第32回

第31回第33回

平成30年/2018年度 令和1年/2019年5月15日決定発表／『小説新潮』令和1年/2019年7月号選評掲載

選考委員　 石田衣良 59歳 荻原浩 62歳 角田光代 52歳 佐々木譲 69歳 唯川恵 64歳 選評総行数　 223 228 192 214 209 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 朝倉かすみ　『平場の月』 58歳 評 ○ 45 ◎ 35 ○ 44 ◎ 56 ◎ 37 芦沢央　『火のないところに煙は』 35歳 評 △ 25 ■ 43 ■ 38 ● 36 ■ 42 赤松利市　『鯖』 63歳 評 □ 33 □ 44 △ 33 □ 77 △ 48 木皿泉　『カゲロボ』 (67歳)(62歳) 評 ■ 24 ● 33 ■ 39 ● 14 ■ 32 澤田瞳子　『落花』 41歳 評 ■ 22 ● 28 ■ 35 ■ 29 ■ 44           年齢の説明   見方・注意点

石田衣良59歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題長期デフレ下の小説と恋愛　総行数223　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 朝倉かすみ 58歳 全 ○ 45 「これこそデフレ下の恋愛そのものじゃないかな。主人公が軽自動車（タント！）に乗ってるラブストーリーは初めて読んだ。」「明日に希望はなく、金もなく、五十を過ぎてユニクロばかり着ていても、恋はできる。今の時代への、ものすごくポジティブなメッセージを感じたよ。」「ぼくは古典的な難病もの恋愛小説に、デフレ時代の設定を上手に織りこんだうえで、主人公・青砥に寄せた口語体に近い新しい文体をつくりだしたことが、朝倉さんの勝因だったと思う。」 芦沢央 35歳 全 △ 25 「この作品を候補にあげた予選委員の見識を感じるね。実話と創作ぎりぎりのトワイライトゾーンを突いてくる実話怪談は、読者の支持に比してなかなか文学的な評価がむずかしかった。ぼくは新しい時代のフォークロアとして、もっと注目されていいと思っていたんだけど。」「この作品は怖さの質がちょっとミステリー寄りだったと思うな。恐怖が上手に整理されすぎ、理解しやすかった。おかげでインパクトが弱くなったというかね。」 赤松利市 63歳 全 □ 33 「最後まで受賞を争った今回のツートップだ。」「海の色、天気の読みかた、自分の竿で釣りあげた魚の生きものとしての手ごたえといった細部が、実に素晴らしかった。」「もったいないのは、漁師のリアリティに比べてビジネス側が弱いことだね。終盤であれほど人を殺す必要もなかったようにも思う。」「受賞には届かなかったけど、これだけのボリュームをひと息に読ませる熱気と筆力はたいしたものだし、デフレ時代の貧しさを描く筆は出色だ。」 木皿泉 (67歳)(62歳) 全 ■ 24 「ＳＦというより、ファンタジーやすこし怖い寓話といった雰囲気がある。よかった点はやはりこの空気感だね。」「ぼくはそれがすこしゆるく読めてしまった。カゲロボという素晴らしいアイディアがまったく展開しないんだよ。」 澤田瞳子 41歳 全 ■ 22 「澤田さんは歴史的な知識が豊富だね。細かな書きこみはすごいもの。だけど登場人物の心の弾みを描く筆は、それにはすこし及ばなかった。将門がまったく魅力的じゃないんだ。」「武士が人を殺す場面を寛朝が目撃して、これが東国の音楽だと感動する場面は、どう読んでも納得いかなかった。このひ弱なお坊ちゃんが、そんなこと考えるはずがないよ。」   「アベノミクスの金融緩和で、いくらお金を市場にじゃぶじゃぶ流しても、まるで物価は上昇しないよね。それどころか実質賃金はさがり、多くの市民の暮らしはじりじりと貧しくなっている。今回はそんなデフレ経済を映した作品が多かったなあ。」「山本賞は今後も、エンターテインメント小説の分野で、すこし尖った新しい世界を切り開く作品を率先して拾いあげて欲しいね。新しさを恐れないで欲しい。」

