伊与原新（いよはらしん）-直木賞受賞作家

第172回

＝受賞者＝
伊与原　新

Last Update●[R7]2025/5/7

	Iyohara Shin
	生没年月日【注】	昭和47年/1972年～
	経歴	大阪府吹田市生まれ。神戸大学理学部地球科学科卒、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。専攻は地球惑星科学。大学勤務を経て、平成22年/2010年に「お台場アイランドベイビー」で横溝正史ミステリ大賞を受賞してデビュー。
	受賞歴・候補歴	\|候補\| 第55回江戸川乱歩賞（平成21年/2009年）「二度目の満月」第30回横溝正史ミステリ大賞（平成22年/2010年）「お台場アイランドベイビー」 \|候補\| 第56回江戸川乱歩賞（平成22年/2010年）「ルカの方舟」第38回新田次郎文学賞（平成31年/2019年）『月まで三キロ』第8回静岡書店大賞［小説部門］（令和1年/2019年）『月まで三キロ』第3回未来屋書店大賞（令和1年/2019年）『月まで三キロ』 \|候補\| 第164回直木賞（令和2年/2020年下期）『八月の銀の雪』 \|第6位\| 第18回2021年本屋大賞（令和3年/2021年）『八月の銀の雪』 \|候補\| 第34回山本周五郎賞（令和2年/2020年度）『八月の銀の雪』第172回直木賞（令和6年/2024年下期）『藍を継ぐ海』
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第164回候補

『八月(はちがつ)の銀(ぎん)の雪(ゆき)』（令和2年/2020年10月・新潮社刊）

媒体・作品情報

作品名別表記	奥付ルビ有り「はちがつ」「ぎん」「ゆき」
印刷/発行年月日	発行令和2年/2020年10月15日
発行者等	発行者佐藤隆信　印刷所錦明印刷株式会社　製本所大口製本印刷株式会社
発行所	株式会社新潮社（東京都）			形態	四六判　並製
装幀/装画等	装画草野碧　装幀新潮社装幀室
総ページ数	242	表記上の枚数	―	基本の文字組（1ページ当り）	42字 ×20行 ×1段
本文ページ	5～246 （計242頁）	測定枚数	441枚

書誌

令和5年/2023年6月・新潮社／新潮文庫『八月の銀の雪』

書き下ろし

令和5年/2023年6月・新潮社／新潮文庫『八月の銀の雪』

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　伊与原新　48歳
選考委員		評価	行数	評言
北方謙三	73歳	■	12	「読んでいておたく小説かと感じてしまう。」「全体的には専門的な記述にうまく入りこめず、読後に散漫な印象が残ってしまった。小説的昇華が充分ではなかった、と私は思った。」
宮部みゆき	60歳	△	15	「（引用者注：「心淋し川」と共に）連作短編のうちの一作のタイトルを、そのまま本のタイトルにしてあります。」「作者が表題作で工夫した設定と物語構造が、短編集そのものの世界観をつくっている。だから本のタイトルが、表紙をめくる読者に対して、実に的確に「好い声」で投げかける最初の挨拶になっているのです。」
林真理子	66歳	■	12	「科学を小説に取り入れた手腕が魅力的である。が、全く同じ手口を見せられると、後半飽きてしまう。またそこに原発問題がとうとうと語られると興醒めに。」
角田光代	53歳	○	25	「収録作はすべて秀作揃いだと思った。」「すべての小説がパターン化している感じがあるが、どの短編も、私たちの生きている世界は、見たことのない地球の内部も宇宙も微生物も含めて、なんとうつくしいのだろうと思わせてくれる。」「今回の候補作のなかでもっとも深遠な世界を私に見せてくれた小説集だった。」
桐野夏生	69歳	■	13	「「アルノーと檸檬」には、涙ぐみさえした。しかしながら、一般の人々が知らないことを書こうとする小説は、どうしてもレクチャーじみてしまう。そして、それはパターン化しやすい。」
浅田次郎	69歳	■	15	「何よりも「自然科学小説」という、あるようでない分野が興味深く、なおかつ登場人物それぞれの苦悩を上手にからませて、人間と自然のかかわりにまで踏みこんでいる点は秀逸であった。ただし、会話文の多用によって短篇の稠密感が損われ、またどの作品も同じ顔になってしまったきらいがあった。」
高村薫	67歳	■	14	「評者は全体に古風な洗練を感じたが、地球の内核に降る鉄の雪や珪藻の生態などを語る饒舌の一方、ここでも総じて人間は影が薄い。この作者には何よりもまず、ご自分の好きな世界を小説に仕立てることの危うさに気づいてほしいと思う。」
三浦しをん	44歳	◎	24	「推した。」「社会問題もさりげなく射程に収めつつ、詩情にあふれた端正な文章で紡ぎだされる、うつくしいイメージの数々が本当に素晴らしい。」「生きづらいひと、さびしいひとにそっと寄り添い、美とユーモアで未知の世界、新しい世界へと想像力を羽ばたかせる力に満ちた、科学と創作物の最良かつ最高の融合の形が本作にはあると確信する。」
伊集院静	70歳	△	11	「私たちの日常の中に、これまで氏が学んでこられたものを合致させたいという意思に敬服した。何より、清濁合わせ持った私たちの日常を清らかなものと思いたい、氏の願望を感じて、私は嬉しかった。」
選評出典：『オール讀物』令和3年/2021年3・4月合併号

