第162回

第161回第163回

令和1年/2019年下半期 令和2年/2020年1月15日決定発表／『オール讀物』令和2年/2020年3・4月合併号選評掲載

選考委員　 角田光代 52歳 宮部みゆき 59歳 桐野夏生 68歳 浅田次郎 68歳 林真理子 65歳 北方謙三 72歳 高村薫 66歳 宮城谷昌光 74歳 伊集院静 69歳 選評総行数　 104 89 111 97 101 108 108 102   評 評 評 評 評 評 評 評 選評なし 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 川越宗一　『熱源』 832枚 41歳 評 ○ 30 ◎ 16 △ 22 □ 29 ○ 30 △ 23 ○ 16 △ 37     小川哲　『嘘と正典』 427枚 33歳 評 ■ 21 △ 14 ○ 20 ■ 16 ■ 15 △ 17 ● 20 ■ 21     呉勝浩　『スワン』 697枚 38歳 評 ■ 14 ● 10 ■ 12 ■ 9 △ 18 ■ 25 ● 34 ● 12     誉田哲也　『背中の蜘蛛』 820枚 50歳 評 ● 20 ◎ 27 ■ 13 ■ 22 ■ 14 ■ 21 ● 25 △ 18     湊かなえ　『落日』 616枚 46歳 評 ■ 22 ■ 22 ● 13 ■ 15 ■ 21 ◎ 17 ● 36 ● 14                       年齢/枚数の説明   見方・注意点

角田光代52歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題人の生み出す熱　総行数104　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 川越宗一 41歳 全 ○ 30 「作者が描こうとしているのは、場所でも時間でも人種でも史実でもなくて人間だ。」「史実に引きずられて端折りすぎの箇所もあるように感じられたけれど（南極探検隊のところなど）、それでも、史実か否かなどどうでもよくなるような、つまり小説だけが持ち得る躍動感に満ちている。」 小川哲 33歳 全 ■ 21 「短編小説集『嘘と正典』のうち三編は、長編小説にしたほうがもっと生きる題材を無理やり短編に押しこめたように思える。」「盛りに器が合っていないことが残念だった。」 呉勝浩 38歳 全 ■ 14 「「お茶会」では明らかにされなかった事実が、後半に次々とあわただしく明かされていくとき、「お茶会」の必然性あるいは説得力が薄れ、ラストの銃弾二発の衝撃も、そのあわただしさにのまれてしまう気がして、それはそれでもったいないと思った。」 誉田哲也 50歳 全 ● 20 「終盤、前原姉弟の家族、彼らの過去、義理の兄のエピソードは、小説を盛り上げるために用意されたものに思えてしまい、さらに姉と弟の近親相姦の場面に至っては、書く必要があったのかどうか疑問を覚えた。」「作者の影が、後半部分に小説の作り手としてあまりにも見えすぎてしまう。」 湊かなえ 46歳 全 ■ 22 「真尋と香のもの作りへの情熱あるいは執念が軸となっていて、非常に読みごたえのある小説であるが、（引用者中略）多くの要素を作者は終盤に向けてひとつひとつ丁寧につなげていってしまう。それ故に、小説が閉じてちいさくなってしまったように思う。」   「候補作五作が五作とも、てんこ盛りの小説といった印象を持った。」

