第99回

第98回第100回

昭和63年/1988年上半期 昭和63年/1988年7月13日決定発表／『文藝春秋』昭和63年/1988年9月号選評掲載

選考委員　 吉行淳之介 64歳 水上勉 69歳 黒井千次 56歳 大庭みな子 57歳 古井由吉 50歳 日野啓三 59歳 田久保英夫 60歳 三浦哲郎 57歳 河野多恵子 62歳 開高健 57歳 選評総行数　 30 28 33 28 33 40 34 27 33   評 評 評 評 評 評 評 評 評 選評なし 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 新井満　「尋ね人の時間」 188枚 42歳 評 ◎ 16 □ 12 □ 16 △ 5 △ 20 ■ 14 ○ 20 □ 4 ― 0     佐伯一麦　「端午」 75枚 28歳 評 ― 0 ● 2 ― 0 ■ 3 ― 0 ・ 3 ― 0 △ 5 ― 0     岩森道子　「雪迎え」 65枚 52歳 評 ■ 4 ■ 3 ― 0 ■ 3 ― 0 ― 0 ■ 3 ◎ 10 ― 0     夫馬基彦　「紅葉の秋の」 99枚 44歳 評 △ 4 △ 5 △ 7 △ 5 ■ 13 △ 8 ■ 3 △ 5 ○ 7     坂谷照美　「四日間」 99枚 39歳 評 ― 0 ― 0 ― 0 ■ 4 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0     吉本ばなな　「うたかた」 116枚 23歳 評 △ 6 ■ 5 ○ 5 △ 1 ― 0 □ 8 △ 8 ■ 4 ― 0                       欠席 年齢/枚数の説明   見方・注意点

吉行淳之介64歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題新井満と吉本ばなな　総行数30　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 新井満 42歳 全 ◎ 16 「過半数の票を集めたものの、辛うじて受賞になった。」「作者は主人公に「不能」を与え、その実証として圭子という女をつくり出すことに努力したが、ここは不十分だった。この作者には欲張りすぎるところがあるが、その意欲はかいたい。」「主人公の妻は新しい男のもとに走るのだが、その健康そのものの男が主人公に説教するところ、大いに笑えた。」「私としては、「ヴェクサシオン」の作者でもあるこの作家を推すことに、ためらいはなかった。」 佐伯一麦 28歳 全 ― 0   岩森道子 52歳 全 ■ 4 「なかなかのものである。ただし、もっと推敲をかさねないと、せっかくの作品が綻んでしまう。」 夫馬基彦 44歳 全 △ 4 「文章につやが出てきた。それに、晦渋なところがなくなったのは、結構なことである。しかし、前作「金色の海」にくらべて、テーマが退屈だった。」 坂谷照美 39歳 全 ― 0   吉本ばなな 23歳 全 △ 6 「快く読めた。資質がしぜんに流露しているところが、よかった。」「しかし、他の選者の評言にもうなずくところがあった。この作者は、自分の文章を持つことに意識的になる必要がある。」

他の選考委員 水上勉 黒井千次 大庭みな子 古井由吉 日野啓三 田久保英夫 三浦哲郎 河野多恵子

水上勉69歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題新井さんの世界に　総行数28　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 新井満 42歳 全 □ 12 「不思議を構築するこの人の文芸に魅かれはしたが、すこし前作より落ちる。それで、この一作授賞というより、力量にということなら授賞は文句なかった。」「とりわけて「井戸」はいい。」「だが圭子という女がどうもはっきりせぬ。それに最後のところで、何もかもまとめようとする。そのあたりが気になる。」「それで迷ったのだが、大方の委員の力に、うれしく賛同したのが正直な感想だ。」 佐伯一麦 28歳 全 ● 2 「古風。」 岩森道子 52歳 全 ■ 3 「いい材料で魅かれたが、少しあいまいなところがあった。削りに削ったら名短篇の世界だろう。」 夫馬基彦 44歳 全 △ 5 「前作より落ちた。よくわかる文章で、練りの効いた土でこね上げる力は候補作中抜群であるが、授賞となると、夫馬さんにはまだまだ金看板となる作品が出来る可能性がつよい。」 坂谷照美 39歳 全 ― 0   吉本ばなな 23歳 全 ■ 5 「新鮮な味わいがあった。恋物語だが、少しかわっている。父親もおもしろい。こういう父親にはこういう娘が育つものか、と納得はしたが、さてそれでどうということもないのである。」