山本周五郎賞 第34回候補

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　伊与原新　48歳
選考委員		評価	行数	評言
伊坂幸太郎	49歳	○	64	「この作品は、「いい話」でありながらまったく白けた気持ちにはさせられず、それは作者の誠実で丁寧なスタンス、優れたバランス感覚によるものだと感じました。」「フィクションに「何か変わったもの」「ちょっとした毒」を求める（僕のような）読者からすると少し優等生的で、物足りなく感じられる部分もあるかもしれませんが、こういった、「大勢の人に良い読書体験を与える」「創作に対して細かいところまで神経を行き届かせた」小説は貴重ですから、もし可能なら二作受賞としてこの作品を！　と考えていたのですが叶いませんでした。」
江國香織	57歳	■	20	「瑕疵なくきれいに書かれているのに、安全な道を歩いているようで物足りなく感じてしまった」「登場人物の心理の推移もやや理がまさってしまっていて、自然界の知識を核に、小説的な肉づけをしているという印象が拭えず、もしこれが反対で、小説的な冒険を核に、知識と技術が駆使されていたら盤石だろうにと惜しまれます。」
荻原浩	64歳	△	35	「各篇で語られる科学の話がどれも面白い。新しい知識を得る喜びを味わえる。」「文章がうまい人だ。科学の話だけじゃなくて、人間も時代の空気も、緻密に美しく描き出す。」「重箱の隅をつつくとしたら、科学と人間ドラマを融合させる、というおそらくはこの短編集の命題をこなそうとして、うまくすり合わせすぎている感があることだ。どっちも良い素材なのに、半々に組み合わせることで、逆に薄味になってしまっている気もした。」
今野敏	65歳	■	37	「高く評価する選考委員が複数いて、実は少々驚いた。たしかによくできた話が並んでいるが、私はそれほどの感動を覚えなかった。」「文章はとてもうまい。随処に、思わず感心するような描写がある。」「『テスカトリポカ』がなければ、受賞作に推した」という選考委員が何人かおり、もしそんなことがあったとしても、反対はしなかったと思う。」
三浦しをん	44歳	◎	24	「（引用者注：「テスカトリポカ」と共に）推した。」「透きとおったうつくしさ、科学と物語の完璧な融合ぶりにも強く胸を打たれるものがあり、伊坂幸太郎さんと私はなんとか同時受賞の道を探らんと応援演説をするも、山本周五郎賞は一作のみに授与されるとのことで無念だ。」「科学の負の側面にもちゃんと触れ、小説として昇華させる著者の誠実な姿勢もまた、科学を単なる「ネタ」とは思っておらず、登場人物たちを都合のいい「駒」とも思っていないのだとうかがわせるに充分だ。」
選評出典：『小説新潮』令和3年/2021年7月号

文量

短篇集〔5篇〕

八月の銀の雪
章立て
なし
時代設定	場所設定
［同時代］	東京
登場人物
●僕（語り手、堀川、大学理工学部の学生、就活中） ●グエン（コンビニのアルバイト店員、ベトナム人） ●清田（堀川の知人、仮想通貨アフィリエーター、大学経営学部出身）

海へ還る日
章立て
なし
時代設定	場所設定
［同時代］	東京～千葉
登場人物
●わたし（語り手、野村、シングルマザー） ●果穂（わたしの娘、2歳） ●宮下和恵（国立自然史博物館の委託職員）

アルノーと檸檬(レモン)
章立て
なし
時代設定	場所設定
［同時代］	東京
登場人物
●園田正樹（〈山栄エステート〉勤務、役者志望で広島県から上京） ●加藤寿美江（北千住のアパート「ニューメゾン塚田」住人） ●順也（俳優、元・正樹と同じ劇団に所属）

玻璃(はり)を拾う
章立て
なし
時代設定	場所設定
［同時代］	大阪～京都
登場人物
●わたし（語り手、吉見瞳子、医療機器販売代理店勤務） ●奈津（瞳子の親友） ●野中充（奈津のはとこ、母親と二人暮らし）

十万年の西風
章立て
なし
時代設定	場所設定
［同時代］	茨城
登場人物
●辰朗（元・原発保守点検会社に勤務） ●滝口（海岸で凧揚げをする男、気象学の元研究者）

