第115回

第114回第116回

平成8年/1996年上半期 平成8年/1996年7月17日決定発表／『文藝春秋』平成8年/1996年9月号選評掲載

選考委員　 日野啓三 67歳 丸谷才一 70歳 三浦哲郎 65歳 宮本輝 49歳 田久保英夫 68歳 黒井千次 64歳 石原慎太郎 63歳 古井由吉 58歳 大庭みな子 65歳 池澤夏樹 51歳 河野多恵子 70歳 大江健三郎 61歳 選評総行数　 37 32 34 35 36 34 33 33 10 37 33   評 評 評 評 評 評 評 評 評 評 評 選評なし 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 川上弘美　「蛇を踏む」 75枚 38歳 評 ◎ 29 ◎ 21 □ 14 ● 8 ○ 18 ○ 16 ● 6 △ 9 ○ 3 ○ 18 ○ 15     塩野米松　「ペーパーノーチラス」 174枚 49歳 評 ― 0 △ 11 ○ 11 ■ 4 ― 0 △ 3 ■ 3 △ 13 ― 0 △ 8 △ 8     山本昌代　「海鳴り」 53枚 35歳 評 ― 0 ― 0 ― 0 ● 4 ― 0 ― 0 ● 2 ― 0 ○ 3 ■ 2 ― 0     リービ英雄　「天安門」 75枚 45歳 評 ○ 8 ― 0 ― 0 ■ 5 ○ 20 □ 14 ● 2 ― 0 ○ 3 ■ 9 ― 0     福島次郎　「バスタオル」 149枚 (66歳) 評 ― 0 ― 0 △ 9 ◎ 10 ― 0 ■ 3 ◎ 18 △ 11 ― 0 ― 0 ■ 10     青来有一　「ウネメの家」 142枚 37歳 評 ― 0 ― 0 ― 0 ■ 4 ― 0 ― 0 ■ 3 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0                     欠席 書面回答     欠席 年齢/枚数の説明   見方・注意点

日野啓三67歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題戦いの物語　総行数37　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 川上弘美 38歳 全 ◎ 29 「「蛇を踏んでしまった」というさり気ない書き出しの切れ味がいい。そうしてごく普通の若い女性が、日常生活の中で心ならずも神話的領域に触れてしまう。」「前作に比べて格段に強くしなやかになった作者の文章の力が、現代日本の若い女性たちの深層意識の見えない戦い――というひとつの劇的世界を文章表現の次元に作り上げた。」 塩野米松 49歳 全 ― 0   山本昌代 35歳 全 ― 0   リービ英雄 45歳 全 ○ 8 「時代的体験の切実さ、（引用者中略）想像力のスケール、それを記述する作者の交ぜ織り（ルビ：インターテクスチャー）的な文章表現と構成の豊かな新鮮さで、私を魅了したが多くの賛成を得られなかった。」 福島次郎 (66歳) 全 ― 0   青来有一 37歳 全 ― 0	他の選考委員 丸谷才一 三浦哲郎 宮本輝 田久保英夫 黒井千次 石原慎太郎 古井由吉 大庭みな子 池澤夏樹 河野多恵子

丸谷才一70歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題『蛇を踏む』のこと　総行数32　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 川上弘美 38歳 全 ◎ 21 「文句のつけやうのない佳品である。有望な新人を推すことができて嬉しい。」「普通、変形譚といふと何か危機的な感じがするものだけれど、ごく日常的な感じである。」「普段の暮しのなかにたしかにある厄介なもの、迷惑なものを相手どらうとしてゐる。それがじつに清新である。」「書き出しもよく、真中もよく、結末もうまい。」 塩野米松 49歳 全 △ 11 「なかなかよく書けてゐた。地方都市の屈託がなくて明るい面を小説でとらへるのは意外にむづかしいことだと思ふが、それをかなり上手にやつてゐて、登場人物たちに一種の友情をいだかせる。」「しかしこの短篇小説は終り方が物足りない。」「もつと軽く、粋に仕上げればよかつたのに。」 山本昌代 35歳 全 ― 0   リービ英雄 45歳 全 ― 0   福島次郎 (66歳) 全 ― 0   青来有一 37歳 全 ― 0

