第45回

第44回

令和6年/2024年度 令和6年/2024年3月5日決定発表

選考委員　 朝井まかて 64歳 大沢在昌 67歳 京極夏彦 60歳 辻村深月 44歳 村山由佳 59歳 選評総行数　 92 80 112 87 99 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 藤岡陽子　『リラの花咲くけものみち』 52歳 評 □ 23 ○ 13 △ 20 ○ 15 ○ 23 荒木あかね　『ちぎれた鎖と光の切れ端』 25歳 評 ■ 15 ■ 18 ■ 15 ■ 22 ■ 13 斜線堂有紀　『回樹』 30歳 評 ◎ 17 ■ 12 △ 19 △ 16 ■ 13 武内涼　『厳島』 46歳 評 ■ 14 ■ 15 ■ 19 ■ 11 △ 22 多崎礼　『レーエンデ国物語』 （不明） 評 ■ 16 ■ 14 ■ 17 △ 16 ● 16           年齢の説明   見方・注意点

朝井まかて64歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題新鮮で過激な傾き　総行数92　（1行=19字） 候補 評価 行数 評言 藤岡陽子 52歳 全 □ 23 「人と動物の命、その関係性に向けたまなざしは寸分も揺るがず、だからこそ温かい。が、真面目にまとめ過ぎているようにも感じた。」「第七章の父とのやりとりで、ほっとした。小説としての破調、妙味があり、こうでなくちゃ！　と安堵したのである。ラストについては結婚がゴールのようにも読めてしまうので、現代の小説としてはもう一考欲しかった。」「とはいえ、一人の少女の成長物語が佳き小説としてまっすぐに評価されたことに私はある種の感動を覚え、心から受賞に賛同した。」 荒木あかね 25歳 全 ■ 15 「復讐行為の連鎖、虚しさと酷さを描こうとした。が、その企てを小説にするのにこの構造、手法がふさわしかっただろうか。」「とくに第一部は主人公の一人称で語られるだけに、復讐の理由にはもっと掘り下げが欲しかった。」「刑事が捜査情報を喋り過ぎる点には首を傾げたが、紀田先輩と主人公との関係性は好もしい。」 斜線堂有紀 30歳 全 ◎ 17 「行き場のない死体を吸収する「回樹」。愛する者の死体を飲み込まれた人間は、かの人を愛するように回樹を愛するようになる。この愛情の転移、愛情の受容体についての洞察、文体も群を抜いて洗練されていた。この才能に私は興奮し、選考会でも推した。」「斜線堂さんの作品をよく知る選考委員から「力のある人だから、この作品で受賞してよいか」という懸念が出た。」 武内涼 46歳 全 ■ 14 「武将それぞれに戦わざるを得ない逼迫した事情があり、ゆえに作者はいずかたにも肩入れし過ぎず、歴史を活写せんとする姿勢を貫いた。ただ、歴史を忠実に伝えたいという熱が小説としての膨らみを削いでしまったように思う。」「本作はエネルギー配分が歴史解説に偏り過ぎたのではあるまいか。」 多崎礼 （不明） 全 ■ 16 「国と国の紛争、差別、区別についても筆が及び、複雑だが煩瑣ではなく、とくに銀呪病という人々に忌まれる病に聖性を与えたことがこの小説の奥深さになったと思う。ただ、筋立ては主人公たちを保護し過ぎており、個々の人間の描かれ方も平板だ。とくに会話が幼い。」   「候補作すべてが異なる色合いと肌触りを持ちながら、この題材で立ち上げた世界を読者に伝えたいという熱は全作に共通していました。」

