第164回

第163回第165回

令和2年/2020年下半期 令和3年/2021年1月20日決定発表／『オール讀物』令和3年/2021年3・4月合併号選評掲載

選考委員　 北方謙三 73歳 宮部みゆき 60歳 林真理子 66歳 角田光代 53歳 桐野夏生 69歳 浅田次郎 69歳 高村薫 67歳 三浦しをん 44歳 伊集院静 70歳 選評総行数　 132 121 107 161 121 100 108 147 100 評 評 評 評 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 西條奈加　『心淋し川』 403枚 56歳 評 ◎ 18 ◎ 37 ◎ 23 ○ 29 △ 15 □ 12 □ 16 □ 20 △ 31 芦沢央　『汚れた手をそこで拭かない』 394枚 36歳 評 ■ 13 ― 0 ● 12 ■ 15 ■ 18 ■ 18 ● 12 ■ 16 ― 0 伊与原新　『八月の銀の雪』 441枚 48歳 評 ■ 12 △ 15 ■ 12 ○ 25 ■ 13 ■ 15 ■ 14 ◎ 24 △ 11 加藤シゲアキ　『オルタネート』 646枚 33歳 評 ○ 40 ○ 23 ■ 16 ■ 15 △ 27 ● 20 ■ 18 ■ 33 ◎ 29 坂上泉　『インビジブル』 632枚 30歳 評 △ 27 △ 21 ■ 24 ■ 35 ○ 31 △ 11 ◎ 22 ■ 22 ◎ 31 長浦京　『アンダードッグス』 820枚 53歳 評 ● 13 ― 0 ■ 12 ■ 42 ■ 17 □ 16 ■ 16 ■ 32 ― 0                   年齢/枚数の説明   見方・注意点

北方謙三73歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題刺激的な選考　総行数132　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 西條奈加 56歳 全 ◎ 18 「随一の完成度の高さを見せた。」「江戸長屋の、人情がこまめに交錯する日々が描かれているのかと思うと、もうひとつ別の構造が、みっちりとした描写の裏側に隠されている。茂十と楡爺の関係は、生きることの意味さえも、私に問いかけてきた。」「候補作中、私にとっての第一位は、『心淋し川』で不動だった。」 芦沢央 36歳 全 ■ 13 「人間描写より、ミステリー的なアイデアを先行させた作品だと思う。人が平板であり、立ちあがってこないのだ。」 伊与原新 48歳 全 ■ 12 「読んでいておたく小説かと感じてしまう。」「全体的には専門的な記述にうまく入りこめず、読後に散漫な印象が残ってしまった。小説的昇華が充分ではなかった、と私は思った。」 加藤シゲアキ 33歳 全 ○ 40 「描写のメリハリをつける訓練はすべきであろう。それに耐えて読み進めると、次第に登場人物が存在感を持ちはじめる。」「青春の姿を剥き出しにすることで、作者は物語の真実のどこかに触れた。私は、この一点を評価した。」「（引用者注：「心淋し川」と共に）二作受賞とならないものかと主張した。」 坂上泉 30歳 全 △ 27 「キャリアの刑事、悪役、同僚の刑事など、ともに類型だが生きた顔はしていたと思う。主人公の持続する情念の強烈さが、どれだけ貫かれているかが、この作品の要諦なのだろうと思う。その意味で、結末にはもう少し抑制が欲しかった。」「文章の乱れがなく、描写に無駄が少ないのは、物語に迫力を持たせていて、作者の力量を感じさせた。」 長浦京 53歳 全 ● 13 「ストーリーが入り組んでいて、テンポが速い。このアップテンポは、人が死ぬことによって勢いをつけるというところがあり、読んでいて逆に私は感興を削がれた。」   「今回の候補作は、小さく粒が揃っているという前評判のようなものがあったが、書かれている場が小さいのは、それはそれでいいと私は思う。どれだけ拡げたところで、地球である。人の心の中にこそ、無限の拡がりがあるはずなのだ。」

他の選考委員 宮部みゆき 林真理子 角田光代 桐野夏生 浅田次郎 高村薫 三浦しをん 伊集院静

宮部みゆき60歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題タイトルは大事です　総行数121　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 西條奈加 56歳 全 ◎ 37 「私は安心して推すことができましたが、この物静かな連作短編集の凄さは、六編の短編一つ一つの「凄い点」に違いがあることです。」「「閨仏」はもうアイデア勝負の一発ネタ。同時に、この話を下品に落とさず、何とも微笑ましいエピソードに丸めてしまう素直な文章力。これは技術だけでなく、作者の人柄の力でもあるでしょう。」「（引用者注：「オルタネート」と共に）票を投じました。」 芦沢央 36歳 全 ― 0   伊与原新 48歳 全 △ 15 「（引用者注：「心淋し川」と共に）連作短編のうちの一作のタイトルを、そのまま本のタイトルにしてあります。」「作者が表題作で工夫した設定と物語構造が、短編集そのものの世界観をつくっている。だから本のタイトルが、表紙をめくる読者に対して、実に的確に「好い声」で投げかける最初の挨拶になっているのです。」 加藤シゲアキ 33歳 全 ○ 23 「今時こんな健康的な高校生青春ドラマが読めるとは！　と感激しました。」「（引用者注：マッチングアプリ「オルタネート」について）年齢制限ではなく、高校生でなければ使えない（使わせない）という線引きは、何気ないようでいて残酷ですし、作者の現実を見る目の鋭さを覗わせるものです。」「（引用者注：「心淋し川」と共に）票を投じました。」 坂上泉 30歳 全 △ 21 「三十歳の若さで、まだ二作目のこの作品で直木賞作家になってしまうことが、かえって自由な可能性を狭めてしまうかもしれないという懸念がどうしても消しきれず、また、この作品は内容に比してタイトルが無造作であるような気がして、悩みました。」 長浦京 53歳 全 ― 0     「今回は、選考を終えて痛感したことを、そのまま選評のタイトルにしました。」「今回、私は、できることなら二作受賞にしたいと願っていました。」