他の選考委員 日野啓三 三浦哲郎 宮本輝 田久保英夫 黒井千次 石原慎太郎 古井由吉 大庭みな子 池澤夏樹 河野多恵子

三浦哲郎65歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題感想　総行数34　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 川上弘美 38歳 全 □ 14 「しっとりとして冷たい情感をたたえた文章に感心した。近年、これほどそつのない文章を駆使する新人とは出会わなかったような気がする。ただ、私は（引用者中略）蛇という生きものに堪え難い恐怖と嫌悪を抱くようになっている。（引用者中略）それにしても、素材に対する恐怖や嫌悪が作品の評価に影響を及ぼしてはいけないのである。反省している。」 塩野米松 49歳 全 ○ 11 「親しみを感じながら楽しく読んだ。」「いつもながら登場人物たちの血色がよく、みな生き生きとして人間臭いのが好ましかった。」「ただ、今回の作品は手が込んでいて、収束に手間取り、冗漫な部分が散見されるのは惜しかった。」 山本昌代 35歳 全 ― 0   リービ英雄 45歳 全 ― 0   福島次郎 (66歳) 全 △ 9 「これほどの物語を書き得る作者が、なにゆえにこのような身も蓋もない題をつけたのか理解に苦しむ。」「もしかしたら異性間では生まれないかもしれない、純で哀切な恋情を描き出していて心を打たれる。」「私は、これ（引用者注：バスタオル）を題名にし、これで作品を締め括っているのには反対だといっておきたい。」 青来有一 37歳 全 ― 0

他の選考委員 日野啓三 丸谷才一 宮本輝 田久保英夫 黒井千次 石原慎太郎 古井由吉 大庭みな子 池澤夏樹 河野多恵子

宮本輝49歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題しょせん寓話だ　総行数35　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 川上弘美 38歳 全 ● 8 「私はまったく評価していなかったので、最初の投票で委員の多くがこの作品を推したときには驚いてしまった。」「蛇が人間と化して喋ったりすることに、私は文学的幻想を感じない。」「私は最後まで「蛇を踏む」の受賞に反対意見を述べた。寓話はしょせん寓話でしかないと私は思っている。」 塩野米松 49歳 全 ■ 4 「面白く読ませる。しかし、私は読みながら、石坂洋次郎の「石中先生行状記」を思い浮かべ、どうもその現代版にすぎないといった感想を抱いてしまった。」 山本昌代 35歳 全 ● 4 「氏が三島賞を受賞した作品よりもさらに淡白である。あまりにも淡白すぎて、なんだか、ずるい手口を身につけてしまわれたような気がした。」 リービ英雄 45歳 全 ■ 5 「長い小説の一部分という印象がつきまとい、〈大陸〉と〈毛沢東〉に向ける主人公の視線が理解できなかった。」 福島次郎 (66歳) 全 ◎ 10 「好感を持ったが、いいところと悪いところの差がありすぎるという意見にはうなずかざるを得なかった。」「同性愛を苦しいまでの恋として描いた筆さばきに底力を感じた。この作者は、ここまで〈はらわた〉を見せるために長い年月が必要であったにちがいない。その点も含めて、私は（引用者中略）受賞作として推した。」 青来有一 37歳 全 ■ 4 「地の文で苦労しなければならないところを会話で誤魔化しすぎている。」

