第46回

第45回

令和7年/2025年度 令和7年/2025年3月5日決定発表

選考委員　 朝井まかて 65歳 大沢在昌 68歳 京極夏彦 61歳 辻村深月 45歳 村山由佳 60歳 選評総行数　 87 75 113 84 92 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 荻堂顕　『飽くなき地景』 30歳 評 □ 19 ◎ 25 ○ 20 ○ 19 ◎ 17 坂崎かおる　『箱庭クロニクル』 40歳 評 ◎ 19 △ 13 ○ 13 ○ 19 ◎ 18 伊吹有喜　『娘が巣立つ朝』 56歳 評 ■ 14 ■ 10 ■ 19 ■ 16 ■ 17 潮谷験　『伯爵と三つの棺』 (47歳) 評 ■ 14 ■ 16 ● 24 △ 16 ■ 18 町田そのこ　『ドヴォルザークに染まるころ』 44歳 評 ■ 14 ● 14 ■ 19 ■ 11 ■ 18           年齢の説明   見方・注意点

朝井まかて65歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題境界　総行数87　（1行=19字） 候補 評価 行数 評言 荻堂顕 30歳 全 □ 19 「小説の軸と細部がしばしば齟齬を来していると感じた。また、戦前の名家の贅沢さは途方もないので華やかな描写がないのはもったいなく、現代からの想像が及んでいないようにも思えた。とはいえ、実在の人物のプロフィールと事蹟、イメージをコラージュして、戦前から戦後までを再構築した筆力は並大抵ではない。刀（＝地景）とビル（＝東京の再生）という着想、歴史が持つ虚構性への言及にも著者の才気を感じた。」 坂崎かおる 40歳 全 ◎ 19 「いずれも小さな箱庭的人生、それらが普遍的なテーマを射抜いていて、読書の根源的な歓びがあった。とくに、冒頭の「ベルを鳴らして」。（引用者中略）主人公の心と行動によってささやかな人生が意味付けされ、過去が記憶された。言語の感覚がまた魅力的、自然だ。どの短編でも物語がはばたく音を聞いた。」 伊吹有喜 56歳 全 ■ 14 「登場人物たちが等身大であり過ぎて、現実と小説との境界が低いように感じた。」「とはいえ、言語化しにくい感情や行き違い、微妙な関係性が緻密に描かれていて、身につまされる。」 潮谷験 (47歳) 全 ■ 14 「事件が起きると語り手を疑うのが読者の定石、しかも三人兄弟の動機も曖昧で、ラストが効かなかったのが残念だ。」「文体に近世ヨーロッパの香りがあれば（それは作者が作ったものでよいわけで）、華麗なる悪党たちの物語になり得たと思う。」 町田そのこ 44歳 全 ■ 14 「あまりにも登場人物が多い。人物の数を活かす構造をとれば、より立体的な小説になったのではないか。教師と画家の絡みなどの映像的なシーン、少女のブラジャーなど魅力的なエピソードが多く、町田さんの作品がとても人気があるのも得心がゆく。」   「吉川英治文学新人賞においてジャンルの境界を解き、新しい扉を開く瞬間に立ち会えたことを光栄に思う。選考委員としてかほどの幸福があるだろうか。」

