第107回

第106回第108回

平成4年/1992年上半期 平成4年/1992年7月15日決定発表／『文藝春秋』平成4年/1992年9月号選評掲載

選考委員　 大庭みな子 61歳 大江健三郎 57歳 黒井千次 60歳 河野多恵子 66歳 吉行淳之介 68歳 古井由吉 54歳 日野啓三 63歳 田久保英夫 64歳 丸谷才一 66歳 三浦哲郎 61歳 選評総行数　 27 33 36 32 33 33 32 39 33 34 評 評 評 評 評 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 藤原智美　「運転士」 127枚 36歳 評 △ 11 ○ 11 ○ 20 ◎ 19 △ 23 △ 29 ■ 6 ◎ 28 ○ 25 □ 15 野中柊　「アンダーソン家のヨメ」 248枚 27歳 評 ― 0 ■ 9 △ 11 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 村上政彦　「量子のベルカント」 158枚 33歳 評 ― 0 ■ 8 ― 0 ― 0 ○ 10 □ 16 ■ 4 △ 9 ― 0 ― 0 塩野米松　「昔の地図」 103枚 45歳 評 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ■ 3 ― 0 ― 0 △ 3 鷺沢萠　「ほんとうの夏」 144枚 24歳 評 ― 0 △ 3 △ 4 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ・ 2 △ 8 ― 0 多和田葉子　「ペルソナ」 96枚 32歳 評 ○ 9 ■ 9 △ 12 △ 2 ― 0 ― 0 ◎ 14 ・ 2 ― 0 □ 12 安斎あざみ　「樹木内侵入臨床士」 81枚 (28歳) 評 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ■ 13 ■ 4 ― 0 ― 0 ― 0                     年齢/枚数の説明   見方・注意点

大庭みな子61歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題奥にあるもの　総行数27　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 藤原智美 36歳 全 △ 11 「運転士は女の入っている旅行鞄をいつも持ち歩いているが、〈鞄だ。いつも最後はあの鞄になってしまう。自分の頭の中を他人に覗かれでもしたら、どんなに嫌だろうな〉と感じている。現代の生活者には妙なリアリティがある。」 野中柊 27歳 全 ― 0   村上政彦 33歳 全 ― 0   塩野米松 45歳 全 ― 0   鷺沢萠 24歳 全 ― 0   多和田葉子 32歳 全 ○ 9 「人がそれぞれに全然べつのことを考えている、ということがよくわかる小説である。散乱している台詞はちぐはぐな寂しいものばかりで、それがその人の背後にかかえている世界の手ざわりになっている。」「今回は及ばなかったけれど、それぞれの背後にあるくろぐろとしたものが絡み合って動き出せば、力強い不気味なものになるだろう。」 安斎あざみ (28歳) 全 ― 0

他の選考委員 大江健三郎 黒井千次 河野多恵子 吉行淳之介 古井由吉 日野啓三 田久保英夫 丸谷才一 三浦哲郎

大江健三郎57歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題出発進行！　総行数33　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 藤原智美 36歳 全 ○ 11 「文体はまだ揺れているし、未熟で月並な形容句を繰りだすことも気にかけない。ところが小説はしっかりと進行して、名前もない人物が切実な体温をつたえはじめるのだ。」「この伝統ある賞が、次はどの駅にとまるとも知れぬ、しかし馬力は確実な書き手に賭けることに賛成する。」 野中柊 27歳 全 ■ 9 「かつてなく個性あきらかなアメリカ市民たちを生きいきと語っている。」「自分の小説の文体を発明して使いこなす技量では、（引用者中略・注：「ペルソナ」と共に）トップを走っていた。ところがそれぞれのやり方で入念に仕立てられた舞台と人物が、それから本当には動かない。」 村上政彦 33歳 全 ■ 8 「候補作ごとに実力を示してきた。それだけに、どのような素材を書いても水準に達していながら、本当の鉱脈を掘りあてていない不燃焼の思いが残る。」 塩野米松 45歳 全 ― 0   鷺沢萠 24歳 全 △ 3 「しっかりと葉を茂らせる冬芽をかためてゆく日々を、いちいち納得しながら進んでいる。それ自体が表現的だ。」 多和田葉子 32歳 全 ■ 9 「ドイツで暮す日本人たちと異邦人の関係がくっきり書き記されている。」「自分の小説の文体を発明して使いこなす技量では、（引用者中略・注：「アンダーソン家のヨメ」と共に）トップを走っていた。ところがそれぞれのやり方で入念に仕立てられた舞台と人物が、それから本当には動かない。」 安斎あざみ (28歳) 全 ― 0