他の選考委員 日野啓三 丸谷才一 三浦哲郎 田久保英夫 黒井千次 石原慎太郎 古井由吉 大庭みな子 池澤夏樹 河野多恵子

田久保英夫68歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題二つの作品　総行数36　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 川上弘美 38歳 全 ○ 18 「殊に注目した。」「昔からの道成寺縁起や秋成の「蛇性の婬」、あるいは現代の作品さえ思い起し、使い古されたような抵抗感を覚えた。しかし、この筆力は相当なもので、しだいにその抵抗を乗りこえさせ、色濃く関係や想念を展開して、私はときに立ちどまり、ときにひと息に読んだ。」「私は最終的に、「天安門」とこれと二作に票を入れた。」 塩野米松 49歳 全 ― 0   山本昌代 35歳 全 ― 0   リービ英雄 45歳 全 ○ 20 「殊に注目した。」「成育する国も言語も、三つに分裂し、自己同一の場を求める内的なつよい欲求が、ここから感得できる。」「ただ、（引用者中略）中国語、英語、日本語とさまざまにくり返され、かえってイメージが抽象的に錯綜して、訴求力を弱めている。」「私は最終的に、「天安門」と（引用者中略・注：「蛇を踏む」と）二作に票を入れた。」 福島次郎 (66歳) 全 ― 0   青来有一 37歳 全 ― 0

他の選考委員 日野啓三 丸谷才一 三浦哲郎 宮本輝 黒井千次 石原慎太郎 古井由吉 大庭みな子 池澤夏樹 河野多恵子

黒井千次64歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題反変身的変身譚　総行数34　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 川上弘美 38歳 全 ○ 16 「手応えを覚えた。」「この種の小説にあっては、描かれる世界の意味や隠喩の形を採ることよりも、まず作品の中にするりとはいりこめるか否かが勝負であり、柔らかな息遣いの文章によって、その難問が自然に越えられていると感じた。」「これはただの変身譚というより、変身への誘惑に対する闘いを足場にして生み出された、反変身的変身譚といえるだろう。」 塩野米松 49歳 全 △ 3 「折角地方色豊かな作品であるのに、題名に見られるように妙な意味づけをした分だけ力の殺がれた点が残念だ。」 山本昌代 35歳 全 ― 0   リービ英雄 45歳 全 □ 14 「手応えを覚えた。」「アメリカ人の主人公が辿った私的時間をアジアの現代史に重ねて描くところに注目した。」「主人公の「大陸」行が切実なものとして受け取られる。ただ、独立した短編としては説明不足であるとの批評は認めざるを得ない。」 福島次郎 (66歳) 全 ■ 3 「哀切感の漲る小説だが、いかにも古めかしく、その古めかしさに甘えている点が気にかかった。」 青来有一 37歳 全 ― 0

他の選考委員 日野啓三 丸谷才一 三浦哲郎 宮本輝 田久保英夫 石原慎太郎 古井由吉 大庭みな子 池澤夏樹 河野多恵子

石原慎太郎63歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題不毛の証左　総行数33　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 川上弘美 38歳 全 ● 6 「私には全く評価出来ない。蛇がいったい何のメタファなのかさっぱりわからない。」「こんな代物が歴史ある文学賞を受けてしまうというところにも、今日の日本文学の衰弱がうかがえるとしかいいようがない。」 塩野米松 49歳 全 ■ 3 「地方の町の人間風俗を器用に描いているが、ただそれだけでしかない。」 山本昌代 35歳 全 ● 2 「論ずるに足らぬ出来でしかない。」 リービ英雄 45歳 全 ● 2 「論ずるに足らぬ出来でしかない。」 福島次郎 (66歳) 全 ◎ 18 「私と宮本氏だけが（引用者中略）強く推したが、どうやら少数意見でしかなかった。」「ここに描かれている高校教師とその生徒との関わりは間違いなく愛であり、しかも哀切である。誰かがこれが男と女の関係ならばただの純愛小説だといっていたが、もしそうとしてもそれがなぜ小説としての瑕瑾となるのか。」「この作品だけが私には官能的なものとして読めた。小説が与える官能こそが小説の原点的な意味に違いない。」 青来有一 37歳 全 ■ 3 「出だしは結構気をもたせるが、力量の限界で次第にプロットの展開がノーコントロールになってしまい作品のけじめがつかない。」

