第172回

第171回

令和6年/2024年下半期 令和7年/2025年1月15日決定発表

選考委員　 京極夏彦 61歳 角田光代 57歳 辻村深月 44歳 桐野夏生 73歳 宮部みゆき 64歳 浅田次郎 73歳 高村薫 71歳 林真理子 70歳 三浦しをん 48歳 選評総行数　 137 127 107 109 180 101 101 98 149 評 評 評 評 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 伊与原新　『藍を継ぐ海』 476枚 52歳 評 ○ 24 ○ 42 ◎ 22 □ 19 ○ 37 □ 16 △ 26 ◎ 22 ◎ 34 朝倉かすみ　『よむよむかたる』 519枚 64歳 評 ■ 24 ■ 22 ■ 14 ■ 34 ■ 19 ● 8 ● 17 ◎ 15 ■ 32 荻堂顕　『飽くなき地景』 749枚 30歳 評 ■ 24 ■ 22 □ 24 ○ 18 △ 26 □ 26 ■ 17 ■ 28 ■ 34 木下昌輝　『秘色の契り　阿波宝暦明和の変 顚末譚』 707枚 50歳 評 △ 24 ■ 20 ■ 24 ■ 19 ■ 31 ● 23 ■ 18 ■ 15 △ 23 月村了衛　『虚の伽藍』 882枚 61歳 評 ■ 24 △ 21 □ 25 ■ 19 △ 44 △ 15 ● 12 ● 18 ◎ 28             欠席 書面回答     年齢/枚数の説明   見方・注意点

京極夏彦61歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数137　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 伊与原新 52歳 全 ○ 24 「著者の作品は“科学的知識を盛り込んだ”小説として評価されることが多いようだが、寧ろ“世界は科学的知見の上に成り立っているという認識”に基づいた小説とすべきではないか。また、舞台となる土地の土俗・歴史に関してのリサーチも入念であり、視点人物の目を借りて、恰も文化人類学のフィールドワークに入ったかのような感興まで覚える。すべての要素が無駄なく有機的に結び付いており、巧いと思う。」 朝倉かすみ 64歳 全 ■ 24 「“老い”を見つめるに当たっての著者のバランス感覚は絶妙であり、読み味も大変に好もしいものである。ただ“語り手”としての視点人物と“主人公”としての視点人物の間には少なからず乖離があるように感じた。」「“語り手”としての彼はカメラでしかない。つまり観察対象が老人の読書会でなくとも成立してしまう構造なのである。」 荻堂顕 30歳 全 ■ 24 「圧倒的な筆力には感服する。」「作中では様々な二項対立が描かれるが、ただ厳密には基盤となる建築と刀のみは対立項ではない。」「半世紀以上に亘る作中時間の中で語り手の価値観に殆ど変化はなく、そこに到る軌跡は描かれない。饒舌に綴られる視点人物の内面描写は本作の魅力なのだが。」 木下昌輝 50歳 全 △ 24 「副題である「阿波宝暦明和の変 顚末譚」が示す通り、経済歴史小説としての完成度は高い。一方で本作は痛快活劇時代小説でもあり、重ねて題名が示す通り主従の関係を主軸とした人間ドラマでもある。」「いずれかに振り切るべきだと思う反面、あえて難易度の高い選択をした作者には拍手を送りたい。」 月村了衛 61歳 全 ■ 24 「伝統宗教と反社会的組織の関わりといった素材ばかり強調されがちではあるが、着目すべきは読み進めるに従って視点人物と読者との距離が広がって行くという構造ではないか。」「惜しむらくは視点人物が自己正当化の根拠とする信仰／宗教的理論がやや脆弱なのだ。」「架空の伝統宗教を一から創るという大きな構えの小説に、現実からの借り物は必要だったのだろうか。」   「小説に於ける視点の問題は主に可読性や整合性に求められることが多いのだけれど、問題は表現や技巧のレヴェルに止まるものではないだろう。」「読者とシンクロさせるのも読者に寄り添うのも、傍観者にさせるのも、主題や筋書きと関わりなく視点の設定で調節されるものなのだ。」