他の選考委員 北方謙三 林真理子 角田光代 桐野夏生 浅田次郎 高村薫 三浦しをん 伊集院静

林真理子66歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題プロの技　総行数107　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 西條奈加 56歳 全 ◎ 23 「際立った力量を見せた」「構成・会話の妙、人物描写のうまさなど、どれをとっても合格点だ。時代小説に必要な情味に溢れているし、最後の章での意外な展開も面白い。」「私はこの作品だけが直木賞にふさわしく、プロの技だと思った」「決選投票では「心淋し川」圧勝であった。」 芦沢央 36歳 全 ● 12 「最後のストーリーは全く納得いかなかった。現在関係があるならともかく、金を貸したばかりに反対に脅迫される。料理研究家として、マスコミで売れっ子になった女性は、もっとのぶとい神経を持っているはずである。」 伊与原新 48歳 全 ■ 12 「科学を小説に取り入れた手腕が魅力的である。が、全く同じ手口を見せられると、後半飽きてしまう。またそこに原発問題がとうとうと語られると興醒めに。」 加藤シゲアキ 33歳 全 ■ 16 「楽しく読んだ。しかし登場人物が多過ぎるのと、スポ根もののような料理対決が残念であった。「オルタネート」というマッチングアプリもあまり出てこない。こちらをもっと中心に据えるべきだったのでは。」 坂上泉 30歳 全 ■ 24 「最後まで論議された。」「「年表を傍に置いた小説」という感が拭えない。」「また私は、終戦後の人々のメンタリティとして、アジテーターを殺害しようという気持ちには至らないのではないかと思っている。」 長浦京 53歳 全 ■ 12 「スピード感に溢れた作品であるが、そのせわしないことといったらない。」「読者には思考する時間も必要だ。」   「前回にひき続き、アクリル板で仕切られた選考会である。今回は全作が初ノミネートということであり、とても面白く興味深く読んだ。」

他の選考委員 北方謙三 宮部みゆき 角田光代 桐野夏生 浅田次郎 高村薫 三浦しをん 伊集院静

角田光代53歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数161　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 西條奈加 56歳 全 ○ 29 「候補作のなかでもっとも完成度の高い連作短編集である。」「小説は徹底してちいさきもの、持たざるものに寄り添いつつ、ただの人情話には終始していない。短い枚数ながら物語は二転三転し、けれどかならず、だれしもがささやかな自分の居場所を見つける。」「悲しみと情けなさとが詰まった生のいとしさを、この作品は静かな筆致で描いている。」 芦沢央 36歳 全 ■ 15 「読んでいて、描かれた人に出会ったり、描かれたできごとを見てしまった印象があまりなく、さまざまなアイディアの妙ばかりが印象に残るのは残念だった。」 伊与原新 48歳 全 ○ 25 「収録作はすべて秀作揃いだと思った。」「すべての小説がパターン化している感じがあるが、どの短編も、私たちの生きている世界は、見たことのない地球の内部も宇宙も微生物も含めて、なんとうつくしいのだろうと思わせてくれる。」「今回の候補作のなかでもっとも深遠な世界を私に見せてくれた小説集だった。」 加藤シゲアキ 33歳 全 ■ 15 「多くの人が登場するけれど、それぞれが生き生きと魅力的に描き分けられている。」「けれども高校生限定というSNSの設定と同じように、狭い範囲で小説が終始し、なおかつ、その狭い範囲の表面だけが描かれているように感じた。」 坂上泉 30歳 全 ■ 35 「迫力があり、異様な熱を小説がはらんでいる。なのに筆力が、その迫力と熱量に伴っていないように思った。たとえば人物たちと小説世界が立ち上がろうとする第一章、看板の、「大阪市警視庁東警察署」以降の文章が説明書きに感じられてしまう。」「戦争が終わってもなお続く、強者が弱者を吸い上げる図式への怒りが生々しくは立ち上がってこない。」 長浦京 53歳 全 ■ 42 「ストーリーがどこに転がっていくのか予測不可能なことが牽引力となって、よく消化しきれない描写も読み進めていくことができる。ただひとつ、ストーリーが進むにつれて、こんなにも多くの屈強な人たちが死んでいくのに、この古葉慶太という男はなぜ死なないのか、そのことが信じられなくなってくる。」「最後のうつくしい嘘には、「嘘だ……」と私はつぶやいてしまった。最後までなんとしてもだまされたかった。」

