第25回

第24回第26回

昭和26年/1951年上半期 昭和26年/1951年7月30日決定発表／『文藝春秋』昭和26年/1951年10月号選評掲載

選考委員　 丹羽文雄 46歳 佐藤春夫 59歳 瀧井孝作 57歳 岸田國士 60歳 舟橋聖一 46歳 川端康成 52歳 宇野浩二 60歳 坂口安吾 44歳 石川達三 46歳 選評総行数　 57 42 61 34 55 24 83 28   評 評 評 評 評 評 評 評 選評なし 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 石川利光　「春の草」他 115枚 37歳 評 ○ 12 ● 8 ◎ 27 △ 6 △ 23 △ 4 ■ 16 ■ 2     安部公房　「壁――Ｓ・カルマ氏の犯罪」 204枚 27歳 評 △ 5 □ 7 ◎ 20 △ 10 △ 17 ◎ 12 ■ 37 ■ 2     安岡章太郎　「ガラスの靴」 38枚 31歳 評 ■ 4 ■ 4 ■ 5 ◎ 11 ― 0 △ 2 ・ 2 ◎ 27     結城信一　「螢草」 156枚 35歳 評 △ 3 ― 0 ― 0 ― 0 ■ 5 ― 0 ・ 1 ― 0     柴田錬三郎　「デスマスク」 129枚 34歳 評 △ 5 ◎ 13 ■ 4 ― 0 △ 4 ― 0 ・ 1 ― 0     富士正晴　「敗走」 76枚 37歳 評 ■ 4 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 △ 1 ・ 1 ― 0     武田繁太郎　「風潮」 80枚 31歳 評 ■ 6 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ・ 1 ― 0     斎木寿夫　「沙漠都市」 244枚 41歳 評 ■ 4 ― 0 ― 0 ― 0 △ 4 ― 0 ・ 2 ― 0     堀田善衛　「歯車」 146枚 33歳 評 ■ 8 ■ 4 ● 9 ― 0 △ 3 ○ 14 ・ 2 ― 0           欠席       欠席 欠席 年齢/枚数の説明   見方・注意点

丹羽文雄46歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題感想　総行数57　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 石川利光 37歳 全 ○ 12 「この作者は一作ごとによいものを書いていく。「冬の蝶」は書出は自伝調だが、「春の草」になると、がらりと変っている。シチュエーションの設定にも細心の注意がゆきとどき、一字一句をゆるがせにしていない。」「新鮮なレモンと評した人があったが、適評である。」「「夜の貌」「手の抄」と、審査の方々もこの作者の力量は認めていた。賞となる小説には、一つのきまりがあるものだが、石川利光はそのきまりをうち破った。」 安部公房 27歳 全 △ 5 「寓意とか諷刺をことさら期待せずに、最後まで面白くよんだ。一つの才能。こういう風にも書けるものだと感心した。途中気になるところがあった。二十六歳というのに、堂々と腰を据えた文章はみごとである。」 安岡章太郎 31歳 全 ■ 4 「この詩情は、心にのこる。素質のある人と思うが、前代未聞の素質とは思えない。どこかで見かけたような気がする。」 結城信一 35歳 全 △ 3 「青いロマンチシズムを覚えた。作品全体がはてなく弱いのは、損だ。珍しい作家。この味を私は大切にしたいと思う。」 柴田錬三郎 34歳 全 △ 5 「努力作であった。」「柴田君は敗戦後の小説と絶縁して立直ろうと努めている。」「本当に君の次作を私は期待している。」 富士正晴 37歳 全 ■ 4 「いちばん小説巧者、しっかりしていると思った。失心するところまでがよかったが、あとは才気をうまくセーブ出来なかったようだ。」 武田繁太郎 31歳 全 ■ 6 「落度なく書かれているが、どこか古風だ。」「もっとアクセントがあった方がよかった。この小説には、つづきがありそうだ。」 斎木寿夫 41歳 全 ■ 4 「むしろ直木賞にいく作品ではなかったか。推察力もある。構成も面白い。」「達者な作家だ。女をあんな風に出さない方がよかったのではないか。」 堀田善衛 33歳 全 ■ 8 「「蒼氓」にくらべて、果してどれほどの相違があるだろうか。「歯車」の方が巧緻である。」「「祖国喪失」と同工異曲のこの作品は、武田泰淳の作があるので、大変に損をしている。どうしてもあれを思い出す。」   「今度も帯に短く襷に長しと極まり文句を言われたが、私はそうだとは思わない。」

