第98回

第97回第99回

昭和62年/1987年下半期 昭和63年/1988年1月13日決定発表／『文藝春秋』昭和63年/1988年3月号選評掲載

選考委員　 開高健 57歳 黒井千次 55歳 古井由吉 50歳 大庭みな子 57歳 田久保英夫 59歳 吉行淳之介 63歳 日野啓三 58歳 三浦哲郎 56歳 河野多恵子 61歳 水上勉 68歳 選評総行数　 31 36 32 26 31 31 33 29 32 39 評 評 評 評 評 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 池澤夏樹　「スティル・ライフ」 103枚 42歳 評 △ 16 ◎ 13 △ 11 △ 10 ○ 20 ◎ 16 ◎ 24 □ 14 □ 13 ○ 12 三浦清宏　「長男の出家」 161枚 57歳 評 ○ 15 ◎ 13 △ 25 ○ 13 ○ 16 ■ 13 ○ 9 △ 11 ◎ 17 □ 23 図子英雄　「カワセミ」 89枚 54歳 評 ― 0 ■ 3 ― 0 □ 3 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 清水邦夫　「ＢＡＲＢＥＲ・ニュー はま」 91枚 51歳 評 ― 0 ■ 5 ― 0 △ 4 ― 0 ― 0 ― 0 ■ 3 ― 0 ― 0 吉田直哉　「ジョナリアの噂」 56枚 56歳 評 ― 0 ■ 2 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 夫馬基彦　「金色の海」 85枚 44歳 評 ― 0 △ 5 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 △ 8 △ 2 □ 4 谷口哲秋　「遠方より」 87枚 46歳 評 ― 0 ● 2 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0                     年齢/枚数の説明   見方・注意点

開高健57歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題端正と明朗　総行数31　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 池澤夏樹 42歳 全 △ 16 「冒頭にたいそう突ッ張った文体の宣言文があり、つづく本文に水と油みたいな効果をあたえている。この部分は私にはまったく余計なものと感じられる。しかし、しいてそれに目をつむるなら久しぶりに作文ではなくて作品を読まされる愉しさがある。」「一種、童話に近い味である。そううまくいきますかな、という疑問が終始つきまとうけれど、文体の背後にある詩人肌がストーリーを救っている。」 三浦清宏 57歳 全 ○ 15 「口臭もなく、腋臭もない。どこにも傷んだり病んだりした内臓がない。明朗で清潔である。」「少年が非行にも走らず、マンガにも目をくれず、野球にも熱中しないで坊主になりたいといいだし、そのまま出家しちゃうという物語は、奇抜だけれど新鮮に感じられる。」「これはアメリカ風の禅だよ、という水上勉氏の評言にはたじたじとなった。一瞬、痛烈さに茫然とならされた。しかし、採点となると、一票を入れる。」 図子英雄 54歳 全 ― 0   清水邦夫 51歳 全 ― 0   吉田直哉 56歳 全 ― 0   夫馬基彦 44歳 全 ― 0   谷口哲秋 46歳 全 ― 0

