第37回

第36回

令和5年/2023年度 令和6年/2024年5月16日決定発表／『小説新潮』令和6年/2024年7月号選評掲載

選考委員　 伊坂幸太郎 52歳 江國香織 60歳 小川哲 37歳 今野敏 68歳 三浦しをん 47歳 選評総行数　 228 170 239 183 235 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 青崎有吾　『地雷グリコ』 32歳 評 □ 71 ○ 39 ◎ 73 ○ 36 □ 88 小田雅久仁　『禍』 49歳 評 ■ 45 △ 30 △ 46 ■ 47 ◎ 58 寺地はるな　『こまどりたちが歌うなら』 47歳 評 △ 46 ■ 42 △ 41 ● 43 ■ 44 葉真中顕　『鼓動』 48歳 評 ■ 66 ■ 51 ■ 69 ■ 34 ■ 50           年齢の説明   見方・注意点

伊坂幸太郎52歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題第37回の選評　総行数228　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 青崎有吾 32歳 全 □ 71 「僕自身はこの作品を受賞作にしていいのかどうか、選考会の時までずっと悩んでいました。」「この小説の面白さの大半が、漫画『カイジ』や『嘘喰い』その他もろもろの、オリジナルゲーム物、頭脳バトル物のフォーマットに拠っているように感じたからでした。」「ほかの選考委員から、「青春小説としての魅力は、この小説の相当な美点ではないか」「小説が漫画やアニメに影響を与えてきたのであるならば、その反対、漫画やアニメから小説が影響を受けることは新しさとして重要なことで、この作品に賞を与える意味は大きい」といった意見が出ました。言われてみればその通りです。」 小田雅久仁 49歳 全 ■ 45 「候補作の中で「小説としてもっとも良いのはこれだ」という思いは今も抱いています。ただ、どこか、「鑑賞者を気にせず、部屋にこもって自分のためだけに絵を描き続ける画家」の作品を前にしているような気分にもなってしまい（「芸術」の道は、「ひとりよがり」の道にも迷い込みがちな気がするため）、デビュー作『増大派に告ぐ』の進化形のような、新しいエンターテインメント小説の方向性を勝手に期待する自分もいて、強く推すことができませんでした。」 寺地はるな 47歳 全 △ 46 「出てくる登場人物が、主人公の「敵でも味方でもない存在（どちらかと言えば味方寄りではあるが、距離がある）」という部分も絶妙なバランスに感じましたし、こちらが抱いていた先入観が覆っていくところも気持ち良かったです。」「主人公の「正しさ」が正しいわけではなく、むしろ予想以上にずれていく展開になり、かなりバランスの取れた批評的な視線のある作品だと僕は思ったんですが、選考会でほかの選考委員たちの意見を聞くと、そうではない受けとめ方もあるのが分かり、小説というものは難しいものだなあと改めて感じました。」 葉真中顕 48歳 全 ■ 66 「「ぼく」のパートが少し理性的、分析的に過ぎるのが、もったいなく感じられます。」「もっと、当事者の苦しみがダイレクトにぶつけられるような（読む人を当事者と一体化させるような）感情を強く揺さぶるドラマにしたほうが、深刻さを感じ取ってもらえたのではないかと思います。」「「“無敵の人”は、本当は無敵なんかじゃない」という文章を使わずに、そのメッセージが表現される、作品全体から当事者の叫びが放射されるような小説を葉真中さんが書いたら、素晴らしいものになるのではないか、とどうしても思ってしまうのです。」

