第36回

第35回第37回

令和4年/2022年度 令和5年/2023年5月16日決定発表／『小説新潮』令和5年/2023年7月号選評掲載

選考委員　 伊坂幸太郎 51歳 江國香織 59歳 荻原浩 66歳 今野敏 67歳 三浦しをん 46歳 選評総行数　 217 168 231 174 265 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 永井紗耶子　『木挽町のあだ討ち』 45歳 評 □ 34 ○ 27 ◎ 36 ◎ 26 ◎ 44 浅倉秋成　『俺ではない炎上』 33歳 評 △ 38 ■ 27 △ 28 ○ 28 △ 48 荻堂顕　『ループ・オブ・ザ・コード』 29歳 評 △ 37 ■ 37 ■ 46 ■ 28 ◎ 48 岩井圭也　『完全なる白銀』 35歳 評 ■ 50 ■ 32 ◎ 41 △ 29 ■ 68 吉川トリコ　『あわのまにまに』 45歳 評 △ 54 ○ 32 ■ 39 ● 32 △ 59           年齢の説明   見方・注意点

伊坂幸太郎51歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題第36回の選評　総行数217　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 永井紗耶子 45歳 全 □ 34 「「仇討ちの真相」自体は読み始めてすぐに見当がついてしまい、どちらかと言えば、読みながら答え合わせをしていく感覚になったため、せっかくなのだから読者を驚かせるための工夫をしてもいいのではないか、ともどかしさはありましたが、それは僕がミステリーを好んで読む人間だからかもしれません。」「定型からはみ出していたり、歪んだ部分のある小説に惹かれる僕からすると、あまりに整いすぎている印象があり、選考会で強く推すことはなかったのですが、良い小説であるのは間違いありませんし、もっとも票を集めたこの作品が受賞することに異論はありませんでした。」 浅倉秋成 33歳 全 △ 38 「とにかく面白い！」「不満点らしい不満点はほとんどなく、強いて言えば、真犯人が「人生を器用には生きてこられなかった人」に感じられたため、「彼が犯人でした。めでたしめでたし」となってしまうことは寂しく、もう少し彼に寄り添ってあげてほしかった、という気もしますが、それは作品の瑕疵というよりも、僕の好みの問題かもしれません。」「浅倉秋成さんの作風と、この作品の内容からすれば、「これはこれが完成形」と感じます。」 荻堂顕 29歳 全 △ 37 「非常に完成度が高く、自分の書きたいテーマを設定と物語展開に練り合わせ、よく作り上げたものだな、と感嘆しました。」「選考会では否定的な指摘も出ましたが、それらの多くは、「エンターテインメント小説」として読んだ場合の不満にも感じられました。エンターテインメント小説の外観ではありますが、どちらかと言えば純文学作品として受けとめたほうが、良さが分かりやすいように個人的には思います。」 岩井圭也 35歳 全 ■ 50 「世間から疑いの目を向けられ、非難されている登山家の名誉を回復する、というストーリーは非常に面白く、わくわくさせられました。ただ、こちらが期待していたものよりは少しあっさりとしている、という印象を受けました。」「これまでに読んだことのある岩井圭也さんの別の作品（たとえば『水よ踊れ』や『竜血の山』）では、こちらの感情をつかんでくる丁寧さや、読み応えがありましたから、今回のこの小説については、あえて重厚感ではなく、読みやすさやスピード感を優先させたのだろうとも受け取りました。」 吉川トリコ 45歳 全 △ 54 「喜劇とも悲劇ともつかない、長いスパンで描かれる人間模様はどこか神話的で、「神様の出てこない神話」「マジック抜きのマジックリアリズム」と言いたくなる作品でした。」「それぞれの時代の登場人物の苦労や葛藤、不満や諦め、喜びといったものが楽器となり、一つの曲を作り上げる、そういったオーケストラの演奏を体感するような、壮大なようでいてこぢんまりとした、こぢんまりとしていながらも壮大な物語に、僕は非常に感動しました。」