他の選考委員 宮部みゆき 桐野夏生 浅田次郎 林真理子 北方謙三 高村薫 宮城谷昌光

宮部みゆき59歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題悔しいけれど　総行数89　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 川越宗一 41歳 全 ◎ 16 「風格さえ漂う歴史小説ですが、冒険小説としても面白いので、受賞を機会に多くの若い読者のもとに届いてほしいと思います。」 小川哲 33歳 全 △ 14 「最大の魅力は、知的で緻密なアイデアと文章表現のなかにひそむ、すっとぼけたユーモアにあると感じました。小川さんはＳＦのアイデアを使って現代史を描く歴史作家なのでしょう。」 呉勝浩 38歳 全 ● 10 「題材・展開・主人公たちのキャラクター、オチのつけ方、全ての点で優等生的に上手なミステリーですが、私にはまったく共感できませんでした。単純に年代差と性差のせいなのかもしれませんが、少し考えてみたいと思います。」 誉田哲也 50歳 全 ◎ 27 「現代社会を舞台にした大人のザッツ・エンタテイメントなこの作品は、直木賞の幅と懐の深さをアピールしてくれるとも思いました。」「今このタイミングで顕彰されるべき作品でした。」「「社会の治安と個人の自由にどこまで互換性を持たせるか」。そう遠くない将来、この問題が私たちの日常に直に触れる形で選択を迫ってきたとき、多くの読者がこの作品を思い出し、膝を打つことになると私は信じています。」 湊かなえ 46歳 全 ■ 22 「私はしつこく「湊かなえさんの作品のファンだ」と書き続けていますのに、なぜ湊作品が候補になったとき猛然と推さないのか。（引用者中略）私個人にとっての最大の理由は、湊さんの候補作に、私がずっと「これこそが作家・湊かなえだ」と魅せられてきた要素があんまり出てこないからだと、今回『落日』を読んでやっと納得がいきました。」

他の選考委員 角田光代 桐野夏生 浅田次郎 林真理子 北方謙三 高村薫 宮城谷昌光

桐野夏生68歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数111　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 川越宗一 41歳 全 △ 22 「文体は簡潔でリズムがあり、描写もうまい。個人的には、流刑になったピウスツキの生涯が劇的だっただけに、主人公ヤヨマネクフがうまく彼に絡まないのが残念だった。」 小川哲 33歳 全 ○ 20 「この作者特有の勘所が随所に見られる。特に出だしの一行の魅力は強烈だ。」「どの短編も、どこに着地するかわからないスリルがあり、知的かつ豪腕。とても楽しんだ。」「私は作者の背骨の強度に惹かれた。」 呉勝浩 38歳 全 ■ 12 「あらゆる意味で、盛り込み過ぎと感じられた。誰もが追い詰められた状況で、少しずつ嘘を吐いているという設定ならば、登場人物が多過ぎる。」「ちなみに、二発しか発砲できない手製ガンを、どんどん棄てながら進むという発想は面白かった。」 誉田哲也 50歳 全 ■ 13 「話の展開はうまいし、それなりに面白く読んだ。しかし、警察内部にＮＳＡ的組織があるというディストピア的不気味さにひきかえ、國見の話が矮小に思えてならなかった。男たちの物語に特化されているせいか、登場する女性がステロタイプで寂しく感じられる。」 湊かなえ 46歳 全 ● 13 「少々わかりづらい。」「尊属放火殺人事件という大惨劇が、少し前に起きた小さな町では、その事件が解決されたという話もなく、人々は永遠に噂話の中で滞留している。そのせいか、小説世界が広がっていかないように思われる。」   「どんな形の読書を強いられたとしても、作品の数だけ楽しむ方法はいくらでもあるのだが、どうしても受容できないものもある。それは、背骨が感じられない作品である。（引用者中略）作者がもっとも面白いと思う勘所が押さえられている作品、とでも言えばいいのだろうか。（引用者中略）それがないと、どんなにうまく書かれていても、心には残らない。」

