伊吹有喜（いぶきゆき）-直木賞候補作家

第151回

＝受賞者＝
黒川博行

＝候補者＝
伊吹有喜
千早　茜
貫井徳郎
柚木麻子
米澤穂信

Last Update●[R6]2024/1/28

	Ibuki Yuki
	生没年月日【注】	昭和44年/1969年☆月☆日～
	経歴	三重県生まれ。中央大学法学部法律学科卒。出版社勤務を経てフリーライター。平成20年/2008年に第3回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞、翌年デビュー。
	受賞歴・候補歴	第3回ポプラ社小説大賞［特別賞］（平成20年/2008年）「夏の終わりのトラヴィアータ」（『風待ちのひと』に改題）永島順子名義 \|候補\| 第27回山本周五郎賞（平成25年/2013年度）『ミッドナイト・バス』 \|候補\| 第151回直木賞（平成26年/2014年上期）『ミッドナイト・バス』 \|候補\| 第158回直木賞（平成29年/2017年下期）『彼方の友へ』 \|候補\| 第39回吉川英治文学新人賞（平成29年/2017年度）『彼方の友へ』 \|候補\| 第163回直木賞（令和2年/2020年上期）『雲を紡ぐ』埼玉県の高校図書館司書が選んだイチオシ本2020［第1位］（令和2年/2020年度）『雲を紡ぐ』 \|第3位\| 第18回2021年本屋大賞（令和3年/2021年）『犬がいた季節』 \|候補\| 第34回山本周五郎賞（令和2年/2020年度）『犬がいた季節』第8回高校生直木賞（令和2年/2020年度）『雲を紡ぐ』
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第151回候補

『ミッドナイト・バス』（平成26年/2014年1月・文藝春秋刊）

媒体・作品情報

印刷/発行年月日	発行平成26年/2014年1月25日（第1刷）
発行者等	発行者吉安章　印刷所萩原印刷　製本所大口製本　組版萩原印刷
発行所	株式会社文藝春秋（東京都）			形態	四六判　上製
装幀/装画等	装画小林万希子　装丁大久保明子
総ページ数	445	表記上の枚数	―	基本の文字組（1ページ当り）	43字 ×19行 ×1段
本文ページ	5～445 （計441頁）	測定枚数	819枚