他の選考委員 佐藤春夫 瀧井孝作 岸田國士 舟橋聖一 川端康成 宇野浩二 坂口安吾

佐藤春夫59歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題衆議に服して雷同　総行数42　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 石川利光 37歳 全 ● 8 「「春の草」は自然主義文学の亜流で少し手のこんだ世間話を腕達者に書いているという程度にしか自分には受入れられなかった。「春の草」にくらべると前回の「夜の貌」の方が取柄があると自分には思えた。」「或る程度には書ける人には相違あるまい。しかし敢て云う、この作者の何処に芥川賞に相当するものがあるのか。」 安部公房 27歳 全 □ 7 「（引用者注：「春の草」にくらべて）鴎外訳のロシヤ小説（引用者中略）の模倣ではあろうともその意図と文体の新鮮なだけでもよかろうというと、別に瀧井君なども同意見であったが安部公房は既に別の賞金（戦後文学賞）を貰った人ではあり、彼一人では後塵を拝する観があって面白くないと云う説もあって、石川・安部と二人を組み合した授賞になった。」 安岡章太郎 31歳 全 ■ 4 「よく纏ったいい短篇で割合に支持者はあったが、自分は何か「味をやっている」ような感じがあってこの一作だけでは安心してこの作者に授賞する気にはなれなかった。」 結城信一 35歳 全 ― 0   柴田錬三郎 34歳 全 ◎ 13 「終始一貫して柴田錬三郎の「デスマスク」を自分は念頭に置いていた。」「自分が柴田の志を励まして執筆させ仕上げに関する助言まで与えて三田文學に発表した作品であり、またすべての候補作品を丹念に閲読して後も「デスマスク」を最も力量のある作家のよく纏めた作品だと認めたからである。」 富士正晴 37歳 全 ― 0   武田繁太郎 31歳 全 ― 0   斎木寿夫 41歳 全 ― 0   堀田善衛 33歳 全 ■ 4 「力作でもあり読後の感銘は深かったが通読するのには骨が折れた。書き出しとおしまいの部分の外は作者が話にひきずられて、まるで書けていなかったからである。」

他の選考委員 丹羽文雄 瀧井孝作 岸田國士 舟橋聖一 川端康成 宇野浩二 坂口安吾

瀧井孝作57歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題仮空の小説　総行数61　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 石川利光 37歳 全 ◎ 27 「「春の草」を読んで、この作家の段々に伸びてきた事が分りました。」「この小説は、作家の夢とか想とか云うものが次々と湧き出してきて、段々に描き続けられたような所もあって、面白いと思いました。」「歌うような筆致は、林芙美子の作品に似た所もあるかと思いましたが、林芙美子よりも若々しくやわらかいようで、これは新人のせいばかりでなく、この作家の特色かとも考えられました。」「私は、今回はこの二人（引用者注：石川利光と安部公房）を推したいと考えました。」 安部公房 27歳 全 ◎ 20 「寓話諷刺の作品にふさわしい文体がちゃんと出来ている」「文体文章がちゃんと確かりしているから、どんな事が書いてあっても、読ませるので、筆に力があるのです。自分のスタイルを持っている。これはよい作家だと思いました。」「私は、今回はこの二人（引用者注：石川利光と安部公房）を推したいと考えました。」 安岡章太郎 31歳 全 ■ 5 「子供っぽい。子供っぽいと云う事は、作家としては初い初いしい事で、わるくはないが、これは、また年の若い、幼稚をまる出しの子供っぽさで、まだ本当ではないように思われました。」 結城信一 35歳 全 ― 0   柴田錬三郎 34歳 全 ■ 4 「読んでは油っこい面白味があるが、稍キザな感じで、遊びの文学風のわるく凝ったような所、キザだと思いました。これが素直に読めればいいけれど。」 富士正晴 37歳 全 ― 0   武田繁太郎 31歳 全 ― 0   斎木寿夫 41歳 全 ― 0   堀田善衛 33歳 全 ● 9 「米国のジャン・ワ゛ルチンの「夜をのがれて」という小説と似た所があって、私は、この「夜をのがれて」の方が数等面白いので、「歯車」はその亜流だと思いました。尚、ついでに、この作家は、これまで幾つも出していますが、題材の新奇のわりに、筆が弱いようで、筆致が平凡のようで、この「歯車」も筆力不足」

