第31回

第30回第32回

平成29年/2017年度 平成30年/2018年5月16日決定発表／『小説新潮』平成30年/2018年7月号選評掲載

選考委員　 石田衣良 58歳 荻原浩 61歳 角田光代 51歳 佐々木譲 68歳 唯川恵 63歳 選評総行数　 237 227 176 215 238 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 小川哲　『ゲームの王国』 31歳 評 ○ 53 ◎ 39 ◎ 69 ■ 43 △ 39 呉勝浩　『ライオン・ブルー』 36歳 評 □ 36 □ 33 ■ 42 ◎ 45 ○ 51 万城目学　『パーマネント神喜劇』 42歳 評 ● 24 ■ 35 ● 17 ● 36 ● 39 月村了衛　『機龍警察　狼眼殺手』 55歳 評 ■ 39 ● 34 ■ 21 △ 42 ■ 49 瀬尾まいこ　『そして、バトンは渡された』 44歳 評 ■ 31 ■ 42 ■ 27 ● 41 ■ 51           年齢の説明   見方・注意点

石田衣良58歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題男の小説、女の小説、新しい小説　総行数237　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 小川哲 31歳 全 ○ 53 「作家にとって想像力がいかに重要か、取材が資料が、というのは力のない作家のいい訳にきこえるような筆力だった。まあポル・ポト下のカンボジアというのが、素材として無敵の強度を誇る訳なんだけど。やはりその分、近未来になると小説は弱くなったよね。」「この作品は後半に欠点もあるけれど、素材選びの飛距離のすごさ、百六十キロを超える剛腕の筆力という可能性を買っての受賞になった。それは誰もが認めた力だよ。」 呉勝浩 36歳 全 □ 36 「最終投票の二作に残り、一票差で惜しくも受賞を逃した快作だったね。」「獅子追という街の匂いや、いき場のない切なさがきちんと伝わってくる描写だったよ。」「作者本人も気づいていないかもしれないけど、都市偏重の現代小説にはない、閉塞し切った地方の人と空気を描くという誰もやっていない手法で、呉さんは新たな小説の鉱脈を見つけたのかもしれない。」 万城目学 42歳 全 ● 24 「ぼくはネット小説サイト『エブリスタ』で長く新人賞の選考をやっていたんだ。この手の話はうんざりするほど読まされたよ。」「確信犯で月並みのど真ん中を狙ったのかもしれないけど、ぼくはのれなかったな。著者の名誉のためにいっておくけど、万城目さんにはもっといい本があったはずで、今回の結果はこの作を候補に挙げた運営側のミスだよ。」 月村了衛 55歳 全 ■ 39 「たいへんな熱量で、複雑なプロットを描き切った実力は賞賛されるべきだね。今回多くの選考委員が過去のシリーズを未読で、よくわからない細部があるといっていた。やはりシリーズ五作目のノミネートが不利だったということかな。」「ジブリアニメ以来、女性に過剰なアクションを無理やり背負わせるという形が多いけれど、ぼくはその手には賛同できないね。」 瀬尾まいこ 44歳 全 ■ 31 「ステップファーザーになる男たちの描きかたが気になったね。全員去勢済みの小型犬みたいなんだよ。」「非性的な時代の女性読者むけに、安全で居心地のいい世界をつくりあげたんじゃないかな。誰も傷つくことのないスイートな世界だよ。」「この作品はラッセンの描く楽園に似てる。無害で明るく心やさしい。まあ、自分の部屋の壁にかけるかといえば、勘弁してくれという感じだけど。」   「どの出版社も利益が削られていくなかで、コストのかかる文学賞を歯をくいしばって運営しているんだよね。ほんとに頭がさがるよ。」「格差社会が完成されて、もう読書は社会の階層をのぼる梯子の役を果たさなくなった。世界中で、よく学び本を読む中間層が没落している。」「もうすべての情報とコンテンツは、無料か格安定額制に移行していくんだろうね。本の死だ。」

