第33回

第32回第34回

平成31年/2019年度 令和2年/2020年9月17日決定発表／『小説新潮』令和2年/2020年11月号選評掲載

選考委員　 伊坂幸太郎 49歳 江國香織 56歳 荻原浩 64歳 今野敏 64歳 三浦しをん 43歳 選評総行数　 164 152 227 214 227 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 早見和真　『ザ・ロイヤルファミリー』 43歳 評 ○ 45 ◎ 42 □ 41 ◎ 41 ◎ 48 寺地はるな　『夜が暗いとはかぎらない』 43歳 評 ■ 32 ■ 27 ■ 30 ○ 29 △ 29 赤松利市　『ボダ子』 64歳 評 ■ 28 ● 21 ● 44 △ 28 △ 48 宇佐美まこと　『展望塔のラプンツェル』 63歳 評 ■ 22 ■ 35 ◎ 51 ● 41 ■ 70 柚月裕子　『暴虎の牙』 52歳 評 ■ 18 ■ 29 △ 33 ■ 29 △ 32           年齢の説明   見方・注意点

伊坂幸太郎49歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題第33回の選評　総行数164　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 早見和真 43歳 全 ○ 45 「エンターテインメントとしての新しさはあまりなく、むしろ昔の冒険小説を読んだ時と変わらない読み応えではあるのですが、にもかかわらず、古臭さを感じさせない魅力があり、圧倒されました。」「読者が嫌悪感を抱くような悪人がいないばかりか、出てくる人間の大半が心地良い人たちで、しかも勧善懲悪的なエンジンをほとんど使うことなく、最後まで興味を引き付け、はらはらさせるというのは、かなり難しいことをやっていると感じました。」 寺地はるな 43歳 全 ■ 32 「「あるある」「分かる」といった感覚よりももう一歩奥深い、「そうかもしれない」「そういうものだよな」と感じられるものが描かれており、読み物として気軽に楽しむことができる一方で、さまざまな価値観について思いを巡らせたくなる、読み応えがあるものにも感じました。」「ただ、こういった短編集というものは、どうしてもできあがりが想像できてしまい、実際、その予想から大きくはみ出ることがなく、賞の対象として捉えると物足りなく感じられました。」 赤松利市 64歳 全 ■ 28 「この作者の文体、主人公の語り口が、（僕の受けた印象では）諦観の滲む理知的なものであるため、大変な出来事が次々と起こるにもかかわらず、不幸自慢や過激さの押し売りのようなものには感じられず、そういった意味で、候補作の中では最も文学的な魅力を感じました。」「「カメラで撮られた波乱万丈の半生の記録」を観ている気持ちになってしまい、このストーリーが持っているエネルギーを十分に使い切っていないような、もどかしさを感じてしまいました。」 宇佐美まこと 63歳 全 ■ 22 「三つの物語が並行して語られており、（引用者中略）やりきれない出来事が多く描かれている中、この構造を利用して、希望を感じさせる結末を用意している部分など、とても工夫を凝らしていると感じました。」「虐待や暴力といった理不尽な環境の中を生き抜いていく子供たちのパートにはどこか既視感を覚えてしまい、終盤での救済に辿り着くために逆算的に用意されたものといった印象を（作者にはその気はないかもしれませんが）拭うことができず、積極的に推すことはできませんでした。」 柚月裕子 52歳 全 ■ 18 「一作目や二作目に比べて、この作品は新規のアイディアがあまり感じられず、過去を舞台にした任侠物という形式があるために自由が利かない部分はあるとは思うのですが、それにしても、もっと見たことのないシーンや新鮮な会話、はっとする展開など、今の時代に描き直すからこその再解釈があるべきなのではないか、と思わずにはいられませんでした。」   「今回から選考委員となりました。」「やると決まったからには、自分の小説に対する考え方やこだわりを物差しにして（そうでなければ、自分が選考する意味がなくなってしまいますので）、真剣に選考に参加していこうと思います。」

