第41回

第40回第42回

平成31年/2019年度 令和2年/2020年3月2日決定発表

選考委員　 伊集院静 70歳 大沢在昌 63歳 恩田陸 55歳 京極夏彦 56歳 重松清 56歳 選評総行数　 102 68 98 104 83 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 今村翔吾　『八本目の槍』 35歳 評 △ 12 ○ 11 □ 15 □ 16 ◎ 12 呉勝浩　『スワン』 38歳 評 ● 13 ○ 17 ◎ 18 □ 22 △ 22 相沢沙呼　『medium 霊媒探偵城塚翡翠』 36歳 評 ● 25 ● 21 ● 25 ■ 22 ■ 16 伊岡瞬　『不審者』 (60歳) 評 ■ 11 ■ 6 ■ 9 ■ 18 ● 8 凪良ゆう　『流浪の月』 47歳 評 ● 16 ● 6 ◎ 18 △ 16 ■ 15 平岡陽明　『ロス男』 42歳 評 ○ 16 ■ 5 ■ 15 △ 20 ■ 10           年齢の説明   見方・注意点

伊集院静70歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題選評　総行数102　（1行=20字） 候補 評価 行数 評言 今村翔吾 35歳 全 △ 12 「大変興味深い作品でした。」「“賤ケ岳七本槍”は史実に明確にはないものだと想像していましたが、ここまであざやかに嘘を通して行けば、新鮮で驚きさえ感じました。」「ただ治部少輔こと石田三成のキャラクターをもっと自由でさまざまな顔を見せていれば“八本目の槍”は文句の無いものになっていたでしょう。」 呉勝浩 38歳 全 ● 13 「なぜ、これほどの大量殺人をしなくてはならないのかが、前半部でまったくわからないし、その理由が作中に影を感じさせない。それが現代の大量殺人の大半のはじまりと言うのなら、この殺人に窺われる周到さの理由がわからない。」「最終段階で、大量殺戮の理由、登場人物たちの過去があかされるのも、小説の構成としていかがなものかと思った。」 相沢沙呼 36歳 全 ● 25 「各章、挿入部、前後序、終章であまりに文体が違うのに戸惑いました。勿論、作者の意図がそこにあるのでしょうが、小説の作法として手口が姑息、傲慢に思えました。」「特にインタールードの覗き穴から覗いた情景が一話もしくは二話に関わっていないやり方はイケマセン。」「この作品を評価した当委員会の下読みの方の反駁をぜひうかがいたいものです。」 伊岡瞬 (60歳) 全 ■ 11 「義兄に扮した男が刑事であった点に、私は何も言いようのない脱力感を覚えた。」「作品の三分の二を読むまでに疲れてしまったので、脱力と言うより倒れそうになった。」 凪良ゆう 47歳 全 ● 16 「この小説を読んだ人が、読後、何が残り、何を感じ、類似する事件に接した折、今後どうすべきかを問われたら、おそらく答えなり、答えられずとも、その感想も曖昧にならざるを得ないのではないか。」「少なくとも作家、作品に曖昧は許されないと私は考えるので、×の評価を付けざるを得なかった。」「特に亮という人物を登場させたことで作品に不必要な色合いをつけたと私は思った。」 平岡陽明 42歳 全 ○ 16 「会話と会話の間に登場人物たちの表情が感じられるのは、この作家の才能でしょう。この才覚だけで十分に、この作家は将来、良い作品を書いてしまうでしょう。」「作中、主人公の好みや欲望が羅列されていますが、なかなかの並びに好感を抱きました。私の思いとしては“○”の評価をしたいくらいです」   「こうして書簡にて、文学賞の選考に参画せざるを得ない状況を、主催者、そして何より他の選考委員の方へお詫びします。」

