第33回

第32回第34回

昭和30年/1955年上半期 昭和30年/1955年7月20日決定発表／『文藝春秋』昭和30年/1955年9月号選評掲載

選考委員　 石川達三 50歳 井上靖 48歳 佐藤春夫 63歳 丹羽文雄 50歳 宇野浩二 63歳 瀧井孝作 61歳 舟橋聖一 50歳 川端康成 56歳 選評総行数　 40 32 29 24 82 31 44 29 評 評 評 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 遠藤周作　「白い人」 135枚 32歳 評 ◎ 18 ◎ 11 ○ 22 □ 3 ■ 28 △ 6 △ 13 △ 18 小沼丹　「黄ばんだ風景」等 80枚 36歳 評 ― 0 ■ 3 ● 3 ● 6 ● 7 ● 5 ■ 5 ― 0 川上宗薫　「或る眼醒め」等 115枚 31歳 評 ― 0 ■ 2 ■ 6 ● 9 ● 8 ■ 3 ■ 5 △ 5 澤野久雄　「未知の人」 87枚 42歳 評 △ 4 △ 8 ■ 8 ■ 3 ■ 7 ■ 3 △ 11 ・ 6 長谷川四郎　「阿久正の話」等 101枚 46歳 評 ― 0 △ 4 ― 0 ― 0 ● 17 ■ 3 ― 0 ― 0 岡田徳次郎　「銀杏物語」 51枚 (49歳) 評 ― 0 ● 2 ― 0 ◎ 5 ■ 7 ■ 2 ■ 3 ― 0 坂上弘　「息子と恋人」 56枚 19歳 評 ○ 11 ● 3 ― 0 ― 0 ● 9 ○ 6 □ 7 ― 0 加藤勝代　「馬のにほひ」 41枚 35歳 評 ― 0 ■ 3 ― 0 ― 0 ■ 7 ■ 3 △ 2 ― 0                 年齢/枚数の説明   見方・注意点

石川達三50歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題遠藤君を推す　総行数40　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 遠藤周作 32歳 全 ◎ 18 「第一候補（引用者中略）という心づもりで、私は委員会に出て行った。」「全く未知の人だが私はこの作品を信用してもいいと思う。戦後のフランス文学などに類型がありはしないかという疑問も提出されたが、古臭い類型ならともかく、新しい類型ならば外国にその例があっても無くとも、委員会はあまり気にしなくともいいと私は思った。」「直木賞候補だという説もあったが、私はそうは思わない。」 小沼丹 36歳 全 ― 0   川上宗薫 31歳 全 ― 0   澤野久雄 42歳 全 △ 4 「巧い作家だが、佐藤さんが一種のひよわ（原文傍点）さを感じて居られたのは、私も同感である。何かを怕がったり遠慮したりしているらしい。それを突きぬけた独自のものが出てくればいいのだろうと思う。」 長谷川四郎 46歳 全 ― 0   岡田徳次郎 (49歳) 全 ― 0   坂上弘 19歳 全 ○ 11 「第二候補（引用者中略）という心づもりで、私は委員会に出て行った。」「疑問の多い作品であるが、同時に独自なものがあり、新しいものもある。それだけに一致した推薦が得られなかったのも致し方ないことだと思う。」「今日は疑問に感じられたものが、立派に成長するか馬脚を現わすか、そういう心配と期待とがあるのだ。」 加藤勝代 35歳 全 ― 0     「某新聞が、芥川賞では食えないとか、当選の価値が下落したとか、嫌味な記事をのせていたが、言わでもの事を書きならべてどれ丈けの意味があるだろうか。実力ある人は授賞されなくても伸びて行くだろう。そんな事は当りまえだ。」「この新聞は、芥川賞作家三十五人のうち、活躍しているのは三分の一ぐらいだと言っているが、三分の一が堂々と活躍しているならば、文学賞制度としては立派な成果ではあるまいか。」

