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平成20年/2008年度
(平成21年/2009年5月19日決定発表/『小説新潮』平成21年/2009年7月号選評掲載)
選考委員  浅田次郎
男57歳
北村薫
男59歳
小池真理子
女56歳
重松清
男46歳
篠田節子
女53歳
選評総行数  220 197 262 229 248
候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数
白石一文 『この胸に深々と
突き刺さる矢を抜け』
男50歳
46 37 66 55 72
池井戸潤 『オレたち花のバブル組』
男45歳
17 27 27 30 33
恒川光太郎 『草祭』
男35歳
10 31 35 40 32
葉室麟 『秋月記』
男58歳
21 43 18 22 30
道尾秀介 『鬼の跫音』
男34歳
38 18 27 45 17
橋本紡 『もうすぐ』
男41歳
44 14 28 35 39
         
年齢の説明   見方・注意点

このページの選評出典:『小説新潮』平成21年/2009年7月号
1行当たりの文字数:18字


選考委員
浅田次郎男57歳×各候補作  年齢の説明
見方・注意点
シャンハイ・ムーン 総行数220 (1行=18字)
候補 評価 行数 評言
白石一文
男50歳
46 「これだけ深く思惟している小説は、近年稀である。ストーリーの途中にさまざまの資料からの引用が提示されるが、少しも衒学的ではない。」「しかし、これほどの規模を誇る建築に、どうしてミステリー的な装飾を施してしまったのかが、私にはわからなかった。」「むしろミステリーの枠に嵌めることによって、作品は矮小化されてしまったのではあるまいか。」
池井戸潤
男45歳
17 「外装は近代的に見えるが、一介の中間管理職が組織の巨悪に立ち向かうという基本構図は、企業小説の古典的様式である。」「難をいうなら登場人物が繁多で個性に欠けること、またシリアスなのかコミカルなのか、どっちつかずの印象があること、あるいは二つの独立した案件をひとつの建物に押しこめたこと、などであろうか。」
恒川光太郎
男35歳
10 「一見して、天賦の才に恵まれた人だということがわかる。見えざる物を見、聞こえざる音を聞き、あらざる物に触れる才能である。しかし、才によりかかっている危惧を感ずる。」「才を研磨して玉となす方法の模索が今後の課題であろう。」
葉室麟
男58歳
21 「史実の脚色というのはことほどさように簡単ではないから、本作における跳躍力は相当の幅があろうかと思った。最大の難点は、作者の手癖ともいえる登場人物の多さである。ここまで数が多いと、心の動きを書く暇があるまい。」
道尾秀介
男34歳
38 「恒川光太郎氏との共通点を感じた。天賦の才は疑うべくもない。しかしその才能と技術との間に、いかんともしがたい懸隔がある。本来の個性であるところの明晳さが顕現しない。」「もうひとつ、両者の共通点と思えるものは、哲学の欠如であろうか。」「やはり哲学不在の相対的現象は、作者も読者も思惟することをやめて、文学を映像やゲームの代理行為とみなした結果なのではあるまいか。」
橋本紡
男41歳
44 「なにゆえ男性が女性の視点で小説を書かねばならぬのか、という哲学的問題はさておくとして、実は私にも経験はあるのだが、この手法はすこぶる難しい。たいしたもの、とほめたたえる理由はそれである。」「さりとて文学的評価は別物であろう。(引用者中略)たぶん仕事ぶりも速いのであろう、取材をしながら資料を読みながら、思いついた事柄をさほど選別せずにさっさと書いてしまっているように思える。」「小説とは何か、という根本的命題を、少くともこの作品については作者自身が理解していないように思えてならなかった。」
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他の選考委員
北村薫
小池真理子
重松清
篠田節子
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選考委員
北村薫男59歳×各候補作  年齢の説明
見方・注意点
それぞれの妙味 総行数197 (1行=18字)
候補 評価 行数 評言