他の選考委員 丹羽文雄 佐藤春夫 岸田國士 舟橋聖一 川端康成 宇野浩二 坂口安吾

岸田國士60歳×各候補作

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題選後に　総行数34　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 石川利光 37歳 全 △ 6 「力作であり、かつ、有望な才能の持主であることはわかる。」「足取りはなかなか確かだがやや、先人の道を歩いているような気がした」 安部公房 27歳 全 △ 10 「力作であり、かつ、有望な才能の持主であることはわかる。」「注目すべき野心作にはちがいないが、もうちょっと彫琢されてあることが望ましいものであった。序に言えば、この作家の言葉遣いには、腑におちぬ日本語の誤りが眼についた。」 安岡章太郎 31歳 全 ◎ 11 「推すことにした。」「他のどれよりもとび抜けて優れた作品だとは思わなかったが、まずこれが比較的新鮮味もあり、異な才能の芽も感じられ、ことに、その才能が過不足なく作品の調子を整えているスマートさに敬意を表したくなった。」「すこしお坊ちゃん臭い甘ったれ気分もみえるにはみえるが、これはこれで、青春のひとつの生き方として私は私なりにゆるせるのである。」 結城信一 35歳 全 ― 0   柴田錬三郎 34歳 全 ― 0   富士正晴 37歳 全 ― 0   武田繁太郎 31歳 全 ― 0   斎木寿夫 41歳 全 ― 0   堀田善衛 33歳 全 ― 0     「芥川賞の性格を、もっとはっきりさせなければ、選そのものも徒らにむつかしくなるし、賞の意味もそのために、稀薄になりはせぬかと思う。」「例えば、宇野浩二氏などの反対にも拘わらず、やはり、委員の投票という制度を明かにきめてかかるのが当然だと主張したい。文学の評価を数字で示すことの不合理、不見識をおそれる必要は、この場合、ない。」

他の選考委員 丹羽文雄 佐藤春夫 瀧井孝作 舟橋聖一 川端康成 宇野浩二 坂口安吾

舟橋聖一46歳×各候補作

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題公平ということ　総行数55　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 石川利光 37歳 全 △ 23 「前回「夜の貌」「手の抄」などで、私も感心しているが、今回の「春の草」は、鼻につくところがある。作者をよく知っている丹羽氏や瀧井氏は、この作者が、去年よりも今年と、成長しつつあるのを観察しているのだろうが、当人を知らない私は、作品だけで見ると、まだしも、去年のほうが、上出来である。「春の草」には、賞に該当するような、特別の出来栄えがない。」「実際は、芥川賞がなくても、既に文壇的でさえある。従て、別に、新しい驚きもない。」 安部公房 27歳 全 △ 17 「新しい観念的な文章に特徴があり、実証精神の否定を構図とする抽象主義の芸術作品である。よく、力を統一して、書きこなしている。」「難をいえば、二〇六枚は長すぎるのではないかと思う。途中で飽きてくるところがあり、散漫になる。」「石川一人（引用者注：への授賞）では物足りないところを補うような塩梅で、賛成投票をかち得たといえる。」 安岡章太郎 31歳 全 ― 0   結城信一 35歳 全 ■ 5 「群像の合評会で、高見、阿部、丹羽の三氏によって、賞讃をうけているので、注意して読んだ。素直で、ゆったりはしているが、つまらなかった。三氏の評点は甘すぎると思った。」 柴田錬三郎 34歳 全 △ 4 「会の劈頭、佐藤春夫氏が、柴田錬三郎を推したが、これには、必しも公平を以てせず、私的感情を混入せざるを得ない事由を、陳弁せられたので、委員たちは、頗る緊張した。」 富士正晴 37歳 全 ― 0   武田繁太郎 31歳 全 ― 0   斎木寿夫 41歳 全 △ 4 「当選作品との懸隔はごく少い。」「前回の「女音」より、更に、進歩の跡がうかがえる」 堀田善衛 33歳 全 △ 3 「当選作品との懸隔はごく少い。」「次ぎ次ぎと逞しく書いている。」   「はじめの頃は、水と油の観があったこの委員会も、段々に、しっくりして来た。各自、勝手なことを云い、時に排他的でさえあるが、そのめいめい勝手な発言を、心理的には信用し合っている状態がかもし出された。」