他の選考委員 黒井千次 古井由吉 大庭みな子 田久保英夫 吉行淳之介 日野啓三 三浦哲郎 河野多恵子 水上勉

黒井千次55歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題現代と向き合う二作　総行数36　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 池澤夏樹 42歳 全 ◎ 13 「不思議に静かな読後感を与えられた。」「ともすれば観念的な饒舌に陥りがちなこの種の作品にあって、公金横領とか時効とかいう事象が、現実をめぐるゲームの力学のように扱われているのも面白いと思った。」「（引用者注：「長男の出家」と共に）現代と向き合う姿勢で生み出されて来たことに共感を覚えた。二作受賞は当然と考えられた。」 三浦清宏 57歳 全 ◎ 13 「いささか騒然として混沌の気味がある。」「一方に宗教の問題を配し、他方に親子の繋りを置く形をとっているが、結果として、意外な方角から今日の家族の姿を浮かび上らせる。」「（引用者注：「スティル・ライフ」と共に）現代と向き合う姿勢で生み出されて来たことに共感を覚えた。二作受賞は当然と考えられた。」 図子英雄 54歳 全 ■ 3 「整った小説ではあるものの、そこにかえって不満が残る。」 清水邦夫 51歳 全 ■ 5 「戯曲では書けぬなにかを出そうとした作品として興味を持ったが、ト書きに似た地の文章が、後から加えられた説明の臭いを拭いきれぬところに疑問が残った。」 吉田直哉 56歳 全 ■ 2 「戦後風景には活気があるが、あまりにお話をつくり過ぎの感が否めない。」 夫馬基彦 44歳 全 △ 5 「惹かれる。ヒッピー時代の漂流と現在の定着を通して、男と女の生きる姿が渋く寂しい色調で捉えられている。」 谷口哲秋 46歳 全 ● 2 「まだ小説の出発点にとどまっている。」

他の選考委員 開高健 古井由吉 大庭みな子 田久保英夫 吉行淳之介 日野啓三 三浦哲郎 河野多恵子 水上勉

古井由吉50歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題「ぼく」小説ふたつ　総行数32　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 池澤夏樹 42歳 全 △ 11 「ひとつの透明な歌として私は読んでその純度に満足させられたが、しかし宇宙からの無限の目は、救いとなる前にまず、往来を歩くことすら困難にさせるものなのではないか。また、被害者が存在するかぎり、人は見られている、つまり透明人間のごとくにはなり得ないのではないか。」 三浦清宏 57歳 全 △ 25 「年頃の子を持つ親としても、今の世における「入信」に関心を寄せる者としても、その経緯をつぶさに聞きたくなるところだ。しかし書きあらわされたかぎり、経緯がほんとうに経緯になっているか、なりゆきに主人公の葛藤がほんとうに伴っているか、微妙である。」「事に後れて始まる主人公の葛藤は既成事実の中で、当事者にしては客観にすぎる想念へ空転する。」「興味深い作品ではある。」 図子英雄 54歳 全 ― 0   清水邦夫 51歳 全 ― 0   吉田直哉 56歳 全 ― 0   夫馬基彦 44歳 全 ― 0   谷口哲秋 46歳 全 ― 0

他の選考委員 開高健 黒井千次 大庭みな子 田久保英夫 吉行淳之介 日野啓三 三浦哲郎 河野多恵子 水上勉

大庭みな子57歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題あらわれてくるものへの期待　総行数26　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 池澤夏樹 42歳 全 △ 10 「雪や「鳩」の場面が心に残り、洒脱な仕上りになっている。最初の短い章は、抽象性の強い作風であるだけに、損をしているのではないかと思えた。」 三浦清宏 57歳 全 ○ 13 「平明な言いまわしで流しているように見えるが、その実、かなりわかりにくい不気味さをかかえている作品である。「時」と「場」の綾になる中で、作品の奥に堆積しているものが、日本人の過去四十年の精神史というふうに読みとれる。深い奥行きに混濁するものが、未だに動きを止めていない気配がよい。」 図子英雄 54歳 全 □ 3 「すがすがしさは「新潮」新人賞のとき以来ゆるがないものがあったけれど、異質の作品をも圧倒するに及ばなかったのは残念である。」 清水邦夫 51歳 全 △ 4 「上手い作品だと感心した。戯曲作家としての長年の書き手の上手さで今更という感じが、この賞にはふさわしくなかったのであろう。」 吉田直哉 56歳 全 ― 0   夫馬基彦 44歳 全 ― 0   谷口哲秋 46歳 全 ― 0