他の選考委員 大沢在昌 京極夏彦 辻村深月 村山由佳

大沢在昌67歳×各候補作

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題個性と完成度　総行数80　（1行=19字） 候補 評価 行数 評言 藤岡陽子 52歳 全 ○ 13 「いやみのない、実にいい小説である。」「悲しみや失望はあっても、絶望はなく、主人公の成長が一歩一歩、確かに読む者の胸に伝わってくる。各章を花言葉になぞらえるその手腕は、あざといほど見事で、作者は熟練のプロフェッショナルといえる。」 荒木あかね 25歳 全 ■ 18 「孤島と大都市で起こる連続殺人を、容疑者と刑事の視点から描いた物語には、作者の意気込みがこもっていた。」「が、その構想に作者の筆力が追いついていない。ために、物語冒頭で、犯人はこの中にいる、とか、密室殺人だ、と登場人物（作者）が断定してしまい、物語は近視眼的に動く。」 斜線堂有紀 30歳 全 ■ 12 「「骨刻」に感心する一方、「ＢＴＴＦ葬送」には首を傾げた。」「首を傾げたのは、説得力の不足だ。ありえない物語を読者の胸にすんなり落としこむには、それなりの理屈が必要で、その理屈こそが読者を作者の世界に引きこむ力をもつ。この作品集には、理屈が足りていないものもあり、結果、受賞に届かなかった。」 武内涼 46歳 全 ■ 15 「多くの人物が登場するが、その描き分けにも成功していて、筆力に疑いはない。」「が、チャンバラではなく歴史を描くことにこだわりすぎたのか、物語から躍動感が失われてしまった。『阿修羅草紙』にあった血湧き肉躍る興奮が本作にはなく、かわりにていねいすぎる人物描写が、物語への没入を阻害した。」 多崎礼 （不明） 全 ■ 14 「作者の豊かな筆力を感じる一方で、大きな物語のおいしいところだけを書いた、という印象が残った。」「登場人物の誰もが純粋で幼ない。国と国との争いに、裏切りや打算がまるで登場しないのも、安心して読める反面、物足りなさを覚える。」「一面的ではない人間が加わることで、物語は重層的になった筈だ。」   「今回の候補作は、五作すべてが異なるジャンルに属し、個性に富んでいた。選考の場は、作者がなぜこのジャンルを選んだのかという議論にも及び、長年この賞の選考委員をつとめている私も学ぶことが多かった。」

他の選考委員 朝井まかて 京極夏彦 辻村深月 村山由佳

京極夏彦60歳×各候補作

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題選評　総行数112　（1行=19字） 候補 評価 行数 評言 藤岡陽子 52歳 全 △ 20 「取材に裏付けられた日常の描写は細やかで、かつリアルである。リアルであるが故に、それは読者の疑似的な経験として受容されるだろう。」「ラストの早急さや多少あざとく思えるガジェットなど気になる点もないではないが、劇的な展開を小説の外に追い出し読者に委ねるという手法は、容易に成し遂げられるものではないだろう。」 荒木あかね 25歳 全 ■ 15 「本作は小説として良く書けているが故に、謎解き小説以外の読み方をも引き入れてしまう。一人称の地の文は語り手の内面思考として諒解されるが、語り手の行動やセリフと地の文の間には微妙な齟齬や乖離が生じている。結果、動機などが不具合として露呈してしまうのではないか。小説の技巧がトリックに貢献していないように思う。」 斜線堂有紀 30歳 全 △ 19 「著者は綺想という核種に小説という中性子をぶつけることで起きる核反応を統御しようと企み、その企みは成功している。但しそうした目で眺めた時、若干の夾雑物＝綺想を種としない要素が目に付くことは否めない。“普通”に寄せることをせず、臨界を迎えるまで綺想を増殖させていたとしても、作品を成立させるだけの技量は十分にあるだろう。」 武内涼 46歳 全 ■ 19 「モチーフとなる合戦は人口に膾炙したものだが、その背景はそれなりに複雑である。（引用者中略）本作はそれを智将×忠臣という構図に落とし込み、単層化することで物語化に成功している。」「作者視点＝地の文に典拠となるデータを逐次挿入する様式は歴史小説ならではのものでもあるのだろうが、ただこの構造にそのスタイルは見合っていただろうか。」「情報処理の工夫が必要だったのではないか。」 多崎礼 （不明） 全 ■ 17 「些かステレオタイプに過ぎるキャラクターシフトも計算ずくなのだろうし、昨今の傾向を踏まえた展開も見事である。ただ表題から察するに本作の主役は“国”と思われる。そう捉えると神話的イデオロギーの希薄さは気になる。」「既に続刊も刊行されており、序章に当たる本作のみで評価を定めることには躊躇いがあった。」   「書き手自身がジャンルを強く意識して作品を作るケースも少なくはない。しかし、それでもそこから何を読み取るかは、読者次第ではあるだろう。」