他の選考委員 江國香織 荻原浩 今野敏 三浦しをん

江國香織59歳×各候補作

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題アイスクリームとエビフライ　総行数168　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 永井紗耶子 45歳 全 ○ 27 「時代小説であるが故のさまざまな制約にもかかわらず、この自由闊達な書きぶりは見事。読んでいて、江戸の町の活気が肌で感じられました。」「最後だけはちょっとやりすぎというか、どたばた劇みたいになってしまっている印象を受けたのですが、江戸の人々は存外どたばた暮していたのかもしれず、言い方を変えれば、本からはみだすほどの生命力を持った一冊なのでした。」 浅倉秋成 33歳 全 ■ 27 「主人公が精神的に追いつめられていくさまはスリリングでした。ただ、どうして？　と思うくらい文章が雑なことが気になりました。」「そして、ネットの中の人たちと外の人たち（主人公を実際に知っている、顔のある人たち）の反応がまったくおなじ、というのは不自然で、物語のリアリティを削いでしまった。いくら病を抱えた現代人でも、人間はもうすこし多面的で複雑なはずです（そう信じたい）。」 荻堂顕 29歳 全 ■ 37 「せっかく構築した近未来なのに、そこで起きることに新味がなく、設定が壮大なだけに肩すかしをくらった気持ちになりました。」「せっかく多国籍の登場人物が揃っているのに一人ずつの個性や性質が曖昧なところも物足りなかったです。」「私はこの小説を推せなかったのですが、アルフとヨハンのパートは素晴らしかったです。」 岩井圭也 35歳 全 ■ 32 「読者にまったく媚びていない点で、勇敢な小説だと思いました。」「が、社会における女性の扱われ方と環境問題（地球の温暖化）という二つの要素の取り入れ方がやや表層的で、小説全体の強度が下がってしまったのが残念でした。」「オーソドックスということの価値を思いださせてくれる佳作ではあったのですが、環境問題や女性の扱われ方を描くにはちょっと覚悟が足りなかったかな、という印象を持ちました。」 吉川トリコ 45歳 全 ○ 32 「きちんとつくり込まれた、繊細でいい小説でした。」「生きていく上で、生活していく上で、まさに泡みたいに発生するけれどいずれ忘れられてしまうであろうもの、それがここにはみずみずしく掬い取られている。」「小さい物事、細部、そこにやどる真実や詩情、ふくよかさ、したたかさ。結局のところ、人の営みはそういうものでできているのだとわかる。」   「今年は一冊ごとに違う種類の読解力を必要とする本が揃っていて、なんだかこちらが試されているような、難しいけれどおもしろい選考会でした。」

他の選考委員 伊坂幸太郎 荻原浩 今野敏 三浦しをん

荻原浩66歳×各候補作

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題人類の存亡をかけて　総行数231　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 永井紗耶子 45歳 全 ◎ 36 「（引用者注：選考委員たちの）全員の評価が高かった」「各章一人ずつ、すべて一人語りだけで物語が進行していく。これって大変なことだ。」「ほのぼのした人情物っぽい話に見えて、そのじつ、現代とは比べ物にならない生きていくことの過酷さや、人の死の軽さ、当たり前だった差別などが骨太に描かれている。」「ゴタクを抜きにしても、上手くて、楽しくて、心に染みる、良い小説でした。」 浅倉秋成 33歳 全 △ 28 「いやあ、面白かった。」「作中に使われている、わりと重要なトリックには賛否両論があったのだが、まんまと騙された私は、さほど気にならなかった。」「ただ、謎解きが主役の小説である以上、やむをえないのは承知で言うと、伏線が剥き出し配線みたいに見えすぎている気がした。」 荻堂顕 29歳 全 ■ 46 「ゼロから小説の世界観を構築するのは大変なはずだが、それをこんな大作に仕立てた心意気と筆力には圧倒された。」「でも、正直、読み進めづらかった。力が入りすぎているのか、故意に読者を選んでいるのか、（引用者中略）モノを知らない私のような人間には、１ページにひとつずつぐらい知らない言葉が出てくる。」「イグノラビムス人たちが、どんな人種なのかも想像できない。頭に映像を浮かべて読むタイプの人間（これも私ですが）にはつらい。」 岩井圭也 35歳 全 ◎ 41 「この人の文章には、言葉だけで読者を小説の中に引き込む力がある。」「環境問題も性差別の問題も盛り込まれていて、岩井さん、これはなんざます、と重箱の隅を突っつきたくても、隅々まで行き届いていて、突っつきにくい。優等生的というか。」「『木挽町のあだ討ち』とともにこの作品も推した。」 吉川トリコ 45歳 全 ■ 39 「読めば読むほど味が出てくる小説だけど、残念ながら冒頭の一章目でつまずいて、うまく話の流れに乗れなかった。」「第一章の語り手は小学三年生の女の子なのだが、セリフもモノローグもそのぐらいの年齢の子どもとは思えない。」「子どもが語っているのではなく大人（作者）が言いたいことを喋らせている感じが透けて見えてしまっている。」「せっかく素晴らしい言語感覚やセンスを持っているのだから、ここという時のためにあえて使いすぎず、ペース配分をしなければ、もったいない。」   「簡単には決まらなかった。ひとつの候補作に対して「これが一推し」という人もいれば、「これはちょっと」と反対意見も出るという具合に、賛否両論の作品が複数存在したからだ。」「賛否両論というのは誉め言葉だと思う。多くの支持はなくても、熱烈な「推し」があるというのは、強い作品だということだ。」