他の選考委員 日野啓三 丸谷才一 三浦哲郎 宮本輝 田久保英夫 黒井千次 古井由吉 大庭みな子 池澤夏樹 河野多恵子

古井由吉58歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題漂流の小説　総行数33　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 川上弘美 38歳 全 △ 9 「蛇にたいする常人の感覚を踏んだだけの作品ではない。」「そこまで「踏んで」おきながら、作品の隅々まで蛇で満たしておきながら、文章に蛇の執念が足りないばかりに、最後で流された。」 塩野米松 49歳 全 △ 13 「ペーパーノーチラスとは、海上を漂流する蛸が体液で作る薄い貝殻、滅びへの旅の船、それが化石となり石の中に封じこめられるのだそうだ。魅力ある表象である。」「すでにすぐれた腕前の作品である。しかし一回限りの性の火が、ほのかにせよ、化石たちをどう照らしているか――それにはその「光源」があまりにも無難に、平俗に、扱われた。」 山本昌代 35歳 全 ― 0   リービ英雄 45歳 全 ― 0   福島次郎 (66歳) 全 △ 11 「少年愛の微妙をめぐるものながら、男の異性愛と平行をなすと私は見る者だが、対象を異性にした場合、この時代ではおそらく、表現は成り立ち難いのだろう。」「しかし現代の彼等たちを、いささか恥じさせるところのある作品ではある。ただし末尾のバスタオルの悪臭は、「バスタオル」全篇を侵したと思われるが。」 青来有一 37歳 全 ― 0

他の選考委員 日野啓三 丸谷才一 三浦哲郎 宮本輝 田久保英夫 黒井千次 石原慎太郎 大庭みな子 池澤夏樹 河野多恵子

大庭みな子65歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数10　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 川上弘美 38歳 全 ○ 3 「これは蛇だ。蛇のようにとぐろを巻いてかま首をもたげている他人の気味悪さにぞくっとする。」 塩野米松 49歳 全 ― 0   山本昌代 35歳 全 ○ 3 「今までとぐっと趣を変えて、端正に、無駄のない文章の力量は相当なものです。」 リービ英雄 45歳 全 ○ 3 「リービさんの言葉には数カ国語のひびきが音楽のように共鳴し合う面白さがある。」 福島次郎 (66歳) 全 ― 0   青来有一 37歳 全 ― 0     「（病床にて口述されたものを筆記したものです）」	他の選考委員 日野啓三 丸谷才一 三浦哲郎 宮本輝 田久保英夫 黒井千次 石原慎太郎 古井由吉 池澤夏樹 河野多恵子

池澤夏樹51歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題闇から闇へ　総行数37　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 川上弘美 38歳 全 ○ 18 「『今昔物語』以来の変身譚の系譜を踏まえた上で、いかにも昨今らしく、しかしやはりどことなく古風に、まとめた佳品である。」「いきなりの蛇の登場を読者に納得させるところはうまいし、ものすごい速さで流れてゆく部屋の中で蛇と互いに首を締め合っているという終わりも見事。」「この作の受賞には全面的に賛成。」 塩野米松 49歳 全 △ 8 「地方都市の呑気な生活をユーモラスに描いて愉快だが、どうも話が延び足りない気がした。」「作者は伎倆を誇示しているだけで冒険をしていない。化石の方へでも話を広げた上できっちりまとめられれば、相当な力量ということになったはずなのだが。」 山本昌代 35歳 全 ■ 2 「影が薄い。もっと骨の太い、力のある人だと思う。」 リービ英雄 45歳 全 ■ 9 「ぼくがバラードの『太陽の帝国』をちょっと思い出したのは、中国語圏に生まれた西洋人という設定が同じというだけが理由ではなかった。しかし、作者は最小限の素材でようやくこの話を組み立てたようで、作品自体がむくむくとふくれあがるには至っていない。」 福島次郎 (66歳) 全 ― 0   青来有一 37歳 全 ― 0