他の選考委員 井上靖 佐藤春夫 丹羽文雄 宇野浩二 瀧井孝作 舟橋聖一 川端康成

井上靖48歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選後に　総行数32　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 遠藤周作 32歳 全 ◎ 11 「（引用者注：「未知の人」と共に）銓衡で最後まで残ったが、当然なことと思われた。」「筆も確りして最後まで読ませる。」「私はこの作品が取り扱っているカトリックの信仰の問題が自分に身近くないために、この作品の評価に多少戸惑いを感じたが、併し、今期の芥川賞に該当作品ありとすれば、この作品であることは間違いないところだった。」 小沼丹 36歳 全 ■ 3 「前回の候補作より見劣りした。氏の多くの作品の中で特に、この二作が取り上げられたところに氏の不運があった。」 川上宗薫 31歳 全 ■ 2 「「ある眼醒め」「企み」二篇とも新人らしい力作であったが、私は前回の「初心」に及ばないと思った。」 澤野久雄 42歳 全 △ 8 「（引用者注：「白い人」と共に）銓衡で最後まで残ったが、当然なことと思われた。」「出戻り女のかたくなな性格が繊細な筆でよく書けていた。後半主人公がカナリヤを放す辺りから多少筆が安易に流れていたのはいかにも惜しいと思った。前半の調子で押し切れば氏の作品の中では、これが一番いいものになったと思われる。」 長谷川四郎 46歳 全 △ 4 「作者の作家としてのユニークな資質はこの短篇の中にもよく現われているが、これは受賞を競うような種類の作品ではない。既に氏は受賞で飾られる必要もあるまい。」 岡田徳次郎 (49歳) 全 ● 2 「いかにしても古さが気になり、」 坂上弘 19歳 全 ● 3 「書き方がそれが一つの試みであるとしても、私にはごたごたして煩わしく感じられた。」 加藤勝代 35歳 全 ■ 3 「欠点のない後味のいい作品で、銚子の爆撃の夜馬が駈けるあたりの描写は光っている。併し、作家的力量はこの短篇一篇では窺えない。」

他の選考委員 石川達三 佐藤春夫 丹羽文雄 宇野浩二 瀧井孝作 舟橋聖一 川端康成

佐藤春夫63歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題今までに見ない作風　総行数29　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 遠藤周作 32歳 全 ○ 22 「最後まで残った。」「遠藤の力作は頼もしい。」「遠藤とは僅に一面識だが、他の候補者がすべて見ず知らずのなかで遠藤との面識がかえって遠藤の支持を妨げるような気分であったが、候補作をもう一度全部思い返してやはり遠藤を採るのが至当と思えた。」「新作家の未熟も目につかぬではないが、それを償うて余りある熱意を見てこのズブの新人の力一杯幾分手にあまった作品を今回の芥川賞に最も適当なものとして買う。――多少、危険株と思わないでもないが。」 小沼丹 36歳 全 ● 3 「前作「白孔雀のゐるホテル」にくらべて甚だ見劣りがするもので何人もこれに一顧も払わないのは残念ながら当然であろう。」 川上宗薫 31歳 全 ■ 6 「最後まで残った。」「前のに較べて今回のが最も劣る。前の素直な作風が妙に歪められたのは惜しいという説が同感された。」 澤野久雄 42歳 全 ■ 8 「最後まで残った。」「力量は認めないではなかったが、前作「夜の河」は川端康成に、今度の「未知の人」は井上靖に似ていてこの作者の個性の薄弱を思わせるのを遺憾に思った。」 長谷川四郎 46歳 全 ― 0   岡田徳次郎 (49歳) 全 ― 0   坂上弘 19歳 全 ― 0   加藤勝代 35歳 全 ― 0

他の選考委員 石川達三 井上靖 丹羽文雄 宇野浩二 瀧井孝作 舟橋聖一 川端康成

丹羽文雄50歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題読後感　総行数24　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 遠藤周作 32歳 全 □ 3 「全くダークホースであった。私と川端さんだけが、最後まで多少不安を感じた。が、反対を唱えるような作品ではなかった。」 小沼丹 36歳 全 ● 6 「期待していたが、失望をした。」「これまでのものの中でいちばん悪かった。」「気の利いた思いつきか、気分で描く人であるから、それが外れているとみじめなことになる。」 川上宗薫 31歳 全 ● 9 「期待していたが、失望をした。」「「初心」「その掟」までの川上君はよかった。「企み」に来て、よけいなものがまじるようになった。しかしまだ、辛抱は出来たが、「或る眼醒め」になると、文学と文学でないものが水と油のように混合している。川上君はそのことに主張があるのだろうが、川上君のこころみはすでに何人かの作家がやって来て、失敗しているものである。」 澤野久雄 42歳 全 ■ 3 「最後まで残ったが、「被害者」の方がはるかによい。それが前期の作だけに残念であった。」 長谷川四郎 46歳 全 ― 0   岡田徳次郎 (49歳) 全 ◎ 5 「好きだった。しみじみとした感銘をうけた。今度の中では、これがいちばん好きであったが、強いものがないので、「白い人」のように問題にはならなかった。こういう小説が若し私にも書けるなら、書きたいと思ったくらいである。」 坂上弘 19歳 全 ― 0   加藤勝代 35歳 全 ― 0