書誌

初出『別冊文藝春秋』297号［平成24年/2012年1月］～305号［平成25年/2013年5月］

平成28年/2016年8月・文藝春秋／文春文庫『ミッドナイト・バス』

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　伊吹有喜　45歳
選考委員		評価	行数	評言
浅田次郎	62歳	■	17	「いい小説の基礎条件をすべて満たした佳品であった。ただし、あくまで基礎条件であって、満ち足りて咲かずの感がある。登場人物の心理は読みごたえがあるのだが、彼らの苦悩はどれも過去の出来事に起因しており、それを一元的に現在に押しこめてしまったがゆえに、せっかくのストーリーが平坦になった。」
東野圭吾	56歳	●	10	「小説で扱う心の傷が小さくてはいけないというルールはない。どんなに小さな傷でも、その人にとって重要な場合もあるからだ。だが今回描かれたものは、どうしてもそんなふうには思えなかった。」
宮部みゆき	53歳	■	32	「（引用者注：「男ともだち」「本屋さんのダイアナ」と共に）もっとびっくりさせてほしかったと願うのは、作品世界を壊してしまうリスクをとれと要求することであり、そんな冒険は読者にも歓迎されないかもしれません。でも、私は読んでみたかった。」「〈断ち切れない過去〉というテーマから必然的に回想の多い構成になるところに、さらに現在パートにも「○日前」「一週間前のことだ」などの短期の回想が入り込み、読んでいてときどき混乱してしまうことが気になりました。」
宮城谷昌光	69歳	◎	47	「ストーリー優先主義の小説では、風景描写はよけいなもの、小説のながれを阻害するものであるとおもわれがちだが、その考えは小説世界の幅をせばめ、奥ゆきを失わせる、と私はおもっている。（引用者中略）その風景描写が的確におこなわれている」「文章も浸潤性をもっており、その文章が解体されて、ことばに還ったとしても、生色を失わないであろう。」
桐野夏生	62歳	■	17	「魅力的な始まりと不思議な間に、この小説は面白いのではないか、と胸が高鳴った。しかも、ディテールが、今時のリアルに満ちている。」「が、中盤から家族幻想が、霧のように物語を覆い始めると、たちまちありきたりな話に終わってしまった感がある。」
北方謙三	66歳	■	27	「冗長から逃れるためには、主人公をもっと書きこむべきであった。無彩色の存在感であり、強いものがひとつ欠けている。」「周辺の取材が丁寧で、肝心なものを見落している。そのあたりの、運転手の視界などが、描写の質を決定づける。」
高村薫	61歳	●	18	「家族の再生の物語というメルヘンだが、メルヘンにもメルヘンのリアリティがあろう。長距離バスの運転手である主人公の、きつい仕事をこなしている身体のリアリティなくしてこのメルヘンは成立しない。」「本作の薄味は、登場人物たちの身体のリアリティの希薄さから来ているのである。」
林真理子	60歳	●	14	「古風さが目立つ。まるでひと昔前の映画を見ているようだ。」「ラストの話になるが、このように結ばれる恋人をいったんは傷つけ、まわり道する理由もよくわからない。よって最後のカタルシスが読者は得られないのだ。」
伊集院静	64歳	■	10	「古風な小説の作りにこの作者の小説家としての気骨を感じるという意見を聞き、この作品が持つ静かな魅力が理解できた。そうであっても受賞にいたる力量には届いていないというのが結論だ。」
選評出典：『オール讀物』平成26年/2014年9月号

山本周五郎賞 第27回候補

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　伊吹有喜　45歳
選考委員		評価	行数	評言
石田衣良	54歳	■	28	「これだけの長篇なのに、発生するイベントがすくなすぎないか。山も谷も低いんだ。利一は若い頃の高倉健みたいに無口で不器用だし、若くて可憐な恋人は小料理屋の女将。あまりに類型で、ちょっとびっくりしたよ。」「小説としての誠実さと物語のうねりをどう両立させるか、それがつぎの課題になるかもしれない。」
角田光代	47歳	■	34	「仕事を辞めて帰ってきた長男と、インターネットで珍妙な仕事をはじめた長女の存在（引用者中略）この二人のありようが私には新鮮だった。」「ちらりとしか登場しない人たちのほうが印象的で、彼らのエピソードのほうが胸に残るのは、なんとももったいないようにも思う。」「新潟と東京という場所が出てくるが、その（景色ではなく）空気の違いなども、もっと感じられたらよかったとも思った。」
佐々木譲	64歳	△	27	「減点するところの少ない作品ではあるが、勝手なことを言うなら、もっと小説的な誇張があってもよかったろうか。飛び抜けて魅力的なキャラクターがいるか、あるいは強烈な印象を与える「課題とその克服」があるとよかったのかもしれない。減点部分は少ないけれども、何が何でもここが好きなので推したい、という部分も薄めの作品であったことが惜しまれる。」
白石一文	55歳	■	84	「（引用者注：「昨夜のカレー、明日のパン」「わたしをみつけて」「村上海賊の娘」と共に）まだまだ小説の手ごわさ、困難さには手が届いていないという印象が強かった。」「こう書いたら、きっとこう伝わる――という言葉選びだけで何かを書こうとしているのではないかという不安がどの作品からも抜けなかった。」「本来、表現不可能と思われるものを無理にでも表現しようと努力し、そうやって努力して紡ぎ出されたあくまで不全な文章をどうにかして読者の側が読み取ろうと努力する――そうした作家と読者の交渉事を省いてしまうと、小説はどこまでもありきたりで通俗的な読み物に落ちていく。」
唯川恵	59歳	■	41	「文章は著者ならではの艶やかさがあり、会話のセンスもいい。」「特に魅力的なのは、主人公の子供たちだ。（引用者中略）ところが、大人たちが登場すると、とたんに淀んだ気配に包まれてしまう。」「もし、彼らをもう少し魅力的に描けることができたなら、きっと印象は変わっていたに違いない。」
選評出典：『小説新潮』平成26年/2014年7月号