白石一文
男50歳
37 「《川端健彦氏の生活と意見》という、実に懐かしい小説表現の形がとられている。わたしは、こういう形式の作品が大好きなので、特に前半は楽しく読んだ。」「Nが実名の《新村》で頻出する辺りで、《おや?》と首をかしげた。(引用者中略)《ニムラ》を多くの片仮名の中に保護色めかして溶かし込む、叙述トリックの気配も現れ、ややつや消しであった。」「また、この結末には、急ぎ過ぎたのではないかということも含めて、疑問が残った。」
池井戸潤
男45歳
27 「実に面白く、一気に読んだ。」「内部を知る人にしか書けない攻防は、読みごたえがあった。」「しかし、この流れなら最大の山場は、何といっても大和田を倒す場面になる。となれば、ここに、銀行業界に詳しい作者ならではの、思わず膝を打つような必殺技がほしかった。」「途中が優れているだけに、ページをめくりつつ、そういう山場の用意があって、作られた物語かと期待するところはあった。」
恒川光太郎
男35歳
31 「様々な意味で境界が曖昧になる。三次元的意味でも、四次元的意味でもそうだ。種であっても、生と死さえも。」「個々の部分に、印象深いところが多い。ただ、全体としては意図されたまとまりの悪さがあるように思えた。」「他の選考委員から、《もっと多くの短編の集積であった方がよかった》、あるいは逆に、繋がってうねり波打つような《長編であった方が》という声があった。共になるほどと思った。」
葉室麟
男58歳
43 「これが山本周五郎賞候補作であることに不思議な暗合を感じた。この物語が筑前の小藩を舞台にした『ながい坂』ともいえるからだ。」「いうまでもなく、『秋月記』は亜流の作品ではない。表現には全て型がある、ということだ。」「とはいえ、前を行く傑作を否応なしに連想させながら、それでも全く評価が落ちないのは、驚くべきことである。つまり、爽やかな達成がここにあるのだ。」「ただ、結びに近付くにつれ不自然さも出た。」
道尾秀介
男34歳
18 「統一感があり、仕上がり具合を含めてぶれが少ない。」「ただ、作者の巧みさを認めつつも、型通りのサプライズエンディングにならず、直線的に押してくれた方が感銘が深かったかと思う作もあった。無論、『犭(ケモノ)』のように、そこを越えたものもあった。」
橋本紡
男41歳
14 「多様な例を示すのにネット新聞という手を使ったのは、目新しいし、また的確である。それが仕事である主人公の物語に、層を重ねるように繋がるのもうまい。」「ただ、素材が多くなる中で、物語の形でより先まで読ませてほしいところは出て来た。」
  「どの本にも、それぞれ魅きつけられるところがあった。おまけに見事なまでに作品の方向性が違うので比較が難しい。」「例年、一作ないし二作に○をつける。だが今回は、《自分にとって、そういう年なのだ》と割りきり、四作に最高点をつけるという異例の形で、会に加わった。」
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他の選考委員
浅田次郎
小池真理子
重松清
篠田節子
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選考委員
小池真理子女56歳×各候補作  年齢の説明
見方・注意点
嬉しい受賞作 総行数262 (1行=18字)
候補 評価 行数 評言
白石一文
男50歳
66 「数ページ読み始めただけで、小説に溺れていく時に感じる、あの懐かしい感覚が私の中にあふれてくるのがわかった。それは久しく忘れていた感覚でもあった。」「いたずらに健全であることや、希望を捨てずにいることの価値ばかりを声高に語るような小説が氾濫し、好んで読まれているこの時代に、これほど優雅に不健康で毒のある作品を読むことができたのは私の歓びにもなった。選考委員を続けていてよかった、と思える作品に巡り合えた。」
池井戸潤
男45歳
27 「サスペンスフルなシーンもあり、物語の流れがわかりやすい。読者の人気を博しているのは理解できなくもないが、私にはどうしても、ドラマの脚本のようにしか思えなかった。」「友を裏切る形で、銀行に戻っていく男(=近藤)の心の叫びや苦悩も描かれていない。(引用者中略)そうなってしまった彼らの内面をこそ描くのが、小説なのではないか。」
恒川光太郎
男35歳