他の選考委員 大沢在昌 京極夏彦 辻村深月 村山由佳

大沢在昌68歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題対照的な二作品　総行数75　（1行=19字） 候補 評価 行数 評言 荻堂顕 30歳 全 ◎ 25 「私は最も高い点をつけた。が、手放しの評価だったわけではない。」「日本刀と建築業界というテーマが有機的につながっていない。また、作者が登場人物を誠実に描こうとするあまり、語らせすぎたように思える。」「とはいえ、その筆力は瞠目に値するものであり、次代のエンターテインメント小説を牽引する作家になられるであろうことに疑いはない。」「積極的に推した。」 坂崎かおる 40歳 全 △ 13 「候補作中、最も高い評価を得た。ことに「ベルを鳴らして」の完成度はすばらしく、坂崎さんのすぐれた作家的センスを感じた。個人的には、収録作のいくつかは、エンターテインメントとしての評価を難しいと感じたが、小説のジャンルのあわいが不透明である今、それはとるに足りないことだったのだろう。」 伊吹有喜 56歳 全 ■ 10 「私は古きよき昭和のホームドラマを思い起こした。」「つまらないという意味では決してなく、伊吹さんは読ませる力をおもちだ。ただ平板な物語の果てに、智子の自覚が待っていたというのでは、やや肩すかしの感があったことが否めない。」 潮谷験 (47歳) 全 ■ 16 「リーダビリティ―が高く、楽しく読むことができた。ただ語り手に秘密があることや、三つの棺を巡るトリックには、ミステリ好きならば早い段階で気づいてしまう。しかもこの物語が、終わりかけているとはいえ貴族制度が残る時代を舞台にしていることを考えあわせると、捜査にはより強引な方法をとることができた筈だと思われる。」 町田そのこ 44歳 全 ● 14 「いい読者に私はなれなかった。登場する男性がすべて愚かなクズであることはおいても、女性もまたすべて、被害者意識が強く、賢明な生き方を選ぼうとしていない。あるいは多くの女性読者は、視点人物の誰かに「これはわたしだ」といった思いを抱くかもしれないが、それは占い師のご託宣にも似たレトリックである。町田さんの文章力の無駄遣いであろう。」

他の選考委員 朝井まかて 京極夏彦 辻村深月 村山由佳

京極夏彦61歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題選評　総行数113　（1行=19字） 候補 評価 行数 評言 荻堂顕 30歳 全 ○ 20 「長大な時間経過の中で視点人物のモチヴェーションや成熟度にほぼ変化はなく、それは時代の再現性にまで影を落とす。これをマイナスと見做すことは簡単だが、本作の構造を支えているのがプロットではなく饒舌な語りや文体だと規定してみた時、見方は大きく変わるだろう。」「現実に擬態し、豊饒な独り語りで壮大な偽史を構築する作業と受け取るならば、それは並の力量ではなし得ないものとなるだろう。」 坂崎かおる 40歳 全 ○ 13 「各作品の差異を担保するのは、言葉の“選ばれ方”である。繊細かつ精緻に選択された語彙は表現の域を超えてプロットや設定の構造を有機的に補強している。これはセンスというよりもテクニックとして評価すべきだろう。」 伊吹有喜 56歳 全 ■ 19 「本作は三人の視点人物がスイッチする構造が選ばれており、それぞれのパートは時系列に並べられている。」「視点人物達の認識の差異を汲み取らせることでジェンダーやジェネレーションなどが生み出す齟齬がクリアになっていく仕組みは巧妙である。ただ時系列に並んでいる以上、掉尾を担うパートが結末となるのは致し方ないとしても、構造上他パートの結末をカバー出来る仕組みになっていないため読者はやや宙吊りにされてしまう。」 潮谷験 (47歳) 全 ● 24 「読者の多くは主に手記部分を“小説”として読むことになるだろう。（引用者中略）但しわざわざ前提が措かれている以上、手記部分の語り手は“信用出来ない”と受け取ることが可能になる訳で、その解答として書簡１／２が用意されていることは疑い得ない。そうしてみると、この形式に（ヴォリュームを含めバランスを著しく欠いた）この構造が最適解だったとは思えない。」 町田そのこ 44歳 全 ■ 19 「同じ事象（ルビ：イヴェント）を他視点で語るスタイルの連作短編」「地方の、しかも大きくない共同体内部における閉塞感や絶望感といったものを多面的に紡ぎ出そうとするならば、この構造は有効であっただろう。」「惜しむらくは、各短編の精度にやや斑がある。安定した構造が優先されてしまったものか、視点人物の思考や作中のトピックにバイアスがかかってしまったのではないか。」   「小説の評価は総体としてなされるべきものだと考える。」「表面に現れ易いテーマやストーリー、表現や文法などから離れて、小説をひとつの構造体として検討してみた時、作り手の企みが見えて来ることもあるように思う。」