他の選考委員 江國香織 荻原浩 今野敏 三浦しをん

江國香織56歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題迎合せずに黙々と　総行数152　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 早見和真 43歳 全 ◎ 42 「丁寧な取材の上に成り立った、まっすぐな小説。競馬をめぐるディテイルに凝った、力作だった。」「馬たちの魅力については、未読の人とは語り合えない。そして、そこにこそこの小説のよさがあるのだ。読まなければ出会えないものに出会えるヨロコビ。」「地味で地道な小説である。イマドキな要素が全然ない。そこに私は惹かれた。ニーズがどうあれ迎合せずに、書きたいものを黙々と書いているのは恰好いいと思う。」 寺地はるな 43歳 全 ■ 27 「親切に書きすぎる、という問題あるものの、かなり難易度の高いことを、さらりとしてのけている小説だと思いました。」「すべての読者をおなじ場所に引率するような努力はやめて、小説の行きたがる場所に、勝手にどんどん行ってしまえばいいのに。」「この作家が人を応援しない小説を書いたらおもしろいだろうなと感じました。読んだあとで、読者の胸に小さな希望の灯りがともったりしないように気をつけて書けば、小説が、もっと遠くに行かれると思う。」 赤松利市 64歳 全 ● 21 「全部読み終わっても、帯に書かれたあらすじ以上のものが見つけられませんでした。あらすじで説明できない部分こそが小説の肉体だと思うので、私には、これを小説として認めることができなかった。世のなかにはこういうこともあるだろうお、こういう人もいるだろう、とは思えても、ここ（本のなか）に、登場人物たちがいま生きて存在している気がしませんでした。」 宇佐美まこと 63歳 全 ■ 35 「多摩川市という一つの土地を中心に据え、そこに重なる幾つもの時間を描く、という手法がまずおもしろかったです。」「私は個人的に、海と那希沙と晴のパートが好きでした。この三人は小説内である種の自由を獲得していたと思う。他の登場人物（引用者中略）にも、おなじくらいの自由と、とりかえのきかなさが与えられていたら、と惜しまれます。」 柚月裕子 52歳 全 ■ 29 「安定した文章力に支えられ、三部作の三作目だけを読んでも、小説世界に無理なくひきこまれました。」「やくざと刑事の話であると同時に青春小説としても読め、近過去の時代小説でもあって、どの側面から読んでも無難に上手い。でも、私にはその無難がちょっと物足りなかったです。ある意味で常軌を逸脱した人々の話のはずなのに、読んでいて安心できすぎるというか、不穏じゃないというか――。」

他の選考委員 伊坂幸太郎 荻原浩 今野敏 三浦しをん

荻原浩64歳×各候補作

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題文章力か、物語る力か。　総行数227　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 早見和真 43歳 全 □ 41 「熱い小説だ。レースの描写は４D映像の迫力で、馬券みたいにページの端を握ってしまう。」「小説のエンディング、物語の閉じ方については、選考会でも俎上にのり、その後の記者会見でも質問がとんだぐらいだから賛否があるのだろうが、僕はアリだと思う。」「ただし、馬たちの躍動に比べると、人間があまり生き生きしていないように感じた。」「一推しには至らず、半馬身差ぐらいで二位の評価でした。満場一致を「ほぼ満場一致」にしてしまったのは、僕のせいです。すみません。」 寺地はるな 43歳 全 ■ 30 「文章がいい。ああ、こういうことってよくあるよね、こういう人っているいる、なんていう何気ない日常を言語化するのがとてもうまい人だ。」「でも、読み進めていくうちに、あれ、この話、前にも読まなかったっけ、と思えてしまうことが、一度ならずあった。登場人物の何人かの感性（声や音や人に色を感じるとか）や、ひとり語りの口調や、人生への悩み方、吹っ切り方がどことなく似通っているせいだと思う。」 赤松利市 64歳 全 ● 44 「正直、この作品は読み進めるのがつらかった。主人公も娘もその他の誰も彼もが、まるで競争するようにダメっぷりを披露し、行っちゃいけない方向へまっしぐらになだれ込む。ページの先にいいことが待っている予感がまるでないのだ。」「バッドエンドな小説が嫌いなわけじゃない。むしろ好物だが、不幸な小説を読む幸福感と言うべきものが、僕には感じられなかった。」 宇佐美まこと 63歳 全 ◎ 51 「冒頭に登場するのは、主人公にしては地味な街の公務員なのだが、読み進めるうちに、これはハードボイルド小説じゃないかと思った。セリフや描写の切れ味がすこぶるいい。」「この作品が本命、と思い定めて選考会に臨んだ。推そうと考えたいちばんの理由は、文章力だ。」「多くを語らなくても映像が見えてくる魅力的な文章は、この先も宇佐美さんの大きな武器になると僕は思う。」 柚月裕子 52歳 全 △ 33 「本作はヤクザ物の王道だ。時代は暴対法施行前の昭和、なにより舞台は、ほかでもない広島。」「広島弁（一部呉弁）が効いている。」「が、王道の設定であるがゆえに、せりふやエピソードが時として紋切り型に思えてしまう。ヤクザ物の様式美に則っているとも言えなくはないが、登場人物の言動がしばしば想像の範囲内であったりするのだ。」   「今回の候補は去年の四月から今年の三月にかけて刊行された本が対象だから、コロナに触れた作品はなかったが、来年以降はどうなんだろう。」

