第100回

第99回第101回

昭和63年/1988年下半期 平成1年/1989年1月12日決定発表／『文藝春秋』平成1年/1989年3月号選評掲載

選考委員　 水上勉 69歳 黒井千次 56歳 開高健 58歳 大庭みな子 58歳 吉行淳之介 64歳 日野啓三 59歳 河野多恵子 62歳 三浦哲郎 57歳 田久保英夫 60歳 古井由吉 51歳 選評総行数　 32 33 32 28 32 36 31 32 34 34 評 評 評 評 評 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 南木佳士　「ダイヤモンドダスト」 98枚 37歳 評 ◎ 15 ○ 7 ○ 15 ○ 7 ◎ 17 ○ 13 △ 13 ◎ 14 ○ 12 △ 13 李良枝　「由熙（ユヒ）」 175枚 33歳 評 □ 14 ◎ 18 □ 16 ◎ 13 ○ 17 ◎ 17 ◎ 15 △ 7 ■ 11 △ 14 司修　「バー螺旋のホステス笑子の周辺」 142枚 53歳 評 ― 0 △ 2 ― 0 △ 6 ― 0 △ 2 ― 0 ― 0 ― 0 ◎ 7 清水邦夫　「月潟鎌を買いにいく旅」 79枚 52歳 評 ○ 13 ○ 7 ― 0 △ 7 ○ 4 ― 0 ― 0 ◎ 13 ― 0 ― 0 吉本ばなな　「サンクチュアリ」 108枚 24歳 評 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ● 3 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 岩森道子　「香水蘭」 137枚 53歳 評 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 多田尋子　「単身者たち」 112枚 56歳 評 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 △ 2 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 大岡玲　「黄昏のストーム・シーディング」 183枚 30歳 評 ― 0 △ 1 ― 0 △ 3 ― 0 △ 3 ◎ 5 ― 0 ◎ 6 ― 0                     年齢/枚数の説明   見方・注意点

水上勉69歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題感想　総行数32　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 南木佳士 37歳 全 ◎ 15 「ぼくは「ダイヤモンドダスト」「月潟鎌を買いにいく旅」「由煕」の順に考えていた。」「看護士を主人公に、登場する人物がぜんぶ生きている。」「最後の水車づくりにまとめられてゆく、人の世の生のはなやぎというか、はかなさというか、病床描写は簡にして生彩を放っていた。」 李良枝 33歳 全 □ 14 「ぼくは「ダイヤモンドダスト」「月潟鎌を買いにいく旅」「由煕」の順に考えていた。」「重たい問題だが、ていねいな文体で迫る筆力は尋常でない、この作家の気質といっていいものに、圧倒された。」「授賞に賛成である。」 司修 53歳 全 ― 0   清水邦夫 52歳 全 ○ 13 「ぼくは「ダイヤモンドダスト」「月潟鎌を買いにいく旅」「由煕」の順に考えていた。」「前作の床屋の話よりもはるかによく、作為を見せないで仕上げてゆく手練にうなってしまった。行った先で、ばったり出あう諸人物が、いかにも自然だ。」「最後までこの作にこだわったが、僅かな票で敗れた。残念である。」 吉本ばなな 24歳 全 ― 0   岩森道子 53歳 全 ― 0   多田尋子 56歳 全 ― 0   大岡玲 30歳 全 ― 0     「今回は粒ぞろいだった。それぞれの世界を楽しく読んだ。」