他の選考委員 丹羽文雄 佐藤春夫 瀧井孝作 岸田國士 川端康成 宇野浩二 坂口安吾

川端康成52歳×各候補作

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題「壁」を推す　総行数24　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 石川利光 37歳 全 △ 4 「「春の草」も、特に推薦するほどの作品ではなかろうが、石川氏がすでに確実な作家であり、この作品にもそれが現われているということは、私も認めないわけにゆかない。」 安部公房 27歳 全 ◎ 12 「私は推薦したかった。」「堀田氏や安部氏のような作家が出て「歯車」や「壁」のような作品の現われることに、私は今日の必然を感じ、その意味での興味を持つからである。」「冗漫と思えた。また部分によって鋭敏でない。」「しかし、（引用者中略）作者の目的も作品の傾向も明白であって、このような道に出るのは新作家のそれぞれの方向であろう。」 安岡章太郎 31歳 全 △ 2 「特色があった。」 結城信一 35歳 全 ― 0   柴田錬三郎 34歳 全 ― 0   富士正晴 37歳 全 △ 1 「確実であった。」 武田繁太郎 31歳 全 ― 0   斎木寿夫 41歳 全 ― 0   堀田善衛 33歳 全 ○ 14 「私は推薦したかった。」「堀田氏や安部氏のような作家が出て「歯車」や「壁」のような作品の現われることに、私は今日の必然を感じ、その意味での興味を持つからである。」「最近の飜訳小説の幾つかを連想させ、比較もされて、それが賞を逸する原因の一つともなった。」

他の選考委員 丹羽文雄 佐藤春夫 瀧井孝作 岸田國士 舟橋聖一 宇野浩二 坂口安吾

宇野浩二60歳×各候補作

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題銓衡難　総行数83　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 石川利光 37歳 全 ■ 16 「『春の草』は、何人かの、年齢も職業も生活もちがう男女の『色事』を、随所に器用に、織りこみ、その間に、四季のうつりかわりも、風物なども、書いてあり、文章にも工夫をこらしてはあるが、所詮、（一と口にいうと、）小細工であり、古風である。」「この作品は、このままゆけば、延びることは、まず、ない。」 安部公房 27歳 全 ■ 37 「不可解な小説である。しかし、退屈をしのび、辛抱して、しまいまで、読めば、作者が書こうとしたことは、少し（少しであるが）わかる。」「この小説を、かりに、（かりにである、）いわゆる『二重人格』をとりあつかったものとすれば、いうまでもなく、シャミッソオの『影をなくした男』の足下にも、はるかに、およばない。」「写実的なところなどは、ほとんど、まったく、ない。一と口にいうと、『壁』は、物ありげに見えて、何にもない、バカげたところさえある小説である。」 安岡章太郎 31歳 全 ・ 2   結城信一 35歳 全 ・ 1   柴田錬三郎 34歳 全 ・ 1   富士正晴 37歳 全 ・ 1   武田繁太郎 31歳 全 ・ 1   斎木寿夫 41歳 全 ・ 2   堀田善衛 33歳 全 ・ 2     「極言すると、こんどの芥川賞は、『無』から『有』を無理に生ました、という事になるのである。」

他の選考委員 丹羽文雄 佐藤春夫 瀧井孝作 岸田國士 舟橋聖一 川端康成 坂口安吾

坂口安吾44歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題「ガラスの靴」　総行数28　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 石川利光 37歳 全 ■ 2 「今回当選の二作は私は感心しませんでした。二人の作家の代表的な作品でもないように思う。」 安部公房 27歳 全 ■ 2 「今回当選の二作は私は感心しませんでした。二人の作家の代表的な作品でもないように思う。」 安岡章太郎 31歳 全 ◎ 27 「よいと思った。とにかく、新鮮で、おもしろい。」「まことに感性的な文章で手ごたえがないようだけれども、心理的でもあるし、即物的でもある。誌的の如くで、散文そのものである。」「とにかく時代的な新文章をひっさげて登場するということは凡庸なことではないのであるから、賞に選ばれてフシギと思われない。」「難を云えば、かたよった文章であるから、文章が内容を限定してしまう。」「二作、三作を見た上で、改めて採りあげるだけの新風を具備したものと思います。」 結城信一 35歳 全 ― 0   柴田錬三郎 34歳 全 ― 0   富士正晴 37歳 全 ― 0   武田繁太郎 31歳 全 ― 0   斎木寿夫 41歳 全 ― 0   堀田善衛 33歳 全 ― 0

