第163回

第162回第164回

令和2年/2020年上半期 令和2年/2020年7月15日決定発表／『オール讀物』令和2年/2020年9・10月合併号選評掲載

選考委員　 浅田次郎 68歳 宮部みゆき 59歳 北方謙三 72歳 桐野夏生 68歳 伊集院静 70歳 角田光代 53歳 高村薫 67歳 林真理子 66歳 三浦しをん 43歳 選評総行数　 96 130 113 89 99 112 104 96 110 評 評 評 評 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 馳星周　『少年と犬』 515枚 55歳 評 ○ 13 ○ 49 ◎ 21 ○ 28 ◎ 68 ◎ 29 ● 19 △ 14 □ 24 伊吹有喜　『雲を紡ぐ』 655枚 51歳 評 ● 17 ■ 25 ● 25 △ 17 △ 9 ■ 19 ■ 22 ◎ 20 ◎ 22 今村翔吾　『じんかん』 850枚 36歳 評 △ 16 △ 21 ◎ 22 ■ 16 △ 12 ◎ 28 △ 20 ■ 27 ◎ 25 澤田瞳子　『能楽ものがたり　稚児桜』 317枚 42歳 評 ■ 15 ■ 15 ■ 13 ● 8 ― 0 ■ 14 ● 14 ● 17 ■ 17 遠田潤子　『銀花の蔵』 627枚 54歳 評 ■ 20 △ 25 ■ 25 ■ 20 ― 0 ■ 25 ○ 19 ■ 12 ■ 24                   年齢/枚数の説明   見方・注意点

浅田次郎68歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題幸福な受賞　総行数96　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 馳星周 55歳 全 ○ 13 「固有の世界観に基き、フィクションでありながらそうとばかりは思えぬ緊張感がある。これはいかに本作が作家の手に合っているかを意味するところで、このさき生み出される作品の基準としてふさわしい。」 伊吹有喜 51歳 全 ● 17 「個人的な印象では、小説の手応えを感じなかった。登場人物のひとりひとりに、苦悩や葛藤がないと思えたからである。テレビドラマならこれで十分というところだが、小説は見えぬものや聞こえぬ音や、とりわけ人間の感情を言葉によってのみ表現するほかはない。」 今村翔吾 36歳 全 △ 16 「作者にとって本作が幸福な受賞とは思われず、強く推すことはできなかった。拡散するダイナミズムよりも、凝縮された完成度をめざす局面に作者は立っている。」 澤田瞳子 42歳 全 ■ 15 「不学にして出典の謡をほとんど知らぬので、評価するすべを持たなかった。ただし長篇よりも短篇でこそ力を発揮するであろうという、勝手な持論に変わりはない。」 遠田潤子 54歳 全 ■ 20 「おそらく精密な設計図を引いているのだろうが、書きながら際限なく想像が膨らんで、むしろ制御することに苦心してしまったのではあるまいか。具体的には、これだけ多角的にぎっしりと詰めこんだストーリーを、主人公の一視点で描き切るには手法上の無理がある。」   「本賞の受賞者には、生涯「直木賞作家」という一種の称号が冠せられる。」「畢生の傑作で受賞すればむしろ不幸な出来事であり、かろうじての受賞であっても否応なくその作品は代表作に祀り上げられる。では、最も幸福な受賞はどういうかたちかと問えば、何よりも作家の手に合った作品であろうと思われる。」

他の選考委員 宮部みゆき 北方謙三 桐野夏生 伊集院静 角田光代 高村薫 林真理子 三浦しをん

宮部みゆき59歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題完敗であります　総行数130　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 馳星周 55歳 全 ○ 49 「お預かりした候補作品を読み、瞼がぱんぱんに腫れるほど泣くなんて、選考委員としてはあまり褒められた話ではありません。しかし『少年と犬』には負けました。完敗です。」「ところで、この短編集のプロットは古典的な西部劇のそれですね。多聞は死の影を引きずる流れ者のガンマンで、（引用者中略）どれほど請われてもそこには留まらない。なぜなら彼には目指す場所があり、そこには命をかけて救うべき子供が待っているからです。「夫婦と犬」で、多聞がクリントと呼ばれるのもむべなるかな。」 伊吹有喜 51歳 全 ■ 25 「伊吹有喜さんの作品は、候補作としてではなく、普通に読んでいるときでも、「ＮＨＫの朝のテレビ小説にぴったりだなあ」と思うのです。」「万人に勧められるその親しみやすさと明るさが、今回は同じような題材の『銀花の蔵』と並んだとき、人物造形の頼りなさ、作中で提起された母娘や夫婦の葛藤の解決の甘さに換算し直されてしまいました。」 今村翔吾 36歳 全 △ 21 「（引用者注：「銀花の蔵」と）甲乙つけ難い秀作でした。」「主人公がどこの誰ともわからぬ九兵衛である前半が抜群に面白く、彼が松永久秀だとわかってしまってからの後半は、豪腕の今村さんも少し史実に遠慮してしまったみたいで、読み心地が変わりました。」 澤田瞳子 42歳 全 ■ 15 「これまで『火定』『落花』と澤田瞳子さんの作品を推して届かなかった者としては、今回の『稚児桜』で受賞を目指すのは、二重三重に厳しいものがありました。」「お能の演目を題材にしたいわば企画もののこの短編集は、文学賞云々の固いことは抜きにして、軽やかに楽しまれるべき作品だと思います。」 遠田潤子 54歳 全 △ 25 「（引用者注：「じんかん」と）甲乙つけ難い秀作でした。」「陰の中心人物は母親の美乃里でしょう。この女性像は出色ですし、彼女のこしらえる料理の何と美味しそうなことよ！」「選考会で「この小説には外部がない」「この一家が町の人々からどう見られているのかという意識がない」というご意見に、ちょっとぐうの音も出なくなりました。」