他の選考委員 黒井千次 開高健 大庭みな子 吉行淳之介 日野啓三 河野多恵子 三浦哲郎 田久保英夫 古井由吉

黒井千次56歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題棘のある作品　総行数33　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 南木佳士 37歳 全 ○ 7 「完成度は他をぬきんでていた。医師の書く小説が、時として人間を患者ふうに扱う弊がありがちなのに対し、主人公を看護士に設定したのが成功のもとではなかったか。」 李良枝 33歳 全 ◎ 18 「候補作の八篇を読み、最も強い刺戟と手応えを覚えた」「日本と韓国との民族にまたがる問題を、個人のアイデンティティーの視野のもとに扱った作品は、李氏の以前の作品を含めて幾つか読んで来ているが、それが「言葉」の領域のドラマとしてこれほど鋭く突出した小説を他に識らない。由煕の痛々しい吃音性が、言葉というものの底深い肉体感を鮮烈に刻み上げている。」 司修 53歳 全 △ 2 「フォーヴを思わせる濁り絵のエネルギー（引用者中略）が印象に残った。」 清水邦夫 52歳 全 ○ 7 「前々回の候補作「ＢＡＲＢＥＲ・ニューはま」に比して格段に優れた好短篇だった。」「氏の戯曲とは全く異なる素材による小説を読んでみたいものだ、とふと感じた。」 吉本ばなな 24歳 全 ― 0   岩森道子 53歳 全 ― 0   多田尋子 56歳 全 ― 0   大岡玲 30歳 全 △ 1 「知的メルヘンの試みが印象に残った。」

他の選考委員 水上勉 開高健 大庭みな子 吉行淳之介 日野啓三 河野多恵子 三浦哲郎 田久保英夫 古井由吉

開高健58歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題祝杯を三度、四度　総行数32　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 南木佳士 37歳 全 ○ 15 「これまでのにくらべると一歩抜け出て新しい視野に立ったという印象である。欠陥はあるけれど全体によくバランスがとれたことがあるので気にならない。」「これまでこの人によく見られた偏執やのめりこみが昇華されて、地味だけれど好感の抱けるものがしみこみ、うまく漂い、苦労は無駄ではなかったと、よくわかった。」 李良枝 33歳 全 □ 16 「この作品は“作品”にしようとする努力がかえって分裂を招き、書きこめば書きこむだけ人物像が遠ざかるという失点を得てしまった。しかし、その努力がしぶとくねばっこく根がらみのものなので、さいごまで読まされる。日本の女流作家にない感性と気質があちらこちらに“固有なる”イメージを分泌し、それに衝突する抵抗感が魅力になっている。」 司修 53歳 全 ― 0   清水邦夫 52歳 全 ― 0   吉本ばなな 24歳 全 ― 0   岩森道子 53歳 全 ― 0   多田尋子 56歳 全 ― 0   大岡玲 30歳 全 ― 0

他の選考委員 水上勉 黒井千次 大庭みな子 吉行淳之介 日野啓三 河野多恵子 三浦哲郎 田久保英夫 古井由吉

大庭みな子58歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題重大な主題　総行数28　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 南木佳士 37歳 全 ○ 7 「ほとんど難点のないよい出来の作品である。古風とも言える方法でかなり大胆な夢想をさりげなく語っているところが光っている。」 李良枝 33歳 全 ◎ 13 「「言語」という非常に重大な主題を作品化して、ずっしりと手ごたえのある世界を創り出している。」「小説の仕組、筋立てについて言えば、いくつかの弱点もあるが、そうした箇所に目をつぶらせる力が、この作品にはある。」 司修 53歳 全 △ 6 「最早新人とは言い難い魅力のある作品である。」「デモーニッシュな迫力で、（引用者中略）既成の作家と競い合える力量を持っている。」 清水邦夫 52歳 全 △ 7 「最早新人とは言い難い魅力のある作品である。」「奇妙なおかしみと、肌に吸いつく独特な感じを小説世界に持ち込んで、既成の作家と競い合える力量を持っている。」 吉本ばなな 24歳 全 ― 0   岩森道子 53歳 全 ― 0   多田尋子 56歳 全 ― 0   大岡玲 30歳 全 △ 3 「若々しいはっとさせる表現が随所にあり、行きとどいた細やかな感性が次作を期待させる。」   「八本の作品は、それぞれにかなりの水準に達しているもので嬉しかった。」