他の選考委員 荻原浩 角田光代 佐々木譲 唯川恵

荻原浩62歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題たらとれば　総行数228　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 朝倉かすみ 58歳 全 ◎ 35 「文体がいい。とくにセリフ。各章の見出し（原文ルビ：タイトル）に、須藤の物語中のセリフをそのまま使っているのもいい感じだ。」「けっして美しい話ではなく、作者も美しく描こうとはしていない。それなのに美しい。恋愛ってそういうもんだよな（美しい誤解なんていう、ひねくれ汚れた気持ちではなく、素直に）、そう思わせてくれる。」「文章力、物語る力、隅々に感じる作品への気合の入り具合、どれもが○。」 芦沢央 35歳 全 ■ 43 「伏線がうまいこと回収されて腑に落ちるラストより、途中までの素朴な怪異や人間そのものの不気味さのほうがゾクッとする。」「単なる実話怪談の一歩先を行くぞ、という心意気は買うが、ここまで、どんでん返さなくても良かったんじゃないだろうか。シンプルですぱっと怖い、短篇サイズの掌篇もあって良かったと思うのだが。」 赤松利市 63歳 全 □ 44 「一本釣り漁師たちの陸（原文ルビ：おか）でのろくでもない暮らし、海の上での魚との真剣勝負、どちらの描写も素晴らしい。筆力がある人だ。筆圧が強いというか、文章にねじふせられるというか。」「ただ、ストーリーに関しては、終盤になって急に駆け足になっている気がした。」「残念ながら選考会では、接戦ではない次点、という評価だった。（引用者中略）僕もまったく同じで、いち押しはできないが二番手にあげたい、という採点だ。」 木皿泉 (67歳)(62歳) 全 ● 33 「どの短篇も最後の最後にこじんまりしたいい話にまとめてしまうのはなぜだろう。」「人を殺すこと、人に殺されそうになること、病で死ぬこと、それらを文章上だからと、さらりと書きすぎじゃないだろうか。」「人をいっときいい気分にさせるだけの物語は、違うジャンルに任せておけばいい。」「万人受けはしなくても、実売部数は悪くても、世の中に引っ掻き傷を残したり、汚いものの蓋を開けたりするのが、小説を書く意味だと思うのだ。」 澤田瞳子 41歳 全 ● 28 「はるか昔の関東の荒々しい風土の描写には迫力があり、香取の海に浮かぶ傀儡女（原文ルビ：くぐつめ）船の描写も美しい。当時の音楽の事情に関する説明は丁寧で、歴史に疎い当方には、初めて知ることも多かった。だが、肝心の音のほうは、こちらに予備知識がないせいもあるが、あまり聴こえてこなかった。」   「賞も実売も、ないよりあったほうがいいけれど、大切なのは中身だ。僕自身の願望もこめてそう思いたい。本のクオリティ、作家の実力、熱量。力のある人間が、怠けず手抜きせず、独りよがりじゃないきちんとした小説を書き続けていれば、世間は放っておかない。いつか、いい巡り合わせがやってくる。あとは運だ。」

