第123回

第122回第124回

平成12年/2000年上半期 平成12年/2000年7月14日決定発表／『文藝春秋』平成12年/2000年9月号選評掲載

選考委員　 石原慎太郎 67歳 池澤夏樹 55歳 古井由吉 62歳 田久保英夫 72歳 河野多恵子 74歳 村上龍 48歳 三浦哲郎 69歳 黒井千次 68歳 宮本輝 53歳 日野啓三 71歳 選評総行数　 47 38 32 37 35 25 32 35 52 44 評 評 評 評 評 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 町田康　「きれぎれ」 143枚 38歳 評 ◎ 44 ○ 12 △ 16 □ 14 ● 14 ● 7 ● 9 ○ 11 ● 14 ― 0 松浦寿輝　「花腐し」 123枚 46歳 評 ― 0 ● 8 △ 19 ○ 14 ■ 10 △ 5 □ 9 △ 11 △ 10 ― 0 岡崎祥久　「楽天屋」 152枚 31歳 評 ― 0 ― 0 △ 15 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 □ 4 ■ 5 ― 0 楠見朋彦　「マルコ・ポーロと私」 205枚 27歳 評 ― 0 △ 15 ― 0 □ 13 ― 0 ― 0 △ 5 ■ 4 ● 6 ― 0 佐藤洋二郎　「猫の喪中」 93枚 51歳 評 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ● 4 ◎ 9 △ 2 △ 5 ― 0 大道珠貴　「裸」 59枚 34歳 評 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 △ 2 ― 0 △ 2 △ 4 ― 0                     年齢/枚数の説明   見方・注意点

石原慎太郎67歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題時代の情感を伝えるビート　総行数47　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 町田康 38歳 全 ◎ 44 「今日の社会の様態を表象するような作品がそろそろ現れていい頃と思っていた。その意味で町田氏の受賞はきわめて妥当といえる。」「最初に目にした「くっすん大黒」に私が覚えた違和感と共感半々の印象は決して的はずれのものではなかった。」「それぞれが不気味でおどろおどろしいシークエンスの映画のワイプやオーバラップに似た繋ぎ方は、時間や人間関係を無視し総じて悪夢に似た強いどろどろしたイメイジを造りだし、その技法は未曾有のもので時代の情感を伝えてくる。」 松浦寿輝 46歳 全 ― 0   岡崎祥久 31歳 全 ― 0   楠見朋彦 27歳 全 ― 0   佐藤洋二郎 51歳 全 ― 0   大道珠貴 34歳 全 ― 0     「（引用者注：「きれぎれ」以外の）他の候補作はそれ（引用者注：「きれぎれ」）に比べると陳腐で観念的でしかない。」

他の選考委員 池澤夏樹 古井由吉 田久保英夫 河野多恵子 村上龍 三浦哲郎 黒井千次 宮本輝 日野啓三

池澤夏樹55歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題割れた評価と健全な批評性　総行数38　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 町田康 38歳 全 ○ 12 「いよいよ達者になってきて、「きれぎれ」は見事な仕上がりだった。」「ここまで密度の高い、リズミックかつ音楽的な、日本語の言い回しと過去の多くの文学作品の谺に満ちた、諧謔的な、朗読にふさわしい、文章を書けるというのは嘆賞すべき才能である。」 松浦寿輝 46歳 全 ● 8 「前候補作「幽（かすか）」に比べて一段劣ると思われた。」「伊関という相手を設定したのに、この相手との会話がまことに陳腐。打つ手がどれも後手に回ってしまうというか、どうも駆動力が不足して話が息切れしている。」 岡崎祥久 31歳 全 ― 0   楠見朋彦 27歳 全 △ 15 「おもしろかった。」「口承という母岩から文字に頼る文学が誕生する物語。」「西洋物のはずなのに「語る」と「騙る」のような日本語の地口が頻出するのは興を殺ぐ。主人公がマルコを文章化しようとさまざまな文体を羅列しながら効果をさぐるあたりはなかなかの筆力なのに、惜しいことだ。」 佐藤洋二郎 51歳 全 ― 0   大道珠貴 34歳 全 ― 0

