第158回

第157回第159回

平成29年/2017年下半期 平成30年/2018年1月16日決定発表／『オール讀物』平成30年/2018年3月号選評掲載

選考委員　 桐野夏生 66歳 北方謙三 70歳 林真理子 63歳 東野圭吾 59歳 伊集院静 67歳 宮部みゆき 57歳 浅田次郎 66歳 高村薫 64歳 宮城谷昌光 72歳 選評総行数　 104 101 95 112 132 110 90 103 94 評 評 評 評 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 門井慶喜　『銀河鉄道の父』 788枚 46歳 評 ○ 31 ◎ 19 ◎ 45 ■ 26 ◎ 51 ○ 14 ○ 18 ○ 17 ■ 16 彩瀬まる　『くちなし』 294枚 31歳 評 ■ 18 ■ 15 ■ 9 ◎ 26 ■ 13 ■ 15 ● 11 △ 14 ■ 11 伊吹有喜　『彼方の友へ』 765枚 48歳 評 △ 20 ■ 19 ■ 13 ■ 19 ― 0 ■ 23 ■ 13 ● 15 ■ 19 澤田瞳子　『火定』 618枚 40歳 評 ■ 21 △ 24 ■ 12 □ 23 ■ 15 ○ 31 ● 16 ● 24 ■ 20 藤崎彩織　『ふたご』 429枚 31歳 評 ■ 14 ■ 19 ● 17 ■ 18 △ 31 ■ 27 ● 20 ● 11 △ 28                   年齢/枚数の説明   見方・注意点

桐野夏生66歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数104　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 門井慶喜 46歳 全 ○ 31 「（引用者注：息子の賢治を）信じつつも失望させられ、裏切られても愛することをやめられない。どうしようもない父親の姿が、ほどよい距離感をもって淡々と描かれている。その筆致は心地よく強い。」「優れた父性小説であると同時に、賢治の創作の苦しみも伝わる、感動的な作品となった。」 彩瀬まる 31歳 全 ■ 18 「文章の端々に才能の煌めきを感じるものの、今回は短編集の弱みが出てしまったように思われる。似通った話が目に付くことによって、気になるところが露わになった。」「官能性を排除しているようでいて、実は、自分の中にある強い衝動や欲望と呼ばれるものに、きちんと向き合っていないように感じられる」 伊吹有喜 48歳 全 △ 20 「戦前も今も、決してメインカルチャーにはなり得ない少女雑誌の運命を描くことによって、はからずも雑誌というメディアの果たす役割をも描くことになった。しかし、父親や謎の下宿人、有賀の運命など、回収されなかったエピソードが気になる。」 澤田瞳子 40歳 全 ■ 21 「近代的な価値観を持った人間が、当時（引用者注：八世紀頃）の衣を着て動き回っているような違和感があった。」「作者は、この時代と、作者の考える人間の普遍性について、もう少し説明すべきではないだろうか。」 藤崎彩織 31歳 全 ■ 14 「好きな相手に、「自分たちは、恋人でもなく、友達でもなく、『ふたご』である」と規定された主人公（引用者中略）この依存関係をもっと突き詰めたら面白くなったかもしれない。しかし、バンドの成功話によって、曖昧になってしまった。」

他の選考委員 北方謙三 林真理子 東野圭吾 伊集院静 宮部みゆき 浅田次郎 高村薫 宮城谷昌光

北方謙三70歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題父ありて　総行数101　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 門井慶喜 46歳 全 ◎ 19 「確実な力を感じた。宮沢賢治は、手強い題材であっただろう。父の視点から描くことによって、賢治像だけでなく、母親や弟妹の姿まで、くっきりと浮かびあがってきた。」「小説として、世界の拡がりを持った。それは普遍を獲得している、ということであろう。私は、この作品に丸をつけた。」 彩瀬まる 31歳 全 ■ 15 「描写力を感じた。シンボリックなものを書く上で、それは重要な要素であろう。ひとつ言えば、なぜこういう書き方をしたのか、書かざるを得なかったのか、理解できて肚に落ちてくるものがなかった。」 伊吹有喜 48歳 全 ■ 19 「描写が厚塗りではないだろうか。畳みかけてくる描写が、行間を潰していくのだ。」「ノスタルジックなものに収斂されていくさまは、これはこれで仕方があるまいと思えるが、小説的に見ると予定調和であった。」 澤田瞳子 40歳 全 △ 24 「扱われている題材そのものに、現実の力があった。題材に負けまいと、懸命に闘っている姿も、よく見えてくる。」「全体にはメリハリが欠け、やりきれない気分が積み重なってくる。」「私は、この世界に馴染めなかった、と言っていいであろう。」 藤崎彩織 31歳 全 ■ 19 「小説的なフィルターを通さないまま書き綴ったというところが感じられ、それが前半の稚拙さを際立たせてしまった。ただ作中で、登場人物たちは少しずつ成長を遂げ、それを描く作者も成長しているという、不思議な感慨を持った。」   「五本の候補作は、どれも傾向が違い、それぞれに緊密で、読んでいて刺激的であった。こんな時の選考委員は、幸福である。」