第151回推薦候補

大衆選考会での推薦

推薦者	推薦日	推薦文
Y.M.O.	平成26年/2014年7月17日	本命『ミッドナイト・バス』、対抗『破門』、大穴『満願』でどうでしょうか。普通に考えると、『破門』を本命とすべきでしょうが、あえて『ミッドナイト・バス』を推します。渡辺淳一先生の重圧を解かれた（前回も欠席でしたが）選考委員の意見が気になるところです。

文量
長篇
章立て
「第一章」～「第九章」
時代設定	場所設定
［同時代］	東京～新潟県美越市～新潟市など
登場人物
●高宮利一（白鳥交通高速バス運転手） ●美雪（利一の元妻） ●怜司（利一と美雪の息子） ●彩菜（利一と美雪の娘） ●古井志穂（定食屋の女主人、利一の恋人） ●江崎大輔（ミュージシャン） ●敬三（美雪の父、入院中）

第158回候補

『彼方(かなた)の友(とも)へ』（平成29年/2017年11月・実業之日本社刊）

媒体・作品情報

作品名別表記	表紙・背ルビ有り「かなた」　奥付ルビ有り「かなた」「とも」
印刷/発行年月日	発行平成29年/2017年11月25日（初版第1刷）
発行者等	発行者岩野裕一　ＤＴＰラッシュ　印刷所大日本印刷株式会社　製本所大日本印刷株式会社
発行所	株式会社実業之日本社（東京都）			形態	四六判　並製
装幀/装画等	装画早川世詩男　装幀成見紀子
総ページ数	445	表記上の枚数	―	基本の文字組（1ページ当り）	44字 ×20行 ×1段
本文ページ	5～439 （計435頁）	測定枚数	765枚

書誌

初出『紡』Vol.7～Vol.12［平成25年/2013年2月・Spring～平成26年/2014年5月・Summer］＋『月刊ジェイ・ノベル』平成26年/2014年8月号～平成28年/2016年4月号/単行本化にあたり大幅加筆・修正

