芥川賞のすべて・のようなもの
第7回
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Last Update[H26]2014/6/20

田畑修一郎
Tabata Shuichiro
生没年月日【注】 明治36年/1903年9月2日~昭和18年/1943年7月23日
経歴 本名=田畑修蔵。旧姓=河野。島根県美濃郡益田町(現・益田市)生まれ。早稲田大学英文科卒。旅館経営ののち、文筆活動を続ける。
受賞歴・候補歴
  • |候補| 第7回芥川賞(昭和13年/1938年上期)『鳥羽家の子供』
個人全集 『田畑修一郎全集』全3巻(昭和55年/1980年8月~10月・冬夏書房刊)
備考
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芥川賞 第7回候補  一覧へ

とばけ こども
鳥羽家の 子供』(昭和13年/1938年6月・砂子屋書房刊)
媒体・作品情報
作品名 別表記 「鳥家の子供」
印刷/発行年月日 印刷 昭和13年/1938年6月18日 発行 昭和13年/1938年6月23日
発行者等 発行 山崎剛 印刷 宮島富治   1200部発行(第1刷)
発行所 砂子屋書房(東京市)
総ページ数 317 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
40字
×14行
×1段
本文ページ 9~317
(計309頁)
測定枚数 387
上記のうち紫の太字はブラウザでの表示が困難な異体字(主に正字など)
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収録作品の書誌
相似
>>昭和55年/1980年8月・冬夏書房刊『田畑修一郎全集 第1巻』所収
鳥羽家の子供
>>昭和22年/1947年7月・鳳文書林刊『現代珠玉集 第2輯』所収
>>昭和26年/1951年12月・河出書房刊『現代日本小説大系 第54巻 昭和十年代9』所収
>>昭和30年/1955年2月・角川書店刊『昭和文學全集53 昭和短篇集』所収
>>昭和30年/1955年9月・河出書房刊『現代日本小説大系 第56巻 昭和十年代9』所収
>>昭和31年/1956年7月・筑摩書房刊『現代日本文学全集79 十一谷義三郎・田畑修一郎・北条民雄・中島敦集』所収
>>昭和39年/1964年10月・講談社刊『日本現代文学全集82 梶井基次郎・田畑修一郎・中島敦集』所収
>>昭和39年/1964年12月・新潮社刊『日本文学全集71 名作集第3 昭和篇(上)』所収
>>昭和43年/1968年2月・筑摩書房刊『現代文学大系64 現代名作集2』所収
>>昭和45年/1970年9月・中央公論社刊『日本の文学79 名作集3』所収
>>昭和48年/1973年3月・筑摩書房刊『現代日本文学大系91 現代名作集1』所収
>>昭和49年/1974年☆月・中央公論社刊『日本の文学79 名作集3』[アイボリーバックス]所収
>>昭和53年/1978年4月・筑摩書房刊『筑摩現代文学大系60 田畑修一郎・木山捷平・小沼丹集』所収
>>昭和55年/1980年5月・講談社刊『日本現代文学全集82 梶井基次郎・田畑修一郎・中島敦集』[増補改訂版]所収
>>昭和55年/1980年8月・冬夏書房刊『田畑修一郎全集 第1巻』所収
>>平成3年/1991年1月・田畑文学を語る会刊『田畑修一郎文学作品 第1集 鳥羽家の子供』所収
>>平成5年/1993年11月・ぎょうせい刊『ふるさと文学館 第38巻 島根』所収
>>平成17年/2005年11月・田畑修一郎生誕100年祭実行委員会刊『鳥羽家の子供―田畑修一郎作品集』所収
郵便
>>昭和55年/1980年8月・冬夏書房刊『田畑修一郎全集 第1巻』所収
悪童
>>初出『早稲田文學』昭和10年/1935年1月号
>>昭和55年/1980年8月・冬夏書房刊『田畑修一郎全集 第1巻』所収
五年間
>>昭和55年/1980年8月・冬夏書房刊『田畑修一郎全集 第1巻』所収
ふさ江の話
>>昭和55年/1980年8月・冬夏書房刊『田畑修一郎全集 第1巻』所収
二つの部屋
>>初出『早稲田文學』昭和11年/1936年4月号
>>昭和55年/1980年8月・冬夏書房刊『田畑修一郎全集 第1巻』所収
>>平成4年/1992年11月・文藝春秋/文春文庫『アンソロジー人間の情景3 愛の迷宮』所収
南方
>>初出『早稲田文學』昭和10年/1935年6月号
>>昭和15年/1940年8月・人文書院刊『石ころ路』所収
>>昭和26年/1951年12月・河出書房刊『現代日本小説大系 第54巻 昭和十年代9』所収
>>昭和30年/1955年9月・河出書房刊『現代日本小説大系 第56巻 昭和十年代9』所収