他の選考委員 桐野夏生 林真理子 東野圭吾 伊集院静 宮部みゆき 浅田次郎 高村薫 宮城谷昌光

林真理子63歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題門井さんのなめらかさ　総行数95　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 門井慶喜 46歳 全 ◎ 45 「東北の素朴で平凡な父親像が、これほど心をうつとは。」「賢治の変人ぶりをあますところなく描き、そして父親のとまどいをどことなくユーモラスな筆致で描いた。」「こうした昔のものを書く時に、年表をなぞったような小説になる人は案外多いものだ。が、門井さんの場合は歴史的ことがらが実になめらかに文章になっている。」「ほぼ満場一致の受賞、」 彩瀬まる 31歳 全 ■ 9 「こういう幻想小説は、文章がうまくないと白けるものであるが、突然の変身もすんなり心に入ってくる。しかしこれが直木賞かと言われると困惑してしまう。」 伊吹有喜 48歳 全 ■ 13 「戦前の雑誌社を描いたこの小説は、テーマ選びが成功している。もうじき戦争が始まり、自由と命が奪われるのが予想されるからだ。その分つい評価が甘くなりがちなのであるが、視点を変えることで全体がぎくしゃくし、大人の思惑が意地悪く映る。」 澤田瞳子 40歳 全 ■ 12 「天平の時代、天然痘の大流行というテーマは大きく重たいが、飽きることなく最後まで読ませる。しかしインチキ宗教者と、それに呼応する人々の描き方が近作の「腐れ梅」とよく似ているのが残念だ。」 藤崎彩織 31歳 全 ● 17 「とまどった。ところどころみずみずしい感性は見られたものの、まだ小説には昇華していない。」

他の選考委員 桐野夏生 北方謙三 東野圭吾 伊集院静 宮部みゆき 浅田次郎 高村薫 宮城谷昌光

東野圭吾59歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数112　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 門井慶喜 46歳 全 ■ 26 「主人公は自分で描く理想の父になろうと懸命で、うまくいかない時には焦り、うまくいっている時には褒めてもらいたがったりする。その俗物な描き方が面白かった。」「この作家はミステリ出身でありながら、視点に対するこだわりが全くないのだが、それも独特の味になっている。受賞は予想通りだが、○にしなかったのは、オリジナリティがどこにあるのか、私にはわからなかったからだ。」 彩瀬まる 31歳 全 ◎ 26 「すべての候補作を読み終えて振り返った時、最も印象に残っているのが本作だった。」「誰しもが持っている説明不能な心の揺らぎや人間の不条理さを、奇想をこらすことで描き出す筆力は、たぶんイミテーション・ゴールドではない。発展途上だし、おそらく他の委員の同意は得られないだろうと思いつつ、今回はこの作品を推すことにした。」 伊吹有喜 48歳 全 ■ 19 「完全に朝の連続テレビ小説の世界。十分に楽しめたが、どこに作者の力量や才能が反映されているのかという視点で眺めた時、考え込んでしまった。登場人物たちの個性にも、描かれる出来事にも既視感がある。」 澤田瞳子 40歳 全 □ 23 「状況は深刻かつ壮絶に描かれているのだが、登場人物たちの行動や心情に共感しにくい。」「情景を思い浮かべにくい部分が時折ある。暴動が起きる経緯も安易な印象。とはいえ、私は二番目の△とした。傷が目立つのは、創作しているからだと思う。」 藤崎彩織 31歳 全 ■ 18 「若者たちの心をスマホから引き戻せるとしたら、もしかしたらこういう小説なのかなと思った。しかしそれは単なる褒め言葉ではなく、わかりやすくて低刺激であることを指摘した苦言でもある。いずれにせよ、自伝的作品かつデビュー作となれば、これ一作で作者の才能を推し量るのは無謀というものであろう。」