他の選考委員 大沢在昌 恩田陸 京極夏彦 重松清

大沢在昌63歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題可能性と安定と　総行数68　（1行=20字） 候補 評価 行数 評言 今村翔吾 35歳 全 ○ 11 「ベテランを思わせる筆致で、安心して読み進められた。」「短篇であっても一作一作が濃密で、作者の筆力を感じた。最初の投票で、抜けて点が高かったのも当然といえる。ないものねだりをするなら、かつての小姓仲間が東軍と西軍に分かれる心情を読みたかった。」 呉勝浩 38歳 全 ○ 17 「ミステリとして読むと、破綻しているとまではいわないが苦しい部分が多多ある。」「それでもページを繰る手が止まらなかったという点では候補作中随一であった。謎を追う一方で、イジめた者に対するイジめられた者による赦しというテーマが、ラストの踊りのシーンで浮かびあがる。ごつごつとした、だがはっきり意志を感じさせる作者の挑戦に敬意を表したいと思った。」 相沢沙呼 36歳 全 ● 21 「稚拙な表現が多く、読み進むのに苦労した。」「一番の問題は、霊媒探偵の活躍が描かれた前半部分が伏線としか読めないことだ。現代の本格ミステリとしては凡庸で、これを作者が本気で書いた筈がないとすぐに気づく。結果、ヒロインの変貌に驚きがない。」「世評の高さが作者にとっては不運だったかもしれない。」 伊岡瞬 (60歳) 全 ■ 6 「内容に比して長すぎる。ていねいに書こうと思われたのだろうが、思わせぶりな場面ばかりに嘆息させられた。ミステリとしてのアンフェアさも気になった。」 凪良ゆう 47歳 全 ● 6 「私にとってはファンタジーとしか読めなかった。こういう形での男女の交流を完全否定はしないが、清潔感でくるむことで、本来あってはならないことから目をそらせているようで、読んでいて落ちつかなかった。」 平岡陽明 42歳 全 ■ 5 「今ふうにいうなら「ほっこり」する作品であった。読み心地もよく、すらすらといける。一方で、それ以上でもそれ以下でもない。」   「全六作と候補数も多く、作品のバラエティーも富んでいた。が、例年に比べると尖ったものが少ない。」

他の選考委員 伊集院静 恩田陸 京極夏彦 重松清

恩田陸55歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題選評　総行数98　（1行=20字） 候補 評価 行数 評言 今村翔吾 35歳 全 □ 15 「読みやすくこなれている。」「各エピソードの結びの文章がワンパターンになっているところにも引っかかったが、ポピュラリティがあり新しいことにチャレンジしようとしているのも分かるので、受賞に反対はしなかった。」 呉勝浩 38歳 全 ◎ 18 「（引用者注：「流浪の月」と共に）推すつもりで選考会に臨んだ。」「あとになってみるといろいろなジャンルがモザイクになっていて、そのつなぎが決してうまくいっているとは言いがたい」「それなのに、それがあまり欠点に感じられないのが、この作者の不思議なところだ。」「一作ごとにチャレンジをして果敢に攻める勇気と、この先も面白いことをやってくれそうだという期待を込めて、受賞作に推した。」 相沢沙呼 36歳 全 ● 25 「ひじょうに言及しにくい作品である。これには困ってしまった。」「このサービスもトリックのひとつ、騙りのひとつとしてやっていた、というのは理解できるのだが、そのキャラクターを全否定して、「本当はこんな性格でした」というのがトリックになってしまっているのが引っかかるのである。しかも、ラストでは更に「さっきは厳しいことを言いましたけど、実は」と言い出して、「種明かし」をした時の人格とはまた「違うんです」ということが示唆されてしまっている。これをミステリーとして評価すべきなのか？　と困惑してしまった。」 伊岡瞬 (60歳) 全 ■ 9 「要は誰が「不審者」なのか、というのが主題で、その不穏な雰囲気を楽しんだが、途中で真相が分かってしまうのと、この当初「不審者」と目された人物が実は立場が逆であり、いくら自分の兄弟が関わっているとはいえ、あまりにもその捜査のやり口に無理があるので、そこのところが納得できなかった。」 凪良ゆう 47歳 全 ◎ 18 「（引用者注：「スワン」と共に）推すつもりで選考会に臨んだ。」「ここには、私たちが日々感じている息苦しさや生きにくさが描かれており、そのひとつの解決策が提示されている。」「私たちのいる世界の真実のひとつを描くことでカタルシスを読者に与える、という小説の目的を果たす力は、なみなみならぬものがあると思った。推しきれず残念だったが、期待しています。」 平岡陽明 42歳 全 ■ 15 「確かに愛すべき小説で欠点もないのだが、新味にも乏しいのである。つい、最近だとあの人やこの人がやってるよなあ、と先行作品ばかりが頭に浮かんでしまい、そんなに作品数も多くないようなのに、この人はここでもう完成してしまっているのではないか、と危惧してしまった。」

