第151回

第150回第152回

平成26年/2014年上半期 平成26年/2014年7月17日決定発表／『オール讀物』平成26年/2014年9月号選評掲載

選考委員　 浅田次郎 62歳 東野圭吾 56歳 宮部みゆき 53歳 宮城谷昌光 69歳 桐野夏生 62歳 北方謙三 66歳 高村薫 61歳 林真理子 60歳 伊集院静 64歳 選評総行数　 102 116 99 96 102 101 103 97 109 評 評 評 評 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 黒川博行　『破門』 980枚 65歳 評 ◎ 27 ◎ 28 ○ 22 △ 14 ○ 16 ◎ 17 ◎ 15 ○ 30 ◎ 29 伊吹有喜　『ミッドナイト・バス』 819枚 45歳 評 ■ 17 ● 10 ■ 32 ◎ 47 ■ 17 ■ 27 ● 18 ● 14 ■ 10 千早茜　『男ともだち』 460枚 34歳 評 △ 14 △ 16 ■ 21 ・ 6 △ 18 ○ 14 ● 14 ● 17 □ 12 貫井徳郎　『私に似た人』 744枚 46歳 評 ● 11 ■ 20 ■ 25 ・ 6 ● 15 ■ 12 ● 12 ● 7 ● 4 柚木麻子　『本屋さんのダイアナ』 509枚 32歳 評 ■ 19 ● 12 ■ 21 ・ 5 ■ 12 ■ 10 ● 15 ■ 18 ■ 7 米澤穂信　『満願』 579枚 36歳 評 △ 14 ■ 30 ○ 19 △ 20 ■ 24 ■ 21 ● 17 ● 7 ● 7                   年齢/枚数の説明   見方・注意点

浅田次郎62歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題小説の可能性　総行数102　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 黒川博行 65歳 全 ◎ 27 「むろん既存のメソッドには当てはまらない作品だが、その点では前回の受賞作である姫野カオルコ氏の「昭和の犬」と同じ印象を抱いた。つまり、欠点をあえて挙げればきりがないが、それを欠点とする合理的な理由が見当たらない。だとすると、ユニークな作品というほかはないのである。」「細密なディテールの集積は、まったく映像の表現しきれぬ、小説ならではの世界である。」「強く推した。」 伊吹有喜 45歳 全 ■ 17 「いい小説の基礎条件をすべて満たした佳品であった。ただし、あくまで基礎条件であって、満ち足りて咲かずの感がある。登場人物の心理は読みごたえがあるのだが、彼らの苦悩はどれも過去の出来事に起因しており、それを一元的に現在に押しこめてしまったがゆえに、せっかくのストーリーが平坦になった。」 千早茜 34歳 全 △ 14 「一人称で人間関係を描くことは難しいのだが、視点を変えずに三人の男性との関係を書き切ったのは、力のある証拠であろう。しかし、この作品でよかろうと思いつつ、どうしても最終章のまとめ方に納得がゆかなかった。」 貫井徳郎 46歳 全 ● 11 「大団円の一章はさすがにベテランを感じさせるまとめ方だが、どうにも作者が自身の資質とちがう方向に努力を重ねているような気がしてならなかった。」 柚木麻子 32歳 全 ■ 19 「二人の少女の生活環境に、すこぶる類型的な設定をしたため、作家の想像力がかえって働かなくなってしまった。また、子供から大人になるまで、彼女らに精神的な成長が感じられないというのは、リアルな現実かもしれないが、小説の世界ではひとつの約束事として、登場人物は何らかの変容をしなければ読者は納得しない。」 米澤穂信 36歳 全 △ 14 「ストーリーテリングの才覚は疑いようもなく、文章も無駄なく整っていて、ほっぽらかしておいてもたくましく育つことうけあいである。本作の何がどれほど劣っているわけではない。ただ、稀有の資質を具えた作家が、同一作品で文学賞を連覇することはさほど幸福な結果とは思えぬ。」