他の選考委員 桐野夏生 北方謙三 林真理子 伊集院静 宮部みゆき 浅田次郎 高村薫 宮城谷昌光

伊集院静67歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題父と子、うららかさ。　総行数132　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 門井慶喜 46歳 全 ◎ 51 「一回目の選考から、文句無しの各選考委員の支持を受けました。私もその中の一人ですが、私が何よりこころ打たれたのは、最終章に近い一節で、母のイチの話として語られる宮沢賢治が息を引き取る箇所です。」「私が門井さんに感心したのは、勿論、父に対する息子の気遣いもありますが、うららかな（原文傍点）口調と、敢えて臨終の人間に感情、情緒の表現を入れたことです。」 彩瀬まる 31歳 全 ■ 13 「“茄子とゴーヤ”“薄布”の二作が大変に佳い作品でした。」「（引用者注：二作以外の）他作品が作家の意図と、小説の情緒があまりに乖離していて、作者の本当に描きたかったものが何なのかが見えませんでした。」 伊吹有喜 48歳 全 ― 0   澤田瞳子 40歳 全 ■ 15 「構成、語り口、文章もすぐれていて感心しました。」「天平の日本人がこれほど闊達で雄弁であったか、この時代の死生観を含めて疑問を抱きました。」 藤崎彩織 31歳 全 △ 31 「数ページ読んだ時、あっ、もしかして私が待っていたものを、この人は背中に背負って、若いいっときを生きてくれていたのでは、と胸がときめいた。」「正直、その時、私は作者が世間で名が知れた音楽のお嬢さんとは知らなかった。」「ただ読み進めて行くうちに、おや、どうしたのか、という状況があらわれた。」「この人はまだ、文学、小説がこんなに素晴らしいものだと、彼女がピアノを習得する上で感じた先達の名曲、すなわち名作と対面していないのではと思った。」   「読者は、いつもワクワクし、この本に出逢えて本当に良かった、という作品をこころ待ちにしている。それは私たち作家も同じである。こんな世界に目をむけていた人がいたのか、なんと素敵な作家なんだ、あっ、そうか、こんなふうに世界を見る目があったのか、と感心、感動できる作品と出逢うことは読者と同様に読書の至福である。」

他の選考委員 桐野夏生 北方謙三 林真理子 東野圭吾 宮部みゆき 浅田次郎 高村薫 宮城谷昌光

宮部みゆき57歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題歴史小説の難しさ　総行数110　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 門井慶喜 46歳 全 ○ 14 「宮沢賢治がどこまでもお父さんを愛する息子だったことを、自分がそのように愛されていると気づかないほど深く息子を愛している当のお父さんの視点から、奇をてらわず抑制を効かせ、平易で明快な言葉で、そこに日向を置くように暖かく穏やかに綴った作品」「受賞はほぼ満場一致で決まりました。」 彩瀬まる 31歳 全 ■ 15 「〈ファントムとエロス〉という面白い組み合わせをテーマにした短編集です。」「私はやっぱりそこにもう一つ〈ストーリー〉が加わらないと読めないヒトでして、正直この作品の世界についていけませんでした。」 伊吹有喜 48歳 全 ■ 23 「何も難がない作品なのですが、なぜかしら（なんて言うのは当事者の選考委員として無責任なのですが）得点が集まりませんでした。」「このまま即ＮＨＫの朝ドラになりそうな仕上がりが、他の作品と競い合うためにはお行儀が良すぎた――それくらいしか失点が見当たりません。でもこれが意外と大きな要素だということが、文学賞のおっかないところなんです。」 澤田瞳子 40歳 全 ○ 31 「私は（引用者注：「銀河鉄道の父」と友に）『火定』も推しました。」「私は『火定』がそうしているように、基本的には現代人の読者が理解しやすいように書いていいと思うのですが、タイトルの由来であり、この作品のテーマを象徴する〈火定入滅〉の思想は大乗仏教のもので、この時代にはまだふさわしくないのではないかという（引用者注：他の委員からの）指摘には「う～ん」と唸ってしまいました。」 藤崎彩織 31歳 全 ■ 27 「文章の随所に光るものがあるのは、他分野の書き手だからこそ「ツールとしての文章」にこだわったからだと思います。」「周囲の期待に慌てずに、じっくりと次の作品を書いていただけたらと思います。」