他の選考委員 朝井まかて 大沢在昌 辻村深月 村山由佳

辻村深月44歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題選評　総行数87　（1行=19字） 候補 評価 行数 評言 藤岡陽子 52歳 全 ○ 15 「誰かが用意した悪意や衝突といったものではない、理不尽だけど起こりうる、もっと大きく、でも確かにあって避けられないものと静かに強く、正面から対峙していく。これこそが藤岡さんの小説の魅力であり、今回、受賞の場に立ち会えたことをとても光栄に思う。」 荒木あかね 25歳 全 ■ 22 「前半の濃密なクローズドサークルの殺人事件もいい意味での徒労感に襲われつつ、面白く読んだ。」「私はこの小説の魅力は、狙いが著者の中でまだ定まりきっていない、その未成熟さにあると感じる。書きたいものが溢れているけれど、自覚的でないからこそストーリーがあがくような筆運びは、まとまりとしては混乱して見えても、今、この著者でなければ書けない、もどかしいまでの情熱ゆえだろう。」 斜線堂有紀 30歳 全 △ 16 「発想が小説としてどう結ばれるのか、という決着がどれも設定が示された時点である程度予想できてしまった。とびぬけた才能の持ち主だと思えばこそ、この著者の受賞作は今作ではなく、未来に書かれる別の作品だと思えて、今回は積極的に推さなかった。」 武内涼 46歳 全 ■ 11 「史実に裏打ちされた構成が見事である一方、たとえば、伝わっていないという弘中隆兼が妻子に書いた十月一日付けの最後の手紙をこの著者が小説内のリアリティで考えたならどういった言葉になったろうか――といったことが知りたくなってしまう。ただそれは小説の中に持ち込まれた史実への忠実さに水を差すのかもしれず、そうした点が悩ましかった。」 多崎礼 （不明） 全 △ 16 「私はこの小説の魅力は終章にあると思っている。主人公たちの生身の生や営みが雄弁で語られた先で、その後の歴史だけが綴られるわずか五ページ。」「すべての歴史を著者が構築するファンタジーだからこそできることであり、切り捨てられた者たちの歴史と人生を尊重する物語であることが明かされる構成としても胸打たれた。」   「選考をしていると、「ああ、ここで出会いたくなかった」という作品に出会うことがままある。選考という場でなければ、純粋に楽しめ、また、選外とする根拠の理由を探す必要もない。（引用者中略）今回の候補作はほぼそう思う小説ばかり」

他の選考委員 朝井まかて 大沢在昌 京極夏彦 村山由佳

村山由佳59歳×各候補作

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題選考の軸足　総行数99　（1行=19字） 候補 評価 行数 評言 藤岡陽子 52歳 全 ○ 23 「獣医という職業を〈物言えぬ動物たちに寄り添う素晴らしい仕事〉と称えることをしない。そのつど命の選別をしなくてはならない過酷さや、飼い主の都合で運命が決まってしまうペットの悲哀、経済動物と呼ばれる牛たちと共に生きる酪農家の辛苦に至るまで逃げずに描く。手つきには容赦がないが、背後にはこの世のよきものを肯定しようとする作者の信念がある。」 荒木あかね 25歳 全 ■ 13 「いかんせん前半の殺人計画も実際の殺人も、ともに動機が弱い。前半の語り手と先輩との間に、あるいは後半の兄と妹の間に、犯行の動機となるくらい強く情の通い合う場面があらかじめ描かれてあったならずいぶん違っていただろう。」 斜線堂有紀 30歳 全 ■ 13 「どの短編にも、作者の底意地の悪さ（ほめています）と性格の良さが両方とも滲み出ているようで好もしかった。ただ、最後を飾る書き下ろしの一編にも再び〈回樹〉が描かれているのだが、同じ世界をもう一度描くのなら、最初の一編を裏切るか、はるかに深める描き方でなければいけない。」 武内涼 46歳 全 △ 22 「迷いに迷いながらこの作品にも○をつけて臨んだのだが、選考会の席上で、「×に近い○」という迷言を口にしてしまったことは告白しておかねばならない。」「数の上ではるかにまさっていた陶晴賢の軍勢が破れてゆく道筋も非常によく調べられていて説得力に満ちている。では何が不満で推しきれなかったかといえば、悲劇の武将・弘中隆兼に対して、肝腎の毛利元就の描き方が薄かったことだ。」 多崎礼 （不明） 全 ● 16 「架空の異世界が相当しっかりと構築されているのだが、登場人物たちの精神性がみな幼く、全編を通じてほんものの大人が不在に感じられた。」「多くの読者を獲得し、先を待ち望んでもらえる作品はそれだけで尊い。要するに、文学賞という観点から見た時にはいずれがふさわしいのか？　という難しい判断を求められた先に、今回の結果があったということだろうと思う。」   「青春小説あり、連続殺人事件あり、ＳＦあり、歴史小説あり、ファンタジーあり、いずれも実力派揃いの群雄割拠である。選考の軸足をどこに置けばいいのか、ずいぶん悩んだ。」