他の選考委員 日野啓三 丸谷才一 三浦哲郎 宮本輝 田久保英夫 黒井千次 石原慎太郎 古井由吉 大庭みな子 河野多恵子

河野多恵子70歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題「蛇を踏む」を推す　総行数33　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 川上弘美 38歳 全 ○ 15 「作者の川上弘美さんがこれの書けたことで如何にも小説を書く呼吸を会得した気配の感じられる出来栄えを示していた。」「私は自分が自分の肉体から決して出られないこと、他の人の感覚を決して知りようがないことを時に思うことがある。この作品は、そのような一つの例外もない絶対的な真実を、変身という裏返しの方法によって描いたものとして、興味深く読んだ。文章も自由に作者のものになっていて快い。」 塩野米松 49歳 全 △ 8 「同じ系統の以前の作品に較べて、登場人物たちの――つまり作者の筋骨が余程しっかりしてきた。しかし、叙述がくどすぎる。」「百五十枚ほどもあるこの作品が約半分に凝縮されていたならば、ずっとよいものになっていたにちがいない。」 山本昌代 35歳 全 ― 0   リービ英雄 45歳 全 ― 0   福島次郎 (66歳) 全 ■ 10 「半ば近くまでと終りの数頁は、私にはさっぱり頂けなかった。ところがそのほかの後半は比較にならぬほどの出来栄えである。」「清らかな感動を喚び起こされさえした。」「作中に出来不出来のむらが見えるのは、初心者の作ではよくあることだが、この作品ほどの極端さは恐らく異例だろう。」 青来有一 37歳 全 ― 0

他の選考委員 日野啓三 丸谷才一 三浦哲郎 宮本輝 田久保英夫 黒井千次 石原慎太郎 古井由吉 大庭みな子 池澤夏樹

川上弘美38歳×各選考委員　 「蛇を踏む」 短篇 75枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 日野啓三 67歳 全 ◎ 29 「「蛇を踏んでしまった」というさり気ない書き出しの切れ味がいい。そうしてごく普通の若い女性が、日常生活の中で心ならずも神話的領域に触れてしまう。」「前作に比べて格段に強くしなやかになった作者の文章の力が、現代日本の若い女性たちの深層意識の見えない戦い――というひとつの劇的世界を文章表現の次元に作り上げた。」 丸谷才一 70歳 全 ◎ 21 「文句のつけやうのない佳品である。有望な新人を推すことができて嬉しい。」「普通、変形譚といふと何か危機的な感じがするものだけれど、ごく日常的な感じである。」「普段の暮しのなかにたしかにある厄介なもの、迷惑なものを相手どらうとしてゐる。それがじつに清新である。」「書き出しもよく、真中もよく、結末もうまい。」 三浦哲郎 65歳 全 □ 14 「しっとりとして冷たい情感をたたえた文章に感心した。近年、これほどそつのない文章を駆使する新人とは出会わなかったような気がする。ただ、私は（引用者中略）蛇という生きものに堪え難い恐怖と嫌悪を抱くようになっている。（引用者中略）それにしても、素材に対する恐怖や嫌悪が作品の評価に影響を及ぼしてはいけないのである。反省している。」 宮本輝 49歳 全 ● 8 「私はまったく評価していなかったので、最初の投票で委員の多くがこの作品を推したときには驚いてしまった。」「蛇が人間と化して喋ったりすることに、私は文学的幻想を感じない。」「私は最後まで「蛇を踏む」の受賞に反対意見を述べた。寓話はしょせん寓話でしかないと私は思っている。」 田久保英夫 68歳 全 ○ 18 「殊に注目した。」「昔からの道成寺縁起や秋成の「蛇性の婬」、あるいは現代の作品さえ思い起し、使い古されたような抵抗感を覚えた。しかし、この筆力は相当なもので、しだいにその抵抗を乗りこえさせ、色濃く関係や想念を展開して、私はときに立ちどまり、ときにひと息に読んだ。」「私は最終的に、「天安門」とこれと二作に票を入れた。」 黒井千次 64歳 全 ○ 16 「手応えを覚えた。」「この種の小説にあっては、描かれる世界の意味や隠喩の形を採ることよりも、まず作品の中にするりとはいりこめるか否かが勝負であり、柔らかな息遣いの文章によって、その難問が自然に越えられていると感じた。」「これはただの変身譚というより、変身への誘惑に対する闘いを足場にして生み出された、反変身的変身譚といえるだろう。」 石原慎太郎 63歳 全 ● 6 「私には全く評価出来ない。蛇がいったい何のメタファなのかさっぱりわからない。」「こんな代物が歴史ある文学賞を受けてしまうというところにも、今日の日本文学の衰弱がうかがえるとしかいいようがない。」 古井由吉 58歳 全 △ 9 「蛇にたいする常人の感覚を踏んだだけの作品ではない。」「そこまで「踏んで」おきながら、作品の隅々まで蛇で満たしておきながら、文章に蛇の執念が足りないばかりに、最後で流された。」 大庭みな子 65歳 全 ○ 3 「これは蛇だ。蛇のようにとぐろを巻いてかま首をもたげている他人の気味悪さにぞくっとする。」 池澤夏樹 51歳 全 ○ 18 「『今昔物語』以来の変身譚の系譜を踏まえた上で、いかにも昨今らしく、しかしやはりどことなく古風に、まとめた佳品である。」「いきなりの蛇の登場を読者に納得させるところはうまいし、ものすごい速さで流れてゆく部屋の中で蛇と互いに首を締め合っているという終わりも見事。」「この作の受賞には全面的に賛成。」 河野多恵子 70歳 全 ○ 15 「作者の川上弘美さんがこれの書けたことで如何にも小説を書く呼吸を会得した気配の感じられる出来栄えを示していた。」「私は自分が自分の肉体から決して出られないこと、他の人の感覚を決して知りようがないことを時に思うことがある。この作品は、そのような一つの例外もない絶対的な真実を、変身という裏返しの方法によって描いたものとして、興味深く読んだ。文章も自由に作者のものになっていて快い。」