他の選考委員 水上勉 黒井千次 開高健 吉行淳之介 日野啓三 河野多恵子 三浦哲郎 田久保英夫 古井由吉

吉行淳之介64歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題良い作品が受賞した　総行数32　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 南木佳士 37歳 全 ◎ 17 「私は（引用者中略）第一位（引用者中略）に置いていた」「最初から好感がもてる作風だったが、切れ味が悪かったり切りそこなったりしていた。切れ過ぎるナイフも困るが、前回の「エチオピアからの手紙」から、にわかに良くなった。」「後半、アメリカ人の宣教師が出てきて、これがとてもいい。」「地味だが文学の本筋をゆく作品」 李良枝 33歳 全 ○ 17 「私は（引用者中略・注：「月潟鎌を買いにいく旅」と）同じ第二位に置いていた」「この人の場合は最初から注目してきた。」「自分自身を韓国育ちの韓国人と在日同胞との二人に分けて描いたために、はっきり結論が出ているようでいて、書き手の心が揺れているのが分かる。しかし、それはそれでいい、これからもいろいろのものが出てきて、収穫となるだろう。」 司修 53歳 全 ― 0   清水邦夫 52歳 全 ○ 4 「私は（引用者中略・注：「由煕」と）同じ第二位に置いていた」 吉本ばなな 24歳 全 ― 0   岩森道子 53歳 全 ― 0   多田尋子 56歳 全 ― 0   大岡玲 30歳 全 ― 0     「最後には、三作（引用者注：「ダイヤモンドダスト」「月潟鎌を買いにいく旅」「由煕」）に投票することになった。かなり長くこの賞の委員をつとめているが、三作にたいしてははじめてのことだ。」

他の選考委員 水上勉 黒井千次 開高健 大庭みな子 日野啓三 河野多恵子 三浦哲郎 田久保英夫 古井由吉

日野啓三59歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題晒されて　総行数36　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 南木佳士 37歳 全 ○ 13 「（引用者注：「由煕」と共に）推した。この二作には外界の風の感触がある。」「“母なるもの”が急速に希薄化してゆく日本の現実に立ち向かっている。」「ただ文章そのものの魅力に幾分欠ける。」 李良枝 33歳 全 ◎ 17 「（引用者注：「ダイヤモンドダスト」と共に）推した。この二作には外界の風の感触がある。」「この作品の独自さは、韓国人女性の目を通して在日韓国人の姿を相対化しながら、既成の共同体感性を越えて生きるという普遍的な戦慄と魅惑を、呼び出したことにある。」「陰影と鋭さのあるいい文章だ、と私は感じた。」 司修 53歳 全 △ 2 「自我の解体状況（引用者中略）に、注目した。」 清水邦夫 52歳 全 ― 0   吉本ばなな 24歳 全 ● 3 「作者が小説的設定を強めるために人を殺しすぎる、という印象をもった。作中人物も自身の運命で死ぬ権利がある。」 岩森道子 53歳 全 ― 0   多田尋子 56歳 全 △ 2 「性を保証と錯覚しない新しい男女関係に、注目した。」 大岡玲 30歳 全 △ 3 「形而上的メルヘン性（引用者中略）に、注目した。」

他の選考委員 水上勉 黒井千次 開高健 大庭みな子 吉行淳之介 河野多恵子 三浦哲郎 田久保英夫 古井由吉

河野多恵子62歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題三作について　総行数31　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 南木佳士 37歳 全 △ 13 「完成度ということでは一番よく書けている。」「印象的な部分も幾つかあった。が、冴えているとは言い難い。評価された死や土地や農村の問題にしても、出てくる事柄や見方が決して私の承知していることばかりではないにも拘らず、次々にみな何となく、既に知っている気持にさせられてしまうのである。」 李良枝 33歳 全 ◎ 15 「（引用者注：「黄昏のストーム・シーディング」と共に）推した。」「ソウルの大学の留学生由煕と、彼女の下宿先の年上の娘〈私〉とに、作者の内部がほぼ七三くらいの割合いに配分されている。」「この作品で作者の書きたかったことを表現するのに、この配分の仕方は実に適切である。」「通読中、私は言葉の生理性をはじめ言葉の問題で幾様にも揺さぶりかけられた。」 司修 53歳 全 ― 0   清水邦夫 52歳 全 ― 0   吉本ばなな 24歳 全 ― 0   岩森道子 53歳 全 ― 0   多田尋子 56歳 全 ― 0   大岡玲 30歳 全 ◎ 5 「（引用者注：「由煕」と共に）推した。」「弱点の指摘と共に資質が大方の評価を受け、期待をもって今回は見送られた。その活々した抽象性の駆使の鮮やかさは、優れた才能の出現を思わせる。」

