第147回

第146回第148回

平成24年/2012年上半期 平成24年/2012年7月17日決定発表／『文藝春秋』平成24年/2012年9月号選評掲載

選考委員　 高樹のぶ子 66歳 堀江敏幸 48歳 小川洋子 50歳 奥泉光 56歳 川上弘美 54歳 山田詠美 53歳 島田雅彦 51歳 宮本輝 65歳 村上龍 60歳 選評総行数　 78 99 84 92 87 83 106 87 58 評 評 評 評 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 鹿島田真希　「冥土めぐり」 112枚 35歳 評 ○ 37 ○ 28 □ 23 △ 15 ○ 27 ○ 10 ○ 30 □ 52 ● 5 戌井昭人　「ひっ」 151枚 40歳 評 ■ 5 △ 14 ■ 7 ● 10 ■ 14 ● 9 ■ 25 ■ 23 ― 0 鈴木善徳　「河童日誌」 103枚 37歳 評 ● 5 ■ 13 ● 8 ● 9 ■ 11 ● 19 ● 8 ■ 23 □ 20 舞城王太郎　「短篇五芒星」 229枚 38歳 評 ■ 22 △ 27 ● 8 ■ 28 △ 14 ● 29 ● 17 ● 11 ・ 34 山下澄人　「ギッちょん」 105枚 46歳 評 ■ 9 ■ 17 ○ 46 ○ 25 □ 20 ■ 16 △ 26 ■ 24 ― 0                   年齢/枚数の説明   見方・注意点

高樹のぶ子66歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題日本の縮図　総行数78　（1行=13字） 候補 評価 行数 評言 鹿島田真希 35歳 全 ○ 37 「宗教的な暗示が色濃い作品だ。同時に、経済的な豊かさを剥ぎ取られてもなお虚飾と虚栄の夢を捨てられない浅ましい人たちを描くことで、経済力以外のアイデンティティを持ち得ていない日本の縮図としても読める。」「作者のもっとも伝えたい「奇蹟」を、不器用なまでに真っ正面から書いている。」 戌井昭人 40歳 全 ■ 5 「社会からこぼれ落ちた人物たちを魅力的に造形しているが、それ自体が目的になり、何のための人物造形なのかが見えてこない。」 鈴木善徳 37歳 全 ● 5 「こうした荒唐無稽なお話を作るなら、何より笑えるセンスが必要だと思うし、日記形式は少々安直だ。」 舞城王太郎 38歳 全 ■ 22 「五編を紡ぐ糸が見えない。この中の一作を短編として成立させたなら、選考委員として格闘しがいがあったと惜しまれる。しかし同時に、覆面作家として存在する以上、顔を隠してしか書けない作品を書いて欲しいとも望む。覆面は「隠れ」ではなく、顔を晒す作家には真似の出来ない「攻撃」のために必要なのだと、納得させて欲しい。」 山下澄人 46歳 全 ■ 9 「時間をシャッフルして６歳から62歳までを行き来する形式で書かれているが、人の記憶はそもそもシャッフルされた状態で収納されているのだから、その混沌からいかに記述を引き出すかの方法にこそ、芸と技とテーマ性が宿るのでは無いか。」