他の選考委員 角田光代 宮部みゆき 浅田次郎 林真理子 北方謙三 高村薫 宮城谷昌光

浅田次郎68歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題わかりやすさということ　総行数97　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 川越宗一 41歳 全 □ 29 「一気呵成に読み切るというほどの面白さを備えているとは言い難いにせよ、長い物語を存分に堪能できる、いわば小説らしい小説である。資料を深く読みこんで全体像を把握し、歴史や習俗をストーリーに反映させているから、難しいはずの話がわかりやすい。しかし、長い時間をかけたと思えるこの作品中においても、作家としての進化が明らかなところからすると、はたしてここで受賞することが適切かどうか、という迷いもあった。」 小川哲 33歳 全 ■ 16 「収録されたどの短篇も着想がすばらしく、かつ抜きさしならない。今日の文学が忘れ去ってしまった思想と哲学に満ちている。だが、それらを物語として表現する小説的技術を、いまだ欠いていると思える。」 呉勝浩 38歳 全 ■ 9 「候補作中、最もわかりやすかった」「ただし、これはわかりやすすぎた。面白くわかりやすいという、すぐれた小説の二大条件をクリアしているのだから、実は最も筋のよい作品と言えるのだが。」 誉田哲也 50歳 全 ■ 22 「ドラマならばまだしも、小説としてはやはりわかりづらい。」「登場人物が混雑していて、メインストーリーの求心力が失われがちである。視点者のキャラクターと世界観が似ているという点も、わかりづらさの原因になっている。」 湊かなえ 46歳 全 ■ 15 「ドラマティックで精緻で、作者の実力を発揮した作品であった。しかし、いかんせんわかりづらい。この詳悉法こそが作者の持ち味であるとも思えるが、やはり読者の理解を求めるのではなく、作者が納得ゆくように書きこんでしまっている。」   「偉大な先人が陳べる通り、小説はまず、わかりやすくなければならない。今回の候補作については、その当然の小説作法が賛否を分けたと思われる。」

他の選考委員 角田光代 宮部みゆき 桐野夏生 林真理子 北方謙三 高村薫 宮城谷昌光

林真理子65歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題「熱源」という交響楽　総行数101　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 川越宗一 41歳 全 ○ 30 「群を抜いていた。候補作の中で、いちばん小説らしい小説であった。」「人間にとって民族とは何かという大きな命題に、正面から立ち向かっていく姿勢にも好感を持てる。最初に登場する女性兵士が、最終章を実にうまくひき締めていた。川越さんはまだ二作めということであるが、これだけの長篇を書ける力量はたいしたものだ。」 小川哲 33歳 全 ■ 15 「選ぶこちらの資質を試されるような作品だ。素直にすごい才能だと思う。」「が、最初の短篇以外はあまり面白くないのである。自分の発想に満足して、読者へのサービスを欠いているような気がした。」 呉勝浩 38歳 全 △ 18 「のっけから緊迫感をたたえた文章が続く、すぐれた筆力だ。しかし長い時間をかけて解明したわりには、真実がたいしたことがなくかなり落胆してしまった。もうひとつ惜しいことは、ある男性の身元がわかるハイライトシーン。ここはざわざわとした恐怖と驚きが欲しいところであるが、成功しなかった。」 誉田哲也 50歳 全 ■ 14 「これでもか、これでもかと悪意が炸裂して、正直言って不快になっていく。特に強要される近親相姦のシーンではページを閉じたくなった。嫌悪をかきたてるのも小説だと百も承知しているが、これでは読者もひいてしまうのではと心配になった。」 湊かなえ 46歳 全 ■ 21 「現在の出版界を牽引している湊さんの存在の大きさは、選考委員はみな承知している。この作品ではなく、湊かなえという作家に受賞させてはどうかという論議も長くされた。しかし今回の「落日」は、やはり荒さが目立った作品だ。」「最後の十ページで、すべての謎が早口で解き明かされるのだ。伏線が機能していないのである。」   「今年の直木賞は、いつもと比べてやや低調という感想を持った。」