他の選考委員 浅田次郎 北方謙三 桐野夏生 伊集院静 角田光代 高村薫 林真理子 三浦しをん

北方謙三72歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題古き友にも似て　総行数113　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 馳星周 55歳 全 ◎ 21 「論評を拒否するのではなく、不要にして存在している、と私に感じさせた。犬が書かせたのではないか、という気さえする。この作家の力量はすでに確立されたものであり、どこを取っても欠点など見つかりはしないのである。読んでいて、快感にふるえるような小説であった。」「やっと受賞作家に加わってくれて、心底ほっとしたというのが、私の本音である。」 伊吹有喜 51歳 全 ● 25 「丁寧に、細部を書きこんでいくのはいい。しかしどこかで、取材から跳ぶ想像力が必要なのではないか。美緒の生き方は、汚毛を洗ったり、糸を紡いだりすることで変っていく。生き方が変るのだから、こここそが小説の書きどころではないのか。」「丁寧さを、どこかで履き違えている、と私は思う。」 今村翔吾 36歳 全 ◎ 22 「ひとりの男の評価を変えるということではなく、生き方を描いていて、違う人間が生まれ出てきた、と私は感じた。物語を読む醍醐味が、たっぷりとあった。」「こんな書き手が出現し、大きくなりつつあるという感慨は深かった。私は二作受賞を主張した。」「わずかに及ばなかった心残りは、いまも胸から消えない。」 澤田瞳子 42歳 全 ■ 13 「能楽との結びつきが、作品の肝になっているのだろうが、そこのところは私の無知ゆえ、まったく理解できなかった。この作品集を読み終えた時、能の鑑賞に興味を持ったということにもならなかった。」 遠田潤子 54歳 全 ■ 25 「力作という印象で書けてはいるが、主人公の晩年になってくると、急いだという感じが強くなる。すると老境における感慨が、ありきたりのものに思えてしまうのだ。はじめに座敷童が出てきたが、それから先はなにかの象徴のように昇華されていて、そのあたりは手堅い力量を感じさせた。」   「候補作を前にすると、本の数だけの強烈な顔があり、圧倒される。これを較べるのかと思うと怖気をふるい、それが選考なのだと開き直る。そのくり返しである。」

他の選考委員 浅田次郎 宮部みゆき 桐野夏生 伊集院静 角田光代 高村薫 林真理子 三浦しをん

桐野夏生68歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数89　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 馳星周 55歳 全 ○ 28 「どんな悪党も身勝手な男も、犬の前では素直で優しくなり、犬が南に向かう本当の理由を知る前に、非業の最期を遂げる。犬はまるで、彼らが死ぬ前に現れた神の遣いのようでもある。」「犬の計り知れぬ能力を信じ、犬を愛する者たちに捧げられたシンプル過ぎる、と言ってもいい物語だ。犬が擬人化されて描かれることがなかったのは、作者の、犬に対するリスペクトだろうか。」 伊吹有喜 51歳 全 △ 17 「素直な筆致で淡々と少女の心情を描いていて好感が持てる。」「家族間の気持ちの擦れ違いは、うまく書けていると感心した。その意味で、祖父の達観は出来過ぎである。全体に、会話で物語を推進しようとしているのが、難に感じられた。」 今村翔吾 36歳 全 ■ 16 「力作だと思うが、やや冗長に感じられた。特に、最初の少年時代の逸話が、この頃から主人公が人格者であったことがわかるのみで、あまり意味をなさないように思う。」「少年時代の話より、人生の後半における謀略と知略の闘いぶりの方を読みたかった。」 澤田瞳子 42歳 全 ● 8 「能については知識がないので、タイトルの下に書いてある能の演目を調べながら読んだ。残念ながら、長い時間をかけて練られ、殺ぎ落とされて残った能のストーリーの方が面白く感じられた。」 遠田潤子 54歳 全 ■ 20 「揺れ幅のなさは、確かに連続テレビ小説のようではあるが、日常の連なりのそれではない。人間ってそういうものだろうか、と疑問が浮かぶのは、銀花の半生を描こうとするあまり、年月を経過させることに囚われているせいではないか。」