他の選考委員 伊集院静 大沢在昌 京極夏彦 重松清

京極夏彦56歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題選評　総行数104　（1行=20字） 候補 評価 行数 評言 今村翔吾 35歳 全 □ 16 「現状考え得る理想的な歴史小説のスタイルを模索しているという点で高く評価したい。」「史料や研究成果をきちんと反映し、歴史的事実（と考えられている事象）を改変することなく、その行間を埋めることで新鮮な人物評に導くというテクニックは、結末が決まっている物語を面白く読ませるという意味でも、反面、奇矯な“読まれ方”を排除するという意味においても、極めて真っ当である。」 呉勝浩 38歳 全 □ 22 「バランスを欠いた小説である。」「ミステリ的な結構よりそうでない“読まれ方”のほうが優先されてしまう。その場合、往々にして構造そのものが欠陥として機能してしまうケースは多い。本作にもそうした指摘は多々あったが、同時にそれを退けるだけの強引な魅力を備えていたことも疑いようがない。受賞に到った理由を挙げるなら、それはそのバランスを欠いた力なのだろう。」 相沢沙呼 36歳 全 ■ 22 「（引用者注：「不審者」と共に）ミステリとして読み解くならば同じタイプの構造を採用しているということになるだろう。」「非日常的な状況やキャラクターを際立たせることで隠された事実を韜晦するスタイル」「装いも含めてそうした“読まれ方”を前面に推す作られ方をしているわけであり、ならば語句の選択や表現に対して、もう少しセンシティブになるべきであったように思う。」 伊岡瞬 (60歳) 全 ■ 18 「（引用者注：「medium　霊媒探偵城塚翡翠」と共に）ミステリとして読み解くならば同じタイプの構造を採用しているということになるだろう。」「日常の描写を地道に積み重ねることで（引用者中略）隠された事実を韜晦するスタイル」「ただ、ミステリとして捉えてしまった場合、それは本質ではなく技巧、目的ではなく手段として機能してしまうことになる。そうした観点から読み解いた時、本来瑕疵としてカウントされるはずのない微細なパーツが不備や齟齬として浮き上がってしまうことになる。」 凪良ゆう 47歳 全 △ 16 「現代における様々な病理や多様性を丹念に織り込み、丁寧に描かれるその世界は、実は極めてリアルなものである。ただ、旧弊的な価値観から抜け出せないである一部の人々には届きにくいものでもあるのだろう。」「筆力も、時代を写し取る感性も、申し分ない。よりシンプルな構造にしたほうが、完成度もいや増し、普遍性も獲得できていたようにも感じられる。惜しい。」 平岡陽明 42歳 全 △ 20 「軽妙な筆致も選ばれる題材も、キャラクター造形から構成まで過不足なくきっちりと足並が揃っており、ストレスなく読める佳作である。」「ただ、こうしたバランスの良い小説はバランスが取れているが故に突出したところがないと判断されてしまう傾向があるようである。個人的には、もっと評価されるべきだと思うのだが。」   「優れた小説ほど多様な解釈を許容できるものと考えるが、送り手側のプレゼンテーションが“読まれ方”を規定してしまうケースはある。」「実際、“読まれ方”次第では、長所が短所に、魅力が瑕疵に転じてしまうこともある。」