他の選考委員 荻原浩 角田光代 佐々木譲 唯川恵

荻原浩61歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題その一冊から、何を選ぶか　総行数227　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 小川哲 31歳 全 ◎ 39 「見てきたようなホラを吹くのが小説家だとしたら、この作者は大ボラ吹きだ。つまり、凄い才能の持ち主ということだ。」「上巻を読み終えて、二重マルだと思った。」「下巻になると、話が近未来に飛ぶ。あれ？　失速したわけではなく、ある意味加速しているのだが、上巻が良すぎただけに、もう少しポル・ポト時代を読ませてよ、と肩すかしを食らった気分にはなった。」「『ライオン・ブルー』も優れた作品だったが、決選投票の時には「巧い」のひとつ上の「凄い」を評価したくて『ゲームの王国』のほうを推した。」 呉勝浩 36歳 全 □ 33 「田舎の閉塞感と不気味さがじわじわと濁り水みたいに湧き出てくる感じがいい。」「犯行の動機については、ミステリーの場合、死体がころがらなくては読者が納得しないわけだから、よほど不自然でないかぎり言いっこなしだと思う。その点も気になるというほどではなかった。むしろ、きちんと伏線を張りつつ、人間や地域社会のありようもしっかり描いている手腕は素晴らしいと思った。」 万城目学 42歳 全 ■ 35 「神様業界という独自の世界についていくだけで大変なのに、業界内のシステムや肩書や、あれやこれやの技やアイテムなどなど、創作の上に創作をどんどん重ねられていくと、作者の世界観についていききれずに息切れを起こしてくる。」「新喜劇をもじったタイトルにちなんで言えば、マニアックなネタの漫才を観ているような印象を受けた。ツボにはまった時にはすごく面白いけれど、（受け手のほうが）はずしてしまうと、何が面白いのかわからない。つまりそんな感じだ。」 月村了衛 55歳 全 ● 34 「シリーズの肝であるらしい機甲兵装「龍機兵」があまり登場しない一冊だったのが、賞の候補という意味では痛かったのではなかろうか。」「銃器や車種の名称をこと細かに書きこむのは、察するにこのシリーズの読みどころなのだろうし、シリーズの間に群像がふくらんでいったに違いないから、主要メンバーの数が多いのは、いたしかたないにしても、ほとんど登場しない人間のフルネームや、本筋にあまり関係のない組織名、地名などなどが、話の運びの邪魔になってはいないだろうか。」 瀬尾まいこ 44歳 全 ■ 42 「文章力のある人だと思った。なによりセリフ回しがうまい。」「血なんか繋がってなくたっていい関係にはなれる、という作品の思いは伝わったし、セックスへの欲求が希薄な時代には成立しなくもないストーリーかもしれないが、心の汚れた獣の私は、最後まで（二番目の義父とも長く二人暮らしをしているし）、いつ淫行や性的虐待や背徳方面に話がころぶのだろう、とはらはらしっぱなしで、結局のめりこむまでには至らなかった。」   「選考する人間は、五冊ほどの最終候補の中からしか選べないから、最終候補を選ぶ人の役割って、ほんとうに大切だと思う。大変なのはわかってます。世間にあふれる本という本を読み尽くすのは不可能だけれど、できるかぎりがんばって欲しい。幅広く、情熱をこめて、忖度なく、公正に。こっちもがんばるから。」