他の選考委員 角田光代 辻村深月 桐野夏生 宮部みゆき 浅田次郎 高村薫 林真理子 三浦しをん

角田光代57歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数127　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 伊与原新 52歳 全 ○ 42 「日本の異なる土地を舞台に、その土地の風土と歴史をしっかりとらえた上で話が練られている。」「地質学、天文学、生態学、環境科学、歴史と、壮大な題材を扱いつつ、人間とその苦悩を矮小化せず、ひとりひとりの生の営みをしっかり対峙させることで、さらに大いなる世界を立ち上げた。」 朝倉かすみ 64歳 全 ■ 22 「読書会が彼ら（引用者注：老人たち）の生きる支えであることがよく理解できるのだが、その記念すべき公開読書会で、紋ちゃんがいきなりの告白をはじめてしまうくだりは少々違和感が残った。」「小説とは書き手が今まで見聞きしたものすべてが注ぎこまれているとしても、差出人の意図と手紙の（ある意味強烈な）文言が私のなかで一致せず、この小説に説得され損なってしまった。」 荻堂顕 30歳 全 ■ 22 「史実も交えつつ独自の作り上げている、その手腕はみごとである。実力は疑いようがないのだが、だからこそ、新嘗祭騒動の後始末や、高橋君の自死などについて、説得力が欠けると感じる部分も目立ったように思う。」「終盤の巨大建築の場面、「僕は兄を憎んでなどいなかった」という治道の独白には、少々置いてけぼりをくった気持ちになった。」 木下昌輝 50歳 全 ■ 20 「九章で、忠兵衛が「主君の背中を見る。感情がそれだけで読み取れる」わけなのだが、しかしここに至るまでのどんな交流、交歓があったのか描かれていない。」「小説に流れる多大な時間を考えると、もっと長くてもよかったように思う。」 月村了衛 61歳 全 △ 21 「異様な熱量がある。」「凌玄の渇望するものが権力ではなく、もしかしたら神仏を超えた得体の知れないものに思えてきて、興味深かった。けれども先が読めてしまう、リアリティを欠いている、僧侶としての生活が見えてこない、ラストの伽藍を書きこんでほしかった等の意見があり、受賞には至らなかった。」

他の選考委員 京極夏彦 辻村深月 桐野夏生 宮部みゆき 浅田次郎 高村薫 林真理子 三浦しをん

辻村深月44歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数107　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 伊与原新 52歳 全 ◎ 22 「大きな丸をつけ（引用者中略）選考に臨んだ。」「自然科学の知識が物語と融合しており、継ぎ目が見えないことがすばらしかった。」「私がもっとも心をつかまれたのは、作中のいたるところに確かな知識を持ち、それを自らの倫理観とともに主人公に向けて語ることができる「信頼できる大人」の存在が光っていたことだった。」 朝倉かすみ 64歳 全 ■ 14 「柔らかい文体なのに、なかなか読み進めることができず、それは高齢者の集まり特有の愛らしさ、まどろっこしさゆえのことと思いつつも、一番の理由は、著者が用意したこの集まりのよさ、居心地、読み心地のよさに、自分が読者として到達できなかったということに尽きる。」 荻堂顕 30歳 全 □ 24 「（引用者注：「虚の伽藍」と共に）推したい気持ちも強くある、という心持ちで選考に臨んだ。」「史実に題材を得ながら大胆に物語を構成する筆力と、一人称の文体を巻き込みながら、どの情報をどのように読者に提示するかといった著者の抜群のセンスのよさとでも呼ぶべきものに惹かれた。」「野心作であるがゆえの危うさを指摘する声もあったが、そこも含め、私にはとても読み応えがあった。」 木下昌輝 50歳 全 ■ 24 「徳島藩の藍を巡る改革に小説の題材を見た著者の目線に敬服する思いだ。だからこそ、読者の心をより煽り、高めることがもっとできたのではないか。その多くが作中の人間模様にまつわる情報の出し方、手順など些細な点なのだが、たとえば、四羽鴉の絆を「絆」という言葉に甘えることなく、後半に出てくる具体的なエピソードとともに最初から提示してもらえていたら、その後の決裂は読者の心にどう響いたか。」 月村了衛 61歳 全 □ 25 「（引用者注：「飽くなき地景」と共に）推したい気持ちも強くある、という心持ちで選考に臨んだ。」「候補作中、もっとも面白く読んだ」「「虚の伽藍」の風景を体現できる一文は、「虚」を描いているにもかかわらず感動的。貫首選の争いに見る人の行動を描写する文章に苛烈さとともに滑稽味の妙が多くあり、そこも本当に面白かった。」   「今回より直木賞の選考委員に加わり、かつて候補だった身としての仄かな緊張を覚えつつ、すべての候補作を楽しく、面白く拝読した。」

他の選考委員 京極夏彦 角田光代 桐野夏生 宮部みゆき 浅田次郎 高村薫 林真理子 三浦しをん

桐野夏生73歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数109　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 伊与原新 52歳 全 □ 19 「科学という観点から暮らしを見つめると、こんなドラマが生まれるという、この作者にしかできない独創性が光る。素材を見つける視点と、簡潔でうまい文章が素晴らしい。」「気になった点があるとしたら、タイトルだろうか。短編集に纏める際に、ほとんどの短編を改題されているが、やや凝り過ぎに思える。」 朝倉かすみ 64歳 全 ■ 34 「北海道弁で交わされる会話は、のんびりとしつつも味があるし、うまい。しかし、問題は、「やっくん」という観察者がこの読書会を眺め、考えているということにある。つまり、我々読者と読書会との間に、「やっくんの視点」という一個の「膜」が存在することが厄介なのだ。」「超高齢者の物語は、なぜか愛らしく描かれることにも違和感がある。」 荻堂顕 30歳 全 ○ 18 「圧倒的筆力と抜群の文学的直感を感じた。」「対立の中で生きる者は、高慢と敗北を交互に噛み締める。女性の描き方、そして時代を表すディテールに、若干の違和を感じることもあったが、結末の苦みも含めて愉楽の読書だった。」 木下昌輝 50歳 全 ■ 19 「なぜ重喜が「三塁の制」に拘るのか、なぜ家来がそれに反対するのか、封建社会に生きる者の限界などをもっと丁寧に描いてほしかった。経済小説にするのか、忠義の物語か、作者が揺らいでいる。」 月村了衛 61歳 全 ■ 19 「仏教界における権力争いを描いた作品は、読んだことがなく、興味をそそられた。」「しかしながら、ある閉じられた世界での権力闘争物語は、どうしても既視感が付きまとう。その既視感を破る意味でも、もっと何かが欲しかった。」