他の選考委員 開高健 黒井千次 古井由吉 田久保英夫 吉行淳之介 日野啓三 三浦哲郎 河野多恵子 水上勉

田久保英夫59歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題二つのベクトル　総行数31　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 池澤夏樹 42歳 全 ○ 20 「（引用者注：「長男の出家」と）共に捨てがたい思いでいた。」「魅力は、星のような自分の外の世界と、内部の世界が呼応する詩的な感覚を保ちながら、染色工場の作業や、大きな屋敷の中で株の売買をする現実的な生活も、かなり生なましく描きえていることだ。」「欠点も、読みおえると許せる気持がしてしまうのは、不思議な資質だ。」 三浦清宏 57歳 全 ○ 16 「（引用者注：「スティル・ライフ」と）共に捨てがたい思いでいた。」「宗教と家庭生活という今日、もう一つのベクトルで、もっとも切実な主題を扱っている。」「出家後の息子が、あまりにきちんと修行僧になりすぎて、この思春期にはまだ人間臭い破綻も出るのでは、という気がするし、住職の老尼の禅僧としての境地と、寺の旺盛な経営とのつながりなど、疑問もあるが、妻や子との周到な距離のとり方が、それを補っている。」 図子英雄 54歳 全 ― 0   清水邦夫 51歳 全 ― 0   吉田直哉 56歳 全 ― 0   夫馬基彦 44歳 全 ― 0   谷口哲秋 46歳 全 ― 0

他の選考委員 開高健 黒井千次 古井由吉 大庭みな子 吉行淳之介 日野啓三 三浦哲郎 河野多恵子 水上勉

吉行淳之介63歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題高得点の二作　総行数31　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 池澤夏樹 42歳 全 ◎ 16 「よかった。ここに書かれてあることをそのまま読んでゆき、終りまでたどりつけば、埃っぽい気分がずいぶんとさっぱりしているのに気付く」「金の話となると生ぐさくなくては困る場合が多いが、ここでは雨崎への小旅行と同じ色調で、両方とも星の話でも聞かされているようだ。そして、この作品ではそのことが肝心なところである。」 三浦清宏 57歳 全 ■ 13 「私は最後まで票を入れなかった。読んでいると面白いのだが、どうも曖昧なところがある。」「作者がしたたかな腕力で作品世界をつくりおおせたのか（それは、成功すれば慶賀すべきことだ）、つくっているうちにところどころ破れ目ができたのか、あるいはもっと素直な作品なのか、とうとう読み切れなかった。」 図子英雄 54歳 全 ― 0   清水邦夫 51歳 全 ― 0   吉田直哉 56歳 全 ― 0   夫馬基彦 44歳 全 ― 0   谷口哲秋 46歳 全 ― 0

他の選考委員 開高健 黒井千次 古井由吉 大庭みな子 田久保英夫 日野啓三 三浦哲郎 河野多恵子 水上勉

日野啓三58歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題大きな意味で　総行数33　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 池澤夏樹 42歳 全 ◎ 24 「これまでの文学と新しい世代の文学をつなぐ貴重な作品、と思える」「旧世代から端正な文章を高く評価されると同時に、二十代の人たちからも、この感受性は親しく読まれる要素をもっている。」「このことをたいへん貴重におもう。」「また日ましに理科っぽくなってゆくわれわれの現実を、旧来の文学はとりこめなくなっている。この断絶にも、池澤氏の作品は橋を架けるものである。」 三浦清宏 57歳 全 ○ 9 「随所に声を上げて笑う上質のユーモアがある。この乾いた感覚が快い。だが笑いながら読み終わったあと、じわじわと身にこたえてくるすごいこわさがある。」「（引用者注：親子・家庭小説として、断絶と崩壊からの）前向きの方向（非情な方向だ）が見すえられている。その姿勢に共感した。」 図子英雄 54歳 全 ― 0   清水邦夫 51歳 全 ― 0   吉田直哉 56歳 全 ― 0   夫馬基彦 44歳 全 ― 0   谷口哲秋 46歳 全 ― 0