他の選考委員 丹羽文雄 佐藤春夫 瀧井孝作 岸田國士 舟橋聖一 川端康成 宇野浩二

石川利光37歳×各選考委員　 「春の草」他 短篇2篇 115枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 丹羽文雄 46歳 全 ○ 12 「この作者は一作ごとによいものを書いていく。「冬の蝶」は書出は自伝調だが、「春の草」になると、がらりと変っている。シチュエーションの設定にも細心の注意がゆきとどき、一字一句をゆるがせにしていない。」「新鮮なレモンと評した人があったが、適評である。」「「夜の貌」「手の抄」と、審査の方々もこの作者の力量は認めていた。賞となる小説には、一つのきまりがあるものだが、石川利光はそのきまりをうち破った。」 佐藤春夫 59歳 全 ● 8 「「春の草」は自然主義文学の亜流で少し手のこんだ世間話を腕達者に書いているという程度にしか自分には受入れられなかった。「春の草」にくらべると前回の「夜の貌」の方が取柄があると自分には思えた。」「或る程度には書ける人には相違あるまい。しかし敢て云う、この作者の何処に芥川賞に相当するものがあるのか。」 瀧井孝作 57歳 全 ◎ 27 「「春の草」を読んで、この作家の段々に伸びてきた事が分りました。」「この小説は、作家の夢とか想とか云うものが次々と湧き出してきて、段々に描き続けられたような所もあって、面白いと思いました。」「歌うような筆致は、林芙美子の作品に似た所もあるかと思いましたが、林芙美子よりも若々しくやわらかいようで、これは新人のせいばかりでなく、この作家の特色かとも考えられました。」「私は、今回はこの二人（引用者注：石川利光と安部公房）を推したいと考えました。」 岸田國士 60歳 全 △ 6 「力作であり、かつ、有望な才能の持主であることはわかる。」「足取りはなかなか確かだがやや、先人の道を歩いているような気がした」 舟橋聖一 46歳 全 △ 23 「前回「夜の貌」「手の抄」などで、私も感心しているが、今回の「春の草」は、鼻につくところがある。作者をよく知っている丹羽氏や瀧井氏は、この作者が、去年よりも今年と、成長しつつあるのを観察しているのだろうが、当人を知らない私は、作品だけで見ると、まだしも、去年のほうが、上出来である。「春の草」には、賞に該当するような、特別の出来栄えがない。」「実際は、芥川賞がなくても、既に文壇的でさえある。従て、別に、新しい驚きもない。」 川端康成 52歳 全 △ 4 「「春の草」も、特に推薦するほどの作品ではなかろうが、石川氏がすでに確実な作家であり、この作品にもそれが現われているということは、私も認めないわけにゆかない。」 宇野浩二 60歳 全 ■ 16 「『春の草』は、何人かの、年齢も職業も生活もちがう男女の『色事』を、随所に器用に、織りこみ、その間に、四季のうつりかわりも、風物なども、書いてあり、文章にも工夫をこらしてはあるが、所詮、（一と口にいうと、）小細工であり、古風である。」「この作品は、このままゆけば、延びることは、まず、ない。」 坂口安吾 44歳 全 ■ 2 「今回当選の二作は私は感心しませんでした。二人の作家の代表的な作品でもないように思う。」

他の候補作 安部公房 「壁――Ｓ・カルマ氏の犯罪」 安岡章太郎 「ガラスの靴」 結城信一 「螢草」 柴田錬三郎 「デスマスク」 富士正晴 「敗走」 武田繁太郎 「風潮」 斎木寿夫 「沙漠都市」 堀田善衛 「歯車」