他の選考委員 堀江敏幸 小川洋子 奥泉光 川上弘美 山田詠美 島田雅彦 宮本輝 村上龍

堀江敏幸48歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題体感は説明できない　総行数99　（1行=13字） 候補 評価 行数 評言 鹿島田真希 35歳 全 ○ 28 「途方もない言動を繰り返す母と弟に語り手の徹底的な受け身を対比させ、「受け身」と「受け入れること」のちがいを示してくれる夫を中間に据える、この構造に狂いはない。」「《聖なる愚者》としての夫の存在を前提にすべてを構築しているところ、また、啓示の光を浴びる前に「この人は特別な人なんだ」といった説明が添えられるところに勿体なさを感じるけれど、大切に抱えてきたと思われる主題を描き切っていて、受賞にふさわしい一作だと思う。」 戌井昭人 40歳 全 △ 14 「一見どたばたしているけれど、全体としては良い意味でも悪い意味でも、凸凹がきれいに均されている。」 鈴木善徳 37歳 全 ■ 13 「伏線の張り方が丁寧で、声にならない笑いもあるのだが、語り手の心身の変化を含めた展開が読めてしまう。もっと規模の大きな「物語」を書ける人だと思う。」 舞城王太郎 38歳 全 △ 27 「五つの頂点は中心から等距離にあって、引き合う力が等しくないと星は一瞬にして崩壊する。だから、真ん中の「四点リレー」は、混乱の中から不意にあり得ないものが飛び出してくる、という主題の種明かしとも読みうるのだ。」「計算によらないひと筆書きの緊張は、読み手にも感じられる。うまく説明はできないけれど、私は書き手との、その体感の共有を信じる。」 山下澄人 46歳 全 ■ 17 「流れと無関係なひとことふたことから滲み出る、遠くに見える大切な人を指で隠すような独特のさみしさの方に私は惹かれた。」「年齢にほぼ対応している章割りの数字がなければ、捻れは深いところまで、正しく届いたかもしれない。」

他の選考委員 高樹のぶ子 小川洋子 奥泉光 川上弘美 山田詠美 島田雅彦 宮本輝 村上龍

小川洋子50歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題計器の針が指し示すもの　総行数84　（1行=13字） 候補 評価 行数 評言 鹿島田真希 35歳 全 □ 23 「奈津子の語りを上手くコントロールし、陳腐になりかねないテーマの壁を超えてもう一歩先の地点に到達している。」「作品全体を覆う緊迫した不穏さは、独自の魅力を放っている。鹿島田さんにしか描けない世界だと思う。」 戌井昭人 40歳 全 ■ 7 「出てくる人物たちは皆滑稽だ。しかしそれは作者の器用さによって計算された滑稽さだった。着想の面白さに留まらない、否応なくあぶり出される哀切さが、必要なのではないだろうか。」 鈴木善徳 37歳 全 ● 8 「（引用者注：「短篇五芒星」と共に）この物語に入ってゆくのは少し困難だった。最初から最後まで、紙の上で勝手に事が運んでいる印象しか残らなかった。」 舞城王太郎 38歳 全 ● 8 「（引用者注：「河童日誌」と共に）この物語に入ってゆくのは少し困難だった。最初から最後まで、紙の上で勝手に事が運んでいる印象しか残らなかった。」 山下澄人 46歳 全 ○ 46 「最も興味深く読んだ。」「母が死んだ時、“わたし”は病院の廊下にある計器の目盛を眺める。次の段落で彼は、目盛を確認する夜警の仕事に就いている。この静かな飛躍に、作品の魅力が凝縮されている気がする。」「“わたし”はまるで言葉を持たない動物のように振る舞う。彼の姿は饒舌な人間よりずっと深く胸に突き刺さってくる。」

他の選考委員 高樹のぶ子 堀江敏幸 奥泉光 川上弘美 山田詠美 島田雅彦 宮本輝 村上龍

奥泉光56歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題方法意識　総行数92　（1行=13字） 候補 評価 行数 評言 鹿島田真希 35歳 全 △ 15 「主人公の母親の虚栄の象徴であった高級リゾートホテルが一泊五千円の区の保養所に落ちぶれ、そこを主人公が訪れるという物語の作りに強烈なアイロニーが宿って、力強い言葉の動きとともに、精彩のある一篇として結実している。」 戌井昭人 40歳 全 ● 10 「（引用者注：「河童日誌」と共に）方法がどうだこうだといったことが小賢しく思えるほどの、可笑しみや発見が欲しかった。」 鈴木善徳 37歳 全 ● 9 「（引用者注：「ひっ」と共に）方法がどうだこうだといったことが小賢しく思えるほどの、可笑しみや発見が欲しかった。」 舞城王太郎 38歳 全 ■ 28 「一つ一つの物語はほとんど思いつきのようなものばかりで、しかし、思いつきでここまで読ませるのは、作家に高いセンスがあるからだろう。問題は五つの短編がひとまとめになったテクストをどう読むかである。」「個々には魅力を覚えたものの、全体には散漫な印象しか得られなかった。」 山下澄人 46歳 全 ○ 25 「候補作で一番推したいと考えた」「小説ならではの自由な時間処理を前提に、語る「わたし」と語られる「わたし」が分裂し、複層化していくメタフィクションで、明瞭な方法意識がスリリングなテクストを生み出している。だが、一点において、自分はこの作品を推しきれなかった。というのは、小説中で中心的な役割を果たす「ギッちょん」なる人物の造形に、身体的な欠損を導入している点である。」   「今回から選考に加わることになって、自分が立てた方針は、方法意識に貫かれた、小説らしい企みのある作品を推していきたいというもので、ただし、方法しかないものはやはり詰まらぬわけで、だから結局は、方法と物語とがせめぎあい、ぶつかりあうところに生じる熱度の高いものを選ぶ、ということになるだろう。」