令和2年/2020年10月・実業之日本社／実業之日本社文庫『彼方の友へ』所収

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　伊吹有喜　48歳
選考委員		評価	行数	評言
桐野夏生	66歳	△	20	「戦前も今も、決してメインカルチャーにはなり得ない少女雑誌の運命を描くことによって、はからずも雑誌というメディアの果たす役割をも描くことになった。しかし、父親や謎の下宿人、有賀の運命など、回収されなかったエピソードが気になる。」
北方謙三	70歳	■	19	「描写が厚塗りではないだろうか。畳みかけてくる描写が、行間を潰していくのだ。」「ノスタルジックなものに収斂されていくさまは、これはこれで仕方があるまいと思えるが、小説的に見ると予定調和であった。」
林真理子	63歳	■	13	「戦前の雑誌社を描いたこの小説は、テーマ選びが成功している。もうじき戦争が始まり、自由と命が奪われるのが予想されるからだ。その分つい評価が甘くなりがちなのであるが、視点を変えることで全体がぎくしゃくし、大人の思惑が意地悪く映る。」
東野圭吾	59歳	■	19	「完全に朝の連続テレビ小説の世界。十分に楽しめたが、どこに作者の力量や才能が反映されているのかという視点で眺めた時、考え込んでしまった。登場人物たちの個性にも、描かれる出来事にも既視感がある。」
伊集院静	67歳	―	0
宮部みゆき	57歳	■	23	「何も難がない作品なのですが、なぜかしら（なんて言うのは当事者の選考委員として無責任なのですが）得点が集まりませんでした。」「このまま即ＮＨＫの朝ドラになりそうな仕上がりが、他の作品と競い合うためにはお行儀が良すぎた――それくらいしか失点が見当たりません。でもこれが意外と大きな要素だということが、文学賞のおっかないところなんです。」
浅田次郎	66歳	■	13	「自分が少女に変身して読んだのだが、するとたいそう面白かった。しかしながら我に返って考えれば、多くの未解決部分を大団円で強制収束させた感があり、会話文の多用とも相俟って、文学的な読後感は欠いていた。」
高村薫	64歳	●	15	「治安維持法下の出版界という時代背景をほとんど咀嚼できていない。作者がそこをプロットとキャラクターで押し切れると考え、実際押し切ってみた結果がこの少女小説だろう。」
宮城谷昌光	72歳	■	19	「伊吹有喜氏が以前に書いた『ミッドナイト・バス』は、忘れがたい作品で、私は氏の小説家としての成長を期待するひとりであった。が、今回の『彼方の友へ』は、あじきなかった。」「以前に感じた温かい抒情性のようなものが、本質的に消えている。人物が資料の上にきれいにのっているだけの小説である。」
選評出典：『オール讀物』平成30年/2018年3月号

吉川英治文学新人賞 第39回候補

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　伊吹有喜　49歳
選考委員		評価	行数	評言
伊集院静	68歳	―	0
大沢在昌	61歳	△	8	「前半はまるで朝の連続ドラマのようなだと感じたが、明らかにそれを狙ったのだろう。物語は予定調和的に収束していくが、ここまで気持よく読ませてもらえるなら文句はない。」
恩田陸	53歳	■	14	「とても爽やかで心地のよい作品である。」「なのに、なぜか後に何も残らない。小説を読んだという手応えがない。」「ないものねだりなのかもしれないけれど、もっと訴えてくる、作者の顔が見えるようなものが欲しい。」
京極夏彦	54歳	■	14	「登場人物の祖型となる人物についての知識を持った読者には、やや踏み込みが足りないように読めてしまう。伏線らしきエピソードの回収も一部放棄されている。もちろん、そこは「捨てられた」部分なのだと思う。少女小説には必要のないものだからである。しかし、ならばこそ各部冒頭などに配された現代パートの扱いには違和感を覚えた。」
重松清	54歳	■	14	「作品の光の明るさは影の暗さで担保されてほしいと願うタイプの評者にとっては、読後に若干の物足りなさが残ってしまった。」「また、いくつかの謎が解かれずじまいなのは、もったいないのでは。」
選評出典：『小説現代』平成30年/2018年5月号

文量
長篇
章立て
「プロローグ」「第一部　昭和十二年」「第二部　昭和十五年」「第三部　昭和十五年　晩秋」「第四部　昭和十八年」「第五部　昭和二十年」「エピローグ」
時代設定	場所設定
［同時代］～昭和12年～昭和20年	東京～横浜～呉
登場人物
●佐倉ハツ（「波津子」、父の失踪後母と二人暮らし） ●有賀憲一郎（雑誌「乙女の友」主筆、元・小説家） ●長谷川純司（読者に人気の雑誌画家、元・人形作家） ●霧島美蘭（詩の翻訳家、創作志望） ●佐藤史絵里（有賀の従姉妹、日本女子大学の学生、「乙女の友」編集補佐） ●上里善啓（「乙女の友」編集長） ●望月辰也（佐倉家の間借り人）