他の選考委員 朝井まかて 大沢在昌 辻村深月 村山由佳

辻村深月45歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題書かない奥行き　総行数84　（1行=19字） 候補 評価 行数 評言 荻堂顕 30歳 全 ○ 19 「私が何より魅せられたのは、作品が情報の提示を「待てる」文体であることだった。」「主要人物である兄の名が出てくるのは物語の半分を過ぎてからだ。これまで主人公が無意識に軽んじていた兄が彼の中で存在感を増していくことが予感として読者に示され、その後の祖父の遺言状に記された名前の衝撃に繋がる。これは著者の計算というより、おそらくは無意識に選び取った抑制の効かせ方なのだろう。すばらしい才能だと思う。」 坂崎かおる 40歳 全 ○ 19 「どのページを開いても滴り落ちるほどのセンスの良さを感じた。」「タイトルにある「箱庭」の言葉の通り、著者の用意した異なる世界それぞれに、覗き込んだ途端、吸い込まれていくような広がりがあり、一篇一篇に並々ならぬ才覚を感じた。最初の一篇「ベルを鳴らして」の話題で選考会は持ち切りで、その時に言い損ねしまったが、私は「あしながおばさん」がとても好きです。」 伊吹有喜 56歳 全 ■ 16 「彼らと同じような現状がありつつも、そこにある違和感や傷をなかったものとして決定的な破綻や衝突を避けて生きる多くの人たちにとっての希望の書であると、私は読んだ。」「日常を物語として捉え直す際の会話や描写に、より洗練された筆力が加われば、さらに多くの人の心を打ったと思う。」 潮谷験 (47歳) 全 △ 16 「作品が手記の構造を持っていることを小説としてもミステリとしてもどう捉えたものかという点が議論にもなったが、これまで多くのミステリが描いてきたさまざまな方式やガジェットを用いて尚、それらの魅力とお約束を生かしながら新しさを感じられる物語が描かれていることに好感を持ち、読んでいて胸が躍った。」 町田そのこ 44歳 全 ■ 11 「地方の小さな共同体特有の閉塞感や関係性の近さに共感を覚える一方、その共感に終わらないより鋭い言葉を作中に期待してしまった。」「小さな社会を祭りの一日だけで描く構成は物語ともよく似合い、この舞台設定を作れる著者であればこそ、その観察眼をもっと堪能させてもらいたかった。」   「「書かないものを読ませた作品」と「書きすぎたことで届かなかった作品」との間に明確な線が引かれた選考会だったと感じる。」

他の選考委員 朝井まかて 大沢在昌 京極夏彦 村山由佳

村山由佳60歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題センスの良さ、文章の牽引力　総行数92　（1行=19字） 候補 評価 行数 評言 荻堂顕 30歳 全 ◎ 17 「（引用者注：「箱庭クロニクル」と共に）推そうと意気込んで選考会に臨んだ。」「何しろ図抜けて文章がいい。みっちりと本を読んで育ってきた書き手への信頼感は大きく、さらに真顔で冗談を呟く感じのユーモアが物語に緩急をつけつつ牽引力を増している。」「細部に注文をつけたいところはあるにせよ、いちいち文句を言いたくなるのは要するに好きだからだ。」 坂崎かおる 40歳 全 ◎ 18 「（引用者注：「飽くなき地景」と共に）推そうと意気込んで選考会に臨んだ。」「どれをとっても読むことの歓びを堪能させてくれる作品ばかりだった。」「候補作中で最も純文学寄りでもあり、中には一読しただけでは嚥下しきれない作品もあるのだけれども、ごろりとした異物感がかえって面白く、時を改めて再読したくなる。」 伊吹有喜 56歳 全 ■ 17 「タイトルからほのぼのとしたお話を予想して読み始めたところ、なかなかにシビアで驚かされた。」「日常の些末な出来事にいちいち揺れ動く人間の心情がよく拾い集められ、細やかに書き込まれている。（引用者中略）悩ましかったのは、この細やかさが〈解像度の高さ〉には少し届かず、〈あるある〉の範疇におさまってしまっているのでは、という点だった。」 潮谷験 (47歳) 全 ■ 18 「この小説のいちばんの魅力は人物造形にある。」「問題は、殺人事件を描きながら緊迫感がないことで、最初の殺人が起こった時、フランスの革命政府からもこの国の権力者からも咎められずに時間的な猶予を与えられたせいで物語全体が呑気な感じになってしまった。」 町田そのこ 44歳 全 ■ 18 「各編の視点人物が〈ここではないどこか〉を希求してもがく心情は切実で、地方都市特有の息の詰まる感じは実際こんなふうなのだろうとひりひりする。もったいなかったのは、各人物の抱えている悩みの色合いが似通っているため全体が一辺倒になってしまったことと、主人公の心境の変化を地の文で説明しきってしまったところだろうか。その結論へ導きたい作者の気持ちはぐっと抑えて、読み手にゆだねてほしかった。」