他の選考委員 桐野夏生 北方謙三 林真理子 東野圭吾 伊集院静 浅田次郎 高村薫 宮城谷昌光

浅田次郎66歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題書くことの楽しみ　総行数90　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 門井慶喜 46歳 全 ○ 18 「宮沢賢治は存在そのものがエモーショナルなので、実は小説の素材に適さない。（引用者中略）まずそのあたりを十分承知のうえ父親の視点を通して賢治を描いた。妙案と言えるこの基本構造が、悲劇を過剰にせずよく制御して、文学的感動を喚起することに成功した。」 彩瀬まる 31歳 全 ● 11 「ずいぶん古典的な小説だなと思いつつ読んだ。百年前のシュルリアリスムである。作者の意図するところは不明だが、どのような理由があれ過去の名作との相似は許されまい。」 伊吹有喜 48歳 全 ■ 13 「自分が少女に変身して読んだのだが、するとたいそう面白かった。しかしながら我に返って考えれば、多くの未解決部分を大団円で強制収束させた感があり、会話文の多用とも相俟って、文学的な読後感は欠いていた。」 澤田瞳子 40歳 全 ● 16 「書くことに苦しんでしまったようである。むろん題材が題材であるだけに、楽しい話になりようはないが、それでも小説という形にするためには、まず作者が楽しまねばなるまい。」 藤崎彩織 31歳 全 ● 20 「「才能のありそうなダメ男」は、ものすごくモテるのである。しかしどうやら作者はそうした当たり前の関係を、何か特別な恋愛の形だと思いこんでいるらしく、大人の読者はみなそのことに気付いたとたん投げ出したくなったであろう。」「少くともそれくらいの大人の小説に候補作を絞るというのは、文学賞の見識ではあるまいか。」   「総じて今回の作品は、素材にかかわらず書くことの欣びと書くことの苦しみが、それぞれ顕著に現れていたように思う。そして欣びが苦しみを最も大きく凌駕した作品が受賞に至った。才能も努力もさることながら、小説家にはあんがいパーソナリティーやメンタリティーが要求されるのである。」

他の選考委員 桐野夏生 北方謙三 林真理子 東野圭吾 伊集院静 宮部みゆき 高村薫 宮城谷昌光

高村薫64歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数103　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 門井慶喜 46歳 全 ○ 17 「小説の引き算を教えてくれる手練れの作品である。」「作者が本作で目指したのは宮沢賢治の文学的昇華ではなく、このまますぐに舞台に載せられるような父子の物語である。まさに門井流の、この適度な軽さもまた、小説の奥深い秘密だろう。」 彩瀬まる 31歳 全 △ 14 「小説が小説になる秘密があることを知っている書き手の作品だと思うが、作者が好んで使う奇想は、その秘密への技法的アプローチの可能性を狭め、広がりや深化を妨げて作品の行き止まり感につながっている。」 伊吹有喜 48歳 全 ● 15 「治安維持法下の出版界という時代背景をほとんど咀嚼できていない。作者がそこをプロットとキャラクターで押し切れると考え、実際押し切ってみた結果がこの少女小説だろう。」 澤田瞳子 40歳 全 ● 24 「千三百年前を小説の舞台にすることの基本的な難しさの認識が欠けているのが大問題である。それゆえにこの作者も、題材の理解の不備をプロットとキャラクターと文章力で押し切っているのだが、そうした力技は、小説が小説になる秘密とは相容れない。小説の破れ目は、破れ目として巧みに活かすか、細心の手つきで繕うべきものであって、強引にねじ伏せるものではないからである。」 藤崎彩織 31歳 全 ● 11 「題材を用意してみたものの、それを小説に仕立てる手つきが小説家のそれではない。個人的な関心事を連ねただけでは内輪のブログにしかならない。」   「小説は、生きた作家の手による足したり引いたりの匙加減や、緩急の間合いや、言葉の音と意味の派生効果がさまざまに利いているのであって、数値化されないこれこそが、小説が小説になる秘密であり、小説家が小説家である所以と言っていい。」