他の選考委員 吉行淳之介 黒井千次 大庭みな子 古井由吉 日野啓三 田久保英夫 三浦哲郎 河野多恵子

黒井千次56歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題沈潜と飛躍　総行数33　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 新井満 42歳 全 □ 16 「主人公の性的不能の描き方には最後まで疑問が残った。にもかかわらず、現代の尖端の一角に手を伸ばし、なんとかそれを掴もうとする意欲と小説づくりの力量が僅かながらも他の候補作の先を行く感があり、最終的には支持の一票を投じて受賞に同意した。」 佐伯一麦 28歳 全 ― 0   岩森道子 52歳 全 ― 0   夫馬基彦 44歳 全 △ 7 「しっかりと書きこまれた作品であり、男女の結びつきが一緒に住むための住宅事情に絡んで表現される前半は特に面白かった。しかし一篇の小説としては濁った画面を突き抜ける輝きに欠け、どこか中間報告を聞かされているような恨みを拭い切れない。」 坂谷照美 39歳 全 ― 0   吉本ばなな 23歳 全 ○ 5 「ストーリーの設定は荒唐無稽ながら、そこから放射される十九歳の女性主人公の心情にはなにかひたすらなものがあり、爽やかな読後感を与えられた。ウソとホントがひとかたまりになって示されるところに若さの魅力を覚える。」   「今回の候補作六篇は、突出する作品がなかったかわりに、いずれも夫々の可能性を秘め、次作を読んでみたい、という気持ちに誘われた。」

他の選考委員 吉行淳之介 水上勉 大庭みな子 古井由吉 日野啓三 田久保英夫 三浦哲郎 河野多恵子

大庭みな子57歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題作品を探す　総行数28　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 新井満 42歳 全 △ 5 「この人の作品は、何作か読み重ねるうちに、いつもその中に濃密に立ちこめている男の女に対する夢と、抽象性に支えられた風俗性が、「この世のもののなつかしさ」というふうに思えて来た。」 佐伯一麦 28歳 全 ■ 3 「嘘っぽさの少ない作品で、好感は持てたが、この中で主人公の気にかかっているものの正体がよく見えない。」 岩森道子 52歳 全 ■ 3 「重い主題だから、方法によっては相当によい作品になるだろう。ところどころ安易に作っているところが気にかかってしまう。」 夫馬基彦 44歳 全 △ 5 「充分に書ける人で「紅葉の秋の」は達者な安定した筆づかいである。」「他人の評を気にせずに、大胆に書けば、作品はぐんと大きくなるだろう。」 坂谷照美 39歳 全 ■ 4 「（引用者注：「雪迎え」と共に）ところどころ安易に作っているところが気にかかってしまう。」「読者が命にまつわるものの妖しさに魅かれて、作る手つきを見なくなってしまえばよい。」 吉本ばなな 23歳 全 △ 1 「爽やかで、若く、よい匂いがする。」   「作家は、他の作家の言うことに、いちおうは耳を傾けたとしても、言われた通りにできるわけではないし、そうする必要もあるまい。自分の心に残る、気に入った言葉だけを拾い集めて、自作を育てることに役立てればよい。ひどい悪口を言われたとすれば、それはある意味で作品の力である。」

他の選考委員 吉行淳之介 水上勉 黒井千次 古井由吉 日野啓三 田久保英夫 三浦哲郎 河野多恵子

古井由吉50歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題失われたことへの自足　総行数33　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 新井満 42歳 全 △ 20 「作家として、失われたことへの自足をその荒涼をもろに表現しきったとしたら、人がその消極性をどう非難しようと、これはこれであざやかな功績と言える。しかし、失われたことの、その説明に自足をもとめる作品は、文章の清新さへの苦心によって、かろうじて通俗性の傾斜を、揺りもどしつつ支える、あやうい試みとなるはずだ。その支えあげの緊張について、私はこの受賞作にもうひとつ得心が行かなかった。」 佐伯一麦 28歳 全 ― 0   岩森道子 52歳 全 ― 0   夫馬基彦 44歳 全 ■ 13 「主人公の男性には単独者の自足への傾きも見えるが、すでに一人の、やはり離婚歴のある一種懸命の女性が前にいる。この両者の、もとめあいとうとみあい、そのからみが見どころだが、（引用者中略）主人公の観察などは、（引用者中略）眼の《年代》が大幅に狂ってはいないか。大事なことだと私には思われるが、どんなものか。」 坂谷照美 39歳 全 ― 0   吉本ばなな 23歳 全 ― 0