他の選考委員 東野圭吾 宮部みゆき 宮城谷昌光 桐野夏生 北方謙三 高村薫 林真理子 伊集院静

東野圭吾56歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題満場一致　総行数116　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 黒川博行 65歳 全 ◎ 28 「○をつけた。申し訳ないが、一位と二位の差が大きく、ほかに推したい作品はなかった。」「事件は単純だが、取り巻く人間たちの関係が複雑で、通常の人間社会の常識が通用しない異世界を見事に描いている。会話の練り方も半端ではない。」「作者にしか描けない独自の世界で、それを貫くことで勝ち取った受賞だと思う。」 伊吹有喜 45歳 全 ● 10 「小説で扱う心の傷が小さくてはいけないというルールはない。どんなに小さな傷でも、その人にとって重要な場合もあるからだ。だが今回描かれたものは、どうしてもそんなふうには思えなかった。」 千早茜 34歳 全 △ 16 「まず、この題名で小説を書こうとした度胸に拍手を送りたい。ただしハセオという人物には、やや魅力が足りなかったように思う。」「作者は自分なりに、懸命に考察を続けたのだと思う。とうとう答えを出せずに幕を閉じた印象だが、この挑戦には意味がある。」 貫井徳郎 46歳 全 ■ 20 「ネット上のやりとりだけで人を洗脳する――ここで読者を引き込めるかどうかだが、少し弱いように思う。トベの名を律儀に襲名することを含め、全員が全員、正義感のみで動いているのはやや不自然だ。」「最終章を読んで、なるほどこの仕掛けをやりたかったのかと合点したが、少し話が長大すぎたようだ。」 柚木麻子 32歳 全 ● 12 「読んで共感できる女性は多いのではないか。だがもしもっと読者の幅を広げたいなら、視点人物の内面だけでなく、年齢や性別の違う脇役たちの心理をもっと深く想像するべきだと感じた。」 米澤穂信 36歳 全 ■ 30 「筆力には感心した。だが今回の作品集には、残念ながら矛盾や不自然な点がいくつかあった。最も致命的なのは『万灯』で、コレラについて完全に間違えている。コレラの主症状は下痢で、菌は便からしか出ず、しかも経口感染。通常、人から人へは感染せず、この小説のケースでも感染はありえない。」「もう一つ、『満願』の妻には借金の返済義務はない。（引用者中略）殺人の動機も成立しない。」

他の選考委員 浅田次郎 宮部みゆき 宮城谷昌光 桐野夏生 北方謙三 高村薫 林真理子 伊集院静

宮部みゆき53歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題食わず嫌いはもったいない　総行数99　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 黒川博行 65歳 全 ○ 22 「実は私は裏社会ものが苦手なので、『破門』をきちんと評するために必要な読書経験が足りず、選考会では各委員の評を聞かせていただくばかりでした。でもその結果、私がこの小説を楽しく味わい、テンポのいい会話にころころ笑ったのは当然のことだったのだとわかって安堵しました。」 伊吹有喜 45歳 全 ■ 32 「（引用者注：「男ともだち」「本屋さんのダイアナ」と共に）もっとびっくりさせてほしかったと願うのは、作品世界を壊してしまうリスクをとれと要求することであり、そんな冒険は読者にも歓迎されないかもしれません。でも、私は読んでみたかった。」「〈断ち切れない過去〉というテーマから必然的に回想の多い構成になるところに、さらに現在パートにも「○日前」「一週間前のことだ」などの短期の回想が入り込み、読んでいてときどき混乱してしまうことが気になりました。」 千早茜 34歳 全 ■ 21 「（引用者注：「ミッドナイト・バス」「本屋さんのダイアナ」と共に）もっとびっくりさせてほしかったと願うのは、作品世界を壊してしまうリスクをとれと要求することであり、そんな冒険は読者にも歓迎されないかもしれません。でも、私は読んでみたかった。」 貫井徳郎 46歳 全 ■ 25 「展開されている〈テロリズム観〉にはうなずくことができませんでした。」「平らかに成就されない自我こそがテロリズムの種なのですから、それらの自我が生む〈トベ〉は、煽動者が差し出す〈トベ〉とはいちいち異なるはずなのです。匿名性はテロリズムの鎧であって、本質ではない。だからこそ、実体あるテロリストは匿名性の大海であるネット社会を利用こそすれ、そこから生まれることはないのだと、私は思うのです。」 柚木麻子 32歳 全 ■ 21 「（引用者注：「ミッドナイト・バス」「男ともだち」と共に）もっとびっくりさせてほしかったと願うのは、作品世界を壊してしまうリスクをとれと要求することであり、そんな冒険は読者にも歓迎されないかもしれません。でも、私は読んでみたかった。」 米澤穂信 36歳 全 ○ 19 「既に他の文学賞も受賞している作品ですが、意外に厳しい評が集まり、事実関係の記述のミスも指摘されて、私は大変驚きました。」「私はこのハイレベルな短編の連打に魅せられました。表題作の「満願」には、松本清張の傑作「一年半待て」を思い出しました。」

他の選考委員 浅田次郎 東野圭吾 宮城谷昌光 桐野夏生 北方謙三 高村薫 林真理子 伊集院静

宮城谷昌光69歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題ことばへの敬意　総行数96　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 黒川博行 65歳 全 △ 14 「以前読んだ『国境』とくらべると、小説世界のスケールが縮んだという感は否めないものの、独特なペーソスがあり、それに色づけされた小説内の風景に棄てがたいものがあった。私はこの作家の作品が嫌いではないが、賞となれば、どうであろう。」 伊吹有喜 45歳 全 ◎ 47 「ストーリー優先主義の小説では、風景描写はよけいなもの、小説のながれを阻害するものであるとおもわれがちだが、その考えは小説世界の幅をせばめ、奥ゆきを失わせる、と私はおもっている。（引用者中略）その風景描写が的確におこなわれている」「文章も浸潤性をもっており、その文章が解体されて、ことばに還ったとしても、生色を失わないであろう。」 千早茜 34歳 全 ・ 6 「（引用者注：「私に似た人」「本屋さんのダイアナ」と共に）言及するゆとりをもてなくなった。宥赦してもらいたい。」 貫井徳郎 46歳 全 ・ 6 「（引用者注：「男ともだち」「本屋さんのダイアナ」と共に）言及するゆとりをもてなくなった。宥赦してもらいたい。」 柚木麻子 32歳 全 ・ 5 「（引用者注：「男ともだち」「私に似た人」と共に）言及するゆとりをもてなくなった。宥赦してもらいたい。」 米澤穂信 36歳 全 △ 20 「措辞のありように、努力のあとがうかがえる。良い才能であることに疑う余地もないが、計算が先立ち、小説がきゅうくつになっている。とはいえ、短編小説は観念的になりやすいのに、氏はそれを回避している。」「しかしながら氏の小説は全体的に暗く、理性の明るさが表現としてみえないのが残念である。」   「所詮、小説はことばから発してことばに還るものだ、とおもっている。そのことばの構築の美が文章であるが、ちかごろそういう美しさを感じさせてくれない小説が多い、というのが実感である。」