他の選考委員 伊坂幸太郎 江國香織 今野敏 三浦しをん

今野敏67歳×各候補作

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題いずれも甲乙つけがたく　総行数174　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 永井紗耶子 45歳 全 ◎ 26 「すべての人物の口調を変え、江戸の情景や芝居小屋の有様、そして事件の経緯などを過不足なく説明している。この腕前は並大抵ではない。」「しかも、物語の展開は常にスピーディーでなおかつ味わいも深い。これはもう、受賞作として推さざるを得ない。」「ミステリとして見たら、仕掛けが早々にわかってしまうなど弱さもある。しかし、そのからくりがわかってもなお、興味深く楽しく読めるのも事実。」 浅倉秋成 33歳 全 ○ 28 「すばらしい推進力を持った作品だ。最後までページをめくらずにはいられない。」「インターネットやＳＮＳについて、これまで何となく感じていたことを、ここまで真っ正面から描写してくれたことに思わず拍手する思いだった。」「単に謎解きが面白いだけでなく、登場人物が事件をきっかけに変容していく様子が見事だ。」「私はこの作品を受賞作に推してもいいと思った。もう少し描写や表現が丁寧ならば、もっと評価が高かったと思う。」 荻堂顕 29歳 全 ■ 28 「土地の名前や登場人物もすべてカタカナで翻訳小説のような味わいのある作品。こうした趣きが好きな読者はいると思う。」「だが、私には衒学趣味にしか感じられず、読み進むのが辛かった。」「これだけの架空の世界を構築した力量には拍手を送りたい。しかし、物語そのものにはそれほど惹かれなかった。」「この作品を強く推す選考委員が二人いた。それについて異論はない。」 岩井圭也 35歳 全 △ 29 「この作者は会話の呼吸がとてもうまい。それだけで感動させられる場面がしばしばあった。作者の持ち味だろう。」「ただ、女性目線にしたことが果たして成功しただろうかという疑問はある。」「岩井圭也は実は推理作家協会賞の最終候補にも残っており、そちらの選考委員でもある私はその作品を推していた。」「この作者の文章には北国の淡い青空のような爽やかさを感じる。どちらかの受賞を望んでいただけに、とても残念だ。」 吉川トリコ 45歳 全 ● 32 「本当に申し訳なく思うのだが、もう恋愛にも家族にも興味がなくなった老人には、どう評価していいか困る作品だった。」「小説というのは、読むに従って時間が経過していくものだと、生理的に感じているので、各章ごとに十年ずつ時代がさかのぼることに、「こんなに戸惑うんだ」と驚いてしまった。理屈ではわかっていても感覚が追いつかなかった。」「強く推す選考委員が二人いた。「へえ、そういう読み方もあるのか」といたく勉強になった。」   「去年もなかなか受賞作が決まらなかったが、今年も同様だった。」「受賞するかどうかは作品の「優劣」とは限らない」「もちろん受賞作は優れた作品に違いないが、落選した作品が劣っているというわけではないのだ。」