他の選考委員 吉行淳之介 水上勉 黒井千次 大庭みな子 日野啓三 田久保英夫 三浦哲郎 河野多恵子

日野啓三59歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題〈物語〉の廃墟で　総行数40　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 新井満 42歳 全 ■ 14 「最終選考まで残った」「主人公の家族＝世界が壊れているだけでなく、作品世界も意識的に断片化されている。断片化の危険を敢えて冒したために、（引用者中略）とても深く良いイメージが、多分偶然に現われたにちがいない。」「だがそれらの深いイメージと有機的に結びつける〈物語〉が希薄なために、ファッション・モデルと主人公の不交情の部分は、つくりものめいて浮き上がることにもなる。」 佐伯一麦 28歳 全 ・ 3   岩森道子 52歳 全 ― 0   夫馬基彦 44歳 全 △ 8 「最終選考まで残った」「手ごたえのある印象をもった。作品の作り方に、大胆にもうひと工夫を。」 坂谷照美 39歳 全 ― 0   吉本ばなな 23歳 全 □ 8 「最終選考まで残った」「廃墟の崖っぷちで〈新しい物語〉を祈るようにつくり上げようとしている。表現の仕方はまだ不十分だとしても、その切実な姿勢に、いまの若い人たちの解体感覚の底深さを、私は感じた。」   「候補作六篇を通じて、いわゆるまともな家庭の形がないことに、時代の深い変わり目、というような感慨を改めて覚えた」「家族解体は世界の解体であり、世界の解体とは世界を結びつける大きな意味の衰弱であり、つまり〈大いなる物語〉の死だ。」

他の選考委員 吉行淳之介 水上勉 黒井千次 大庭みな子 古井由吉 田久保英夫 三浦哲郎 河野多恵子

田久保英夫60歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題ある真価　総行数34　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 新井満 42歳 全 ○ 20 「問題は前作の「ヴェクサシオン」より、出来栄えがやや落ちることにある。」「今回はずいぶん考えた末に一票を投じた。最初の男主人公の状況設定や、それに配する圭子という女も、あまり巧く描けていない。」「しかし、おそらくこの作者の真価は、一見軽そうな野暮にあるので、そうした執拗な追求力は、「苺」以来変っていない。」「イメージの喚起力を持つ文章と、それへの工夫や労苦を持続するのは、並なみのことではない。」 佐伯一麦 28歳 全 ― 0   岩森道子 52歳 全 ■ 3 「勿体ない題材を充分実らせなかった、という残念がつよい。」 夫馬基彦 44歳 全 ■ 3 「勿体ない題材を充分実らせなかった、という残念がつよい。」 坂谷照美 39歳 全 ― 0   吉本ばなな 23歳 全 △ 8 「叙景と心象の響き合う文章に、独特の初々しさを感じた。男の会話が巧く、ことに父親がよく描けている。「キッチン」では、ひときわ素直で鋭敏な感性が現れていたが、それに比べると、ここでは小説をいかにも小説らしく作ろうとして、表現のむらが目だつ。」   「よく言われることだが、賞には運不運があるらしい。候補のなかに際立っていい作品があれば、相当の水準の作でも落ちることがあるし、強力な作品がなければ、微妙な比較上の評価できまることもある。」

他の選考委員 吉行淳之介 水上勉 黒井千次 大庭みな子 古井由吉 日野啓三 三浦哲郎 河野多恵子

三浦哲郎57歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題感想　総行数27　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 新井満 42歳 全 □ 4 「古井戸の場面に感心した。全体としては行間から作意がありありと見える点など不満もあるが、最後の評決では作者の豊かな力量を認めて授賞に賛成した。」 佐伯一麦 28歳 全 △ 5 「近頃珍しく純な気持で書かれた律儀な作品で、好感を持ったが、電気工としての日常の確かさに比べて妻子らの家庭生活の部分が凡庸で生硬なところが弱点だろう。」 岩森道子 52歳 全 ◎ 10 「謙虚ですがすがしい作品である。」「とりわけ婆さんの言動がいい。快活な文体も悪くなかった。ただ、不満をいえば、作品が現代に取り残された一つの異境への一日訪問記風に纏まりすぎていて余韻が乏しい点である。けれども、〈雪迎え〉の美しいシーンは今後忘れることがないだろう。」 夫馬基彦 44歳 全 △ 5 「私はむしろ前作よりも評価するが、いささか丹念にすぎた嫌いもあり、書き込みすぎた点が贅肉となって作品の飛翔を妨げているように思った。」 坂谷照美 39歳 全 ― 0   吉本ばなな 23歳 全 ■ 4 「のびのび書けているが、のびのびしすぎているところもあるように思う。作品として若々しいというより幼いという印象を受けた。」