他の選考委員 水上勉 黒井千次 開高健 大庭みな子 吉行淳之介 日野啓三 三浦哲郎 田久保英夫 古井由吉

三浦哲郎57歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題南木と清水　総行数32　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 南木佳士 37歳 全 ◎ 14 「南木佳士氏と清水邦夫氏を推すつもりで選考会に出席した。」「変貌する別荘地の病院を中心にそこの自然と住人たちの生活を、リズミカルでしっとりと落ち着いた文章で厚み豊かに描き出すことに成功している。」「百回記念の芥川賞にふさわしい出色の作品だと思う。」 李良枝 33歳 全 △ 7 「この作者が荒々しいまでに攻撃的だった文体を捨てて説得力に富んだ冷静な文体を獲得しすっかり身につけていることをまず喜びたい。けれども、扱っている言語の問題が複雑なせいか、私はよく納得できない個所がすくなくなかった。」 司修 53歳 全 ― 0   清水邦夫 52歳 全 ◎ 13 「南木佳士氏と清水邦夫氏を推すつもりで選考会に出席した。」「纏まりと完成度という点ではこれまでで随一といっていいだろう。」「今度の作品の地の文はまことにきちんと書かれている。」「私は、清水氏の小説作品の代表作としてこれを推したが、惜しくも二票差で及ばなかった。」 吉本ばなな 24歳 全 ― 0   岩森道子 53歳 全 ― 0   多田尋子 56歳 全 ― 0   大岡玲 30歳 全 ― 0

他の選考委員 水上勉 黒井千次 開高健 大庭みな子 吉行淳之介 日野啓三 河野多恵子 田久保英夫 古井由吉

田久保英夫60歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題三つの作品　総行数34　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 南木佳士 37歳 全 ○ 12 「私は何より癌を病む米国人宣教師マイクと、主人公の父親松吉との交流に惹かれた。」「カリフォルニアの留学から戻った農家の娘や、看護士をつとめる主人公の妻の死の経緯など、いくつか描き方に隙間があるが、私はこの作者の生と死を貫く垂直な視線に、一票を入れた。」 李良枝 33歳 全 ■ 11 「異国間の血と文化の問題を、言葉の「音（ルビ：おん）」と息づきからとらえた感覚はまことに鮮かだ。」「この主題は政治の局面ぬきで、全民族の視野を含めて描くべきではないか、という疑問が残る。また由煕と「私」は、作者という一人の存在の分身の趣きがつよく、その結果、意図が鮮明に、露骨に出るわりに、人物の肉づけは薄い。」 司修 53歳 全 ― 0   清水邦夫 52歳 全 ― 0   吉本ばなな 24歳 全 ― 0   岩森道子 53歳 全 ― 0   多田尋子 56歳 全 ― 0   大岡玲 30歳 全 ◎ 6 「最も新鮮な魅力を感じた。」「文章は荒いが、作者にはテーゼから反措定へと働く徹底した内的な運動力があり、都市や海中を描く感性もゆたかだ。私はこういう作こそ、百回目の冒険に、と推したが、ほとんど賛同は得られなかった。」   「八編の候補作はボリュームたっぷりの力編が多く、容易に優劣がつけにくかった。」

他の選考委員 水上勉 黒井千次 開高健 大庭みな子 吉行淳之介 日野啓三 河野多恵子 三浦哲郎 古井由吉

古井由吉51歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題百回目は――　総行数34　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 南木佳士 37歳 全 △ 13 「佳い作品である。この作家の美質の、寒冷に冴えた感性が作中にゆるやかに行き渡り、神経の軋みがようやくおさまったという境地か。」「最後の、ある朝、水車が停まりまた人が死んだ、という感動の仕舞いは、どんなものか。この二つの死の、時差のほうに、せっかく表現に苦しむ者なら、力をかけるべきなのだ。」 李良枝 33歳 全 △ 14 「言語に病む人間の描出に一面からまともに立ち向かって、読み甲斐のある作品であった。」「しかし最後の部分で、在日韓国人の言語分裂の根もとへ、一人の生粋の韓国人を、仮構とは言いながら、人物さながら取りこんでしまった。これがあるために私はこの価値ある作品を、韓国語のために日本語のために、授賞作としては採らなかった。」 司修 53歳 全 ◎ 7 「手のこんだ達者の作品と誤解されたようだ。じつは羞恥と憤怒、そのあまりにシャイ、そのまたあまりに腰の重くならざるを得ないこころが、「花屋さん」という呼びかけを合図に、人を救うという喜劇の舞いを、重い腰のまま舞い出したのだ。」「私はこれを推した。」 清水邦夫 52歳 全 ― 0   吉本ばなな 24歳 全 ― 0   岩森道子 53歳 全 ― 0   多田尋子 56歳 全 ― 0   大岡玲 30歳 全 ― 0