他の選考委員 大庭みな子 黒井千次 河野多恵子 吉行淳之介 古井由吉 日野啓三 田久保英夫 丸谷才一 三浦哲郎

黒井千次60歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題地下の夢　総行数36　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 藤原智美 36歳 全 ○ 20 「地下鉄の運転という仕事そのものを土台にして書かれている点が新鮮である。」「どこか切実で何やら滑稽でもある二十五歳の男の姿が、現代人の影絵のように見えて来る。地下世界への注目が、車輌運転という具体的な作業を手がかりにして結実し、いかにも新人らしい初々しい作品の誕生したことを喜びたい。」 野中柊 27歳 全 △ 11 「印象に残った。」「アメリカ人と結婚した日本人女性が相手の家族に対して奮闘する光景に力強さはあるものの、全体が平板に流れ、主題を深めきれなかったことが惜しまれる。」 村上政彦 33歳 全 ― 0   塩野米松 45歳 全 ― 0   鷺沢萠 24歳 全 △ 4 「（引用者注：「アンダーソン家のヨメ」「ペルソナ」と共に）民族や人種の問題を意識した活気ある作品が近く現れるのではないか、との期待を抱いている。」 多和田葉子 32歳 全 △ 12 「印象に残った。」「重い珠質が感じられる。」「能面を着けて街に出る結末の扱いには疑問を覚える。」 安斎あざみ (28歳) 全 ― 0

他の選考委員 大庭みな子 大江健三郎 河野多恵子 吉行淳之介 古井由吉 日野啓三 田久保英夫 丸谷才一 三浦哲郎

河野多恵子66歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題『運転士』を推す　総行数32　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 藤原智美 36歳 全 ◎ 19 「積極的にして、全く衒い心のない、すぐれた作品であった。」「この主人公には、往年の小説の人物のキャラクターとは異なるキャラクターが備わっている。このように抽象的に捉えられることで初めて表現され得る現代の新しい様ざまのキャラクターの存在を想像させられもした。現代短編小説の魅力の横溢する、充実した作品が受賞作に得られて幸いである。」 野中柊 27歳 全 ― 0   村上政彦 33歳 全 ― 0   塩野米松 45歳 全 ― 0   鷺沢萠 24歳 全 ― 0   多和田葉子 32歳 全 △ 2 「（引用者注：受賞作以外では）最も今後の期待を覚えた。」 安斎あざみ (28歳) 全 ― 0     「また小説を書くうえで、非常に大切なことは、衒い心の自戒であろう。その作品で生かそうとしている自分の体験なり、認識なり、創作理論なり、着想なりを衒う心が（恐らく無意識のうちに）生じると、よい作品になる可能性は失われてしまう。」「候補作のうちの数編はそういう作品だったことを記しておく。」

他の選考委員 大庭みな子 大江健三郎 黒井千次 吉行淳之介 古井由吉 日野啓三 田久保英夫 丸谷才一 三浦哲郎

吉行淳之介68歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題感想　総行数33　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 藤原智美 36歳 全 △ 23 「私にとって地下の隧道全部が官能のにおいを放ち、大きな事故の予感まで官能的で、そこが面白かった。この作品には、予想以上の票が集まった。」 野中柊 27歳 全 ― 0   村上政彦 33歳 全 ○ 10 「以前の候補作の「ナイスボール」が印象に残っていた。」「今回は、全体にわたって力が入っていたが、安定感ができたといえよう。繊細な音の採集からはじまって、複雑な話をよく調べまとめ上げていた。しかし、十分な票が集まらなかった。それにしても、「量子のベルカント」という題名と、頻出する「紗也」という人名とは、どうにかならなかったものか。」 塩野米松 45歳 全 ― 0   鷺沢萠 24歳 全 ― 0   多和田葉子 32歳 全 ― 0   安斎あざみ (28歳) 全 ― 0	他の選考委員 大庭みな子 大江健三郎 黒井千次 河野多恵子 古井由吉 日野啓三 田久保英夫 丸谷才一 三浦哲郎