他の選考委員 石川達三 井上靖 佐藤春夫 宇野浩二 瀧井孝作 舟橋聖一 川端康成

宇野浩二63歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題独断的銓衡感　総行数82　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 遠藤周作 32歳 全 ■ 28 「特異な題材を、よく工夫して、工合よく、書いてある、という点だけでも、問題になるところはある、が、唯それだけのところもある。」「結局、芥川賞の係りの人が、（一時は「今回こそ該当作なし」と大方きまりかかったのに、）粘りに粘ったために、この『白い人』が賞ときまってしまったが、私は、（委員会の時までにこの小説だけ読んでいなかったので、）委員会の日の翌日にこの作品を二度も読んでみたけれど、その結果、この小説は芥川賞に該当しない、と、ここで、言明する。」 小沼丹 36歳 全 ● 7 「『黄ばんだ風景』も『ねんぶつ異聞』も、私がこれまで読んだ幾つかの小沼のどの作品よりも、落ちる、いや、がた落ちである。」「好漢小沼はこのところ少し濫作しすぎる嫌いがありはしないか。」 川上宗薫 31歳 全 ● 8 「『或る眼醒め』はどうして予選を通過したのだろうか。私は、この小説を候補作品にえらんで、わざわざ『企み』を「参考」にした予選委員たちの観照眼を大いに怪しみ疑う。」「前の『その掟』や『初心』などの方がまだ幾らかでも取り得があった。」 澤野久雄 42歳 全 ■ 7 「前半ぐらいまではちょいと面白かったが、後半の方になってその面白味さえ薄れてしまった、それに、『未知の人』という題の意味がよくわからない。この人も前に書いた幾つかの小説の方に幾らか増しな作品があったようである。」 長谷川四郎 46歳 全 ● 17 「『阿久正の話』などよりも前の『ガラ・ブルセンツオワ』、その他の方にもっと勝れた作品があった筈だ。」「『足柄山』は、（引用者中略）思わせぶりな物体ぶった書き方で述べてはあるが、これは、一と皮むけば、古めかしい徒の「因縁因果」話である。されば、もう二度とこのような小説を書くのを止めて、もう少し自重した方がよくはないか。」 岡田徳次郎 (49歳) 全 ■ 7 「二人の薄命な女の数奇な身の上を一と通り巧みに書いてある、強いて云えば、うまく出来すぎている、しかし、いかにも古くて手軽すぎる、これが致命傷である。」 坂上弘 19歳 全 ● 9 「初めはちょいとしゃれた書き方がしてあって、こんなのがモダアンとでもいうのかな、とも思ったが、その次ぎの息子の父と母の事を書いたところはあまりに古風であり旧式すぎるので、私は、惘れかえった。」「全体から云って、これからは、小説についての考え方をすっかり改めて、『新規蒔き直し』で、勉強すべきであろう。」 加藤勝代 35歳 全 ■ 7 「「僕」という主人公の馬に対する病的な感じ方が、主人公の友人に対する感情が、それ以上に二疋の馬に対する観察が、ある程度までよく書かれている、しかし、これではまだ「未だし未だし」である。」   「閉口したのは、『粘りつき』には幾らか自信のある私も、今回の芥川賞の係りの人の『粘り』の強さであった。されば、あの係りの人を、日本文學振興會から大大的に表彰すべきであろう。」

他の選考委員 石川達三 井上靖 佐藤春夫 丹羽文雄 瀧井孝作 舟橋聖一 川端康成

瀧井孝作61歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題坂上弘君に注目　総行数31　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 遠藤周作 32歳 全 △ 6 「わるくはないが、アカデミックの形式主義か、飜訳小説に似て、瓶詰をたべるような味だと思った。」「「白い人」遠藤周作氏が当選したことは、西洋小説のようなものも日本人が描けるのだという意味で面白いと思った。」 小沼丹 36歳 全 ● 5 「「黄ばんだ風景」は、核心にふれず周りだけを描いていて、読みながら歯がゆかった。「ねんぶつ異聞」も、マイナスの作品だ。これは宇治拾遺物語の「念仏の魔往生の事」に取材したものだが、綺麗に描けたとは云えないようだ。」 川上宗薫 31歳 全 ■ 3 「「或る眼醒め」は、手法構成に異色が見えたが、内容は小粒だ。何に目醒めたのか不分明で、何だか個人的の感じで小さいのだ。「企み」は、いやな小説だ。」 澤野久雄 42歳 全 ■ 3 「気心の知れない人を描いたものだが、小味に過ぎて、全体としては貫徹した所が欠けていると思った。」 長谷川四郎 46歳 全 ■ 3 「「阿久正の話」は、抽象絵画の手法に似て、面白いが、「足柄山」の方はマイナス作品で、採れなかった。こんな参考作品は読ませない方がよかったのだ。」 岡田徳次郎 (49歳) 全 ■ 2 「ものやさしい平和な静かさが主題だが、余りに文章が淡くて弱いうらみがある。」 坂上弘 19歳 全 ○ 6 「カンワ゛スに絵画をぶちまけたような荒っぽい、テンポの早い、無造作な軽い筆触に、何か新味があるようで、私は注目した。」「未だ十九歳だから、今後なお注目したいと思った。」 加藤勝代 35歳 全 ■ 3 「分りやすい確かりした文章だが、作品としては常識的で、個性がないから、稍物足りない。」   「格別これを推したいと思われるものはなかった。」