他の選考委員 石原慎太郎 古井由吉 田久保英夫 河野多恵子 村上龍 三浦哲郎 黒井千次 宮本輝 日野啓三

古井由吉62歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題停滞のもとで　総行数32　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 町田康 38歳 全 △ 16 「（引用者注：《きれぎれ》現象とは）想念や情念の、のべつの断絶や奔逸の謂と思われる」「反私小説の行き方を極端まで取ろうとしながら、いつのまにか私小説の矛盾域、のようなところへ踏みこんだ。」 松浦寿輝 46歳 全 △ 19 「「幽（ルビ：かすか）」で甘い腐臭に覆われているが、（引用者中略）すでに猛烈な腐臭の切迫に内外から脅かされている。内も外もない。時代の腐臭である。旺盛のようでも、すでに死んでいるものとも見られるのだ。」 岡崎祥久 31歳 全 △ 15 「「楽天屋」とはいずれ韜晦と取られる、と作者も承知の上のことであり、「まあ、いいや」と主人公もそのような顔をしているが、「花腐し」の中で重々しく表白された言葉を借りれば、ブラックホールの中へ吸いこまれてしまわぬための、これも構えなのだろう。」 楠見朋彦 27歳 全 ― 0   佐藤洋二郎 51歳 全 ― 0   大道珠貴 34歳 全 ― 0

他の選考委員 石原慎太郎 池澤夏樹 田久保英夫 河野多恵子 村上龍 三浦哲郎 黒井千次 宮本輝 日野啓三

田久保英夫72歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題新たな期待　総行数37　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 町田康 38歳 全 □ 14 「これまでも、世間の底辺を這うような男を通して、固定的な通念の枠を破り、自在な生なましい語り口で、逆に生命的な魅力を放ってきたが、今度の「きれぎれ」は、それをさらに新しいステップへ進めようとする果敢さが見える。けれどもその意欲のあまりか、表現が大仰になり、現実と非現実の流れが見えにくくなった。」「私はこの二作（引用者注：「花腐し」と「きれぎれ」）が同時受賞か否か、ぎりぎりの選択の時、受賞賛成に投じた。」 松浦寿輝 46歳 全 ○ 14 「私は（引用者中略）一番あたまに置いていたが、これさえ欠点がないわけではない。」「物語の組み立てにやや無理があり、そのために後半、観念が露わになってしまった。しかし、いつもながらこの作家の都会空間への精妙な感覚と描法は、並のものではない。」「私はこの二作（引用者注：「花腐し」と「きれぎれ」）が同時受賞か否か、ぎりぎりの選択の時、受賞賛成に投じた。」 岡崎祥久 31歳 全 ― 0   楠見朋彦 27歳 全 □ 13 「当選圏内として注目した。」「こうした史伝的な小説は、当然、歴史上の事実が定まっている限り、正確さが要求される。」「作者はあえてこの困難の上にたち、事実の隙間に想像力と推理力を働かせて、一篇を仕上げている。」「不充分な細部もあり、票が集まりきれなかったが、私はこの若い作家の苦闘を、評価したい。」 佐藤洋二郎 51歳 全 ― 0   大道珠貴 34歳 全 ― 0     「今回はたいへん難航した。主導的な作品がなく、支持が割れたせいだろう。」