他の選考委員 吉行淳之介 水上勉 黒井千次 大庭みな子 古井由吉 日野啓三 田久保英夫 河野多恵子

河野多恵子62歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題感想　総行数33　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 新井満 42歳 全 ― 0   佐伯一麦 28歳 全 ― 0   岩森道子 52歳 全 ― 0   夫馬基彦 44歳 全 ○ 7 「何とか授賞の検討対象になり得ていると思った」「いつもながらの呼吸の深い文体がよい。」「実力は相当のものである。しかし、前作に較べると、作品の張りが聊か弱い。私はこの作品を一応推したが、今回は受賞作なしであっても止むを得ないという事前の考えは、選考会の席でも変えてはもらえなかった。」 坂谷照美 39歳 全 ― 0   吉本ばなな 23歳 全 ― 0     「前回は強い候補作が多くて、びっくりした。今度は、その反対の意味でびっくりした。」「今回の候補作を読み通し、読み返しながら最も強く感じたことを記す。大極においても、細部についても、矛盾や不自然が気になった。」「矛盾・不自然歓迎だが、矛盾どまり、不自然どまりの単なるでたらめに対しては、頑固なリアリズム文学の信奉者のように拒絶する。その種のでたらめに抽象性や新手法や新しい文学を見拵えようとするのは、全く笑止である。」

他の選考委員 吉行淳之介 水上勉 黒井千次 大庭みな子 古井由吉 日野啓三 田久保英夫 三浦哲郎

新井満42歳×各選考委員　 「尋ね人の時間」 中篇 188枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 吉行淳之介 64歳 全 ◎ 16 「過半数の票を集めたものの、辛うじて受賞になった。」「作者は主人公に「不能」を与え、その実証として圭子という女をつくり出すことに努力したが、ここは不十分だった。この作者には欲張りすぎるところがあるが、その意欲はかいたい。」「主人公の妻は新しい男のもとに走るのだが、その健康そのものの男が主人公に説教するところ、大いに笑えた。」「私としては、「ヴェクサシオン」の作者でもあるこの作家を推すことに、ためらいはなかった。」 水上勉 69歳 全 □ 12 「不思議を構築するこの人の文芸に魅かれはしたが、すこし前作より落ちる。それで、この一作授賞というより、力量にということなら授賞は文句なかった。」「とりわけて「井戸」はいい。」「だが圭子という女がどうもはっきりせぬ。それに最後のところで、何もかもまとめようとする。そのあたりが気になる。」「それで迷ったのだが、大方の委員の力に、うれしく賛同したのが正直な感想だ。」 黒井千次 56歳 全 □ 16 「主人公の性的不能の描き方には最後まで疑問が残った。にもかかわらず、現代の尖端の一角に手を伸ばし、なんとかそれを掴もうとする意欲と小説づくりの力量が僅かながらも他の候補作の先を行く感があり、最終的には支持の一票を投じて受賞に同意した。」 大庭みな子 57歳 全 △ 5 「この人の作品は、何作か読み重ねるうちに、いつもその中に濃密に立ちこめている男の女に対する夢と、抽象性に支えられた風俗性が、「この世のもののなつかしさ」というふうに思えて来た。」 古井由吉 50歳 全 △ 20 「作家として、失われたことへの自足をその荒涼をもろに表現しきったとしたら、人がその消極性をどう非難しようと、これはこれであざやかな功績と言える。しかし、失われたことの、その説明に自足をもとめる作品は、文章の清新さへの苦心によって、かろうじて通俗性の傾斜を、揺りもどしつつ支える、あやうい試みとなるはずだ。その支えあげの緊張について、私はこの受賞作にもうひとつ得心が行かなかった。」 日野啓三 59歳 全 ■ 14 「最終選考まで残った」「主人公の家族＝世界が壊れているだけでなく、作品世界も意識的に断片化されている。断片化の危険を敢えて冒したために、（引用者中略）とても深く良いイメージが、多分偶然に現われたにちがいない。」「だがそれらの深いイメージと有機的に結びつける〈物語〉が希薄なために、ファッション・モデルと主人公の不交情の部分は、つくりものめいて浮き上がることにもなる。」 田久保英夫 60歳 全 ○ 20 「問題は前作の「ヴェクサシオン」より、出来栄えがやや落ちることにある。」「今回はずいぶん考えた末に一票を投じた。最初の男主人公の状況設定や、それに配する圭子という女も、あまり巧く描けていない。」「しかし、おそらくこの作者の真価は、一見軽そうな野暮にあるので、そうした執拗な追求力は、「苺」以来変っていない。」「イメージの喚起力を持つ文章と、それへの工夫や労苦を持続するのは、並なみのことではない。」 三浦哲郎 57歳 全 □ 4 「古井戸の場面に感心した。全体としては行間から作意がありありと見える点など不満もあるが、最後の評決では作者の豊かな力量を認めて授賞に賛成した。」 河野多恵子 62歳 全 ― 0