他の選考委員 角田光代 宮部みゆき 桐野夏生 浅田次郎 北方謙三 高村薫 宮城谷昌光

北方謙三72歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題受賞第一作注視　総行数108　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 川越宗一 41歳 全 △ 23 「描かれた時間が長きにわたり、そのため散漫さと緊密さがともにある、という印象を持ってしまった。」「少数民族の絶望的な悲劇の歴史は、実は資料の外にあるのかもしれない、と私は思った。あるいは、資料の行間に。そこを抉り出して欲しかった、という思いも読後に残った。」「全面的な支持をすることはできなかったが、作品全体が放つ熱気は相当なもので、それには圧倒された。」 小川哲 33歳 全 △ 17 「読んでいる間、私はずっと時間という言葉に縛られていた。それはほとんど感性にまで及んできた。」「私にこの作品が評価できるか、不安であった。面白いと感じるかどうかだろう、という基準を持ち出すしかなかった。競走馬を描いたもの、音楽に通貨の価値を与えたものを面白いと感じた。」 呉勝浩 38歳 全 ■ 25 「緻密な描写に感心しながらも、撃った方のことがなにも描かれていないのが、とても気になった。」「大量殺人は、極限状況に追いつめられた人間の、行動と心理分析のための道具立てにすぎないのであれば、私の小説観とは合わないのだ。」「作りものという印象が拭いきれず、茶会と称する集まりの人間描写が、強いものを伝えてこないのである。」 誉田哲也 50歳 全 ■ 21 「後半になると、私が感じていた魅力は色褪せてしまった。」「近未来にそういうことがあったら、恐怖以外のなにものでもないが、それは現実として考えた場合の恐怖で、小説の中のリアリティとはまた違うものではないか、と思った。」 湊かなえ 46歳 全 ◎ 17 「この作者の、これまでの描写の過剰さが消えていて、小説としては整ったものになっていた。」「物語の中から自然に人の姿が浮かびあがってきて、快く読めた。筆致は熟達の域で、新鮮さには欠けても、しっかりしたイメージが立ちあがってくる。私はこの作品を推したが、孤立無援であった。」   「候補作が、すっかり様変りした、という印象があった。私はちょっと戸惑ったが、新鮮な刺激もあったような気がする。」

他の選考委員 角田光代 宮部みゆき 桐野夏生 浅田次郎 林真理子 高村薫 宮城谷昌光

高村薫66歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数108　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 川越宗一 41歳 全 ○ 16 「題材にふさわしい小説形式といい、物語を運ぶ構成といい、よく悪くもオーソドックスで安定しており、エンターテインメントの書き手として必要十分の才を感じた。」「小説家としてはまだまだ発展途上と言うほかないが、アイヌ民族の近代史という大きな構えの小説に正攻法で臨む姿勢は、この作者の潜在的な胆力の証だと思う。」 小川哲 33歳 全 ● 20 「科学や歴史や音楽についての博学な知識をフィクションに昇華する際、あえてエンターテインメントのオチをつけようとして失敗した短編が並ぶ。」「小説に堕するようなオチを狙うよりも、いっそ純文学の地平で言葉を錬磨されたほうが――とも思った。」 呉勝浩 38歳 全 ● 34 「（引用者注：「落日」と共に）何よりもまず「謎」のつくり方に問題があることを指摘しておきたいと思う。」「最後に明かされる事件の真相は、冒頭の襲撃シーンであえていくつかの主語が隠され、誰が誰か分からない描き方をされたために生じた不明と混乱が、最終的に整理されただけに過ぎない。」 誉田哲也 50歳 全 ● 25 「通信傍受という国家機密に、巷の刑事が関与する余地があるはずもないとすれば、本作でシステムの存在を暴く刑事たちの活躍は一から十まで安直な作り物に感じられ、終始没入できなかった。これは本来、スパイ小説の題材である。」 湊かなえ 46歳 全 ● 36 「（引用者注：「スワン」と共に）何よりもまず「謎」のつくり方に問題があることを指摘しておきたいと思う。」「物語の要である一家殺人事件について、すでに判決が確定している事案にもかかわらず、その全体像がいつまでも提示されないまま、作中人物たちの一人芝居が続く。」「結局、本作の叙述の錯綜は、初めに事件の構築がきちんと出来ていなかったことの結果であろう。」

