芥川賞のすべて・のようなもの
第54回
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Last Update[H29]2017/9/28

高井有一
Takai Yuichi
生没年月日【注】 昭和7年/1932年4月27日~平成28年/2016年10月26日
受賞年齢 33歳8ヵ月
経歴 本名=田口哲郎。東京府北豊島郡長崎町生まれ。早稲田大学第二文学部英文科卒。共同通信社に入社、昭和52年/1977年に退社するまで記者として活動。そのかたわら昭和39年/1964年より同人誌『犀』に創刊から参加。
受賞歴・候補歴
備考
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芥川賞 第54受賞  一覧へ

きた かわ
北の 河」(『犀』4号[昭和40年/1965年8月])
媒体・作品情報
誌名 「犀」  別表記表紙 「季刊文芸誌」
巻号 第4号  別表記夏季号
発行者等 印刷 東銀座印刷出版株式会社(東京都)
発行所 犀の会(東京都)
総ページ数 150 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
30字
×28行
×2段
本文ページ 6~20
(計15頁)
測定枚数 59
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書誌
>>『文學界』昭和40年/1965年12月号再録
>>『文藝春秋』昭和41年/1966年3月号
>>昭和41年/1966年3月・文藝春秋刊『北の河』所収
>>昭和47年/1972年6月・河出書房新社/新鋭作家叢書『高井有一集』所収
>>昭和47年/1972年11月・講談社刊『現代の文学36 古井由吉・李恢成・丸山健二・高井有一』所収
>>昭和51年/1976年7月・文藝春秋/文春文庫『北の河』所収
>>昭和52年/1977年8月・筑摩書房刊『筑摩現代文学大系94 柏原兵三・坂上弘・高井有一・古山高麗雄集』所収
>>昭和55年/1980年2月・講談社/講談社文庫『現代短編名作選7 1962~1965』所収
>>昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊『芥川賞全集 第7巻』所収
>>昭和63年/1988年5月・小学館刊『昭和文学全集 第30巻 清岡卓行・上田三四二・高橋たか子・竹西寛子・日野啓三・後藤明生・高井有一・坂上弘・阿部昭』所収
>>平成1年/1989年10月・埼玉福祉会/大活字本シリーズ『北の河』所収
>>平成7年/1995年5月・ぎょうせい刊『ふるさと文学館 第6巻 秋田』所収
>>平成15年/2003年7月・講談社/講談社文芸文庫『半日の放浪―高井有一自選短篇集』所収
>>平成21年/2009年6月・アーツ・アンド・クラフツ刊『私小説の生き方』所収
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候補者 高井有一 男33歳
選考委員 評価 行数 評言
瀧井孝作
男71歳
25 「私はこれが一番よいと思った。」「読後私は何か憐れな感じがした。」「文章がもっと鋭いと申分ないが、やや説明も多い、ジカでない、紙一重の膜があった。しかし、河の中洲の母の水死体は鮮かに見えた。」
石川達三
男60歳
10 「私は積極的には推せなかったが、特に反対はしなかった。」「欠点がはっきりしている。しかし筆力もあり一種の感銘もある。何よりも作者のまじめな態度が良い。」「芥川賞は新しい文学を待望するとは言っても、奇をてらうものではないと私は思っている。」
川端康成
男66歳
9 「(引用者注:授賞が)決定したのは、少し意外であった。いかにも地味で、古風かとも思える作品である。しかし、決定の後に読みかえしてみると、地味で古風かとも思えるところに、質実で丹念な観察と描写があって、これはこれで一つのものであろうか。」「抑える作風は近ごろめずらしいのかもしれない。」
丹羽文雄
男61歳
11 「こういう小説は当選しやすい作品である。もちろん良かったから当選したのだが、こういう作者の身の構えが、審査員の気に入るということは、作品のよし悪し以外に考え直してもよいことであろうと思った。」「審査員もこういう小説を当選させておけば、無難である。いいかえると、曲がなさすぎる。」「審査員のひとりとして考えねばならないことだと思った。」
石川淳
男66歳
0  
井上靖
男58歳
9 「文章も確りしており、浮いたところや背のびしているところのないのがよかった。母の死の理由がはっきりしていないのはこの作の大きな欠点となっているが、そうした欠点を持ちながらもなお、作品のこころだけはこちらに迫って来るようなところがある。」「第一位に推したゆえんである。」
中村光夫
男54歳
15 「素朴で幼稚なところもあるような筆づかいで、小説の技術もうまいとは言いかねます。」「しかしこのややたどたどしい北国の自然の描写には、あるひたむきな感情の流れがあり、敗戦直後の暗い農村を背景に、清純な母子像を彫りあげています。」「単純すぎて、ものたりぬ点はあっても、効果をあてこんだ芸と工夫ばかり氾濫するなかで、珍しく、澄んだ心が感じられる作品です。」
舟橋聖一
男61歳
11 「哀愁ある佳品である。」「もっとも半分以上はフィクションだろうから、いっそ息子の年齢を十八位にすれば、もっと背景や周囲が鮮明になり、母との心理も生々しくなって、ちょっとした傑作が生れたかも知れない。」
永井龍男
男61歳
7 「私は最後まで残した。」「(引用者注:「死化粧」と)ほとんど同じ題材を扱っているが、(引用者中略・注:「北の河」の方が)整った文体と抒情味が行き渡っているので、それがより多く好意を持たれる結果になったようだ。」「次作にいまは注目したい。その繊細さの中に多少の危惧を感じるからである。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和41年/1966年3月号)
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