他の選考委員 北方謙三 宮部みゆき 林真理子 桐野夏生 浅田次郎 高村薫 三浦しをん 伊集院静

桐野夏生69歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数121　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 西條奈加 56歳 全 △ 15 「圧倒的な安定感がある。」「「閨仏」のようなすっとぼけた話も書けるのだから、作者はなかなか強かである。連作短編集かと思ったら、ストーリー仕立てでオチがついていた。この作品は、多くの人に愛されることだろう。」 芦沢央 36歳 全 ■ 18 「誰の手がどうして汚れているのか、そして、その手をどこで拭いてはいけないと誰が言っているのか。この素朴な疑問に、ここに収められた作品が答えを出してくれないのが気になった。しかし、「忘却」をはじめとして、どの着想もユニークであることは間違いない。」 伊与原新 48歳 全 ■ 13 「「アルノーと檸檬」には、涙ぐみさえした。しかしながら、一般の人々が知らないことを書こうとする小説は、どうしてもレクチャーじみてしまう。そして、それはパターン化しやすい。」 加藤シゲアキ 33歳 全 △ 27 「不思議な作品だ。最初に読んだ時は、不自由な繭に閉じ込められた気がしたが、後でこの作品は、むしろ繭の輪郭を描きたかったのかと思った。」「蓉や尚志がいることで、読者は「青春小説」だと眩惑されてしまうのだが、彼らが存在しなかったら、どんな世界になるのだろうか。そんなオルタネートどっぷりのものも読んでみたい。」 坂上泉 30歳 全 ○ 31 「大阪市警視庁と国警という戦後の混乱を象徴するような刑事コンビが捜査に当たる、という設定もうまかった。場面転換、描写、登場人物の台詞も優れていて、新人とは思えなかった。その勢いと巧さを買って推した。ただ、気になったところもある。まず、この謎には新味がないこと。それから、実在の人物をモデルとした人物が多数登場して楽しい反面、物語が年表めいて狭くなるきらいがある。」 長浦京 53歳 全 ■ 17 「最初は面白くて夢中になって読んでいたのだが、登場人物が増えて見分けがつかなくなったあたりから息苦しくなってきた。」「とはいえ、九七年頃のアクションを考えて描写するだけでも、大変な作業だったと思うし、その作業への愉楽も充分伝わってくる。」

他の選考委員 北方謙三 宮部みゆき 林真理子 角田光代 浅田次郎 高村薫 三浦しをん 伊集院静

浅田次郎69歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題噓のつき方　総行数100　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 西條奈加 56歳 全 □ 12 「巧みな筋書のうちに人生の悲哀がよく描かれており、しっとりと落ちついた時代小説の情感も豊かだった。」「いかにも王道を歩む作風ではあるが、それゆえに小さくまとまってほしくはないとも思う。むろん受賞に異存はない。」 芦沢央 36歳 全 ■ 18 「まばゆいほどのアイデアに満ちた作品である。おそらくこの作家の上には、四六時中天恵が降り落ちているのであろう。しかし本作を見る限り、そうしたアイデアの集積としか思えなかった。」 伊与原新 48歳 全 ■ 15 「何よりも「自然科学小説」という、あるようでない分野が興味深く、なおかつ登場人物それぞれの苦悩を上手にからませて、人間と自然のかかわりにまで踏みこんでいる点は秀逸であった。ただし、会話文の多用によって短篇の稠密感が損われ、またどの作品も同じ顔になってしまったきらいがあった。」 加藤シゲアキ 33歳 全 ● 20 「異言語を無理に読んでいるようなつらい気分になった。むろんそれは、私自身の旧弊によるのであるが、ならば作者も登場人物の世代から見ればよほど旧弊であろうから、やはり無理をして本作に挑んだのではあるまいかと思った。」「小説は書く人も読む人も、みなナチュラルでなければならない。そもそも芸術は娯楽だからである。」 坂上泉 30歳 全 △ 11 「難しい時代背景をよく理解しており、筋立てもダイナミックで、見てきたような嘘をつける人であろうと思える。すなわち大器である。しかしまだ粗削りと見えて、本作で受賞とするのは作者の力量に比してもったいないと感じた。」 長浦京 53歳 全 □ 16 「小説の面白さについては抜きん出ていた。そのことだけでも受賞に価するとは思ったのだが、やはり登場人物に文学的な深みが読み取れず、強く推すことはためらわれた。」   「全候補作が初ノミネートという選考会は私の記憶にない。しかし直木賞の本義に則れば、かくあるべしとも思える。ゆえに総じて高水準とは言えぬにしろ、新鮮で価値ある選考会であった。」