他の選考委員 石田衣良 角田光代 佐々木譲 唯川恵

角田光代51歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題感じたことのない興奮　総行数176　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 小川哲 31歳 全 ◎ 69 「読んでいるあいだの興奮は、味わったことのない種類のものだった。」「ひとりの人間が、腐敗した政治に絶望し理想を追い求めた結果、そのひとりの人間どころか、ひとつの国がとんでもない方向に暴走していく、その恐怖を、私はこの小説を読みながら味わった。」「近未来を描く下巻は、急に色合いが変わったような印象を受ける。しかし長い年月を追って書いたからこそ、泥や鉄板やラディーといった突拍子もない人物たちが、下巻に入って活きてくるのだし、小説内の伏線が、不気味な宿命となって見えてくるのだ。」 呉勝浩 36歳 全 ■ 42 「私がこの小説でもっとも魅力を感じ、この小説でしかその魅力は描けない、と思ったのは、隣接する下鴨町、猪又町という町を含む獅子追郡、そして獅子追町というさびれた町である。ヤクザも警察も地主も役場も建設業者も一町民も、みながごたまぜになって深く重い影を作っている、その薄気味の悪さだ。」「そんななか、毛利や金居のいのちだけが軽く感じられてしまった。それはつまり、それだけのことで殺人を犯すだろうかという点で、私は納得できなかったのだと思う。」 万城目学 42歳 全 ● 17 「根底のルールが私にはよくわからなかった。」「私たちのちいさな暮らしや、ときに自分本位な願いに寄り添ってくれる神さまの存在に安堵し、感謝しつつも、混乱が残ったままになってしまった。」 月村了衛 55歳 全 ■ 21 「殺し屋ライザと研究者緑の因縁と、その独特の感情の交流には深く心を揺さぶられた。ただ私には作中に登場する「龍機兵」がうまくイメージできなかった。」「この「狼眼殺手」では、その龍機兵の秘密に迫る量子情報通信ネットワークを扱うクイアコンという一大プロジェクトが鍵となっている。となると、この一冊を俎上に載せた評価は難しいのではないかと思う。」 瀬尾まいこ 44歳 全 ■ 27 「ブラジルにいく実の親ではなく、梨花（と今の生活）を選ぶ少女の優子、というのはまだ理解できるのだけれども、実の親と優子を結果的に引き裂くことになる梨花という人の人となりと感情のありようが、どうにも私にはつかまえがたかった。」「躊躇なく見知らぬ他者と家族になり、快適な暮らしを模索しながら、ともに時間を重ねていく、というのは、たしかにあたらしい人間関係だと思うのだけれど、あまりに軽やかに感じてしまうと、関係がそもそもそこにあるのかなと疑いそうになる。」

他の選考委員 石田衣良 荻原浩 佐々木譲 唯川恵

佐々木譲68歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題完成度と可能性と　総行数215　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 小川哲 31歳 全 ■ 43 「読み出してからしばらくは、かなり戸惑った。」「わたしには、とくに下巻に入ってからのゲームや記憶に関するやりとりや記述の繰り返しが、そしてストーリーとゲームとの関係、構造が、まったく理解できなかった。もしその部分にこそこの作品の価値があるのだとしたら、わたしには本作品を評価する力はない。」 呉勝浩 36歳 全 ◎ 45 「主要登場人物の大半を、地方県警の地域課の交番勤務警察官とするという、ある意味でかなり冒険的な試みの警察小説であり、ひとつの交番をここまで徹底的に舞台とした小説もあまりなかったろうと感じさせる野心作だ。」「同時に、この作品はきわめて精緻に組み立てられたミステリーである。とりわけとあるものの行方のトリックは、地域課警察官という登場人物の設定と不可分の仕掛けで、唸るしかなかった。」「選考会では、作品としての完成度は最も高いと本作の受賞を強く推したが、過半数の選考委員の賛同を得られなかった。」 万城目学 42歳 全 ● 36 「大企業の地方出張所にあたる小さな神社の神さまの俗っぽさと人間臭さが、あまり作品中には生きていないようにも感じられた。」「表紙カバーの絵から、そして冒頭三行の諧謔的な書き出しから、読者は本作にかなり破天荒な滑稽譚を期待する。せっかくその気持ちになっている読者を、もっと乗せてほしかった、というのが勝手な読者側の思いだ。」 月村了衛 55歳 全 △ 42 「とくに前半の、警察機構とそこに所属する公務員たちの働きぶりの描写には、感嘆するばかりであった。」「そして後半のアクションの連続するシークエンスの疾走感と眩暈感が素晴らしい。」「わたしはしばしば選考委員であることを忘れてストーリーに没入した。」「惜しむらくは、その丁寧すぎる描写と情報の過剰であり、もっと刈り込めたのではないかとは読後の正直な思いである。」 瀬尾まいこ 44歳 全 ● 41 「少女向き童話と読むには、とくに学校生活のエピソードの現実感が豊かであるし、かといって大人の読者を想定したストレート・ノベルと読むには、（引用者中略）展開の夢想性が直接的すぎる。ディテールにももっと検証が必要だったのではないか。本賞候補作として読むことには、かなり無理があると感じさせる作品であった。」