他の選考委員 浅田次郎 宮部みゆき 北方謙三 伊集院静 角田光代 高村薫 林真理子 三浦しをん

伊集院静70歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題疾走する作家　総行数99　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 馳星周 55歳 全 ◎ 68 「五つの短篇を丁寧に紡いだかと思うと、別篇では新人作家の、若き日の馳節の再来のごとく激情で一気に通り過ぎて見せた。」「私は読む間、何度も「馳さん、マイッタナー」とつぶやいた。」「犬を擬人化するような一文の描写も言葉もなかった。「馳星周は小説中の存在に、こんなにも愛情があったのか」とあらためて感心させられた。作品中の犬がそうであるように、馳星周はずっと走り続けていたのを思い知る直木賞受賞作であった。」 伊吹有喜 51歳 全 △ 9 「（引用者注：章題に）「職人の覚悟」「みんなの幸」とあり、この題で大丈夫なのか、と思った。」「（引用者注：「じんかん」の章題とともに）善し悪しでなく、章題が物語のラストを示唆しすぎではないかという点である。」 今村翔吾 36歳 全 △ 12 「（引用者注：章題に）「修羅の城塞」「人間へ告ぐ」とあり、やはり懸念を抱いた。善し悪しでなく、章題が物語のラストを示唆しすぎではないかという点である。」 澤田瞳子 42歳 全 ― 0   遠田潤子 54歳 全 ― 0     「この数年、あまりに多くなった連作短篇と言われる小説作りに、嫌気がさしていた」「私は連作短篇は長篇作品に対抗し得ないと思っている。それはいかにもひとつのテーマを巡って、それぞれ新しい状況を映したり、事件を起こしたり、一読どこか繋っているように見せようとするが、よく読めば、出来の悪い短篇が都合よく連っているだけである。」

他の選考委員 浅田次郎 宮部みゆき 北方謙三 桐野夏生 角田光代 高村薫 林真理子 三浦しをん

角田光代53歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題人の持ち得ない強さとうつくしさ　総行数112　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 馳星周 55歳 全 ◎ 29 「迷い犬が、まるで死のにおいを嗅ぎつけるようにあらたな飼い主を得ては、その死を見送っていくという構成が新鮮だった。」「迷い犬を引き取る人間たちは、一様に「利口だ」「賢い犬だ」と口にするが、その利口さ、賢さは、彼らが、いや私たちのだれもが持つことのできない強さとうつくしさである。」「最終的に私は（引用者中略・注：「じんかん」とともに）受賞作として推した」 伊吹有喜 51歳 全 ■ 19 「小説世界がていねいに作られていて、読んでいて気持ちがいい。」「羊毛から汚れを取り除き、糸を紡いでいく場面は小説の前半に登場するが、それ以後あまり描かれず、美緒が、ホームスパン作りのどこに救われ、どこによろこびを感じ、どこに未来を見るのかが、わかりづらいように思う。」 今村翔吾 36歳 全 ◎ 28 「勢い、意気込み、迫力に魅せられた。」「この時代、商人の子という設定の九兵衛が、果たしてそのような思想を持ち得るかという疑問の声も上がったが、私は小説世界にまんまと取りこまれた。正義に酔いしれる民の愚かさを繰り返し描きつつも、その民を上から見ることはせず、まさにそのあいだを切り開いて進もうとする小説だと思った。」「最終的に私は（引用者中略・注：「少年と犬」とともに）受賞作として推した」 澤田瞳子 42歳 全 ■ 14 「能楽について無知の私は、「稚児桜」のよい読者ではない。」「たんに短編小説集ととらえるともの足りなさを感じるが、一編一編に演目が明記されているので、能と切り離して読むことは作者の本意ではないのだろう。」 遠田潤子 54歳 全 ■ 25 「冒頭に、座敷童の頭蓋骨が出てきて、その不気味さに一気に引きこまれた。醤油蔵のある山尾家には理不尽で不可解な事故や事件が次々と起こるのだが、その不気味さがあんまり生きておらず、いい話に変換されていくのが惜しいと私は思った。重要な秘密が明かされるとき話者が変わるのも、その部分だけあらすじのように平坦になってしまう。」