他の選考委員 伊集院静 大沢在昌 恩田陸 重松清

重松清56歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題選評　総行数83　（1行=20字） 候補 評価 行数 評言 今村翔吾 35歳 全 ◎ 12 「大きな○をつけて選考会に臨んだ。群像劇として、そして青春との訣別／だからこその郷愁を描いた物語として、とても読みごたえがあった。」「組織の中で生きる葛藤や苦悩は普遍的で、司馬遼太郎、いやむしろ、城山三郎に通じるものを感じた。」 呉勝浩 38歳 全 △ 22 「ルポルタージュやドキュメンタリーで犯罪被害者の遺族や災害の被災者への取材を重ねてきた立場からすると、惨劇からわずか半年後に開かれた〈お茶会〉への違和感がどうしても拭い去れなかった」「力作であることは間違いないし、選考会でも授賞に反対はしなかった。しかし、「こういう立場からはこう見える」一言だけは申し上げたく、せっかくの受賞作にケチをつけるようなことをあえて書いた。」 相沢沙呼 36歳 全 ■ 16 「驚かされた。（引用者中略）作者の手のひらの上で踊らされていた次第である。しかし、その驚きが初読で消費されてしまったあとにはなにが残るか。換言すれば再読に耐えうるか。」「評者は、初読の際の「おおっ」の感嘆を認め、小説のなによりの愉しみはそこにあるのだろうと認めつつもなお、賞の選考にあたっては「三年後に再び読みたくなるかどうか」を物差しにしたいのだ。」 伊岡瞬 (60歳) 全 ● 8 「読みながら、評者は幾度となくもどかしい思いにさいなまれた。登場人物の背景がことごとく後付けで、かつ「じつは彼／彼女は……」といった形で示されるのだ。」 凪良ゆう 47歳 全 ■ 15 「エグい要素が満載の作品でありながら、不思議な静謐さと清潔さをたたえていた。喪われた楽園を取り戻す物語として、きれいな珠をつくりあげてくれた。しかし、その珠を磨き上げることを優先させたのか、やや都合の良すぎる展開も目についてしまった。」「とりわけプロローグとエピローグに当たる場面で、たまたま居合わせた高校生たちが「あの動画」を観るのは、やはり作為が勝ちすぎてはいないか。」 平岡陽明 42歳 全 ■ 10 「登場人物の出し入れなど見事そのもの。とりわけカンちゃんがいい。しかし、引き替えに主人公の影が薄れてしまったか（題名にもう一考をお願いしたかった）。ラストで、少年に語りかけるという構図にしたゆえか、「人生」について若干お説教モードになったのが残念だった」

他の選考委員 伊集院静 大沢在昌 恩田陸 京極夏彦

今村翔吾35歳×各選考委員　 『八本目の槍』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊集院静 70歳 全 △ 12 「大変興味深い作品でした。」「“賤ケ岳七本槍”は史実に明確にはないものだと想像していましたが、ここまであざやかに嘘を通して行けば、新鮮で驚きさえ感じました。」「ただ治部少輔こと石田三成のキャラクターをもっと自由でさまざまな顔を見せていれば“八本目の槍”は文句の無いものになっていたでしょう。」 大沢在昌 63歳 全 ○ 11 「ベテランを思わせる筆致で、安心して読み進められた。」「短篇であっても一作一作が濃密で、作者の筆力を感じた。最初の投票で、抜けて点が高かったのも当然といえる。ないものねだりをするなら、かつての小姓仲間が東軍と西軍に分かれる心情を読みたかった。」 恩田陸 55歳 全 □ 15 「読みやすくこなれている。」「各エピソードの結びの文章がワンパターンになっているところにも引っかかったが、ポピュラリティがあり新しいことにチャレンジしようとしているのも分かるので、受賞に反対はしなかった。」 京極夏彦 56歳 全 □ 16 「現状考え得る理想的な歴史小説のスタイルを模索しているという点で高く評価したい。」「史料や研究成果をきちんと反映し、歴史的事実（と考えられている事象）を改変することなく、その行間を埋めることで新鮮な人物評に導くというテクニックは、結末が決まっている物語を面白く読ませるという意味でも、反面、奇矯な“読まれ方”を排除するという意味においても、極めて真っ当である。」 重松清 56歳 全 ◎ 12 「大きな○をつけて選考会に臨んだ。群像劇として、そして青春との訣別／だからこその郷愁を描いた物語として、とても読みごたえがあった。」「組織の中で生きる葛藤や苦悩は普遍的で、司馬遼太郎、いやむしろ、城山三郎に通じるものを感じた。」