他の選考委員 石田衣良 荻原浩 角田光代 唯川恵

唯川恵63歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題期待感が勝る結果　総行数238　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 小川哲 31歳 全 △ 39 「二〇二三年から始まる下巻になると、（引用者中略）物語は本筋から離れ、作者の豊富な知識が披露されてゆく。たとえば脳波を利用したゲームの開発だ。」「ここが読み処だと言う人もいるだろう。が、薀蓄を聞かされているような気がしないでもない。」「最後、ゲームに勝つとはこういうことなのかと、釈然としない気持ちが残った。」「カンボジアの人が読む機会もあるはずだ。その時、何を思うだろう。他国を描くことに慎重になり過ぎる必要はないが、敬意と覚悟は必要だ。」 呉勝浩 36歳 全 ○ 51 「獅子追というさびれた田舎町に泥濘のような気配が淀んでいて、閉塞感に満ちている。主役は町そのものではないかと思えるほど、舞台設定は秀逸だ。」「犯人がわかるクライマックスシーンでは、思わず声を上げてしまった。同時に、果たしてこれで通るのだろうか、と首を傾げてしまった。」「それが引っかかって、本作品を推すことに躊躇いがあった。ところが、他委員の熱い支持を聞いているうちに気持ちは変わっていった。」「ミステリーの約束事を取っ払った意欲作。最終的にはその結論に達して「○」を付けた。」 万城目学 42歳 全 ● 39 「軽妙さには惹かれるが、ただ今回ばかりは、いつもの持ち味を生かし切れなかったように思う。展開が少々安易に感じられてしまうのだ。」「気楽に読めるエンターテインメントを意識して書かれたことは、はなから承知している。それでも、物語の向こうに透けて見えるものがなく、結果、印象の薄い作品となってしまった。」 月村了衛 55歳 全 ■ 49 「入り組んだ迷路を疾走するように読んだ。」「そもそも機龍警察とは何なのか。突入班龍機兵搭乗要員が搭乗する新型機甲兵装とはどういうものなのか。これらの根本的な設定を頭に描くのが難しい。また、登場人物が多く、視点があちこちに移るので、どの立場に立って成り行きを捉えればいいのか戸惑う。」「私が受け入れがたいと感じる部分は、すべてこのシリーズ五作目という理由に因る。（引用者中略）シリーズ小説の中の一作をどう評価すればいいのか。この辺りが、選考会でも議論となった。」 瀬尾まいこ 44歳 全 ■ 51 「読んでいる間は心地よいのだが、本を閉じると、まるで砂糖菓子が口の中で一瞬にして溶けてしまうように、余韻を味わうことができなかった。」「ここまで清潔な人間たちを集めなければ「心温まる小説」にならないのだろうか。それが今の時代に求められる小説なのだろうか。と考え込んでしまった。個人的には、優子より、彼女の親となった大人たちの葛藤や戸惑いを読んでみたかった。」   「選考会の一か月ほど前に候補作が届く。期待と緊張で受け取るのだが、時に、どうしてあの話題の作品が入っていないのだろうと、残念に思うことがある。新人の方にはこの賞をきっかけにブレイクするチャンスがある。が、中堅作家の力作もぜひノミネートして欲しい。」