35 「何より、美奥という空想上の街を舞台に、時空を超えた壮大な物語を連作形式で作り上げようとした企み自体に、作者の成長のあとを見ることができた。」「しかし、一昨年の選評でも触れたが、この作者にはどうしても、未だ、幼さがつきまとう。世界をあくまでも、善と悪で二分化しようとする癖が抜けていない。」「方法や技術の問題ではなく、作者の精神世界のさらなる成熟が求められるような気がした。」
葉室麟
男58歳
18 「文章が端整で平易であることに好感をもった。」「だが、肝心の主人公の小四郎が昇進したあたりから、急激に物語が失速し、あらすじを追うだけで終わってしまった。」「史実に基づいて書かれた小説だからなのか、全体として、ストーリーを追うことばかりに囚われているのも気になった。」
道尾秀介
男34歳
27 「耽美と幻想を主題にし、持ち前の文章力を活かして、前作よりも格段に優れたものになっていると感じられた。」「ただ、幻想の宇宙を自在に飛び回ろうとしながら、作者自身が現実世界の約束ごとにしばられるあまり、現実を意識し過ぎてしまったように見受けられた。」「現実と幻想とは分かちがたく一つのものである、という視点に立って書くことができれば、この分野でいっそう花開く人かもしれない。」
橋本紡
男41歳
28 「なるほどよく調べられており、興味を惹かれるところも多々あったものの、全体として、女性誌的なデータをもとにして書かれた作品、という印象を否めなかった。」「せっかくの、ネット上での体験募集を物語仕立てにする、という面白い着想が、どこか軽々しいものに形を変えてしまっている。事象の表面を撫でさするだけで、人間の奥底深く、作者が切り込んでいけなかったからだろうと思う。」
  「私は今回の候補作を読み進めながら、かすかな居心地の悪さを覚えた。自分という作家が持ち合わせているささやかな感性が、いかに「世間」のスタンダードな基準から外れているか、思い知らされたような気がしたからである。」
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他の選考委員
浅田次郎
北村薫
重松清
篠田節子
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選考委員
重松清男46歳×各候補作  年齢の説明
見方・注意点
心地よさについて 総行数229 (1行=18字)
候補 評価 行数 評言
白石一文
男50歳
55 「小説の巧みさに根差した心地よさに背を向けるところから、白石さんの小説は始まっている」「緻密につくられた混沌というのは決して矛盾ではない。その証拠に、どんなにノイズが入っても物語の流れは停まらない。むしろノイズによって加速し、ひずんでいく。その加速やひずみの生み出す居心地の悪さを白石さんは確信犯的に選んでいる。それが、この作家にとっての現実のリアリティーであり、心地よさに安住しない勇気のあらわれなのだろう。」「胸をえぐられるような思いでページをめくった作品は、候補作の中では白石さんのものだけだった。」
池井戸潤
男45歳
30 「候補作六編の中で最も心地よく読み進めることができた」「だが、選考にあたって本作を積極的に推すことはできなかった。スパッと事態が解決する心地よさと引き替えに、悪役が、そして「悪」そのものが、いささか単純になっていないか、という思いが拭えなかったのである。」「また、物語の深みを生むはずの近藤の失意と再生のドラマも、そもそもの失意が第一作を参照しなければ伝わりづらいし、第三作への展開を期待させるラストシーンも、本作単独の閉じ方として考えると中途半端に感じられる。」
恒川光太郎
男35歳
40 「一つの世界を巧緻につくりあげることに成功した。」「しかし、全五編を読了したあとに、その美奥のイメージは霧散してしまう。(引用者中略)美奥サーガにひたる心地よさは、移ろっていくだけで、胸に残ってくれなかったのである。」「好感を大いに持ちながらも本作を受賞作として推すことはできなかったのだが、一昨年の候補作『雷の季節の終わりに』と読み比べると、恒川さんがまた一回り大きくなられたことを強く感じた。」
葉室麟
男58歳
22 「爽やかで心地よい「青春」小説である。」「だが、序章や掉尾の場面を読むかぎり、物語の主題は、毀誉褒貶半ばする壮年期以降の小四郎の姿にこそあるのではないか? 描かれた物語と伝えたかった主題との間にズレが生じた。」