他の選考委員 高樹のぶ子 堀江敏幸 小川洋子 川上弘美 山田詠美 島田雅彦 宮本輝 村上龍

川上弘美54歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題井戸　総行数87　（1行=13字） 候補 評価 行数 評言 鹿島田真希 35歳 全 ○ 27 「主人公奈津子の夫であり脳の病を発症している太一の、なんだかよくわからない性格や行動が、たいそう魅力的でした。なんだかよくわからないのに、この小説はとても切実だった。その切実さは、作者が小説にこめた思いの強さ、などというものからきているのではないと思います。そうではなく、作者の書き方、技術の手柄なのです。」 戌井昭人 40歳 全 ■ 14 「語り手の伯父であるひっさん、この小説の題のもとともなっているひっさんと、語り手に、なぜか同じような印象をもってしまい、読後感が散漫になってしまいました。いい水質の井戸をもっている作者だと思うのですが。」 鈴木善徳 37歳 全 ■ 11 「まっすぐな道を、ちゃんとまっすぐに書いた、という印象を持ちました。でも、その道には隠れる場所がなくて、ときどき困ってしまった。」 舞城王太郎 38歳 全 △ 14 「最後の「あうだうだう」がよかったです！　でも三つめの「四点リレー」が退屈だったです！　ということで、全体としては△をつけたのですが、なんだかこの作者の小説は、不思議にもっと読みたくなる。」 山下澄人 46歳 全 □ 20 「遠くから海を眺めていて、いつの間にか一日がたっていた。そのあいだ、いったい自分は何を見ていたのか。波が寄せる。波がくだける。波がまた寄せる。それだけのことなのに、ずっと見入ってしまった。そういう小説でした。」「ずいぶん惹かれましたが、カシワダが男だと知った断章の表題が「36.07.36」だったのは、なぜなのでしょう。もっとたくさんの時間が出てきたのに。」

他の選考委員 高樹のぶ子 堀江敏幸 小川洋子 奥泉光 山田詠美 島田雅彦 宮本輝 村上龍

山田詠美53歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題「選評」　総行数83　（1行=13字） 候補 評価 行数 評言 鹿島田真希 35歳 全 ○ 10 「何とも言えない裏寂しい背景が登場人物すべての輪郭を引き立てる。特に観念的な言葉を失い、自身を言語化出来なくなった夫と、その夫をいつくしむように描写する主人公がいとおしい。ラストの方の海の場面で、二人のヒアアフターが広がるのを感じ、圧倒された。」 戌井昭人 40歳 全 ● 9 「候補作品に間に合わせようとあせって書きませんでしたか？　味のある風変わりな人物を慌てて配置した感じ。」「この作者は、もっと長いものをじっくり書いて、直木賞候補になるべき。」 鈴木善徳 37歳 全 ● 19 「せっかく、男が河童を身籠ったというのに、ぜーんぜんおもしろくない残念な小説……じゃなかった、日誌。山場もなく意味もなく落ちもなく……はっ、これって新種の「やおい」なのか!?　と、いうより、純文学って、元々そう思われてる!?　いや、それでも別に良いのだが、読み手のことも考えて欲しい。」 舞城王太郎 38歳 全 ● 29 「まず思うのは、これは、候補作の対象にならないのではないかということ。この題名の許に五つのショートストーリーが集結し、ひとつの作品を形作っている……とは、私には、とても思えない。」「よって、五つの個別な短編として一度に読んだが、どれも受賞作の水準に達しているとは思えなかった。」 山下澄人 46歳 全 ■ 16 「時間軸をいじくり過ぎて、私には、主人公が変な人に見える。もしかしたら、病気かも解んないから病院行った方が良いよ、と勧めたくなるくらい。これほど、凝った構成にするのなら、そんなふうに感じさせないくらいに用意周到でなければ。」