他の選考委員 石田衣良 角田光代 佐々木譲 唯川恵

角田光代52歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題既成ではないうつくしさ　総行数192　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 朝倉かすみ 58歳 全 ○ 44 「文章のうまさに幾度もうならされた。（引用者中略）ひたすらに文章がみごとである。」「恋愛と死別という題材はじつにたくさん小説に用いられていて、そのことをもちろん熟知しているはずの作者がこの題材を選んだのは、きっと強い理由があってのことなのだろう。」「でも、ではなぜ、作者はあえてこの題材に挑んだのかがちょっとわからなかった。そのために、このみごとな小説が、そのみごとさを超えて迫ってこずに、ラストのシーンで急に小説が遠のいてしまったように感じられた。」 芦沢央 35歳 全 ■ 38 「第一話のインパクトが強いからかもしれないけれど、第二話以降の怪異的なこわさが少々薄れてしまって、かわりに、突然自宅までやってくる中年女性とか、やけになれなれしい隣人とか、一瞬だけ豹変を見せるおだやかな夫とか、現実の登場人物のほうが格段にこわく思えてくる。」「たぶん、現実世界の人物描写のリアリティがすぐれているせいで、怪異というフィクションのリアリティが負けてしまったのではないか。」 赤松利市 63歳 全 △ 33 「読んだことのない強烈な個性を持った小説で、じつに読みごたえがあった。」「繊細さの対極にあるような粗い文章が、この荒々しい小説にじつに合っている。」「第三章から先を急ぎすぎたか、全体の枚数が決まっていたのか、粗さが雑さになってしまった印象を持った。」「ラスト、少女たちが寅吉を囲むシーンなど、彼女たちのキャラクターがもっと前に描かれていたら、もっと強烈で異様なものになったはずだ。」 木皿泉 (67歳)(62歳) 全 ■ 39 「カゲロボ、という監視ロボットがいるらしい、という都市伝説が九編に共通するキーワードになっている、ということはわかるのだけれど、カゲロボって、じゃあなんなんだろう？　ということが、最後までよくわからない。（引用者中略）そこがわからないので、小説の芯をつかみ損ねた印象が残ってしまった。」「この小説の持つ軽やかさ、着地への跳躍、カゲロボは「何か」と結論を下さないところに、文字通り救われる読者は大勢いると思う。もしかしたら、いじめの現場にいる人たちはとくに。」 澤田瞳子 41歳 全 ■ 35 「ひとつ思うのは、ここで描いた平将門は、作者が本当に描きたかった人物に、今一歩届いていないのではないだろうか、ということだ。」「小説の重要なモチーフである梵唄、朗詠というものが、最後の最後まで私には聞こえなかった」「戦場の音も私には聞こえなかった。聞こえていたら、寛朝が音楽について悟る場面は、もっともっと心震えたはずだと思って、それがくやしい。」   「八年間、たくさんの新鮮で魅力にあふれた小説を読むことができてしあわせでした。」

他の選考委員 石田衣良 荻原浩 佐々木譲 唯川恵

佐々木譲69歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題同時代を見据える志　総行数214　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 朝倉かすみ 58歳 全 ◎ 56 「なにより時代を正面から見据えようとする志の高い小説として、まず語りたくなる。」「お洒落な恋愛小説よりもはるかに志と腕が問われる回答を、朝倉さんはわたしたちに提示してくれた。」「取り上げた題材の同時代性と、ストーリーテリングの巧みさ、そして文章の魅力、レトリックの豊かさに脱帽した。地名や固有名詞が頻出するけれども、バブル期の風俗小説のそれと違って、その暗喩性、象徴性が主題に呼応し、じつに効果的である。」 芦沢央 35歳 全 ● 36 「わたしのようなこうしたホラー作品のプロパーではない読者は、「探偵役」あるいは「解説者」が怪異現象を解釈し、因果関係を説明したりほのめかしたりしても、まだまだ合理性のある解釈は可能なのではないか、とどうしても考えてしまう。」「エピソードの多くに理屈で反応してしまい、さほど恐さを感じることもなく本作品集を読み終えてしまった。」 赤松利市 63歳 全 □ 77 「この作品は、漁師たちの「疎まれた共同体」が、彼らの専門性の高さ、そのプロフェッショナリズムゆえに近代経済社会と荒々しく接触し、その結果男たちは一瞬夢を見ることができた。その「夢」をめぐる顛末の物語ではないのか。（引用者中略）作者はきわめてストレートに、この作品を同時代的意匠をまとったファンタジーとして書いている。」「こう読めると気づいて選考会にはかり、議論次第で大方がこの作品を受賞作に推すならわたしも推そうと決めていた。」「全体では朝倉かすみさんの『平場の月』の評価をくつがえすには至らなかった。」 木皿泉 (67歳)(62歳) 全 ● 14 「このようなノンセンス作品で、しかも短いものであればあるほど、書き出す前の主題と語りかたの吟味が重要になる。残念ながら本作は、その詰めが不徹底だったように感じられる。また、どの作品にも末尾に登場人物のいわばまとめの述懐、認識があり、いかにも文学作品ふうの言葉で締められているが、それぞれ中身と対応しているとは読めなかった。」 澤田瞳子 41歳 全 ■ 29 「この寛朝が坂東にいることの意味である「至誠の声」の獲得というテーマを、ついに理解できたと思えない。作品中、繰り返し「至誠の声」という言葉が出てくるのだが、その概念が十分説得力を持って語られたとは感じられなかった。」「テーマとストーリーがどうも釣り合わないと感じさせる、（引用者中略）物語叙述の微妙な不整合感が残念である。」