他の選考委員 伊坂幸太郎 江國香織 今野敏 三浦しをん

今野敏64歳×各候補作

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題その中に「いられる」作品　総行数214　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 早見和真 43歳 全 ◎ 41 「とにかくすばらしい小説。競馬にまったく興味がなく、知識がない私でも夢中になってしまう。」「悪人がまったく出てこない。普通なら小説にならない。だが、馬に焦点を当てることで、人々のドラマを作り出し、感動的な作品を作り上げた。この手腕には恐れ入った。」「二度読んだのだが、二度目のほうが感動が大きかったのは、この作品だけだった。レースの結果を知っていながら、（引用者中略）成績表によるラストは、二度目も大いに感動したのだ。」 寺地はるな 43歳 全 ○ 29 「中盤あたりから、すっかり引き込まれてしまった。」「商店街が消えていくそこはかとない悲しみと、独特のユーモア。そして優しい視点。ただ、淡々と街の住人たちの生活を描くだけで大きな感動を与える筆力は並ではない。」「読んでいる間、私はとても心地よく、あかつきマーケットに「いる」ことができた。」「減点法で見ると、最も瑕疵が少ない作品だったかもしれない。これが受賞作でもいいと思った。」 赤松利市 64歳 全 △ 28 「読まされてしまったという印象がある。圧倒的な筆力を認めざるを得ない。」「それにしても、このような作品を読まされた後どうしろと言うのか、といったやり場のない気持ちが残る。」「主人公の浩平は、まったく人間のクズだが、同じものが自分の中にもあることに気づかされる。自分も人間のクズであることに気づいてしまうのだ。そういう小説だ。」 宇佐美まこと 63歳 全 ● 41 「この物語は、多視点で、なおかつ二十年ほどの時の隔たりがあるエピソードで組み立てられていて、個人的にはたいへん読みにくかった。」「「作り過ぎ」の小説は受け容れがたい。」「プロットのやり取りで仕事をする編集者は、こういう作品を書かせがちなので、要注意だ。個人的なことだが、私自身はそういう編集者とは仕事はしない。」 柚月裕子 52歳 全 ■ 29 「残念なことに、シリーズものの弱点が見られた。物語の途中で、重要な登場人物である大上が死に、突然、日岡が主役級で登場する。私は、過去の二作品も読んでいるから、その事情はよく理解していたが、この作品だけを読んだ読者は困惑するに違いない。」「迫力のある作品ではあるが、全体に濃淡がなく平坦な印象がある。もしかしたら、書き過ぎなのかもしれない。さらに、ラストシーンが、これだけのボリュームを費やした物語に釣り合わない感がある。」   「候補作が送られてきて驚いた。五人の候補者のうち、四人が知り合いだった。」「今回私の選考において明暗を分けたのは、読み手を「その場にいさせてくれる」かどうか、だったように思う。」「もう一つ明暗を分けた要素は、二度目に読んだときに、どう印象が変わったか、だった。」