他の選考委員 石川達三 井上靖 佐藤春夫 丹羽文雄 宇野浩二 舟橋聖一 川端康成

舟橋聖一50歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題今季は不作　総行数44　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 遠藤周作 32歳 全 △ 13 「一時は（引用者注：該当作）ナシにきまりかけたが、司会者の運びのうまさ（これは名人芸に値した）につりこまれて、やはり授賞作となった。」「僕が彼に、一票を投じきれなかったのは、果して小説一本で行く人かどうかを疑ったからであった。」 小沼丹 36歳 全 ■ 5 「（引用者注：将来も小説一本で行くという意味で、小沼丹、川上宗薫、澤野久雄は）信用が置ける人たちだ。」「（引用者注：小沼丹と川上宗薫は）前期の作のほうが、ずっと上等で、期待されながら、両者共、ついにどの委員の支持も得ずに圏外に去った。」 川上宗薫 31歳 全 ■ 5 「（引用者注：将来も小説一本で行くという意味で、小沼丹、川上宗薫、澤野久雄は）信用が置ける人たちだ。」「（引用者注：小沼丹と川上宗薫は）前期の作のほうが、ずっと上等で、期待されながら、両者共、ついにどの委員の支持も得ずに圏外に去った。」 澤野久雄 42歳 全 △ 11 「度々予選にはいっている人で、こんどあたりは貰ってもいいと思われたが「未知の人」は、今一息迫力が足りないために委員らの積極的な支持を得なかった。作家として、一番書かなければならないことを、わざと素通りし、または遠廻りして逃げている。」「然し、こういう書きにくい材料を、こなして行く筆力は、段々に肥え、貫禄も出てきている。」「（引用者注：将来も小説一本で行くという意味で、小沼丹、川上宗薫、澤野久雄は）信用が置ける人たちだ。」 長谷川四郎 46歳 全 ― 0   岡田徳次郎 (49歳) 全 ■ 3 「丹羽が好きそうなものだと思っていたら、果して銓衡が終ってから、彼は白状していた。」 坂上弘 19歳 全 □ 7 「瀧井さん一人推していたが、最近の新人小説の傾向が、超現実風に、飛躍しているのにくらべて、質実な作風だと思い、僕も半票を投じた。」「僕たちも大てい過去に一度は、こういう作品を書いているので、ちょっとしたノスタルジアを感じたのかもしれない。」 加藤勝代 35歳 全 △ 2 「手堅い描法で、且つ素朴な味がたのしめ、好感のもてる短篇だった。」   「芥川賞は、新人の作に対する厳格な批評の採点ではなくて、将来、小説家として、へこたれずにやって行く人を掘出し、鞭撻し、力附けるために存在するものであるから、その作自体に対する批評はよくても、片手間小説には、あまりやりたくないのである。」「今回は前数回にくらべて、不作だった。」

他の選考委員 石川達三 井上靖 佐藤春夫 丹羽文雄 宇野浩二 瀧井孝作 川端康成

川端康成56歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題「白い人」その他　総行数29　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 遠藤周作 32歳 全 △ 18 「推すのには、多少の逡巡と疑問を感じたと言うよりも、私は自信に欠けていたと言った方がいいかもしれない。外国を舞台に外国人を書いているからである。」「これは考えられ作られた作品であって、日本では勿論材料も主題も特異であるけれども、同時に典型的でもある。批評的な図式の感じを十分抜け切らない。しかしこれも差支えないと思えば差支えはない。つまり、この力ある作家を拒否する理由はなさそうである。」 小沼丹 36歳 全 ― 0   川上宗薫 31歳 全 △ 5 「「或る眼醒め」と「企み」とでは、私も「企み」の方を取った。「或る眼醒め」には部分的にすぐれたところがあり、それには共感した。「企み」などでこの人は計算した作風を見せ、素直でなくなったとの説もあったが、「計算して」作ってもいいと私は考える。」 澤野久雄 42歳 全 ・ 6 「作者が懇意の人なので、私はほとんど棄権である。この人の単行本の作品集「被害者」が参考作品にでもなっているとよかったと思う。」「カナリヤの飼育を背景に、かなり異常な心理と性格を書いているのだが、それを強く感じさせないようなところに、短所も長所もあるのだろう。」 長谷川四郎 46歳 全 ― 0   岡田徳次郎 (49歳) 全 ― 0   坂上弘 19歳 全 ― 0   加藤勝代 35歳 全 ― 0