他の候補作 佐伯一麦 「端午」 岩森道子 「雪迎え」 夫馬基彦 「紅葉の秋の」 坂谷照美 「四日間」 吉本ばなな 「うたかた」

佐伯一麦28歳×各選考委員　 「端午」 短篇 75枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 吉行淳之介 64歳 全 ― 0   水上勉 69歳 全 ● 2 「古風。」 黒井千次 56歳 全 ― 0   大庭みな子 57歳 全 ■ 3 「嘘っぽさの少ない作品で、好感は持てたが、この中で主人公の気にかかっているものの正体がよく見えない。」 古井由吉 50歳 全 ― 0   日野啓三 59歳 全 ・ 3   田久保英夫 60歳 全 ― 0   三浦哲郎 57歳 全 △ 5 「近頃珍しく純な気持で書かれた律儀な作品で、好感を持ったが、電気工としての日常の確かさに比べて妻子らの家庭生活の部分が凡庸で生硬なところが弱点だろう。」 河野多恵子 62歳 全 ― 0	他の候補作 新井満 「尋ね人の時間」 岩森道子 「雪迎え」 夫馬基彦 「紅葉の秋の」 坂谷照美 「四日間」 吉本ばなな 「うたかた」

岩森道子52歳×各選考委員　 「雪迎え」 短篇 65枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 吉行淳之介 64歳 全 ■ 4 「なかなかのものである。ただし、もっと推敲をかさねないと、せっかくの作品が綻んでしまう。」 水上勉 69歳 全 ■ 3 「いい材料で魅かれたが、少しあいまいなところがあった。削りに削ったら名短篇の世界だろう。」 黒井千次 56歳 全 ― 0   大庭みな子 57歳 全 ■ 3 「重い主題だから、方法によっては相当によい作品になるだろう。ところどころ安易に作っているところが気にかかってしまう。」 古井由吉 50歳 全 ― 0   日野啓三 59歳 全 ― 0   田久保英夫 60歳 全 ■ 3 「勿体ない題材を充分実らせなかった、という残念がつよい。」 三浦哲郎 57歳 全 ◎ 10 「謙虚ですがすがしい作品である。」「とりわけ婆さんの言動がいい。快活な文体も悪くなかった。ただ、不満をいえば、作品が現代に取り残された一つの異境への一日訪問記風に纏まりすぎていて余韻が乏しい点である。けれども、〈雪迎え〉の美しいシーンは今後忘れることがないだろう。」 河野多恵子 62歳 全 ― 0