他の選考委員 伊坂幸太郎 江國香織 荻原浩 三浦しをん

三浦しをん43歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題文章で命を与えるということ　総行数227　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 早見和真 43歳 全 ◎ 48 「推した。競馬界の仕組みや内幕を知ることができて楽しいし、馬とレースに懸ける人々の思いが伝わってきて胸が熱くなった。」「なにかを「継承」するとはどういうことなのか、血がつながっていれば、あるいは寝食をともにすれば、「家族」になれるのかについて、深く考えさせられた。登場するひとと馬が全員生き生きとした魅力と個性にあふれ、家族（血族）の呪縛と自分の意志や能力との狭間でもがき、だれかの思いを胸にひた走っている。なんと尊くうつくしい姿だろう。」 寺地はるな 43歳 全 △ 29 「各登場人物の立場や心情に思い入れて読むことができたし、「あ、このひととあのひとがつながってるんだ」と、当人（登場人物）たちが気づいていない、作中に張りめぐらされたきらめく糸をたどる喜びと楽しさも味わえた。」「惜しいのは、各短編の枚数が短いため、どうしてもこぢんまりと優等生的な展開がつづくような印象を読者に与える点だろう。」「「ややパンチに欠ける」という思いはどうしてもぬぐえず、しかしそれは（引用者中略）作者の筆力の高さの証左とも言えるので悩んだが、一番には推さなかった。」 赤松利市 64歳 全 △ 48 「けっこう悲惨で大変なことが作中でつぎつぎ起きるのだが、文章に漂う飄々としたユーモアのためか、主人公の浩平の勝手ぶりが図抜けていてむしろ痛快なためか、ぐいぐい読み進めた。」「なぜ一番には推さなかったのかというと、『ボダ子』というタイトルにもかかわらず、浩平が娘のボダ子に正面から相対していない、もっと言うとボダ子の思いや考えに向きあうのを恐れ、踏みこみきれていないと感じたためだ。」 宇佐美まこと 63歳 全 ■ 70 「気になったのは、「母性が備わった生き物にはかなわないよ」とか「家庭の中での母親の務めは何だと思う？　それはね、明るい笑顔と美味しいご飯よ」といったセリフが散見されることだ。「女性には母性が備わっていて当然」という幻想がまかり通っているから、この社会で母親はよりいっそう追いつめられてしまうのではないか、なぜ母親にだけ笑顔やおいしいご飯を要求するのか（引用者中略）と、激しく疑問だった。」「構成のからくりに作品が引きずられ、松本の心情や過去の経験に即した反応・言動を描けていないきらいがある。その結果、妙に旧弊で女性に厳しい（過剰な幻想・期待を肯定するかのような）テイストが、作品全体に漂ってしまったのではないだろうか。」 柚月裕子 52歳 全 △ 32 「本作から読んだひとには、ガミさんの魅力や、ヤクザの人間関係と組織関係が伝わりにくいかもしれないとも思う」「本作では、暴対法施行後の世界との対比が描かれ、「三作目は、こう来たか！」と作者の発想の妙を堪能した。自動的に、なぜ本シリーズが昭和の終わりごろから語りはじめられているのかについても、納得がいった。」

他の選考委員 伊坂幸太郎 江國香織 荻原浩 今野敏

早見和真43歳×各選考委員　 『ザ・ロイヤルファミリー』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊坂幸太郎 49歳 全 ○ 45 「エンターテインメントとしての新しさはあまりなく、むしろ昔の冒険小説を読んだ時と変わらない読み応えではあるのですが、にもかかわらず、古臭さを感じさせない魅力があり、圧倒されました。」「読者が嫌悪感を抱くような悪人がいないばかりか、出てくる人間の大半が心地良い人たちで、しかも勧善懲悪的なエンジンをほとんど使うことなく、最後まで興味を引き付け、はらはらさせるというのは、かなり難しいことをやっていると感じました。」 江國香織 56歳 全 ◎ 42 「丁寧な取材の上に成り立った、まっすぐな小説。競馬をめぐるディテイルに凝った、力作だった。」「馬たちの魅力については、未読の人とは語り合えない。そして、そこにこそこの小説のよさがあるのだ。読まなければ出会えないものに出会えるヨロコビ。」「地味で地道な小説である。イマドキな要素が全然ない。そこに私は惹かれた。ニーズがどうあれ迎合せずに、書きたいものを黙々と書いているのは恰好いいと思う。」 荻原浩 64歳 全 □ 41 「熱い小説だ。レースの描写は４D映像の迫力で、馬券みたいにページの端を握ってしまう。」「小説のエンディング、物語の閉じ方については、選考会でも俎上にのり、その後の記者会見でも質問がとんだぐらいだから賛否があるのだろうが、僕はアリだと思う。」「ただし、馬たちの躍動に比べると、人間があまり生き生きしていないように感じた。」「一推しには至らず、半馬身差ぐらいで二位の評価でした。満場一致を「ほぼ満場一致」にしてしまったのは、僕のせいです。すみません。」 今野敏 64歳 全 ◎ 41 「とにかくすばらしい小説。競馬にまったく興味がなく、知識がない私でも夢中になってしまう。」「悪人がまったく出てこない。普通なら小説にならない。だが、馬に焦点を当てることで、人々のドラマを作り出し、感動的な作品を作り上げた。この手腕には恐れ入った。」「二度読んだのだが、二度目のほうが感動が大きかったのは、この作品だけだった。レースの結果を知っていながら、（引用者中略）成績表によるラストは、二度目も大いに感動したのだ。」 三浦しをん 43歳 全 ◎ 48 「推した。競馬界の仕組みや内幕を知ることができて楽しいし、馬とレースに懸ける人々の思いが伝わってきて胸が熱くなった。」「なにかを「継承」するとはどういうことなのか、血がつながっていれば、あるいは寝食をともにすれば、「家族」になれるのかについて、深く考えさせられた。登場するひとと馬が全員生き生きとした魅力と個性にあふれ、家族（血族）の呪縛と自分の意志や能力との狭間でもがき、だれかの思いを胸にひた走っている。なんと尊くうつくしい姿だろう。」