他の選考委員 浅田次郎 東野圭吾 宮部みゆき 桐野夏生 北方謙三 高村薫 林真理子 伊集院静

桐野夏生62歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数102　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 黒川博行 65歳 全 ○ 16 「黒川博行の書く男たちはよく喋る。（引用者中略）時折、地の文でぴしっと描写してほしい、と思うこともあるのだが、大阪弁の台詞には地の文の表現はあまり合わないのかもしれないと気が付いた。」「こんな技のある作家は他にいない。」 伊吹有喜 45歳 全 ■ 17 「魅力的な始まりと不思議な間に、この小説は面白いのではないか、と胸が高鳴った。しかも、ディテールが、今時のリアルに満ちている。」「が、中盤から家族幻想が、霧のように物語を覆い始めると、たちまちありきたりな話に終わってしまった感がある。」 千早茜 34歳 全 △ 18 「同棲相手、不倫相手、そして肉体関係はないけれども魂が呼応する相手。書き分けながら、肉体関係によって失われるものは何か、と考えている。だが、魂が呼応する相手ハセオだけはリアリティがない。」「自分たち世代の恋愛と性を書こうとする真摯な姿勢に好感が持てる。」 貫井徳郎 46歳 全 ● 15 「「トベ」の弁が幼稚で正論の域を出ないために、読み手も昂奮できない。」「全体が平板な繰り返しに終わっている。そこがネット的でもあるのだが。」 柚木麻子 32歳 全 ■ 12 「コンセプトがはっきりしている作品は、往々にして窮屈で不自由だ。残念ながら、本作もその枠から出ることはできなかったようだ。才能がある人だけに、勿体ない気がする。」 米澤穂信 36歳 全 ■ 24 「最初の「夜警」で立ち止まった。「警官に向いていない」人間とは、「警官として守るべき最後の一線」を超える人間なのだとしたら、警官の資質とは何か、という問いが解かれていない。何となくわかるでしょ、と読者に委ねないで、もっと丁寧に説明すべきではないか。全体的に、この突き詰めが足りないように思えた。そのせいか、ひねりも今ひとつである。」

他の選考委員 浅田次郎 東野圭吾 宮部みゆき 宮城谷昌光 北方謙三 高村薫 林真理子 伊集院静

北方謙三66歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題いまこの作品で　総行数101　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 黒川博行 65歳 全 ◎ 17 「文句がつけようもないほど、スピード感があって面白い。」「普通会話体が多い小説はダレてくるが、この作品では会話体が描写になっていて、そのあたりも独得の技である。私は『国境』のころからこだわっていたので、受賞作となった時、安堵で大きく息を吐いた。」 伊吹有喜 45歳 全 ■ 27 「冗長から逃れるためには、主人公をもっと書きこむべきであった。無彩色の存在感であり、強いものがひとつ欠けている。」「周辺の取材が丁寧で、肝心なものを見落している。そのあたりの、運転手の視界などが、描写の質を決定づける。」 千早茜 34歳 全 ○ 14 「「私」やハセオの、ほかの異性関係は、情事であって恋愛ではない。二人とも、汚れても、決してほんとうには汚れないなにかを、大事に守っているのではないのか。そう読めば、現代に成立し得た、稀な純愛小説である。評価は、丸であった。」 貫井徳郎 46歳 全 ■ 12 「これ以上でもこれ以下でもない作品だった。誠実さは見えるが、小口テロの恐しさが、身に迫って感じられない。」「少々、着地の姿勢が乱れても、どこかで小説的跳躍が欲しいと感じさせた一作だ。」 柚木麻子 32歳 全 ■ 10 「前回の候補作より小説としての姿は整っているが、破壊的に突出するなにかがなく、小さくかたまったという印象が残る。」 米澤穂信 36歳 全 ■ 21 「意匠は感じられても、ひらめきが読む者を刺すところがない。小説がほんとうに描き出すものは、作者の頭の中のプロットを超えたところにある、と私は思う。これを推そうという気持になれなかったのは、識閾にまで手がのびていない、と感じられてならなかったからだ。」