他の選考委員 京極夏彦 角田光代 辻村深月 宮部みゆき 浅田次郎 高村薫 林真理子 三浦しをん

宮部みゆき64歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題美しい短編集の完成形　総行数180　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 伊与原新 52歳 全 ○ 37 「最初の投票から点数が高く、すんなりと受賞が決まりました。科学のトピックを題材に、単発の短編をひとつひとつ丁寧に作り上げて、統一感のある短編集を編んでゆく。その創作姿勢には最大の敬意を払いたいと思います。」「読み進むにつれ、科学とは、人間が自然を理解しようと努力することによって生まれてきた学問なのだから、本来とても人間的で人間くさいものなのだと感じました。」 朝倉かすみ 64歳 全 ■ 19 「身体に優しい本だと感じたのですが、一方、読書会の老人たちのやりとりがすごくのんびりしていて、一話、二話、三話あたりで人物が出揃い状況がわかるまで、なかなかもどかしい感じが辛かったのです。」「ここはリアルであるよりも、物語のテンポの良さを優先してほしかったなあという残念感がありました。」 荻堂顕 30歳 全 △ 26 「一作ごとにまったく異なる題材に向き合い、緻密な文章で世界をつくっていく荻堂さんの才気と筆力は、なまなかなものではありません。ただ、この作品は半端ない情報量を誇る反面、それに圧されてしまったのか、肝心の主人公たち登場人物の肖像が希薄で、どんな人なのか具体的なイメージが浮かびにくいという意外な弱点があるように感じました。」 木下昌輝 50歳 全 ■ 31 「「歴史・時代小説は言葉が難しい、設定を理解するのが面倒くさそうだ」と敬遠されてしまう読者層（特に若い読者層）に向けて、どんなふうにアピールすればいいのだろう――という問題について、深く考えさせられました。」「イラスト付きの人物表は名案だと思いましたが、ライトノベルふうの装丁は逆効果のように感じました。物語の構造も、これだけ盛りだくさんの要素を語り尽くすには、この倍のページ数が必要だったと思えます。」 月村了衛 61歳 全 △ 44 「めちゃくちゃ面白くて現実の憂さを忘れさせてくれる小説でした。」「大真面目に書かれているのですが、お話の随所で黒い笑いがこみ上げてきてしまう。」「一つだけ残念に思ったのは、主人公側や敵対勢力側が次々と繰り出す（勝ち抜いてゆくための）策が、素人の私でも考えつく範囲内の案であったことです。」   「今回の候補作をお預かりしている五週間ほどのあいだ、私は続けざまにインフルエンザとコロナにかかりまして、その期間の半分は寝込んでおりました。」「そこで今回は開き直って、「心身が弱っているときでも楽しめる候補作を推そう」というふうに決めました。」

他の選考委員 京極夏彦 角田光代 辻村深月 桐野夏生 浅田次郎 高村薫 林真理子 三浦しをん

浅田次郎73歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題自由と不自由　総行数101　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 伊与原新 52歳 全 □ 16 「受賞については異論がない。しかし読みおえてみると、公式通りに書かれた同工異曲のように思えた。それこそ海や空のように自由な物語を、わざわざ小さな箱に入れて並べたような気がしたのである。文学の使命は真理の探求ではない。百人百様の海や空を書くことである。」 朝倉かすみ 64歳 全 ● 8 「地方小都市の喫茶店というほぼ一場面しかない小説で、何か目論見があったのかもしれないが、物語を展開させるにはあまりに不自由な設定であった。」 荻堂顕 30歳 全 □ 26 「平成生まれの作家が昭和を書くというのは、よほど向こう見ずな話である。（引用者中略）だが、それをあえてなす胆力こそ小説家の資質と言える。推し切れなかった理由は、巧妙なストーリーを支えるだけのテーマを欠く点で、すなわち筋肉は立派だが骨が弱い心許なさを感じた。」 木下昌輝 50歳 全 ● 23 「第一の問題点は、長篇小説としてのバランスである。前半は悠長に進み、後半は駆足になり、さらに後日譚を付して完結させた。全体が均衡を保ってさえいれば、そもそも史実が面白いのだからいい小説になったはずである。」 月村了衛 61歳 全 △ 15 「小説の面白さに関しては、候補作中この作品が秀逸であると思った。」「だにしても、「虚の伽藍」という表題通りの大伽藍の描写を欠いているのは腑に落ちなかった。」   「直木賞は本来、新進作家のための文学賞である。長い間には変化もあったが、近年では本義に立ち返りつつあると感ずる。やはり直木賞は作家の名誉であるよりも、大いなる飛躍の足場であるべきだと思う。」