他の選考委員 角田光代 宮部みゆき 桐野夏生 浅田次郎 林真理子 北方謙三 宮城谷昌光

宮城谷昌光74歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題文の死活　総行数102　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 川越宗一 41歳 全 △ 37 「クルニコワ伍長という女性兵士が、唐突に登場し、しかもその時代は日本が終戦を迎える昭和の二十年である。（引用者中略）じつはこの人物はこの後、終章まで登場しない。こういう断絶と接続が本文でもくりかえされる。ゆえに、たいそう読みにくい。」「しかしながら、理外に作者の情熱が赫々とあることもわかり、無視しがたいことも事実なのである。創作的熱源が分散しないかたちの作品であってもらいたかった。」 小川哲 33歳 全 ■ 21 「読書中におぼえるはずの実感という点で、氏の作品は希薄であった。」「氏は理屈の殻をかぶり、その殻を外から破ってくれる読者の理知の強さを待っているともいえるが、そのあたりの知的遊戯の楽しさをあじわえる読者は多くあるまい。」 呉勝浩 38歳 全 ● 12 「「湖名川シティガーデン・スワン」でおこなわれた無差別殺人を底辺に置いて、被害者、目撃者、関係者などの話を組み立ててゆくという趣向は、いかにも作為的で、作者の計算からはみだしてくるものがないだけに、おもしろみがすくない。」 誉田哲也 50歳 全 △ 18 「他の候補作品にくらべて、読みやすかった」「捜査にあたる者たちの個性は感じられた。人が生きていたということである。が、小説はそれで充分というわけではない。氏の文中にある説明が、説明のまま死んでいる箇所がいくつかあり、それを表現として活かす工夫が必要である。」 湊かなえ 46歳 全 ● 14 「残念ながら、期待したほどの力作ではなかった。」「内的な眼で観察し、感想を綴りつづけているので、明確な第三者はいないのではないか。小説の構成上の社会性は閉塞されているようにおもわれる。極言すれば、この小説はモノローグである。」   「今回、私にとって、読みにくい候補作品が多かった。」

他の選考委員 角田光代 宮部みゆき 桐野夏生 浅田次郎 林真理子 北方謙三 高村薫

川越宗一41歳×各選考委員　 『熱源』 長篇 832枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 角田光代 52歳 全 ○ 30 「作者が描こうとしているのは、場所でも時間でも人種でも史実でもなくて人間だ。」「史実に引きずられて端折りすぎの箇所もあるように感じられたけれど（南極探検隊のところなど）、それでも、史実か否かなどどうでもよくなるような、つまり小説だけが持ち得る躍動感に満ちている。」 宮部みゆき 59歳 全 ◎ 16 「風格さえ漂う歴史小説ですが、冒険小説としても面白いので、受賞を機会に多くの若い読者のもとに届いてほしいと思います。」 桐野夏生 68歳 全 △ 22 「文体は簡潔でリズムがあり、描写もうまい。個人的には、流刑になったピウスツキの生涯が劇的だっただけに、主人公ヤヨマネクフがうまく彼に絡まないのが残念だった。」 浅田次郎 68歳 全 □ 29 「一気呵成に読み切るというほどの面白さを備えているとは言い難いにせよ、長い物語を存分に堪能できる、いわば小説らしい小説である。資料を深く読みこんで全体像を把握し、歴史や習俗をストーリーに反映させているから、難しいはずの話がわかりやすい。しかし、長い時間をかけたと思えるこの作品中においても、作家としての進化が明らかなところからすると、はたしてここで受賞することが適切かどうか、という迷いもあった。」 林真理子 65歳 全 ○ 30 「群を抜いていた。候補作の中で、いちばん小説らしい小説であった。」「人間にとって民族とは何かという大きな命題に、正面から立ち向かっていく姿勢にも好感を持てる。最初に登場する女性兵士が、最終章を実にうまくひき締めていた。川越さんはまだ二作めということであるが、これだけの長篇を書ける力量はたいしたものだ。」 北方謙三 72歳 全 △ 23 「描かれた時間が長きにわたり、そのため散漫さと緊密さがともにある、という印象を持ってしまった。」「少数民族の絶望的な悲劇の歴史は、実は資料の外にあるのかもしれない、と私は思った。あるいは、資料の行間に。そこを抉り出して欲しかった、という思いも読後に残った。」「全面的な支持をすることはできなかったが、作品全体が放つ熱気は相当なもので、それには圧倒された。」 高村薫 66歳 全 ○ 16 「題材にふさわしい小説形式といい、物語を運ぶ構成といい、よく悪くもオーソドックスで安定しており、エンターテインメントの書き手として必要十分の才を感じた。」「小説家としてはまだまだ発展途上と言うほかないが、アイヌ民族の近代史という大きな構えの小説に正攻法で臨む姿勢は、この作者の潜在的な胆力の証だと思う。」 宮城谷昌光 74歳 全 △ 37 「クルニコワ伍長という女性兵士が、唐突に登場し、しかもその時代は日本が終戦を迎える昭和の二十年である。（引用者中略）じつはこの人物はこの後、終章まで登場しない。こういう断絶と接続が本文でもくりかえされる。ゆえに、たいそう読みにくい。」「しかしながら、理外に作者の情熱が赫々とあることもわかり、無視しがたいことも事実なのである。創作的熱源が分散しないかたちの作品であってもらいたかった。」