他の選考委員 北方謙三 宮部みゆき 林真理子 角田光代 桐野夏生 高村薫 三浦しをん 伊集院静

高村薫67歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数108　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 西條奈加 56歳 全 □ 16 「まさに再生産の芸たる時代小説の秀作である。」「本作の登場人物にも暮らしの風景にも特段の新味はない。その一方で、定番ならではの落ち着きが味わい深い佇まいになっているのだが、それだけでは賞には届かない。「閨仏」のような粋な小技が、本作を逸品にしているのである。」 芦沢央 36歳 全 ● 12 「謎解きありきの趣向が勝ちすぎ、登場人物がみな手品のカードのように顔がない。ミステリーの出来よりも、短編小説の勝負どころはまず、「味わい」である。」 伊与原新 48歳 全 ■ 14 「評者は全体に古風な洗練を感じたが、地球の内核に降る鉄の雪や珪藻の生態などを語る饒舌の一方、ここでも総じて人間は影が薄い。この作者には何よりもまず、ご自分の好きな世界を小説に仕立てることの危うさに気づいてほしいと思う。」 加藤シゲアキ 33歳 全 ■ 18 「近年の学園もののマンガやアニメの世界そのものという意味で、これも古風な印象だった。」「数あるアニメやマンガと比べて突出した何かを新たに生みだすより、本作はむしろそれらと肩を並べることを本気で目指したのだろう。その意味では、積極的に模倣へと踏み出した小説の最前線なのかもしれない。」 坂上泉 30歳 全 ◎ 22 「候補六作のなかでは一番迫力があり、評者はその一点をもって本作を推した。」「若い作者がよく資料を咀嚼して描いていると感心する一方、皮膚感覚のレベルでやはり作り物感があるのも事実である。」 長浦京 53歳 全 ■ 16 「本作は一昔前の裏世界を２０２０年にリメイクした、言うなればユーズド感満載の世界であり、その感覚の古さには終始困惑を禁じ得なかった。」   「今回は初ノミネートの作家が揃い、選考する側にとっても新鮮な体験になった一方、令和のエンターテインメント小説たちの顔つきは想像以上にオーソドックスで、小説はいまや、模倣もしくは再生産の時代に入ったのかもしれないという思いを強くした。」

他の選考委員 北方謙三 宮部みゆき 林真理子 角田光代 桐野夏生 浅田次郎 三浦しをん 伊集院静

三浦しをん44歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数147　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 西條奈加 56歳 全 □ 20 「一番には推さなかったのは、手堅いつくりであるがゆえにやや地味で、時代小説としての新味に欠けるかなと思ったためだ。」「新味の点でも「閨仏」のおかしさ、切なさは斬新以外のなにものでもないと言え、すべての話が収斂していく「灰の男」とともに極上の短編であるのはまちがいなく、決選投票の結果に心から賛同した。」 芦沢央 36歳 全 ■ 16 「ミステリとしては謎解きがやや小粒な印象を否めず、登場人物やストーリーの深みや驚きという点では、各話に必ず絡む謎解きに紙幅を取られるがゆえに、やや掘り下げきれていない気がして、バランスがちょっと惜しいと感じた。」 伊与原新 48歳 全 ◎ 24 「推した。」「社会問題もさりげなく射程に収めつつ、詩情にあふれた端正な文章で紡ぎだされる、うつくしいイメージの数々が本当に素晴らしい。」「生きづらいひと、さびしいひとにそっと寄り添い、美とユーモアで未知の世界、新しい世界へと想像力を羽ばたかせる力に満ちた、科学と創作物の最良かつ最高の融合の形が本作にはあると確信する。」 加藤シゲアキ 33歳 全 ■ 33 「本作のテーマを考えれば、オルタネートの存在感が薄らいでいくのは必然だが、「そもそもオルタネートがなくても、この小説は成立したかもしれない」と私は感じた。実力と意欲を買うが、やや要素を盛りこみすぎな印象を受けた。」 坂上泉 30歳 全 ■ 22 「登場人物や会話が生き生きとしているし（悪者ですら魅力的だ）、民主主義とは、警察とは、なんのためにあるのかと熱く問う展開も胸に迫った。ただ、風景や空間のスケール感が浮かびにくい。私に大阪の土地勘がないことも大きいが、地の文の精度、描写力の問題とも少々関係があるのではないかと思う」 長浦京 53歳 全 ■ 32 「スケールの大きなスパイ活劇で楽しく拝読したが、中盤以降、「作中で直接書かれていない場面で、実はあらかじめこういう思惑を抱いていた」と説明する展開が多くなり、そこが気になってストーリーにうまく乗りきれなかった。」

