芥川賞のすべて・のようなもの
第47回
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Last Update[H26]2014/6/20

川村晃
Kawamura Akira
生没年月日【注】 昭和2年/1927年12月3日~平成8年/1996年1月4日
受賞年齢 34歳7ヵ月
経歴 台湾・嘉義市生まれ、静岡県沼津市育ち。陸軍航空通信学校在学中に、太平洋戦争終戦。昭和25年/1950年~昭和33年/1958年、日本共産党に所属。職を転々としながら創作を続ける。
受賞歴・候補歴
  • |候補| 第7回同人雑誌賞(昭和35年/1960年)「まぼろしの足」
  • 第47回芥川賞(昭和37年/1962年上期)「美談の出発」
備考
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びだん しゅっぱつ
美談の 出発」(『文学街』昭和37年/1962年3月号)
媒体・作品情報
誌名 「文学街」
巻号 第6巻 第3号  別表記3月号
印刷/発行年月日 印刷 昭和37年/1962年3月1日 発行 昭和37年/1962年3月5日
発行者等 編集兼発行人 美馬志朗
発行所 文学街社(東京都)
総ページ数 68 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
26字
×23行
×2段
本文ページ 1~46
(計46頁)
測定枚数 133
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書誌
>>『文學界』昭和37年/1962年6月号再録
>>『文藝春秋』昭和37年/1962年9月号
>>昭和37年/1962年9月・文藝春秋新社刊『美談の出発』所収
>>昭和38年/1963年7月・講談社刊『文学選集28 昭和38年版』所収
>>昭和39年/1964年5月・学習研究社/芥川賞作家シリーズ『若い廃墟』所収
>>昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊『芥川賞全集 第6巻』所収
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候補者 川村晃 男34歳
選考委員 評価 行数 評言
中村光夫
男51歳
9 「作者が、ひとり合点を楽しんでいる小説で、そのいい気なところに反撥する人がいるのは当然だし、技術的に未熟という評もあたっています。しかし作者が何か書きたいものを持ち、それがはっきりしない形でも、とにかくでていることは確かです。」「新人への授賞は、折紙をつける場合も、賭けする気持でする場合もあり、それでよいのだと思います。」
瀧井孝作
男68歳
8 「一番いいと思った。」「暗いが、しかし、何か読ませる力があるのだ。文章には、まだ淡いが、この作家の持味もあるようだ。」「「美談の出発」という題は、この主人公の自嘲の意味もあるらしかった。」
石川淳
男63歳
0  
永井龍男
男58歳
13 「二篇(引用者注:「美談の出発」と「烏のしらが」)を、私は選んだ。」「なに一つ高い声を立てることなく、ひとかたまりの飯粒ほどの人間の交渉を描いて、個性ある作品効果をあげている。」「私はその中に、主人公の使う鉄筆の音だけが、絶えずひびいているような印象をうけた。」「主人公の陰に立つ作者は、贖罪という言葉を弱々しく主人公に使わせているが、本音はもっと激しいものかも知れないと思った。」
石川達三
男57歳
22 「私は最後までかなり強硬に「美談の出発」に反対した。私にはこの作家が、そんなに優れているとは思われない。」「この作品から何等の感銘もうけないし、美しさをも感じない。」「案外この作者は読者の同情を求めながら、うしろを向いて舌を出すようなところが有りはしないか。私はそういうところに欺されないように警戒しなくてはならないという気がするのだ。」
舟橋聖一
男57歳
9 「意外にも川村へ票が集った。」「癖や嗜好性の多い田久保・吉村らの小説作りより、「美談の出発」のような私小説風の善人ぶりのほうが、口あたりはいいかも知れないが、文壇意識がないと云うだけで、点を増すのは、銓衡の安定感を稀薄にするので、僕は反対だった。」
井上靖
男55歳
9 「一番読みごたえがあった。動きのとれぬ人間関係を設定し、人間の善意というものの持つ弱い面と、それが辿る運命を丹念に、併し、そうむきにならずに追求した作品である。」「地味な作風だが、文章も確りしているし、主題の追求の仕方も執拗であり、それと目立たぬが、どこかにこの作家の独創性も感じられた。一票を投じたゆえんである。」
井伏鱒二
男64歳
9 「今回は該当者なしと答えたいが、須田作次と川村晃に注目した。」「説明たらずのところもあるし説明過剰のところもある。しかし風変りな冒険的な生活を、よくも「個人経営の社会事業」と云ったものである。」「もしこの作品が問題作になって投票できめる場合には、自分はこれに半票を投じたい。そう申し入れておいた。」
丹羽文雄
男57歳
3 「題名がこの小説の秘密をさらしている。そういうつもりでこの小説が書かれたのだと思うと、興ざめがする。」
川端康成
男63歳
1 「私は(引用者中略)支持した。」
高見順
男55歳
8 「挫折した魂のいたましさを感じさせることで、昔の「人民文庫」の仲間の仕事を私に思わせた。」「しかし何かゲテの趣きがありそれから出るのを待ちたいと思って私は推さなかった。しかし私の推した作品が落ちて、最後の投票という時は、昔の仲間を偲ばせる共感の方に私は従った。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和37年/1962年9月号)
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