他の選考委員 水上勉 黒井千次 開高健 大庭みな子 吉行淳之介 日野啓三 河野多恵子 三浦哲郎 田久保英夫

南木佳士37歳×各選考委員　 「ダイヤモンドダスト」 短篇 98枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 水上勉 69歳 全 ◎ 15 「ぼくは「ダイヤモンドダスト」「月潟鎌を買いにいく旅」「由煕」の順に考えていた。」「看護士を主人公に、登場する人物がぜんぶ生きている。」「最後の水車づくりにまとめられてゆく、人の世の生のはなやぎというか、はかなさというか、病床描写は簡にして生彩を放っていた。」 黒井千次 56歳 全 ○ 7 「完成度は他をぬきんでていた。医師の書く小説が、時として人間を患者ふうに扱う弊がありがちなのに対し、主人公を看護士に設定したのが成功のもとではなかったか。」 開高健 58歳 全 ○ 15 「これまでのにくらべると一歩抜け出て新しい視野に立ったという印象である。欠陥はあるけれど全体によくバランスがとれたことがあるので気にならない。」「これまでこの人によく見られた偏執やのめりこみが昇華されて、地味だけれど好感の抱けるものがしみこみ、うまく漂い、苦労は無駄ではなかったと、よくわかった。」 大庭みな子 58歳 全 ○ 7 「ほとんど難点のないよい出来の作品である。古風とも言える方法でかなり大胆な夢想をさりげなく語っているところが光っている。」 吉行淳之介 64歳 全 ◎ 17 「私は（引用者中略）第一位（引用者中略）に置いていた」「最初から好感がもてる作風だったが、切れ味が悪かったり切りそこなったりしていた。切れ過ぎるナイフも困るが、前回の「エチオピアからの手紙」から、にわかに良くなった。」「後半、アメリカ人の宣教師が出てきて、これがとてもいい。」「地味だが文学の本筋をゆく作品」 日野啓三 59歳 全 ○ 13 「（引用者注：「由煕」と共に）推した。この二作には外界の風の感触がある。」「“母なるもの”が急速に希薄化してゆく日本の現実に立ち向かっている。」「ただ文章そのものの魅力に幾分欠ける。」 河野多恵子 62歳 全 △ 13 「完成度ということでは一番よく書けている。」「印象的な部分も幾つかあった。が、冴えているとは言い難い。評価された死や土地や農村の問題にしても、出てくる事柄や見方が決して私の承知していることばかりではないにも拘らず、次々にみな何となく、既に知っている気持にさせられてしまうのである。」 三浦哲郎 57歳 全 ◎ 14 「南木佳士氏と清水邦夫氏を推すつもりで選考会に出席した。」「変貌する別荘地の病院を中心にそこの自然と住人たちの生活を、リズミカルでしっとりと落ち着いた文章で厚み豊かに描き出すことに成功している。」「百回記念の芥川賞にふさわしい出色の作品だと思う。」 田久保英夫 60歳 全 ○ 12 「私は何より癌を病む米国人宣教師マイクと、主人公の父親松吉との交流に惹かれた。」「カリフォルニアの留学から戻った農家の娘や、看護士をつとめる主人公の妻の死の経緯など、いくつか描き方に隙間があるが、私はこの作者の生と死を貫く垂直な視線に、一票を入れた。」 古井由吉 51歳 全 △ 13 「佳い作品である。この作家の美質の、寒冷に冴えた感性が作中にゆるやかに行き渡り、神経の軋みがようやくおさまったという境地か。」「最後の、ある朝、水車が停まりまた人が死んだ、という感動の仕舞いは、どんなものか。この二つの死の、時差のほうに、せっかく表現に苦しむ者なら、力をかけるべきなのだ。」

他の候補作 李良枝 「由熙（ユヒ）」 司修 「バー螺旋のホステス笑子の周辺」 清水邦夫 「月潟鎌を買いにいく旅」 吉本ばなな 「サンクチュアリ」 岩森道子 「香水蘭」 多田尋子 「単身者たち」 大岡玲 「黄昏のストーム・シーディング」