他の選考委員 北方謙三 宮部みゆき 林真理子 角田光代 桐野夏生 浅田次郎 高村薫 伊集院静

伊集院静70歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数100　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 西條奈加 56歳 全 △ 31 「読んでいて、これほど作者の世界にやわらかく入り込める作品はそうそうあるまい。読み手がそう感じるのは作者の並々ならぬ力量と、経験から来るものだろう。」「作品中で私は“閨仏”と“灰の男”が好きだった。」 芦沢央 36歳 全 ― 0   伊与原新 48歳 全 △ 11 「私たちの日常の中に、これまで氏が学んでこられたものを合致させたいという意思に敬服した。何より、清濁合わせ持った私たちの日常を清らかなものと思いたい、氏の願望を感じて、私は嬉しかった。」 加藤シゲアキ 33歳 全 ◎ 29 「（引用者注：「インビジブル」と共に）推した。」「読みはじめ、これは、と思う箇所に何度もめぐりあって、新しい作家の世界におおいに期待がふくらんだ。加藤氏は一作毎にきちんと作品のテーマを置き、そこにむかって真摯に小説を執筆なさっている。その点が清々しい。」「難を言えば、少し真面目に取り組み過ぎなのでは、と感じてしまう。」 坂上泉 30歳 全 ◎ 31 「（引用者注：「オルタネート」と共に）推した。」「若い作者がよくぞ、この時代の大阪の、しかもあの特別な一帯を物語の舞台にしたものだ、とまず感心した。」「私たちはこの作品を読むことによって、あの戦争が日本人に何をしたかを再び問うことになるだろう。私、個人としては、師であり友であった読売の記者で、“黒田軍団”の統率者であった黒田清らしき新聞記者が作品中に登場してひどく懐かしく、あの時代の男の気骨がよみがえった。」 長浦京 53歳 全 ― 0

他の選考委員 北方謙三 宮部みゆき 林真理子 角田光代 桐野夏生 浅田次郎 高村薫 三浦しをん

西條奈加56歳×各選考委員　 『心淋し川』 連作6篇 403枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 北方謙三 73歳 全 ◎ 18 「随一の完成度の高さを見せた。」「江戸長屋の、人情がこまめに交錯する日々が描かれているのかと思うと、もうひとつ別の構造が、みっちりとした描写の裏側に隠されている。茂十と楡爺の関係は、生きることの意味さえも、私に問いかけてきた。」「候補作中、私にとっての第一位は、『心淋し川』で不動だった。」 宮部みゆき 60歳 全 ◎ 37 「私は安心して推すことができましたが、この物静かな連作短編集の凄さは、六編の短編一つ一つの「凄い点」に違いがあることです。」「「閨仏」はもうアイデア勝負の一発ネタ。同時に、この話を下品に落とさず、何とも微笑ましいエピソードに丸めてしまう素直な文章力。これは技術だけでなく、作者の人柄の力でもあるでしょう。」「（引用者注：「オルタネート」と共に）票を投じました。」 林真理子 66歳 全 ◎ 23 「際立った力量を見せた」「構成・会話の妙、人物描写のうまさなど、どれをとっても合格点だ。時代小説に必要な情味に溢れているし、最後の章での意外な展開も面白い。」「私はこの作品だけが直木賞にふさわしく、プロの技だと思った」「決選投票では「心淋し川」圧勝であった。」 角田光代 53歳 全 ○ 29 「候補作のなかでもっとも完成度の高い連作短編集である。」「小説は徹底してちいさきもの、持たざるものに寄り添いつつ、ただの人情話には終始していない。短い枚数ながら物語は二転三転し、けれどかならず、だれしもがささやかな自分の居場所を見つける。」「悲しみと情けなさとが詰まった生のいとしさを、この作品は静かな筆致で描いている。」 桐野夏生 69歳 全 △ 15 「圧倒的な安定感がある。」「「閨仏」のようなすっとぼけた話も書けるのだから、作者はなかなか強かである。連作短編集かと思ったら、ストーリー仕立てでオチがついていた。この作品は、多くの人に愛されることだろう。」 浅田次郎 69歳 全 □ 12 「巧みな筋書のうちに人生の悲哀がよく描かれており、しっとりと落ちついた時代小説の情感も豊かだった。」「いかにも王道を歩む作風ではあるが、それゆえに小さくまとまってほしくはないとも思う。むろん受賞に異存はない。」 高村薫 67歳 全 □ 16 「まさに再生産の芸たる時代小説の秀作である。」「本作の登場人物にも暮らしの風景にも特段の新味はない。その一方で、定番ならではの落ち着きが味わい深い佇まいになっているのだが、それだけでは賞には届かない。「閨仏」のような粋な小技が、本作を逸品にしているのである。」 三浦しをん 44歳 全 □ 20 「一番には推さなかったのは、手堅いつくりであるがゆえにやや地味で、時代小説としての新味に欠けるかなと思ったためだ。」「新味の点でも「閨仏」のおかしさ、切なさは斬新以外のなにものでもないと言え、すべての話が収斂していく「灰の男」とともに極上の短編であるのはまちがいなく、決選投票の結果に心から賛同した。」 伊集院静 70歳 全 △ 31 「読んでいて、これほど作者の世界にやわらかく入り込める作品はそうそうあるまい。読み手がそう感じるのは作者の並々ならぬ力量と、経験から来るものだろう。」「作品中で私は“閨仏”と“灰の男”が好きだった。」

他の候補作 芦沢央 『汚れた手をそこで拭かない』 伊与原新 『八月の銀の雪』 加藤シゲアキ 『オルタネート』 坂上泉 『インビジブル』 長浦京 『アンダードッグス』