他の選考委員 伊坂幸太郎 江國香織 荻原浩 三浦しをん

三浦しをん46歳×各候補作

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題第三十六回の選評　総行数265　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 永井紗耶子 45歳 全 ◎ 44 「（引用者注：「ループ・オブ・ザ・コード」と共に）推した。」「文章がうまく、ユーモアもあって、随所で声を上げて笑う。身分制度やジェンダーへのさりげない目配りも忘れておらず、なぜ現代人が時代小説を書いたり読んだりするのかについて（もちろん、楽しいから書いたり読んだりするわけだが）、作者は極めて自覚的かつ誠実な姿勢なんだなと感じられた。」「芝居大好き人間であっても、それほどでもというひとであっても、ちゃんと楽しめるつくりになっている。創作物（本作の場合、芝居）が人々にどれだけ力と希望をもたらすものなのかが胸に迫ってきて、私は何度も涙した。」 浅倉秋成 33歳 全 △ 48 「作者の問題意識のありかたと、それをどういうふうに小説の形で表現していくかに自覚的なことがうかがわれ、好感を抱いた。読み返してみると、謎解きのヒントになる事柄がちりばめられているのが改めてわかって、細部まで気を抜かぬつくりも頼もしい。」「少々気になったのは、警察官の堀が視点人物になる章だ。（引用者中略）堀が主人公を追いつめる（あるいは真相にたどりつく）ハラハラ感が薄く、堀の章がうまく機能しきっていないのではと感じられた。」 荻堂顕 29歳 全 ◎ 48 「（引用者注：「木挽町のあだ討ち」と共に）推した。」「歴史や言語や文化をすべて「抹消」された国家という発想がすごいし、古代のローマやエジプトにおける「記憶の抹消」、そこまでさかのぼらずとも植民地政策を思えば、「こういう未来も本当にありそうだぞ」と非常に説得力があった。」「子どもたちの謎の病の原因を究明できるのか、手に汗握って展開を見守ったし、女性や子どもたちの描きかたに品があり、敵役も含めて登場人物たちが魅力的で、読んでおもしろく胸打たれる、大変な力作であるという私のなかでの印象は覆らない。」 岩井圭也 35歳 全 ■ 68 「硬質な文章がとてもいいと思ったし、山岳小説を通して女性の生きづらさを描くって斬新だなと目から鱗だった。」「私が気になったのは、女性同士の友情がちょっと淡泊かなという点だ。（引用者中略）私が女性同士の友情に激熱すぎるだけとも言えるが、平時における緑里が同性の友人とどういう距離感で関係性を築いているのか、もう少し塩梅を探ってもよかったのかもしれない。」 吉川トリコ 45歳 全 △ 59 「登場人物たちの性格や心理の表現、描写が抜群にうまく、セリフも生き生きとしていて、「私の知りあいのひとたちの話なのかな」と錯覚されてくるほどだった。」「章ごとに過去にさかのぼっていく構成も見事で、それにつれて真相と各人物の心の底が明らかになっていく展開にもしびれた。」「気になったのは、昨今話題にのぼることの多い事柄が、ややてんこ盛りすぎないかという点だ。」「この一族はなぜ、こうまでして、いわゆる「家族」の形を取ることや、子どもをつくることにこだわるんだろう、と疑問が湧いたのは否めない。」

他の選考委員 伊坂幸太郎 江國香織 荻原浩 今野敏

永井紗耶子45歳×各選考委員　 『木挽町のあだ討ち』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊坂幸太郎 51歳 全 □ 34 「「仇討ちの真相」自体は読み始めてすぐに見当がついてしまい、どちらかと言えば、読みながら答え合わせをしていく感覚になったため、せっかくなのだから読者を驚かせるための工夫をしてもいいのではないか、ともどかしさはありましたが、それは僕がミステリーを好んで読む人間だからかもしれません。」「定型からはみ出していたり、歪んだ部分のある小説に惹かれる僕からすると、あまりに整いすぎている印象があり、選考会で強く推すことはなかったのですが、良い小説であるのは間違いありませんし、もっとも票を集めたこの作品が受賞することに異論はありませんでした。」 江國香織 59歳 全 ○ 27 「時代小説であるが故のさまざまな制約にもかかわらず、この自由闊達な書きぶりは見事。読んでいて、江戸の町の活気が肌で感じられました。」「最後だけはちょっとやりすぎというか、どたばた劇みたいになってしまっている印象を受けたのですが、江戸の人々は存外どたばた暮していたのかもしれず、言い方を変えれば、本からはみだすほどの生命力を持った一冊なのでした。」 荻原浩 66歳 全 ◎ 36 「（引用者注：選考委員たちの）全員の評価が高かった」「各章一人ずつ、すべて一人語りだけで物語が進行していく。これって大変なことだ。」「ほのぼのした人情物っぽい話に見えて、そのじつ、現代とは比べ物にならない生きていくことの過酷さや、人の死の軽さ、当たり前だった差別などが骨太に描かれている。」「ゴタクを抜きにしても、上手くて、楽しくて、心に染みる、良い小説でした。」 今野敏 67歳 全 ◎ 26 「すべての人物の口調を変え、江戸の情景や芝居小屋の有様、そして事件の経緯などを過不足なく説明している。この腕前は並大抵ではない。」「しかも、物語の展開は常にスピーディーでなおかつ味わいも深い。これはもう、受賞作として推さざるを得ない。」「ミステリとして見たら、仕掛けが早々にわかってしまうなど弱さもある。しかし、そのからくりがわかってもなお、興味深く楽しく読めるのも事実。」 三浦しをん 46歳 全 ◎ 44 「（引用者注：「ループ・オブ・ザ・コード」と共に）推した。」「文章がうまく、ユーモアもあって、随所で声を上げて笑う。身分制度やジェンダーへのさりげない目配りも忘れておらず、なぜ現代人が時代小説を書いたり読んだりするのかについて（もちろん、楽しいから書いたり読んだりするわけだが）、作者は極めて自覚的かつ誠実な姿勢なんだなと感じられた。」「芝居大好き人間であっても、それほどでもというひとであっても、ちゃんと楽しめるつくりになっている。創作物（本作の場合、芝居）が人々にどれだけ力と希望をもたらすものなのかが胸に迫ってきて、私は何度も涙した。」