他の選考委員 江國香織 小川哲 今野敏 三浦しをん

江國香織60歳×各候補作

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題書きたいことを、書きたいように　総行数170　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 青崎有吾 32歳 全 ○ 39 「青春小説としての完成度が高く、思わず遠い昔を思いだしてしまうほど、高校生たちの生気をすぐそばに感じました。」「文章のみの力によって、（私にとって）イラスト的にリアルで具体的な人物像をくっきりと現出させるというのは技術であり驚きであり、その手並みには、ある種の優雅ささえ感じられました。小説は、書きたいことを書きたいように書くべきだと私は考えているので、その意味でも試みの大胆さに敬意を表したい。」 小田雅久仁 49歳 全 △ 30 「この本を読まなければ行かれなかった場所に連れて行ってもらえる、という点では四作中これがいちばんでした。」「ただ、どの短編も最後が妙におおざっぱで、母性のようなものとか、新しい子供たちのいる未来とか、主人公の死とか、文句は言えないけれどなんとなくはぐらかされたような終り方であるところに不満が残りました。」 寺地はるな 47歳 全 ■ 42 「この著者はほんとうに文章巧者で、会話のリズムやテンポがよく、ディテールへの目配りも行き届いた実力者なのですが、今回の作品はあまりにも倫理の教科書然としていて、私は推せませんでした。」「小説に、誤解する余地や想像する余地がない。もっと読者を信用して書いてくれればいいのに、と読者の一人として思いました（あるいは、読者なんか放っておけばいいのに、と書き手の一人として思いました）。」 葉真中顕 48歳 全 ■ 51 「丁寧に丁寧に書かれていて、きっと著者はまじめな方なんだろうなと想像しました。」「社会問題を小説のための素材として扱ってこそなのに、小説が社会問題のためのツールとして扱われているようで、私にはそこが納得できませんでした。」「この小説のなかで私がいちばん心をふるわせた美しい一文、「残酷だから、世界は豊かだ」がもっと徹底的に描かれていたらよかったのに、と残念でなりません。」   「それぞれに個性の確立された作品が揃っていて、個性は比較検討できませんから、選考委員の文学観が問われるシビアな選考会だったと思います。」

他の選考委員 伊坂幸太郎 小川哲 今野敏 三浦しをん

小川哲37歳×各候補作

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題小説に何ができるか　総行数239　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 青崎有吾 32歳 全 ◎ 73 「「文学賞」というものをある種の特殊ルールが付帯したゲームとして見立てると、本作の弱点は「この作品の魅力を表現するために、小説というメディアでなければいけない必然性はあるだろうか」という点になるだろう。」「本作は巧みな心理描写と最適戦術のせめぎ合いによって、凡百の頭脳戦ものを凌駕するだけの強度を持っていて、小説というメディアがこのジャンルの最前線に躍り出る可能性すら秘めている」「（引用者注：他の候補と比較して）「新しさ」と「面白さ」の点で抜きん出ている『地雷グリコ』を一番に推した。」 小田雅久仁 49歳 全 △ 46 「細部まで行き届いた濃密な文体は同時代の作家の中でもとりわけ独自性があって、この文章を読むだけでも価値がある。」「選考会では、（引用者中略）「現実世界が次第に虚構に接続していき、虚構が現実を飲み込んでいく」構造が「ワンパターンなのではないか」という議論が生まれたが、小説という表現手法によって現実と非現実を接続させることが本作の主眼である以上、この共通性は弱点ではなく武器であるのではないか。」 寺地はるな 47歳 全 △ 41 「何気ない一言や細かな表情が繊細な登場人物たちの心を傷つけたり、あるいは救いとなったりする様子が、安定した筆致によって高い解像度で表現されている。」「本作は日常に振り回されて疲れきってしまった人たちが自分の人生を諦める話であり、人間の二面性を明らかにする話であり、正論だけでは解決できない人間や社会の複雑さを描いた作品でもある。」「非常に高い質の作品でありながら、定形をはみ出す「新しさ」という点では受賞作に及ばなかったかもしれない」 葉真中顕 48歳 全 ■ 69 「ミステリ小説として完成度が高いだけでなく、一般文学がいかにして「読みやすさ」と「テーマ性」を両立させるか、という問題への一つの解答となっている。」「しかしその過不足のなさ（筆者による読者へのもてなし）が、むしろ作品の語り手である「ぼく」の理性と知性を強調してしまう形になっており、（作中の仕掛けによってその「理性」に対する説明はされているものの）この犯罪を成立させるためのいくつもの「切実さ」の根拠が弱まってしまっているように思う。」   「四作とも魅力的かつ質の高い小説で、一人の読者として楽しませてもらった。どの作品が受賞作になっても不満はなかった」