他の選考委員 浅田次郎 東野圭吾 宮部みゆき 宮城谷昌光 桐野夏生 高村薫 林真理子 伊集院静

高村薫61歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題小説のリアリティとは　総行数103　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 黒川博行 65歳 全 ◎ 15 「小説空間の網目の確かさという意味で、ほかの五作に抜きんでており、初めから受賞作は本作という心づもりで選考会に臨んだ。ひと昔前の小説スタイルながら、もはや職人芸の世界であり、エンターテインメントとして過不足がない。」 伊吹有喜 45歳 全 ● 18 「家族の再生の物語というメルヘンだが、メルヘンにもメルヘンのリアリティがあろう。長距離バスの運転手である主人公の、きつい仕事をこなしている身体のリアリティなくしてこのメルヘンは成立しない。」「本作の薄味は、登場人物たちの身体のリアリティの希薄さから来ているのである。」 千早茜 34歳 全 ● 14 「評者はもとより本作を女性の妄想――こんな男がいたらいいのに――の物語として読んだが、妄想を抱く身体のリアリティが、いかにもというステレオタイプに留まっており、登場する男たちに小説的な魅力がない。」 貫井徳郎 46歳 全 ● 12 「登場人物たちの訴える疎外、貧困、差別などの社会的不幸のすべてが記号でしかない。」「リアリティ以前に、社会と人間をいま一度眺めてほしいと思う。」 柚木麻子 32歳 全 ● 15 「軽やかな少女小説仕立てになっているが、小説のリアリティには乏しい。主人公の母親や謎の父親をはじめ、あまり練られていない表現が、稚拙な人物しかつくり得ていないためだろう。」 米澤穂信 36歳 全 ● 17 「六短編は、いずれもトリックのために全体をつくり込む新本格の手法と、描かれている社会的な題材のミスマッチが、端から小説のリアリティを損ねている。」「トリックを駆使する世界の選び方を誤っているのは、この作者も社会と人間を十分に眺めていないのではないだろうか。」   「今回の候補作六本を読みながら、小説のリアリティとは何かと、頻りに考えていた。現実にこんな男や女がいるか、といった意味のリアリティだけではない。表現と表現の対象の織りなす網目が、一つの小説空間をしっかりと屹立させているときに「有る」という、小説のリアリティもそこに含まれる。」

他の選考委員 浅田次郎 東野圭吾 宮部みゆき 宮城谷昌光 桐野夏生 北方謙三 林真理子 伊集院静

林真理子60歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題ベテランの老獪さ　総行数97　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 黒川博行 65歳 全 ○ 30 「この方の力量は、プロの作家ならすぐにわかる。ヤクザの抗争の話であるが、スピーディな展開でいっきに読ませる。登場人物のキャラクターと会話のいきいきとして魅力的なことといったらどうだろう。」「「面白いことは面白いが、文学、ということでいったらどうなのだろう」という意見も論議されたが、やはりこのテクニックと人の描き方のうまさは、直木賞にふさわしいものと思われる。」 伊吹有喜 45歳 全 ● 14 「古風さが目立つ。まるでひと昔前の映画を見ているようだ。」「ラストの話になるが、このように結ばれる恋人をいったんは傷つけ、まわり道する理由もよくわからない。よって最後のカタルシスが読者は得られないのだ。」 千早茜 34歳 全 ● 17 「頭で書いた印象がぬぐえない。」「この男友だちのくだらなさにまるで共感出来ない。若い女の子と適当に遊ぶ医者は、イヤらしいリアリティに溢れているのに、肝心の男友だちはつまらない絵空ごとのようなのである。」 貫井徳郎 46歳 全 ● 7 「人間の優しさと義務を問う連作短篇なら、このラストはないだろう。「甘い」と思わずつぶやいてしまった。」 柚木麻子 32歳 全 ■ 18 「二人の少女が成長し、別々の場所で闘おうとしている。「赤毛のアン」や本に対するオマージュも好感が持てる。それなのにやはり積極的に推そうと思わないのは、根本にある著者の幼なさのせいだ。人生に対する真摯さがもっと描かれていないと、小説はひよわになってしまう。」 米澤穂信 36歳 全 ● 7 「話題作で期待して読んだのだが、ミステリーの理知と、ホラーの抒情とがごっちゃになり、なかなか小説の世界に入っていけない」