他の候補作 浅倉秋成 『俺ではない炎上』 荻堂顕 『ループ・オブ・ザ・コード』 岩井圭也 『完全なる白銀』 吉川トリコ 『あわのまにまに』

浅倉秋成33歳×各選考委員　 『俺ではない炎上』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊坂幸太郎 51歳 全 △ 38 「とにかく面白い！」「不満点らしい不満点はほとんどなく、強いて言えば、真犯人が「人生を器用には生きてこられなかった人」に感じられたため、「彼が犯人でした。めでたしめでたし」となってしまうことは寂しく、もう少し彼に寄り添ってあげてほしかった、という気もしますが、それは作品の瑕疵というよりも、僕の好みの問題かもしれません。」「浅倉秋成さんの作風と、この作品の内容からすれば、「これはこれが完成形」と感じます。」 江國香織 59歳 全 ■ 27 「主人公が精神的に追いつめられていくさまはスリリングでした。ただ、どうして？　と思うくらい文章が雑なことが気になりました。」「そして、ネットの中の人たちと外の人たち（主人公を実際に知っている、顔のある人たち）の反応がまったくおなじ、というのは不自然で、物語のリアリティを削いでしまった。いくら病を抱えた現代人でも、人間はもうすこし多面的で複雑なはずです（そう信じたい）。」 荻原浩 66歳 全 △ 28 「いやあ、面白かった。」「作中に使われている、わりと重要なトリックには賛否両論があったのだが、まんまと騙された私は、さほど気にならなかった。」「ただ、謎解きが主役の小説である以上、やむをえないのは承知で言うと、伏線が剥き出し配線みたいに見えすぎている気がした。」 今野敏 67歳 全 ○ 28 「すばらしい推進力を持った作品だ。最後までページをめくらずにはいられない。」「インターネットやＳＮＳについて、これまで何となく感じていたことを、ここまで真っ正面から描写してくれたことに思わず拍手する思いだった。」「単に謎解きが面白いだけでなく、登場人物が事件をきっかけに変容していく様子が見事だ。」「私はこの作品を受賞作に推してもいいと思った。もう少し描写や表現が丁寧ならば、もっと評価が高かったと思う。」 三浦しをん 46歳 全 △ 48 「作者の問題意識のありかたと、それをどういうふうに小説の形で表現していくかに自覚的なことがうかがわれ、好感を抱いた。読み返してみると、謎解きのヒントになる事柄がちりばめられているのが改めてわかって、細部まで気を抜かぬつくりも頼もしい。」「少々気になったのは、警察官の堀が視点人物になる章だ。（引用者中略）堀が主人公を追いつめる（あるいは真相にたどりつく）ハラハラ感が薄く、堀の章がうまく機能しきっていないのではと感じられた。」