第172回受賞

『藍(あい)を継(つ)ぐ海(うみ)』（令和6年/2024年9月・新潮社刊）

媒体・作品情報

作品名別表記	奥付ルビ有り「あい」「つ」「うみ」
印刷/発行年月日	発行令和6年/2024年9月25日
発行者等	発行者佐藤隆信　印刷所錦明印刷株式会社　製本所大口製本印刷株式会社
発行所	株式会社新潮社（東京都）			形態	四六判　並製
装幀/装画等	装画草野碧　装幀新潮社装幀室
総ページ数	268	表記上の枚数	―	基本の文字組（1ページ当り）	42字 ×20行 ×1段
本文ページ	5～263 （計259頁）	測定枚数	476枚

書誌

単行本化にあたり加筆修正

収録作品の書誌

夢化けの島

初出『小説新潮』令和4年/2022年7月号「泥の器」

狼犬ダイアリー

初出『小説新潮』令和3年/2021年11月号「灰色の血脈」

祈りの破片

初出『週刊新潮』令和3年/2021年10月28日号～11月25日号「燐光の家」

星隕つ駅逓

初出『小説新潮』令和4年/2022年4月号

藍を継ぐ海

初出『小説新潮』令和5年/2023年1月号「遠い遠い海から」

『オール讀物』令和7年/2025年3・4月合併号

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　伊与原新　52歳
選考委員		評価	行数	評言
京極夏彦	61歳	○	24	「著者の作品は“科学的知識を盛り込んだ”小説として評価されることが多いようだが、寧ろ“世界は科学的知見の上に成り立っているという認識”に基づいた小説とすべきではないか。また、舞台となる土地の土俗・歴史に関してのリサーチも入念であり、視点人物の目を借りて、恰も文化人類学のフィールドワークに入ったかのような感興まで覚える。すべての要素が無駄なく有機的に結び付いており、巧いと思う。」
角田光代	57歳	○	42	「日本の異なる土地を舞台に、その土地の風土と歴史をしっかりとらえた上で話が練られている。」「地質学、天文学、生態学、環境科学、歴史と、壮大な題材を扱いつつ、人間とその苦悩を矮小化せず、ひとりひとりの生の営みをしっかり対峙させることで、さらに大いなる世界を立ち上げた。」
辻村深月	44歳	◎	22	「大きな丸をつけ（引用者中略）選考に臨んだ。」「自然科学の知識が物語と融合しており、継ぎ目が見えないことがすばらしかった。」「私がもっとも心をつかまれたのは、作中のいたるところに確かな知識を持ち、それを自らの倫理観とともに主人公に向けて語ることができる「信頼できる大人」の存在が光っていたことだった。」
桐野夏生	73歳	□	19	「科学という観点から暮らしを見つめると、こんなドラマが生まれるという、この作者にしかできない独創性が光る。素材を見つける視点と、簡潔でうまい文章が素晴らしい。」「気になった点があるとしたら、タイトルだろうか。短編集に纏める際に、ほとんどの短編を改題されているが、やや凝り過ぎに思える。」
宮部みゆき	64歳	○	37	「最初の投票から点数が高く、すんなりと受賞が決まりました。科学のトピックを題材に、単発の短編をひとつひとつ丁寧に作り上げて、統一感のある短編集を編んでゆく。その創作姿勢には最大の敬意を払いたいと思います。」「読み進むにつれ、科学とは、人間が自然を理解しようと努力することによって生まれてきた学問なのだから、本来とても人間的で人間くさいものなのだと感じました。」
浅田次郎	73歳	□	16	「受賞については異論がない。しかし読みおえてみると、公式通りに書かれた同工異曲のように思えた。それこそ海や空のように自由な物語を、わざわざ小さな箱に入れて並べたような気がしたのである。文学の使命は真理の探求ではない。百人百様の海や空を書くことである。」
高村薫	71歳	△	26	「とても古風な自然主義小説の匂いがし、いまどきこういう生真面目な短編を紡ぐ作家がいることに驚いた。」「「夢化けの島」の萩焼の土や「星隕つ駅逓」の隕石などは小説として昇華させるのが難しく、生のまま素材が素材に留まっている分、登場人物も十分に立ってこない。物語としてまとまってはいても、小説らしい奥行きや躍動感に欠けるのである。」
林真理子	70歳	◎	22	「ほぼ全員一致で決まった。私も強く推した」「登場人物たちの多くは、小さな企みや疑問を持って現実の中で生きているのであるが、それがいつしか科学の大きさの中に包括され、ささやかな幸福を得ていく。その結果、なんともいえない透明で清らかな読後感が残る。」
三浦しをん	48歳	◎	34	「（引用者注：「虚の伽藍」と共に）推した。」「各編にさまざまな分野の科学トピックが織りこまれているが、それはストーリーを展開させるためのネタではない。主役はあくまでも「ひと」だ。」「本作は旅情を誘うという点でも第一級だ。まだ見ぬ場所へ、知の大海へと、好奇心をかきたててくれる広々とした作品で、論理に裏打ちされた優しさと抒情性に胸打たれた。」
選評出典：『オール讀物』令和7年/2025年3・4月合併号

文量

短篇集〔5篇〕

夢化けの島

狼犬ダイアリー

祈りの破片

星隕つ駅逓

藍を継ぐ海