芦沢央36歳×各選考委員　 『汚れた手をそこで拭かない』 短篇集5篇 394枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 北方謙三 73歳 全 ■ 13 「人間描写より、ミステリー的なアイデアを先行させた作品だと思う。人が平板であり、立ちあがってこないのだ。」 宮部みゆき 60歳 全 ― 0   林真理子 66歳 全 ● 12 「最後のストーリーは全く納得いかなかった。現在関係があるならともかく、金を貸したばかりに反対に脅迫される。料理研究家として、マスコミで売れっ子になった女性は、もっとのぶとい神経を持っているはずである。」 角田光代 53歳 全 ■ 15 「読んでいて、描かれた人に出会ったり、描かれたできごとを見てしまった印象があまりなく、さまざまなアイディアの妙ばかりが印象に残るのは残念だった。」 桐野夏生 69歳 全 ■ 18 「誰の手がどうして汚れているのか、そして、その手をどこで拭いてはいけないと誰が言っているのか。この素朴な疑問に、ここに収められた作品が答えを出してくれないのが気になった。しかし、「忘却」をはじめとして、どの着想もユニークであることは間違いない。」 浅田次郎 69歳 全 ■ 18 「まばゆいほどのアイデアに満ちた作品である。おそらくこの作家の上には、四六時中天恵が降り落ちているのであろう。しかし本作を見る限り、そうしたアイデアの集積としか思えなかった。」 高村薫 67歳 全 ● 12 「謎解きありきの趣向が勝ちすぎ、登場人物がみな手品のカードのように顔がない。ミステリーの出来よりも、短編小説の勝負どころはまず、「味わい」である。」 三浦しをん 44歳 全 ■ 16 「ミステリとしては謎解きがやや小粒な印象を否めず、登場人物やストーリーの深みや驚きという点では、各話に必ず絡む謎解きに紙幅を取られるがゆえに、やや掘り下げきれていない気がして、バランスがちょっと惜しいと感じた。」 伊集院静 70歳 全 ― 0

他の候補作 西條奈加 『心淋し川』 伊与原新 『八月の銀の雪』 加藤シゲアキ 『オルタネート』 坂上泉 『インビジブル』 長浦京 『アンダードッグス』

伊与原新48歳×各選考委員　 『八月の銀の雪』 短篇集5篇 441枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 北方謙三 73歳 全 ■ 12 「読んでいておたく小説かと感じてしまう。」「全体的には専門的な記述にうまく入りこめず、読後に散漫な印象が残ってしまった。小説的昇華が充分ではなかった、と私は思った。」 宮部みゆき 60歳 全 △ 15 「（引用者注：「心淋し川」と共に）連作短編のうちの一作のタイトルを、そのまま本のタイトルにしてあります。」「作者が表題作で工夫した設定と物語構造が、短編集そのものの世界観をつくっている。だから本のタイトルが、表紙をめくる読者に対して、実に的確に「好い声」で投げかける最初の挨拶になっているのです。」 林真理子 66歳 全 ■ 12 「科学を小説に取り入れた手腕が魅力的である。が、全く同じ手口を見せられると、後半飽きてしまう。またそこに原発問題がとうとうと語られると興醒めに。」 角田光代 53歳 全 ○ 25 「収録作はすべて秀作揃いだと思った。」「すべての小説がパターン化している感じがあるが、どの短編も、私たちの生きている世界は、見たことのない地球の内部も宇宙も微生物も含めて、なんとうつくしいのだろうと思わせてくれる。」「今回の候補作のなかでもっとも深遠な世界を私に見せてくれた小説集だった。」 桐野夏生 69歳 全 ■ 13 「「アルノーと檸檬」には、涙ぐみさえした。しかしながら、一般の人々が知らないことを書こうとする小説は、どうしてもレクチャーじみてしまう。そして、それはパターン化しやすい。」 浅田次郎 69歳 全 ■ 15 「何よりも「自然科学小説」という、あるようでない分野が興味深く、なおかつ登場人物それぞれの苦悩を上手にからませて、人間と自然のかかわりにまで踏みこんでいる点は秀逸であった。ただし、会話文の多用によって短篇の稠密感が損われ、またどの作品も同じ顔になってしまったきらいがあった。」 高村薫 67歳 全 ■ 14 「評者は全体に古風な洗練を感じたが、地球の内核に降る鉄の雪や珪藻の生態などを語る饒舌の一方、ここでも総じて人間は影が薄い。この作者には何よりもまず、ご自分の好きな世界を小説に仕立てることの危うさに気づいてほしいと思う。」 三浦しをん 44歳 全 ◎ 24 「推した。」「社会問題もさりげなく射程に収めつつ、詩情にあふれた端正な文章で紡ぎだされる、うつくしいイメージの数々が本当に素晴らしい。」「生きづらいひと、さびしいひとにそっと寄り添い、美とユーモアで未知の世界、新しい世界へと想像力を羽ばたかせる力に満ちた、科学と創作物の最良かつ最高の融合の形が本作にはあると確信する。」 伊集院静 70歳 全 △ 11 「私たちの日常の中に、これまで氏が学んでこられたものを合致させたいという意思に敬服した。何より、清濁合わせ持った私たちの日常を清らかなものと思いたい、氏の願望を感じて、私は嬉しかった。」