道尾秀介
男34歳
45 「最初の投票で、僕は受賞作となった白石一文さんの作品とともに、(引用者中略)○をつけた。とても心地よく読み進めることのできる短編集だった。」「ただ、賞の選考者の端くれとして、やはり新鋭の作家には背伸びをしてほしいのだ。いまの自分の手には余りそうな大きな作品世界に挑んでほしいし、挑まずにはいられないのが作家のサガではないだろうか、とも(ややロマンチックに)思うのだ。」「最終投票では○を引っ込めることになった。」
橋本紡
男41歳
35 「個々の物語が有機的にからみあうことがないため、全体としては「当事者の内面をきちんととらえた良質のレポート集」の範疇にとどまってしまった。」「作者の訴えを支えられる強いエピソードや場面がないため、いきおい独白が間投詞付きの謳いあげる口調になってしまっているのではないか。」
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他の選考委員
浅田次郎
北村薫
小池真理子
篠田節子
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選考委員
篠田節子女53歳×各候補作  年齢の説明
見方・注意点
連山の頂を極める 総行数248 (1行=18字)
候補 評価 行数 評言
白石一文
男50歳
72 「この作品は大人たちが青春時代に慣れ親しんできた、やや懐かしい形の「普通の小説」である。」「冒頭部分の悽愴の気さえ漂う主人公の退廃的なたたずまいは、読み進むにつれハードボイルドでなかなか格好の良いものに変わっていく。物語自体も冒頭で予想したような、重苦しく憂鬱で悲惨な展開は見せない。」「快調に読み進め、後味も良い上下巻だったが、思索内容と主人公の状況や行動の間にもう少し緊密な関連があれば、より掘り下げた形で、テーマに肉薄できたのではないか。」
池井戸潤
男45歳
33 「ソフトカバーの体裁やいかにも安易なタイトルに似合わない、予想外に硬派な内容だった。」「ストーリー自体は十分面白いので、何も奇矯な人物や無駄に熱い同期の連帯感を描いて、ことさらの笑いと泣きを狙う必要はない。むしろスーツ姿の男たちがネクタイを緩めることもなく、敬語を使いながら腹の中で殴り合いをするバトルシーンの方が印象に残った。」
恒川光太郎
男35歳
32 「この作者の独自の死生観を土台にしたイメージ世界の壮大さと、理に落ちず理を通す意表をつくストーリー展開は紛れもなくファンタジーであり、本作はジャンルの頂近くに鎮座する秀作だろう。」「ただこの五編の短編を繋ぐ「美奥」という場所が、強烈な磁力を持たず、後半、単なる設定事項として機能するだけになってしまったのが残念だ。」
葉室麟
男58歳
30 「実のところ、ヒーロー間小四郎は、藩史においてはその専横ぶりを批判される、いわば悪役だ。そうした人物に光を当て、その業績を見直し、新たな人間像を構築しようとする作者の姿勢に敬意を表したい。」「忍者の末裔や男装の麗人が活躍する痛快時代劇より、清濁併せ呑む辣腕の行政官を描いた重厚な歴史小説を読みたかった、というのが正直なところだ。」
道尾秀介
男34歳
17 「一本一本に独特の感性の光る短編集だ。」「あらすじだけ見れば凄惨な話が多いが、なまじの現実感を排し、様式化されているために嫌悪感は抱かせない。ただしそうしたミステリーともホラーともつかない世界を極め、著者独自の美学を表現するには、文体も含めて、もうひと工夫が必要ではないか、という気がする。」
橋本紡
男41歳
39 「ネット新聞の記者である女性が、産婦人科病院の医療事故を他のメディアとは異なる視点で追っていく、というメインストーリーは、主人公が取材した事例や主人公の日常的雑感の中に埋もれてしまい、小説としての骨格が失われている。」「一方、小説として作り込まず、取材原稿のような生々しい形で事例が提示され、行間から作者の温かく力強く声援が聞こえてくるからこそ、現実を前に迷っているある立場、ある層の読者を力づけ、勇気を与えるという側面も持つ。文学賞を受賞するというのとは異なる価値を持つ作品と言えるだろう。」