他の選考委員 石原慎太郎 池澤夏樹 古井由吉 河野多恵子 村上龍 三浦哲郎 黒井千次 宮本輝 日野啓三

河野多恵子74歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題苦しい選評　総行数35　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 町田康 38歳 全 ● 14 「文章のスタイルとか語り口に特色があると見られている人のようである。」「駄じゃれとしても、低調の部類だろう。泰然と構えて、言葉の機能の奥深さを知り、洗練されねばならないのに、作者はこれまでの特色にひたすら勤勉であって、痛ましい気がする。」 松浦寿輝 46歳 全 ■ 10 「前回の候補作同様に、古風で、精気のない作品だった。主人公と伊関との長ったらしい話にしても、現代の問題を論じているかに見えて、私には昔のの立った文学青年の面影が感じられた。文章は前回よりは少しは改良されたものの、それも本質的には変っていない。」 岡崎祥久 31歳 全 ― 0   楠見朋彦 27歳 全 ― 0   佐藤洋二郎 51歳 全 ― 0   大道珠貴 34歳 全 ― 0     「推したい作品がなかった。選評を書くのが、何とも苦しい。」「個性と趣味・嗜好との混同は禁物で、後者に執着していては作家は衰弱するということを又しても付記しておく。」

他の選考委員 石原慎太郎 池澤夏樹 古井由吉 田久保英夫 村上龍 三浦哲郎 黒井千次 宮本輝 日野啓三

村上龍48歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題芥川賞選評　総行数25　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 町田康 38歳 全 ● 7 「魅力を感じなかった。」「『きれぎれ』の文体は、作者の「ちょっとした工夫」「ちょっとした思いつき」のレベルにとどまっている。そういったレベルの文体のアレンジは文脈の揺らぎを生むことがない。」 松浦寿輝 46歳 全 △ 5 「候補作の中でもっともよくまとまっていると思ったが、わたしは受賞作の水準を故中上健次の『岬』に定めていたので、推薦はしなかった。」 岡崎祥久 31歳 全 ― 0   楠見朋彦 27歳 全 ― 0   佐藤洋二郎 51歳 全 ● 4 「猫の死に拮抗する外部がない。作者は、外部の酷いリアリティを意識的に見ないようにしているのではなく、単純に鈍感で外部が見えていないだけなのだ。」 大道珠貴 34歳 全 △ 2 「相対的な好感を持ったが、積極的に賞を推薦しようという情熱はなかった。」   「候補作を読んでの感想を一言で言うと、何もない、ということだった。」

他の選考委員 石原慎太郎 池澤夏樹 古井由吉 田久保英夫 河野多恵子 三浦哲郎 黒井千次 宮本輝 日野啓三

三浦哲郎69歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題感想　総行数32　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 町田康 38歳 全 ● 9 「私は所詮この人のいい読者ではなく、常にも増してエネルギッシュだということのほかは正直いってこの作品のよさがわからなかった。町田氏は、作家として当然のことながら今後も言葉にこだわりつづける由で、それには私も大いに賛成だが、そのこだわりがただの言葉遊びの駄洒落や語呂合わせに終わることのないようにと祈らずにはいられない。」 松浦寿輝 46歳 全 □ 9 「前作の「幽（かすか）」に比べると欲張りすぎで、都合よく作りすぎた個所が目立ち、かならずしも作者の最良の作品とは思えないのだが、最終的には、文体の魅力と、どんなに詰め込んでも綻びの不安を感じさせない才能の大きさと安定感に、一票を投じた。」 岡崎祥久 31歳 全 ― 0   楠見朋彦 27歳 全 △ 5 「若々しい活力に満ちた力作だが、遂に作者のモチーフに共感できなくて途中退屈することがしばしばであった。」 佐藤洋二郎 51歳 全 ◎ 9 「いいと思った。」「地味でいささか古風に見えるが、よく刈り込まれた密度の濃い佳作である。」「もともと力のある人だから、この賞の候補は初めてと聞いて意外な気がした。これが大きな飛躍のきっかけになれば幸いである。」 大道珠貴 34歳 全 ― 0