他の候補作 西條奈加 『心淋し川』 芦沢央 『汚れた手をそこで拭かない』 加藤シゲアキ 『オルタネート』 坂上泉 『インビジブル』 長浦京 『アンダードッグス』

加藤シゲアキ33歳×各選考委員　 『オルタネート』 長篇 646枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 北方謙三 73歳 全 ○ 40 「描写のメリハリをつける訓練はすべきであろう。それに耐えて読み進めると、次第に登場人物が存在感を持ちはじめる。」「青春の姿を剥き出しにすることで、作者は物語の真実のどこかに触れた。私は、この一点を評価した。」「（引用者注：「心淋し川」と共に）二作受賞とならないものかと主張した。」 宮部みゆき 60歳 全 ○ 23 「今時こんな健康的な高校生青春ドラマが読めるとは！　と感激しました。」「（引用者注：マッチングアプリ「オルタネート」について）年齢制限ではなく、高校生でなければ使えない（使わせない）という線引きは、何気ないようでいて残酷ですし、作者の現実を見る目の鋭さを覗わせるものです。」「（引用者注：「心淋し川」と共に）票を投じました。」 林真理子 66歳 全 ■ 16 「楽しく読んだ。しかし登場人物が多過ぎるのと、スポ根もののような料理対決が残念であった。「オルタネート」というマッチングアプリもあまり出てこない。こちらをもっと中心に据えるべきだったのでは。」 角田光代 53歳 全 ■ 15 「多くの人が登場するけれど、それぞれが生き生きと魅力的に描き分けられている。」「けれども高校生限定というSNSの設定と同じように、狭い範囲で小説が終始し、なおかつ、その狭い範囲の表面だけが描かれているように感じた。」 桐野夏生 69歳 全 △ 27 「不思議な作品だ。最初に読んだ時は、不自由な繭に閉じ込められた気がしたが、後でこの作品は、むしろ繭の輪郭を描きたかったのかと思った。」「蓉や尚志がいることで、読者は「青春小説」だと眩惑されてしまうのだが、彼らが存在しなかったら、どんな世界になるのだろうか。そんなオルタネートどっぷりのものも読んでみたい。」 浅田次郎 69歳 全 ● 20 「異言語を無理に読んでいるようなつらい気分になった。むろんそれは、私自身の旧弊によるのであるが、ならば作者も登場人物の世代から見ればよほど旧弊であろうから、やはり無理をして本作に挑んだのではあるまいかと思った。」「小説は書く人も読む人も、みなナチュラルでなければならない。そもそも芸術は娯楽だからである。」 高村薫 67歳 全 ■ 18 「近年の学園もののマンガやアニメの世界そのものという意味で、これも古風な印象だった。」「数あるアニメやマンガと比べて突出した何かを新たに生みだすより、本作はむしろそれらと肩を並べることを本気で目指したのだろう。その意味では、積極的に模倣へと踏み出した小説の最前線なのかもしれない。」 三浦しをん 44歳 全 ■ 33 「本作のテーマを考えれば、オルタネートの存在感が薄らいでいくのは必然だが、「そもそもオルタネートがなくても、この小説は成立したかもしれない」と私は感じた。実力と意欲を買うが、やや要素を盛りこみすぎな印象を受けた。」 伊集院静 70歳 全 ◎ 29 「（引用者注：「インビジブル」と共に）推した。」「読みはじめ、これは、と思う箇所に何度もめぐりあって、新しい作家の世界におおいに期待がふくらんだ。加藤氏は一作毎にきちんと作品のテーマを置き、そこにむかって真摯に小説を執筆なさっている。その点が清々しい。」「難を言えば、少し真面目に取り組み過ぎなのでは、と感じてしまう。」