他の候補作 永井紗耶子 『木挽町のあだ討ち』 荻堂顕 『ループ・オブ・ザ・コード』 岩井圭也 『完全なる白銀』 吉川トリコ 『あわのまにまに』

荻堂顕29歳×各選考委員　 『ループ・オブ・ザ・コード』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊坂幸太郎 51歳 全 △ 37 「非常に完成度が高く、自分の書きたいテーマを設定と物語展開に練り合わせ、よく作り上げたものだな、と感嘆しました。」「選考会では否定的な指摘も出ましたが、それらの多くは、「エンターテインメント小説」として読んだ場合の不満にも感じられました。エンターテインメント小説の外観ではありますが、どちらかと言えば純文学作品として受けとめたほうが、良さが分かりやすいように個人的には思います。」 江國香織 59歳 全 ■ 37 「せっかく構築した近未来なのに、そこで起きることに新味がなく、設定が壮大なだけに肩すかしをくらった気持ちになりました。」「せっかく多国籍の登場人物が揃っているのに一人ずつの個性や性質が曖昧なところも物足りなかったです。」「私はこの小説を推せなかったのですが、アルフとヨハンのパートは素晴らしかったです。」 荻原浩 66歳 全 ■ 46 「ゼロから小説の世界観を構築するのは大変なはずだが、それをこんな大作に仕立てた心意気と筆力には圧倒された。」「でも、正直、読み進めづらかった。力が入りすぎているのか、故意に読者を選んでいるのか、（引用者中略）モノを知らない私のような人間には、１ページにひとつずつぐらい知らない言葉が出てくる。」「イグノラビムス人たちが、どんな人種なのかも想像できない。頭に映像を浮かべて読むタイプの人間（これも私ですが）にはつらい。」 今野敏 67歳 全 ■ 28 「土地の名前や登場人物もすべてカタカナで翻訳小説のような味わいのある作品。こうした趣きが好きな読者はいると思う。」「だが、私には衒学趣味にしか感じられず、読み進むのが辛かった。」「これだけの架空の世界を構築した力量には拍手を送りたい。しかし、物語そのものにはそれほど惹かれなかった。」「この作品を強く推す選考委員が二人いた。それについて異論はない。」 三浦しをん 46歳 全 ◎ 48 「（引用者注：「木挽町のあだ討ち」と共に）推した。」「歴史や言語や文化をすべて「抹消」された国家という発想がすごいし、古代のローマやエジプトにおける「記憶の抹消」、そこまでさかのぼらずとも植民地政策を思えば、「こういう未来も本当にありそうだぞ」と非常に説得力があった。」「子どもたちの謎の病の原因を究明できるのか、手に汗握って展開を見守ったし、女性や子どもたちの描きかたに品があり、敵役も含めて登場人物たちが魅力的で、読んでおもしろく胸打たれる、大変な力作であるという私のなかでの印象は覆らない。」

他の候補作 永井紗耶子 『木挽町のあだ討ち』 浅倉秋成 『俺ではない炎上』 岩井圭也 『完全なる白銀』 吉川トリコ 『あわのまにまに』

岩井圭也35歳×各選考委員　 『完全なる白銀』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊坂幸太郎 51歳 全 ■ 50 「世間から疑いの目を向けられ、非難されている登山家の名誉を回復する、というストーリーは非常に面白く、わくわくさせられました。ただ、こちらが期待していたものよりは少しあっさりとしている、という印象を受けました。」「これまでに読んだことのある岩井圭也さんの別の作品（たとえば『水よ踊れ』や『竜血の山』）では、こちらの感情をつかんでくる丁寧さや、読み応えがありましたから、今回のこの小説については、あえて重厚感ではなく、読みやすさやスピード感を優先させたのだろうとも受け取りました。」 江國香織 59歳 全 ■ 32 「読者にまったく媚びていない点で、勇敢な小説だと思いました。」「が、社会における女性の扱われ方と環境問題（地球の温暖化）という二つの要素の取り入れ方がやや表層的で、小説全体の強度が下がってしまったのが残念でした。」「オーソドックスということの価値を思いださせてくれる佳作ではあったのですが、環境問題や女性の扱われ方を描くにはちょっと覚悟が足りなかったかな、という印象を持ちました。」 荻原浩 66歳 全 ◎ 41 「この人の文章には、言葉だけで読者を小説の中に引き込む力がある。」「環境問題も性差別の問題も盛り込まれていて、岩井さん、これはなんざます、と重箱の隅を突っつきたくても、隅々まで行き届いていて、突っつきにくい。優等生的というか。」「『木挽町のあだ討ち』とともにこの作品も推した。」 今野敏 67歳 全 △ 29 「この作者は会話の呼吸がとてもうまい。それだけで感動させられる場面がしばしばあった。作者の持ち味だろう。」「ただ、女性目線にしたことが果たして成功しただろうかという疑問はある。」「岩井圭也は実は推理作家協会賞の最終候補にも残っており、そちらの選考委員でもある私はその作品を推していた。」「この作者の文章には北国の淡い青空のような爽やかさを感じる。どちらかの受賞を望んでいただけに、とても残念だ。」 三浦しをん 46歳 全 ■ 68 「硬質な文章がとてもいいと思ったし、山岳小説を通して女性の生きづらさを描くって斬新だなと目から鱗だった。」「私が気になったのは、女性同士の友情がちょっと淡泊かなという点だ。（引用者中略）私が女性同士の友情に激熱すぎるだけとも言えるが、平時における緑里が同性の友人とどういう距離感で関係性を築いているのか、もう少し塩梅を探ってもよかったのかもしれない。」