他の候補作 寺地はるな 『夜が暗いとはかぎらない』 赤松利市 『ボダ子』 宇佐美まこと 『展望塔のラプンツェル』 柚月裕子 『暴虎の牙』

寺地はるな43歳×各選考委員　 『夜が暗いとはかぎらない』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊坂幸太郎 49歳 全 ■ 32 「「あるある」「分かる」といった感覚よりももう一歩奥深い、「そうかもしれない」「そういうものだよな」と感じられるものが描かれており、読み物として気軽に楽しむことができる一方で、さまざまな価値観について思いを巡らせたくなる、読み応えがあるものにも感じました。」「ただ、こういった短編集というものは、どうしてもできあがりが想像できてしまい、実際、その予想から大きくはみ出ることがなく、賞の対象として捉えると物足りなく感じられました。」 江國香織 56歳 全 ■ 27 「親切に書きすぎる、という問題あるものの、かなり難易度の高いことを、さらりとしてのけている小説だと思いました。」「すべての読者をおなじ場所に引率するような努力はやめて、小説の行きたがる場所に、勝手にどんどん行ってしまえばいいのに。」「この作家が人を応援しない小説を書いたらおもしろいだろうなと感じました。読んだあとで、読者の胸に小さな希望の灯りがともったりしないように気をつけて書けば、小説が、もっと遠くに行かれると思う。」 荻原浩 64歳 全 ■ 30 「文章がいい。ああ、こういうことってよくあるよね、こういう人っているいる、なんていう何気ない日常を言語化するのがとてもうまい人だ。」「でも、読み進めていくうちに、あれ、この話、前にも読まなかったっけ、と思えてしまうことが、一度ならずあった。登場人物の何人かの感性（声や音や人に色を感じるとか）や、ひとり語りの口調や、人生への悩み方、吹っ切り方がどことなく似通っているせいだと思う。」 今野敏 64歳 全 ○ 29 「中盤あたりから、すっかり引き込まれてしまった。」「商店街が消えていくそこはかとない悲しみと、独特のユーモア。そして優しい視点。ただ、淡々と街の住人たちの生活を描くだけで大きな感動を与える筆力は並ではない。」「読んでいる間、私はとても心地よく、あかつきマーケットに「いる」ことができた。」「減点法で見ると、最も瑕疵が少ない作品だったかもしれない。これが受賞作でもいいと思った。」 三浦しをん 43歳 全 △ 29 「各登場人物の立場や心情に思い入れて読むことができたし、「あ、このひととあのひとがつながってるんだ」と、当人（登場人物）たちが気づいていない、作中に張りめぐらされたきらめく糸をたどる喜びと楽しさも味わえた。」「惜しいのは、各短編の枚数が短いため、どうしてもこぢんまりと優等生的な展開がつづくような印象を読者に与える点だろう。」「「ややパンチに欠ける」という思いはどうしてもぬぐえず、しかしそれは（引用者中略）作者の筆力の高さの証左とも言えるので悩んだが、一番には推さなかった。」