他の選考委員 高樹のぶ子 堀江敏幸 小川洋子 奥泉光 川上弘美 島田雅彦 宮本輝 村上龍

島田雅彦51歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題過去の自分との訣別　総行数106　（1行=13字） 候補 評価 行数 評言 鹿島田真希 35歳 全 ○ 30 「構造は極めてシンプルだが、背後に神話的原型が見え隠れし、また一人の労働者が三人の無産者を養わなければならないという今日の日本が置かれた状況のリアルな寓話にもなっている。」「おそらく、この作品は鹿島田本人にとって、過去の自分との訣別を宣言するものになるだろう。身体障害を抱えた夫の無垢な善人ぶりに救われたヒロインは新たな旅に出る準備を整えたのである。」 戌井昭人 40歳 全 ■ 25 「作者の持ち味を十分に生かせるお馴染みの「場末の低空飛行」を展開していて、面白く読める。」「エンターティンメントとしてはまずまずだが、小説としてどうか、というと、へたれの語り手と「ひっさん」なる忘れ得ぬ人物との交流の描き方が表面的で物足りず、人情噺を越えるプラスαを求めたくなる。」 鈴木善徳 37歳 全 ● 8 「いっこうに肝心の河童が名詞のまま、発展しない。何のアレゴリーにもメタファーにもなっていない。しかも、最もイージーな日記形式を取っている。」 舞城王太郎 38歳 全 ● 17 「有機的なつながりを欠き、徒に自己模倣を繰り返すだけの奇譚集は、舞城の崇拝者しかありがたがらないだろう。口語的饒舌体はいつものようによく走っているが、近頃はありきたりのリアリズムに追いつかれそうにも見える。」 山下澄人 46歳 全 △ 26 「時間の処理に独特の冴えを見せる。」「山下は、シャッフルしたい欲望と整理したい欲望のせめぎ合いを、各チャプターの冒頭にその出来事があった時点の年齢の数字を示してみせることで乗り切ったようである。」

他の選考委員 高樹のぶ子 堀江敏幸 小川洋子 奥泉光 川上弘美 山田詠美 宮本輝 村上龍

宮本輝65歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題持続への敬意　総行数87　（1行=13字） 候補 評価 行数 評言 鹿島田真希 35歳 全 □ 52 「鹿島田さんは内なる可燃物をわずかながらも燃焼させた。十四年間書きつづけてきたことによって得ることができたひとつの境地の幕開けだとしたら、その持続の力に敬意を表したい。」「私は「冥土めぐり」に登場する人物たちも風景も小道具も、みな作者の己心のなかで展開されているものとして読んだ。」「だが、どうしても諸手をあげて（引用者注：褒める）とはなれないのは、鹿島田さんの小説につねに漂よっているレトロな少女趣味が好きになれないからだ。」 戌井昭人 40歳 全 ■ 23 「（引用者注：「河童日誌」「ギッちょん」と共に）みな達者な文章力を持っている。（引用者中略）だが、今回の候補作は、小説を創りだすためにむりやり寄せ集めたエピソードと一風変わった登場人物たちを動かして、小説のようなものをでっちあげてしまっている。それは、いわば劇画やコミックを文章化したにすぎないのだ。」 鈴木善徳 37歳 全 ■ 23 「（引用者注：「ひっ」「ギッちょん」と共に）みな達者な文章力を持っている。（引用者中略）だが、今回の候補作は、小説を創りだすためにむりやり寄せ集めたエピソードと一風変わった登場人物たちを動かして、小説のようなものをでっちあげてしまっている。それは、いわば劇画やコミックを文章化したにすぎないのだ。」 舞城王太郎 38歳 全 ● 11 「新手の禅問答のような短篇を五つ集めて意味ありげな題をつけたにすぎない代物だと思った。」 山下澄人 46歳 全 ■ 24 「（引用者注：「ひっ」「河童日誌」と共に）みな達者な文章力を持っている。（引用者中略）だが、今回の候補作は、小説を創りだすためにむりやり寄せ集めたエピソードと一風変わった登場人物たちを動かして、小説のようなものをでっちあげてしまっている。それは、いわば劇画やコミックを文章化したにすぎないのだ。」