他の選考委員 浅田次郎 東野圭吾 宮部みゆき 宮城谷昌光 桐野夏生 北方謙三 高村薫 伊集院静

伊集院静64歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題最上級のペーソス　総行数109　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 黒川博行 65歳 全 ◎ 29 「この作者が永い歳月をかけて見てきた社会（世間、浪花の浮き世と言った方がいいが）の哀切が見事に描き出されていた。」「この作品を裏社会の世界の特殊な物語とくくるのは間違っている。現実はもっと辛酸に満ち、哀しいものだ。哀しいものを面白く、愚かなことを懸命に、という一級のペーソスを書いてきた作家のようやくの受賞である。」 伊吹有喜 45歳 全 ■ 10 「古風な小説の作りにこの作者の小説家としての気骨を感じるという意見を聞き、この作品が持つ静かな魅力が理解できた。そうであっても受賞にいたる力量には届いていないというのが結論だ。」 千早茜 34歳 全 □ 12 「新しい小説に挑戦する作者の意欲を感じた。登場人物が都合良過ぎるのではという他選考委員の声があったが、私はそれは作者の意図の中にあるのではと捉えた。」 貫井徳郎 46歳 全 ● 4 「問題作と聞いたが何が問題作なのか最後までわからなかった。」 柚木麻子 32歳 全 ■ 7 「前回の作品も感じたのだが、もう少し物語に開放感があってもいいのではと思った。」 米澤穂信 36歳 全 ● 7 「コレラ菌の問題や証拠品のとらえ方に問題があると他選考委員から説明を受けた。それ以上に私にはこの小説の良さがわからなかった。」   「小説が、文学が危機の時代とこの頃耳にするが、文学が安泰などという時代はこれまで一度だってあったことはない。いつの時代も文学は危機を孕んでいたし、今も同じである。」「昨今の新しい創作者の作品で首をかしげることがある。それは登場人物がいかなる人間かの基準を、幼少期、思春期の、それも通っていた学校、学園での優劣で平然と決定していたり、若者にとってのすべての問題がさも学校での過ごし方にあるかのように描かれている点である。」

他の選考委員 浅田次郎 東野圭吾 宮部みゆき 宮城谷昌光 桐野夏生 北方謙三 高村薫 林真理子

黒川博行65歳×各選考委員　 『破門』 長篇 980枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 62歳 全 ◎ 27 「むろん既存のメソッドには当てはまらない作品だが、その点では前回の受賞作である姫野カオルコ氏の「昭和の犬」と同じ印象を抱いた。つまり、欠点をあえて挙げればきりがないが、それを欠点とする合理的な理由が見当たらない。だとすると、ユニークな作品というほかはないのである。」「細密なディテールの集積は、まったく映像の表現しきれぬ、小説ならではの世界である。」「強く推した。」 東野圭吾 56歳 全 ◎ 28 「○をつけた。申し訳ないが、一位と二位の差が大きく、ほかに推したい作品はなかった。」「事件は単純だが、取り巻く人間たちの関係が複雑で、通常の人間社会の常識が通用しない異世界を見事に描いている。会話の練り方も半端ではない。」「作者にしか描けない独自の世界で、それを貫くことで勝ち取った受賞だと思う。」 宮部みゆき 53歳 全 ○ 22 「実は私は裏社会ものが苦手なので、『破門』をきちんと評するために必要な読書経験が足りず、選考会では各委員の評を聞かせていただくばかりでした。でもその結果、私がこの小説を楽しく味わい、テンポのいい会話にころころ笑ったのは当然のことだったのだとわかって安堵しました。」 宮城谷昌光 69歳 全 △ 14 「以前読んだ『国境』とくらべると、小説世界のスケールが縮んだという感は否めないものの、独特なペーソスがあり、それに色づけされた小説内の風景に棄てがたいものがあった。私はこの作家の作品が嫌いではないが、賞となれば、どうであろう。」 桐野夏生 62歳 全 ○ 16 「黒川博行の書く男たちはよく喋る。（引用者中略）時折、地の文でぴしっと描写してほしい、と思うこともあるのだが、大阪弁の台詞には地の文の表現はあまり合わないのかもしれないと気が付いた。」「こんな技のある作家は他にいない。」 北方謙三 66歳 全 ◎ 17 「文句がつけようもないほど、スピード感があって面白い。」「普通会話体が多い小説はダレてくるが、この作品では会話体が描写になっていて、そのあたりも独得の技である。私は『国境』のころからこだわっていたので、受賞作となった時、安堵で大きく息を吐いた。」 高村薫 61歳 全 ◎ 15 「小説空間の網目の確かさという意味で、ほかの五作に抜きんでており、初めから受賞作は本作という心づもりで選考会に臨んだ。ひと昔前の小説スタイルながら、もはや職人芸の世界であり、エンターテインメントとして過不足がない。」 林真理子 60歳 全 ○ 30 「この方の力量は、プロの作家ならすぐにわかる。ヤクザの抗争の話であるが、スピーディな展開でいっきに読ませる。登場人物のキャラクターと会話のいきいきとして魅力的なことといったらどうだろう。」「「面白いことは面白いが、文学、ということでいったらどうなのだろう」という意見も論議されたが、やはりこのテクニックと人の描き方のうまさは、直木賞にふさわしいものと思われる。」 伊集院静 64歳 全 ◎ 29 「この作者が永い歳月をかけて見てきた社会（世間、浪花の浮き世と言った方がいいが）の哀切が見事に描き出されていた。」「この作品を裏社会の世界の特殊な物語とくくるのは間違っている。現実はもっと辛酸に満ち、哀しいものだ。哀しいものを面白く、愚かなことを懸命に、という一級のペーソスを書いてきた作家のようやくの受賞である。」