他の選考委員 朝井まかて 大沢在昌 京極夏彦 辻村深月

荻堂顕30歳×各選考委員　 『飽くなき地景』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 朝井まかて 65歳 全 □ 19 「小説の軸と細部がしばしば齟齬を来していると感じた。また、戦前の名家の贅沢さは途方もないので華やかな描写がないのはもったいなく、現代からの想像が及んでいないようにも思えた。とはいえ、実在の人物のプロフィールと事蹟、イメージをコラージュして、戦前から戦後までを再構築した筆力は並大抵ではない。刀（＝地景）とビル（＝東京の再生）という着想、歴史が持つ虚構性への言及にも著者の才気を感じた。」 大沢在昌 68歳 全 ◎ 25 「私は最も高い点をつけた。が、手放しの評価だったわけではない。」「日本刀と建築業界というテーマが有機的につながっていない。また、作者が登場人物を誠実に描こうとするあまり、語らせすぎたように思える。」「とはいえ、その筆力は瞠目に値するものであり、次代のエンターテインメント小説を牽引する作家になられるであろうことに疑いはない。」「積極的に推した。」 京極夏彦 61歳 全 ○ 20 「長大な時間経過の中で視点人物のモチヴェーションや成熟度にほぼ変化はなく、それは時代の再現性にまで影を落とす。これをマイナスと見做すことは簡単だが、本作の構造を支えているのがプロットではなく饒舌な語りや文体だと規定してみた時、見方は大きく変わるだろう。」「現実に擬態し、豊饒な独り語りで壮大な偽史を構築する作業と受け取るならば、それは並の力量ではなし得ないものとなるだろう。」 辻村深月 45歳 全 ○ 19 「私が何より魅せられたのは、作品が情報の提示を「待てる」文体であることだった。」「主要人物である兄の名が出てくるのは物語の半分を過ぎてからだ。これまで主人公が無意識に軽んじていた兄が彼の中で存在感を増していくことが予感として読者に示され、その後の祖父の遺言状に記された名前の衝撃に繋がる。これは著者の計算というより、おそらくは無意識に選び取った抑制の効かせ方なのだろう。すばらしい才能だと思う。」 村山由佳 60歳 全 ◎ 17 「（引用者注：「箱庭クロニクル」と共に）推そうと意気込んで選考会に臨んだ。」「何しろ図抜けて文章がいい。みっちりと本を読んで育ってきた書き手への信頼感は大きく、さらに真顔で冗談を呟く感じのユーモアが物語に緩急をつけつつ牽引力を増している。」「細部に注文をつけたいところはあるにせよ、いちいち文句を言いたくなるのは要するに好きだからだ。」