他の選考委員 高樹のぶ子 堀江敏幸 小川洋子 奥泉光 川上弘美 山田詠美 島田雅彦 村上龍

村上龍60歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数58　（1行=13字） 候補 評価 行数 評言 鹿島田真希 35歳 全 ● 5 「（引用者注：選考委員の中で）わたしだけが「ノー」だったが、テイストとモチーフに対する違和感があっただけである。」 戌井昭人 40歳 全 ― 0   鈴木善徳 37歳 全 □ 20 「選考委員の中でわたしだけが△で推した。」「欠点も目立つ作品だったが、男の腹の中に河童がいて、コミュニケーションしたり、何かの合図で宿主を移るというイメージが、読後しばらく経ってからも確実に残った。」 舞城王太郎 38歳 全 ・ 34 「わたしは選考を「棄権」した」「棄権の理由は、短篇連作という「形式」にあって、作者や作品そのものにはない」「形式はコンテンツをある程度規定し、コンテンツは形式を選ぶ。だから、形式が違う作品を同列に評価するのは、わたしの価値観ではアンフェアだった。」 山下澄人 46歳 全 ― 0	他の選考委員 高樹のぶ子 堀江敏幸 小川洋子 奥泉光 川上弘美 山田詠美 島田雅彦 宮本輝

鹿島田真希35歳×各選考委員　 「冥土めぐり」 短篇 112枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 高樹のぶ子 66歳 全 ○ 37 「宗教的な暗示が色濃い作品だ。同時に、経済的な豊かさを剥ぎ取られてもなお虚飾と虚栄の夢を捨てられない浅ましい人たちを描くことで、経済力以外のアイデンティティを持ち得ていない日本の縮図としても読める。」「作者のもっとも伝えたい「奇蹟」を、不器用なまでに真っ正面から書いている。」 堀江敏幸 48歳 全 ○ 28 「途方もない言動を繰り返す母と弟に語り手の徹底的な受け身を対比させ、「受け身」と「受け入れること」のちがいを示してくれる夫を中間に据える、この構造に狂いはない。」「《聖なる愚者》としての夫の存在を前提にすべてを構築しているところ、また、啓示の光を浴びる前に「この人は特別な人なんだ」といった説明が添えられるところに勿体なさを感じるけれど、大切に抱えてきたと思われる主題を描き切っていて、受賞にふさわしい一作だと思う。」 小川洋子 50歳 全 □ 23 「奈津子の語りを上手くコントロールし、陳腐になりかねないテーマの壁を超えてもう一歩先の地点に到達している。」「作品全体を覆う緊迫した不穏さは、独自の魅力を放っている。鹿島田さんにしか描けない世界だと思う。」 奥泉光 56歳 全 △ 15 「主人公の母親の虚栄の象徴であった高級リゾートホテルが一泊五千円の区の保養所に落ちぶれ、そこを主人公が訪れるという物語の作りに強烈なアイロニーが宿って、力強い言葉の動きとともに、精彩のある一篇として結実している。」 川上弘美 54歳 全 ○ 27 「主人公奈津子の夫であり脳の病を発症している太一の、なんだかよくわからない性格や行動が、たいそう魅力的でした。なんだかよくわからないのに、この小説はとても切実だった。その切実さは、作者が小説にこめた思いの強さ、などというものからきているのではないと思います。そうではなく、作者の書き方、技術の手柄なのです。」 山田詠美 53歳 全 ○ 10 「何とも言えない裏寂しい背景が登場人物すべての輪郭を引き立てる。特に観念的な言葉を失い、自身を言語化出来なくなった夫と、その夫をいつくしむように描写する主人公がいとおしい。ラストの方の海の場面で、二人のヒアアフターが広がるのを感じ、圧倒された。」 島田雅彦 51歳 全 ○ 30 「構造は極めてシンプルだが、背後に神話的原型が見え隠れし、また一人の労働者が三人の無産者を養わなければならないという今日の日本が置かれた状況のリアルな寓話にもなっている。」「おそらく、この作品は鹿島田本人にとって、過去の自分との訣別を宣言するものになるだろう。身体障害を抱えた夫の無垢な善人ぶりに救われたヒロインは新たな旅に出る準備を整えたのである。」 宮本輝 65歳 全 □ 52 「鹿島田さんは内なる可燃物をわずかながらも燃焼させた。十四年間書きつづけてきたことによって得ることができたひとつの境地の幕開けだとしたら、その持続の力に敬意を表したい。」「私は「冥土めぐり」に登場する人物たちも風景も小道具も、みな作者の己心のなかで展開されているものとして読んだ。」「だが、どうしても諸手をあげて（引用者注：褒める）とはなれないのは、鹿島田さんの小説につねに漂よっているレトロな少女趣味が好きになれないからだ。」 村上龍 60歳 全 ● 5 「（引用者注：選考委員の中で）わたしだけが「ノー」だったが、テイストとモチーフに対する違和感があっただけである。」