他の選考委員 石田衣良 荻原浩 角田光代 唯川恵

唯川恵64歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題満場一致　総行数209　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 朝倉かすみ 58歳 全 ◎ 37 「最初からこの作品を推そうと決めて、選考会に臨んだ。」「須藤は死ぬ。それは冒頭で明かされている。始めは気になったが、読み進めてゆくうちに納得した。物語は主人公の青砥の視点で進められるが、結末を知る読み手は、逆に須藤を通して青砥を見つめることになる。だから後半、須藤の一挙手一投足にどれほど意味が込められているのかを知ることができるのだ。」「出だしが少しわかりにくいのと、エピソードの繰り返しが気になったが、瑕疵となるほどではなく、一回目の投票で選考委員の意見が一致し、受賞は呆気ないほどあっさり決まった。」 芦沢央 35歳 全 ■ 42 「手練れの書き手であることが十分に伝わって来る。」「ただ残念なのは、平たく言わせてもらえば、あまり怖さが感じられなかったことだ。言い換えれば、人間の方が（たとえ憑かれているにしても）よほど怖い。」「次から次と起こる怪奇現象や、関わった多くの人の理不尽な死も、頭では理解できるのだが、理屈抜きで肌を粟立たせるような恐怖には至らなかった。」 赤松利市 63歳 全 △ 48 「獰猛なフェロモンに満ちた小説である。」「もしかしたら、赤松さんは心温まる結末や洗練された文体など蹴散らしてやる、というもくろみで書かれたのだろうか。もちろん勝手な憶測だが、まさにそう言わんばかりのエロさとグロさが余すところなく発揮されていて、ここまで書かれるといっそ爽快になる。」「物語は新一の横領を読者に知らせぬまま進むが（この、主人公が自分を隠してしまう手法も多少疑問が残る）、金によって壊れてゆく新一の姿をもっと読ませて欲しかった。」 木皿泉 (67歳)(62歳) 全 ■ 32 「死と無縁の存在を関わらせることで、生を浮かび上がらせる手法も効果的だった。」「けれどもその一方、あまりに巧みに話が展開してゆくので、肝心の登場人物の存在が薄れてしまったように感じた。」「そして小説にとって、特に短編にとってオチはとても重要な要素だが、心温まる話にしようという意識が働き過ぎたのか、これだけ凝った作品なのに、いささか単調な印象が残った。」 澤田瞳子 41歳 全 ■ 44 「気になるのは、音が聞こえて来ないという点だ。特に、一般的にあまり馴染みのない梵唄となると、ぜひ実感させて欲しい。」「読者を選ぶ小説だろう。興味のある方は心躍らせるだろうが、そうでない者はおいてきぼりをくらう。たとえ興味のない者が読んでも、夢中にさせるためのもうひと工夫が用意されていたら、と思う。」