  「今回の候補作についても「読者を選ぶ小説」という言葉が、幾度か出た。まさにいくつにも分かれた連山の頂を目指したような作品だが、並べて評価するとなると、読み手の読書経験や素養、趣味やライフスタイルまでも問われ、厳しい作業となった。」
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他の選考委員
浅田次郎
北村薫
小池真理子
重松清
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受賞者・作品
白石一文男50歳×各選考委員 
『この胸に深々と
突き刺さる矢を抜け』
年齢の説明
見方・注意点
選考委員 評価 行数 評言
浅田次郎
男57歳
46 「これだけ深く思惟している小説は、近年稀である。ストーリーの途中にさまざまの資料からの引用が提示されるが、少しも衒学的ではない。」「しかし、これほどの規模を誇る建築に、どうしてミステリー的な装飾を施してしまったのかが、私にはわからなかった。」「むしろミステリーの枠に嵌めることによって、作品は矮小化されてしまったのではあるまいか。」
北村薫
男59歳
37 「《川端健彦氏の生活と意見》という、実に懐かしい小説表現の形がとられている。わたしは、こういう形式の作品が大好きなので、特に前半は楽しく読んだ。」「Nが実名の《新村》で頻出する辺りで、《おや?》と首をかしげた。(引用者中略)《ニムラ》を多くの片仮名の中に保護色めかして溶かし込む、叙述トリックの気配も現れ、ややつや消しであった。」「また、この結末には、急ぎ過ぎたのではないかということも含めて、疑問が残った。」
小池真理子
女56歳
66 「数ページ読み始めただけで、小説に溺れていく時に感じる、あの懐かしい感覚が私の中にあふれてくるのがわかった。それは久しく忘れていた感覚でもあった。」「いたずらに健全であることや、希望を捨てずにいることの価値ばかりを声高に語るような小説が氾濫し、好んで読まれているこの時代に、これほど優雅に不健康で毒のある作品を読むことができたのは私の歓びにもなった。選考委員を続けていてよかった、と思える作品に巡り合えた。」
重松清
男46歳
55 「小説の巧みさに根差した心地よさに背を向けるところから、白石さんの小説は始まっている」「緻密につくられた混沌というのは決して矛盾ではない。その証拠に、どんなにノイズが入っても物語の流れは停まらない。むしろノイズによって加速し、ひずんでいく。その加速やひずみの生み出す居心地の悪さを白石さんは確信犯的に選んでいる。それが、この作家にとっての現実のリアリティーであり、心地よさに安住しない勇気のあらわれなのだろう。」「胸をえぐられるような思いでページをめくった作品は、候補作の中では白石さんのものだけだった。」
篠田節子
女53歳
72 「この作品は大人たちが青春時代に慣れ親しんできた、やや懐かしい形の「普通の小説」である。」「冒頭部分の悽愴の気さえ漂う主人公の退廃的なたたずまいは、読み進むにつれハードボイルドでなかなか格好の良いものに変わっていく。物語自体も冒頭で予想したような、重苦しく憂鬱で悲惨な展開は見せない。」「快調に読み進め、後味も良い上下巻だったが、思索内容と主人公の状況や行動の間にもう少し緊密な関連があれば、より掘り下げた形で、テーマに肉薄できたのではないか。」
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他の候補作
池井戸潤
『オレたち花のバブル組』
恒川光太郎
『草祭』
葉室麟
『秋月記』
道尾秀介
『鬼の跫音』
橋本紡
『もうすぐ』
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候補者・作品
池井戸潤男45歳×各選考委員 
『オレたち花のバブル組』
年齢の説明
見方・注意点
選考委員 評価 行数 評言
浅田次郎
男57歳
17 「外装は近代的に見えるが、一介の中間管理職が組織の巨悪に立ち向かうという基本構図は、企業小説の古典的様式である。」「難をいうなら登場人物が繁多で個性に欠けること、またシリアスなのかコミカルなのか、どっちつかずの印象があること、あるいは二つの独立した案件をひとつの建物に押しこめたこと、などであろうか。」
北村薫
男59歳