他の候補作 伊吹有喜 『ミッドナイト・バス』 千早茜 『男ともだち』 貫井徳郎 『私に似た人』 柚木麻子 『本屋さんのダイアナ』 米澤穂信 『満願』

伊吹有喜45歳×各選考委員　 『ミッドナイト・バス』 長篇 819枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 62歳 全 ■ 17 「いい小説の基礎条件をすべて満たした佳品であった。ただし、あくまで基礎条件であって、満ち足りて咲かずの感がある。登場人物の心理は読みごたえがあるのだが、彼らの苦悩はどれも過去の出来事に起因しており、それを一元的に現在に押しこめてしまったがゆえに、せっかくのストーリーが平坦になった。」 東野圭吾 56歳 全 ● 10 「小説で扱う心の傷が小さくてはいけないというルールはない。どんなに小さな傷でも、その人にとって重要な場合もあるからだ。だが今回描かれたものは、どうしてもそんなふうには思えなかった。」 宮部みゆき 53歳 全 ■ 32 「（引用者注：「男ともだち」「本屋さんのダイアナ」と共に）もっとびっくりさせてほしかったと願うのは、作品世界を壊してしまうリスクをとれと要求することであり、そんな冒険は読者にも歓迎されないかもしれません。でも、私は読んでみたかった。」「〈断ち切れない過去〉というテーマから必然的に回想の多い構成になるところに、さらに現在パートにも「○日前」「一週間前のことだ」などの短期の回想が入り込み、読んでいてときどき混乱してしまうことが気になりました。」 宮城谷昌光 69歳 全 ◎ 47 「ストーリー優先主義の小説では、風景描写はよけいなもの、小説のながれを阻害するものであるとおもわれがちだが、その考えは小説世界の幅をせばめ、奥ゆきを失わせる、と私はおもっている。（引用者中略）その風景描写が的確におこなわれている」「文章も浸潤性をもっており、その文章が解体されて、ことばに還ったとしても、生色を失わないであろう。」 桐野夏生 62歳 全 ■ 17 「魅力的な始まりと不思議な間に、この小説は面白いのではないか、と胸が高鳴った。しかも、ディテールが、今時のリアルに満ちている。」「が、中盤から家族幻想が、霧のように物語を覆い始めると、たちまちありきたりな話に終わってしまった感がある。」 北方謙三 66歳 全 ■ 27 「冗長から逃れるためには、主人公をもっと書きこむべきであった。無彩色の存在感であり、強いものがひとつ欠けている。」「周辺の取材が丁寧で、肝心なものを見落している。そのあたりの、運転手の視界などが、描写の質を決定づける。」 高村薫 61歳 全 ● 18 「家族の再生の物語というメルヘンだが、メルヘンにもメルヘンのリアリティがあろう。長距離バスの運転手である主人公の、きつい仕事をこなしている身体のリアリティなくしてこのメルヘンは成立しない。」「本作の薄味は、登場人物たちの身体のリアリティの希薄さから来ているのである。」 林真理子 60歳 全 ● 14 「古風さが目立つ。まるでひと昔前の映画を見ているようだ。」「ラストの話になるが、このように結ばれる恋人をいったんは傷つけ、まわり道する理由もよくわからない。よって最後のカタルシスが読者は得られないのだ。」 伊集院静 64歳 全 ■ 10 「古風な小説の作りにこの作者の小説家としての気骨を感じるという意見を聞き、この作品が持つ静かな魅力が理解できた。そうであっても受賞にいたる力量には届いていないというのが結論だ。」

他の候補作 黒川博行 『破門』 千早茜 『男ともだち』 貫井徳郎 『私に似た人』 柚木麻子 『本屋さんのダイアナ』 米澤穂信 『満願』

千早茜34歳×各選考委員　 『男ともだち』 長篇 460枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 62歳 全 △ 14 「一人称で人間関係を描くことは難しいのだが、視点を変えずに三人の男性との関係を書き切ったのは、力のある証拠であろう。しかし、この作品でよかろうと思いつつ、どうしても最終章のまとめ方に納得がゆかなかった。」 東野圭吾 56歳 全 △ 16 「まず、この題名で小説を書こうとした度胸に拍手を送りたい。ただしハセオという人物には、やや魅力が足りなかったように思う。」「作者は自分なりに、懸命に考察を続けたのだと思う。とうとう答えを出せずに幕を閉じた印象だが、この挑戦には意味がある。」 宮部みゆき 53歳 全 ■ 21 「（引用者注：「ミッドナイト・バス」「本屋さんのダイアナ」と共に）もっとびっくりさせてほしかったと願うのは、作品世界を壊してしまうリスクをとれと要求することであり、そんな冒険は読者にも歓迎されないかもしれません。でも、私は読んでみたかった。」 宮城谷昌光 69歳 全 ・ 6 「（引用者注：「私に似た人」「本屋さんのダイアナ」と共に）言及するゆとりをもてなくなった。宥赦してもらいたい。」 桐野夏生 62歳 全 △ 18 「同棲相手、不倫相手、そして肉体関係はないけれども魂が呼応する相手。書き分けながら、肉体関係によって失われるものは何か、と考えている。だが、魂が呼応する相手ハセオだけはリアリティがない。」「自分たち世代の恋愛と性を書こうとする真摯な姿勢に好感が持てる。」 北方謙三 66歳 全 ○ 14 「「私」やハセオの、ほかの異性関係は、情事であって恋愛ではない。二人とも、汚れても、決してほんとうには汚れないなにかを、大事に守っているのではないのか。そう読めば、現代に成立し得た、稀な純愛小説である。評価は、丸であった。」 高村薫 61歳 全 ● 14 「評者はもとより本作を女性の妄想――こんな男がいたらいいのに――の物語として読んだが、妄想を抱く身体のリアリティが、いかにもというステレオタイプに留まっており、登場する男たちに小説的な魅力がない。」 林真理子 60歳 全 ● 17 「頭で書いた印象がぬぐえない。」「この男友だちのくだらなさにまるで共感出来ない。若い女の子と適当に遊ぶ医者は、イヤらしいリアリティに溢れているのに、肝心の男友だちはつまらない絵空ごとのようなのである。」 伊集院静 64歳 全 □ 12 「新しい小説に挑戦する作者の意欲を感じた。登場人物が都合良過ぎるのではという他選考委員の声があったが、私はそれは作者の意図の中にあるのではと捉えた。」