他の候補作 小川哲 『嘘と正典』 呉勝浩 『スワン』 誉田哲也 『背中の蜘蛛』 湊かなえ 『落日』

小川哲33歳×各選考委員　 『嘘と正典』 短篇集6篇 427枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 角田光代 52歳 全 ■ 21 「短編小説集『嘘と正典』のうち三編は、長編小説にしたほうがもっと生きる題材を無理やり短編に押しこめたように思える。」「盛りに器が合っていないことが残念だった。」 宮部みゆき 59歳 全 △ 14 「最大の魅力は、知的で緻密なアイデアと文章表現のなかにひそむ、すっとぼけたユーモアにあると感じました。小川さんはＳＦのアイデアを使って現代史を描く歴史作家なのでしょう。」 桐野夏生 68歳 全 ○ 20 「この作者特有の勘所が随所に見られる。特に出だしの一行の魅力は強烈だ。」「どの短編も、どこに着地するかわからないスリルがあり、知的かつ豪腕。とても楽しんだ。」「私は作者の背骨の強度に惹かれた。」 浅田次郎 68歳 全 ■ 16 「収録されたどの短篇も着想がすばらしく、かつ抜きさしならない。今日の文学が忘れ去ってしまった思想と哲学に満ちている。だが、それらを物語として表現する小説的技術を、いまだ欠いていると思える。」 林真理子 65歳 全 ■ 15 「選ぶこちらの資質を試されるような作品だ。素直にすごい才能だと思う。」「が、最初の短篇以外はあまり面白くないのである。自分の発想に満足して、読者へのサービスを欠いているような気がした。」 北方謙三 72歳 全 △ 17 「読んでいる間、私はずっと時間という言葉に縛られていた。それはほとんど感性にまで及んできた。」「私にこの作品が評価できるか、不安であった。面白いと感じるかどうかだろう、という基準を持ち出すしかなかった。競走馬を描いたもの、音楽に通貨の価値を与えたものを面白いと感じた。」 高村薫 66歳 全 ● 20 「科学や歴史や音楽についての博学な知識をフィクションに昇華する際、あえてエンターテインメントのオチをつけようとして失敗した短編が並ぶ。」「小説に堕するようなオチを狙うよりも、いっそ純文学の地平で言葉を錬磨されたほうが――とも思った。」 宮城谷昌光 74歳 全 ■ 21 「読書中におぼえるはずの実感という点で、氏の作品は希薄であった。」「氏は理屈の殻をかぶり、その殻を外から破ってくれる読者の理知の強さを待っているともいえるが、そのあたりの知的遊戯の楽しさをあじわえる読者は多くあるまい。」