他の選考委員 石田衣良 荻原浩 角田光代 佐々木譲

小川哲31歳×各選考委員　 『ゲームの王国』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石田衣良 58歳 全 ○ 53 「作家にとって想像力がいかに重要か、取材が資料が、というのは力のない作家のいい訳にきこえるような筆力だった。まあポル・ポト下のカンボジアというのが、素材として無敵の強度を誇る訳なんだけど。やはりその分、近未来になると小説は弱くなったよね。」「この作品は後半に欠点もあるけれど、素材選びの飛距離のすごさ、百六十キロを超える剛腕の筆力という可能性を買っての受賞になった。それは誰もが認めた力だよ。」 荻原浩 61歳 全 ◎ 39 「見てきたようなホラを吹くのが小説家だとしたら、この作者は大ボラ吹きだ。つまり、凄い才能の持ち主ということだ。」「上巻を読み終えて、二重マルだと思った。」「下巻になると、話が近未来に飛ぶ。あれ？　失速したわけではなく、ある意味加速しているのだが、上巻が良すぎただけに、もう少しポル・ポト時代を読ませてよ、と肩すかしを食らった気分にはなった。」「『ライオン・ブルー』も優れた作品だったが、決選投票の時には「巧い」のひとつ上の「凄い」を評価したくて『ゲームの王国』のほうを推した。」 角田光代 51歳 全 ◎ 69 「読んでいるあいだの興奮は、味わったことのない種類のものだった。」「ひとりの人間が、腐敗した政治に絶望し理想を追い求めた結果、そのひとりの人間どころか、ひとつの国がとんでもない方向に暴走していく、その恐怖を、私はこの小説を読みながら味わった。」「近未来を描く下巻は、急に色合いが変わったような印象を受ける。しかし長い年月を追って書いたからこそ、泥や鉄板やラディーといった突拍子もない人物たちが、下巻に入って活きてくるのだし、小説内の伏線が、不気味な宿命となって見えてくるのだ。」 佐々木譲 68歳 全 ■ 43 「読み出してからしばらくは、かなり戸惑った。」「わたしには、とくに下巻に入ってからのゲームや記憶に関するやりとりや記述の繰り返しが、そしてストーリーとゲームとの関係、構造が、まったく理解できなかった。もしその部分にこそこの作品の価値があるのだとしたら、わたしには本作品を評価する力はない。」 唯川恵 63歳 全 △ 39 「二〇二三年から始まる下巻になると、（引用者中略）物語は本筋から離れ、作者の豊富な知識が披露されてゆく。たとえば脳波を利用したゲームの開発だ。」「ここが読み処だと言う人もいるだろう。が、薀蓄を聞かされているような気がしないでもない。」「最後、ゲームに勝つとはこういうことなのかと、釈然としない気持ちが残った。」「カンボジアの人が読む機会もあるはずだ。その時、何を思うだろう。他国を描くことに慎重になり過ぎる必要はないが、敬意と覚悟は必要だ。」

他の候補作 呉勝浩 『ライオン・ブルー』 万城目学 『パーマネント神喜劇』 月村了衛 『機龍警察　狼眼殺手』 瀬尾まいこ 『そして、バトンは渡された』

呉勝浩36歳×各選考委員　 『ライオン・ブルー』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石田衣良 58歳 全 □ 36 「最終投票の二作に残り、一票差で惜しくも受賞を逃した快作だったね。」「獅子追という街の匂いや、いき場のない切なさがきちんと伝わってくる描写だったよ。」「作者本人も気づいていないかもしれないけど、都市偏重の現代小説にはない、閉塞し切った地方の人と空気を描くという誰もやっていない手法で、呉さんは新たな小説の鉱脈を見つけたのかもしれない。」 荻原浩 61歳 全 □ 33 「田舎の閉塞感と不気味さがじわじわと濁り水みたいに湧き出てくる感じがいい。」「犯行の動機については、ミステリーの場合、死体がころがらなくては読者が納得しないわけだから、よほど不自然でないかぎり言いっこなしだと思う。その点も気になるというほどではなかった。むしろ、きちんと伏線を張りつつ、人間や地域社会のありようもしっかり描いている手腕は素晴らしいと思った。」 角田光代 51歳 全 ■ 42 「私がこの小説でもっとも魅力を感じ、この小説でしかその魅力は描けない、と思ったのは、隣接する下鴨町、猪又町という町を含む獅子追郡、そして獅子追町というさびれた町である。ヤクザも警察も地主も役場も建設業者も一町民も、みながごたまぜになって深く重い影を作っている、その薄気味の悪さだ。」「そんななか、毛利や金居のいのちだけが軽く感じられてしまった。それはつまり、それだけのことで殺人を犯すだろうかという点で、私は納得できなかったのだと思う。」 佐々木譲 68歳 全 ◎ 45 「主要登場人物の大半を、地方県警の地域課の交番勤務警察官とするという、ある意味でかなり冒険的な試みの警察小説であり、ひとつの交番をここまで徹底的に舞台とした小説もあまりなかったろうと感じさせる野心作だ。」「同時に、この作品はきわめて精緻に組み立てられたミステリーである。とりわけとあるものの行方のトリックは、地域課警察官という登場人物の設定と不可分の仕掛けで、唸るしかなかった。」「選考会では、作品としての完成度は最も高いと本作の受賞を強く推したが、過半数の選考委員の賛同を得られなかった。」 唯川恵 63歳 全 ○ 51 「獅子追というさびれた田舎町に泥濘のような気配が淀んでいて、閉塞感に満ちている。主役は町そのものではないかと思えるほど、舞台設定は秀逸だ。」「犯人がわかるクライマックスシーンでは、思わず声を上げてしまった。同時に、果たしてこれで通るのだろうか、と首を傾げてしまった。」「それが引っかかって、本作品を推すことに躊躇いがあった。ところが、他委員の熱い支持を聞いているうちに気持ちは変わっていった。」「ミステリーの約束事を取っ払った意欲作。最終的にはその結論に達して「○」を付けた。」