他の候補作 早見和真 『ザ・ロイヤルファミリー』 赤松利市 『ボダ子』 宇佐美まこと 『展望塔のラプンツェル』 柚月裕子 『暴虎の牙』

赤松利市64歳×各選考委員　 『ボダ子』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊坂幸太郎 49歳 全 ■ 28 「この作者の文体、主人公の語り口が、（僕の受けた印象では）諦観の滲む理知的なものであるため、大変な出来事が次々と起こるにもかかわらず、不幸自慢や過激さの押し売りのようなものには感じられず、そういった意味で、候補作の中では最も文学的な魅力を感じました。」「「カメラで撮られた波乱万丈の半生の記録」を観ている気持ちになってしまい、このストーリーが持っているエネルギーを十分に使い切っていないような、もどかしさを感じてしまいました。」 江國香織 56歳 全 ● 21 「全部読み終わっても、帯に書かれたあらすじ以上のものが見つけられませんでした。あらすじで説明できない部分こそが小説の肉体だと思うので、私には、これを小説として認めることができなかった。世のなかにはこういうこともあるだろうお、こういう人もいるだろう、とは思えても、ここ（本のなか）に、登場人物たちがいま生きて存在している気がしませんでした。」 荻原浩 64歳 全 ● 44 「正直、この作品は読み進めるのがつらかった。主人公も娘もその他の誰も彼もが、まるで競争するようにダメっぷりを披露し、行っちゃいけない方向へまっしぐらになだれ込む。ページの先にいいことが待っている予感がまるでないのだ。」「バッドエンドな小説が嫌いなわけじゃない。むしろ好物だが、不幸な小説を読む幸福感と言うべきものが、僕には感じられなかった。」 今野敏 64歳 全 △ 28 「読まされてしまったという印象がある。圧倒的な筆力を認めざるを得ない。」「それにしても、このような作品を読まされた後どうしろと言うのか、といったやり場のない気持ちが残る。」「主人公の浩平は、まったく人間のクズだが、同じものが自分の中にもあることに気づかされる。自分も人間のクズであることに気づいてしまうのだ。そういう小説だ。」 三浦しをん 43歳 全 △ 48 「けっこう悲惨で大変なことが作中でつぎつぎ起きるのだが、文章に漂う飄々としたユーモアのためか、主人公の浩平の勝手ぶりが図抜けていてむしろ痛快なためか、ぐいぐい読み進めた。」「なぜ一番には推さなかったのかというと、『ボダ子』というタイトルにもかかわらず、浩平が娘のボダ子に正面から相対していない、もっと言うとボダ子の思いや考えに向きあうのを恐れ、踏みこみきれていないと感じたためだ。」