他の候補作 呉勝浩 『スワン』 相沢沙呼 『medium 霊媒探偵城塚翡翠』 伊岡瞬 『不審者』 凪良ゆう 『流浪の月』 平岡陽明 『ロス男』

呉勝浩38歳×各選考委員　 『スワン』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊集院静 70歳 全 ● 13 「なぜ、これほどの大量殺人をしなくてはならないのかが、前半部でまったくわからないし、その理由が作中に影を感じさせない。それが現代の大量殺人の大半のはじまりと言うのなら、この殺人に窺われる周到さの理由がわからない。」「最終段階で、大量殺戮の理由、登場人物たちの過去があかされるのも、小説の構成としていかがなものかと思った。」 大沢在昌 63歳 全 ○ 17 「ミステリとして読むと、破綻しているとまではいわないが苦しい部分が多多ある。」「それでもページを繰る手が止まらなかったという点では候補作中随一であった。謎を追う一方で、イジめた者に対するイジめられた者による赦しというテーマが、ラストの踊りのシーンで浮かびあがる。ごつごつとした、だがはっきり意志を感じさせる作者の挑戦に敬意を表したいと思った。」 恩田陸 55歳 全 ◎ 18 「（引用者注：「流浪の月」と共に）推すつもりで選考会に臨んだ。」「あとになってみるといろいろなジャンルがモザイクになっていて、そのつなぎが決してうまくいっているとは言いがたい」「それなのに、それがあまり欠点に感じられないのが、この作者の不思議なところだ。」「一作ごとにチャレンジをして果敢に攻める勇気と、この先も面白いことをやってくれそうだという期待を込めて、受賞作に推した。」 京極夏彦 56歳 全 □ 22 「バランスを欠いた小説である。」「ミステリ的な結構よりそうでない“読まれ方”のほうが優先されてしまう。その場合、往々にして構造そのものが欠陥として機能してしまうケースは多い。本作にもそうした指摘は多々あったが、同時にそれを退けるだけの強引な魅力を備えていたことも疑いようがない。受賞に到った理由を挙げるなら、それはそのバランスを欠いた力なのだろう。」 重松清 56歳 全 △ 22 「ルポルタージュやドキュメンタリーで犯罪被害者の遺族や災害の被災者への取材を重ねてきた立場からすると、惨劇からわずか半年後に開かれた〈お茶会〉への違和感がどうしても拭い去れなかった」「力作であることは間違いないし、選考会でも授賞に反対はしなかった。しかし、「こういう立場からはこう見える」一言だけは申し上げたく、せっかくの受賞作にケチをつけるようなことをあえて書いた。」