他の選考委員 京極夏彦 角田光代 辻村深月 桐野夏生 宮部みゆき 高村薫 林真理子 三浦しをん

高村薫71歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数101　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 伊与原新 52歳 全 △ 26 「とても古風な自然主義小説の匂いがし、いまどきこういう生真面目な短編を紡ぐ作家がいることに驚いた。」「「夢化けの島」の萩焼の土や「星隕つ駅逓」の隕石などは小説として昇華させるのが難しく、生のまま素材が素材に留まっている分、登場人物も十分に立ってこない。物語としてまとまってはいても、小説らしい奥行きや躍動感に欠けるのである。」 朝倉かすみ 64歳 全 ● 17 「読者が面白がるか、途方に暮れるか。評者は後者だった。」「起伏のない単調なページを繰るうちに、（引用者注：登場人物の）彼ら彼女らがすでに死者のような気がしてくると、この軽い読み物は一気にホラーに化ける。作者の意図はいったい何だったのか。」 荻堂顕 30歳 全 ■ 17 「フローベールやドストエフスキーのリアリズム、あるいは島崎藤村の自然主義の系譜を継ごうという意欲作」「もっともすべてが主人公の一人称の独白になっている時点で、壮大だったはずの一つの人生が個人の鬱屈した脳内風景になってしまい、客観性も読者の共感も寄せつけない独りよがりで終わるほかなかった。」 木下昌輝 50歳 全 ■ 18 「徳島藩が藩主の末期養子を迎えるという一風変わった題材は作者ならでは」「藩の乗っ取りを企む大悪党も絡み、時代小説の楽しさを十分に味わえる仕上がりだが、改革派の若手たちの造形が通りいっぺんで、この作者にしては薄味な印象に留まった。」 月村了衛 61歳 全 ● 12 「信仰が孕む狂気を描かずして僧侶の悪業は描けないし、悪に染まってゆく人間の造形がないところでは最後の最後にやってくる改心も意味不明でしかない。」   「２段組で４００ページといった長大な小説がエンターテインメントを席巻した90年代に比べると、近年はスリムな小説が多くなった。時代や社会の変化とともに、壮大な歴史ものや一族の盛衰を丸ごと描く大河小説は求められなくなり、精密で詳細な内面描写なども避けられるようになったためだろう。」

他の選考委員 京極夏彦 角田光代 辻村深月 桐野夏生 宮部みゆき 浅田次郎 林真理子 三浦しをん

林真理子70歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題幸福な結婚　総行数98　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 伊与原新 52歳 全 ◎ 22 「ほぼ全員一致で決まった。私も強く推した」「登場人物たちの多くは、小さな企みや疑問を持って現実の中で生きているのであるが、それがいつしか科学の大きさの中に包括され、ささやかな幸福を得ていく。その結果、なんともいえない透明で清らかな読後感が残る。」 朝倉かすみ 64歳 全 ◎ 15 「（引用者注：「藍を継ぐ海」と共に）高得点をつけた」「老人へのまなざしが温かく、ひとりひとりのキャラクターがわざとらしくない。」「本を解釈すること、それは自分の人生を語ること、というテーマもよく描けていると思うのであるが、他の選考委員の方々からの賛同が得られなかったことは残念だ。」 荻堂顕 30歳 全 ■ 28 「よくこういう歴史ものを低く評価する時、「年表を傍に置いたような」という表現を使うが、それがまるでなかった。さまざまな出来ごとが、非常になめらかに語られていく。」「しかしいくつかひっかかるところがある。主人公の父親の愛人問題をめぐって、女性団体が抗議する箇所である。（引用者中略）史実に基づいているらしいが、団体の力の大きさが現代的過ぎる。」 木下昌輝 50歳 全 ■ 15 「スピーディーで善悪がはっきりしている。しかし現代的な彩りも忘れない。組織における改革とは何か。利益は相反するものか。」「だが主人公の視線で描かれていたはずが、途中で悪人たちに変わるところに少々唐突感を持った。」 月村了衛 61歳 全 ● 18 「京都の寺院や僧侶のベーシックな日常があまり描かれていない。ベーシックがあってこその地上げであり犯罪ではなかろうか。文章の粗さも目立つ。」