他の選考委員 朝井まかて 大沢在昌 京極夏彦 辻村深月

藤岡陽子52歳×各選考委員　 『リラの花咲くけものみち』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 朝井まかて 64歳 全 □ 23 「人と動物の命、その関係性に向けたまなざしは寸分も揺るがず、だからこそ温かい。が、真面目にまとめ過ぎているようにも感じた。」「第七章の父とのやりとりで、ほっとした。小説としての破調、妙味があり、こうでなくちゃ！　と安堵したのである。ラストについては結婚がゴールのようにも読めてしまうので、現代の小説としてはもう一考欲しかった。」「とはいえ、一人の少女の成長物語が佳き小説としてまっすぐに評価されたことに私はある種の感動を覚え、心から受賞に賛同した。」 大沢在昌 67歳 全 ○ 13 「いやみのない、実にいい小説である。」「悲しみや失望はあっても、絶望はなく、主人公の成長が一歩一歩、確かに読む者の胸に伝わってくる。各章を花言葉になぞらえるその手腕は、あざといほど見事で、作者は熟練のプロフェッショナルといえる。」 京極夏彦 60歳 全 △ 20 「取材に裏付けられた日常の描写は細やかで、かつリアルである。リアルであるが故に、それは読者の疑似的な経験として受容されるだろう。」「ラストの早急さや多少あざとく思えるガジェットなど気になる点もないではないが、劇的な展開を小説の外に追い出し読者に委ねるという手法は、容易に成し遂げられるものではないだろう。」 辻村深月 44歳 全 ○ 15 「誰かが用意した悪意や衝突といったものではない、理不尽だけど起こりうる、もっと大きく、でも確かにあって避けられないものと静かに強く、正面から対峙していく。これこそが藤岡さんの小説の魅力であり、今回、受賞の場に立ち会えたことをとても光栄に思う。」 村山由佳 59歳 全 ○ 23 「獣医という職業を〈物言えぬ動物たちに寄り添う素晴らしい仕事〉と称えることをしない。そのつど命の選別をしなくてはならない過酷さや、飼い主の都合で運命が決まってしまうペットの悲哀、経済動物と呼ばれる牛たちと共に生きる酪農家の辛苦に至るまで逃げずに描く。手つきには容赦がないが、背後にはこの世のよきものを肯定しようとする作者の信念がある。」