第163回候補

『雲(くも)を紡(つむ)ぐ』（令和2年/2020年1月・文藝春秋刊）

媒体・作品情報

作品名別表記	奥付ルビ有り「くも」「つむ」
印刷/発行年月日	発行令和2年/2020年1月25日（第1刷）
発行者等	発行者大川繁樹　印刷所萩原印刷　製本所大口製本　ＤＴＰ組版 LUSH
発行所	株式会社文藝春秋（東京都）			形態	四六判　上製
装幀/装画等	装画牧野千穂　装丁大久保明子
総ページ数	360	表記上の枚数	―	基本の文字組（1ページ当り）	43字 ×19行 ×1段
本文ページ	3～360 （計358頁）	測定枚数	655枚

書誌

初出『別冊文藝春秋』325号～335号（平成28年/2016年9月号～平成30年/2018年5月号）

令和4年/2022年9月・文藝春秋／文春文庫『雲を紡ぐ』所収

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　伊吹有喜　51歳
選考委員		評価	行数	評言
浅田次郎	68歳	●	17	「個人的な印象では、小説の手応えを感じなかった。登場人物のひとりひとりに、苦悩や葛藤がないと思えたからである。テレビドラマならこれで十分というところだが、小説は見えぬものや聞こえぬ音や、とりわけ人間の感情を言葉によってのみ表現するほかはない。」
宮部みゆき	59歳	■	25	「伊吹有喜さんの作品は、候補作としてではなく、普通に読んでいるときでも、「ＮＨＫの朝のテレビ小説にぴったりだなあ」と思うのです。」「万人に勧められるその親しみやすさと明るさが、今回は同じような題材の『銀花の蔵』と並んだとき、人物造形の頼りなさ、作中で提起された母娘や夫婦の葛藤の解決の甘さに換算し直されてしまいました。」
北方謙三	72歳	●	25	「丁寧に、細部を書きこんでいくのはいい。しかしどこかで、取材から跳ぶ想像力が必要なのではないか。美緒の生き方は、汚毛を洗ったり、糸を紡いだりすることで変っていく。生き方が変るのだから、こここそが小説の書きどころではないのか。」「丁寧さを、どこかで履き違えている、と私は思う。」
桐野夏生	68歳	△	17	「素直な筆致で淡々と少女の心情を描いていて好感が持てる。」「家族間の気持ちの擦れ違いは、うまく書けていると感心した。その意味で、祖父の達観は出来過ぎである。全体に、会話で物語を推進しようとしているのが、難に感じられた。」
伊集院静	70歳	△	9	「（引用者注：章題に）「職人の覚悟」「みんなの幸」とあり、この題で大丈夫なのか、と思った。」「（引用者注：「じんかん」の章題とともに）善し悪しでなく、章題が物語のラストを示唆しすぎではないかという点である。」
角田光代	53歳	■	19	「小説世界がていねいに作られていて、読んでいて気持ちがいい。」「羊毛から汚れを取り除き、糸を紡いでいく場面は小説の前半に登場するが、それ以後あまり描かれず、美緒が、ホームスパン作りのどこに救われ、どこによろこびを感じ、どこに未来を見るのかが、わかりづらいように思う。」
高村薫	67歳	■	22	「こぢんまりとまとまった愛らしい小説であるが、総じて「ジュニア小説」「朝の連続テレビ小説」といった評が聞かれるのは、偏に登場人物たちの造形に因る。事実、読者がみな容易に姿形を思い浮かべることのできるステレオタイプの人物たちは、ホームドラマの安定感と心地よさに包まれたまま予定調和の域を出ない。」
林真理子	66歳	◎	20	「今回は伊吹有喜さんの「雲を紡ぐ」を推そうと決めていた。」「ひとつ間違えると、ありきたりの“お仕事小説”になるところであるが、作者は性急に物語を進めない。ちょうど手織りの布のように、デリケートに少しずつ心が語られていく。」「小説に対する誠実さを持っている作家だと思った。」
三浦しをん	43歳	◎	22	「（引用者注：「じんかん」とともに）推した。」「視点の交代に当初は若干の違和感を覚えたが、美緒の父方と母方、双方の三世代の物語なのだと徐々にわかってきて、納得した。ホームスパンに触れてみたいなと、興味と関心をかきたてられるのも、本作が魅力的だからだろう。」
選評出典：『オール讀物』令和2年/2020年9・10月合併号

