当サイトで扱うまでにはまとまっていない直木賞関連情報を、だいたい週イチでアップする「直木賞のすべて 余聞と余分」を平成19年/2007年5月から始めました。こっちの本サイトの更新を怠らないように、心してやっていきたいものです。
 今年もまた8月がきました。毎日が暑いです。こんな季節に海外のことを書くとなれば、中国大陸や太平洋を舞台にした例の戦争に触れないわけにはいきません。直木賞にとっても無関係とは言えない戦争です。  昭和10年/1935年に始まった直木賞は、戦中の第20回(昭和19年/1944年・下半期)までに15人の受賞者を出しました。そのなかにあって戦争で命を落とした人がひとりだけいます。神崎武雄さんです。  ...
 だいたい40年まえの昭和52年/1977年。平田敬さんが『喝采の谷』(昭和52年/1977年4月・講談社刊)という題名の長篇小説を書き下ろしました。舞台はアメリカのサスカラン峡谷。ということになっていますが、そんな場所はじっさいには存在しません。  単行本には、城山三郎さんと平田さんの対談「生涯を賭ける充実感」という差し込みの付録が入っていて、平田さん自身がその峡谷のことを語っています。「風景...
 うちのサイトやこのブログが、たとえば「おれは作家になりたい」とか「直木賞をとりたい」とか、そういう動機で続けているものだったら、確実に別のテイストになっていたと思います。そうだよおれは直木賞がとりたいんだよ、とウソをついてまでブログを続ける必要もないので、これまでどおり直木賞に関わるあらゆる事象を見つけては、取り上げていく方針に変わりはないんですけど、これほど何の役にも立たない時間のつぶし方は...
 直木賞の候補になったのに、その件についてあまり語られない人がいます。その人が直木賞だけじゃなく芥川賞のほうでも候補になったことがある場合は、とくにそうです。珍しくない、あるあるの、ノスタルジックな風景に溶け込んでしまう、日本の伝統的ななりゆきと言っていいんでしょうが、瓜生卓造さんなどもやはりそのひとりです。  親の転勤の関係で、たまたま神戸で生まれた瓜生さんは、生後まもなく引っ越して東京育ち。...
 いま、うちのブログは「直木賞、海を越える」というテーマでやっています。毎週だれを取り上げるかは、だいたい適当な思いつきなんですが、直木賞が決まった直後の週には豊田穣さんのことを書きたいなあ、と以前から思っていました。  そしたら、こないだ発表された第161回の受賞者が、名古屋の出身で中京地域に縁の深い大島真寿美さんだ! ということになったので、二重の意味で今週は、海を越えてしまった中京地域の直...