他の選考委員 桐野夏生 北方謙三 林真理子 東野圭吾 伊集院静 宮部みゆき 浅田次郎 宮城谷昌光

宮城谷昌光72歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題否定形の問題　総行数94　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 門井慶喜 46歳 全 ■ 16 「宮澤賢治という個性と作者の個性が融合する、その点が少々ずれているとみた。資料なんぞ放擲して、門井氏独自の世界のなかに宮澤賢治を引き込んでもらいたかった。この小説は、行儀がよすぎる。」 彩瀬まる 31歳 全 ■ 11 「特徴は、きわめてやさしい筆致である。それを活かすだけで独特な世界を築けるのに、幻想小説のようなよけいなことをやっているという印象をもった。」 伊吹有喜 48歳 全 ■ 19 「伊吹有喜氏が以前に書いた『ミッドナイト・バス』は、忘れがたい作品で、私は氏の小説家としての成長を期待するひとりであった。が、今回の『彼方の友へ』は、あじきなかった。」「以前に感じた温かい抒情性のようなものが、本質的に消えている。人物が資料の上にきれいにのっているだけの小説である。」 澤田瞳子 40歳 全 ■ 20 「いまの日本人にとって、天平という古い時代は、関心をもつのがむずかしい時代であり、そこに斬り込んでいった作者の勇気には敬服する。」「少々抽象的ないいかたになるが、支点は的確にすえられたのに、力点がずれたので、作用点もちがってしまった。」 藤崎彩織 31歳 全 △ 28 「読みはじめてすぐに、この人には非凡なものがあると感じた」「この作者は、否定形がつかえる。そこが非凡である、というのは少々飛躍しすぎた説明であるかもしれない。しかしたとえば、私は男である、と書くところを、私は女ではない、と書いたらどうであろうか。この「ない」を書ける作家は多くなく、ほとんどの作家が肯定形を終始させて小説を書いている。」「この小説にある清澄感と誠実さには好感をもった。」

他の選考委員 桐野夏生 北方謙三 林真理子 東野圭吾 伊集院静 宮部みゆき 浅田次郎 高村薫

門井慶喜46歳×各選考委員　 『銀河鉄道の父』 長篇 788枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 桐野夏生 66歳 全 ○ 31 「（引用者注：息子の賢治を）信じつつも失望させられ、裏切られても愛することをやめられない。どうしようもない父親の姿が、ほどよい距離感をもって淡々と描かれている。その筆致は心地よく強い。」「優れた父性小説であると同時に、賢治の創作の苦しみも伝わる、感動的な作品となった。」 北方謙三 70歳 全 ◎ 19 「確実な力を感じた。宮沢賢治は、手強い題材であっただろう。父の視点から描くことによって、賢治像だけでなく、母親や弟妹の姿まで、くっきりと浮かびあがってきた。」「小説として、世界の拡がりを持った。それは普遍を獲得している、ということであろう。私は、この作品に丸をつけた。」 林真理子 63歳 全 ◎ 45 「東北の素朴で平凡な父親像が、これほど心をうつとは。」「賢治の変人ぶりをあますところなく描き、そして父親のとまどいをどことなくユーモラスな筆致で描いた。」「こうした昔のものを書く時に、年表をなぞったような小説になる人は案外多いものだ。が、門井さんの場合は歴史的ことがらが実になめらかに文章になっている。」「ほぼ満場一致の受賞、」 東野圭吾 59歳 全 ■ 26 「主人公は自分で描く理想の父になろうと懸命で、うまくいかない時には焦り、うまくいっている時には褒めてもらいたがったりする。その俗物な描き方が面白かった。」「この作家はミステリ出身でありながら、視点に対するこだわりが全くないのだが、それも独特の味になっている。受賞は予想通りだが、○にしなかったのは、オリジナリティがどこにあるのか、私にはわからなかったからだ。」 伊集院静 67歳 全 ◎ 51 「一回目の選考から、文句無しの各選考委員の支持を受けました。私もその中の一人ですが、私が何よりこころ打たれたのは、最終章に近い一節で、母のイチの話として語られる宮沢賢治が息を引き取る箇所です。」「私が門井さんに感心したのは、勿論、父に対する息子の気遣いもありますが、うららかな（原文傍点）口調と、敢えて臨終の人間に感情、情緒の表現を入れたことです。」 宮部みゆき 57歳 全 ○ 14 「宮沢賢治がどこまでもお父さんを愛する息子だったことを、自分がそのように愛されていると気づかないほど深く息子を愛している当のお父さんの視点から、奇をてらわず抑制を効かせ、平易で明快な言葉で、そこに日向を置くように暖かく穏やかに綴った作品」「受賞はほぼ満場一致で決まりました。」 浅田次郎 66歳 全 ○ 18 「宮沢賢治は存在そのものがエモーショナルなので、実は小説の素材に適さない。（引用者中略）まずそのあたりを十分承知のうえ父親の視点を通して賢治を描いた。妙案と言えるこの基本構造が、悲劇を過剰にせずよく制御して、文学的感動を喚起することに成功した。」 高村薫 64歳 全 ○ 17 「小説の引き算を教えてくれる手練れの作品である。」「作者が本作で目指したのは宮沢賢治の文学的昇華ではなく、このまますぐに舞台に載せられるような父子の物語である。まさに門井流の、この適度な軽さもまた、小説の奥深い秘密だろう。」 宮城谷昌光 72歳 全 ■ 16 「宮澤賢治という個性と作者の個性が融合する、その点が少々ずれているとみた。資料なんぞ放擲して、門井氏独自の世界のなかに宮澤賢治を引き込んでもらいたかった。この小説は、行儀がよすぎる。」