他の選考委員 開高健 黒井千次 古井由吉 大庭みな子 田久保英夫 吉行淳之介 三浦哲郎 河野多恵子 水上勉

三浦哲郎56歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題感想　総行数29　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 池澤夏樹 42歳 全 □ 14 「印象深かった。」「まず文章がいいと思った。いかにも静物を描くのにふさわしい、硬質で、いくらかひんやりした手ざわりの、それでいて適度な柔軟性も持っている。」「雨崎の海辺で雪に降られる場面や神社の境内で鳩を見る場面の、新鮮な美しさと説得力には感心させられた。」「冒頭の前説を切り捨てる勇気が持てさえしたら、今後が楽しみな新作家だと思う。」 三浦清宏 57歳 全 △ 11 「印象深かった。」「まことに巧妙な語り口で、一気に面白く読んだが、読後に謎がいくつも残った。それがすなわち人間というものの曖昧さ、人生というものの不透明さなのだろうが、そうは思っても禅や仏門に不案内な私にはなおも釈然としないものが残り、水上さんに伺ってやっと納得する始末であった。」 図子英雄 54歳 全 ― 0   清水邦夫 51歳 全 ■ 3 「面白く読んだが、残念ながらこの作者の戯曲ほどの感銘は得られなかった。」 吉田直哉 56歳 全 ― 0   夫馬基彦 44歳 全 △ 8 「印象深かった。」「前の候補作より肩の力が抜けていて読み易かった。」「後半、〈人間解放のクスリ〉を呑むあたりから作者の筆もにわかに抑制を失ってくる。惜しい作品だと思う。」 谷口哲秋 46歳 全 ― 0     「今回は水準の高い作品が集まった」

他の選考委員 開高健 黒井千次 古井由吉 大庭みな子 田久保英夫 吉行淳之介 日野啓三 河野多恵子 水上勉

河野多恵子61歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題二作の強み　総行数32　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 池澤夏樹 42歳 全 □ 13 「個性的に新しい感覚のよさ、乾いた抒情の味は、なかなかのものだった。作者が育んできた独自の思想（ルビ：かんがえ）と両者が溶け合っていて、この作品および作者の得難い強みはそこにあり、期待をそそる。」「根には、今日の〈偽の現実〉との作者の対決がある。が、時折、理窟や説明に縋る。この作者ならばそれを克服するだけのあと一段の成長を程なく遂げそうなので、私は少し先での受賞を理想と考え、且つ早目の受賞に反対する気持には到らなかった。」 三浦清宏 57歳 全 ◎ 17 「私はその豊かさ、強さに圧倒された。呆然となったくらいである。」「何か大きな成り行きとでも言うべきものに、めいめいに、時には共同で深く呼応してゆく。しかも、その呼応ぶりそものが、時に大きな成り行きをあたかも見返しているような凄味をぎらりと放つ。これほど自然に、明らかに、毒を孕んだ新人の作品は稀であろう。」 図子英雄 54歳 全 ― 0   清水邦夫 51歳 全 ― 0   吉田直哉 56歳 全 ― 0   夫馬基彦 44歳 全 △ 2 「前回の候補作よりもずっとよくなったことを、幾人もの選者が認めた。」 谷口哲秋 46歳 全 ― 0

他の選考委員 開高健 黒井千次 古井由吉 大庭みな子 田久保英夫 吉行淳之介 日野啓三 三浦哲郎 水上勉

水上勉68歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題三作に魅かれた　総行数39　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 池澤夏樹 42歳 全 ○ 12 「とにかく面白かった。」「イヤな男たちといってしまえばすむこのような人を喰った世界を描いてまことにすがすがしいのだった。」「今生の世をこんなふうに切りとってみせる才覚はなみのものではない。授賞ときまれば異存なしと心をきめて出かけたところ、予想どおり満点に近かった。」 三浦清宏 57歳 全 □ 23 「感心した。今日の曹洞宗の末寺風景がよく描けていた。」「作者の経験によるらしいことはうすうすわかるが、その大事な体験を、さらりとユーモラスに仕上げている。」「「この子もそろそろ修行に出すか」と娘にまで細君とならんで手を振る男親の思いで筆を置くあたり、絶妙と思った。高点取得の授賞である。異存はない。」 図子英雄 54歳 全 ― 0   清水邦夫 51歳 全 ― 0   吉田直哉 56歳 全 ― 0   夫馬基彦 44歳 全 □ 4 「前作よりはるかに魅かれた。」「人生の無常とはなやぎを感じさせた。今回はいい作品が多かったので、夫馬さんは不運だった、と思う。」 谷口哲秋 46歳 全 ― 0