他の選考委員 石田衣良 荻原浩 角田光代 佐々木譲

朝倉かすみ58歳×各選考委員　 『平場の月』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石田衣良 59歳 全 ○ 45 「これこそデフレ下の恋愛そのものじゃないかな。主人公が軽自動車（タント！）に乗ってるラブストーリーは初めて読んだ。」「明日に希望はなく、金もなく、五十を過ぎてユニクロばかり着ていても、恋はできる。今の時代への、ものすごくポジティブなメッセージを感じたよ。」「ぼくは古典的な難病もの恋愛小説に、デフレ時代の設定を上手に織りこんだうえで、主人公・青砥に寄せた口語体に近い新しい文体をつくりだしたことが、朝倉さんの勝因だったと思う。」 荻原浩 62歳 全 ◎ 35 「文体がいい。とくにセリフ。各章の見出し（原文ルビ：タイトル）に、須藤の物語中のセリフをそのまま使っているのもいい感じだ。」「けっして美しい話ではなく、作者も美しく描こうとはしていない。それなのに美しい。恋愛ってそういうもんだよな（美しい誤解なんていう、ひねくれ汚れた気持ちではなく、素直に）、そう思わせてくれる。」「文章力、物語る力、隅々に感じる作品への気合の入り具合、どれもが○。」 角田光代 52歳 全 ○ 44 「文章のうまさに幾度もうならされた。（引用者中略）ひたすらに文章がみごとである。」「恋愛と死別という題材はじつにたくさん小説に用いられていて、そのことをもちろん熟知しているはずの作者がこの題材を選んだのは、きっと強い理由があってのことなのだろう。」「でも、ではなぜ、作者はあえてこの題材に挑んだのかがちょっとわからなかった。そのために、このみごとな小説が、そのみごとさを超えて迫ってこずに、ラストのシーンで急に小説が遠のいてしまったように感じられた。」 佐々木譲 69歳 全 ◎ 56 「なにより時代を正面から見据えようとする志の高い小説として、まず語りたくなる。」「お洒落な恋愛小説よりもはるかに志と腕が問われる回答を、朝倉さんはわたしたちに提示してくれた。」「取り上げた題材の同時代性と、ストーリーテリングの巧みさ、そして文章の魅力、レトリックの豊かさに脱帽した。地名や固有名詞が頻出するけれども、バブル期の風俗小説のそれと違って、その暗喩性、象徴性が主題に呼応し、じつに効果的である。」 唯川恵 64歳 全 ◎ 37 「最初からこの作品を推そうと決めて、選考会に臨んだ。」「須藤は死ぬ。それは冒頭で明かされている。始めは気になったが、読み進めてゆくうちに納得した。物語は主人公の青砥の視点で進められるが、結末を知る読み手は、逆に須藤を通して青砥を見つめることになる。だから後半、須藤の一挙手一投足にどれほど意味が込められているのかを知ることができるのだ。」「出だしが少しわかりにくいのと、エピソードの繰り返しが気になったが、瑕疵となるほどではなく、一回目の投票で選考委員の意見が一致し、受賞は呆気ないほどあっさり決まった。」

他の候補作 芦沢央 『火のないところに煙は』 赤松利市 『鯖』 木皿泉 『カゲロボ』 澤田瞳子 『落花』

芦沢央35歳×各選考委員　 『火のないところに煙は』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石田衣良 59歳 全 △ 25 「この作品を候補にあげた予選委員の見識を感じるね。実話と創作ぎりぎりのトワイライトゾーンを突いてくる実話怪談は、読者の支持に比してなかなか文学的な評価がむずかしかった。ぼくは新しい時代のフォークロアとして、もっと注目されていいと思っていたんだけど。」「この作品は怖さの質がちょっとミステリー寄りだったと思うな。恐怖が上手に整理されすぎ、理解しやすかった。おかげでインパクトが弱くなったというかね。」 荻原浩 62歳 全 ■ 43 「伏線がうまいこと回収されて腑に落ちるラストより、途中までの素朴な怪異や人間そのものの不気味さのほうがゾクッとする。」「単なる実話怪談の一歩先を行くぞ、という心意気は買うが、ここまで、どんでん返さなくても良かったんじゃないだろうか。シンプルですぱっと怖い、短篇サイズの掌篇もあって良かったと思うのだが。」 角田光代 52歳 全 ■ 38 「第一話のインパクトが強いからかもしれないけれど、第二話以降の怪異的なこわさが少々薄れてしまって、かわりに、突然自宅までやってくる中年女性とか、やけになれなれしい隣人とか、一瞬だけ豹変を見せるおだやかな夫とか、現実の登場人物のほうが格段にこわく思えてくる。」「たぶん、現実世界の人物描写のリアリティがすぐれているせいで、怪異というフィクションのリアリティが負けてしまったのではないか。」 佐々木譲 69歳 全 ● 36 「わたしのようなこうしたホラー作品のプロパーではない読者は、「探偵役」あるいは「解説者」が怪異現象を解釈し、因果関係を説明したりほのめかしたりしても、まだまだ合理性のある解釈は可能なのではないか、とどうしても考えてしまう。」「エピソードの多くに理屈で反応してしまい、さほど恐さを感じることもなく本作品集を読み終えてしまった。」 唯川恵 64歳 全 ■ 42 「手練れの書き手であることが十分に伝わって来る。」「ただ残念なのは、平たく言わせてもらえば、あまり怖さが感じられなかったことだ。言い換えれば、人間の方が（たとえ憑かれているにしても）よほど怖い。」「次から次と起こる怪奇現象や、関わった多くの人の理不尽な死も、頭では理解できるのだが、理屈抜きで肌を粟立たせるような恐怖には至らなかった。」