古井由吉54歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題無機的なものをくぐって　総行数33　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 藤原智美 36歳 全 △ 29 「（引用者注：「量子のベルカント」「樹木内侵入臨床士」と共に）従来の小説観からすれば無機的、あるいは非人格的にならざるを得ないと危惧されるような題材、環境、態度をあえてくぐろうとしている。」「無機的な整合の世界と、それで内面を支える人物へ綿密に付いて、それによって作品の情念のボルテージをじわじわと高めた、「運転士」のほうが（引用者注：「量子のベルカント」より）やはり一枚上か。」 野中柊 27歳 全 ― 0   村上政彦 33歳 全 □ 16 「（引用者注：「量子のベルカント」「樹木内侵入臨床士」と共に）従来の小説観からすれば無機的、あるいは非人格的にならざるを得ないと危惧されるような題材、環境、態度をあえてくぐろうとしている。」「私としては、音の脅迫にたいしてずいぶん闊達な態度を守って、救いらしきところへ浮上した「量子のベルカント」に惹かれた」 塩野米松 45歳 全 ― 0   鷺沢萠 24歳 全 ― 0   多和田葉子 32歳 全 ― 0   安斎あざみ (28歳) 全 ■ 13 「（引用者注：「量子のベルカント」「樹木内侵入臨床士」と共に）従来の小説観からすれば無機的、あるいは非人格的にならざるを得ないと危惧されるような題材、環境、態度をあえてくぐろうとしている。」

他の選考委員 大庭みな子 大江健三郎 黒井千次 河野多恵子 吉行淳之介 日野啓三 田久保英夫 丸谷才一 三浦哲郎

日野啓三63歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題「ペルソナ」の文体　総行数32　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 藤原智美 36歳 全 ■ 6 「最初から異例に高得点を得たことは、私には率直にいって意外だった。」「機械と人間の関係の感覚が私には古風に感じられる。機械と人間との身体的、神経的関係は、もっと妖しく微妙なものに変質しつつある気がする。」 野中柊 27歳 全 ― 0   村上政彦 33歳 全 ■ 4 「（引用者注：「樹木内侵入臨床士」と共に）アイディアはおもしろいが、文章が説明的であって文章自体が招き寄せて開く文学的ダイゴ味に欠けるように思った。」 塩野米松 45歳 全 ■ 3 「部分的に良いイメージがあるのだが、全体としてこぢんまりとまとまり過ぎだ。」 鷺沢萠 24歳 全 ― 0   多和田葉子 32歳 全 ◎ 14 「最初はとくに印象強くなかったのに再読しながら、細かな陰影の豊かさに驚いた（最初はいったい何を読んでいたんだ）。」「この作者は独得の文体をもっていると思った。」「外国で異質のものにさらされての違和感ないし怯えが、自分という存在への違和感とうまく重なっている。この文章はこれから小説を書けると感じた。」 安斎あざみ (28歳) 全 ■ 4 「（引用者注：「量子のベルカント」と共に）アイディアはおもしろいが、文章が説明的であって文章自体が招き寄せて開く文学的ダイゴ味に欠けるように思った。」

他の選考委員 大庭みな子 大江健三郎 黒井千次 河野多恵子 吉行淳之介 古井由吉 田久保英夫 丸谷才一 三浦哲郎

田久保英夫64歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題レールの彼方　総行数39　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 藤原智美 36歳 全 ◎ 28 「今日の小説表現の世界で、いささか間隙をつかれるような思いがした。」「彼（引用者注：主人公の運転士）が地上から地下へ光と闇の間を走行するうち、そうした具体そのものの生活が、しだいに奥行も拡がりもある抽象の気配を帯びてくる。これは現代小説の当面する写実と抽象との間に、今まであまり眼をむけなかったような橋を架ける試みだ。」「作家としてはまだ未知数で、冒険の気味はあるが、それでも芥川賞はこういう新人にふさわしい、と思う。」 野中柊 27歳 全 ― 0   村上政彦 33歳 全 △ 9 「（引用者注：「運転士」に次いで）注目した。」「音響を通して万象の始源に迫ろうとする。」「生活の中の音に徹底し、小説的イメージに転換する力を感じた。ただ最後の出産シーンで、私は赤ん坊が生れたと見たが、死産なのかどうか、もっと明確に示す必要があろう。」 塩野米松 45歳 全 ― 0   鷺沢萠 24歳 全 ・ 2 「触れたかったが、紙幅がつきた。」 多和田葉子 32歳 全 ・ 2 「触れたかったが、紙幅がつきた。」 安斎あざみ (28歳) 全 ― 0