他の選考委員 石原慎太郎 池澤夏樹 古井由吉 田久保英夫 河野多恵子 村上龍 黒井千次 宮本輝 日野啓三

黒井千次68歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数35　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 町田康 38歳 全 ○ 11 「これまで候補となった二作よりも、確かなものに一歩近づいたとの印象を受けた。」「主人公の出自が明確である分だけ作の土台が強固に築かれ、言葉が飛んだり跳ねたりしても全体が壊れぬ強度の備ったのが心強い。」「時にいささかの空間を含みながらも、外界に対する違和感と苛立ちが言葉の波に乗って押し寄せて来るのが感じられた。」 松浦寿輝 46歳 全 △ 11 「時代と精神の関りは捉えられているが、別れた後に死んでしまった女に対する感情と、絶望の上にあぐらをかいたかのような奇妙な男とのやりとりとの間に、うまく繋り切れぬものが残っている。」 岡崎祥久 31歳 全 □ 4 「惹かれた。歯応えのない小説のようでありながら、そこに逆に不思議な味わいがある。」 楠見朋彦 27歳 全 ■ 4 「書くという営為の意味と形を探ろうとするテーマが、マルコの語りに負けてしまっているのが残念だ。」 佐藤洋二郎 51歳 全 △ 2 「後半におかしなカップルが出てくると俄然作品に精彩が生れる。」 大道珠貴 34歳 全 △ 2 「この達者な筆の今後に期待したい。」

他の選考委員 石原慎太郎 池澤夏樹 古井由吉 田久保英夫 河野多恵子 村上龍 三浦哲郎 宮本輝 日野啓三

宮本輝53歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題マニュアルという呪縛　総行数52　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 町田康 38歳 全 ● 14 「「きれぎれ」くらい賛否がまっぷたつに分かれた候補作品も珍しいのではと思われる。」「私は終始否定に廻って、受賞を強く推す委員の意見に耳を傾けたが、ついに納得することはできなかった。」「読み初めてから読み終わるまで、ただただ不快感だけがせりあがってきて、途中で投げ捨てたくなる衝動と戦わなければならなかった。」 松浦寿輝 46歳 全 △ 10 「前回の「幽（かすか）」から感じた鼻持ちならない部分は消えて、案外この人は無器用な小説家かもしれないと考えを改めさせられたが、それでも受賞作として推すことはできなかった。」「得体の知れない男の部屋で知り合った女と主人公が関係を結ぶところで見事なほどに破綻してしまっている。」 岡崎祥久 31歳 全 ■ 5 「じつは意外に達者な筆づかいであって、気持良く読ませるが、文章の底から立ちのぼってくるものがあまりにも少なすぎるという印象を持った。」 楠見朋彦 27歳 全 ● 6 「資料や情報を積み重ねるだけでも小説なるものはでっちあげられるが、それはそれだけのことでしかない。」 佐藤洋二郎 51歳 全 △ 5 「前半の冗長さが致命的だった。後半になって、動物霊園で昔の知り合いと再会するところから小説に深みが出ただけに、惜しい気がしてならない。」 大道珠貴 34歳 全 △ 4 「いかにも小品すぎてわずかな支持しか得られなかったが、作品のところどころに、小説家としての刻印は為されていた。」

他の選考委員 石原慎太郎 池澤夏樹 古井由吉 田久保英夫 河野多恵子 村上龍 三浦哲郎 黒井千次 日野啓三

日野啓三71歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題「知覚」のきらめきを　総行数44　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 町田康 38歳 全 ― 0   松浦寿輝 46歳 全 ― 0   岡崎祥久 31歳 全 ― 0   楠見朋彦 27歳 全 ― 0   佐藤洋二郎 51歳 全 ― 0   大道珠貴 34歳 全 ― 0     「いかにも当世風のダメな人間たちのパッとしない日常を描く文章は、少年たちの殺傷事件を驚き伝える新聞の文章と似ている。感覚を意識化する感度が低い。意識の精度はいわゆる頭の良さとはレベルが違うことだ。いま人類の新しい世代の内奥でひそかに進行しているのが、その精度のレベルアップだろう。若い作家たちは自分たちの内部で起こっている意識の進化にもっと自信を持っていい。」	他の選考委員 石原慎太郎 池澤夏樹 古井由吉 田久保英夫 河野多恵子 村上龍 三浦哲郎 黒井千次 宮本輝