他の候補作 朝倉かすみ 『平場の月』 赤松利市 『鯖』 木皿泉 『カゲロボ』 澤田瞳子 『落花』

赤松利市63歳×各選考委員　 『鯖』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石田衣良 59歳 全 □ 33 「最後まで受賞を争った今回のツートップだ。」「海の色、天気の読みかた、自分の竿で釣りあげた魚の生きものとしての手ごたえといった細部が、実に素晴らしかった。」「もったいないのは、漁師のリアリティに比べてビジネス側が弱いことだね。終盤であれほど人を殺す必要もなかったようにも思う。」「受賞には届かなかったけど、これだけのボリュームをひと息に読ませる熱気と筆力はたいしたものだし、デフレ時代の貧しさを描く筆は出色だ。」 荻原浩 62歳 全 □ 44 「一本釣り漁師たちの陸（原文ルビ：おか）でのろくでもない暮らし、海の上での魚との真剣勝負、どちらの描写も素晴らしい。筆力がある人だ。筆圧が強いというか、文章にねじふせられるというか。」「ただ、ストーリーに関しては、終盤になって急に駆け足になっている気がした。」「残念ながら選考会では、接戦ではない次点、という評価だった。（引用者中略）僕もまったく同じで、いち押しはできないが二番手にあげたい、という採点だ。」 角田光代 52歳 全 △ 33 「読んだことのない強烈な個性を持った小説で、じつに読みごたえがあった。」「繊細さの対極にあるような粗い文章が、この荒々しい小説にじつに合っている。」「第三章から先を急ぎすぎたか、全体の枚数が決まっていたのか、粗さが雑さになってしまった印象を持った。」「ラスト、少女たちが寅吉を囲むシーンなど、彼女たちのキャラクターがもっと前に描かれていたら、もっと強烈で異様なものになったはずだ。」 佐々木譲 69歳 全 □ 77 「この作品は、漁師たちの「疎まれた共同体」が、彼らの専門性の高さ、そのプロフェッショナリズムゆえに近代経済社会と荒々しく接触し、その結果男たちは一瞬夢を見ることができた。その「夢」をめぐる顛末の物語ではないのか。（引用者中略）作者はきわめてストレートに、この作品を同時代的意匠をまとったファンタジーとして書いている。」「こう読めると気づいて選考会にはかり、議論次第で大方がこの作品を受賞作に推すならわたしも推そうと決めていた。」「全体では朝倉かすみさんの『平場の月』の評価をくつがえすには至らなかった。」 唯川恵 64歳 全 △ 48 「獰猛なフェロモンに満ちた小説である。」「もしかしたら、赤松さんは心温まる結末や洗練された文体など蹴散らしてやる、というもくろみで書かれたのだろうか。もちろん勝手な憶測だが、まさにそう言わんばかりのエロさとグロさが余すところなく発揮されていて、ここまで書かれるといっそ爽快になる。」「物語は新一の横領を読者に知らせぬまま進むが（この、主人公が自分を隠してしまう手法も多少疑問が残る）、金によって壊れてゆく新一の姿をもっと読ませて欲しかった。」