他の選考委員 大庭みな子 大江健三郎 黒井千次 河野多恵子 吉行淳之介 古井由吉 日野啓三 丸谷才一 三浦哲郎

丸谷才一66歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題何か健気な感じ　総行数33　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 藤原智美 36歳 全 ○ 25 「小説といふよりはむしろスケッチに近い作柄だが、これはこれでよい。」「まづ目につくものは、車輌といふ無機的なものを相手にしてゐるため、一体に鉱物的な材質感がつきまとふことである。しかし作品全体の肌合ひは冷たくない。実はこれが急所である。」「この主人公の名前は紹介されてゐない。その点では抽象的な人格である。しかし名前を知らないで、かへつてこの青年への親愛感が強まるのは、おもしろい工夫だつた。」 野中柊 27歳 全 ― 0   村上政彦 33歳 全 ― 0   塩野米松 45歳 全 ― 0   鷺沢萠 24歳 全 △ 8 「本質的には、これは分裂した自己の物語になるはずだつたが、それをつきつめるにしては、この作家はありきたりの型の小説作法に習熟し過ぎてゐた。」 多和田葉子 32歳 全 ― 0   安斎あざみ (28歳) 全 ― 0

他の選考委員 大庭みな子 大江健三郎 黒井千次 河野多恵子 吉行淳之介 古井由吉 日野啓三 田久保英夫 三浦哲郎

三浦哲郎61歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題感想　総行数34　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 藤原智美 36歳 全 □ 15 「自分としては受賞作なしだが、もし藤原作品と多和田作品を強く推す委員がいたら、同調してもいいというつもりで選考会に出た。」「未知の世界がくわしく描かれているだけに、強い好奇心をもって面白く読んだ」「ただし、前半部分のところどころに〈　〉で挿入してある主人公の気取った感慨のいくつかは、なくもがなだろう。」 野中柊 27歳 全 ― 0   村上政彦 33歳 全 ― 0   塩野米松 45歳 全 △ 3 「新人賞の候補作には不適当だろうが、よく出来た作品であった。読後、私は郷愁にひたるひとときを得た。ありがとう。」 鷺沢萠 24歳 全 ― 0   多和田葉子 32歳 全 □ 12 「自分としては受賞作なしだが、もし藤原作品と多和田作品を強く推す委員がいたら、同調してもいいというつもりで選考会に出た。」「豊かな才能を感じた。」「とても良質の文章なのだが、〈のだった〉という語尾がおびただしいのは、なぜだろう。」「欲を出しすぎて、作品全体が散漫になっているところが難点だろう。」 安斎あざみ (28歳) 全 ― 0     「作品としては図抜けたものが見当らなかった。」「どの作品にも、非常に好ましい部分があるかと思えば、見過ごすことのできない欠点もある。」