他の候補作 塩野米松 「ペーパーノーチラス」 山本昌代 「海鳴り」 リービ英雄 「天安門」 福島次郎 「バスタオル」 青来有一 「ウネメの家」

塩野米松49歳×各選考委員　 「ペーパーノーチラス」 中篇 174枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 日野啓三 67歳 全 ― 0   丸谷才一 70歳 全 △ 11 「なかなかよく書けてゐた。地方都市の屈託がなくて明るい面を小説でとらへるのは意外にむづかしいことだと思ふが、それをかなり上手にやつてゐて、登場人物たちに一種の友情をいだかせる。」「しかしこの短篇小説は終り方が物足りない。」「もつと軽く、粋に仕上げればよかつたのに。」 三浦哲郎 65歳 全 ○ 11 「親しみを感じながら楽しく読んだ。」「いつもながら登場人物たちの血色がよく、みな生き生きとして人間臭いのが好ましかった。」「ただ、今回の作品は手が込んでいて、収束に手間取り、冗漫な部分が散見されるのは惜しかった。」 宮本輝 49歳 全 ■ 4 「面白く読ませる。しかし、私は読みながら、石坂洋次郎の「石中先生行状記」を思い浮かべ、どうもその現代版にすぎないといった感想を抱いてしまった。」 田久保英夫 68歳 全 ― 0   黒井千次 64歳 全 △ 3 「折角地方色豊かな作品であるのに、題名に見られるように妙な意味づけをした分だけ力の殺がれた点が残念だ。」 石原慎太郎 63歳 全 ■ 3 「地方の町の人間風俗を器用に描いているが、ただそれだけでしかない。」 古井由吉 58歳 全 △ 13 「ペーパーノーチラスとは、海上を漂流する蛸が体液で作る薄い貝殻、滅びへの旅の船、それが化石となり石の中に封じこめられるのだそうだ。魅力ある表象である。」「すでにすぐれた腕前の作品である。しかし一回限りの性の火が、ほのかにせよ、化石たちをどう照らしているか――それにはその「光源」があまりにも無難に、平俗に、扱われた。」 大庭みな子 65歳 全 ― 0   池澤夏樹 51歳 全 △ 8 「地方都市の呑気な生活をユーモラスに描いて愉快だが、どうも話が延び足りない気がした。」「作者は伎倆を誇示しているだけで冒険をしていない。化石の方へでも話を広げた上できっちりまとめられれば、相当な力量ということになったはずなのだが。」 河野多恵子 70歳 全 △ 8 「同じ系統の以前の作品に較べて、登場人物たちの――つまり作者の筋骨が余程しっかりしてきた。しかし、叙述がくどすぎる。」「百五十枚ほどもあるこの作品が約半分に凝縮されていたならば、ずっとよいものになっていたにちがいない。」