他の候補作 川越宗一 『熱源』 呉勝浩 『スワン』 誉田哲也 『背中の蜘蛛』 湊かなえ 『落日』

呉勝浩38歳×各選考委員　 『スワン』 長篇 697枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 角田光代 52歳 全 ■ 14 「「お茶会」では明らかにされなかった事実が、後半に次々とあわただしく明かされていくとき、「お茶会」の必然性あるいは説得力が薄れ、ラストの銃弾二発の衝撃も、そのあわただしさにのまれてしまう気がして、それはそれでもったいないと思った。」 宮部みゆき 59歳 全 ● 10 「題材・展開・主人公たちのキャラクター、オチのつけ方、全ての点で優等生的に上手なミステリーですが、私にはまったく共感できませんでした。単純に年代差と性差のせいなのかもしれませんが、少し考えてみたいと思います。」 桐野夏生 68歳 全 ■ 12 「あらゆる意味で、盛り込み過ぎと感じられた。誰もが追い詰められた状況で、少しずつ嘘を吐いているという設定ならば、登場人物が多過ぎる。」「ちなみに、二発しか発砲できない手製ガンを、どんどん棄てながら進むという発想は面白かった。」 浅田次郎 68歳 全 ■ 9 「候補作中、最もわかりやすかった」「ただし、これはわかりやすすぎた。面白くわかりやすいという、すぐれた小説の二大条件をクリアしているのだから、実は最も筋のよい作品と言えるのだが。」 林真理子 65歳 全 △ 18 「のっけから緊迫感をたたえた文章が続く、すぐれた筆力だ。しかし長い時間をかけて解明したわりには、真実がたいしたことがなくかなり落胆してしまった。もうひとつ惜しいことは、ある男性の身元がわかるハイライトシーン。ここはざわざわとした恐怖と驚きが欲しいところであるが、成功しなかった。」 北方謙三 72歳 全 ■ 25 「緻密な描写に感心しながらも、撃った方のことがなにも描かれていないのが、とても気になった。」「大量殺人は、極限状況に追いつめられた人間の、行動と心理分析のための道具立てにすぎないのであれば、私の小説観とは合わないのだ。」「作りものという印象が拭いきれず、茶会と称する集まりの人間描写が、強いものを伝えてこないのである。」 高村薫 66歳 全 ● 34 「（引用者注：「落日」と共に）何よりもまず「謎」のつくり方に問題があることを指摘しておきたいと思う。」「最後に明かされる事件の真相は、冒頭の襲撃シーンであえていくつかの主語が隠され、誰が誰か分からない描き方をされたために生じた不明と混乱が、最終的に整理されただけに過ぎない。」 宮城谷昌光 74歳 全 ● 12 「「湖名川シティガーデン・スワン」でおこなわれた無差別殺人を底辺に置いて、被害者、目撃者、関係者などの話を組み立ててゆくという趣向は、いかにも作為的で、作者の計算からはみだしてくるものがないだけに、おもしろみがすくない。」

他の候補作 川越宗一 『熱源』 小川哲 『嘘と正典』 誉田哲也 『背中の蜘蛛』 湊かなえ 『落日』

誉田哲也50歳×各選考委員　 『背中の蜘蛛』 長篇 820枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 角田光代 52歳 全 ● 20 「終盤、前原姉弟の家族、彼らの過去、義理の兄のエピソードは、小説を盛り上げるために用意されたものに思えてしまい、さらに姉と弟の近親相姦の場面に至っては、書く必要があったのかどうか疑問を覚えた。」「作者の影が、後半部分に小説の作り手としてあまりにも見えすぎてしまう。」 宮部みゆき 59歳 全 ◎ 27 「現代社会を舞台にした大人のザッツ・エンタテイメントなこの作品は、直木賞の幅と懐の深さをアピールしてくれるとも思いました。」「今このタイミングで顕彰されるべき作品でした。」「「社会の治安と個人の自由にどこまで互換性を持たせるか」。そう遠くない将来、この問題が私たちの日常に直に触れる形で選択を迫ってきたとき、多くの読者がこの作品を思い出し、膝を打つことになると私は信じています。」 桐野夏生 68歳 全 ■ 13 「話の展開はうまいし、それなりに面白く読んだ。しかし、警察内部にＮＳＡ的組織があるというディストピア的不気味さにひきかえ、國見の話が矮小に思えてならなかった。男たちの物語に特化されているせいか、登場する女性がステロタイプで寂しく感じられる。」 浅田次郎 68歳 全 ■ 22 「ドラマならばまだしも、小説としてはやはりわかりづらい。」「登場人物が混雑していて、メインストーリーの求心力が失われがちである。視点者のキャラクターと世界観が似ているという点も、わかりづらさの原因になっている。」 林真理子 65歳 全 ■ 14 「これでもか、これでもかと悪意が炸裂して、正直言って不快になっていく。特に強要される近親相姦のシーンではページを閉じたくなった。嫌悪をかきたてるのも小説だと百も承知しているが、これでは読者もひいてしまうのではと心配になった。」 北方謙三 72歳 全 ■ 21 「後半になると、私が感じていた魅力は色褪せてしまった。」「近未来にそういうことがあったら、恐怖以外のなにものでもないが、それは現実として考えた場合の恐怖で、小説の中のリアリティとはまた違うものではないか、と思った。」 高村薫 66歳 全 ● 25 「通信傍受という国家機密に、巷の刑事が関与する余地があるはずもないとすれば、本作でシステムの存在を暴く刑事たちの活躍は一から十まで安直な作り物に感じられ、終始没入できなかった。これは本来、スパイ小説の題材である。」 宮城谷昌光 74歳 全 △ 18 「他の候補作品にくらべて、読みやすかった」「捜査にあたる者たちの個性は感じられた。人が生きていたということである。が、小説はそれで充分というわけではない。氏の文中にある説明が、説明のまま死んでいる箇所がいくつかあり、それを表現として活かす工夫が必要である。」