他の選考委員 伊坂幸太郎 江國香織 今野敏 三浦しをん

今野敏68歳×各候補作

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題好き嫌い　総行数183　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 青崎有吾 32歳 全 ○ 36 「冒頭の「地雷グリコ」に驚かされた。限定された世界でその理論と思考によって面白い物語を作り上げる手腕に感服した。」「純粋に理論と思考力だけで面白い小説を作るという挑戦もさることながら、高校生たちのたたずまいが実に活き活きとしていて感心した。ゲームの面白さだけで終わっていない。とても上質な青春小説でもある。」「主人公の女子高校生たちの過去に何があったのかという興味で最後まで引っ張り、その結末が実に感動的だ。」 小田雅久仁 49歳 全 ■ 47 「イマジネーションの広がりには目を見張るものがあり、それを描写する文章力は素晴らしい。ただ、妄想がエスカレートしやがてイメージのインフレーションを起こしてしまう。」「「しきりに改行する兎の糞みたいな文体」とか「嘘ばかり書き散らしている小説家風情が」というような文章が散見し、私も改行が多いほうなので、大人げなくも「兎の糞で悪かったな」とか「作家風情で悪かったな」などと腹を立て、こいつだけには賞はやるまいなどと思ってしまった。」「まあ、それも実作者だからか。」 寺地はるな 47歳 全 ● 43 「好みで言うと、候補作の中で最も遠いところにある作品。」「日常で起きたさざ波のような出来事に右往左往するという類の小説。まるでエッセイを読んでいるような読感がある。」「時代小説で、食べ物をからめた人情ものが人気だが、そういう意味でこうした味わいの現代ものも人気を得る要素はあると思う。」「大きなカタルシスを得るような作品ではないが、こうした小説を求めている読者も少なくないのだろう。」 葉真中顕 48歳 全 ■ 34 「物事を丁寧にきっちり書いている。その点は評価できるのだが、読んでいてわくわくしない。もしかしたら、読者に気を使いすぎなのではないだろうか。」「この作品は落とし所が難しい。犯人と女性刑事の対決は終幕には少々パワー不足の感があった。この女刑事を主人公としたシリーズでもあるということだが、キャラクターに物足りなさを感じたのはそのせいもあるのだろうか。」   「選考委員は実作者だから「ここだけは譲れない」という「聖域」を持っている。逆にそれがなければプロでやってはいけない。」「それ故に選考会の議論は白熱するのだが、だからこそ選ばれた作品は価値があるとも言える。」

他の選考委員 伊坂幸太郎 江國香織 小川哲 三浦しをん

三浦しをん47歳×各候補作

年齢の説明 見方・注意点

題第三十七回の選評　総行数235　（1行=18字） 候補 評価 行数 評言 青崎有吾 32歳 全 □ 88 「非常に迷ったすえ、『禍』を推し、僅差で『地雷グリコ』に次点をつけた。」「とにかく、読んでおもしろい。それだけで充分なのだが、ではなぜ一番には推さなかったのかというと、どうしてもゲームが主軸になるので、人間関係の掘り下げがやや手薄かもと思われたからだ。」「全編にわたって描写がうつくしく、比喩や擬音の使いかたもキマッている。」「生物学的には女性であろう生徒が、男子の制服を着て、どうやら女性を好きらしいということを、あたりまえのこととしてサラッと流す。時代はいい方向に変わった、とつくづく感じる。」 小田雅久仁 49歳 全 ◎ 58 「非常に迷ったすえ、『禍』を推し、僅差で『地雷グリコ』に次点をつけた。」「絶妙の気色悪さと美が入りまじった幻想小説集といった趣きで、いまこういう作品を書こうとする（そして見事に実現してみせる）作者の気概が、私は好きだ。」「本作は、各話のパターンとテイストをわざと似通わせることで、「物語」の持つ負の側面を浮き彫りにしようとしたのだろう。」「だが、どうしても気になったのは、本作に描かれる女性像、女性観が古くさいことだ。」 寺地はるな 47歳 全 ■ 44 「本作で描かれる労働環境、パワハラ、会社で女性が置かれた立場などは、非常に重要なことで、そこを変えようと奮闘する茉子を、読みながら渾身で応援した。」「ただ、作者の問題意識（それ自体はとても大切なものだ）の在処が、直接的に描かれすぎている気がする。現在の社会でここが問題だ、と明らかにするために、登場人物が駒のように配置されているのでは、と思えなくもないというか……。」 葉真中顕 48歳 全 ■ 50 「社会の問題点をちりばめつつ、主人公の一人である草鹿の来し方に、読者をぐっと惹きこむ。」「ただ、ちょっとパンチが弱い。なんとなく、七〇年代から現在に至るまでの、歴史や社会について解説した教科書か新書を読んでいるかのような印象を覚える。」「世代が異なる読者にも伝わるように、懇切丁寧に説明してくれているのだということもわかる。作者の真面目さ、誠実さの表れだと好意的に受け止めた。」「しかし結果として、最大公約数的な歴史と社会の解説になってしまっているように私には思えるのだ。」