他の候補作 荒木あかね 『ちぎれた鎖と光の切れ端』 斜線堂有紀 『回樹』 武内涼 『厳島』 多崎礼 『レーエンデ国物語』

荒木あかね25歳×各選考委員　 『ちぎれた鎖と光の切れ端』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 朝井まかて 64歳 全 ■ 15 「復讐行為の連鎖、虚しさと酷さを描こうとした。が、その企てを小説にするのにこの構造、手法がふさわしかっただろうか。」「とくに第一部は主人公の一人称で語られるだけに、復讐の理由にはもっと掘り下げが欲しかった。」「刑事が捜査情報を喋り過ぎる点には首を傾げたが、紀田先輩と主人公との関係性は好もしい。」 大沢在昌 67歳 全 ■ 18 「孤島と大都市で起こる連続殺人を、容疑者と刑事の視点から描いた物語には、作者の意気込みがこもっていた。」「が、その構想に作者の筆力が追いついていない。ために、物語冒頭で、犯人はこの中にいる、とか、密室殺人だ、と登場人物（作者）が断定してしまい、物語は近視眼的に動く。」 京極夏彦 60歳 全 ■ 15 「本作は小説として良く書けているが故に、謎解き小説以外の読み方をも引き入れてしまう。一人称の地の文は語り手の内面思考として諒解されるが、語り手の行動やセリフと地の文の間には微妙な齟齬や乖離が生じている。結果、動機などが不具合として露呈してしまうのではないか。小説の技巧がトリックに貢献していないように思う。」 辻村深月 44歳 全 ■ 22 「前半の濃密なクローズドサークルの殺人事件もいい意味での徒労感に襲われつつ、面白く読んだ。」「私はこの小説の魅力は、狙いが著者の中でまだ定まりきっていない、その未成熟さにあると感じる。書きたいものが溢れているけれど、自覚的でないからこそストーリーがあがくような筆運びは、まとまりとしては混乱して見えても、今、この著者でなければ書けない、もどかしいまでの情熱ゆえだろう。」 村山由佳 59歳 全 ■ 13 「いかんせん前半の殺人計画も実際の殺人も、ともに動機が弱い。前半の語り手と先輩との間に、あるいは後半の兄と妹の間に、犯行の動機となるくらい強く情の通い合う場面があらかじめ描かれてあったならずいぶん違っていただろう。」

他の候補作 藤岡陽子 『リラの花咲くけものみち』 斜線堂有紀 『回樹』 武内涼 『厳島』 多崎礼 『レーエンデ国物語』

斜線堂有紀30歳×各選考委員　 『回樹』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 朝井まかて 64歳 全 ◎ 17 「行き場のない死体を吸収する「回樹」。愛する者の死体を飲み込まれた人間は、かの人を愛するように回樹を愛するようになる。この愛情の転移、愛情の受容体についての洞察、文体も群を抜いて洗練されていた。この才能に私は興奮し、選考会でも推した。」「斜線堂さんの作品をよく知る選考委員から「力のある人だから、この作品で受賞してよいか」という懸念が出た。」 大沢在昌 67歳 全 ■ 12 「「骨刻」に感心する一方、「ＢＴＴＦ葬送」には首を傾げた。」「首を傾げたのは、説得力の不足だ。ありえない物語を読者の胸にすんなり落としこむには、それなりの理屈が必要で、その理屈こそが読者を作者の世界に引きこむ力をもつ。この作品集には、理屈が足りていないものもあり、結果、受賞に届かなかった。」 京極夏彦 60歳 全 △ 19 「著者は綺想という核種に小説という中性子をぶつけることで起きる核反応を統御しようと企み、その企みは成功している。但しそうした目で眺めた時、若干の夾雑物＝綺想を種としない要素が目に付くことは否めない。“普通”に寄せることをせず、臨界を迎えるまで綺想を増殖させていたとしても、作品を成立させるだけの技量は十分にあるだろう。」 辻村深月 44歳 全 △ 16 「発想が小説としてどう結ばれるのか、という決着がどれも設定が示された時点である程度予想できてしまった。とびぬけた才能の持ち主だと思えばこそ、この著者の受賞作は今作ではなく、未来に書かれる別の作品だと思えて、今回は積極的に推さなかった。」 村山由佳 59歳 全 ■ 13 「どの短編にも、作者の底意地の悪さ（ほめています）と性格の良さが両方とも滲み出ているようで好もしかった。ただ、最後を飾る書き下ろしの一編にも再び〈回樹〉が描かれているのだが、同じ世界をもう一度描くのなら、最初の一編を裏切るか、はるかに深める描き方でなければいけない。」