他の選考委員 開高健 黒井千次 古井由吉 大庭みな子 田久保英夫 吉行淳之介 日野啓三 三浦哲郎 河野多恵子

池澤夏樹42歳×各選考委員　 「スティル・ライフ」 短篇 103枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 開高健 57歳 全 △ 16 「冒頭にたいそう突ッ張った文体の宣言文があり、つづく本文に水と油みたいな効果をあたえている。この部分は私にはまったく余計なものと感じられる。しかし、しいてそれに目をつむるなら久しぶりに作文ではなくて作品を読まされる愉しさがある。」「一種、童話に近い味である。そううまくいきますかな、という疑問が終始つきまとうけれど、文体の背後にある詩人肌がストーリーを救っている。」 黒井千次 55歳 全 ◎ 13 「不思議に静かな読後感を与えられた。」「ともすれば観念的な饒舌に陥りがちなこの種の作品にあって、公金横領とか時効とかいう事象が、現実をめぐるゲームの力学のように扱われているのも面白いと思った。」「（引用者注：「長男の出家」と共に）現代と向き合う姿勢で生み出されて来たことに共感を覚えた。二作受賞は当然と考えられた。」 古井由吉 50歳 全 △ 11 「ひとつの透明な歌として私は読んでその純度に満足させられたが、しかし宇宙からの無限の目は、救いとなる前にまず、往来を歩くことすら困難にさせるものなのではないか。また、被害者が存在するかぎり、人は見られている、つまり透明人間のごとくにはなり得ないのではないか。」 大庭みな子 57歳 全 △ 10 「雪や「鳩」の場面が心に残り、洒脱な仕上りになっている。最初の短い章は、抽象性の強い作風であるだけに、損をしているのではないかと思えた。」 田久保英夫 59歳 全 ○ 20 「（引用者注：「長男の出家」と）共に捨てがたい思いでいた。」「魅力は、星のような自分の外の世界と、内部の世界が呼応する詩的な感覚を保ちながら、染色工場の作業や、大きな屋敷の中で株の売買をする現実的な生活も、かなり生なましく描きえていることだ。」「欠点も、読みおえると許せる気持がしてしまうのは、不思議な資質だ。」 吉行淳之介 63歳 全 ◎ 16 「よかった。ここに書かれてあることをそのまま読んでゆき、終りまでたどりつけば、埃っぽい気分がずいぶんとさっぱりしているのに気付く」「金の話となると生ぐさくなくては困る場合が多いが、ここでは雨崎への小旅行と同じ色調で、両方とも星の話でも聞かされているようだ。そして、この作品ではそのことが肝心なところである。」 日野啓三 58歳 全 ◎ 24 「これまでの文学と新しい世代の文学をつなぐ貴重な作品、と思える」「旧世代から端正な文章を高く評価されると同時に、二十代の人たちからも、この感受性は親しく読まれる要素をもっている。」「このことをたいへん貴重におもう。」「また日ましに理科っぽくなってゆくわれわれの現実を、旧来の文学はとりこめなくなっている。この断絶にも、池澤氏の作品は橋を架けるものである。」 三浦哲郎 56歳 全 □ 14 「印象深かった。」「まず文章がいいと思った。いかにも静物を描くのにふさわしい、硬質で、いくらかひんやりした手ざわりの、それでいて適度な柔軟性も持っている。」「雨崎の海辺で雪に降られる場面や神社の境内で鳩を見る場面の、新鮮な美しさと説得力には感心させられた。」「冒頭の前説を切り捨てる勇気が持てさえしたら、今後が楽しみな新作家だと思う。」 河野多恵子 61歳 全 □ 13 「個性的に新しい感覚のよさ、乾いた抒情の味は、なかなかのものだった。作者が育んできた独自の思想（ルビ：かんがえ）と両者が溶け合っていて、この作品および作者の得難い強みはそこにあり、期待をそそる。」「根には、今日の〈偽の現実〉との作者の対決がある。が、時折、理窟や説明に縋る。この作者ならばそれを克服するだけのあと一段の成長を程なく遂げそうなので、私は少し先での受賞を理想と考え、且つ早目の受賞に反対する気持には到らなかった。」 水上勉 68歳 全 ○ 12 「とにかく面白かった。」「イヤな男たちといってしまえばすむこのような人を喰った世界を描いてまことにすがすがしいのだった。」「今生の世をこんなふうに切りとってみせる才覚はなみのものではない。授賞ときまれば異存なしと心をきめて出かけたところ、予想どおり満点に近かった。」