他の選考委員 伊坂幸太郎 江國香織 小川哲 今野敏

青崎有吾32歳×各選考委員　 『地雷グリコ』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊坂幸太郎 52歳 全 □ 71 「僕自身はこの作品を受賞作にしていいのかどうか、選考会の時までずっと悩んでいました。」「この小説の面白さの大半が、漫画『カイジ』や『嘘喰い』その他もろもろの、オリジナルゲーム物、頭脳バトル物のフォーマットに拠っているように感じたからでした。」「ほかの選考委員から、「青春小説としての魅力は、この小説の相当な美点ではないか」「小説が漫画やアニメに影響を与えてきたのであるならば、その反対、漫画やアニメから小説が影響を受けることは新しさとして重要なことで、この作品に賞を与える意味は大きい」といった意見が出ました。言われてみればその通りです。」 江國香織 60歳 全 ○ 39 「青春小説としての完成度が高く、思わず遠い昔を思いだしてしまうほど、高校生たちの生気をすぐそばに感じました。」「文章のみの力によって、（私にとって）イラスト的にリアルで具体的な人物像をくっきりと現出させるというのは技術であり驚きであり、その手並みには、ある種の優雅ささえ感じられました。小説は、書きたいことを書きたいように書くべきだと私は考えているので、その意味でも試みの大胆さに敬意を表したい。」 小川哲 37歳 全 ◎ 73 「「文学賞」というものをある種の特殊ルールが付帯したゲームとして見立てると、本作の弱点は「この作品の魅力を表現するために、小説というメディアでなければいけない必然性はあるだろうか」という点になるだろう。」「本作は巧みな心理描写と最適戦術のせめぎ合いによって、凡百の頭脳戦ものを凌駕するだけの強度を持っていて、小説というメディアがこのジャンルの最前線に躍り出る可能性すら秘めている」「（引用者注：他の候補と比較して）「新しさ」と「面白さ」の点で抜きん出ている『地雷グリコ』を一番に推した。」 今野敏 68歳 全 ○ 36 「冒頭の「地雷グリコ」に驚かされた。限定された世界でその理論と思考によって面白い物語を作り上げる手腕に感服した。」「純粋に理論と思考力だけで面白い小説を作るという挑戦もさることながら、高校生たちのたたずまいが実に活き活きとしていて感心した。ゲームの面白さだけで終わっていない。とても上質な青春小説でもある。」「主人公の女子高校生たちの過去に何があったのかという興味で最後まで引っ張り、その結末が実に感動的だ。」 三浦しをん 47歳 全 □ 88 「非常に迷ったすえ、『禍』を推し、僅差で『地雷グリコ』に次点をつけた。」「とにかく、読んでおもしろい。それだけで充分なのだが、ではなぜ一番には推さなかったのかというと、どうしてもゲームが主軸になるので、人間関係の掘り下げがやや手薄かもと思われたからだ。」「全編にわたって描写がうつくしく、比喩や擬音の使いかたもキマッている。」「生物学的には女性であろう生徒が、男子の制服を着て、どうやら女性を好きらしいということを、あたりまえのこととしてサラッと流す。時代はいい方向に変わった、とつくづく感じる。」