他の候補作 黒川博行 『破門』 伊吹有喜 『ミッドナイト・バス』 貫井徳郎 『私に似た人』 柚木麻子 『本屋さんのダイアナ』 米澤穂信 『満願』

貫井徳郎46歳×各選考委員　 『私に似た人』 連作長篇 744枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 62歳 全 ● 11 「大団円の一章はさすがにベテランを感じさせるまとめ方だが、どうにも作者が自身の資質とちがう方向に努力を重ねているような気がしてならなかった。」 東野圭吾 56歳 全 ■ 20 「ネット上のやりとりだけで人を洗脳する――ここで読者を引き込めるかどうかだが、少し弱いように思う。トベの名を律儀に襲名することを含め、全員が全員、正義感のみで動いているのはやや不自然だ。」「最終章を読んで、なるほどこの仕掛けをやりたかったのかと合点したが、少し話が長大すぎたようだ。」 宮部みゆき 53歳 全 ■ 25 「展開されている〈テロリズム観〉にはうなずくことができませんでした。」「平らかに成就されない自我こそがテロリズムの種なのですから、それらの自我が生む〈トベ〉は、煽動者が差し出す〈トベ〉とはいちいち異なるはずなのです。匿名性はテロリズムの鎧であって、本質ではない。だからこそ、実体あるテロリストは匿名性の大海であるネット社会を利用こそすれ、そこから生まれることはないのだと、私は思うのです。」 宮城谷昌光 69歳 全 ・ 6 「（引用者注：「男ともだち」「本屋さんのダイアナ」と共に）言及するゆとりをもてなくなった。宥赦してもらいたい。」 桐野夏生 62歳 全 ● 15 「「トベ」の弁が幼稚で正論の域を出ないために、読み手も昂奮できない。」「全体が平板な繰り返しに終わっている。そこがネット的でもあるのだが。」 北方謙三 66歳 全 ■ 12 「これ以上でもこれ以下でもない作品だった。誠実さは見えるが、小口テロの恐しさが、身に迫って感じられない。」「少々、着地の姿勢が乱れても、どこかで小説的跳躍が欲しいと感じさせた一作だ。」 高村薫 61歳 全 ● 12 「登場人物たちの訴える疎外、貧困、差別などの社会的不幸のすべてが記号でしかない。」「リアリティ以前に、社会と人間をいま一度眺めてほしいと思う。」 林真理子 60歳 全 ● 7 「人間の優しさと義務を問う連作短篇なら、このラストはないだろう。「甘い」と思わずつぶやいてしまった。」 伊集院静 64歳 全 ● 4 「問題作と聞いたが何が問題作なのか最後までわからなかった。」