他の選考委員 京極夏彦 角田光代 辻村深月 桐野夏生 宮部みゆき 浅田次郎 高村薫 三浦しをん

三浦しをん48歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数149　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 伊与原新 52歳 全 ◎ 34 「（引用者注：「虚の伽藍」と共に）推した。」「各編にさまざまな分野の科学トピックが織りこまれているが、それはストーリーを展開させるためのネタではない。主役はあくまでも「ひと」だ。」「本作は旅情を誘うという点でも第一級だ。まだ見ぬ場所へ、知の大海へと、好奇心をかきたててくれる広々とした作品で、論理に裏打ちされた優しさと抒情性に胸打たれた。」 朝倉かすみ 64歳 全 ■ 32 「文章に独特なリズムがあり、自由奔放な老人たちの会話も楽しく、ユーモアとぬくもりにあふれている。ただ、作中の読書会で取りあげられる作品が、本作のストーリー展開や登場人物たちの言動、思考、心情に、そこまで有機的に絡んでこないのが、少し惜しい気がした。」 荻堂顕 30歳 全 ■ 34 「主人公の語り口が大真面目だからこそ、爆笑してしまう言いまわしが随所にあるのも好きだ。ただ、特に異論もなく別居したり退場したりする女性陣のありようは、主人公にとって都合がよすぎるのではと気になった。」 木下昌輝 50歳 全 △ 23 「敵役も含めて人物造形が魅力的で、史実と虚構を織り交ぜる塩梅が巧みだ。ただ、「役席役高の制」と「三塁の制」のちがいがなんなのか、私はしばらく飲みこめなかった。」 月村了衛 61歳 全 ◎ 28 「（引用者注：「藍を継ぐ海」と共に）推した。」「「宗派をよくするため」という大義名分のもと、主人公たちが倫理と道徳と良識に欠けた言動を次から次に堂々と繰りだすので、もはや痛快だ。」「「いや、このひとたち変だから」と自分に言い聞かせるも、主人公が声明を聞いて昂ぶるたび、「キター！」と私もテンションが上がってしまったのは否めない。」

他の選考委員 京極夏彦 角田光代 辻村深月 桐野夏生 宮部みゆき 浅田次郎 高村薫 林真理子

伊与原新52歳×各選考委員　 『藍を継ぐ海』 短篇集5篇 476枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 京極夏彦 61歳 全 ○ 24 「著者の作品は“科学的知識を盛り込んだ”小説として評価されることが多いようだが、寧ろ“世界は科学的知見の上に成り立っているという認識”に基づいた小説とすべきではないか。また、舞台となる土地の土俗・歴史に関してのリサーチも入念であり、視点人物の目を借りて、恰も文化人類学のフィールドワークに入ったかのような感興まで覚える。すべての要素が無駄なく有機的に結び付いており、巧いと思う。」 角田光代 57歳 全 ○ 42 「日本の異なる土地を舞台に、その土地の風土と歴史をしっかりとらえた上で話が練られている。」「地質学、天文学、生態学、環境科学、歴史と、壮大な題材を扱いつつ、人間とその苦悩を矮小化せず、ひとりひとりの生の営みをしっかり対峙させることで、さらに大いなる世界を立ち上げた。」 辻村深月 44歳 全 ◎ 22 「大きな丸をつけ（引用者中略）選考に臨んだ。」「自然科学の知識が物語と融合しており、継ぎ目が見えないことがすばらしかった。」「私がもっとも心をつかまれたのは、作中のいたるところに確かな知識を持ち、それを自らの倫理観とともに主人公に向けて語ることができる「信頼できる大人」の存在が光っていたことだった。」 桐野夏生 73歳 全 □ 19 「科学という観点から暮らしを見つめると、こんなドラマが生まれるという、この作者にしかできない独創性が光る。素材を見つける視点と、簡潔でうまい文章が素晴らしい。」「気になった点があるとしたら、タイトルだろうか。短編集に纏める際に、ほとんどの短編を改題されているが、やや凝り過ぎに思える。」 宮部みゆき 64歳 全 ○ 37 「最初の投票から点数が高く、すんなりと受賞が決まりました。科学のトピックを題材に、単発の短編をひとつひとつ丁寧に作り上げて、統一感のある短編集を編んでゆく。その創作姿勢には最大の敬意を払いたいと思います。」「読み進むにつれ、科学とは、人間が自然を理解しようと努力することによって生まれてきた学問なのだから、本来とても人間的で人間くさいものなのだと感じました。」 浅田次郎 73歳 全 □ 16 「受賞については異論がない。しかし読みおえてみると、公式通りに書かれた同工異曲のように思えた。それこそ海や空のように自由な物語を、わざわざ小さな箱に入れて並べたような気がしたのである。文学の使命は真理の探求ではない。百人百様の海や空を書くことである。」 高村薫 71歳 全 △ 26 「とても古風な自然主義小説の匂いがし、いまどきこういう生真面目な短編を紡ぐ作家がいることに驚いた。」「「夢化けの島」の萩焼の土や「星隕つ駅逓」の隕石などは小説として昇華させるのが難しく、生のまま素材が素材に留まっている分、登場人物も十分に立ってこない。物語としてまとまってはいても、小説らしい奥行きや躍動感に欠けるのである。」 林真理子 70歳 全 ◎ 22 「ほぼ全員一致で決まった。私も強く推した」「登場人物たちの多くは、小さな企みや疑問を持って現実の中で生きているのであるが、それがいつしか科学の大きさの中に包括され、ささやかな幸福を得ていく。その結果、なんともいえない透明で清らかな読後感が残る。」 三浦しをん 48歳 全 ◎ 34 「（引用者注：「虚の伽藍」と共に）推した。」「各編にさまざまな分野の科学トピックが織りこまれているが、それはストーリーを展開させるためのネタではない。主役はあくまでも「ひと」だ。」「本作は旅情を誘うという点でも第一級だ。まだ見ぬ場所へ、知の大海へと、好奇心をかきたててくれる広々とした作品で、論理に裏打ちされた優しさと抒情性に胸打たれた。」