他の候補作 小田雅久仁 『禍』 寺地はるな 『こまどりたちが歌うなら』 葉真中顕 『鼓動』

小田雅久仁49歳×各選考委員　 『禍』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊坂幸太郎 52歳 全 ■ 45 「候補作の中で「小説としてもっとも良いのはこれだ」という思いは今も抱いています。ただ、どこか、「鑑賞者を気にせず、部屋にこもって自分のためだけに絵を描き続ける画家」の作品を前にしているような気分にもなってしまい（「芸術」の道は、「ひとりよがり」の道にも迷い込みがちな気がするため）、デビュー作『増大派に告ぐ』の進化形のような、新しいエンターテインメント小説の方向性を勝手に期待する自分もいて、強く推すことができませんでした。」 江國香織 60歳 全 △ 30 「この本を読まなければ行かれなかった場所に連れて行ってもらえる、という点では四作中これがいちばんでした。」「ただ、どの短編も最後が妙におおざっぱで、母性のようなものとか、新しい子供たちのいる未来とか、主人公の死とか、文句は言えないけれどなんとなくはぐらかされたような終り方であるところに不満が残りました。」 小川哲 37歳 全 △ 46 「細部まで行き届いた濃密な文体は同時代の作家の中でもとりわけ独自性があって、この文章を読むだけでも価値がある。」「選考会では、（引用者中略）「現実世界が次第に虚構に接続していき、虚構が現実を飲み込んでいく」構造が「ワンパターンなのではないか」という議論が生まれたが、小説という表現手法によって現実と非現実を接続させることが本作の主眼である以上、この共通性は弱点ではなく武器であるのではないか。」 今野敏 68歳 全 ■ 47 「イマジネーションの広がりには目を見張るものがあり、それを描写する文章力は素晴らしい。ただ、妄想がエスカレートしやがてイメージのインフレーションを起こしてしまう。」「「しきりに改行する兎の糞みたいな文体」とか「嘘ばかり書き散らしている小説家風情が」というような文章が散見し、私も改行が多いほうなので、大人げなくも「兎の糞で悪かったな」とか「作家風情で悪かったな」などと腹を立て、こいつだけには賞はやるまいなどと思ってしまった。」「まあ、それも実作者だからか。」 三浦しをん 47歳 全 ◎ 58 「非常に迷ったすえ、『禍』を推し、僅差で『地雷グリコ』に次点をつけた。」「絶妙の気色悪さと美が入りまじった幻想小説集といった趣きで、いまこういう作品を書こうとする（そして見事に実現してみせる）作者の気概が、私は好きだ。」「本作は、各話のパターンとテイストをわざと似通わせることで、「物語」の持つ負の側面を浮き彫りにしようとしたのだろう。」「だが、どうしても気になったのは、本作に描かれる女性像、女性観が古くさいことだ。」

他の候補作 青崎有吾 『地雷グリコ』 寺地はるな 『こまどりたちが歌うなら』 葉真中顕 『鼓動』

寺地はるな47歳×各選考委員　 『こまどりたちが歌うなら』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊坂幸太郎 52歳 全 △ 46 「出てくる登場人物が、主人公の「敵でも味方でもない存在（どちらかと言えば味方寄りではあるが、距離がある）」という部分も絶妙なバランスに感じましたし、こちらが抱いていた先入観が覆っていくところも気持ち良かったです。」「主人公の「正しさ」が正しいわけではなく、むしろ予想以上にずれていく展開になり、かなりバランスの取れた批評的な視線のある作品だと僕は思ったんですが、選考会でほかの選考委員たちの意見を聞くと、そうではない受けとめ方もあるのが分かり、小説というものは難しいものだなあと改めて感じました。」 江國香織 60歳 全 ■ 42 「この著者はほんとうに文章巧者で、会話のリズムやテンポがよく、ディテールへの目配りも行き届いた実力者なのですが、今回の作品はあまりにも倫理の教科書然としていて、私は推せませんでした。」「小説に、誤解する余地や想像する余地がない。もっと読者を信用して書いてくれればいいのに、と読者の一人として思いました（あるいは、読者なんか放っておけばいいのに、と書き手の一人として思いました）。」 小川哲 37歳 全 △ 41 「何気ない一言や細かな表情が繊細な登場人物たちの心を傷つけたり、あるいは救いとなったりする様子が、安定した筆致によって高い解像度で表現されている。」「本作は日常に振り回されて疲れきってしまった人たちが自分の人生を諦める話であり、人間の二面性を明らかにする話であり、正論だけでは解決できない人間や社会の複雑さを描いた作品でもある。」「非常に高い質の作品でありながら、定形をはみ出す「新しさ」という点では受賞作に及ばなかったかもしれない」 今野敏 68歳 全 ● 43 「好みで言うと、候補作の中で最も遠いところにある作品。」「日常で起きたさざ波のような出来事に右往左往するという類の小説。まるでエッセイを読んでいるような読感がある。」「時代小説で、食べ物をからめた人情ものが人気だが、そういう意味でこうした味わいの現代ものも人気を得る要素はあると思う。」「大きなカタルシスを得るような作品ではないが、こうした小説を求めている読者も少なくないのだろう。」 三浦しをん 47歳 全 ■ 44 「本作で描かれる労働環境、パワハラ、会社で女性が置かれた立場などは、非常に重要なことで、そこを変えようと奮闘する茉子を、読みながら渾身で応援した。」「ただ、作者の問題意識（それ自体はとても大切なものだ）の在処が、直接的に描かれすぎている気がする。現在の社会でここが問題だ、と明らかにするために、登場人物が駒のように配置されているのでは、と思えなくもないというか……。」