李良枝33歳×各選考委員　 「由熙（ユヒ）」 中篇 175枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 水上勉 69歳 全 □ 14 「ぼくは「ダイヤモンドダスト」「月潟鎌を買いにいく旅」「由煕」の順に考えていた。」「重たい問題だが、ていねいな文体で迫る筆力は尋常でない、この作家の気質といっていいものに、圧倒された。」「授賞に賛成である。」 黒井千次 56歳 全 ◎ 18 「候補作の八篇を読み、最も強い刺戟と手応えを覚えた」「日本と韓国との民族にまたがる問題を、個人のアイデンティティーの視野のもとに扱った作品は、李氏の以前の作品を含めて幾つか読んで来ているが、それが「言葉」の領域のドラマとしてこれほど鋭く突出した小説を他に識らない。由煕の痛々しい吃音性が、言葉というものの底深い肉体感を鮮烈に刻み上げている。」 開高健 58歳 全 □ 16 「この作品は“作品”にしようとする努力がかえって分裂を招き、書きこめば書きこむだけ人物像が遠ざかるという失点を得てしまった。しかし、その努力がしぶとくねばっこく根がらみのものなので、さいごまで読まされる。日本の女流作家にない感性と気質があちらこちらに“固有なる”イメージを分泌し、それに衝突する抵抗感が魅力になっている。」 大庭みな子 58歳 全 ◎ 13 「「言語」という非常に重大な主題を作品化して、ずっしりと手ごたえのある世界を創り出している。」「小説の仕組、筋立てについて言えば、いくつかの弱点もあるが、そうした箇所に目をつぶらせる力が、この作品にはある。」 吉行淳之介 64歳 全 ○ 17 「私は（引用者中略・注：「月潟鎌を買いにいく旅」と）同じ第二位に置いていた」「この人の場合は最初から注目してきた。」「自分自身を韓国育ちの韓国人と在日同胞との二人に分けて描いたために、はっきり結論が出ているようでいて、書き手の心が揺れているのが分かる。しかし、それはそれでいい、これからもいろいろのものが出てきて、収穫となるだろう。」 日野啓三 59歳 全 ◎ 17 「（引用者注：「ダイヤモンドダスト」と共に）推した。この二作には外界の風の感触がある。」「この作品の独自さは、韓国人女性の目を通して在日韓国人の姿を相対化しながら、既成の共同体感性を越えて生きるという普遍的な戦慄と魅惑を、呼び出したことにある。」「陰影と鋭さのあるいい文章だ、と私は感じた。」 河野多恵子 62歳 全 ◎ 15 「（引用者注：「黄昏のストーム・シーディング」と共に）推した。」「ソウルの大学の留学生由煕と、彼女の下宿先の年上の娘〈私〉とに、作者の内部がほぼ七三くらいの割合いに配分されている。」「この作品で作者の書きたかったことを表現するのに、この配分の仕方は実に適切である。」「通読中、私は言葉の生理性をはじめ言葉の問題で幾様にも揺さぶりかけられた。」 三浦哲郎 57歳 全 △ 7 「この作者が荒々しいまでに攻撃的だった文体を捨てて説得力に富んだ冷静な文体を獲得しすっかり身につけていることをまず喜びたい。けれども、扱っている言語の問題が複雑なせいか、私はよく納得できない個所がすくなくなかった。」 田久保英夫 60歳 全 ■ 11 「異国間の血と文化の問題を、言葉の「音（ルビ：おん）」と息づきからとらえた感覚はまことに鮮かだ。」「この主題は政治の局面ぬきで、全民族の視野を含めて描くべきではないか、という疑問が残る。また由煕と「私」は、作者という一人の存在の分身の趣きがつよく、その結果、意図が鮮明に、露骨に出るわりに、人物の肉づけは薄い。」 古井由吉 51歳 全 △ 14 「言語に病む人間の描出に一面からまともに立ち向かって、読み甲斐のある作品であった。」「しかし最後の部分で、在日韓国人の言語分裂の根もとへ、一人の生粋の韓国人を、仮構とは言いながら、人物さながら取りこんでしまった。これがあるために私はこの価値ある作品を、韓国語のために日本語のために、授賞作としては採らなかった。」