安部公房27歳×各選考委員　 「壁――Ｓ・カルマ氏の犯罪」 中篇 204枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 丹羽文雄 46歳 全 △ 5 「寓意とか諷刺をことさら期待せずに、最後まで面白くよんだ。一つの才能。こういう風にも書けるものだと感心した。途中気になるところがあった。二十六歳というのに、堂々と腰を据えた文章はみごとである。」 佐藤春夫 59歳 全 □ 7 「（引用者注：「春の草」にくらべて）鴎外訳のロシヤ小説（引用者中略）の模倣ではあろうともその意図と文体の新鮮なだけでもよかろうというと、別に瀧井君なども同意見であったが安部公房は既に別の賞金（戦後文学賞）を貰った人ではあり、彼一人では後塵を拝する観があって面白くないと云う説もあって、石川・安部と二人を組み合した授賞になった。」 瀧井孝作 57歳 全 ◎ 20 「寓話諷刺の作品にふさわしい文体がちゃんと出来ている」「文体文章がちゃんと確かりしているから、どんな事が書いてあっても、読ませるので、筆に力があるのです。自分のスタイルを持っている。これはよい作家だと思いました。」「私は、今回はこの二人（引用者注：石川利光と安部公房）を推したいと考えました。」 岸田國士 60歳 全 △ 10 「力作であり、かつ、有望な才能の持主であることはわかる。」「注目すべき野心作にはちがいないが、もうちょっと彫琢されてあることが望ましいものであった。序に言えば、この作家の言葉遣いには、腑におちぬ日本語の誤りが眼についた。」 舟橋聖一 46歳 全 △ 17 「新しい観念的な文章に特徴があり、実証精神の否定を構図とする抽象主義の芸術作品である。よく、力を統一して、書きこなしている。」「難をいえば、二〇六枚は長すぎるのではないかと思う。途中で飽きてくるところがあり、散漫になる。」「石川一人（引用者注：への授賞）では物足りないところを補うような塩梅で、賛成投票をかち得たといえる。」 川端康成 52歳 全 ◎ 12 「私は推薦したかった。」「堀田氏や安部氏のような作家が出て「歯車」や「壁」のような作品の現われることに、私は今日の必然を感じ、その意味での興味を持つからである。」「冗漫と思えた。また部分によって鋭敏でない。」「しかし、（引用者中略）作者の目的も作品の傾向も明白であって、このような道に出るのは新作家のそれぞれの方向であろう。」 宇野浩二 60歳 全 ■ 37 「不可解な小説である。しかし、退屈をしのび、辛抱して、しまいまで、読めば、作者が書こうとしたことは、少し（少しであるが）わかる。」「この小説を、かりに、（かりにである、）いわゆる『二重人格』をとりあつかったものとすれば、いうまでもなく、シャミッソオの『影をなくした男』の足下にも、はるかに、およばない。」「写実的なところなどは、ほとんど、まったく、ない。一と口にいうと、『壁』は、物ありげに見えて、何にもない、バカげたところさえある小説である。」 坂口安吾 44歳 全 ■ 2 「今回当選の二作は私は感心しませんでした。二人の作家の代表的な作品でもないように思う。」

他の候補作 石川利光 「春の草」他 安岡章太郎 「ガラスの靴」 結城信一 「螢草」 柴田錬三郎 「デスマスク」 富士正晴 「敗走」 武田繁太郎 「風潮」 斎木寿夫 「沙漠都市」 堀田善衛 「歯車」

安岡章太郎31歳×各選考委員　 「ガラスの靴」 短篇 38枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 丹羽文雄 46歳 全 ■ 4 「この詩情は、心にのこる。素質のある人と思うが、前代未聞の素質とは思えない。どこかで見かけたような気がする。」 佐藤春夫 59歳 全 ■ 4 「よく纏ったいい短篇で割合に支持者はあったが、自分は何か「味をやっている」ような感じがあってこの一作だけでは安心してこの作者に授賞する気にはなれなかった。」 瀧井孝作 57歳 全 ■ 5 「子供っぽい。子供っぽいと云う事は、作家としては初い初いしい事で、わるくはないが、これは、また年の若い、幼稚をまる出しの子供っぽさで、まだ本当ではないように思われました。」 岸田國士 60歳 全 ◎ 11 「推すことにした。」「他のどれよりもとび抜けて優れた作品だとは思わなかったが、まずこれが比較的新鮮味もあり、異な才能の芽も感じられ、ことに、その才能が過不足なく作品の調子を整えているスマートさに敬意を表したくなった。」「すこしお坊ちゃん臭い甘ったれ気分もみえるにはみえるが、これはこれで、青春のひとつの生き方として私は私なりにゆるせるのである。」 舟橋聖一 46歳 全 ― 0   川端康成 52歳 全 △ 2 「特色があった。」 宇野浩二 60歳 全 ・ 2   坂口安吾 44歳 全 ◎ 27 「よいと思った。とにかく、新鮮で、おもしろい。」「まことに感性的な文章で手ごたえがないようだけれども、心理的でもあるし、即物的でもある。誌的の如くで、散文そのものである。」「とにかく時代的な新文章をひっさげて登場するということは凡庸なことではないのであるから、賞に選ばれてフシギと思われない。」「難を云えば、かたよった文章であるから、文章が内容を限定してしまう。」「二作、三作を見た上で、改めて採りあげるだけの新風を具備したものと思います。」