他の候補作 黒川博行 『破門』 伊吹有喜 『ミッドナイト・バス』 千早茜 『男ともだち』 柚木麻子 『本屋さんのダイアナ』 米澤穂信 『満願』

柚木麻子32歳×各選考委員　 『本屋さんのダイアナ』 長篇 509枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 62歳 全 ■ 19 「二人の少女の生活環境に、すこぶる類型的な設定をしたため、作家の想像力がかえって働かなくなってしまった。また、子供から大人になるまで、彼女らに精神的な成長が感じられないというのは、リアルな現実かもしれないが、小説の世界ではひとつの約束事として、登場人物は何らかの変容をしなければ読者は納得しない。」 東野圭吾 56歳 全 ● 12 「読んで共感できる女性は多いのではないか。だがもしもっと読者の幅を広げたいなら、視点人物の内面だけでなく、年齢や性別の違う脇役たちの心理をもっと深く想像するべきだと感じた。」 宮部みゆき 53歳 全 ■ 21 「（引用者注：「ミッドナイト・バス」「男ともだち」と共に）もっとびっくりさせてほしかったと願うのは、作品世界を壊してしまうリスクをとれと要求することであり、そんな冒険は読者にも歓迎されないかもしれません。でも、私は読んでみたかった。」 宮城谷昌光 69歳 全 ・ 5 「（引用者注：「男ともだち」「私に似た人」と共に）言及するゆとりをもてなくなった。宥赦してもらいたい。」 桐野夏生 62歳 全 ■ 12 「コンセプトがはっきりしている作品は、往々にして窮屈で不自由だ。残念ながら、本作もその枠から出ることはできなかったようだ。才能がある人だけに、勿体ない気がする。」 北方謙三 66歳 全 ■ 10 「前回の候補作より小説としての姿は整っているが、破壊的に突出するなにかがなく、小さくかたまったという印象が残る。」 高村薫 61歳 全 ● 15 「軽やかな少女小説仕立てになっているが、小説のリアリティには乏しい。主人公の母親や謎の父親をはじめ、あまり練られていない表現が、稚拙な人物しかつくり得ていないためだろう。」 林真理子 60歳 全 ■ 18 「二人の少女が成長し、別々の場所で闘おうとしている。「赤毛のアン」や本に対するオマージュも好感が持てる。それなのにやはり積極的に推そうと思わないのは、根本にある著者の幼なさのせいだ。人生に対する真摯さがもっと描かれていないと、小説はひよわになってしまう。」 伊集院静 64歳 全 ■ 7 「前回の作品も感じたのだが、もう少し物語に開放感があってもいいのではと思った。」

他の候補作 黒川博行 『破門』 伊吹有喜 『ミッドナイト・バス』 千早茜 『男ともだち』 貫井徳郎 『私に似た人』 米澤穂信 『満願』

米澤穂信36歳×各選考委員　 『満願』 短篇集6篇 579枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 62歳 全 △ 14 「ストーリーテリングの才覚は疑いようもなく、文章も無駄なく整っていて、ほっぽらかしておいてもたくましく育つことうけあいである。本作の何がどれほど劣っているわけではない。ただ、稀有の資質を具えた作家が、同一作品で文学賞を連覇することはさほど幸福な結果とは思えぬ。」 東野圭吾 56歳 全 ■ 30 「筆力には感心した。だが今回の作品集には、残念ながら矛盾や不自然な点がいくつかあった。最も致命的なのは『万灯』で、コレラについて完全に間違えている。コレラの主症状は下痢で、菌は便からしか出ず、しかも経口感染。通常、人から人へは感染せず、この小説のケースでも感染はありえない。」「もう一つ、『満願』の妻には借金の返済義務はない。（引用者中略）殺人の動機も成立しない。」 宮部みゆき 53歳 全 ○ 19 「既に他の文学賞も受賞している作品ですが、意外に厳しい評が集まり、事実関係の記述のミスも指摘されて、私は大変驚きました。」「私はこのハイレベルな短編の連打に魅せられました。表題作の「満願」には、松本清張の傑作「一年半待て」を思い出しました。」 宮城谷昌光 69歳 全 △ 20 「措辞のありように、努力のあとがうかがえる。良い才能であることに疑う余地もないが、計算が先立ち、小説がきゅうくつになっている。とはいえ、短編小説は観念的になりやすいのに、氏はそれを回避している。」「しかしながら氏の小説は全体的に暗く、理性の明るさが表現としてみえないのが残念である。」 桐野夏生 62歳 全 ■ 24 「最初の「夜警」で立ち止まった。「警官に向いていない」人間とは、「警官として守るべき最後の一線」を超える人間なのだとしたら、警官の資質とは何か、という問いが解かれていない。何となくわかるでしょ、と読者に委ねないで、もっと丁寧に説明すべきではないか。全体的に、この突き詰めが足りないように思えた。そのせいか、ひねりも今ひとつである。」 北方謙三 66歳 全 ■ 21 「意匠は感じられても、ひらめきが読む者を刺すところがない。小説がほんとうに描き出すものは、作者の頭の中のプロットを超えたところにある、と私は思う。これを推そうという気持になれなかったのは、識閾にまで手がのびていない、と感じられてならなかったからだ。」 高村薫 61歳 全 ● 17 「六短編は、いずれもトリックのために全体をつくり込む新本格の手法と、描かれている社会的な題材のミスマッチが、端から小説のリアリティを損ねている。」「トリックを駆使する世界の選び方を誤っているのは、この作者も社会と人間を十分に眺めていないのではないだろうか。」 林真理子 60歳 全 ● 7 「話題作で期待して読んだのだが、ミステリーの理知と、ホラーの抒情とがごっちゃになり、なかなか小説の世界に入っていけない」 伊集院静 64歳 全 ● 7 「コレラ菌の問題や証拠品のとらえ方に問題があると他選考委員から説明を受けた。それ以上に私にはこの小説の良さがわからなかった。」

他の候補作 黒川博行 『破門』 伊吹有喜 『ミッドナイト・バス』 千早茜 『男ともだち』 貫井徳郎 『私に似た人』 柚木麻子 『本屋さんのダイアナ』