他の候補作 坂崎かおる 『箱庭クロニクル』 伊吹有喜 『娘が巣立つ朝』 潮谷験 『伯爵と三つの棺』 町田そのこ 『ドヴォルザークに染まるころ』

坂崎かおる40歳×各選考委員　 『箱庭クロニクル』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 朝井まかて 65歳 全 ◎ 19 「いずれも小さな箱庭的人生、それらが普遍的なテーマを射抜いていて、読書の根源的な歓びがあった。とくに、冒頭の「ベルを鳴らして」。（引用者中略）主人公の心と行動によってささやかな人生が意味付けされ、過去が記憶された。言語の感覚がまた魅力的、自然だ。どの短編でも物語がはばたく音を聞いた。」 大沢在昌 68歳 全 △ 13 「候補作中、最も高い評価を得た。ことに「ベルを鳴らして」の完成度はすばらしく、坂崎さんのすぐれた作家的センスを感じた。個人的には、収録作のいくつかは、エンターテインメントとしての評価を難しいと感じたが、小説のジャンルのあわいが不透明である今、それはとるに足りないことだったのだろう。」 京極夏彦 61歳 全 ○ 13 「各作品の差異を担保するのは、言葉の“選ばれ方”である。繊細かつ精緻に選択された語彙は表現の域を超えてプロットや設定の構造を有機的に補強している。これはセンスというよりもテクニックとして評価すべきだろう。」 辻村深月 45歳 全 ○ 19 「どのページを開いても滴り落ちるほどのセンスの良さを感じた。」「タイトルにある「箱庭」の言葉の通り、著者の用意した異なる世界それぞれに、覗き込んだ途端、吸い込まれていくような広がりがあり、一篇一篇に並々ならぬ才覚を感じた。最初の一篇「ベルを鳴らして」の話題で選考会は持ち切りで、その時に言い損ねしまったが、私は「あしながおばさん」がとても好きです。」 村山由佳 60歳 全 ◎ 18 「（引用者注：「飽くなき地景」と共に）推そうと意気込んで選考会に臨んだ。」「どれをとっても読むことの歓びを堪能させてくれる作品ばかりだった。」「候補作中で最も純文学寄りでもあり、中には一読しただけでは嚥下しきれない作品もあるのだけれども、ごろりとした異物感がかえって面白く、時を改めて再読したくなる。」

他の候補作 荻堂顕 『飽くなき地景』 伊吹有喜 『娘が巣立つ朝』 潮谷験 『伯爵と三つの棺』 町田そのこ 『ドヴォルザークに染まるころ』

伊吹有喜56歳×各選考委員　 『娘が巣立つ朝』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 朝井まかて 65歳 全 ■ 14 「登場人物たちが等身大であり過ぎて、現実と小説との境界が低いように感じた。」「とはいえ、言語化しにくい感情や行き違い、微妙な関係性が緻密に描かれていて、身につまされる。」 大沢在昌 68歳 全 ■ 10 「私は古きよき昭和のホームドラマを思い起こした。」「つまらないという意味では決してなく、伊吹さんは読ませる力をおもちだ。ただ平板な物語の果てに、智子の自覚が待っていたというのでは、やや肩すかしの感があったことが否めない。」 京極夏彦 61歳 全 ■ 19 「本作は三人の視点人物がスイッチする構造が選ばれており、それぞれのパートは時系列に並べられている。」「視点人物達の認識の差異を汲み取らせることでジェンダーやジェネレーションなどが生み出す齟齬がクリアになっていく仕組みは巧妙である。ただ時系列に並んでいる以上、掉尾を担うパートが結末となるのは致し方ないとしても、構造上他パートの結末をカバー出来る仕組みになっていないため読者はやや宙吊りにされてしまう。」 辻村深月 45歳 全 ■ 16 「彼らと同じような現状がありつつも、そこにある違和感や傷をなかったものとして決定的な破綻や衝突を避けて生きる多くの人たちにとっての希望の書であると、私は読んだ。」「日常を物語として捉え直す際の会話や描写に、より洗練された筆力が加われば、さらに多くの人の心を打ったと思う。」 村山由佳 60歳 全 ■ 17 「タイトルからほのぼのとしたお話を予想して読み始めたところ、なかなかにシビアで驚かされた。」「日常の些末な出来事にいちいち揺れ動く人間の心情がよく拾い集められ、細やかに書き込まれている。（引用者中略）悩ましかったのは、この細やかさが〈解像度の高さ〉には少し届かず、〈あるある〉の範疇におさまってしまっているのでは、という点だった。」