他の選考委員 石川達三 井上靖 佐藤春夫 丹羽文雄 宇野浩二 瀧井孝作 舟橋聖一

遠藤周作32歳×各選考委員　 「白い人」 短篇 135枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石川達三 50歳 全 ◎ 18 「第一候補（引用者中略）という心づもりで、私は委員会に出て行った。」「全く未知の人だが私はこの作品を信用してもいいと思う。戦後のフランス文学などに類型がありはしないかという疑問も提出されたが、古臭い類型ならともかく、新しい類型ならば外国にその例があっても無くとも、委員会はあまり気にしなくともいいと私は思った。」「直木賞候補だという説もあったが、私はそうは思わない。」 井上靖 48歳 全 ◎ 11 「（引用者注：「未知の人」と共に）銓衡で最後まで残ったが、当然なことと思われた。」「筆も確りして最後まで読ませる。」「私はこの作品が取り扱っているカトリックの信仰の問題が自分に身近くないために、この作品の評価に多少戸惑いを感じたが、併し、今期の芥川賞に該当作品ありとすれば、この作品であることは間違いないところだった。」 佐藤春夫 63歳 全 ○ 22 「最後まで残った。」「遠藤の力作は頼もしい。」「遠藤とは僅に一面識だが、他の候補者がすべて見ず知らずのなかで遠藤との面識がかえって遠藤の支持を妨げるような気分であったが、候補作をもう一度全部思い返してやはり遠藤を採るのが至当と思えた。」「新作家の未熟も目につかぬではないが、それを償うて余りある熱意を見てこのズブの新人の力一杯幾分手にあまった作品を今回の芥川賞に最も適当なものとして買う。――多少、危険株と思わないでもないが。」 丹羽文雄 50歳 全 □ 3 「全くダークホースであった。私と川端さんだけが、最後まで多少不安を感じた。が、反対を唱えるような作品ではなかった。」 宇野浩二 63歳 全 ■ 28 「特異な題材を、よく工夫して、工合よく、書いてある、という点だけでも、問題になるところはある、が、唯それだけのところもある。」「結局、芥川賞の係りの人が、（一時は「今回こそ該当作なし」と大方きまりかかったのに、）粘りに粘ったために、この『白い人』が賞ときまってしまったが、私は、（委員会の時までにこの小説だけ読んでいなかったので、）委員会の日の翌日にこの作品を二度も読んでみたけれど、その結果、この小説は芥川賞に該当しない、と、ここで、言明する。」 瀧井孝作 61歳 全 △ 6 「わるくはないが、アカデミックの形式主義か、飜訳小説に似て、瓶詰をたべるような味だと思った。」「「白い人」遠藤周作氏が当選したことは、西洋小説のようなものも日本人が描けるのだという意味で面白いと思った。」 舟橋聖一 50歳 全 △ 13 「一時は（引用者注：該当作）ナシにきまりかけたが、司会者の運びのうまさ（これは名人芸に値した）につりこまれて、やはり授賞作となった。」「僕が彼に、一票を投じきれなかったのは、果して小説一本で行く人かどうかを疑ったからであった。」 川端康成 56歳 全 △ 18 「推すのには、多少の逡巡と疑問を感じたと言うよりも、私は自信に欠けていたと言った方がいいかもしれない。外国を舞台に外国人を書いているからである。」「これは考えられ作られた作品であって、日本では勿論材料も主題も特異であるけれども、同時に典型的でもある。批評的な図式の感じを十分抜け切らない。しかしこれも差支えないと思えば差支えはない。つまり、この力ある作家を拒否する理由はなさそうである。」

他の候補作 小沼丹 「黄ばんだ風景」等 川上宗薫 「或る眼醒め」等 澤野久雄 「未知の人」 長谷川四郎 「阿久正の話」等 岡田徳次郎 「銀杏物語」 坂上弘 「息子と恋人」 加藤勝代 「馬のにほひ」