他の候補作 川越宗一 『熱源』 小川哲 『嘘と正典』 呉勝浩 『スワン』 湊かなえ 『落日』

湊かなえ46歳×各選考委員　 『落日』 長篇 616枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 角田光代 52歳 全 ■ 22 「真尋と香のもの作りへの情熱あるいは執念が軸となっていて、非常に読みごたえのある小説であるが、（引用者中略）多くの要素を作者は終盤に向けてひとつひとつ丁寧につなげていってしまう。それ故に、小説が閉じてちいさくなってしまったように思う。」 宮部みゆき 59歳 全 ■ 22 「私はしつこく「湊かなえさんの作品のファンだ」と書き続けていますのに、なぜ湊作品が候補になったとき猛然と推さないのか。（引用者中略）私個人にとっての最大の理由は、湊さんの候補作に、私がずっと「これこそが作家・湊かなえだ」と魅せられてきた要素があんまり出てこないからだと、今回『落日』を読んでやっと納得がいきました。」 桐野夏生 68歳 全 ● 13 「少々わかりづらい。」「尊属放火殺人事件という大惨劇が、少し前に起きた小さな町では、その事件が解決されたという話もなく、人々は永遠に噂話の中で滞留している。そのせいか、小説世界が広がっていかないように思われる。」 浅田次郎 68歳 全 ■ 15 「ドラマティックで精緻で、作者の実力を発揮した作品であった。しかし、いかんせんわかりづらい。この詳悉法こそが作者の持ち味であるとも思えるが、やはり読者の理解を求めるのではなく、作者が納得ゆくように書きこんでしまっている。」 林真理子 65歳 全 ■ 21 「現在の出版界を牽引している湊さんの存在の大きさは、選考委員はみな承知している。この作品ではなく、湊かなえという作家に受賞させてはどうかという論議も長くされた。しかし今回の「落日」は、やはり荒さが目立った作品だ。」「最後の十ページで、すべての謎が早口で解き明かされるのだ。伏線が機能していないのである。」 北方謙三 72歳 全 ◎ 17 「この作者の、これまでの描写の過剰さが消えていて、小説としては整ったものになっていた。」「物語の中から自然に人の姿が浮かびあがってきて、快く読めた。筆致は熟達の域で、新鮮さには欠けても、しっかりしたイメージが立ちあがってくる。私はこの作品を推したが、孤立無援であった。」 高村薫 66歳 全 ● 36 「（引用者注：「スワン」と共に）何よりもまず「謎」のつくり方に問題があることを指摘しておきたいと思う。」「物語の要である一家殺人事件について、すでに判決が確定している事案にもかかわらず、その全体像がいつまでも提示されないまま、作中人物たちの一人芝居が続く。」「結局、本作の叙述の錯綜は、初めに事件の構築がきちんと出来ていなかったことの結果であろう。」 宮城谷昌光 74歳 全 ● 14 「残念ながら、期待したほどの力作ではなかった。」「内的な眼で観察し、感想を綴りつづけているので、明確な第三者はいないのではないか。小説の構成上の社会性は閉塞されているようにおもわれる。極言すれば、この小説はモノローグである。」

他の候補作 川越宗一 『熱源』 小川哲 『嘘と正典』 呉勝浩 『スワン』 誉田哲也 『背中の蜘蛛』