他の候補作 朝倉かすみ 『平場の月』 芦沢央 『火のないところに煙は』 木皿泉 『カゲロボ』 澤田瞳子 『落花』

木皿泉(67歳)(62歳)×各選考委員　 『カゲロボ』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石田衣良 59歳 全 ■ 24 「ＳＦというより、ファンタジーやすこし怖い寓話といった雰囲気がある。よかった点はやはりこの空気感だね。」「ぼくはそれがすこしゆるく読めてしまった。カゲロボという素晴らしいアイディアがまったく展開しないんだよ。」 荻原浩 62歳 全 ● 33 「どの短篇も最後の最後にこじんまりしたいい話にまとめてしまうのはなぜだろう。」「人を殺すこと、人に殺されそうになること、病で死ぬこと、それらを文章上だからと、さらりと書きすぎじゃないだろうか。」「人をいっときいい気分にさせるだけの物語は、違うジャンルに任せておけばいい。」「万人受けはしなくても、実売部数は悪くても、世の中に引っ掻き傷を残したり、汚いものの蓋を開けたりするのが、小説を書く意味だと思うのだ。」 角田光代 52歳 全 ■ 39 「カゲロボ、という監視ロボットがいるらしい、という都市伝説が九編に共通するキーワードになっている、ということはわかるのだけれど、カゲロボって、じゃあなんなんだろう？　ということが、最後までよくわからない。（引用者中略）そこがわからないので、小説の芯をつかみ損ねた印象が残ってしまった。」「この小説の持つ軽やかさ、着地への跳躍、カゲロボは「何か」と結論を下さないところに、文字通り救われる読者は大勢いると思う。もしかしたら、いじめの現場にいる人たちはとくに。」 佐々木譲 69歳 全 ● 14 「このようなノンセンス作品で、しかも短いものであればあるほど、書き出す前の主題と語りかたの吟味が重要になる。残念ながら本作は、その詰めが不徹底だったように感じられる。また、どの作品にも末尾に登場人物のいわばまとめの述懐、認識があり、いかにも文学作品ふうの言葉で締められているが、それぞれ中身と対応しているとは読めなかった。」 唯川恵 64歳 全 ■ 32 「死と無縁の存在を関わらせることで、生を浮かび上がらせる手法も効果的だった。」「けれどもその一方、あまりに巧みに話が展開してゆくので、肝心の登場人物の存在が薄れてしまったように感じた。」「そして小説にとって、特に短編にとってオチはとても重要な要素だが、心温まる話にしようという意識が働き過ぎたのか、これだけ凝った作品なのに、いささか単調な印象が残った。」

他の候補作 朝倉かすみ 『平場の月』 芦沢央 『火のないところに煙は』 赤松利市 『鯖』 澤田瞳子 『落花』

澤田瞳子41歳×各選考委員　 『落花』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石田衣良 59歳 全 ■ 22 「澤田さんは歴史的な知識が豊富だね。細かな書きこみはすごいもの。だけど登場人物の心の弾みを描く筆は、それにはすこし及ばなかった。将門がまったく魅力的じゃないんだ。」「武士が人を殺す場面を寛朝が目撃して、これが東国の音楽だと感動する場面は、どう読んでも納得いかなかった。このひ弱なお坊ちゃんが、そんなこと考えるはずがないよ。」 荻原浩 62歳 全 ● 28 「はるか昔の関東の荒々しい風土の描写には迫力があり、香取の海に浮かぶ傀儡女（原文ルビ：くぐつめ）船の描写も美しい。当時の音楽の事情に関する説明は丁寧で、歴史に疎い当方には、初めて知ることも多かった。だが、肝心の音のほうは、こちらに予備知識がないせいもあるが、あまり聴こえてこなかった。」 角田光代 52歳 全 ■ 35 「ひとつ思うのは、ここで描いた平将門は、作者が本当に描きたかった人物に、今一歩届いていないのではないだろうか、ということだ。」「小説の重要なモチーフである梵唄、朗詠というものが、最後の最後まで私には聞こえなかった」「戦場の音も私には聞こえなかった。聞こえていたら、寛朝が音楽について悟る場面は、もっともっと心震えたはずだと思って、それがくやしい。」 佐々木譲 69歳 全 ■ 29 「この寛朝が坂東にいることの意味である「至誠の声」の獲得というテーマを、ついに理解できたと思えない。作品中、繰り返し「至誠の声」という言葉が出てくるのだが、その概念が十分説得力を持って語られたとは感じられなかった。」「テーマとストーリーがどうも釣り合わないと感じさせる、（引用者中略）物語叙述の微妙な不整合感が残念である。」 唯川恵 64歳 全 ■ 44 「気になるのは、音が聞こえて来ないという点だ。特に、一般的にあまり馴染みのない梵唄となると、ぜひ実感させて欲しい。」「読者を選ぶ小説だろう。興味のある方は心躍らせるだろうが、そうでない者はおいてきぼりをくらう。たとえ興味のない者が読んでも、夢中にさせるためのもうひと工夫が用意されていたら、と思う。」

他の候補作 朝倉かすみ 『平場の月』 芦沢央 『火のないところに煙は』 赤松利市 『鯖』 木皿泉 『カゲロボ』