他の候補作 小川哲 『ゲームの王国』 万城目学 『パーマネント神喜劇』 月村了衛 『機龍警察　狼眼殺手』 瀬尾まいこ 『そして、バトンは渡された』

万城目学42歳×各選考委員　 『パーマネント神喜劇』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石田衣良 58歳 全 ● 24 「ぼくはネット小説サイト『エブリスタ』で長く新人賞の選考をやっていたんだ。この手の話はうんざりするほど読まされたよ。」「確信犯で月並みのど真ん中を狙ったのかもしれないけど、ぼくはのれなかったな。著者の名誉のためにいっておくけど、万城目さんにはもっといい本があったはずで、今回の結果はこの作を候補に挙げた運営側のミスだよ。」 荻原浩 61歳 全 ■ 35 「神様業界という独自の世界についていくだけで大変なのに、業界内のシステムや肩書や、あれやこれやの技やアイテムなどなど、創作の上に創作をどんどん重ねられていくと、作者の世界観についていききれずに息切れを起こしてくる。」「新喜劇をもじったタイトルにちなんで言えば、マニアックなネタの漫才を観ているような印象を受けた。ツボにはまった時にはすごく面白いけれど、（受け手のほうが）はずしてしまうと、何が面白いのかわからない。つまりそんな感じだ。」 角田光代 51歳 全 ● 17 「根底のルールが私にはよくわからなかった。」「私たちのちいさな暮らしや、ときに自分本位な願いに寄り添ってくれる神さまの存在に安堵し、感謝しつつも、混乱が残ったままになってしまった。」 佐々木譲 68歳 全 ● 36 「大企業の地方出張所にあたる小さな神社の神さまの俗っぽさと人間臭さが、あまり作品中には生きていないようにも感じられた。」「表紙カバーの絵から、そして冒頭三行の諧謔的な書き出しから、読者は本作にかなり破天荒な滑稽譚を期待する。せっかくその気持ちになっている読者を、もっと乗せてほしかった、というのが勝手な読者側の思いだ。」 唯川恵 63歳 全 ● 39 「軽妙さには惹かれるが、ただ今回ばかりは、いつもの持ち味を生かし切れなかったように思う。展開が少々安易に感じられてしまうのだ。」「気楽に読めるエンターテインメントを意識して書かれたことは、はなから承知している。それでも、物語の向こうに透けて見えるものがなく、結果、印象の薄い作品となってしまった。」

他の候補作 小川哲 『ゲームの王国』 呉勝浩 『ライオン・ブルー』 月村了衛 『機龍警察　狼眼殺手』 瀬尾まいこ 『そして、バトンは渡された』

月村了衛55歳×各選考委員　 『機龍警察　狼眼殺手』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石田衣良 58歳 全 ■ 39 「たいへんな熱量で、複雑なプロットを描き切った実力は賞賛されるべきだね。今回多くの選考委員が過去のシリーズを未読で、よくわからない細部があるといっていた。やはりシリーズ五作目のノミネートが不利だったということかな。」「ジブリアニメ以来、女性に過剰なアクションを無理やり背負わせるという形が多いけれど、ぼくはその手には賛同できないね。」 荻原浩 61歳 全 ● 34 「シリーズの肝であるらしい機甲兵装「龍機兵」があまり登場しない一冊だったのが、賞の候補という意味では痛かったのではなかろうか。」「銃器や車種の名称をこと細かに書きこむのは、察するにこのシリーズの読みどころなのだろうし、シリーズの間に群像がふくらんでいったに違いないから、主要メンバーの数が多いのは、いたしかたないにしても、ほとんど登場しない人間のフルネームや、本筋にあまり関係のない組織名、地名などなどが、話の運びの邪魔になってはいないだろうか。」 角田光代 51歳 全 ■ 21 「殺し屋ライザと研究者緑の因縁と、その独特の感情の交流には深く心を揺さぶられた。ただ私には作中に登場する「龍機兵」がうまくイメージできなかった。」「この「狼眼殺手」では、その龍機兵の秘密に迫る量子情報通信ネットワークを扱うクイアコンという一大プロジェクトが鍵となっている。となると、この一冊を俎上に載せた評価は難しいのではないかと思う。」 佐々木譲 68歳 全 △ 42 「とくに前半の、警察機構とそこに所属する公務員たちの働きぶりの描写には、感嘆するばかりであった。」「そして後半のアクションの連続するシークエンスの疾走感と眩暈感が素晴らしい。」「わたしはしばしば選考委員であることを忘れてストーリーに没入した。」「惜しむらくは、その丁寧すぎる描写と情報の過剰であり、もっと刈り込めたのではないかとは読後の正直な思いである。」 唯川恵 63歳 全 ■ 49 「入り組んだ迷路を疾走するように読んだ。」「そもそも機龍警察とは何なのか。突入班龍機兵搭乗要員が搭乗する新型機甲兵装とはどういうものなのか。これらの根本的な設定を頭に描くのが難しい。また、登場人物が多く、視点があちこちに移るので、どの立場に立って成り行きを捉えればいいのか戸惑う。」「私が受け入れがたいと感じる部分は、すべてこのシリーズ五作目という理由に因る。（引用者中略）シリーズ小説の中の一作をどう評価すればいいのか。この辺りが、選考会でも議論となった。」