他の候補作 三浦清宏 「長男の出家」 図子英雄 「カワセミ」 清水邦夫 「ＢＡＲＢＥＲ・ニュー はま」 吉田直哉 「ジョナリアの噂」 夫馬基彦 「金色の海」 谷口哲秋 「遠方より」

三浦清宏57歳×各選考委員　 「長男の出家」 短篇 161枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 開高健 57歳 全 ○ 15 「口臭もなく、腋臭もない。どこにも傷んだり病んだりした内臓がない。明朗で清潔である。」「少年が非行にも走らず、マンガにも目をくれず、野球にも熱中しないで坊主になりたいといいだし、そのまま出家しちゃうという物語は、奇抜だけれど新鮮に感じられる。」「これはアメリカ風の禅だよ、という水上勉氏の評言にはたじたじとなった。一瞬、痛烈さに茫然とならされた。しかし、採点となると、一票を入れる。」 黒井千次 55歳 全 ◎ 13 「いささか騒然として混沌の気味がある。」「一方に宗教の問題を配し、他方に親子の繋りを置く形をとっているが、結果として、意外な方角から今日の家族の姿を浮かび上らせる。」「（引用者注：「スティル・ライフ」と共に）現代と向き合う姿勢で生み出されて来たことに共感を覚えた。二作受賞は当然と考えられた。」 古井由吉 50歳 全 △ 25 「年頃の子を持つ親としても、今の世における「入信」に関心を寄せる者としても、その経緯をつぶさに聞きたくなるところだ。しかし書きあらわされたかぎり、経緯がほんとうに経緯になっているか、なりゆきに主人公の葛藤がほんとうに伴っているか、微妙である。」「事に後れて始まる主人公の葛藤は既成事実の中で、当事者にしては客観にすぎる想念へ空転する。」「興味深い作品ではある。」 大庭みな子 57歳 全 ○ 13 「平明な言いまわしで流しているように見えるが、その実、かなりわかりにくい不気味さをかかえている作品である。「時」と「場」の綾になる中で、作品の奥に堆積しているものが、日本人の過去四十年の精神史というふうに読みとれる。深い奥行きに混濁するものが、未だに動きを止めていない気配がよい。」 田久保英夫 59歳 全 ○ 16 「（引用者注：「スティル・ライフ」と）共に捨てがたい思いでいた。」「宗教と家庭生活という今日、もう一つのベクトルで、もっとも切実な主題を扱っている。」「出家後の息子が、あまりにきちんと修行僧になりすぎて、この思春期にはまだ人間臭い破綻も出るのでは、という気がするし、住職の老尼の禅僧としての境地と、寺の旺盛な経営とのつながりなど、疑問もあるが、妻や子との周到な距離のとり方が、それを補っている。」 吉行淳之介 63歳 全 ■ 13 「私は最後まで票を入れなかった。読んでいると面白いのだが、どうも曖昧なところがある。」「作者がしたたかな腕力で作品世界をつくりおおせたのか（それは、成功すれば慶賀すべきことだ）、つくっているうちにところどころ破れ目ができたのか、あるいはもっと素直な作品なのか、とうとう読み切れなかった。」 日野啓三 58歳 全 ○ 9 「随所に声を上げて笑う上質のユーモアがある。この乾いた感覚が快い。だが笑いながら読み終わったあと、じわじわと身にこたえてくるすごいこわさがある。」「（引用者注：親子・家庭小説として、断絶と崩壊からの）前向きの方向（非情な方向だ）が見すえられている。その姿勢に共感した。」 三浦哲郎 56歳 全 △ 11 「印象深かった。」「まことに巧妙な語り口で、一気に面白く読んだが、読後に謎がいくつも残った。それがすなわち人間というものの曖昧さ、人生というものの不透明さなのだろうが、そうは思っても禅や仏門に不案内な私にはなおも釈然としないものが残り、水上さんに伺ってやっと納得する始末であった。」 河野多恵子 61歳 全 ◎ 17 「私はその豊かさ、強さに圧倒された。呆然となったくらいである。」「何か大きな成り行きとでも言うべきものに、めいめいに、時には共同で深く呼応してゆく。しかも、その呼応ぶりそものが、時に大きな成り行きをあたかも見返しているような凄味をぎらりと放つ。これほど自然に、明らかに、毒を孕んだ新人の作品は稀であろう。」 水上勉 68歳 全 □ 23 「感心した。今日の曹洞宗の末寺風景がよく描けていた。」「作者の経験によるらしいことはうすうすわかるが、その大事な体験を、さらりとユーモラスに仕上げている。」「「この子もそろそろ修行に出すか」と娘にまで細君とならんで手を振る男親の思いで筆を置くあたり、絶妙と思った。高点取得の授賞である。異存はない。」