他の候補作 早見和真 『ザ・ロイヤルファミリー』 寺地はるな 『夜が暗いとはかぎらない』 宇佐美まこと 『展望塔のラプンツェル』 柚月裕子 『暴虎の牙』

宇佐美まこと63歳×各選考委員　 『展望塔のラプンツェル』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊坂幸太郎 49歳 全 ■ 22 「三つの物語が並行して語られており、（引用者中略）やりきれない出来事が多く描かれている中、この構造を利用して、希望を感じさせる結末を用意している部分など、とても工夫を凝らしていると感じました。」「虐待や暴力といった理不尽な環境の中を生き抜いていく子供たちのパートにはどこか既視感を覚えてしまい、終盤での救済に辿り着くために逆算的に用意されたものといった印象を（作者にはその気はないかもしれませんが）拭うことができず、積極的に推すことはできませんでした。」 江國香織 56歳 全 ■ 35 「多摩川市という一つの土地を中心に据え、そこに重なる幾つもの時間を描く、という手法がまずおもしろかったです。」「私は個人的に、海と那希沙と晴のパートが好きでした。この三人は小説内である種の自由を獲得していたと思う。他の登場人物（引用者中略）にも、おなじくらいの自由と、とりかえのきかなさが与えられていたら、と惜しまれます。」 荻原浩 64歳 全 ◎ 51 「冒頭に登場するのは、主人公にしては地味な街の公務員なのだが、読み進めるうちに、これはハードボイルド小説じゃないかと思った。セリフや描写の切れ味がすこぶるいい。」「この作品が本命、と思い定めて選考会に臨んだ。推そうと考えたいちばんの理由は、文章力だ。」「多くを語らなくても映像が見えてくる魅力的な文章は、この先も宇佐美さんの大きな武器になると僕は思う。」 今野敏 64歳 全 ● 41 「この物語は、多視点で、なおかつ二十年ほどの時の隔たりがあるエピソードで組み立てられていて、個人的にはたいへん読みにくかった。」「「作り過ぎ」の小説は受け容れがたい。」「プロットのやり取りで仕事をする編集者は、こういう作品を書かせがちなので、要注意だ。個人的なことだが、私自身はそういう編集者とは仕事はしない。」 三浦しをん 43歳 全 ■ 70 「気になったのは、「母性が備わった生き物にはかなわないよ」とか「家庭の中での母親の務めは何だと思う？　それはね、明るい笑顔と美味しいご飯よ」といったセリフが散見されることだ。「女性には母性が備わっていて当然」という幻想がまかり通っているから、この社会で母親はよりいっそう追いつめられてしまうのではないか、なぜ母親にだけ笑顔やおいしいご飯を要求するのか（引用者中略）と、激しく疑問だった。」「構成のからくりに作品が引きずられ、松本の心情や過去の経験に即した反応・言動を描けていないきらいがある。その結果、妙に旧弊で女性に厳しい（過剰な幻想・期待を肯定するかのような）テイストが、作品全体に漂ってしまったのではないだろうか。」

他の候補作 早見和真 『ザ・ロイヤルファミリー』 寺地はるな 『夜が暗いとはかぎらない』 赤松利市 『ボダ子』 柚月裕子 『暴虎の牙』

柚月裕子52歳×各選考委員　 『暴虎の牙』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊坂幸太郎 49歳 全 ■ 18 「一作目や二作目に比べて、この作品は新規のアイディアがあまり感じられず、過去を舞台にした任侠物という形式があるために自由が利かない部分はあるとは思うのですが、それにしても、もっと見たことのないシーンや新鮮な会話、はっとする展開など、今の時代に描き直すからこその再解釈があるべきなのではないか、と思わずにはいられませんでした。」 江國香織 56歳 全 ■ 29 「安定した文章力に支えられ、三部作の三作目だけを読んでも、小説世界に無理なくひきこまれました。」「やくざと刑事の話であると同時に青春小説としても読め、近過去の時代小説でもあって、どの側面から読んでも無難に上手い。でも、私にはその無難がちょっと物足りなかったです。ある意味で常軌を逸脱した人々の話のはずなのに、読んでいて安心できすぎるというか、不穏じゃないというか――。」 荻原浩 64歳 全 △ 33 「本作はヤクザ物の王道だ。時代は暴対法施行前の昭和、なにより舞台は、ほかでもない広島。」「広島弁（一部呉弁）が効いている。」「が、王道の設定であるがゆえに、せりふやエピソードが時として紋切り型に思えてしまう。ヤクザ物の様式美に則っているとも言えなくはないが、登場人物の言動がしばしば想像の範囲内であったりするのだ。」 今野敏 64歳 全 ■ 29 「残念なことに、シリーズものの弱点が見られた。物語の途中で、重要な登場人物である大上が死に、突然、日岡が主役級で登場する。私は、過去の二作品も読んでいるから、その事情はよく理解していたが、この作品だけを読んだ読者は困惑するに違いない。」「迫力のある作品ではあるが、全体に濃淡がなく平坦な印象がある。もしかしたら、書き過ぎなのかもしれない。さらに、ラストシーンが、これだけのボリュームを費やした物語に釣り合わない感がある。」 三浦しをん 43歳 全 △ 32 「本作から読んだひとには、ガミさんの魅力や、ヤクザの人間関係と組織関係が伝わりにくいかもしれないとも思う」「本作では、暴対法施行後の世界との対比が描かれ、「三作目は、こう来たか！」と作者の発想の妙を堪能した。自動的に、なぜ本シリーズが昭和の終わりごろから語りはじめられているのかについても、納得がいった。」

他の候補作 早見和真 『ザ・ロイヤルファミリー』 寺地はるな 『夜が暗いとはかぎらない』 赤松利市 『ボダ子』 宇佐美まこと 『展望塔のラプンツェル』