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Last Update[H15]2003/2/23

平成14年/2002年8月号から『オール讀物』誌上で始まった連載企画「オールabout直木賞」。
まだ連載途中ですが、貴重な文献・資料が
これからも掲載されていくはず、との期待を持たせる、
待ちに待った企画だと、ワタクシは思っています。
そもそも、こういうことができるのは、
世界中の出版社を探したって、文藝春秋ただ一社しかないわけですから、
ようやくやってくれたか、との思いすら抱きます。
で、別に文藝春秋から一銭も貰ってはいませんが、
当サイトでも、この企画を追っていくつもりです。


『オール讀物』平成15年/2003年3月号
『オール讀物』平成15年/2003年3月号(2月発売)
VI 直木賞「全選評」戦後篇II
直木賞「全選評」第29回(昭和28年/1953年・上期)~第35回(昭和31年/1956年・上期)
コラム「二・二六事件と直木賞(1)(2)」「受賞者ナシの確率は?」
 今回も、1号の休載(平成15年/2003年2月号)を挟んでの、企画続行です。そのうち、誰も何もいわないまま、「隔月掲載」になってしまうのではないか、と一種の危惧感を抱きつつ、とりあえず、3月号にこの企画が載ったことを喜びましょう。
 第29回~第35回の時期を、直木賞史の観点から見れば、「対象が、雑誌掲載の短篇から、単行本に向けて拡大しつつある時期」ととらえることができるでしょう。第32回の選評では、木々高太郎氏が「(前略)前回の有馬頼義氏に味をしめて書き下ろし単行本は勿論のこと、その年までに書きためて単行本として出たもののうちも物色するといふ、何となしに新らしいやり方もあったので、(後略)」などと書いています。
 今では、直木賞の対象といえば単行本、というのが当たり前で、雑誌掲載の短篇などはよほどの事情がない限り候補にものぼらなくなっていて、これは、小説の発表される環境が、昔とは大きく異なってきている表れですから、仕方がないといえば仕方がない。そのことを考えると、今だに『オール讀物』で直木賞の決定発表が掲載される号に、受賞作(受賞なき場合は候補作)が再録されているのは、どうしても不自然に見えてしまうのです。たとえば、今回だって、選考会で話題となった2つの短篇集の、それぞれの表題作を1篇ずつ載せていますが、短篇集の1篇だけを載せて、いったい何の腹の足しになるんでしょうかね? 最近は、受賞作といえば長篇か短篇集ですから、長篇の抄録、というみっともない再録の仕方ばかりが目につくし、まあ、読者の中に、“その抄録だか短篇数篇だかを読んで、面白ければ、単行本も買ってみる”と思っている人がいてもいいし、そういう人のために『オール讀物』がサービスするのもわかるんですけど、載せるなら全部載せる、載せないなら全部載せないで、その分、他の作家の新作を1篇でも多く入れたれよ、と思ったりするわけです。
 で、今どき、『オール讀物』に載る抄録や短篇数篇を読んでから、受賞作・候補作を買うかどうか決める、なんて人、いるんですか? これ、イヤミじゃなく、ワタクシの純粋な疑問です。
(平成15年/2003年2月23日記)
『オール讀物』平成15年/2003年1月号
『オール讀物』平成15年/2003年1月号(12月発売)
V 直木賞「全選評」戦後篇I
直木賞「全選評」第21回(昭和24年/1949年・上期)~第28回(昭和27年/1952年・下期)
コラム「賞金はいくら?」「賞金は何に使った?」
 「大衆小説」と「純文学」という、あいまいで漠とした2つの概念が、良くも悪くも直木賞の歴史には常について回っていて、昔の選評を読むと、はっきりとそのことが感じられて面白いものです。ほんの数年前、車谷長吉氏が直木賞となり、花村萬月氏が芥川賞となったときも、「大衆小説と純文学の垣根はもはやなくなったか」みたいな論調で、今さらながらに取り上げたマスコミがあったくらいで、両賞ある限り、きっとこれからも、この問題は残っていくのでしょう。