他の候補作 西條奈加 『心淋し川』 芦沢央 『汚れた手をそこで拭かない』 伊与原新 『八月の銀の雪』 坂上泉 『インビジブル』 長浦京 『アンダードッグス』

坂上泉30歳×各選考委員　 『インビジブル』 長篇 632枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 北方謙三 73歳 全 △ 27 「キャリアの刑事、悪役、同僚の刑事など、ともに類型だが生きた顔はしていたと思う。主人公の持続する情念の強烈さが、どれだけ貫かれているかが、この作品の要諦なのだろうと思う。その意味で、結末にはもう少し抑制が欲しかった。」「文章の乱れがなく、描写に無駄が少ないのは、物語に迫力を持たせていて、作者の力量を感じさせた。」 宮部みゆき 60歳 全 △ 21 「三十歳の若さで、まだ二作目のこの作品で直木賞作家になってしまうことが、かえって自由な可能性を狭めてしまうかもしれないという懸念がどうしても消しきれず、また、この作品は内容に比してタイトルが無造作であるような気がして、悩みました。」 林真理子 66歳 全 ■ 24 「最後まで論議された。」「「年表を傍に置いた小説」という感が拭えない。」「また私は、終戦後の人々のメンタリティとして、アジテーターを殺害しようという気持ちには至らないのではないかと思っている。」 角田光代 53歳 全 ■ 35 「迫力があり、異様な熱を小説がはらんでいる。なのに筆力が、その迫力と熱量に伴っていないように思った。たとえば人物たちと小説世界が立ち上がろうとする第一章、看板の、「大阪市警視庁東警察署」以降の文章が説明書きに感じられてしまう。」「戦争が終わってもなお続く、強者が弱者を吸い上げる図式への怒りが生々しくは立ち上がってこない。」 桐野夏生 69歳 全 ○ 31 「大阪市警視庁と国警という戦後の混乱を象徴するような刑事コンビが捜査に当たる、という設定もうまかった。場面転換、描写、登場人物の台詞も優れていて、新人とは思えなかった。その勢いと巧さを買って推した。ただ、気になったところもある。まず、この謎には新味がないこと。それから、実在の人物をモデルとした人物が多数登場して楽しい反面、物語が年表めいて狭くなるきらいがある。」 浅田次郎 69歳 全 △ 11 「難しい時代背景をよく理解しており、筋立てもダイナミックで、見てきたような嘘をつける人であろうと思える。すなわち大器である。しかしまだ粗削りと見えて、本作で受賞とするのは作者の力量に比してもったいないと感じた。」 高村薫 67歳 全 ◎ 22 「候補六作のなかでは一番迫力があり、評者はその一点をもって本作を推した。」「若い作者がよく資料を咀嚼して描いていると感心する一方、皮膚感覚のレベルでやはり作り物感があるのも事実である。」 三浦しをん 44歳 全 ■ 22 「登場人物や会話が生き生きとしているし（悪者ですら魅力的だ）、民主主義とは、警察とは、なんのためにあるのかと熱く問う展開も胸に迫った。ただ、風景や空間のスケール感が浮かびにくい。私に大阪の土地勘がないことも大きいが、地の文の精度、描写力の問題とも少々関係があるのではないかと思う」 伊集院静 70歳 全 ◎ 31 「（引用者注：「オルタネート」と共に）推した。」「若い作者がよくぞ、この時代の大阪の、しかもあの特別な一帯を物語の舞台にしたものだ、とまず感心した。」「私たちはこの作品を読むことによって、あの戦争が日本人に何をしたかを再び問うことになるだろう。私、個人としては、師であり友であった読売の記者で、“黒田軍団”の統率者であった黒田清らしき新聞記者が作品中に登場してひどく懐かしく、あの時代の男の気骨がよみがえった。」

他の候補作 西條奈加 『心淋し川』 芦沢央 『汚れた手をそこで拭かない』 伊与原新 『八月の銀の雪』 加藤シゲアキ 『オルタネート』 長浦京 『アンダードッグス』

長浦京53歳×各選考委員　 『アンダードッグス』 長篇 820枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 北方謙三 73歳 全 ● 13 「ストーリーが入り組んでいて、テンポが速い。このアップテンポは、人が死ぬことによって勢いをつけるというところがあり、読んでいて逆に私は感興を削がれた。」 宮部みゆき 60歳 全 ― 0   林真理子 66歳 全 ■ 12 「スピード感に溢れた作品であるが、そのせわしないことといったらない。」「読者には思考する時間も必要だ。」 角田光代 53歳 全 ■ 42 「ストーリーがどこに転がっていくのか予測不可能なことが牽引力となって、よく消化しきれない描写も読み進めていくことができる。ただひとつ、ストーリーが進むにつれて、こんなにも多くの屈強な人たちが死んでいくのに、この古葉慶太という男はなぜ死なないのか、そのことが信じられなくなってくる。」「最後のうつくしい嘘には、「嘘だ……」と私はつぶやいてしまった。最後までなんとしてもだまされたかった。」 桐野夏生 69歳 全 ■ 17 「最初は面白くて夢中になって読んでいたのだが、登場人物が増えて見分けがつかなくなったあたりから息苦しくなってきた。」「とはいえ、九七年頃のアクションを考えて描写するだけでも、大変な作業だったと思うし、その作業への愉楽も充分伝わってくる。」 浅田次郎 69歳 全 □ 16 「小説の面白さについては抜きん出ていた。そのことだけでも受賞に価するとは思ったのだが、やはり登場人物に文学的な深みが読み取れず、強く推すことはためらわれた。」 高村薫 67歳 全 ■ 16 「本作は一昔前の裏世界を２０２０年にリメイクした、言うなればユーズド感満載の世界であり、その感覚の古さには終始困惑を禁じ得なかった。」 三浦しをん 44歳 全 ■ 32 「スケールの大きなスパイ活劇で楽しく拝読したが、中盤以降、「作中で直接書かれていない場面で、実はあらかじめこういう思惑を抱いていた」と説明する展開が多くなり、そこが気になってストーリーにうまく乗りきれなかった。」 伊集院静 70歳 全 ― 0

他の候補作 西條奈加 『心淋し川』 芦沢央 『汚れた手をそこで拭かない』 伊与原新 『八月の銀の雪』 加藤シゲアキ 『オルタネート』 坂上泉 『インビジブル』