小沼丹36歳×各選考委員　 「黄ばんだ風景」等 短篇2篇 80枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石川達三 50歳 全 ― 0   井上靖 48歳 全 ■ 3 「前回の候補作より見劣りした。氏の多くの作品の中で特に、この二作が取り上げられたところに氏の不運があった。」 佐藤春夫 63歳 全 ● 3 「前作「白孔雀のゐるホテル」にくらべて甚だ見劣りがするもので何人もこれに一顧も払わないのは残念ながら当然であろう。」 丹羽文雄 50歳 全 ● 6 「期待していたが、失望をした。」「これまでのものの中でいちばん悪かった。」「気の利いた思いつきか、気分で描く人であるから、それが外れているとみじめなことになる。」 宇野浩二 63歳 全 ● 7 「『黄ばんだ風景』も『ねんぶつ異聞』も、私がこれまで読んだ幾つかの小沼のどの作品よりも、落ちる、いや、がた落ちである。」「好漢小沼はこのところ少し濫作しすぎる嫌いがありはしないか。」 瀧井孝作 61歳 全 ● 5 「「黄ばんだ風景」は、核心にふれず周りだけを描いていて、読みながら歯がゆかった。「ねんぶつ異聞」も、マイナスの作品だ。これは宇治拾遺物語の「念仏の魔往生の事」に取材したものだが、綺麗に描けたとは云えないようだ。」 舟橋聖一 50歳 全 ■ 5 「（引用者注：将来も小説一本で行くという意味で、小沼丹、川上宗薫、澤野久雄は）信用が置ける人たちだ。」「（引用者注：小沼丹と川上宗薫は）前期の作のほうが、ずっと上等で、期待されながら、両者共、ついにどの委員の支持も得ずに圏外に去った。」 川端康成 56歳 全 ― 0

他の候補作 遠藤周作 「白い人」 川上宗薫 「或る眼醒め」等 澤野久雄 「未知の人」 長谷川四郎 「阿久正の話」等 岡田徳次郎 「銀杏物語」 坂上弘 「息子と恋人」 加藤勝代 「馬のにほひ」

川上宗薫31歳×各選考委員　 「或る眼醒め」等 短篇2篇 115枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石川達三 50歳 全 ― 0   井上靖 48歳 全 ■ 2 「「ある眼醒め」「企み」二篇とも新人らしい力作であったが、私は前回の「初心」に及ばないと思った。」 佐藤春夫 63歳 全 ■ 6 「最後まで残った。」「前のに較べて今回のが最も劣る。前の素直な作風が妙に歪められたのは惜しいという説が同感された。」 丹羽文雄 50歳 全 ● 9 「期待していたが、失望をした。」「「初心」「その掟」までの川上君はよかった。「企み」に来て、よけいなものがまじるようになった。しかしまだ、辛抱は出来たが、「或る眼醒め」になると、文学と文学でないものが水と油のように混合している。川上君はそのことに主張があるのだろうが、川上君のこころみはすでに何人かの作家がやって来て、失敗しているものである。」 宇野浩二 63歳 全 ● 8 「『或る眼醒め』はどうして予選を通過したのだろうか。私は、この小説を候補作品にえらんで、わざわざ『企み』を「参考」にした予選委員たちの観照眼を大いに怪しみ疑う。」「前の『その掟』や『初心』などの方がまだ幾らかでも取り得があった。」 瀧井孝作 61歳 全 ■ 3 「「或る眼醒め」は、手法構成に異色が見えたが、内容は小粒だ。何に目醒めたのか不分明で、何だか個人的の感じで小さいのだ。「企み」は、いやな小説だ。」 舟橋聖一 50歳 全 ■ 5 「（引用者注：将来も小説一本で行くという意味で、小沼丹、川上宗薫、澤野久雄は）信用が置ける人たちだ。」「（引用者注：小沼丹と川上宗薫は）前期の作のほうが、ずっと上等で、期待されながら、両者共、ついにどの委員の支持も得ずに圏外に去った。」 川端康成 56歳 全 △ 5 「「或る眼醒め」と「企み」とでは、私も「企み」の方を取った。「或る眼醒め」には部分的にすぐれたところがあり、それには共感した。「企み」などでこの人は計算した作風を見せ、素直でなくなったとの説もあったが、「計算して」作ってもいいと私は考える。」

他の候補作 遠藤周作 「白い人」 小沼丹 「黄ばんだ風景」等 澤野久雄 「未知の人」 長谷川四郎 「阿久正の話」等 岡田徳次郎 「銀杏物語」 坂上弘 「息子と恋人」 加藤勝代 「馬のにほひ」