他の候補作 朝倉かすみ 『よむよむかたる』 荻堂顕 『飽くなき地景』 木下昌輝 『秘色の契り　阿波宝暦明和の変 顚末譚』 月村了衛 『虚の伽藍』

朝倉かすみ64歳×各選考委員　 『よむよむかたる』 長篇 519枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 京極夏彦 61歳 全 ■ 24 「“老い”を見つめるに当たっての著者のバランス感覚は絶妙であり、読み味も大変に好もしいものである。ただ“語り手”としての視点人物と“主人公”としての視点人物の間には少なからず乖離があるように感じた。」「“語り手”としての彼はカメラでしかない。つまり観察対象が老人の読書会でなくとも成立してしまう構造なのである。」 角田光代 57歳 全 ■ 22 「読書会が彼ら（引用者注：老人たち）の生きる支えであることがよく理解できるのだが、その記念すべき公開読書会で、紋ちゃんがいきなりの告白をはじめてしまうくだりは少々違和感が残った。」「小説とは書き手が今まで見聞きしたものすべてが注ぎこまれているとしても、差出人の意図と手紙の（ある意味強烈な）文言が私のなかで一致せず、この小説に説得され損なってしまった。」 辻村深月 44歳 全 ■ 14 「柔らかい文体なのに、なかなか読み進めることができず、それは高齢者の集まり特有の愛らしさ、まどろっこしさゆえのことと思いつつも、一番の理由は、著者が用意したこの集まりのよさ、居心地、読み心地のよさに、自分が読者として到達できなかったということに尽きる。」 桐野夏生 73歳 全 ■ 34 「北海道弁で交わされる会話は、のんびりとしつつも味があるし、うまい。しかし、問題は、「やっくん」という観察者がこの読書会を眺め、考えているということにある。つまり、我々読者と読書会との間に、「やっくんの視点」という一個の「膜」が存在することが厄介なのだ。」「超高齢者の物語は、なぜか愛らしく描かれることにも違和感がある。」 宮部みゆき 64歳 全 ■ 19 「身体に優しい本だと感じたのですが、一方、読書会の老人たちのやりとりがすごくのんびりしていて、一話、二話、三話あたりで人物が出揃い状況がわかるまで、なかなかもどかしい感じが辛かったのです。」「ここはリアルであるよりも、物語のテンポの良さを優先してほしかったなあという残念感がありました。」 浅田次郎 73歳 全 ● 8 「地方小都市の喫茶店というほぼ一場面しかない小説で、何か目論見があったのかもしれないが、物語を展開させるにはあまりに不自由な設定であった。」 高村薫 71歳 全 ● 17 「読者が面白がるか、途方に暮れるか。評者は後者だった。」「起伏のない単調なページを繰るうちに、（引用者注：登場人物の）彼ら彼女らがすでに死者のような気がしてくると、この軽い読み物は一気にホラーに化ける。作者の意図はいったい何だったのか。」 林真理子 70歳 全 ◎ 15 「（引用者注：「藍を継ぐ海」と共に）高得点をつけた」「老人へのまなざしが温かく、ひとりひとりのキャラクターがわざとらしくない。」「本を解釈すること、それは自分の人生を語ること、というテーマもよく描けていると思うのであるが、他の選考委員の方々からの賛同が得られなかったことは残念だ。」 三浦しをん 48歳 全 ■ 32 「文章に独特なリズムがあり、自由奔放な老人たちの会話も楽しく、ユーモアとぬくもりにあふれている。ただ、作中の読書会で取りあげられる作品が、本作のストーリー展開や登場人物たちの言動、思考、心情に、そこまで有機的に絡んでこないのが、少し惜しい気がした。」