他の候補作 今村翔吾 『八本目の槍』 相沢沙呼 『medium 霊媒探偵城塚翡翠』 伊岡瞬 『不審者』 凪良ゆう 『流浪の月』 平岡陽明 『ロス男』

相沢沙呼36歳×各選考委員　 『medium 霊媒探偵城塚翡翠』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊集院静 70歳 全 ● 25 「各章、挿入部、前後序、終章であまりに文体が違うのに戸惑いました。勿論、作者の意図がそこにあるのでしょうが、小説の作法として手口が姑息、傲慢に思えました。」「特にインタールードの覗き穴から覗いた情景が一話もしくは二話に関わっていないやり方はイケマセン。」「この作品を評価した当委員会の下読みの方の反駁をぜひうかがいたいものです。」 大沢在昌 63歳 全 ● 21 「稚拙な表現が多く、読み進むのに苦労した。」「一番の問題は、霊媒探偵の活躍が描かれた前半部分が伏線としか読めないことだ。現代の本格ミステリとしては凡庸で、これを作者が本気で書いた筈がないとすぐに気づく。結果、ヒロインの変貌に驚きがない。」「世評の高さが作者にとっては不運だったかもしれない。」 恩田陸 55歳 全 ● 25 「ひじょうに言及しにくい作品である。これには困ってしまった。」「このサービスもトリックのひとつ、騙りのひとつとしてやっていた、というのは理解できるのだが、そのキャラクターを全否定して、「本当はこんな性格でした」というのがトリックになってしまっているのが引っかかるのである。しかも、ラストでは更に「さっきは厳しいことを言いましたけど、実は」と言い出して、「種明かし」をした時の人格とはまた「違うんです」ということが示唆されてしまっている。これをミステリーとして評価すべきなのか？　と困惑してしまった。」 京極夏彦 56歳 全 ■ 22 「（引用者注：「不審者」と共に）ミステリとして読み解くならば同じタイプの構造を採用しているということになるだろう。」「非日常的な状況やキャラクターを際立たせることで隠された事実を韜晦するスタイル」「装いも含めてそうした“読まれ方”を前面に推す作られ方をしているわけであり、ならば語句の選択や表現に対して、もう少しセンシティブになるべきであったように思う。」 重松清 56歳 全 ■ 16 「驚かされた。（引用者中略）作者の手のひらの上で踊らされていた次第である。しかし、その驚きが初読で消費されてしまったあとにはなにが残るか。換言すれば再読に耐えうるか。」「評者は、初読の際の「おおっ」の感嘆を認め、小説のなによりの愉しみはそこにあるのだろうと認めつつもなお、賞の選考にあたっては「三年後に再び読みたくなるかどうか」を物差しにしたいのだ。」

他の候補作 今村翔吾 『八本目の槍』 呉勝浩 『スワン』 伊岡瞬 『不審者』 凪良ゆう 『流浪の月』 平岡陽明 『ロス男』

伊岡瞬(60歳)×各選考委員　 『不審者』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊集院静 70歳 全 ■ 11 「義兄に扮した男が刑事であった点に、私は何も言いようのない脱力感を覚えた。」「作品の三分の二を読むまでに疲れてしまったので、脱力と言うより倒れそうになった。」 大沢在昌 63歳 全 ■ 6 「内容に比して長すぎる。ていねいに書こうと思われたのだろうが、思わせぶりな場面ばかりに嘆息させられた。ミステリとしてのアンフェアさも気になった。」 恩田陸 55歳 全 ■ 9 「要は誰が「不審者」なのか、というのが主題で、その不穏な雰囲気を楽しんだが、途中で真相が分かってしまうのと、この当初「不審者」と目された人物が実は立場が逆であり、いくら自分の兄弟が関わっているとはいえ、あまりにもその捜査のやり口に無理があるので、そこのところが納得できなかった。」 京極夏彦 56歳 全 ■ 18 「（引用者注：「medium　霊媒探偵城塚翡翠」と共に）ミステリとして読み解くならば同じタイプの構造を採用しているということになるだろう。」「日常の描写を地道に積み重ねることで（引用者中略）隠された事実を韜晦するスタイル」「ただ、ミステリとして捉えてしまった場合、それは本質ではなく技巧、目的ではなく手段として機能してしまうことになる。そうした観点から読み解いた時、本来瑕疵としてカウントされるはずのない微細なパーツが不備や齟齬として浮き上がってしまうことになる。」 重松清 56歳 全 ● 8 「読みながら、評者は幾度となくもどかしい思いにさいなまれた。登場人物の背景がことごとく後付けで、かつ「じつは彼／彼女は……」といった形で示されるのだ。」