他の選考委員 大庭みな子 大江健三郎 黒井千次 河野多恵子 吉行淳之介 古井由吉 日野啓三 田久保英夫 丸谷才一

藤原智美36歳×各選考委員　 「運転士」 短篇 127枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 大庭みな子 61歳 全 △ 11 「運転士は女の入っている旅行鞄をいつも持ち歩いているが、〈鞄だ。いつも最後はあの鞄になってしまう。自分の頭の中を他人に覗かれでもしたら、どんなに嫌だろうな〉と感じている。現代の生活者には妙なリアリティがある。」 大江健三郎 57歳 全 ○ 11 「文体はまだ揺れているし、未熟で月並な形容句を繰りだすことも気にかけない。ところが小説はしっかりと進行して、名前もない人物が切実な体温をつたえはじめるのだ。」「この伝統ある賞が、次はどの駅にとまるとも知れぬ、しかし馬力は確実な書き手に賭けることに賛成する。」 黒井千次 60歳 全 ○ 20 「地下鉄の運転という仕事そのものを土台にして書かれている点が新鮮である。」「どこか切実で何やら滑稽でもある二十五歳の男の姿が、現代人の影絵のように見えて来る。地下世界への注目が、車輌運転という具体的な作業を手がかりにして結実し、いかにも新人らしい初々しい作品の誕生したことを喜びたい。」 河野多恵子 66歳 全 ◎ 19 「積極的にして、全く衒い心のない、すぐれた作品であった。」「この主人公には、往年の小説の人物のキャラクターとは異なるキャラクターが備わっている。このように抽象的に捉えられることで初めて表現され得る現代の新しい様ざまのキャラクターの存在を想像させられもした。現代短編小説の魅力の横溢する、充実した作品が受賞作に得られて幸いである。」 吉行淳之介 68歳 全 △ 23 「私にとって地下の隧道全部が官能のにおいを放ち、大きな事故の予感まで官能的で、そこが面白かった。この作品には、予想以上の票が集まった。」 古井由吉 54歳 全 △ 29 「（引用者注：「量子のベルカント」「樹木内侵入臨床士」と共に）従来の小説観からすれば無機的、あるいは非人格的にならざるを得ないと危惧されるような題材、環境、態度をあえてくぐろうとしている。」「無機的な整合の世界と、それで内面を支える人物へ綿密に付いて、それによって作品の情念のボルテージをじわじわと高めた、「運転士」のほうが（引用者注：「量子のベルカント」より）やはり一枚上か。」 日野啓三 63歳 全 ■ 6 「最初から異例に高得点を得たことは、私には率直にいって意外だった。」「機械と人間の関係の感覚が私には古風に感じられる。機械と人間との身体的、神経的関係は、もっと妖しく微妙なものに変質しつつある気がする。」 田久保英夫 64歳 全 ◎ 28 「今日の小説表現の世界で、いささか間隙をつかれるような思いがした。」「彼（引用者注：主人公の運転士）が地上から地下へ光と闇の間を走行するうち、そうした具体そのものの生活が、しだいに奥行も拡がりもある抽象の気配を帯びてくる。これは現代小説の当面する写実と抽象との間に、今まであまり眼をむけなかったような橋を架ける試みだ。」「作家としてはまだ未知数で、冒険の気味はあるが、それでも芥川賞はこういう新人にふさわしい、と思う。」 丸谷才一 66歳 全 ○ 25 「小説といふよりはむしろスケッチに近い作柄だが、これはこれでよい。」「まづ目につくものは、車輌といふ無機的なものを相手にしてゐるため、一体に鉱物的な材質感がつきまとふことである。しかし作品全体の肌合ひは冷たくない。実はこれが急所である。」「この主人公の名前は紹介されてゐない。その点では抽象的な人格である。しかし名前を知らないで、かへつてこの青年への親愛感が強まるのは、おもしろい工夫だつた。」 三浦哲郎 61歳 全 □ 15 「自分としては受賞作なしだが、もし藤原作品と多和田作品を強く推す委員がいたら、同調してもいいというつもりで選考会に出た。」「未知の世界がくわしく描かれているだけに、強い好奇心をもって面白く読んだ」「ただし、前半部分のところどころに〈　〉で挿入してある主人公の気取った感慨のいくつかは、なくもがなだろう。」

他の候補作 野中柊 「アンダーソン家のヨメ」 村上政彦 「量子のベルカント」 塩野米松 「昔の地図」 鷺沢萠 「ほんとうの夏」 多和田葉子 「ペルソナ」 安斎あざみ 「樹木内侵入臨床士」

野中柊27歳×各選考委員　 「アンダーソン家のヨメ」 中篇 248枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 大庭みな子 61歳 全 ― 0   大江健三郎 57歳 全 ■ 9 「かつてなく個性あきらかなアメリカ市民たちを生きいきと語っている。」「自分の小説の文体を発明して使いこなす技量では、（引用者中略・注：「ペルソナ」と共に）トップを走っていた。ところがそれぞれのやり方で入念に仕立てられた舞台と人物が、それから本当には動かない。」 黒井千次 60歳 全 △ 11 「印象に残った。」「アメリカ人と結婚した日本人女性が相手の家族に対して奮闘する光景に力強さはあるものの、全体が平板に流れ、主題を深めきれなかったことが惜しまれる。」 河野多恵子 66歳 全 ― 0   吉行淳之介 68歳 全 ― 0   古井由吉 54歳 全 ― 0   日野啓三 63歳 全 ― 0   田久保英夫 64歳 全 ― 0   丸谷才一 66歳 全 ― 0   三浦哲郎 61歳 全 ― 0	他の候補作 藤原智美 「運転士」 村上政彦 「量子のベルカント」 塩野米松 「昔の地図」 鷺沢萠 「ほんとうの夏」 多和田葉子 「ペルソナ」 安斎あざみ 「樹木内侵入臨床士」