他の候補作 伊与原新 『藍を継ぐ海』 荻堂顕 『飽くなき地景』 木下昌輝 『秘色の契り　阿波宝暦明和の変 顚末譚』 月村了衛 『虚の伽藍』

荻堂顕30歳×各選考委員　 『飽くなき地景』 長篇 749枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 京極夏彦 61歳 全 ■ 24 「圧倒的な筆力には感服する。」「作中では様々な二項対立が描かれるが、ただ厳密には基盤となる建築と刀のみは対立項ではない。」「半世紀以上に亘る作中時間の中で語り手の価値観に殆ど変化はなく、そこに到る軌跡は描かれない。饒舌に綴られる視点人物の内面描写は本作の魅力なのだが。」 角田光代 57歳 全 ■ 22 「史実も交えつつ独自の作り上げている、その手腕はみごとである。実力は疑いようがないのだが、だからこそ、新嘗祭騒動の後始末や、高橋君の自死などについて、説得力が欠けると感じる部分も目立ったように思う。」「終盤の巨大建築の場面、「僕は兄を憎んでなどいなかった」という治道の独白には、少々置いてけぼりをくった気持ちになった。」 辻村深月 44歳 全 □ 24 「（引用者注：「虚の伽藍」と共に）推したい気持ちも強くある、という心持ちで選考に臨んだ。」「史実に題材を得ながら大胆に物語を構成する筆力と、一人称の文体を巻き込みながら、どの情報をどのように読者に提示するかといった著者の抜群のセンスのよさとでも呼ぶべきものに惹かれた。」「野心作であるがゆえの危うさを指摘する声もあったが、そこも含め、私にはとても読み応えがあった。」 桐野夏生 73歳 全 ○ 18 「圧倒的筆力と抜群の文学的直感を感じた。」「対立の中で生きる者は、高慢と敗北を交互に噛み締める。女性の描き方、そして時代を表すディテールに、若干の違和を感じることもあったが、結末の苦みも含めて愉楽の読書だった。」 宮部みゆき 64歳 全 △ 26 「一作ごとにまったく異なる題材に向き合い、緻密な文章で世界をつくっていく荻堂さんの才気と筆力は、なまなかなものではありません。ただ、この作品は半端ない情報量を誇る反面、それに圧されてしまったのか、肝心の主人公たち登場人物の肖像が希薄で、どんな人なのか具体的なイメージが浮かびにくいという意外な弱点があるように感じました。」 浅田次郎 73歳 全 □ 26 「平成生まれの作家が昭和を書くというのは、よほど向こう見ずな話である。（引用者中略）だが、それをあえてなす胆力こそ小説家の資質と言える。推し切れなかった理由は、巧妙なストーリーを支えるだけのテーマを欠く点で、すなわち筋肉は立派だが骨が弱い心許なさを感じた。」 高村薫 71歳 全 ■ 17 「フローベールやドストエフスキーのリアリズム、あるいは島崎藤村の自然主義の系譜を継ごうという意欲作」「もっともすべてが主人公の一人称の独白になっている時点で、壮大だったはずの一つの人生が個人の鬱屈した脳内風景になってしまい、客観性も読者の共感も寄せつけない独りよがりで終わるほかなかった。」 林真理子 70歳 全 ■ 28 「よくこういう歴史ものを低く評価する時、「年表を傍に置いたような」という表現を使うが、それがまるでなかった。さまざまな出来ごとが、非常になめらかに語られていく。」「しかしいくつかひっかかるところがある。主人公の父親の愛人問題をめぐって、女性団体が抗議する箇所である。（引用者中略）史実に基づいているらしいが、団体の力の大きさが現代的過ぎる。」 三浦しをん 48歳 全 ■ 34 「主人公の語り口が大真面目だからこそ、爆笑してしまう言いまわしが随所にあるのも好きだ。ただ、特に異論もなく別居したり退場したりする女性陣のありようは、主人公にとって都合がよすぎるのではと気になった。」

他の候補作 伊与原新 『藍を継ぐ海』 朝倉かすみ 『よむよむかたる』 木下昌輝 『秘色の契り　阿波宝暦明和の変 顚末譚』 月村了衛 『虚の伽藍』

木下昌輝50歳×各選考委員　 『秘色の契り　阿波宝暦明和の変 顚末譚』 長篇 707枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 京極夏彦 61歳 全 △ 24 「副題である「阿波宝暦明和の変 顚末譚」が示す通り、経済歴史小説としての完成度は高い。一方で本作は痛快活劇時代小説でもあり、重ねて題名が示す通り主従の関係を主軸とした人間ドラマでもある。」「いずれかに振り切るべきだと思う反面、あえて難易度の高い選択をした作者には拍手を送りたい。」 角田光代 57歳 全 ■ 20 「九章で、忠兵衛が「主君の背中を見る。感情がそれだけで読み取れる」わけなのだが、しかしここに至るまでのどんな交流、交歓があったのか描かれていない。」「小説に流れる多大な時間を考えると、もっと長くてもよかったように思う。」 辻村深月 44歳 全 ■ 24 「徳島藩の藍を巡る改革に小説の題材を見た著者の目線に敬服する思いだ。だからこそ、読者の心をより煽り、高めることがもっとできたのではないか。その多くが作中の人間模様にまつわる情報の出し方、手順など些細な点なのだが、たとえば、四羽鴉の絆を「絆」という言葉に甘えることなく、後半に出てくる具体的なエピソードとともに最初から提示してもらえていたら、その後の決裂は読者の心にどう響いたか。」 桐野夏生 73歳 全 ■ 19 「なぜ重喜が「三塁の制」に拘るのか、なぜ家来がそれに反対するのか、封建社会に生きる者の限界などをもっと丁寧に描いてほしかった。経済小説にするのか、忠義の物語か、作者が揺らいでいる。」 宮部みゆき 64歳 全 ■ 31 「「歴史・時代小説は言葉が難しい、設定を理解するのが面倒くさそうだ」と敬遠されてしまう読者層（特に若い読者層）に向けて、どんなふうにアピールすればいいのだろう――という問題について、深く考えさせられました。」「イラスト付きの人物表は名案だと思いましたが、ライトノベルふうの装丁は逆効果のように感じました。物語の構造も、これだけ盛りだくさんの要素を語り尽くすには、この倍のページ数が必要だったと思えます。」 浅田次郎 73歳 全 ● 23 「第一の問題点は、長篇小説としてのバランスである。前半は悠長に進み、後半は駆足になり、さらに後日譚を付して完結させた。全体が均衡を保ってさえいれば、そもそも史実が面白いのだからいい小説になったはずである。」 高村薫 71歳 全 ■ 18 「徳島藩が藩主の末期養子を迎えるという一風変わった題材は作者ならでは」「藩の乗っ取りを企む大悪党も絡み、時代小説の楽しさを十分に味わえる仕上がりだが、改革派の若手たちの造形が通りいっぺんで、この作者にしては薄味な印象に留まった。」 林真理子 70歳 全 ■ 15 「スピーディーで善悪がはっきりしている。しかし現代的な彩りも忘れない。組織における改革とは何か。利益は相反するものか。」「だが主人公の視線で描かれていたはずが、途中で悪人たちに変わるところに少々唐突感を持った。」 三浦しをん 48歳 全 △ 23 「敵役も含めて人物造形が魅力的で、史実と虚構を織り交ぜる塩梅が巧みだ。ただ、「役席役高の制」と「三塁の制」のちがいがなんなのか、私はしばらく飲みこめなかった。」