他の候補作 戌井昭人 「ひっ」 鈴木善徳 「河童日誌」 舞城王太郎 「短篇五芒星」 山下澄人 「ギッちょん」

戌井昭人40歳×各選考委員　 「ひっ」 中篇 151枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 高樹のぶ子 66歳 全 ■ 5 「社会からこぼれ落ちた人物たちを魅力的に造形しているが、それ自体が目的になり、何のための人物造形なのかが見えてこない。」 堀江敏幸 48歳 全 △ 14 「一見どたばたしているけれど、全体としては良い意味でも悪い意味でも、凸凹がきれいに均されている。」 小川洋子 50歳 全 ■ 7 「出てくる人物たちは皆滑稽だ。しかしそれは作者の器用さによって計算された滑稽さだった。着想の面白さに留まらない、否応なくあぶり出される哀切さが、必要なのではないだろうか。」 奥泉光 56歳 全 ● 10 「（引用者注：「河童日誌」と共に）方法がどうだこうだといったことが小賢しく思えるほどの、可笑しみや発見が欲しかった。」 川上弘美 54歳 全 ■ 14 「語り手の伯父であるひっさん、この小説の題のもとともなっているひっさんと、語り手に、なぜか同じような印象をもってしまい、読後感が散漫になってしまいました。いい水質の井戸をもっている作者だと思うのですが。」 山田詠美 53歳 全 ● 9 「候補作品に間に合わせようとあせって書きませんでしたか？　味のある風変わりな人物を慌てて配置した感じ。」「この作者は、もっと長いものをじっくり書いて、直木賞候補になるべき。」 島田雅彦 51歳 全 ■ 25 「作者の持ち味を十分に生かせるお馴染みの「場末の低空飛行」を展開していて、面白く読める。」「エンターティンメントとしてはまずまずだが、小説としてどうか、というと、へたれの語り手と「ひっさん」なる忘れ得ぬ人物との交流の描き方が表面的で物足りず、人情噺を越えるプラスαを求めたくなる。」 宮本輝 65歳 全 ■ 23 「（引用者注：「河童日誌」「ギッちょん」と共に）みな達者な文章力を持っている。（引用者中略）だが、今回の候補作は、小説を創りだすためにむりやり寄せ集めたエピソードと一風変わった登場人物たちを動かして、小説のようなものをでっちあげてしまっている。それは、いわば劇画やコミックを文章化したにすぎないのだ。」 村上龍 60歳 全 ― 0