他の候補作 彩瀬まる 『くちなし』 伊吹有喜 『彼方の友へ』 澤田瞳子 『火定』 藤崎彩織 『ふたご』

彩瀬まる31歳×各選考委員　 『くちなし』 短篇集7篇 294枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 桐野夏生 66歳 全 ■ 18 「文章の端々に才能の煌めきを感じるものの、今回は短編集の弱みが出てしまったように思われる。似通った話が目に付くことによって、気になるところが露わになった。」「官能性を排除しているようでいて、実は、自分の中にある強い衝動や欲望と呼ばれるものに、きちんと向き合っていないように感じられる」 北方謙三 70歳 全 ■ 15 「描写力を感じた。シンボリックなものを書く上で、それは重要な要素であろう。ひとつ言えば、なぜこういう書き方をしたのか、書かざるを得なかったのか、理解できて肚に落ちてくるものがなかった。」 林真理子 63歳 全 ■ 9 「こういう幻想小説は、文章がうまくないと白けるものであるが、突然の変身もすんなり心に入ってくる。しかしこれが直木賞かと言われると困惑してしまう。」 東野圭吾 59歳 全 ◎ 26 「すべての候補作を読み終えて振り返った時、最も印象に残っているのが本作だった。」「誰しもが持っている説明不能な心の揺らぎや人間の不条理さを、奇想をこらすことで描き出す筆力は、たぶんイミテーション・ゴールドではない。発展途上だし、おそらく他の委員の同意は得られないだろうと思いつつ、今回はこの作品を推すことにした。」 伊集院静 67歳 全 ■ 13 「“茄子とゴーヤ”“薄布”の二作が大変に佳い作品でした。」「（引用者注：二作以外の）他作品が作家の意図と、小説の情緒があまりに乖離していて、作者の本当に描きたかったものが何なのかが見えませんでした。」 宮部みゆき 57歳 全 ■ 15 「〈ファントムとエロス〉という面白い組み合わせをテーマにした短編集です。」「私はやっぱりそこにもう一つ〈ストーリー〉が加わらないと読めないヒトでして、正直この作品の世界についていけませんでした。」 浅田次郎 66歳 全 ● 11 「ずいぶん古典的な小説だなと思いつつ読んだ。百年前のシュルリアリスムである。作者の意図するところは不明だが、どのような理由があれ過去の名作との相似は許されまい。」 高村薫 64歳 全 △ 14 「小説が小説になる秘密があることを知っている書き手の作品だと思うが、作者が好んで使う奇想は、その秘密への技法的アプローチの可能性を狭め、広がりや深化を妨げて作品の行き止まり感につながっている。」 宮城谷昌光 72歳 全 ■ 11 「特徴は、きわめてやさしい筆致である。それを活かすだけで独特な世界を築けるのに、幻想小説のようなよけいなことをやっているという印象をもった。」