他の候補作 南木佳士 「ダイヤモンドダスト」 司修 「バー螺旋のホステス笑子の周辺」 清水邦夫 「月潟鎌を買いにいく旅」 吉本ばなな 「サンクチュアリ」 岩森道子 「香水蘭」 多田尋子 「単身者たち」 大岡玲 「黄昏のストーム・シーディング」

司修53歳×各選考委員　 「バー螺旋のホステス笑子の周辺」 短篇 142枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 水上勉 69歳 全 ― 0   黒井千次 56歳 全 △ 2 「フォーヴを思わせる濁り絵のエネルギー（引用者中略）が印象に残った。」 開高健 58歳 全 ― 0   大庭みな子 58歳 全 △ 6 「最早新人とは言い難い魅力のある作品である。」「デモーニッシュな迫力で、（引用者中略）既成の作家と競い合える力量を持っている。」 吉行淳之介 64歳 全 ― 0   日野啓三 59歳 全 △ 2 「自我の解体状況（引用者中略）に、注目した。」 河野多恵子 62歳 全 ― 0   三浦哲郎 57歳 全 ― 0   田久保英夫 60歳 全 ― 0   古井由吉 51歳 全 ◎ 7 「手のこんだ達者の作品と誤解されたようだ。じつは羞恥と憤怒、そのあまりにシャイ、そのまたあまりに腰の重くならざるを得ないこころが、「花屋さん」という呼びかけを合図に、人を救うという喜劇の舞いを、重い腰のまま舞い出したのだ。」「私はこれを推した。」

他の候補作 南木佳士 「ダイヤモンドダスト」 李良枝 「由熙（ユヒ）」 清水邦夫 「月潟鎌を買いにいく旅」 吉本ばなな 「サンクチュアリ」 岩森道子 「香水蘭」 多田尋子 「単身者たち」 大岡玲 「黄昏のストーム・シーディング」

清水邦夫52歳×各選考委員　 「月潟鎌を買いにいく旅」 短篇 79枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 水上勉 69歳 全 ○ 13 「ぼくは「ダイヤモンドダスト」「月潟鎌を買いにいく旅」「由煕」の順に考えていた。」「前作の床屋の話よりもはるかによく、作為を見せないで仕上げてゆく手練にうなってしまった。行った先で、ばったり出あう諸人物が、いかにも自然だ。」「最後までこの作にこだわったが、僅かな票で敗れた。残念である。」 黒井千次 56歳 全 ○ 7 「前々回の候補作「ＢＡＲＢＥＲ・ニューはま」に比して格段に優れた好短篇だった。」「氏の戯曲とは全く異なる素材による小説を読んでみたいものだ、とふと感じた。」 開高健 58歳 全 ― 0   大庭みな子 58歳 全 △ 7 「最早新人とは言い難い魅力のある作品である。」「奇妙なおかしみと、肌に吸いつく独特な感じを小説世界に持ち込んで、既成の作家と競い合える力量を持っている。」 吉行淳之介 64歳 全 ○ 4 「私は（引用者中略・注：「由煕」と）同じ第二位に置いていた」 日野啓三 59歳 全 ― 0   河野多恵子 62歳 全 ― 0   三浦哲郎 57歳 全 ◎ 13 「南木佳士氏と清水邦夫氏を推すつもりで選考会に出席した。」「纏まりと完成度という点ではこれまでで随一といっていいだろう。」「今度の作品の地の文はまことにきちんと書かれている。」「私は、清水氏の小説作品の代表作としてこれを推したが、惜しくも二票差で及ばなかった。」 田久保英夫 60歳 全 ― 0   古井由吉 51歳 全 ― 0

他の候補作 南木佳士 「ダイヤモンドダスト」 李良枝 「由熙（ユヒ）」 司修 「バー螺旋のホステス笑子の周辺」 吉本ばなな 「サンクチュアリ」 岩森道子 「香水蘭」 多田尋子 「単身者たち」 大岡玲 「黄昏のストーム・シーディング」