他の選考委員 浅田次郎 宮部みゆき 北方謙三 桐野夏生 伊集院静 高村薫 林真理子 三浦しをん

高村薫67歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数104　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 馳星周 55歳 全 ● 19 「人間を類型で簡潔に切り取るハードボイルドに、それ自体は小説的な言語化が難しい犬というモチーフを合わせて、大人の童話に仕立てたのであろう。」「しかし本作は、ハードボイルドとしても動物の物語としても終始平板で深みを欠き、評者には積極的に推すべき点が見当たらなかった。」 伊吹有喜 51歳 全 ■ 22 「こぢんまりとまとまった愛らしい小説であるが、総じて「ジュニア小説」「朝の連続テレビ小説」といった評が聞かれるのは、偏に登場人物たちの造形に因る。事実、読者がみな容易に姿形を思い浮かべることのできるステレオタイプの人物たちは、ホームドラマの安定感と心地よさに包まれたまま予定調和の域を出ない。」 今村翔吾 36歳 全 △ 20 「登場人物のすべてがなぜか優しい筆致で描かれた少女漫画のキャラクターのようで、個人的には少々違和感もあった。それでも、物語のすべてのピースが細部まで精緻に組み上げられていて、エンターテインメントとして間然するところがなく、候補五作のなかでは面白さは群を抜いていたと思う。」 澤田瞳子 42歳 全 ● 14 「乙巳（ルビ：いつし）の変すら現代風の人間ドラマに作り変える作者のいつもの手法ゆえに、どの短編も、謡曲のパロディにもパスティーシュにもなれなかった。能の世界を往還する生者や死者は、そもそも小説の描く人間とは重なるところがないのではないだろうか。」 遠田潤子 54歳 全 ○ 19 「人がいくらか都合よく死に過ぎる点や、主人公の父母にリアリティがない点など、拙さはあるが、「夾竹桃」や「紅茶に浸したパンの耳」といった印象に残る比喩は、作者の人間観察眼の確かさの証であろう。どこにでもいそうな市井の人間が、小説のなかで無二の顔をもって立ち上がってくる――これが、詰まるところ人間を描くということである。」   「今回は、あらためて人間を描くことの位置づけや描き方について考えさせられる候補作が揃った。必ずしも人間を描かなければならないとは限らない小説において、人間の描き方が関心事になるのは、それだけオーソドックスな小説が多かったということである。」

他の選考委員 浅田次郎 宮部みゆき 北方謙三 桐野夏生 伊集院静 角田光代 林真理子 三浦しをん

林真理子66歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題馳カラーに染まる　総行数96　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 馳星周 55歳 全 △ 14 「構成や文章の巧みさはさすがであるが、私がいちばんに推さなかったのは、各章のテイストが似かよっていると感じたからだ。犯罪者も娼婦も、農業をやる男も、みんな強引に馳カラーに染められた。これも作者の力量ゆえのことかもしれない。」 伊吹有喜 51歳 全 ◎ 20 「今回は伊吹有喜さんの「雲を紡ぐ」を推そうと決めていた。」「ひとつ間違えると、ありきたりの“お仕事小説”になるところであるが、作者は性急に物語を進めない。ちょうど手織りの布のように、デリケートに少しずつ心が語られていく。」「小説に対する誠実さを持っている作家だと思った。」 今村翔吾 36歳 全 ■ 27 「二作受賞かどうかということで、最後まで残った」「作者の才能は充分に感じたが、はたしてこの長さが必要だったのか。」「長編は、ひと息で読者の心をつかみ、いっきに読了させる力を持たなければならないが、「じんかん」はそれがまだ足りないような気がした。」 澤田瞳子 42歳 全 ● 17 「一篇一篇があまりにも短か過ぎる。短かいうえにすぐオチをつけなければならず、それが小説の品位をそぐことになった。」「今回は能をテーマにしたため、いささか無理があった。澤田さんのいいところが発揮されていない。」 遠田潤子 54歳 全 ■ 12 「面白く読んだが、ややひねり過ぎたか、登場人物すべての人が秘密を抱えているため、途中から息苦しくなってくる。」「ストーリーの都合よく、すぐに秘密が解かれていくのも気になった。」   「コロナ禍の中で選考会は、いつもと違い、広い座敷でアクリル板越しに行なわれた。といっても、活発な議論は通常どおりだったと思う。」