他の候補作 鹿島田真希 「冥土めぐり」 鈴木善徳 「河童日誌」 舞城王太郎 「短篇五芒星」 山下澄人 「ギッちょん」

鈴木善徳37歳×各選考委員　 「河童日誌」 短篇 103枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 高樹のぶ子 66歳 全 ● 5 「こうした荒唐無稽なお話を作るなら、何より笑えるセンスが必要だと思うし、日記形式は少々安直だ。」 堀江敏幸 48歳 全 ■ 13 「伏線の張り方が丁寧で、声にならない笑いもあるのだが、語り手の心身の変化を含めた展開が読めてしまう。もっと規模の大きな「物語」を書ける人だと思う。」 小川洋子 50歳 全 ● 8 「（引用者注：「短篇五芒星」と共に）この物語に入ってゆくのは少し困難だった。最初から最後まで、紙の上で勝手に事が運んでいる印象しか残らなかった。」 奥泉光 56歳 全 ● 9 「（引用者注：「ひっ」と共に）方法がどうだこうだといったことが小賢しく思えるほどの、可笑しみや発見が欲しかった。」 川上弘美 54歳 全 ■ 11 「まっすぐな道を、ちゃんとまっすぐに書いた、という印象を持ちました。でも、その道には隠れる場所がなくて、ときどき困ってしまった。」 山田詠美 53歳 全 ● 19 「せっかく、男が河童を身籠ったというのに、ぜーんぜんおもしろくない残念な小説……じゃなかった、日誌。山場もなく意味もなく落ちもなく……はっ、これって新種の「やおい」なのか!?　と、いうより、純文学って、元々そう思われてる!?　いや、それでも別に良いのだが、読み手のことも考えて欲しい。」 島田雅彦 51歳 全 ● 8 「いっこうに肝心の河童が名詞のまま、発展しない。何のアレゴリーにもメタファーにもなっていない。しかも、最もイージーな日記形式を取っている。」 宮本輝 65歳 全 ■ 23 「（引用者注：「ひっ」「ギッちょん」と共に）みな達者な文章力を持っている。（引用者中略）だが、今回の候補作は、小説を創りだすためにむりやり寄せ集めたエピソードと一風変わった登場人物たちを動かして、小説のようなものをでっちあげてしまっている。それは、いわば劇画やコミックを文章化したにすぎないのだ。」 村上龍 60歳 全 □ 20 「選考委員の中でわたしだけが△で推した。」「欠点も目立つ作品だったが、男の腹の中に河童がいて、コミュニケーションしたり、何かの合図で宿主を移るというイメージが、読後しばらく経ってからも確実に残った。」

他の候補作 鹿島田真希 「冥土めぐり」 戌井昭人 「ひっ」 舞城王太郎 「短篇五芒星」 山下澄人 「ギッちょん」

舞城王太郎38歳×各選考委員　 「短篇五芒星」 短篇集5篇 229枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 高樹のぶ子 66歳 全 ■ 22 「五編を紡ぐ糸が見えない。この中の一作を短編として成立させたなら、選考委員として格闘しがいがあったと惜しまれる。しかし同時に、覆面作家として存在する以上、顔を隠してしか書けない作品を書いて欲しいとも望む。覆面は「隠れ」ではなく、顔を晒す作家には真似の出来ない「攻撃」のために必要なのだと、納得させて欲しい。」 堀江敏幸 48歳 全 △ 27 「五つの頂点は中心から等距離にあって、引き合う力が等しくないと星は一瞬にして崩壊する。だから、真ん中の「四点リレー」は、混乱の中から不意にあり得ないものが飛び出してくる、という主題の種明かしとも読みうるのだ。」「計算によらないひと筆書きの緊張は、読み手にも感じられる。うまく説明はできないけれど、私は書き手との、その体感の共有を信じる。」 小川洋子 50歳 全 ● 8 「（引用者注：「河童日誌」と共に）この物語に入ってゆくのは少し困難だった。最初から最後まで、紙の上で勝手に事が運んでいる印象しか残らなかった。」 奥泉光 56歳 全 ■ 28 「一つ一つの物語はほとんど思いつきのようなものばかりで、しかし、思いつきでここまで読ませるのは、作家に高いセンスがあるからだろう。問題は五つの短編がひとまとめになったテクストをどう読むかである。」「個々には魅力を覚えたものの、全体には散漫な印象しか得られなかった。」 川上弘美 54歳 全 △ 14 「最後の「あうだうだう」がよかったです！　でも三つめの「四点リレー」が退屈だったです！　ということで、全体としては△をつけたのですが、なんだかこの作者の小説は、不思議にもっと読みたくなる。」 山田詠美 53歳 全 ● 29 「まず思うのは、これは、候補作の対象にならないのではないかということ。この題名の許に五つのショートストーリーが集結し、ひとつの作品を形作っている……とは、私には、とても思えない。」「よって、五つの個別な短編として一度に読んだが、どれも受賞作の水準に達しているとは思えなかった。」 島田雅彦 51歳 全 ● 17 「有機的なつながりを欠き、徒に自己模倣を繰り返すだけの奇譚集は、舞城の崇拝者しかありがたがらないだろう。口語的饒舌体はいつものようによく走っているが、近頃はありきたりのリアリズムに追いつかれそうにも見える。」 宮本輝 65歳 全 ● 11 「新手の禅問答のような短篇を五つ集めて意味ありげな題をつけたにすぎない代物だと思った。」 村上龍 60歳 全 ・ 34 「わたしは選考を「棄権」した」「棄権の理由は、短篇連作という「形式」にあって、作者や作品そのものにはない」「形式はコンテンツをある程度規定し、コンテンツは形式を選ぶ。だから、形式が違う作品を同列に評価するのは、わたしの価値観ではアンフェアだった。」