他の候補作 池澤夏樹 「スティル・ライフ」 図子英雄 「カワセミ」 清水邦夫 「ＢＡＲＢＥＲ・ニュー はま」 吉田直哉 「ジョナリアの噂」 夫馬基彦 「金色の海」 谷口哲秋 「遠方より」

図子英雄54歳×各選考委員　 「カワセミ」 短篇 89枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 開高健 57歳 全 ― 0   黒井千次 55歳 全 ■ 3 「整った小説ではあるものの、そこにかえって不満が残る。」 古井由吉 50歳 全 ― 0   大庭みな子 57歳 全 □ 3 「すがすがしさは「新潮」新人賞のとき以来ゆるがないものがあったけれど、異質の作品をも圧倒するに及ばなかったのは残念である。」 田久保英夫 59歳 全 ― 0   吉行淳之介 63歳 全 ― 0   日野啓三 58歳 全 ― 0   三浦哲郎 56歳 全 ― 0   河野多恵子 61歳 全 ― 0   水上勉 68歳 全 ― 0	他の候補作 池澤夏樹 「スティル・ライフ」 三浦清宏 「長男の出家」 清水邦夫 「ＢＡＲＢＥＲ・ニュー はま」 吉田直哉 「ジョナリアの噂」 夫馬基彦 「金色の海」 谷口哲秋 「遠方より」