他の選考委員 浅田次郎 宮部みゆき 北方謙三 桐野夏生 伊集院静 角田光代 高村薫 三浦しをん

三浦しをん43歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数110　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 馳星周 55歳 全 □ 24 「受賞にもちろん異論はない。「犬とは卑怯な……！」と思うも、登場人物全員に絶妙な体臭と存在感があり、随所でまんまと涙した。」「最終話で示唆されるとおり、未だ語られぬ多聞の冒険が本作の背後にひそんでいるはずで、やはり豊饒の小説だと感じた。」 伊吹有喜 51歳 全 ◎ 22 「（引用者注：「じんかん」とともに）推した。」「視点の交代に当初は若干の違和感を覚えたが、美緒の父方と母方、双方の三世代の物語なのだと徐々にわかってきて、納得した。ホームスパンに触れてみたいなと、興味と関心をかきたてられるのも、本作が魅力的だからだろう。」 今村翔吾 36歳 全 ◎ 25 「（引用者注：「雲を紡ぐ」とともに）推した。」「時代小説の形を採りながら、真の民主主義とはなんなのかを問いかける試みも、敗れていったひと、弱い立場のひとにひたすら寄り添い、かれらの声なき声をよみがえらせようという作者の気概と気迫も、素晴らしかった。少々気になるのは、日夏が「幻想の運動部マネージャー（＝男性を励ますことしか言わない）」みたいで、やや類型的すぎるかなという点だ。」 澤田瞳子 42歳 全 ■ 17 「各短編の読み心地が似ていて、一冊を通してのメリハリにやや欠けるかなと思う。」「本作は能特有のカタルシスが弱い感があり、では能の抹香臭さを皮肉る方向性かと考えるも、そうとも言いきれない気がして、本歌取りの必然性がもうちょっと欲しかった。」 遠田潤子 54歳 全 ■ 24 「全編に綿密な計算が働いており、しかしそれを計算と思わせぬ語り口と熱量があるので、クライマックスの怒濤の真相畳みかけにも納得させられる。ただ、「この世界には雀醤油の一家とその関係者しか存在しないのか？」と感じたのも事実」

他の選考委員 浅田次郎 宮部みゆき 北方謙三 桐野夏生 伊集院静 角田光代 高村薫 林真理子

馳星周55歳×各選考委員　 『少年と犬』 連作6篇 515枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 68歳 全 ○ 13 「固有の世界観に基き、フィクションでありながらそうとばかりは思えぬ緊張感がある。これはいかに本作が作家の手に合っているかを意味するところで、このさき生み出される作品の基準としてふさわしい。」 宮部みゆき 59歳 全 ○ 49 「お預かりした候補作品を読み、瞼がぱんぱんに腫れるほど泣くなんて、選考委員としてはあまり褒められた話ではありません。しかし『少年と犬』には負けました。完敗です。」「ところで、この短編集のプロットは古典的な西部劇のそれですね。多聞は死の影を引きずる流れ者のガンマンで、（引用者中略）どれほど請われてもそこには留まらない。なぜなら彼には目指す場所があり、そこには命をかけて救うべき子供が待っているからです。「夫婦と犬」で、多聞がクリントと呼ばれるのもむべなるかな。」 北方謙三 72歳 全 ◎ 21 「論評を拒否するのではなく、不要にして存在している、と私に感じさせた。犬が書かせたのではないか、という気さえする。この作家の力量はすでに確立されたものであり、どこを取っても欠点など見つかりはしないのである。読んでいて、快感にふるえるような小説であった。」「やっと受賞作家に加わってくれて、心底ほっとしたというのが、私の本音である。」 桐野夏生 68歳 全 ○ 28 「どんな悪党も身勝手な男も、犬の前では素直で優しくなり、犬が南に向かう本当の理由を知る前に、非業の最期を遂げる。犬はまるで、彼らが死ぬ前に現れた神の遣いのようでもある。」「犬の計り知れぬ能力を信じ、犬を愛する者たちに捧げられたシンプル過ぎる、と言ってもいい物語だ。犬が擬人化されて描かれることがなかったのは、作者の、犬に対するリスペクトだろうか。」 伊集院静 70歳 全 ◎ 68 「五つの短篇を丁寧に紡いだかと思うと、別篇では新人作家の、若き日の馳節の再来のごとく激情で一気に通り過ぎて見せた。」「私は読む間、何度も「馳さん、マイッタナー」とつぶやいた。」「犬を擬人化するような一文の描写も言葉もなかった。「馳星周は小説中の存在に、こんなにも愛情があったのか」とあらためて感心させられた。作品中の犬がそうであるように、馳星周はずっと走り続けていたのを思い知る直木賞受賞作であった。」 角田光代 53歳 全 ◎ 29 「迷い犬が、まるで死のにおいを嗅ぎつけるようにあらたな飼い主を得ては、その死を見送っていくという構成が新鮮だった。」「迷い犬を引き取る人間たちは、一様に「利口だ」「賢い犬だ」と口にするが、その利口さ、賢さは、彼らが、いや私たちのだれもが持つことのできない強さとうつくしさである。」「最終的に私は（引用者中略・注：「じんかん」とともに）受賞作として推した」 高村薫 67歳 全 ● 19 「人間を類型で簡潔に切り取るハードボイルドに、それ自体は小説的な言語化が難しい犬というモチーフを合わせて、大人の童話に仕立てたのであろう。」「しかし本作は、ハードボイルドとしても動物の物語としても終始平板で深みを欠き、評者には積極的に推すべき点が見当たらなかった。」 林真理子 66歳 全 △ 14 「構成や文章の巧みさはさすがであるが、私がいちばんに推さなかったのは、各章のテイストが似かよっていると感じたからだ。犯罪者も娼婦も、農業をやる男も、みんな強引に馳カラーに染められた。これも作者の力量ゆえのことかもしれない。」 三浦しをん 43歳 全 □ 24 「受賞にもちろん異論はない。「犬とは卑怯な……！」と思うも、登場人物全員に絶妙な体臭と存在感があり、随所でまんまと涙した。」「最終話で示唆されるとおり、未だ語られぬ多聞の冒険が本作の背後にひそんでいるはずで、やはり豊饒の小説だと感じた。」