27 「実に面白く、一気に読んだ。」「内部を知る人にしか書けない攻防は、読みごたえがあった。」「しかし、この流れなら最大の山場は、何といっても大和田を倒す場面になる。となれば、ここに、銀行業界に詳しい作者ならではの、思わず膝を打つような必殺技がほしかった。」「途中が優れているだけに、ページをめくりつつ、そういう山場の用意があって、作られた物語かと期待するところはあった。」
小池真理子
女56歳
27 「サスペンスフルなシーンもあり、物語の流れがわかりやすい。読者の人気を博しているのは理解できなくもないが、私にはどうしても、ドラマの脚本のようにしか思えなかった。」「友を裏切る形で、銀行に戻っていく男(=近藤)の心の叫びや苦悩も描かれていない。(引用者中略)そうなってしまった彼らの内面をこそ描くのが、小説なのではないか。」
重松清
男46歳
30 「候補作六編の中で最も心地よく読み進めることができた」「だが、選考にあたって本作を積極的に推すことはできなかった。スパッと事態が解決する心地よさと引き替えに、悪役が、そして「悪」そのものが、いささか単純になっていないか、という思いが拭えなかったのである。」「また、物語の深みを生むはずの近藤の失意と再生のドラマも、そもそもの失意が第一作を参照しなければ伝わりづらいし、第三作への展開を期待させるラストシーンも、本作単独の閉じ方として考えると中途半端に感じられる。」
篠田節子
女53歳
33 「ソフトカバーの体裁やいかにも安易なタイトルに似合わない、予想外に硬派な内容だった。」「ストーリー自体は十分面白いので、何も奇矯な人物や無駄に熱い同期の連帯感を描いて、ことさらの笑いと泣きを狙う必要はない。むしろスーツ姿の男たちがネクタイを緩めることもなく、敬語を使いながら腹の中で殴り合いをするバトルシーンの方が印象に残った。」
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他の候補作
白石一文
『この胸に深々と
突き刺さる矢を抜け』
恒川光太郎
『草祭』
葉室麟
『秋月記』
道尾秀介
『鬼の跫音』
橋本紡
『もうすぐ』
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候補者・作品
恒川光太郎男35歳×各選考委員 
『草祭』
年齢の説明
見方・注意点
選考委員 評価 行数 評言
浅田次郎
男57歳
10 「一見して、天賦の才に恵まれた人だということがわかる。見えざる物を見、聞こえざる音を聞き、あらざる物に触れる才能である。しかし、才によりかかっている危惧を感ずる。」「才を研磨して玉となす方法の模索が今後の課題であろう。」
北村薫
男59歳
31 「様々な意味で境界が曖昧になる。三次元的意味でも、四次元的意味でもそうだ。種であっても、生と死さえも。」「個々の部分に、印象深いところが多い。ただ、全体としては意図されたまとまりの悪さがあるように思えた。」「他の選考委員から、《もっと多くの短編の集積であった方がよかった》、あるいは逆に、繋がってうねり波打つような《長編であった方が》という声があった。共になるほどと思った。」
小池真理子
女56歳
35 「何より、美奥という空想上の街を舞台に、時空を超えた壮大な物語を連作形式で作り上げようとした企み自体に、作者の成長のあとを見ることができた。」「しかし、一昨年の選評でも触れたが、この作者にはどうしても、未だ、幼さがつきまとう。世界をあくまでも、善と悪で二分化しようとする癖が抜けていない。」「方法や技術の問題ではなく、作者の精神世界のさらなる成熟が求められるような気がした。」
重松清
男46歳
40 「一つの世界を巧緻につくりあげることに成功した。」「しかし、全五編を読了したあとに、その美奥のイメージは霧散してしまう。(引用者中略)美奥サーガにひたる心地よさは、移ろっていくだけで、胸に残ってくれなかったのである。」「好感を大いに持ちながらも本作を受賞作として推すことはできなかったのだが、一昨年の候補作『雷の季節の終わりに』と読み比べると、恒川さんがまた一回り大きくなられたことを強く感じた。」
篠田節子
女53歳
32 「この作者の独自の死生観を土台にしたイメージ世界の壮大さと、理に落ちず理を通す意表をつくストーリー展開は紛れもなくファンタジーであり、本作はジャンルの頂近くに鎮座する秀作だろう。」「ただこの五編の短編を繋ぐ「美奥」という場所が、強烈な磁力を持たず、後半、単なる設定事項として機能するだけになってしまったのが残念だ。」