吉本ばなな24歳×各選考委員　 「サンクチュアリ」 短篇 108枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 水上勉 69歳 全 ― 0   黒井千次 56歳 全 ― 0   開高健 58歳 全 ― 0   大庭みな子 58歳 全 ― 0   吉行淳之介 64歳 全 ― 0   日野啓三 59歳 全 ● 3 「作者が小説的設定を強めるために人を殺しすぎる、という印象をもった。作中人物も自身の運命で死ぬ権利がある。」 河野多恵子 62歳 全 ― 0   三浦哲郎 57歳 全 ― 0   田久保英夫 60歳 全 ― 0   古井由吉 51歳 全 ― 0	他の候補作 南木佳士 「ダイヤモンドダスト」 李良枝 「由熙（ユヒ）」 司修 「バー螺旋のホステス笑子の周辺」 清水邦夫 「月潟鎌を買いにいく旅」 岩森道子 「香水蘭」 多田尋子 「単身者たち」 大岡玲 「黄昏のストーム・シーディング」

岩森道子53歳×各選考委員　 「香水蘭」 短篇 137枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 水上勉 69歳 全 ― 0   黒井千次 56歳 全 ― 0   開高健 58歳 全 ― 0   大庭みな子 58歳 全 ― 0   吉行淳之介 64歳 全 ― 0   日野啓三 59歳 全 ― 0   河野多恵子 62歳 全 ― 0   三浦哲郎 57歳 全 ― 0   田久保英夫 60歳 全 ― 0   古井由吉 51歳 全 ― 0	他の候補作 南木佳士 「ダイヤモンドダスト」 李良枝 「由熙（ユヒ）」 司修 「バー螺旋のホステス笑子の周辺」 清水邦夫 「月潟鎌を買いにいく旅」 吉本ばなな 「サンクチュアリ」 多田尋子 「単身者たち」 大岡玲 「黄昏のストーム・シーディング」

多田尋子56歳×各選考委員　 「単身者たち」 短篇 112枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 水上勉 69歳 全 ― 0   黒井千次 56歳 全 ― 0   開高健 58歳 全 ― 0   大庭みな子 58歳 全 ― 0   吉行淳之介 64歳 全 ― 0   日野啓三 59歳 全 △ 2 「性を保証と錯覚しない新しい男女関係に、注目した。」 河野多恵子 62歳 全 ― 0   三浦哲郎 57歳 全 ― 0   田久保英夫 60歳 全 ― 0   古井由吉 51歳 全 ― 0	他の候補作 南木佳士 「ダイヤモンドダスト」 李良枝 「由熙（ユヒ）」 司修 「バー螺旋のホステス笑子の周辺」 清水邦夫 「月潟鎌を買いにいく旅」 吉本ばなな 「サンクチュアリ」 岩森道子 「香水蘭」 大岡玲 「黄昏のストーム・シーディング」

大岡玲30歳×各選考委員　 「黄昏のストーム・シーディング」 中篇 183枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 水上勉 69歳 全 ― 0   黒井千次 56歳 全 △ 1 「知的メルヘンの試みが印象に残った。」 開高健 58歳 全 ― 0   大庭みな子 58歳 全 △ 3 「若々しいはっとさせる表現が随所にあり、行きとどいた細やかな感性が次作を期待させる。」 吉行淳之介 64歳 全 ― 0   日野啓三 59歳 全 △ 3 「形而上的メルヘン性（引用者中略）に、注目した。」 河野多恵子 62歳 全 ◎ 5 「（引用者注：「由煕」と共に）推した。」「弱点の指摘と共に資質が大方の評価を受け、期待をもって今回は見送られた。その活々した抽象性の駆使の鮮やかさは、優れた才能の出現を思わせる。」 三浦哲郎 57歳 全 ― 0   田久保英夫 60歳 全 ◎ 6 「最も新鮮な魅力を感じた。」「文章は荒いが、作者にはテーゼから反措定へと働く徹底した内的な運動力があり、都市や海中を描く感性もゆたかだ。私はこういう作こそ、百回目の冒険に、と推したが、ほとんど賛同は得られなかった。」 古井由吉 51歳 全 ― 0

他の候補作 南木佳士 「ダイヤモンドダスト」 李良枝 「由熙（ユヒ）」 司修 「バー螺旋のホステス笑子の周辺」 清水邦夫 「月潟鎌を買いにいく旅」 吉本ばなな 「サンクチュアリ」 岩森道子 「香水蘭」 多田尋子 「単身者たち」