他の候補作 伊吹有喜 『雲を紡ぐ』 今村翔吾 『じんかん』 澤田瞳子 『能楽ものがたり　稚児桜』 遠田潤子 『銀花の蔵』

伊吹有喜51歳×各選考委員　 『雲を紡ぐ』 長篇 655枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 68歳 全 ● 17 「個人的な印象では、小説の手応えを感じなかった。登場人物のひとりひとりに、苦悩や葛藤がないと思えたからである。テレビドラマならこれで十分というところだが、小説は見えぬものや聞こえぬ音や、とりわけ人間の感情を言葉によってのみ表現するほかはない。」 宮部みゆき 59歳 全 ■ 25 「伊吹有喜さんの作品は、候補作としてではなく、普通に読んでいるときでも、「ＮＨＫの朝のテレビ小説にぴったりだなあ」と思うのです。」「万人に勧められるその親しみやすさと明るさが、今回は同じような題材の『銀花の蔵』と並んだとき、人物造形の頼りなさ、作中で提起された母娘や夫婦の葛藤の解決の甘さに換算し直されてしまいました。」 北方謙三 72歳 全 ● 25 「丁寧に、細部を書きこんでいくのはいい。しかしどこかで、取材から跳ぶ想像力が必要なのではないか。美緒の生き方は、汚毛を洗ったり、糸を紡いだりすることで変っていく。生き方が変るのだから、こここそが小説の書きどころではないのか。」「丁寧さを、どこかで履き違えている、と私は思う。」 桐野夏生 68歳 全 △ 17 「素直な筆致で淡々と少女の心情を描いていて好感が持てる。」「家族間の気持ちの擦れ違いは、うまく書けていると感心した。その意味で、祖父の達観は出来過ぎである。全体に、会話で物語を推進しようとしているのが、難に感じられた。」 伊集院静 70歳 全 △ 9 「（引用者注：章題に）「職人の覚悟」「みんなの幸」とあり、この題で大丈夫なのか、と思った。」「（引用者注：「じんかん」の章題とともに）善し悪しでなく、章題が物語のラストを示唆しすぎではないかという点である。」 角田光代 53歳 全 ■ 19 「小説世界がていねいに作られていて、読んでいて気持ちがいい。」「羊毛から汚れを取り除き、糸を紡いでいく場面は小説の前半に登場するが、それ以後あまり描かれず、美緒が、ホームスパン作りのどこに救われ、どこによろこびを感じ、どこに未来を見るのかが、わかりづらいように思う。」 高村薫 67歳 全 ■ 22 「こぢんまりとまとまった愛らしい小説であるが、総じて「ジュニア小説」「朝の連続テレビ小説」といった評が聞かれるのは、偏に登場人物たちの造形に因る。事実、読者がみな容易に姿形を思い浮かべることのできるステレオタイプの人物たちは、ホームドラマの安定感と心地よさに包まれたまま予定調和の域を出ない。」 林真理子 66歳 全 ◎ 20 「今回は伊吹有喜さんの「雲を紡ぐ」を推そうと決めていた。」「ひとつ間違えると、ありきたりの“お仕事小説”になるところであるが、作者は性急に物語を進めない。ちょうど手織りの布のように、デリケートに少しずつ心が語られていく。」「小説に対する誠実さを持っている作家だと思った。」 三浦しをん 43歳 全 ◎ 22 「（引用者注：「じんかん」とともに）推した。」「視点の交代に当初は若干の違和感を覚えたが、美緒の父方と母方、双方の三世代の物語なのだと徐々にわかってきて、納得した。ホームスパンに触れてみたいなと、興味と関心をかきたてられるのも、本作が魅力的だからだろう。」