他の候補作 石川利光 「春の草」他 安部公房 「壁――Ｓ・カルマ氏の犯罪」 結城信一 「螢草」 柴田錬三郎 「デスマスク」 富士正晴 「敗走」 武田繁太郎 「風潮」 斎木寿夫 「沙漠都市」 堀田善衛 「歯車」

結城信一35歳×各選考委員　 「螢草」 中篇 156枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 丹羽文雄 46歳 全 △ 3 「青いロマンチシズムを覚えた。作品全体がはてなく弱いのは、損だ。珍しい作家。この味を私は大切にしたいと思う。」 佐藤春夫 59歳 全 ― 0   瀧井孝作 57歳 全 ― 0   岸田國士 60歳 全 ― 0   舟橋聖一 46歳 全 ■ 5 「群像の合評会で、高見、阿部、丹羽の三氏によって、賞讃をうけているので、注意して読んだ。素直で、ゆったりはしているが、つまらなかった。三氏の評点は甘すぎると思った。」 川端康成 52歳 全 ― 0   宇野浩二 60歳 全 ・ 1   坂口安吾 44歳 全 ― 0	他の候補作 石川利光 「春の草」他 安部公房 「壁――Ｓ・カルマ氏の犯罪」 安岡章太郎 「ガラスの靴」 柴田錬三郎 「デスマスク」 富士正晴 「敗走」 武田繁太郎 「風潮」 斎木寿夫 「沙漠都市」 堀田善衛 「歯車」

柴田錬三郎34歳×各選考委員　 「デスマスク」 短篇 129枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 丹羽文雄 46歳 全 △ 5 「努力作であった。」「柴田君は敗戦後の小説と絶縁して立直ろうと努めている。」「本当に君の次作を私は期待している。」 佐藤春夫 59歳 全 ◎ 13 「終始一貫して柴田錬三郎の「デスマスク」を自分は念頭に置いていた。」「自分が柴田の志を励まして執筆させ仕上げに関する助言まで与えて三田文學に発表した作品であり、またすべての候補作品を丹念に閲読して後も「デスマスク」を最も力量のある作家のよく纏めた作品だと認めたからである。」 瀧井孝作 57歳 全 ■ 4 「読んでは油っこい面白味があるが、稍キザな感じで、遊びの文学風のわるく凝ったような所、キザだと思いました。これが素直に読めればいいけれど。」 岸田國士 60歳 全 ― 0   舟橋聖一 46歳 全 △ 4 「会の劈頭、佐藤春夫氏が、柴田錬三郎を推したが、これには、必しも公平を以てせず、私的感情を混入せざるを得ない事由を、陳弁せられたので、委員たちは、頗る緊張した。」 川端康成 52歳 全 ― 0   宇野浩二 60歳 全 ・ 1   坂口安吾 44歳 全 ― 0

他の候補作 石川利光 「春の草」他 安部公房 「壁――Ｓ・カルマ氏の犯罪」 安岡章太郎 「ガラスの靴」 結城信一 「螢草」 富士正晴 「敗走」 武田繁太郎 「風潮」 斎木寿夫 「沙漠都市」 堀田善衛 「歯車」

富士正晴37歳×各選考委員　 「敗走」 短篇 76枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 丹羽文雄 46歳 全 ■ 4 「いちばん小説巧者、しっかりしていると思った。失心するところまでがよかったが、あとは才気をうまくセーブ出来なかったようだ。」 佐藤春夫 59歳 全 ― 0   瀧井孝作 57歳 全 ― 0   岸田國士 60歳 全 ― 0   舟橋聖一 46歳 全 ― 0   川端康成 52歳 全 △ 1 「確実であった。」 宇野浩二 60歳 全 ・ 1   坂口安吾 44歳 全 ― 0	他の候補作 石川利光 「春の草」他 安部公房 「壁――Ｓ・カルマ氏の犯罪」 安岡章太郎 「ガラスの靴」 結城信一 「螢草」 柴田錬三郎 「デスマスク」 武田繁太郎 「風潮」 斎木寿夫 「沙漠都市」 堀田善衛 「歯車」