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他の候補作
白石一文
『この胸に深々と
突き刺さる矢を抜け』
池井戸潤
『オレたち花のバブル組』
葉室麟
『秋月記』
道尾秀介
『鬼の跫音』
橋本紡
『もうすぐ』
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候補者・作品
葉室麟男58歳×各選考委員 
『秋月記』
年齢の説明
見方・注意点
選考委員 評価 行数 評言
浅田次郎
男57歳
21 「史実の脚色というのはことほどさように簡単ではないから、本作における跳躍力は相当の幅があろうかと思った。最大の難点は、作者の手癖ともいえる登場人物の多さである。ここまで数が多いと、心の動きを書く暇があるまい。」
北村薫
男59歳
43 「これが山本周五郎賞候補作であることに不思議な暗合を感じた。この物語が筑前の小藩を舞台にした『ながい坂』ともいえるからだ。」「いうまでもなく、『秋月記』は亜流の作品ではない。表現には全て型がある、ということだ。」「とはいえ、前を行く傑作を否応なしに連想させながら、それでも全く評価が落ちないのは、驚くべきことである。つまり、爽やかな達成がここにあるのだ。」「ただ、結びに近付くにつれ不自然さも出た。」
小池真理子
女56歳
18 「文章が端整で平易であることに好感をもった。」「だが、肝心の主人公の小四郎が昇進したあたりから、急激に物語が失速し、あらすじを追うだけで終わってしまった。」「史実に基づいて書かれた小説だからなのか、全体として、ストーリーを追うことばかりに囚われているのも気になった。」
重松清
男46歳
22 「爽やかで心地よい「青春」小説である。」「だが、序章や掉尾の場面を読むかぎり、物語の主題は、毀誉褒貶半ばする壮年期以降の小四郎の姿にこそあるのではないか? 描かれた物語と伝えたかった主題との間にズレが生じた。」
篠田節子
女53歳
30 「実のところ、ヒーロー間小四郎は、藩史においてはその専横ぶりを批判される、いわば悪役だ。そうした人物に光を当て、その業績を見直し、新たな人間像を構築しようとする作者の姿勢に敬意を表したい。」「忍者の末裔や男装の麗人が活躍する痛快時代劇より、清濁併せ呑む辣腕の行政官を描いた重厚な歴史小説を読みたかった、というのが正直なところだ。」
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他の候補作
白石一文
『この胸に深々と
突き刺さる矢を抜け』
池井戸潤
『オレたち花のバブル組』
恒川光太郎
『草祭』
道尾秀介
『鬼の跫音』
橋本紡
『もうすぐ』
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候補者・作品
道尾秀介男34歳×各選考委員 
『鬼の跫音』
年齢の説明
見方・注意点
選考委員 評価 行数 評言
浅田次郎
男57歳
38 「恒川光太郎氏との共通点を感じた。天賦の才は疑うべくもない。しかしその才能と技術との間に、いかんともしがたい懸隔がある。本来の個性であるところの明晳さが顕現しない。」「もうひとつ、両者の共通点と思えるものは、哲学の欠如であろうか。」「やはり哲学不在の相対的現象は、作者も読者も思惟することをやめて、文学を映像やゲームの代理行為とみなした結果なのではあるまいか。」
北村薫
男59歳
18 「統一感があり、仕上がり具合を含めてぶれが少ない。」「ただ、作者の巧みさを認めつつも、型通りのサプライズエンディングにならず、直線的に押してくれた方が感銘が深かったかと思う作もあった。無論、『犭(ケモノ)』のように、そこを越えたものもあった。」
小池真理子
女56歳
27 「耽美と幻想を主題にし、持ち前の文章力を活かして、前作よりも格段に優れたものになっていると感じられた。」「ただ、幻想の宇宙を自在に飛び回ろうとしながら、作者自身が現実世界の約束ごとにしばられるあまり、現実を意識し過ぎてしまったように見受けられた。」「現実と幻想とは分かちがたく一つのものである、という視点に立って書くことができれば、この分野でいっそう花開く人かもしれない。」