他の候補作 馳星周 『少年と犬』 今村翔吾 『じんかん』 澤田瞳子 『能楽ものがたり　稚児桜』 遠田潤子 『銀花の蔵』

今村翔吾36歳×各選考委員　 『じんかん』 長篇 850枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 68歳 全 △ 16 「作者にとって本作が幸福な受賞とは思われず、強く推すことはできなかった。拡散するダイナミズムよりも、凝縮された完成度をめざす局面に作者は立っている。」 宮部みゆき 59歳 全 △ 21 「（引用者注：「銀花の蔵」と）甲乙つけ難い秀作でした。」「主人公がどこの誰ともわからぬ九兵衛である前半が抜群に面白く、彼が松永久秀だとわかってしまってからの後半は、豪腕の今村さんも少し史実に遠慮してしまったみたいで、読み心地が変わりました。」 北方謙三 72歳 全 ◎ 22 「ひとりの男の評価を変えるということではなく、生き方を描いていて、違う人間が生まれ出てきた、と私は感じた。物語を読む醍醐味が、たっぷりとあった。」「こんな書き手が出現し、大きくなりつつあるという感慨は深かった。私は二作受賞を主張した。」「わずかに及ばなかった心残りは、いまも胸から消えない。」 桐野夏生 68歳 全 ■ 16 「力作だと思うが、やや冗長に感じられた。特に、最初の少年時代の逸話が、この頃から主人公が人格者であったことがわかるのみで、あまり意味をなさないように思う。」「少年時代の話より、人生の後半における謀略と知略の闘いぶりの方を読みたかった。」 伊集院静 70歳 全 △ 12 「（引用者注：章題に）「修羅の城塞」「人間へ告ぐ」とあり、やはり懸念を抱いた。善し悪しでなく、章題が物語のラストを示唆しすぎではないかという点である。」 角田光代 53歳 全 ◎ 28 「勢い、意気込み、迫力に魅せられた。」「この時代、商人の子という設定の九兵衛が、果たしてそのような思想を持ち得るかという疑問の声も上がったが、私は小説世界にまんまと取りこまれた。正義に酔いしれる民の愚かさを繰り返し描きつつも、その民を上から見ることはせず、まさにそのあいだを切り開いて進もうとする小説だと思った。」「最終的に私は（引用者中略・注：「少年と犬」とともに）受賞作として推した」 高村薫 67歳 全 △ 20 「登場人物のすべてがなぜか優しい筆致で描かれた少女漫画のキャラクターのようで、個人的には少々違和感もあった。それでも、物語のすべてのピースが細部まで精緻に組み上げられていて、エンターテインメントとして間然するところがなく、候補五作のなかでは面白さは群を抜いていたと思う。」 林真理子 66歳 全 ■ 27 「二作受賞かどうかということで、最後まで残った」「作者の才能は充分に感じたが、はたしてこの長さが必要だったのか。」「長編は、ひと息で読者の心をつかみ、いっきに読了させる力を持たなければならないが、「じんかん」はそれがまだ足りないような気がした。」 三浦しをん 43歳 全 ◎ 25 「（引用者注：「雲を紡ぐ」とともに）推した。」「時代小説の形を採りながら、真の民主主義とはなんなのかを問いかける試みも、敗れていったひと、弱い立場のひとにひたすら寄り添い、かれらの声なき声をよみがえらせようという作者の気概と気迫も、素晴らしかった。少々気になるのは、日夏が「幻想の運動部マネージャー（＝男性を励ますことしか言わない）」みたいで、やや類型的すぎるかなという点だ。」