村上政彦33歳×各選考委員　 「量子のベルカント」 中篇 158枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 大庭みな子 61歳 全 ― 0   大江健三郎 57歳 全 ■ 8 「候補作ごとに実力を示してきた。それだけに、どのような素材を書いても水準に達していながら、本当の鉱脈を掘りあてていない不燃焼の思いが残る。」 黒井千次 60歳 全 ― 0   河野多恵子 66歳 全 ― 0   吉行淳之介 68歳 全 ○ 10 「以前の候補作の「ナイスボール」が印象に残っていた。」「今回は、全体にわたって力が入っていたが、安定感ができたといえよう。繊細な音の採集からはじまって、複雑な話をよく調べまとめ上げていた。しかし、十分な票が集まらなかった。それにしても、「量子のベルカント」という題名と、頻出する「紗也」という人名とは、どうにかならなかったものか。」 古井由吉 54歳 全 □ 16 「（引用者注：「量子のベルカント」「樹木内侵入臨床士」と共に）従来の小説観からすれば無機的、あるいは非人格的にならざるを得ないと危惧されるような題材、環境、態度をあえてくぐろうとしている。」「私としては、音の脅迫にたいしてずいぶん闊達な態度を守って、救いらしきところへ浮上した「量子のベルカント」に惹かれた」 日野啓三 63歳 全 ■ 4 「（引用者注：「樹木内侵入臨床士」と共に）アイディアはおもしろいが、文章が説明的であって文章自体が招き寄せて開く文学的ダイゴ味に欠けるように思った。」 田久保英夫 64歳 全 △ 9 「（引用者注：「運転士」に次いで）注目した。」「音響を通して万象の始源に迫ろうとする。」「生活の中の音に徹底し、小説的イメージに転換する力を感じた。ただ最後の出産シーンで、私は赤ん坊が生れたと見たが、死産なのかどうか、もっと明確に示す必要があろう。」 丸谷才一 66歳 全 ― 0   三浦哲郎 61歳 全 ― 0

他の候補作 藤原智美 「運転士」 野中柊 「アンダーソン家のヨメ」 塩野米松 「昔の地図」 鷺沢萠 「ほんとうの夏」 多和田葉子 「ペルソナ」 安斎あざみ 「樹木内侵入臨床士」

塩野米松45歳×各選考委員　 「昔の地図」 短篇 103枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 大庭みな子 61歳 全 ― 0   大江健三郎 57歳 全 ― 0   黒井千次 60歳 全 ― 0   河野多恵子 66歳 全 ― 0   吉行淳之介 68歳 全 ― 0   古井由吉 54歳 全 ― 0   日野啓三 63歳 全 ■ 3 「部分的に良いイメージがあるのだが、全体としてこぢんまりとまとまり過ぎだ。」 田久保英夫 64歳 全 ― 0   丸谷才一 66歳 全 ― 0   三浦哲郎 61歳 全 △ 3 「新人賞の候補作には不適当だろうが、よく出来た作品であった。読後、私は郷愁にひたるひとときを得た。ありがとう。」	他の候補作 藤原智美 「運転士」 野中柊 「アンダーソン家のヨメ」 村上政彦 「量子のベルカント」 鷺沢萠 「ほんとうの夏」 多和田葉子 「ペルソナ」 安斎あざみ 「樹木内侵入臨床士」

鷺沢萠24歳×各選考委員　 「ほんとうの夏」 短篇 144枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 大庭みな子 61歳 全 ― 0   大江健三郎 57歳 全 △ 3 「しっかりと葉を茂らせる冬芽をかためてゆく日々を、いちいち納得しながら進んでいる。それ自体が表現的だ。」 黒井千次 60歳 全 △ 4 「（引用者注：「アンダーソン家のヨメ」「ペルソナ」と共に）民族や人種の問題を意識した活気ある作品が近く現れるのではないか、との期待を抱いている。」 河野多恵子 66歳 全 ― 0   吉行淳之介 68歳 全 ― 0   古井由吉 54歳 全 ― 0   日野啓三 63歳 全 ― 0   田久保英夫 64歳 全 ・ 2 「触れたかったが、紙幅がつきた。」 丸谷才一 66歳 全 △ 8 「本質的には、これは分裂した自己の物語になるはずだつたが、それをつきつめるにしては、この作家はありきたりの型の小説作法に習熟し過ぎてゐた。」 三浦哲郎 61歳 全 ― 0	他の候補作 藤原智美 「運転士」 野中柊 「アンダーソン家のヨメ」 村上政彦 「量子のベルカント」 塩野米松 「昔の地図」 多和田葉子 「ペルソナ」 安斎あざみ 「樹木内侵入臨床士」