他の候補作 青崎有吾 『地雷グリコ』 小田雅久仁 『禍』 葉真中顕 『鼓動』

葉真中顕48歳×各選考委員　 『鼓動』

年齢の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊坂幸太郎 52歳 全 ■ 66 「「ぼく」のパートが少し理性的、分析的に過ぎるのが、もったいなく感じられます。」「もっと、当事者の苦しみがダイレクトにぶつけられるような（読む人を当事者と一体化させるような）感情を強く揺さぶるドラマにしたほうが、深刻さを感じ取ってもらえたのではないかと思います。」「「“無敵の人”は、本当は無敵なんかじゃない」という文章を使わずに、そのメッセージが表現される、作品全体から当事者の叫びが放射されるような小説を葉真中さんが書いたら、素晴らしいものになるのではないか、とどうしても思ってしまうのです。」 江國香織 60歳 全 ■ 51 「丁寧に丁寧に書かれていて、きっと著者はまじめな方なんだろうなと想像しました。」「社会問題を小説のための素材として扱ってこそなのに、小説が社会問題のためのツールとして扱われているようで、私にはそこが納得できませんでした。」「この小説のなかで私がいちばん心をふるわせた美しい一文、「残酷だから、世界は豊かだ」がもっと徹底的に描かれていたらよかったのに、と残念でなりません。」 小川哲 37歳 全 ■ 69 「ミステリ小説として完成度が高いだけでなく、一般文学がいかにして「読みやすさ」と「テーマ性」を両立させるか、という問題への一つの解答となっている。」「しかしその過不足のなさ（筆者による読者へのもてなし）が、むしろ作品の語り手である「ぼく」の理性と知性を強調してしまう形になっており、（作中の仕掛けによってその「理性」に対する説明はされているものの）この犯罪を成立させるためのいくつもの「切実さ」の根拠が弱まってしまっているように思う。」 今野敏 68歳 全 ■ 34 「物事を丁寧にきっちり書いている。その点は評価できるのだが、読んでいてわくわくしない。もしかしたら、読者に気を使いすぎなのではないだろうか。」「この作品は落とし所が難しい。犯人と女性刑事の対決は終幕には少々パワー不足の感があった。この女刑事を主人公としたシリーズでもあるということだが、キャラクターに物足りなさを感じたのはそのせいもあるのだろうか。」 三浦しをん 47歳 全 ■ 50 「社会の問題点をちりばめつつ、主人公の一人である草鹿の来し方に、読者をぐっと惹きこむ。」「ただ、ちょっとパンチが弱い。なんとなく、七〇年代から現在に至るまでの、歴史や社会について解説した教科書か新書を読んでいるかのような印象を覚える。」「世代が異なる読者にも伝わるように、懇切丁寧に説明してくれているのだということもわかる。作者の真面目さ、誠実さの表れだと好意的に受け止めた。」「しかし結果として、最大公約数的な歴史と社会の解説になってしまっているように私には思えるのだ。」

他の候補作 青崎有吾 『地雷グリコ』 小田雅久仁 『禍』 寺地はるな 『こまどりたちが歌うなら』