重松清
男46歳
45 「最初の投票で、僕は受賞作となった白石一文さんの作品とともに、(引用者中略)○をつけた。とても心地よく読み進めることのできる短編集だった。」「ただ、賞の選考者の端くれとして、やはり新鋭の作家には背伸びをしてほしいのだ。いまの自分の手には余りそうな大きな作品世界に挑んでほしいし、挑まずにはいられないのが作家のサガではないだろうか、とも(ややロマンチックに)思うのだ。」「最終投票では○を引っ込めることになった。」
篠田節子
女53歳
17 「一本一本に独特の感性の光る短編集だ。」「あらすじだけ見れば凄惨な話が多いが、なまじの現実感を排し、様式化されているために嫌悪感は抱かせない。ただしそうしたミステリーともホラーともつかない世界を極め、著者独自の美学を表現するには、文体も含めて、もうひと工夫が必要ではないか、という気がする。」
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他の候補作
白石一文
『この胸に深々と
突き刺さる矢を抜け』
池井戸潤
『オレたち花のバブル組』
恒川光太郎
『草祭』
葉室麟
『秋月記』
橋本紡
『もうすぐ』
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候補者・作品
橋本紡男41歳×各選考委員 
『もうすぐ』
年齢の説明
見方・注意点
選考委員 評価 行数 評言
浅田次郎
男57歳
44 「なにゆえ男性が女性の視点で小説を書かねばならぬのか、という哲学的問題はさておくとして、実は私にも経験はあるのだが、この手法はすこぶる難しい。たいしたもの、とほめたたえる理由はそれである。」「さりとて文学的評価は別物であろう。(引用者中略)たぶん仕事ぶりも速いのであろう、取材をしながら資料を読みながら、思いついた事柄をさほど選別せずにさっさと書いてしまっているように思える。」「小説とは何か、という根本的命題を、少くともこの作品については作者自身が理解していないように思えてならなかった。」
北村薫
男59歳
14 「多様な例を示すのにネット新聞という手を使ったのは、目新しいし、また的確である。それが仕事である主人公の物語に、層を重ねるように繋がるのもうまい。」「ただ、素材が多くなる中で、物語の形でより先まで読ませてほしいところは出て来た。」
小池真理子
女56歳
28 「なるほどよく調べられており、興味を惹かれるところも多々あったものの、全体として、女性誌的なデータをもとにして書かれた作品、という印象を否めなかった。」「せっかくの、ネット上での体験募集を物語仕立てにする、という面白い着想が、どこか軽々しいものに形を変えてしまっている。事象の表面を撫でさするだけで、人間の奥底深く、作者が切り込んでいけなかったからだろうと思う。」
重松清
男46歳
35 「個々の物語が有機的にからみあうことがないため、全体としては「当事者の内面をきちんととらえた良質のレポート集」の範疇にとどまってしまった。」「作者の訴えを支えられる強いエピソードや場面がないため、いきおい独白が間投詞付きの謳いあげる口調になってしまっているのではないか。」
篠田節子
女53歳
39 「ネット新聞の記者である女性が、産婦人科病院の医療事故を他のメディアとは異なる視点で追っていく、というメインストーリーは、主人公が取材した事例や主人公の日常的雑感の中に埋もれてしまい、小説としての骨格が失われている。」「一方、小説として作り込まず、取材原稿のような生々しい形で事例が提示され、行間から作者の温かく力強く声援が聞こえてくるからこそ、現実を前に迷っているある立場、ある層の読者を力づけ、勇気を与えるという側面も持つ。文学賞を受賞するというのとは異なる価値を持つ作品と言えるだろう。」
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他の候補作
白石一文
『この胸に深々と
突き刺さる矢を抜け』
池井戸潤
『オレたち花のバブル組』
恒川光太郎
『草祭』
葉室麟
『秋月記』
道尾秀介
『鬼の跫音』
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