 それにしても、戦前そして戦後当時の、選考委員たちのこの“熱さ”は何なんでしょうか。駄目だと思った作品は斬って捨て(あるいはまったく触れず)、しぶしぶ授賞に賛成するにしても、ガンガン不平不満を述べる。今どきこんな選評を書いたら、「けッ、たかが文士風情が、己の後輩たる新人を、そんなにいきり立って糞味噌やっつけるこたあないじゃないか。偉そうなこと書きやがって」と、白眼視されるかもしれませんが、当時の作家サンたちは結構偉い存在だったんでしょう。
 で、これは私見ですけど、そういった「作家先生は、その作品を読ませていただく我々愚民とは住む世界の違う、偉ーいお方々なのだ」というテイストが、『オール讀物』という雑誌には、今だに流れていると思うわけです。で、現代ではもはやそんな幻想はとうに崩れて、作家なんか偉くも何ともない、と多くの人が思っている筈で、そのなかで今だに「直木賞」をやっていること自体、世間とギャップがあって滑稽で面白い、というのが今の直木賞の姿じゃないでしょうか。
 そして、それもまた、「賞」というものの、あり方の一つである筈です。悲観することも嘆くこともありませんよ、関係者のみなさん。
(平成14年/2002年12月20日記)
『オール讀物』平成14年/2002年12月号
『オール讀物』平成14年/2002年12月号(11月発売)
IV 直木賞「全選評」戦前篇II
特別随想「直木賞オンリー・イエスタデイ」大村彦次郎
直木賞「全選評」第12回(昭和15年/1940年・下期)~第20回(昭和19年/1944年・下期)
コラム「直木三十五と菊池寛」「多才の人、直木三十五」
戦前受賞作書き出し当てクイズ
 1ト月の休載を経て、選評掲載の再開です。繰り返しになりますが、大変ありがたい企画です。太平洋戦争前後の回は、そもそも資料が乏しいし、受賞者・候補者に列せられている作家の名も、今から見ると、あまりおなじみ感のない方が多く、それだけ一般の関心も惹きにくく、売れないからどこの出版社・機関も体系立てた資料にまとめることをしない、直木賞史上“暗黒の時代”なわけです。
 今回の「全選評」で扱っている第12回~第20回の受賞作・候補作のうち、今、書店に行って手に入る作品が、いったいいくつあるというのか。だからこそ、「書き出し当てクイズ」なんちゅう企画が成立してしまう悲しさがあるんですが、少なくとも受賞作ぐらいは全部手軽に読めるような状態を、つくり上げてもらいたい、とワタクシは切に願うわけです。お金と時間さえあればワタクシ一人でもやってやりたいぐらいです。
 とりあえずは、この企画の行く末を見守っていくしかないでしょう。この企画が一段落ついたとき、文藝春秋が次なる挑戦に手をつけるか、そのまま放ったらかしにしておくか。興味あるところです。
(平成14年/2002年11月27日記)
『オール讀物』平成14年/2002年10月号
『オール讀物』平成14年/2002年10月号(9月発売)
III 直木賞「全選評」戦前篇I
特別随想「自分を知る羅針盤」赤瀬川隼
直木賞「全選評」第1回(昭和10年/1935年・上期)~第11回(昭和15年/1940年・上期)
 下記の I と II までは、まだこの企画がどこに行こうとしているのか、静観するしかありませんでしたが、III に「全選評」を持ってきてくれたのを見て、「よくやってくれた!」とワタクシは手を打って喜びました。まず、すべて原文どおり旧仮名遣い・旧字体で再録しているところ。偉い。それに、それぞれの回の「他の候補者及び候補作」を掲載してあるところ。偉い。それよりなにより、これでほんとうに全部の選評を揃えることができれば、選考委員でありながら選考会に欠席した人・選評を書かなかった人もわかるし、なにしろ、受賞作・候補作を、それぞれ誰が推し、誰が受賞に反対したのか、ある程度明らかにできるわけです。それがわかれば、当サイトをぐんと拡張させることもできますし……。