他の候補作 小川哲 『ゲームの王国』 呉勝浩 『ライオン・ブルー』 万城目学 『パーマネント神喜劇』 瀬尾まいこ 『そして、バトンは渡された』

瀬尾まいこ44歳×各選考委員　 『そして、バトンは渡された』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石田衣良 58歳 全 ■ 31 「ステップファーザーになる男たちの描きかたが気になったね。全員去勢済みの小型犬みたいなんだよ。」「非性的な時代の女性読者むけに、安全で居心地のいい世界をつくりあげたんじゃないかな。誰も傷つくことのないスイートな世界だよ。」「この作品はラッセンの描く楽園に似てる。無害で明るく心やさしい。まあ、自分の部屋の壁にかけるかといえば、勘弁してくれという感じだけど。」 荻原浩 61歳 全 ■ 42 「文章力のある人だと思った。なによりセリフ回しがうまい。」「血なんか繋がってなくたっていい関係にはなれる、という作品の思いは伝わったし、セックスへの欲求が希薄な時代には成立しなくもないストーリーかもしれないが、心の汚れた獣の私は、最後まで（二番目の義父とも長く二人暮らしをしているし）、いつ淫行や性的虐待や背徳方面に話がころぶのだろう、とはらはらしっぱなしで、結局のめりこむまでには至らなかった。」 角田光代 51歳 全 ■ 27 「ブラジルにいく実の親ではなく、梨花（と今の生活）を選ぶ少女の優子、というのはまだ理解できるのだけれども、実の親と優子を結果的に引き裂くことになる梨花という人の人となりと感情のありようが、どうにも私にはつかまえがたかった。」「躊躇なく見知らぬ他者と家族になり、快適な暮らしを模索しながら、ともに時間を重ねていく、というのは、たしかにあたらしい人間関係だと思うのだけれど、あまりに軽やかに感じてしまうと、関係がそもそもそこにあるのかなと疑いそうになる。」 佐々木譲 68歳 全 ● 41 「少女向き童話と読むには、とくに学校生活のエピソードの現実感が豊かであるし、かといって大人の読者を想定したストレート・ノベルと読むには、（引用者中略）展開の夢想性が直接的すぎる。ディテールにももっと検証が必要だったのではないか。本賞候補作として読むことには、かなり無理があると感じさせる作品であった。」 唯川恵 63歳 全 ■ 51 「読んでいる間は心地よいのだが、本を閉じると、まるで砂糖菓子が口の中で一瞬にして溶けてしまうように、余韻を味わうことができなかった。」「ここまで清潔な人間たちを集めなければ「心温まる小説」にならないのだろうか。それが今の時代に求められる小説なのだろうか。と考え込んでしまった。個人的には、優子より、彼女の親となった大人たちの葛藤や戸惑いを読んでみたかった。」

他の候補作 小川哲 『ゲームの王国』 呉勝浩 『ライオン・ブルー』 万城目学 『パーマネント神喜劇』 月村了衛 『機龍警察　狼眼殺手』