芥川賞のすべて・のようなもの
第52回
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Last Update[H26]2014/6/20

伊藤沆
Ito Hiroshi
生没年月日【注】 大正3年/1914年8月4日~昭和59年/1984年4月20日
経歴 愛知県豊田市出身。早稲田大学卒。名古屋新聞社(のちの中日新聞社)に入社し、文化部長、企画局長、出版部長、監査役、取締役、出版局長、東京中日総局長などを歴任した。また同人誌『作家』では昭和23年/1948年創刊時以来の中心的な同人。
受賞歴・候補歴
  • |候補| 第2回千葉亀雄賞[選外佳作](昭和14年/1939年)「蝦夷風土記」
  • 第28回サンデー毎日大衆文芸[入選](昭和16年/1941年上期)「信長の首」
  • |候補| 第52回芥川賞(昭和39年/1964年下期)「母の上京」
備考
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芥川賞 第52回候補  一覧へ

はは じょうきょう
母の 上京」(『作家』昭和39年/1964年9月号)
媒体・作品情報
誌名 「作家」
巻号 第189号  別表記9月号
副題等 本文 「―続・愛憎記」
印刷/発行年月日 発行 昭和39年/1964年9月1日
発行者等 編集発行 小谷剛 印刷所 日大印刷株式会社
発行所 作家社(名古屋市)
総ページ数 120 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
30字
×24行
×2段
本文ページ 2~24
(計23頁)
測定枚数 78
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候補者 伊藤沆 男50歳
選考委員 評価 行数 評言
石川淳
男65歳
0  
瀧井孝作
男70歳
13 「私はこの人の昨年か名古屋の「作家」に出した、「幽囚記」という百五十枚ほどの歴史小説に感心して居た。(引用者中略)これは大人の小説だと思った。この歴史小説が佳かったので、こんどこの私小説も推薦した。この「幽囚記」がこんど参考にでも読まれたらよかったが……。」
石川達三
男59歳
0  
井上靖
男57歳
2 「面白かった。」
丹羽文雄
男60歳
3 「好意のもてる小説であるが、この種の小説はいろんな作家にすでに書かれていた。」
高見順
男57歳
3 「素直さに好感が持てたが、とりえは素直さだけと言っては酷評だろうか。」
中村光夫
男53歳
4 「真面目に書きこんであるのは好意がもてますが、」「手なれた描写が型にはまって新鮮さがありません。」
川端康成
男65歳
2 「素直であるが、無難という以上のものが望ましかった。」
永井龍男
男60歳
0  
舟橋聖一
男60歳
16 「読後、私の心に、(引用者中略)残った。」「悪くはない。主人公憲三の心理は、丹念に描けている。その母を中にはさんでの夫婦間の気持の交錯も面白く読める。」「小説の構成としては、出来すぎた感じが残る。これを推す瀧井さんの推し方にも、ひとつアイマイなところがあった。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和40年/1965年3月号)
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