 ありがとう、文藝春秋。『オール讀物』が何万部売れているか知りませんが、この企画のおかげで、企画の続くかぎりは少なくとも1部は多く売れることを保証します。つまり、ワタクシが買うのです。
 で、お礼を言った後で、少々の苦言を。重箱の隅をつつくようなハナシで恐縮、でも直木賞を語る上で、これは絶対に見逃せない、という部分です。それは、原文の選評にある“誤植”の件。
 たとえば、第10回の選評。原文である『文藝春秋』昭和15年/1940年4月号では、佐藤春夫氏は堤千代氏の候補作を「子指」と書いています。それを、今回の企画では「小指」と修正して載せています。もう一つ。原文では、どの選考委員も岩下俊作氏の候補作を「宮島松五郎傳」と書いています。これは、今回すべて「富島松五郎傳」となっています。表記を統一かつ正しいものに直したんでしょう。
 じゃあ、松坂忠則氏の候補作はどうか。原文では、佐藤春夫・瀧井孝作の両氏は「火の赤十字」と書き、白井喬二・室生犀星の両氏は「火の十字架」と書いています。どっちかが間違いでどっちかが正しいはず。今回の企画では、なぜか「火の十字架」のほうを採り、全部その表記で統一しています。なぜ「赤十字」じゃなく「十字架」なのか。インターネット上で松坂忠則氏の“カナモジ運動”について触れている「技術と日本語ものがたり」第三話「漢字廃止論」では、松坂氏の直木賞候補作を「火の赤十字」と言い、しかもその単行本の書影まで載っけてしまっているのに(>> http://www.honco.net/japanese/03/page2-j.html)。──これを解釈するとすれば、雑誌掲載か何かのときは「~十字架」で、それが直木賞の候補となり、その後単行本化するときに「~赤十字」と改題した、ということになりますが、それで正しいのでしょうか。ご存知の方は、ぜひ教えてください。そこら辺は、『オール讀物』の誌面では何も触れられておりません。
 原文から今回の企画で再録するさいに校正したのはいいんですが、その校正がどこまで正しいのか、その信頼性の問題なのです。第11回の選評で宇野浩二氏が、候補作として「石川靜子の『若き日の頁』」と書いていますが、これは「戸川静子」の間違いじゃないのか。それとも、この時期に「若き日の頁」という題の小説を書いた人が二人いて、ワタクシが知っているのが「戸川静子」のほうで、候補になったのは「石川静子」のほう、ということなのか。……悩みは深まるばかりなのです。
 まあカタいこと言うなや、堤千代氏や岩下俊作氏の作品は、今でも文庫に収められていたりして目にする機会があるから直したんだ、松坂忠則氏や戸川静子氏なんて今やほとんどの人が知らない作家の作品なんて多少間違っていたっていいじゃないか、なんて言わないでくださいね。と、これ、文藝春秋への苦言でもありますが、当サイト内でも結構こういった誤りをおかしているに違いない自分自身への戒めでもあるのです。当サイト内であやしげな記述や疑問点、明かな間違いなど見つけた際は、ぜひお教えください。mailto:pelebo@nifty.com
(平成14年/2002年10月2日記)
『オール讀物』平成14年/2002年9月号
『オール讀物』平成14年/2002年9月号(8月発売)
II 直木賞「受賞のことば」集成II
直木賞「受賞のことば」集成II 第76回(昭和51年/1976年・下期)~第126回(平成13年/2001年・下期)
コラム「“吉報”はどこで聞く?」「向田氏受賞の決め手は?」「選考会場あれこれ」
直木賞受賞者リスト(II) 第76回(昭和51年/1976年・下期)~第127回(平成14年/2002年・上期)
 受賞のことば、といえば、「お礼、そしてこれからの心構え」と相場が決まっているようです。今や有名作家、売れっ子作家となった人たちのスタート地点のときのことばであったり、何度も何度も候補に挙げられながら落選しようやく受賞した人の安堵のことばであったり、はじめての候補でいきなり受賞してとまどいを隠せない人のことばであったり、事情はそれぞれ、やはり興味深いものです。