清水邦夫51歳×各選考委員　 「ＢＡＲＢＥＲ・ニュー はま」 短篇 91枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 開高健 57歳 全 ― 0   黒井千次 55歳 全 ■ 5 「戯曲では書けぬなにかを出そうとした作品として興味を持ったが、ト書きに似た地の文章が、後から加えられた説明の臭いを拭いきれぬところに疑問が残った。」 古井由吉 50歳 全 ― 0   大庭みな子 57歳 全 △ 4 「上手い作品だと感心した。戯曲作家としての長年の書き手の上手さで今更という感じが、この賞にはふさわしくなかったのであろう。」 田久保英夫 59歳 全 ― 0   吉行淳之介 63歳 全 ― 0   日野啓三 58歳 全 ― 0   三浦哲郎 56歳 全 ■ 3 「面白く読んだが、残念ながらこの作者の戯曲ほどの感銘は得られなかった。」 河野多恵子 61歳 全 ― 0   水上勉 68歳 全 ― 0	他の候補作 池澤夏樹 「スティル・ライフ」 三浦清宏 「長男の出家」 図子英雄 「カワセミ」 吉田直哉 「ジョナリアの噂」 夫馬基彦 「金色の海」 谷口哲秋 「遠方より」

吉田直哉56歳×各選考委員　 「ジョナリアの噂」 短篇 56枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 開高健 57歳 全 ― 0   黒井千次 55歳 全 ■ 2 「戦後風景には活気があるが、あまりにお話をつくり過ぎの感が否めない。」 古井由吉 50歳 全 ― 0   大庭みな子 57歳 全 ― 0   田久保英夫 59歳 全 ― 0   吉行淳之介 63歳 全 ― 0   日野啓三 58歳 全 ― 0   三浦哲郎 56歳 全 ― 0   河野多恵子 61歳 全 ― 0   水上勉 68歳 全 ― 0	他の候補作 池澤夏樹 「スティル・ライフ」 三浦清宏 「長男の出家」 図子英雄 「カワセミ」 清水邦夫 「ＢＡＲＢＥＲ・ニュー はま」 夫馬基彦 「金色の海」 谷口哲秋 「遠方より」

夫馬基彦44歳×各選考委員　 「金色の海」 短篇 85枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 開高健 57歳 全 ― 0   黒井千次 55歳 全 △ 5 「惹かれる。ヒッピー時代の漂流と現在の定着を通して、男と女の生きる姿が渋く寂しい色調で捉えられている。」 古井由吉 50歳 全 ― 0   大庭みな子 57歳 全 ― 0   田久保英夫 59歳 全 ― 0   吉行淳之介 63歳 全 ― 0   日野啓三 58歳 全 ― 0   三浦哲郎 56歳 全 △ 8 「印象深かった。」「前の候補作より肩の力が抜けていて読み易かった。」「後半、〈人間解放のクスリ〉を呑むあたりから作者の筆もにわかに抑制を失ってくる。惜しい作品だと思う。」 河野多恵子 61歳 全 △ 2 「前回の候補作よりもずっとよくなったことを、幾人もの選者が認めた。」 水上勉 68歳 全 □ 4 「前作よりはるかに魅かれた。」「人生の無常とはなやぎを感じさせた。今回はいい作品が多かったので、夫馬さんは不運だった、と思う。」

他の候補作 池澤夏樹 「スティル・ライフ」 三浦清宏 「長男の出家」 図子英雄 「カワセミ」 清水邦夫 「ＢＡＲＢＥＲ・ニュー はま」 吉田直哉 「ジョナリアの噂」 谷口哲秋 「遠方より」

谷口哲秋46歳×各選考委員　 「遠方より」 短篇 87枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 開高健 57歳 全 ― 0   黒井千次 55歳 全 ● 2 「まだ小説の出発点にとどまっている。」 古井由吉 50歳 全 ― 0   大庭みな子 57歳 全 ― 0   田久保英夫 59歳 全 ― 0   吉行淳之介 63歳 全 ― 0   日野啓三 58歳 全 ― 0   三浦哲郎 56歳 全 ― 0   河野多恵子 61歳 全 ― 0   水上勉 68歳 全 ― 0	他の候補作 池澤夏樹 「スティル・ライフ」 三浦清宏 「長男の出家」 図子英雄 「カワセミ」 清水邦夫 「ＢＡＲＢＥＲ・ニュー はま」 吉田直哉 「ジョナリアの噂」 夫馬基彦 「金色の海」