他の候補作 川上弘美 「蛇を踏む」 山本昌代 「海鳴り」 リービ英雄 「天安門」 福島次郎 「バスタオル」 青来有一 「ウネメの家」

山本昌代35歳×各選考委員　 「海鳴り」 短篇 53枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 日野啓三 67歳 全 ― 0   丸谷才一 70歳 全 ― 0   三浦哲郎 65歳 全 ― 0   宮本輝 49歳 全 ● 4 「氏が三島賞を受賞した作品よりもさらに淡白である。あまりにも淡白すぎて、なんだか、ずるい手口を身につけてしまわれたような気がした。」 田久保英夫 68歳 全 ― 0   黒井千次 64歳 全 ― 0   石原慎太郎 63歳 全 ● 2 「論ずるに足らぬ出来でしかない。」 古井由吉 58歳 全 ― 0   大庭みな子 65歳 全 ○ 3 「今までとぐっと趣を変えて、端正に、無駄のない文章の力量は相当なものです。」 池澤夏樹 51歳 全 ■ 2 「影が薄い。もっと骨の太い、力のある人だと思う。」 河野多恵子 70歳 全 ― 0	他の候補作 川上弘美 「蛇を踏む」 塩野米松 「ペーパーノーチラス」 リービ英雄 「天安門」 福島次郎 「バスタオル」 青来有一 「ウネメの家」

リービ英雄45歳×各選考委員　 「天安門」 短篇 75枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 日野啓三 67歳 全 ○ 8 「時代的体験の切実さ、（引用者中略）想像力のスケール、それを記述する作者の交ぜ織り（ルビ：インターテクスチャー）的な文章表現と構成の豊かな新鮮さで、私を魅了したが多くの賛成を得られなかった。」 丸谷才一 70歳 全 ― 0   三浦哲郎 65歳 全 ― 0   宮本輝 49歳 全 ■ 5 「長い小説の一部分という印象がつきまとい、〈大陸〉と〈毛沢東〉に向ける主人公の視線が理解できなかった。」 田久保英夫 68歳 全 ○ 20 「殊に注目した。」「成育する国も言語も、三つに分裂し、自己同一の場を求める内的なつよい欲求が、ここから感得できる。」「ただ、（引用者中略）中国語、英語、日本語とさまざまにくり返され、かえってイメージが抽象的に錯綜して、訴求力を弱めている。」「私は最終的に、「天安門」と（引用者中略・注：「蛇を踏む」と）二作に票を入れた。」 黒井千次 64歳 全 □ 14 「手応えを覚えた。」「アメリカ人の主人公が辿った私的時間をアジアの現代史に重ねて描くところに注目した。」「主人公の「大陸」行が切実なものとして受け取られる。ただ、独立した短編としては説明不足であるとの批評は認めざるを得ない。」 石原慎太郎 63歳 全 ● 2 「論ずるに足らぬ出来でしかない。」 古井由吉 58歳 全 ― 0   大庭みな子 65歳 全 ○ 3 「リービさんの言葉には数カ国語のひびきが音楽のように共鳴し合う面白さがある。」 池澤夏樹 51歳 全 ■ 9 「ぼくがバラードの『太陽の帝国』をちょっと思い出したのは、中国語圏に生まれた西洋人という設定が同じというだけが理由ではなかった。しかし、作者は最小限の素材でようやくこの話を組み立てたようで、作品自体がむくむくとふくれあがるには至っていない。」 河野多恵子 70歳 全 ― 0