他の候補作 門井慶喜 『銀河鉄道の父』 伊吹有喜 『彼方の友へ』 澤田瞳子 『火定』 藤崎彩織 『ふたご』

伊吹有喜48歳×各選考委員　 『彼方の友へ』 長篇 765枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 桐野夏生 66歳 全 △ 20 「戦前も今も、決してメインカルチャーにはなり得ない少女雑誌の運命を描くことによって、はからずも雑誌というメディアの果たす役割をも描くことになった。しかし、父親や謎の下宿人、有賀の運命など、回収されなかったエピソードが気になる。」 北方謙三 70歳 全 ■ 19 「描写が厚塗りではないだろうか。畳みかけてくる描写が、行間を潰していくのだ。」「ノスタルジックなものに収斂されていくさまは、これはこれで仕方があるまいと思えるが、小説的に見ると予定調和であった。」 林真理子 63歳 全 ■ 13 「戦前の雑誌社を描いたこの小説は、テーマ選びが成功している。もうじき戦争が始まり、自由と命が奪われるのが予想されるからだ。その分つい評価が甘くなりがちなのであるが、視点を変えることで全体がぎくしゃくし、大人の思惑が意地悪く映る。」 東野圭吾 59歳 全 ■ 19 「完全に朝の連続テレビ小説の世界。十分に楽しめたが、どこに作者の力量や才能が反映されているのかという視点で眺めた時、考え込んでしまった。登場人物たちの個性にも、描かれる出来事にも既視感がある。」 伊集院静 67歳 全 ― 0   宮部みゆき 57歳 全 ■ 23 「何も難がない作品なのですが、なぜかしら（なんて言うのは当事者の選考委員として無責任なのですが）得点が集まりませんでした。」「このまま即ＮＨＫの朝ドラになりそうな仕上がりが、他の作品と競い合うためにはお行儀が良すぎた――それくらいしか失点が見当たりません。でもこれが意外と大きな要素だということが、文学賞のおっかないところなんです。」 浅田次郎 66歳 全 ■ 13 「自分が少女に変身して読んだのだが、するとたいそう面白かった。しかしながら我に返って考えれば、多くの未解決部分を大団円で強制収束させた感があり、会話文の多用とも相俟って、文学的な読後感は欠いていた。」 高村薫 64歳 全 ● 15 「治安維持法下の出版界という時代背景をほとんど咀嚼できていない。作者がそこをプロットとキャラクターで押し切れると考え、実際押し切ってみた結果がこの少女小説だろう。」 宮城谷昌光 72歳 全 ■ 19 「伊吹有喜氏が以前に書いた『ミッドナイト・バス』は、忘れがたい作品で、私は氏の小説家としての成長を期待するひとりであった。が、今回の『彼方の友へ』は、あじきなかった。」「以前に感じた温かい抒情性のようなものが、本質的に消えている。人物が資料の上にきれいにのっているだけの小説である。」

他の候補作 門井慶喜 『銀河鉄道の父』 彩瀬まる 『くちなし』 澤田瞳子 『火定』 藤崎彩織 『ふたご』

澤田瞳子40歳×各選考委員　 『火定』 長篇 618枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 桐野夏生 66歳 全 ■ 21 「近代的な価値観を持った人間が、当時（引用者注：八世紀頃）の衣を着て動き回っているような違和感があった。」「作者は、この時代と、作者の考える人間の普遍性について、もう少し説明すべきではないだろうか。」 北方謙三 70歳 全 △ 24 「扱われている題材そのものに、現実の力があった。題材に負けまいと、懸命に闘っている姿も、よく見えてくる。」「全体にはメリハリが欠け、やりきれない気分が積み重なってくる。」「私は、この世界に馴染めなかった、と言っていいであろう。」 林真理子 63歳 全 ■ 12 「天平の時代、天然痘の大流行というテーマは大きく重たいが、飽きることなく最後まで読ませる。しかしインチキ宗教者と、それに呼応する人々の描き方が近作の「腐れ梅」とよく似ているのが残念だ。」 東野圭吾 59歳 全 □ 23 「状況は深刻かつ壮絶に描かれているのだが、登場人物たちの行動や心情に共感しにくい。」「情景を思い浮かべにくい部分が時折ある。暴動が起きる経緯も安易な印象。とはいえ、私は二番目の△とした。傷が目立つのは、創作しているからだと思う。」 伊集院静 67歳 全 ■ 15 「構成、語り口、文章もすぐれていて感心しました。」「天平の日本人がこれほど闊達で雄弁であったか、この時代の死生観を含めて疑問を抱きました。」 宮部みゆき 57歳 全 ○ 31 「私は（引用者注：「銀河鉄道の父」と友に）『火定』も推しました。」「私は『火定』がそうしているように、基本的には現代人の読者が理解しやすいように書いていいと思うのですが、タイトルの由来であり、この作品のテーマを象徴する〈火定入滅〉の思想は大乗仏教のもので、この時代にはまだふさわしくないのではないかという（引用者注：他の委員からの）指摘には「う～ん」と唸ってしまいました。」 浅田次郎 66歳 全 ● 16 「書くことに苦しんでしまったようである。むろん題材が題材であるだけに、楽しい話になりようはないが、それでも小説という形にするためには、まず作者が楽しまねばなるまい。」 高村薫 64歳 全 ● 24 「千三百年前を小説の舞台にすることの基本的な難しさの認識が欠けているのが大問題である。それゆえにこの作者も、題材の理解の不備をプロットとキャラクターと文章力で押し切っているのだが、そうした力技は、小説が小説になる秘密とは相容れない。小説の破れ目は、破れ目として巧みに活かすか、細心の手つきで繕うべきものであって、強引にねじ伏せるものではないからである。」 宮城谷昌光 72歳 全 ■ 20 「いまの日本人にとって、天平という古い時代は、関心をもつのがむずかしい時代であり、そこに斬り込んでいった作者の勇気には敬服する。」「少々抽象的ないいかたになるが、支点は的確にすえられたのに、力点がずれたので、作用点もちがってしまった。」