他の候補作 馳星周 『少年と犬』 伊吹有喜 『雲を紡ぐ』 澤田瞳子 『能楽ものがたり　稚児桜』 遠田潤子 『銀花の蔵』

澤田瞳子42歳×各選考委員　 『能楽ものがたり　稚児桜』 短篇集8篇 317枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 68歳 全 ■ 15 「不学にして出典の謡をほとんど知らぬので、評価するすべを持たなかった。ただし長篇よりも短篇でこそ力を発揮するであろうという、勝手な持論に変わりはない。」 宮部みゆき 59歳 全 ■ 15 「これまで『火定』『落花』と澤田瞳子さんの作品を推して届かなかった者としては、今回の『稚児桜』で受賞を目指すのは、二重三重に厳しいものがありました。」「お能の演目を題材にしたいわば企画もののこの短編集は、文学賞云々の固いことは抜きにして、軽やかに楽しまれるべき作品だと思います。」 北方謙三 72歳 全 ■ 13 「能楽との結びつきが、作品の肝になっているのだろうが、そこのところは私の無知ゆえ、まったく理解できなかった。この作品集を読み終えた時、能の鑑賞に興味を持ったということにもならなかった。」 桐野夏生 68歳 全 ● 8 「能については知識がないので、タイトルの下に書いてある能の演目を調べながら読んだ。残念ながら、長い時間をかけて練られ、殺ぎ落とされて残った能のストーリーの方が面白く感じられた。」 伊集院静 70歳 全 ― 0   角田光代 53歳 全 ■ 14 「能楽について無知の私は、「稚児桜」のよい読者ではない。」「たんに短編小説集ととらえるともの足りなさを感じるが、一編一編に演目が明記されているので、能と切り離して読むことは作者の本意ではないのだろう。」 高村薫 67歳 全 ● 14 「乙巳（ルビ：いつし）の変すら現代風の人間ドラマに作り変える作者のいつもの手法ゆえに、どの短編も、謡曲のパロディにもパスティーシュにもなれなかった。能の世界を往還する生者や死者は、そもそも小説の描く人間とは重なるところがないのではないだろうか。」 林真理子 66歳 全 ● 17 「一篇一篇があまりにも短か過ぎる。短かいうえにすぐオチをつけなければならず、それが小説の品位をそぐことになった。」「今回は能をテーマにしたため、いささか無理があった。澤田さんのいいところが発揮されていない。」 三浦しをん 43歳 全 ■ 17 「各短編の読み心地が似ていて、一冊を通してのメリハリにやや欠けるかなと思う。」「本作は能特有のカタルシスが弱い感があり、では能の抹香臭さを皮肉る方向性かと考えるも、そうとも言いきれない気がして、本歌取りの必然性がもうちょっと欲しかった。」

他の候補作 馳星周 『少年と犬』 伊吹有喜 『雲を紡ぐ』 今村翔吾 『じんかん』 遠田潤子 『銀花の蔵』

遠田潤子54歳×各選考委員　 『銀花の蔵』 長篇 627枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 68歳 全 ■ 20 「おそらく精密な設計図を引いているのだろうが、書きながら際限なく想像が膨らんで、むしろ制御することに苦心してしまったのではあるまいか。具体的には、これだけ多角的にぎっしりと詰めこんだストーリーを、主人公の一視点で描き切るには手法上の無理がある。」 宮部みゆき 59歳 全 △ 25 「（引用者注：「じんかん」と）甲乙つけ難い秀作でした。」「陰の中心人物は母親の美乃里でしょう。この女性像は出色ですし、彼女のこしらえる料理の何と美味しそうなことよ！」「選考会で「この小説には外部がない」「この一家が町の人々からどう見られているのかという意識がない」というご意見に、ちょっとぐうの音も出なくなりました。」 北方謙三 72歳 全 ■ 25 「力作という印象で書けてはいるが、主人公の晩年になってくると、急いだという感じが強くなる。すると老境における感慨が、ありきたりのものに思えてしまうのだ。はじめに座敷童が出てきたが、それから先はなにかの象徴のように昇華されていて、そのあたりは手堅い力量を感じさせた。」 桐野夏生 68歳 全 ■ 20 「揺れ幅のなさは、確かに連続テレビ小説のようではあるが、日常の連なりのそれではない。人間ってそういうものだろうか、と疑問が浮かぶのは、銀花の半生を描こうとするあまり、年月を経過させることに囚われているせいではないか。」 伊集院静 70歳 全 ― 0   角田光代 53歳 全 ■ 25 「冒頭に、座敷童の頭蓋骨が出てきて、その不気味さに一気に引きこまれた。醤油蔵のある山尾家には理不尽で不可解な事故や事件が次々と起こるのだが、その不気味さがあんまり生きておらず、いい話に変換されていくのが惜しいと私は思った。重要な秘密が明かされるとき話者が変わるのも、その部分だけあらすじのように平坦になってしまう。」 高村薫 67歳 全 ○ 19 「人がいくらか都合よく死に過ぎる点や、主人公の父母にリアリティがない点など、拙さはあるが、「夾竹桃」や「紅茶に浸したパンの耳」といった印象に残る比喩は、作者の人間観察眼の確かさの証であろう。どこにでもいそうな市井の人間が、小説のなかで無二の顔をもって立ち上がってくる――これが、詰まるところ人間を描くということである。」 林真理子 66歳 全 ■ 12 「面白く読んだが、ややひねり過ぎたか、登場人物すべての人が秘密を抱えているため、途中から息苦しくなってくる。」「ストーリーの都合よく、すぐに秘密が解かれていくのも気になった。」 三浦しをん 43歳 全 ■ 24 「全編に綿密な計算が働いており、しかしそれを計算と思わせぬ語り口と熱量があるので、クライマックスの怒濤の真相畳みかけにも納得させられる。ただ、「この世界には雀醤油の一家とその関係者しか存在しないのか？」と感じたのも事実」

他の候補作 馳星周 『少年と犬』 伊吹有喜 『雲を紡ぐ』 今村翔吾 『じんかん』 澤田瞳子 『能楽ものがたり　稚児桜』