他の候補作 今村翔吾 『八本目の槍』 呉勝浩 『スワン』 相沢沙呼 『medium 霊媒探偵城塚翡翠』 凪良ゆう 『流浪の月』 平岡陽明 『ロス男』

凪良ゆう47歳×各選考委員　 『流浪の月』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊集院静 70歳 全 ● 16 「この小説を読んだ人が、読後、何が残り、何を感じ、類似する事件に接した折、今後どうすべきかを問われたら、おそらく答えなり、答えられずとも、その感想も曖昧にならざるを得ないのではないか。」「少なくとも作家、作品に曖昧は許されないと私は考えるので、×の評価を付けざるを得なかった。」「特に亮という人物を登場させたことで作品に不必要な色合いをつけたと私は思った。」 大沢在昌 63歳 全 ● 6 「私にとってはファンタジーとしか読めなかった。こういう形での男女の交流を完全否定はしないが、清潔感でくるむことで、本来あってはならないことから目をそらせているようで、読んでいて落ちつかなかった。」 恩田陸 55歳 全 ◎ 18 「（引用者注：「スワン」と共に）推すつもりで選考会に臨んだ。」「ここには、私たちが日々感じている息苦しさや生きにくさが描かれており、そのひとつの解決策が提示されている。」「私たちのいる世界の真実のひとつを描くことでカタルシスを読者に与える、という小説の目的を果たす力は、なみなみならぬものがあると思った。推しきれず残念だったが、期待しています。」 京極夏彦 56歳 全 △ 16 「現代における様々な病理や多様性を丹念に織り込み、丁寧に描かれるその世界は、実は極めてリアルなものである。ただ、旧弊的な価値観から抜け出せないである一部の人々には届きにくいものでもあるのだろう。」「筆力も、時代を写し取る感性も、申し分ない。よりシンプルな構造にしたほうが、完成度もいや増し、普遍性も獲得できていたようにも感じられる。惜しい。」 重松清 56歳 全 ■ 15 「エグい要素が満載の作品でありながら、不思議な静謐さと清潔さをたたえていた。喪われた楽園を取り戻す物語として、きれいな珠をつくりあげてくれた。しかし、その珠を磨き上げることを優先させたのか、やや都合の良すぎる展開も目についてしまった。」「とりわけプロローグとエピローグに当たる場面で、たまたま居合わせた高校生たちが「あの動画」を観るのは、やはり作為が勝ちすぎてはいないか。」

他の候補作 今村翔吾 『八本目の槍』 呉勝浩 『スワン』 相沢沙呼 『medium 霊媒探偵城塚翡翠』 伊岡瞬 『不審者』 平岡陽明 『ロス男』

平岡陽明42歳×各選考委員　 『ロス男』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊集院静 70歳 全 ○ 16 「会話と会話の間に登場人物たちの表情が感じられるのは、この作家の才能でしょう。この才覚だけで十分に、この作家は将来、良い作品を書いてしまうでしょう。」「作中、主人公の好みや欲望が羅列されていますが、なかなかの並びに好感を抱きました。私の思いとしては“○”の評価をしたいくらいです」 大沢在昌 63歳 全 ■ 5 「今ふうにいうなら「ほっこり」する作品であった。読み心地もよく、すらすらといける。一方で、それ以上でもそれ以下でもない。」 恩田陸 55歳 全 ■ 15 「確かに愛すべき小説で欠点もないのだが、新味にも乏しいのである。つい、最近だとあの人やこの人がやってるよなあ、と先行作品ばかりが頭に浮かんでしまい、そんなに作品数も多くないようなのに、この人はここでもう完成してしまっているのではないか、と危惧してしまった。」 京極夏彦 56歳 全 △ 20 「軽妙な筆致も選ばれる題材も、キャラクター造形から構成まで過不足なくきっちりと足並が揃っており、ストレスなく読める佳作である。」「ただ、こうしたバランスの良い小説はバランスが取れているが故に突出したところがないと判断されてしまう傾向があるようである。個人的には、もっと評価されるべきだと思うのだが。」 重松清 56歳 全 ■ 10 「登場人物の出し入れなど見事そのもの。とりわけカンちゃんがいい。しかし、引き替えに主人公の影が薄れてしまったか（題名にもう一考をお願いしたかった）。ラストで、少年に語りかけるという構図にしたゆえか、「人生」について若干お説教モードになったのが残念だった」

他の候補作 今村翔吾 『八本目の槍』 呉勝浩 『スワン』 相沢沙呼 『medium 霊媒探偵城塚翡翠』 伊岡瞬 『不審者』 凪良ゆう 『流浪の月』