 読む人によって好みはいろいろあると思いますが、ワタクシが好きな「受賞のことば」は、第81回の田中小実昌氏、第86回のつかこうへい氏、第102回の原尞氏の、それぞれのもの。
 田中小実昌氏「(前略)ぼくは努力はきらいなのだ。いや、これもウソだな。きらい、と言うと、努力すればできるが、努力はきらい、みたいだけど、ぼくは、ただ、努力することができない。(後略)」
 つかこうへい氏「(前略)このたびの受賞はもちろん身に余る光栄でありますが、「演劇の面白さに比ぶべくものではない」という心意気だけは持ち続けていきたいと思います。」
 原尞氏「(前略)直木賞をいただいたからといって、私自身は何ら変化いたしませんが、良い意味でも悪い意味でも、直木賞のほうに変化があることは結構だと思います。私の小説は、受賞作と聞いて本屋へ駈けつけられる方を痛罵するような精神で書かれているかも知れませんから、どうかご用心なさって下さい。」
 以上、ワタクシの個人的に気に入っているフレーズのみ、抜粋させていただきました。
 それと、「直木賞」について語る受賞者は多くても「直木三十五」のことに触れる人がだんだん減ってきたなかで、第96回の逢坂剛氏と第108回の出久根達郎氏がそれぞれ、自分と直木三十五との関係を書いていたことも、付け加えておきます。
(平成14年/2002年10月2日記)
『オール讀物』平成14年/2002年8月号
『オール讀物』平成14年/2002年8月号(7月発売)
I 直木賞「受賞のことば」集成I
特別随想「作家の「最初」の原稿」出久根達郎
直木賞「受賞のことば」集成I 第1回(昭和10年/1935年・上期)~第75回(昭和51年/1976年・上期)
コラム「直木賞誕生秘話」「菊池寛、新聞に怒る」「まぼろしの「文藝讀物」」「檀一雄と太宰治」「唯一の辞退者・山本周五郎」
直木賞受賞者リスト(I) 第1回(昭和10年/1935年・上期)~第75回(昭和51年/1976年・上期)
 特別随想で、古書業を営む出久根達郎氏も書いていらっしゃいますが、直木賞の選評が載っている『オール讀物』は、文学資料として貴重なので、古本屋でも売り物になるそうです。しかも、今回の企画がスタートするまで、芥川賞と違って直木賞の場合は、まさに、最初に掲載されたその号を見るしか、選評や受賞のことばを読む手立てがなかったのですから、まさしく直木賞研究者(というか単なる直木賞オタク)のワタクシは、泣くしかありませんでした。
 なぜ文藝春秋が、文藝春秋80周年に因んだこの時期に、ようやく、直木賞の資料を集成する気になったのか、その辺の事情は皆目わかりませんが、いずれにしても、唯一の直木賞専門サイトと言い張る当サイトにとっては、参考にできる資料が増えるという意味で、ありがたいおハナシです。
 コラムの一つで、太宰治の芥川賞落選事件について、触れられています。この事件自体は有名なハナシなので、ワタクシも知っておりましたが、その後に檀一雄氏が、しょげ返る太宰を慰めるために「芥川賞なんか貰はない方がいいんだよ。直木賞を貰へよ、直木賞を。どれだけ直木賞の方がいいか」と声をかけた、というハナシは、不覚ながらワタクシ、はじめて知りました。
 しかも檀氏は受賞のことばで「私の中の、一つの心は、たしかに直木賞の方がいいと思ひ込んでをりました。」とまで書いているのですから、芥川賞じゃなくて直木賞を取り扱っている当サイトとしては、嬉しい限り。一般的には「芥川賞と直木賞って何が違うの?」という方が大半だとは思いますが、「直木賞が対象とする小説分野より、芥川賞が対象とするそれのほうが、文学的価値は高い」といったような雰囲気が、かつての出版関係者・文学研究者・読書家などにはあったのではないか、と疑っているワタクシとしては、檀氏のことばには、勇気づけられます。
(平成14年/2002年10月2日記)
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