澤野久雄42歳×各選考委員　 「未知の人」 短篇 87枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石川達三 50歳 全 △ 4 「巧い作家だが、佐藤さんが一種のひよわ（原文傍点）さを感じて居られたのは、私も同感である。何かを怕がったり遠慮したりしているらしい。それを突きぬけた独自のものが出てくればいいのだろうと思う。」 井上靖 48歳 全 △ 8 「（引用者注：「白い人」と共に）銓衡で最後まで残ったが、当然なことと思われた。」「出戻り女のかたくなな性格が繊細な筆でよく書けていた。後半主人公がカナリヤを放す辺りから多少筆が安易に流れていたのはいかにも惜しいと思った。前半の調子で押し切れば氏の作品の中では、これが一番いいものになったと思われる。」 佐藤春夫 63歳 全 ■ 8 「最後まで残った。」「力量は認めないではなかったが、前作「夜の河」は川端康成に、今度の「未知の人」は井上靖に似ていてこの作者の個性の薄弱を思わせるのを遺憾に思った。」 丹羽文雄 50歳 全 ■ 3 「最後まで残ったが、「被害者」の方がはるかによい。それが前期の作だけに残念であった。」 宇野浩二 63歳 全 ■ 7 「前半ぐらいまではちょいと面白かったが、後半の方になってその面白味さえ薄れてしまった、それに、『未知の人』という題の意味がよくわからない。この人も前に書いた幾つかの小説の方に幾らか増しな作品があったようである。」 瀧井孝作 61歳 全 ■ 3 「気心の知れない人を描いたものだが、小味に過ぎて、全体としては貫徹した所が欠けていると思った。」 舟橋聖一 50歳 全 △ 11 「度々予選にはいっている人で、こんどあたりは貰ってもいいと思われたが「未知の人」は、今一息迫力が足りないために委員らの積極的な支持を得なかった。作家として、一番書かなければならないことを、わざと素通りし、または遠廻りして逃げている。」「然し、こういう書きにくい材料を、こなして行く筆力は、段々に肥え、貫禄も出てきている。」「（引用者注：将来も小説一本で行くという意味で、小沼丹、川上宗薫、澤野久雄は）信用が置ける人たちだ。」 川端康成 56歳 全 ・ 6 「作者が懇意の人なので、私はほとんど棄権である。この人の単行本の作品集「被害者」が参考作品にでもなっているとよかったと思う。」「カナリヤの飼育を背景に、かなり異常な心理と性格を書いているのだが、それを強く感じさせないようなところに、短所も長所もあるのだろう。」

他の候補作 遠藤周作 「白い人」 小沼丹 「黄ばんだ風景」等 川上宗薫 「或る眼醒め」等 長谷川四郎 「阿久正の話」等 岡田徳次郎 「銀杏物語」 坂上弘 「息子と恋人」 加藤勝代 「馬のにほひ」

長谷川四郎46歳×各選考委員　 「阿久正の話」等 短篇2篇 101枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石川達三 50歳 全 ― 0   井上靖 48歳 全 △ 4 「作者の作家としてのユニークな資質はこの短篇の中にもよく現われているが、これは受賞を競うような種類の作品ではない。既に氏は受賞で飾られる必要もあるまい。」 佐藤春夫 63歳 全 ― 0   丹羽文雄 50歳 全 ― 0   宇野浩二 63歳 全 ● 17 「『阿久正の話』などよりも前の『ガラ・ブルセンツオワ』、その他の方にもっと勝れた作品があった筈だ。」「『足柄山』は、（引用者中略）思わせぶりな物体ぶった書き方で述べてはあるが、これは、一と皮むけば、古めかしい徒の「因縁因果」話である。されば、もう二度とこのような小説を書くのを止めて、もう少し自重した方がよくはないか。」 瀧井孝作 61歳 全 ■ 3 「「阿久正の話」は、抽象絵画の手法に似て、面白いが、「足柄山」の方はマイナス作品で、採れなかった。こんな参考作品は読ませない方がよかったのだ。」 舟橋聖一 50歳 全 ― 0   川端康成 56歳 全 ― 0

他の候補作 遠藤周作 「白い人」 小沼丹 「黄ばんだ風景」等 川上宗薫 「或る眼醒め」等 澤野久雄 「未知の人」 岡田徳次郎 「銀杏物語」 坂上弘 「息子と恋人」 加藤勝代 「馬のにほひ」