他の候補作 新井満 「尋ね人の時間」 佐伯一麦 「端午」 夫馬基彦 「紅葉の秋の」 坂谷照美 「四日間」 吉本ばなな 「うたかた」

夫馬基彦44歳×各選考委員　 「紅葉の秋の」 短篇 99枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 吉行淳之介 64歳 全 △ 4 「文章につやが出てきた。それに、晦渋なところがなくなったのは、結構なことである。しかし、前作「金色の海」にくらべて、テーマが退屈だった。」 水上勉 69歳 全 △ 5 「前作より落ちた。よくわかる文章で、練りの効いた土でこね上げる力は候補作中抜群であるが、授賞となると、夫馬さんにはまだまだ金看板となる作品が出来る可能性がつよい。」 黒井千次 56歳 全 △ 7 「しっかりと書きこまれた作品であり、男女の結びつきが一緒に住むための住宅事情に絡んで表現される前半は特に面白かった。しかし一篇の小説としては濁った画面を突き抜ける輝きに欠け、どこか中間報告を聞かされているような恨みを拭い切れない。」 大庭みな子 57歳 全 △ 5 「充分に書ける人で「紅葉の秋の」は達者な安定した筆づかいである。」「他人の評を気にせずに、大胆に書けば、作品はぐんと大きくなるだろう。」 古井由吉 50歳 全 ■ 13 「主人公の男性には単独者の自足への傾きも見えるが、すでに一人の、やはり離婚歴のある一種懸命の女性が前にいる。この両者の、もとめあいとうとみあい、そのからみが見どころだが、（引用者中略）主人公の観察などは、（引用者中略）眼の《年代》が大幅に狂ってはいないか。大事なことだと私には思われるが、どんなものか。」 日野啓三 59歳 全 △ 8 「最終選考まで残った」「手ごたえのある印象をもった。作品の作り方に、大胆にもうひと工夫を。」 田久保英夫 60歳 全 ■ 3 「勿体ない題材を充分実らせなかった、という残念がつよい。」 三浦哲郎 57歳 全 △ 5 「私はむしろ前作よりも評価するが、いささか丹念にすぎた嫌いもあり、書き込みすぎた点が贅肉となって作品の飛翔を妨げているように思った。」 河野多恵子 62歳 全 ○ 7 「何とか授賞の検討対象になり得ていると思った」「いつもながらの呼吸の深い文体がよい。」「実力は相当のものである。しかし、前作に較べると、作品の張りが聊か弱い。私はこの作品を一応推したが、今回は受賞作なしであっても止むを得ないという事前の考えは、選考会の席でも変えてはもらえなかった。」

他の候補作 新井満 「尋ね人の時間」 佐伯一麦 「端午」 岩森道子 「雪迎え」 坂谷照美 「四日間」 吉本ばなな 「うたかた」

坂谷照美39歳×各選考委員　 「四日間」 短篇 99枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 吉行淳之介 64歳 全 ― 0   水上勉 69歳 全 ― 0   黒井千次 56歳 全 ― 0   大庭みな子 57歳 全 ■ 4 「（引用者注：「雪迎え」と共に）ところどころ安易に作っているところが気にかかってしまう。」「読者が命にまつわるものの妖しさに魅かれて、作る手つきを見なくなってしまえばよい。」 古井由吉 50歳 全 ― 0   日野啓三 59歳 全 ― 0   田久保英夫 60歳 全 ― 0   三浦哲郎 57歳 全 ― 0   河野多恵子 62歳 全 ― 0	他の候補作 新井満 「尋ね人の時間」 佐伯一麦 「端午」 岩森道子 「雪迎え」 夫馬基彦 「紅葉の秋の」 吉本ばなな 「うたかた」

吉本ばなな23歳×各選考委員　 「うたかた」 短篇 116枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 吉行淳之介 64歳 全 △ 6 「快く読めた。資質がしぜんに流露しているところが、よかった。」「しかし、他の選者の評言にもうなずくところがあった。この作者は、自分の文章を持つことに意識的になる必要がある。」 水上勉 69歳 全 ■ 5 「新鮮な味わいがあった。恋物語だが、少しかわっている。父親もおもしろい。こういう父親にはこういう娘が育つものか、と納得はしたが、さてそれでどうということもないのである。」 黒井千次 56歳 全 ○ 5 「ストーリーの設定は荒唐無稽ながら、そこから放射される十九歳の女性主人公の心情にはなにかひたすらなものがあり、爽やかな読後感を与えられた。ウソとホントがひとかたまりになって示されるところに若さの魅力を覚える。」 大庭みな子 57歳 全 △ 1 「爽やかで、若く、よい匂いがする。」 古井由吉 50歳 全 ― 0   日野啓三 59歳 全 □ 8 「最終選考まで残った」「廃墟の崖っぷちで〈新しい物語〉を祈るようにつくり上げようとしている。表現の仕方はまだ不十分だとしても、その切実な姿勢に、いまの若い人たちの解体感覚の底深さを、私は感じた。」 田久保英夫 60歳 全 △ 8 「叙景と心象の響き合う文章に、独特の初々しさを感じた。男の会話が巧く、ことに父親がよく描けている。「キッチン」では、ひときわ素直で鋭敏な感性が現れていたが、それに比べると、ここでは小説をいかにも小説らしく作ろうとして、表現のむらが目だつ。」 三浦哲郎 57歳 全 ■ 4 「のびのび書けているが、のびのびしすぎているところもあるように思う。作品として若々しいというより幼いという印象を受けた。」 河野多恵子 62歳 全 ― 0

他の候補作 新井満 「尋ね人の時間」 佐伯一麦 「端午」 岩森道子 「雪迎え」 夫馬基彦 「紅葉の秋の」 坂谷照美 「四日間」