他の候補作 荻堂顕 『飽くなき地景』 坂崎かおる 『箱庭クロニクル』 潮谷験 『伯爵と三つの棺』 町田そのこ 『ドヴォルザークに染まるころ』

潮谷験(47歳)×各選考委員　 『伯爵と三つの棺』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 朝井まかて 65歳 全 ■ 14 「事件が起きると語り手を疑うのが読者の定石、しかも三人兄弟の動機も曖昧で、ラストが効かなかったのが残念だ。」「文体に近世ヨーロッパの香りがあれば（それは作者が作ったものでよいわけで）、華麗なる悪党たちの物語になり得たと思う。」 大沢在昌 68歳 全 ■ 16 「リーダビリティ―が高く、楽しく読むことができた。ただ語り手に秘密があることや、三つの棺を巡るトリックには、ミステリ好きならば早い段階で気づいてしまう。しかもこの物語が、終わりかけているとはいえ貴族制度が残る時代を舞台にしていることを考えあわせると、捜査にはより強引な方法をとることができた筈だと思われる。」 京極夏彦 61歳 全 ● 24 「読者の多くは主に手記部分を“小説”として読むことになるだろう。（引用者中略）但しわざわざ前提が措かれている以上、手記部分の語り手は“信用出来ない”と受け取ることが可能になる訳で、その解答として書簡１／２が用意されていることは疑い得ない。そうしてみると、この形式に（ヴォリュームを含めバランスを著しく欠いた）この構造が最適解だったとは思えない。」 辻村深月 45歳 全 △ 16 「作品が手記の構造を持っていることを小説としてもミステリとしてもどう捉えたものかという点が議論にもなったが、これまで多くのミステリが描いてきたさまざまな方式やガジェットを用いて尚、それらの魅力とお約束を生かしながら新しさを感じられる物語が描かれていることに好感を持ち、読んでいて胸が躍った。」 村山由佳 60歳 全 ■ 18 「この小説のいちばんの魅力は人物造形にある。」「問題は、殺人事件を描きながら緊迫感がないことで、最初の殺人が起こった時、フランスの革命政府からもこの国の権力者からも咎められずに時間的な猶予を与えられたせいで物語全体が呑気な感じになってしまった。」

他の候補作 荻堂顕 『飽くなき地景』 坂崎かおる 『箱庭クロニクル』 伊吹有喜 『娘が巣立つ朝』 町田そのこ 『ドヴォルザークに染まるころ』

町田そのこ44歳×各選考委員　 『ドヴォルザークに染まるころ』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 朝井まかて 65歳 全 ■ 14 「あまりにも登場人物が多い。人物の数を活かす構造をとれば、より立体的な小説になったのではないか。教師と画家の絡みなどの映像的なシーン、少女のブラジャーなど魅力的なエピソードが多く、町田さんの作品がとても人気があるのも得心がゆく。」 大沢在昌 68歳 全 ● 14 「いい読者に私はなれなかった。登場する男性がすべて愚かなクズであることはおいても、女性もまたすべて、被害者意識が強く、賢明な生き方を選ぼうとしていない。あるいは多くの女性読者は、視点人物の誰かに「これはわたしだ」といった思いを抱くかもしれないが、それは占い師のご託宣にも似たレトリックである。町田さんの文章力の無駄遣いであろう。」 京極夏彦 61歳 全 ■ 19 「同じ事象（ルビ：イヴェント）を他視点で語るスタイルの連作短編」「地方の、しかも大きくない共同体内部における閉塞感や絶望感といったものを多面的に紡ぎ出そうとするならば、この構造は有効であっただろう。」「惜しむらくは、各短編の精度にやや斑がある。安定した構造が優先されてしまったものか、視点人物の思考や作中のトピックにバイアスがかかってしまったのではないか。」 辻村深月 45歳 全 ■ 11 「地方の小さな共同体特有の閉塞感や関係性の近さに共感を覚える一方、その共感に終わらないより鋭い言葉を作中に期待してしまった。」「小さな社会を祭りの一日だけで描く構成は物語ともよく似合い、この舞台設定を作れる著者であればこそ、その観察眼をもっと堪能させてもらいたかった。」 村山由佳 60歳 全 ■ 18 「各編の視点人物が〈ここではないどこか〉を希求してもがく心情は切実で、地方都市特有の息の詰まる感じは実際こんなふうなのだろうとひりひりする。もったいなかったのは、各人物の抱えている悩みの色合いが似通っているため全体が一辺倒になってしまったことと、主人公の心境の変化を地の文で説明しきってしまったところだろうか。その結論へ導きたい作者の気持ちはぐっと抑えて、読み手にゆだねてほしかった。」

他の候補作 荻堂顕 『飽くなき地景』 坂崎かおる 『箱庭クロニクル』 伊吹有喜 『娘が巣立つ朝』 潮谷験 『伯爵と三つの棺』