>>昭和31年/1956年7月・筑摩書房刊『現代日本文学全集79 十一谷義三郎・田畑修一郎・北条民雄・中島敦集』所収
>>昭和39年/1964年10月・講談社刊『日本現代文学全集82 梶井基次郎・田畑修一郎・中島敦集』所収
>>昭和53年/1978年4月・筑摩書房刊『筑摩現代文学大系60 田畑修一郎・木山捷平・小沼丹集』所収
>>昭和55年/1980年5月・講談社刊『日本現代文学全集82 梶井基次郎・田畑修一郎・中島敦集』[増補改訂版]所収
>>昭和55年/1980年8月・冬夏書房刊『田畑修一郎全集 第1巻』所収
三宅島通信
>>昭和15年/1940年8月・人文書院刊『石ころ路』所収
>>昭和55年/1980年8月・冬夏書房刊『田畑修一郎全集 第1巻』所収
石ころ路
>>昭和15年/1940年8月・人文書院刊『石ころ路』所収
>>昭和26年/1951年12月・河出書房刊『現代日本小説大系 第54巻 昭和十年代9』所収
>>昭和30年/1955年9月・河出書房刊『現代日本小説大系 第56巻 昭和十年代9』所収
>>昭和31年/1956年7月・筑摩書房刊『現代日本文学全集79 十一谷義三郎・田畑修一郎・北条民雄・中島敦集』所収
>>昭和39年/1964年10月・講談社刊『日本現代文学全集82 梶井基次郎・田畑修一郎・中島敦集』所収
>>昭和45年/1970年1月・集英社刊『日本文学全集88 名作集3』所収
>>昭和50年/1975年6月・集英社刊『日本文学全集88 名作集3』[豪華版]所収
>>昭和52年/1977年1月・家の光協会刊『土とふるさとの文学全集8 田野落日』所収
>>昭和55年/1980年5月・講談社刊『日本現代文学全集82 梶井基次郎・田畑修一郎・中島敦集』[増補改訂版]所収
>>昭和55年/1980年8月・冬夏書房刊『田畑修一郎全集 第1巻』所収
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候補者 田畑修一郎 男34歳
選考委員 評価 行数 評言
久米正雄
男46歳
9 「勿論、感心しないではなかった。芸術味も豊かで、素質としては、(引用者注:受賞した中山義秀よりも)此人の方が寧ろ、キメが細いかとも思うが、作品は少しゴタゴタして居て、いずれもっと洗練され、渾融される時が来るであろう事を思わせた。」
佐藤春夫
男46歳
21 「この三篇(引用者注:「厚物咲」「鴉」「鳥羽家の子供」)から一篇を抜く英断には苦労が入る。」「妙に神経質で人好きがしない、そのくせ一々急所を押えた心理的な筆致が相当くっきりと鳥羽家をまる彫しているのを認めなければなるまい。」「当選作はこの篇に限る。」「ここいらでもう一ふんばりして立ち直って欲しいものである。口はばったいが乃公がついている。三宅島などをほっつき歩く間にもう一作なからざるべからず。」
横光利一
男40歳
0  
室生犀星
男49歳
0  
小島政二郎
男44歳
28 「主人公の性格描写が完全でない。」「全体の構成がやや緊密を欠き、その為め立体感が弱く、妙に全体の印象がぼやけている。しかし、太刀先は正しいと思った。」「第二の母の姿は、(引用者注:「厚物咲」の二老人の姿に比べれば)実に何寸か彫り込んでいると思った。そう云う意味で、僕は「鳥羽家の子供」に一票を投じた。」
佐佐木茂索
男43歳
0  
瀧井孝作
男44歳
13 「まともに見て描いてあって自然な感じのする点で、こんどぼくの読んだ中では一番好きだと思った。」「一票を入れた。今月の文芸汎論に出た田畑氏の近作の短篇も美しい作と思ったので、それで推選した。」
宇野浩二
男47歳
36 「自分の好き嫌いなどこだわらないで比べると、普通の意味で、「厚物咲」より、「鳥羽家の子供」の方が、上品で、謂わゆる芸術的である。」「褒めて云うと、何か弱々しいところと、「もう一と息」というところに、田畑の、長所がある。が、より以上に短所がある。」「田畑が、「南方」、「三宅島通信」、「石ころ路」等の謂わゆる感じのいい小説ときっぱり別れて、数年前の、「鳥羽家の子供」、「医師高間氏」あたりから出直す気になったら、彼は、必ず、二十年近い彼の長い文学の修業が報いられて、文学の大道に出られるであろうと私は信じるのである。」
菊池寛
男49歳
   
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和13年/1938年9月号)
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文量
短篇集〔10篇〕
相似
鳥羽家の子供
郵便
悪童
五年間
ふさ江の話
二つの部屋
南方
三宅島通信
石ころ路




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