多和田葉子32歳×各選考委員　 「ペルソナ」 短篇 96枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 大庭みな子 61歳 全 ○ 9 「人がそれぞれに全然べつのことを考えている、ということがよくわかる小説である。散乱している台詞はちぐはぐな寂しいものばかりで、それがその人の背後にかかえている世界の手ざわりになっている。」「今回は及ばなかったけれど、それぞれの背後にあるくろぐろとしたものが絡み合って動き出せば、力強い不気味なものになるだろう。」 大江健三郎 57歳 全 ■ 9 「ドイツで暮す日本人たちと異邦人の関係がくっきり書き記されている。」「自分の小説の文体を発明して使いこなす技量では、（引用者中略・注：「アンダーソン家のヨメ」と共に）トップを走っていた。ところがそれぞれのやり方で入念に仕立てられた舞台と人物が、それから本当には動かない。」 黒井千次 60歳 全 △ 12 「印象に残った。」「重い珠質が感じられる。」「能面を着けて街に出る結末の扱いには疑問を覚える。」 河野多恵子 66歳 全 △ 2 「（引用者注：受賞作以外では）最も今後の期待を覚えた。」 吉行淳之介 68歳 全 ― 0   古井由吉 54歳 全 ― 0   日野啓三 63歳 全 ◎ 14 「最初はとくに印象強くなかったのに再読しながら、細かな陰影の豊かさに驚いた（最初はいったい何を読んでいたんだ）。」「この作者は独得の文体をもっていると思った。」「外国で異質のものにさらされての違和感ないし怯えが、自分という存在への違和感とうまく重なっている。この文章はこれから小説を書けると感じた。」 田久保英夫 64歳 全 ・ 2 「触れたかったが、紙幅がつきた。」 丸谷才一 66歳 全 ― 0   三浦哲郎 61歳 全 □ 12 「自分としては受賞作なしだが、もし藤原作品と多和田作品を強く推す委員がいたら、同調してもいいというつもりで選考会に出た。」「豊かな才能を感じた。」「とても良質の文章なのだが、〈のだった〉という語尾がおびただしいのは、なぜだろう。」「欲を出しすぎて、作品全体が散漫になっているところが難点だろう。」

他の候補作 藤原智美 「運転士」 野中柊 「アンダーソン家のヨメ」 村上政彦 「量子のベルカント」 塩野米松 「昔の地図」 鷺沢萠 「ほんとうの夏」 安斎あざみ 「樹木内侵入臨床士」

安斎あざみ(28歳)×各選考委員　 「樹木内侵入臨床士」 短篇 81枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 大庭みな子 61歳 全 ― 0   大江健三郎 57歳 全 ― 0   黒井千次 60歳 全 ― 0   河野多恵子 66歳 全 ― 0   吉行淳之介 68歳 全 ― 0   古井由吉 54歳 全 ■ 13 「（引用者注：「量子のベルカント」「樹木内侵入臨床士」と共に）従来の小説観からすれば無機的、あるいは非人格的にならざるを得ないと危惧されるような題材、環境、態度をあえてくぐろうとしている。」 日野啓三 63歳 全 ■ 4 「（引用者注：「量子のベルカント」と共に）アイディアはおもしろいが、文章が説明的であって文章自体が招き寄せて開く文学的ダイゴ味に欠けるように思った。」 田久保英夫 64歳 全 ― 0   丸谷才一 66歳 全 ― 0   三浦哲郎 61歳 全 ― 0	他の候補作 藤原智美 「運転士」 野中柊 「アンダーソン家のヨメ」 村上政彦 「量子のベルカント」 塩野米松 「昔の地図」 鷺沢萠 「ほんとうの夏」 多和田葉子 「ペルソナ」