他の候補作 永井紗耶子 『木挽町のあだ討ち』 浅倉秋成 『俺ではない炎上』 荻堂顕 『ループ・オブ・ザ・コード』 吉川トリコ 『あわのまにまに』

吉川トリコ45歳×各選考委員　 『あわのまにまに』

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選考委員 評価 行数 評言 伊坂幸太郎 51歳 全 △ 54 「喜劇とも悲劇ともつかない、長いスパンで描かれる人間模様はどこか神話的で、「神様の出てこない神話」「マジック抜きのマジックリアリズム」と言いたくなる作品でした。」「それぞれの時代の登場人物の苦労や葛藤、不満や諦め、喜びといったものが楽器となり、一つの曲を作り上げる、そういったオーケストラの演奏を体感するような、壮大なようでいてこぢんまりとした、こぢんまりとしていながらも壮大な物語に、僕は非常に感動しました。」 江國香織 59歳 全 ○ 32 「きちんとつくり込まれた、繊細でいい小説でした。」「生きていく上で、生活していく上で、まさに泡みたいに発生するけれどいずれ忘れられてしまうであろうもの、それがここにはみずみずしく掬い取られている。」「小さい物事、細部、そこにやどる真実や詩情、ふくよかさ、したたかさ。結局のところ、人の営みはそういうものでできているのだとわかる。」 荻原浩 66歳 全 ■ 39 「読めば読むほど味が出てくる小説だけど、残念ながら冒頭の一章目でつまずいて、うまく話の流れに乗れなかった。」「第一章の語り手は小学三年生の女の子なのだが、セリフもモノローグもそのぐらいの年齢の子どもとは思えない。」「子どもが語っているのではなく大人（作者）が言いたいことを喋らせている感じが透けて見えてしまっている。」「せっかく素晴らしい言語感覚やセンスを持っているのだから、ここという時のためにあえて使いすぎず、ペース配分をしなければ、もったいない。」 今野敏 67歳 全 ● 32 「本当に申し訳なく思うのだが、もう恋愛にも家族にも興味がなくなった老人には、どう評価していいか困る作品だった。」「小説というのは、読むに従って時間が経過していくものだと、生理的に感じているので、各章ごとに十年ずつ時代がさかのぼることに、「こんなに戸惑うんだ」と驚いてしまった。理屈ではわかっていても感覚が追いつかなかった。」「強く推す選考委員が二人いた。「へえ、そういう読み方もあるのか」といたく勉強になった。」 三浦しをん 46歳 全 △ 59 「登場人物たちの性格や心理の表現、描写が抜群にうまく、セリフも生き生きとしていて、「私の知りあいのひとたちの話なのかな」と錯覚されてくるほどだった。」「章ごとに過去にさかのぼっていく構成も見事で、それにつれて真相と各人物の心の底が明らかになっていく展開にもしびれた。」「気になったのは、昨今話題にのぼることの多い事柄が、ややてんこ盛りすぎないかという点だ。」「この一族はなぜ、こうまでして、いわゆる「家族」の形を取ることや、子どもをつくることにこだわるんだろう、と疑問が湧いたのは否めない。」

他の候補作 永井紗耶子 『木挽町のあだ討ち』 浅倉秋成 『俺ではない炎上』 荻堂顕 『ループ・オブ・ザ・コード』 岩井圭也 『完全なる白銀』