文量
長篇
章立て
「第一章　六月　光と風の布」「第二章　六月下旬　祖父の呪文」「第三章　七月　それぞれの雲」「第四章　八月　美しい糸」「第五章　十月　職人の覚悟」「第六章　十一月　みんなの幸(さいわい)」「第七章　三月　その手につかむもの」「エピローグ　ホームスパン」
時代設定	場所設定
［同時代］	東京～岩手県
登場人物
●山崎美緒（女子高生、不登校中） ●広志（美緒の父親、電機メーカー研究所勤務） ●真紀（美緒の母親、中学の英語教師） ●山崎紘治郎（広志の父親、〈山崎工藝舎〉主宰、ホームスパンづくりの職人） ●香代（広志の母親、故人） ●川北裕子（広志の従姉、〈山崎工藝舎〉次期主宰） ●川北太一（裕子の息子、大学生）

『犬(いぬ)がいた季節(きせつ)』（令和2年/2020年10月・双葉社刊）

書誌

令和6年/2024年1月・双葉社／双葉文庫『犬がいた季節』

山本周五郎賞 第34回候補

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　伊吹有喜　52歳
選考委員		評価	行数	評言
伊坂幸太郎	49歳	■	36	「会話で大半のことが説明されていく部分がもったいなく感じます。」「時代を説明する手法が、会話内のヒット曲やCMに出ている芸能人、といった固有名詞を使うことが多く、読者自身の思い出にかなり頼ったものなのも物足りなく感じました。」「「固有名詞とは別の部分」でも時代の変化を感じさせたほうが、最終話の感動も増したのでは、といろいろ考えてしまい、推すことはできませんでした。」
江國香織	57歳	△	35	「今回の候補作中、私にとっていちばん判断の難しい小説でした。率直に言って“べた”な話なのに、正直に言うと心を揺らされてしまった。」「いちばん問題だったのは犬が一人称で語る部分で、そうすることによって、いわずもがなな事柄を説明してしまっているのが残念でした。と、マイナス点をならべながら自分でも不思議なのですが、欠点も多いけれど魅力的な作品だったと思います。」
荻原浩	64歳	■	34	「素直でいい小説だ。」「しいて言えば、何も問題がないのが、問題かもしれない。学校が舞台なんだから、もう少し問題を起こして欲しかった。ストーリー的にも、文章表現的にも。」「援交をしている問題ありの子が登場しても、小説に流れるトーンに悪意の影がないから、ああ、この子もだいじょうぶ、最後には救われるんだよな、と何の心配もなく読めてしまう。」
今野敏	65歳	■	29	「悪い意味ではなく、この作者はずるい、あざといと感じる。心の隙というか弱点を見事に衝いてくるのだ。」「ただ、男子たちがいずれもあまりに屈託がなくいい子ばかり。一種のファンタジーと読むべきなのだろうが、それでも現実感がなさすぎる。」「平成の時代を網羅していて、世相風俗にも触れているが、驚くほど懐かしさを感じなかった。平成の三十年間は、私のような世代にとってはまだ日常なのだ。まあ、前期高齢者の男性が、女子高校生に感情移入するという事自体に無理があるので、私のような者が読むべき本ではないのかもしれないが……。」
三浦しをん	44歳	■	47	「私は特に、「セナと走った日」と「スカーレットの夏」が好きだった。」「ただ気になるのは、時代を象徴する歌や事象が一般的すぎるというか、あっさりした年表に載ってそうなものばかりなことだ。」「もっとも引っかかったのは、ほぼ全話の最初と最後に犬の視点があることだ。語られる内容自体はとても胸に迫るのだが、どうしても、「犬は……しゃべらないだろ」と思えてしまい、没入しきれなかった。」
選評出典：『小説新潮』令和3年/2021年7月号