他の候補作 門井慶喜 『銀河鉄道の父』 彩瀬まる 『くちなし』 伊吹有喜 『彼方の友へ』 藤崎彩織 『ふたご』

藤崎彩織31歳×各選考委員　 『ふたご』 長篇 429枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 桐野夏生 66歳 全 ■ 14 「好きな相手に、「自分たちは、恋人でもなく、友達でもなく、『ふたご』である」と規定された主人公（引用者中略）この依存関係をもっと突き詰めたら面白くなったかもしれない。しかし、バンドの成功話によって、曖昧になってしまった。」 北方謙三 70歳 全 ■ 19 「小説的なフィルターを通さないまま書き綴ったというところが感じられ、それが前半の稚拙さを際立たせてしまった。ただ作中で、登場人物たちは少しずつ成長を遂げ、それを描く作者も成長しているという、不思議な感慨を持った。」 林真理子 63歳 全 ● 17 「とまどった。ところどころみずみずしい感性は見られたものの、まだ小説には昇華していない。」 東野圭吾 59歳 全 ■ 18 「若者たちの心をスマホから引き戻せるとしたら、もしかしたらこういう小説なのかなと思った。しかしそれは単なる褒め言葉ではなく、わかりやすくて低刺激であることを指摘した苦言でもある。いずれにせよ、自伝的作品かつデビュー作となれば、これ一作で作者の才能を推し量るのは無謀というものであろう。」 伊集院静 67歳 全 △ 31 「数ページ読んだ時、あっ、もしかして私が待っていたものを、この人は背中に背負って、若いいっときを生きてくれていたのでは、と胸がときめいた。」「正直、その時、私は作者が世間で名が知れた音楽のお嬢さんとは知らなかった。」「ただ読み進めて行くうちに、おや、どうしたのか、という状況があらわれた。」「この人はまだ、文学、小説がこんなに素晴らしいものだと、彼女がピアノを習得する上で感じた先達の名曲、すなわち名作と対面していないのではと思った。」 宮部みゆき 57歳 全 ■ 27 「文章の随所に光るものがあるのは、他分野の書き手だからこそ「ツールとしての文章」にこだわったからだと思います。」「周囲の期待に慌てずに、じっくりと次の作品を書いていただけたらと思います。」 浅田次郎 66歳 全 ● 20 「「才能のありそうなダメ男」は、ものすごくモテるのである。しかしどうやら作者はそうした当たり前の関係を、何か特別な恋愛の形だと思いこんでいるらしく、大人の読者はみなそのことに気付いたとたん投げ出したくなったであろう。」「少くともそれくらいの大人の小説に候補作を絞るというのは、文学賞の見識ではあるまいか。」 高村薫 64歳 全 ● 11 「題材を用意してみたものの、それを小説に仕立てる手つきが小説家のそれではない。個人的な関心事を連ねただけでは内輪のブログにしかならない。」 宮城谷昌光 72歳 全 △ 28 「読みはじめてすぐに、この人には非凡なものがあると感じた」「この作者は、否定形がつかえる。そこが非凡である、というのは少々飛躍しすぎた説明であるかもしれない。しかしたとえば、私は男である、と書くところを、私は女ではない、と書いたらどうであろうか。この「ない」を書ける作家は多くなく、ほとんどの作家が肯定形を終始させて小説を書いている。」「この小説にある清澄感と誠実さには好感をもった。」

他の候補作 門井慶喜 『銀河鉄道の父』 彩瀬まる 『くちなし』 伊吹有喜 『彼方の友へ』 澤田瞳子 『火定』