他の候補作 伊与原新 『藍を継ぐ海』 朝倉かすみ 『よむよむかたる』 荻堂顕 『飽くなき地景』 月村了衛 『虚の伽藍』

月村了衛61歳×各選考委員　 『虚の伽藍』 長篇 882枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 京極夏彦 61歳 全 ■ 24 「伝統宗教と反社会的組織の関わりといった素材ばかり強調されがちではあるが、着目すべきは読み進めるに従って視点人物と読者との距離が広がって行くという構造ではないか。」「惜しむらくは視点人物が自己正当化の根拠とする信仰／宗教的理論がやや脆弱なのだ。」「架空の伝統宗教を一から創るという大きな構えの小説に、現実からの借り物は必要だったのだろうか。」 角田光代 57歳 全 △ 21 「異様な熱量がある。」「凌玄の渇望するものが権力ではなく、もしかしたら神仏を超えた得体の知れないものに思えてきて、興味深かった。けれども先が読めてしまう、リアリティを欠いている、僧侶としての生活が見えてこない、ラストの伽藍を書きこんでほしかった等の意見があり、受賞には至らなかった。」 辻村深月 44歳 全 □ 25 「（引用者注：「飽くなき地景」と共に）推したい気持ちも強くある、という心持ちで選考に臨んだ。」「候補作中、もっとも面白く読んだ」「「虚の伽藍」の風景を体現できる一文は、「虚」を描いているにもかかわらず感動的。貫首選の争いに見る人の行動を描写する文章に苛烈さとともに滑稽味の妙が多くあり、そこも本当に面白かった。」 桐野夏生 73歳 全 ■ 19 「仏教界における権力争いを描いた作品は、読んだことがなく、興味をそそられた。」「しかしながら、ある閉じられた世界での権力闘争物語は、どうしても既視感が付きまとう。その既視感を破る意味でも、もっと何かが欲しかった。」 宮部みゆき 64歳 全 △ 44 「めちゃくちゃ面白くて現実の憂さを忘れさせてくれる小説でした。」「大真面目に書かれているのですが、お話の随所で黒い笑いがこみ上げてきてしまう。」「一つだけ残念に思ったのは、主人公側や敵対勢力側が次々と繰り出す（勝ち抜いてゆくための）策が、素人の私でも考えつく範囲内の案であったことです。」 浅田次郎 73歳 全 △ 15 「小説の面白さに関しては、候補作中この作品が秀逸であると思った。」「だにしても、「虚の伽藍」という表題通りの大伽藍の描写を欠いているのは腑に落ちなかった。」 高村薫 71歳 全 ● 12 「信仰が孕む狂気を描かずして僧侶の悪業は描けないし、悪に染まってゆく人間の造形がないところでは最後の最後にやってくる改心も意味不明でしかない。」 林真理子 70歳 全 ● 18 「京都の寺院や僧侶のベーシックな日常があまり描かれていない。ベーシックがあってこその地上げであり犯罪ではなかろうか。文章の粗さも目立つ。」 三浦しをん 48歳 全 ◎ 28 「（引用者注：「藍を継ぐ海」と共に）推した。」「「宗派をよくするため」という大義名分のもと、主人公たちが倫理と道徳と良識に欠けた言動を次から次に堂々と繰りだすので、もはや痛快だ。」「「いや、このひとたち変だから」と自分に言い聞かせるも、主人公が声明を聞いて昂ぶるたび、「キター！」と私もテンションが上がってしまったのは否めない。」

他の候補作 伊与原新 『藍を継ぐ海』 朝倉かすみ 『よむよむかたる』 荻堂顕 『飽くなき地景』 木下昌輝 『秘色の契り　阿波宝暦明和の変 顚末譚』