「KINDAI BUNGAKU」併記
巻号 (1)第10巻 第5号/通巻 第94号 (2)第10巻 第6号/通巻 第95号  別表記(1)5月号 (2)6月号
作品名 別表記 (1)本文 ルビ有り「ユーロッペアン」 (2)本文 ルビ有り「ユーロピアン」
副題等 (1)目次・本文 「(上)」 (2)目次・本文 「(下)」
印刷/発行年月日 (1)印刷 昭和30年/1955年4月20日 発行 昭和30年/1955年5月1日 (2)印刷 昭和30年/1955年5月20日 発行 昭和30年/1955年6月1日
発行者等 編集兼発行人 埴谷雄高 印刷所 大同印刷株式会社
発行所 近代文學社(東京都)
総ページ数 (1)137 (2)123 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
(1)(2)
30字
×25行
×2段
本文ページ (1)18~35 (2)60~79
(計38頁)
測定枚数 135
上記のうち紫の太字はブラウザでの表示が困難な異体字(主に正字など)
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書誌
>>『文藝春秋』昭和30年/1955年9月号
>>昭和30年/1955年12月・大日本雄弁会講談社/ミリオン・ブックス『白い人・黄色い人』所収
>>昭和31年/1956年11月・長嶋書房刊『戦後芥川賞作品集 II』所収
>>昭和31年/1956年11月・修道社刊『芥川賞作品集 第2巻』所収
>>昭和35年/1960年11月・筑摩書房刊『新選現代日本文学全集33 戦後小説集2』所収
>>昭和35年/1960年3月・新潮社/新潮文庫『白い人・黄色い人』所収
>>昭和35年/1960年8月・筑摩書房/新鋭文学叢書『遠藤周作集』所収
>>昭和37年/1962年☆月・角川書店刊『角川版昭和文学全集 第20 安岡章太郎・遠藤周作』所収
>>昭和38年/1963年8月・現代芸術社刊『芥川賞作品全集 第4巻』所収
>>昭和39年/1964年☆月・集英社刊『新日本文学全集 第9巻 遠藤周作・小島信夫集』所収
>>昭和42年/1967年1月・講談社刊『われらの文学10 福永武彦・遠藤周作』所収
>>昭和44年/1969年6月・講談社刊『日本現代文学全集106 現代名作選2』所収
>>昭和44年/1969年2月・講談社刊『新潮日本文学56 遠藤周作集』所収
>>昭和46年/1971年☆月・河出書房新社刊『日本文学全集51 安岡章太郎・吉行淳之介・遠藤周作』[カラー版]所収
>>昭和46年/1971年☆月・講談社刊『現代の文学20 遠藤周作』所収
>>昭和46年/1971年12月・講談社/講談社文庫『白い人・黄色い人 ほか二編』所収
>>昭和48年/1973年7月・成瀬書房刊『アデンまで』[特装版]所収
>>昭和48年/1973年8月・潮出版社/潮文庫『日本の短篇小説 昭和(下)』所収
>>昭和49年/1974年5月・教文館刊『現代日本キリスト教文学全集14 変革と主体』所収
>>昭和50年/1975年6月・新潮社刊『遠藤周作文学全集 第1巻 小説1』所収
>>昭和51年/1976年1月・講談社刊『遠藤周作文庫 白い人・青い小さな葡萄』所収
>>昭和55年/1980年5月・講談社刊『日本現代文学全集106 現代名作選2』[増補改訂版]所収
>>昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊『芥川賞全集 第5巻』所収
>>平成1年/1989年4月・埼玉福祉会/大活字本シリーズ『白い人・黄色い人』所収
>>平成8年/1996年4月・講談社/講談社文芸文庫『白い人・黄色い人』所収
>>平成11年/1999年10月・新潮社刊『遠藤周作文学全集 第6巻 短編小説1』所収
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候補者 遠藤周作 男32歳
選考委員 評価 行数 評言
石川達三
男50歳
18 「第一候補(引用者中略)という心づもりで、私は委員会に出て行った。」「全く未知の人だが私はこの作品を信用してもいいと思う。戦後のフランス文学などに類型がありはしないかという疑問も提出されたが、古臭い類型ならともかく、新しい類型ならば外国にその例があっても無くとも、委員会はあまり気にしなくともいいと私は思った。」「直木賞候補だという説もあったが、私はそうは思わない。」
井上靖
男48歳
11 「(引用者注:「未知の人」と共に)銓衡で最後まで残ったが、当然なことと思われた。」「筆も確りして最後まで読ませる。」「私はこの作品が取り扱っているカトリックの信仰の問題が自分に身近くないために、この作品の評価に多少戸惑いを感じたが、併し、今期の芥川賞に該当作品ありとすれば、この作品であることは間違いないところだった。」
佐藤春夫
男63歳
22 「最後まで残った。」「遠藤の力作は頼もしい。」「遠藤とは僅に一面識だが、他の候補者がすべて見ず知らずのなかで遠藤との面識がかえって遠藤の支持を妨げるような気分であったが、候補作をもう一度全部思い返してやはり遠藤を採るのが至当と思えた。」「新作家の未熟も目につかぬではないが、それを償うて余りある熱意を見てこのズブの新人の力一杯幾分手にあまった作品を今回の芥川賞に最も適当なものとして買う。――多少、危険株と思わないでもないが。」
丹羽文雄
男50歳
3 「全くダークホースであった。私と川端さんだけが、最後まで多少不安を感じた。が、反対を唱えるような作品ではなかった。」
宇野浩二
男63歳
28 「特異な題材を、よく工夫して、工合よく、書いてある、という点だけでも、問題になるところはある、が、唯それだけのところもある。」「結局、芥川賞の係りの人が、(一時は「今回こそ該当作なし」と大方きまりかかったのに、)粘りに粘ったために、この『白い人』が賞ときまってしまったが、私は、(委員会の時までにこの小説だけ読んでいなかったので、)委員会の日の翌日にこの作品を二度も読んでみたけれど、その結果、この小説は芥川賞に該当しない、と、ここで、言明する。」
瀧井孝作
男61歳
6 「わるくはないが、アカデミックの形式主義か、飜訳小説に似て、瓶詰をたべるような味だと思った。」「「白い人」遠藤周作氏が当選したことは、西洋小説のようなものも日本人が描けるのだという意味で面白いと思った。」
舟橋聖一
男50歳
13 「一時は(引用者注:該当作)ナシにきまりかけたが、司会者の運びのうまさ(これは名人芸に値した)につりこまれて、やはり授賞作となった。」「僕が彼に、一票を投じきれなかったのは、果して小説一本で行く人かどうかを疑ったからであった。」
川端康成
男56歳
18 「推すのには、多少の逡巡と疑問を感じたと言うよりも、私は自信に欠けていたと言った方がいいかもしれない。外国を舞台に外国人を書いているからである。」「これは考えられ作られた作品であって、日本では勿論材料も主題も特異であるけれども、同時に典型的でもある。批評的な図式の感じを十分抜け切らない。しかしこれも差支えないと思えば差支えはない。つまり、この力ある作家を拒否する理由はなさそうである。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和30年/1955年9月号)
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