他の候補作 鹿島田真希 「冥土めぐり」 戌井昭人 「ひっ」 鈴木善徳 「河童日誌」 山下澄人 「ギッちょん」

山下澄人46歳×各選考委員　 「ギッちょん」 短篇 105枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 高樹のぶ子 66歳 全 ■ 9 「時間をシャッフルして６歳から62歳までを行き来する形式で書かれているが、人の記憶はそもそもシャッフルされた状態で収納されているのだから、その混沌からいかに記述を引き出すかの方法にこそ、芸と技とテーマ性が宿るのでは無いか。」 堀江敏幸 48歳 全 ■ 17 「流れと無関係なひとことふたことから滲み出る、遠くに見える大切な人を指で隠すような独特のさみしさの方に私は惹かれた。」「年齢にほぼ対応している章割りの数字がなければ、捻れは深いところまで、正しく届いたかもしれない。」 小川洋子 50歳 全 ○ 46 「最も興味深く読んだ。」「母が死んだ時、“わたし”は病院の廊下にある計器の目盛を眺める。次の段落で彼は、目盛を確認する夜警の仕事に就いている。この静かな飛躍に、作品の魅力が凝縮されている気がする。」「“わたし”はまるで言葉を持たない動物のように振る舞う。彼の姿は饒舌な人間よりずっと深く胸に突き刺さってくる。」 奥泉光 56歳 全 ○ 25 「候補作で一番推したいと考えた」「小説ならではの自由な時間処理を前提に、語る「わたし」と語られる「わたし」が分裂し、複層化していくメタフィクションで、明瞭な方法意識がスリリングなテクストを生み出している。だが、一点において、自分はこの作品を推しきれなかった。というのは、小説中で中心的な役割を果たす「ギッちょん」なる人物の造形に、身体的な欠損を導入している点である。」 川上弘美 54歳 全 □ 20 「遠くから海を眺めていて、いつの間にか一日がたっていた。そのあいだ、いったい自分は何を見ていたのか。波が寄せる。波がくだける。波がまた寄せる。それだけのことなのに、ずっと見入ってしまった。そういう小説でした。」「ずいぶん惹かれましたが、カシワダが男だと知った断章の表題が「36.07.36」だったのは、なぜなのでしょう。もっとたくさんの時間が出てきたのに。」 山田詠美 53歳 全 ■ 16 「時間軸をいじくり過ぎて、私には、主人公が変な人に見える。もしかしたら、病気かも解んないから病院行った方が良いよ、と勧めたくなるくらい。これほど、凝った構成にするのなら、そんなふうに感じさせないくらいに用意周到でなければ。」 島田雅彦 51歳 全 △ 26 「時間の処理に独特の冴えを見せる。」「山下は、シャッフルしたい欲望と整理したい欲望のせめぎ合いを、各チャプターの冒頭にその出来事があった時点の年齢の数字を示してみせることで乗り切ったようである。」 宮本輝 65歳 全 ■ 24 「（引用者注：「ひっ」「河童日誌」と共に）みな達者な文章力を持っている。（引用者中略）だが、今回の候補作は、小説を創りだすためにむりやり寄せ集めたエピソードと一風変わった登場人物たちを動かして、小説のようなものをでっちあげてしまっている。それは、いわば劇画やコミックを文章化したにすぎないのだ。」 村上龍 60歳 全 ― 0

他の候補作 鹿島田真希 「冥土めぐり」 戌井昭人 「ひっ」 鈴木善徳 「河童日誌」 舞城王太郎 「短篇五芒星」