他の候補作 川上弘美 「蛇を踏む」 塩野米松 「ペーパーノーチラス」 山本昌代 「海鳴り」 福島次郎 「バスタオル」 青来有一 「ウネメの家」

福島次郎(66歳)×各選考委員　 「バスタオル」 短篇 149枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 日野啓三 67歳 全 ― 0   丸谷才一 70歳 全 ― 0   三浦哲郎 65歳 全 △ 9 「これほどの物語を書き得る作者が、なにゆえにこのような身も蓋もない題をつけたのか理解に苦しむ。」「もしかしたら異性間では生まれないかもしれない、純で哀切な恋情を描き出していて心を打たれる。」「私は、これ（引用者注：バスタオル）を題名にし、これで作品を締め括っているのには反対だといっておきたい。」 宮本輝 49歳 全 ◎ 10 「好感を持ったが、いいところと悪いところの差がありすぎるという意見にはうなずかざるを得なかった。」「同性愛を苦しいまでの恋として描いた筆さばきに底力を感じた。この作者は、ここまで〈はらわた〉を見せるために長い年月が必要であったにちがいない。その点も含めて、私は（引用者中略）受賞作として推した。」 田久保英夫 68歳 全 ― 0   黒井千次 64歳 全 ■ 3 「哀切感の漲る小説だが、いかにも古めかしく、その古めかしさに甘えている点が気にかかった。」 石原慎太郎 63歳 全 ◎ 18 「私と宮本氏だけが（引用者中略）強く推したが、どうやら少数意見でしかなかった。」「ここに描かれている高校教師とその生徒との関わりは間違いなく愛であり、しかも哀切である。誰かがこれが男と女の関係ならばただの純愛小説だといっていたが、もしそうとしてもそれがなぜ小説としての瑕瑾となるのか。」「この作品だけが私には官能的なものとして読めた。小説が与える官能こそが小説の原点的な意味に違いない。」 古井由吉 58歳 全 △ 11 「少年愛の微妙をめぐるものながら、男の異性愛と平行をなすと私は見る者だが、対象を異性にした場合、この時代ではおそらく、表現は成り立ち難いのだろう。」「しかし現代の彼等たちを、いささか恥じさせるところのある作品ではある。ただし末尾のバスタオルの悪臭は、「バスタオル」全篇を侵したと思われるが。」 大庭みな子 65歳 全 ― 0   池澤夏樹 51歳 全 ― 0   河野多恵子 70歳 全 ■ 10 「半ば近くまでと終りの数頁は、私にはさっぱり頂けなかった。ところがそのほかの後半は比較にならぬほどの出来栄えである。」「清らかな感動を喚び起こされさえした。」「作中に出来不出来のむらが見えるのは、初心者の作ではよくあることだが、この作品ほどの極端さは恐らく異例だろう。」

他の候補作 川上弘美 「蛇を踏む」 塩野米松 「ペーパーノーチラス」 山本昌代 「海鳴り」 リービ英雄 「天安門」 青来有一 「ウネメの家」

青来有一37歳×各選考委員　 「ウネメの家」 短篇 142枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 日野啓三 67歳 全 ― 0   丸谷才一 70歳 全 ― 0   三浦哲郎 65歳 全 ― 0   宮本輝 49歳 全 ■ 4 「地の文で苦労しなければならないところを会話で誤魔化しすぎている。」 田久保英夫 68歳 全 ― 0   黒井千次 64歳 全 ― 0   石原慎太郎 63歳 全 ■ 3 「出だしは結構気をもたせるが、力量の限界で次第にプロットの展開がノーコントロールになってしまい作品のけじめがつかない。」 古井由吉 58歳 全 ― 0   大庭みな子 65歳 全 ― 0   池澤夏樹 51歳 全 ― 0   河野多恵子 70歳 全 ― 0	他の候補作 川上弘美 「蛇を踏む」 塩野米松 「ペーパーノーチラス」 山本昌代 「海鳴り」 リービ英雄 「天安門」 福島次郎 「バスタオル」