武田繁太郎31歳×各選考委員　 「風潮」 短篇 80枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 丹羽文雄 46歳 全 ■ 6 「落度なく書かれているが、どこか古風だ。」「もっとアクセントがあった方がよかった。この小説には、つづきがありそうだ。」 佐藤春夫 59歳 全 ― 0   瀧井孝作 57歳 全 ― 0   岸田國士 60歳 全 ― 0   舟橋聖一 46歳 全 ― 0   川端康成 52歳 全 ― 0   宇野浩二 60歳 全 ・ 1   坂口安吾 44歳 全 ― 0	他の候補作 石川利光 「春の草」他 安部公房 「壁――Ｓ・カルマ氏の犯罪」 安岡章太郎 「ガラスの靴」 結城信一 「螢草」 柴田錬三郎 「デスマスク」 富士正晴 「敗走」 斎木寿夫 「沙漠都市」 堀田善衛 「歯車」

斎木寿夫41歳×各選考委員　 「沙漠都市」 中篇 244枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 丹羽文雄 46歳 全 ■ 4 「むしろ直木賞にいく作品ではなかったか。推察力もある。構成も面白い。」「達者な作家だ。女をあんな風に出さない方がよかったのではないか。」 佐藤春夫 59歳 全 ― 0   瀧井孝作 57歳 全 ― 0   岸田國士 60歳 全 ― 0   舟橋聖一 46歳 全 △ 4 「当選作品との懸隔はごく少い。」「前回の「女音」より、更に、進歩の跡がうかがえる」 川端康成 52歳 全 ― 0   宇野浩二 60歳 全 ・ 2   坂口安吾 44歳 全 ― 0	他の候補作 石川利光 「春の草」他 安部公房 「壁――Ｓ・カルマ氏の犯罪」 安岡章太郎 「ガラスの靴」 結城信一 「螢草」 柴田錬三郎 「デスマスク」 富士正晴 「敗走」 武田繁太郎 「風潮」 堀田善衛 「歯車」

堀田善衛33歳×各選考委員　 「歯車」 短篇 146枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 丹羽文雄 46歳 全 ■ 8 「「蒼氓」にくらべて、果してどれほどの相違があるだろうか。「歯車」の方が巧緻である。」「「祖国喪失」と同工異曲のこの作品は、武田泰淳の作があるので、大変に損をしている。どうしてもあれを思い出す。」 佐藤春夫 59歳 全 ■ 4 「力作でもあり読後の感銘は深かったが通読するのには骨が折れた。書き出しとおしまいの部分の外は作者が話にひきずられて、まるで書けていなかったからである。」 瀧井孝作 57歳 全 ● 9 「米国のジャン・ワ゛ルチンの「夜をのがれて」という小説と似た所があって、私は、この「夜をのがれて」の方が数等面白いので、「歯車」はその亜流だと思いました。尚、ついでに、この作家は、これまで幾つも出していますが、題材の新奇のわりに、筆が弱いようで、筆致が平凡のようで、この「歯車」も筆力不足」 岸田國士 60歳 全 ― 0   舟橋聖一 46歳 全 △ 3 「当選作品との懸隔はごく少い。」「次ぎ次ぎと逞しく書いている。」 川端康成 52歳 全 ○ 14 「私は推薦したかった。」「堀田氏や安部氏のような作家が出て「歯車」や「壁」のような作品の現われることに、私は今日の必然を感じ、その意味での興味を持つからである。」「最近の飜訳小説の幾つかを連想させ、比較もされて、それが賞を逸する原因の一つともなった。」 宇野浩二 60歳 全 ・ 2   坂口安吾 44歳 全 ― 0

他の候補作 石川利光 「春の草」他 安部公房 「壁――Ｓ・カルマ氏の犯罪」 安岡章太郎 「ガラスの靴」 結城信一 「螢草」 柴田錬三郎 「デスマスク」 富士正晴 「敗走」 武田繁太郎 「風潮」 斎木寿夫 「沙漠都市」