他の候補作 藤岡陽子 『リラの花咲くけものみち』 荒木あかね 『ちぎれた鎖と光の切れ端』 武内涼 『厳島』 多崎礼 『レーエンデ国物語』

武内涼46歳×各選考委員　 『厳島』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 朝井まかて 64歳 全 ■ 14 「武将それぞれに戦わざるを得ない逼迫した事情があり、ゆえに作者はいずかたにも肩入れし過ぎず、歴史を活写せんとする姿勢を貫いた。ただ、歴史を忠実に伝えたいという熱が小説としての膨らみを削いでしまったように思う。」「本作はエネルギー配分が歴史解説に偏り過ぎたのではあるまいか。」 大沢在昌 67歳 全 ■ 15 「多くの人物が登場するが、その描き分けにも成功していて、筆力に疑いはない。」「が、チャンバラではなく歴史を描くことにこだわりすぎたのか、物語から躍動感が失われてしまった。『阿修羅草紙』にあった血湧き肉躍る興奮が本作にはなく、かわりにていねいすぎる人物描写が、物語への没入を阻害した。」 京極夏彦 60歳 全 ■ 19 「モチーフとなる合戦は人口に膾炙したものだが、その背景はそれなりに複雑である。（引用者中略）本作はそれを智将×忠臣という構図に落とし込み、単層化することで物語化に成功している。」「作者視点＝地の文に典拠となるデータを逐次挿入する様式は歴史小説ならではのものでもあるのだろうが、ただこの構造にそのスタイルは見合っていただろうか。」「情報処理の工夫が必要だったのではないか。」 辻村深月 44歳 全 ■ 11 「史実に裏打ちされた構成が見事である一方、たとえば、伝わっていないという弘中隆兼が妻子に書いた十月一日付けの最後の手紙をこの著者が小説内のリアリティで考えたならどういった言葉になったろうか――といったことが知りたくなってしまう。ただそれは小説の中に持ち込まれた史実への忠実さに水を差すのかもしれず、そうした点が悩ましかった。」 村山由佳 59歳 全 △ 22 「迷いに迷いながらこの作品にも○をつけて臨んだのだが、選考会の席上で、「×に近い○」という迷言を口にしてしまったことは告白しておかねばならない。」「数の上ではるかにまさっていた陶晴賢の軍勢が破れてゆく道筋も非常によく調べられていて説得力に満ちている。では何が不満で推しきれなかったかといえば、悲劇の武将・弘中隆兼に対して、肝腎の毛利元就の描き方が薄かったことだ。」

他の候補作 藤岡陽子 『リラの花咲くけものみち』 荒木あかね 『ちぎれた鎖と光の切れ端』 斜線堂有紀 『回樹』 多崎礼 『レーエンデ国物語』

多崎礼（不明）×各選考委員　 『レーエンデ国物語』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 朝井まかて 64歳 全 ■ 16 「国と国の紛争、差別、区別についても筆が及び、複雑だが煩瑣ではなく、とくに銀呪病という人々に忌まれる病に聖性を与えたことがこの小説の奥深さになったと思う。ただ、筋立ては主人公たちを保護し過ぎており、個々の人間の描かれ方も平板だ。とくに会話が幼い。」 大沢在昌 67歳 全 ■ 14 「作者の豊かな筆力を感じる一方で、大きな物語のおいしいところだけを書いた、という印象が残った。」「登場人物の誰もが純粋で幼ない。国と国との争いに、裏切りや打算がまるで登場しないのも、安心して読める反面、物足りなさを覚える。」「一面的ではない人間が加わることで、物語は重層的になった筈だ。」 京極夏彦 60歳 全 ■ 17 「些かステレオタイプに過ぎるキャラクターシフトも計算ずくなのだろうし、昨今の傾向を踏まえた展開も見事である。ただ表題から察するに本作の主役は“国”と思われる。そう捉えると神話的イデオロギーの希薄さは気になる。」「既に続刊も刊行されており、序章に当たる本作のみで評価を定めることには躊躇いがあった。」 辻村深月 44歳 全 △ 16 「私はこの小説の魅力は終章にあると思っている。主人公たちの生身の生や営みが雄弁で語られた先で、その後の歴史だけが綴られるわずか五ページ。」「すべての歴史を著者が構築するファンタジーだからこそできることであり、切り捨てられた者たちの歴史と人生を尊重する物語であることが明かされる構成としても胸打たれた。」 村山由佳 59歳 全 ● 16 「架空の異世界が相当しっかりと構築されているのだが、登場人物たちの精神性がみな幼く、全編を通じてほんものの大人が不在に感じられた。」「多くの読者を獲得し、先を待ち望んでもらえる作品はそれだけで尊い。要するに、文学賞という観点から見た時にはいずれがふさわしいのか？　という難しい判断を求められた先に、今回の結果があったということだろうと思う。」

他の候補作 藤岡陽子 『リラの花咲くけものみち』 荒木あかね 『ちぎれた鎖と光の切れ端』 斜線堂有紀 『回樹』 武内涼 『厳島』