岡田徳次郎(49歳)×各選考委員　 「銀杏物語」 短篇 51枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石川達三 50歳 全 ― 0   井上靖 48歳 全 ● 2 「いかにしても古さが気になり、」 佐藤春夫 63歳 全 ― 0   丹羽文雄 50歳 全 ◎ 5 「好きだった。しみじみとした感銘をうけた。今度の中では、これがいちばん好きであったが、強いものがないので、「白い人」のように問題にはならなかった。こういう小説が若し私にも書けるなら、書きたいと思ったくらいである。」 宇野浩二 63歳 全 ■ 7 「二人の薄命な女の数奇な身の上を一と通り巧みに書いてある、強いて云えば、うまく出来すぎている、しかし、いかにも古くて手軽すぎる、これが致命傷である。」 瀧井孝作 61歳 全 ■ 2 「ものやさしい平和な静かさが主題だが、余りに文章が淡くて弱いうらみがある。」 舟橋聖一 50歳 全 ■ 3 「丹羽が好きそうなものだと思っていたら、果して銓衡が終ってから、彼は白状していた。」 川端康成 56歳 全 ― 0

他の候補作 遠藤周作 「白い人」 小沼丹 「黄ばんだ風景」等 川上宗薫 「或る眼醒め」等 澤野久雄 「未知の人」 長谷川四郎 「阿久正の話」等 坂上弘 「息子と恋人」 加藤勝代 「馬のにほひ」

坂上弘19歳×各選考委員　 「息子と恋人」 短篇 56枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石川達三 50歳 全 ○ 11 「第二候補（引用者中略）という心づもりで、私は委員会に出て行った。」「疑問の多い作品であるが、同時に独自なものがあり、新しいものもある。それだけに一致した推薦が得られなかったのも致し方ないことだと思う。」「今日は疑問に感じられたものが、立派に成長するか馬脚を現わすか、そういう心配と期待とがあるのだ。」 井上靖 48歳 全 ● 3 「書き方がそれが一つの試みであるとしても、私にはごたごたして煩わしく感じられた。」 佐藤春夫 63歳 全 ― 0   丹羽文雄 50歳 全 ― 0   宇野浩二 63歳 全 ● 9 「初めはちょいとしゃれた書き方がしてあって、こんなのがモダアンとでもいうのかな、とも思ったが、その次ぎの息子の父と母の事を書いたところはあまりに古風であり旧式すぎるので、私は、惘れかえった。」「全体から云って、これからは、小説についての考え方をすっかり改めて、『新規蒔き直し』で、勉強すべきであろう。」 瀧井孝作 61歳 全 ○ 6 「カンワ゛スに絵画をぶちまけたような荒っぽい、テンポの早い、無造作な軽い筆触に、何か新味があるようで、私は注目した。」「未だ十九歳だから、今後なお注目したいと思った。」 舟橋聖一 50歳 全 □ 7 「瀧井さん一人推していたが、最近の新人小説の傾向が、超現実風に、飛躍しているのにくらべて、質実な作風だと思い、僕も半票を投じた。」「僕たちも大てい過去に一度は、こういう作品を書いているので、ちょっとしたノスタルジアを感じたのかもしれない。」 川端康成 56歳 全 ― 0

他の候補作 遠藤周作 「白い人」 小沼丹 「黄ばんだ風景」等 川上宗薫 「或る眼醒め」等 澤野久雄 「未知の人」 長谷川四郎 「阿久正の話」等 岡田徳次郎 「銀杏物語」 加藤勝代 「馬のにほひ」

加藤勝代35歳×各選考委員　 「馬のにほひ」 短篇 41枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石川達三 50歳 全 ― 0   井上靖 48歳 全 ■ 3 「欠点のない後味のいい作品で、銚子の爆撃の夜馬が駈けるあたりの描写は光っている。併し、作家的力量はこの短篇一篇では窺えない。」 佐藤春夫 63歳 全 ― 0   丹羽文雄 50歳 全 ― 0   宇野浩二 63歳 全 ■ 7 「「僕」という主人公の馬に対する病的な感じ方が、主人公の友人に対する感情が、それ以上に二疋の馬に対する観察が、ある程度までよく書かれている、しかし、これではまだ「未だし未だし」である。」 瀧井孝作 61歳 全 ■ 3 「分りやすい確かりした文章だが、作品としては常識的で、個性がないから、稍物足りない。」 舟橋聖一 50歳 全 △ 2 「手堅い描法で、且つ素朴な味がたのしめ、好感のもてる短篇だった。」 川端康成 56歳 全 ― 0	他の候補作 遠藤周作 「白い人」 小沼丹 「黄ばんだ風景」等 川上宗薫 「或る眼醒め」等 澤野久雄 「未知の人」 長谷川四郎 「阿久正の話」等 岡田徳次郎 「銀杏物語」 坂上弘 「息子と恋人」