町田康38歳×各選考委員　 「きれぎれ」 短篇 143枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石原慎太郎 67歳 全 ◎ 44 「今日の社会の様態を表象するような作品がそろそろ現れていい頃と思っていた。その意味で町田氏の受賞はきわめて妥当といえる。」「最初に目にした「くっすん大黒」に私が覚えた違和感と共感半々の印象は決して的はずれのものではなかった。」「それぞれが不気味でおどろおどろしいシークエンスの映画のワイプやオーバラップに似た繋ぎ方は、時間や人間関係を無視し総じて悪夢に似た強いどろどろしたイメイジを造りだし、その技法は未曾有のもので時代の情感を伝えてくる。」 池澤夏樹 55歳 全 ○ 12 「いよいよ達者になってきて、「きれぎれ」は見事な仕上がりだった。」「ここまで密度の高い、リズミックかつ音楽的な、日本語の言い回しと過去の多くの文学作品の谺に満ちた、諧謔的な、朗読にふさわしい、文章を書けるというのは嘆賞すべき才能である。」 古井由吉 62歳 全 △ 16 「（引用者注：《きれぎれ》現象とは）想念や情念の、のべつの断絶や奔逸の謂と思われる」「反私小説の行き方を極端まで取ろうとしながら、いつのまにか私小説の矛盾域、のようなところへ踏みこんだ。」 田久保英夫 72歳 全 □ 14 「これまでも、世間の底辺を這うような男を通して、固定的な通念の枠を破り、自在な生なましい語り口で、逆に生命的な魅力を放ってきたが、今度の「きれぎれ」は、それをさらに新しいステップへ進めようとする果敢さが見える。けれどもその意欲のあまりか、表現が大仰になり、現実と非現実の流れが見えにくくなった。」「私はこの二作（引用者注：「花腐し」と「きれぎれ」）が同時受賞か否か、ぎりぎりの選択の時、受賞賛成に投じた。」 河野多恵子 74歳 全 ● 14 「文章のスタイルとか語り口に特色があると見られている人のようである。」「駄じゃれとしても、低調の部類だろう。泰然と構えて、言葉の機能の奥深さを知り、洗練されねばならないのに、作者はこれまでの特色にひたすら勤勉であって、痛ましい気がする。」 村上龍 48歳 全 ● 7 「魅力を感じなかった。」「『きれぎれ』の文体は、作者の「ちょっとした工夫」「ちょっとした思いつき」のレベルにとどまっている。そういったレベルの文体のアレンジは文脈の揺らぎを生むことがない。」 三浦哲郎 69歳 全 ● 9 「私は所詮この人のいい読者ではなく、常にも増してエネルギッシュだということのほかは正直いってこの作品のよさがわからなかった。町田氏は、作家として当然のことながら今後も言葉にこだわりつづける由で、それには私も大いに賛成だが、そのこだわりがただの言葉遊びの駄洒落や語呂合わせに終わることのないようにと祈らずにはいられない。」 黒井千次 68歳 全 ○ 11 「これまで候補となった二作よりも、確かなものに一歩近づいたとの印象を受けた。」「主人公の出自が明確である分だけ作の土台が強固に築かれ、言葉が飛んだり跳ねたりしても全体が壊れぬ強度の備ったのが心強い。」「時にいささかの空間を含みながらも、外界に対する違和感と苛立ちが言葉の波に乗って押し寄せて来るのが感じられた。」 宮本輝 53歳 全 ● 14 「「きれぎれ」くらい賛否がまっぷたつに分かれた候補作品も珍しいのではと思われる。」「私は終始否定に廻って、受賞を強く推す委員の意見に耳を傾けたが、ついに納得することはできなかった。」「読み初めてから読み終わるまで、ただただ不快感だけがせりあがってきて、途中で投げ捨てたくなる衝動と戦わなければならなかった。」 日野啓三 71歳 全 ― 0

他の候補作 松浦寿輝 「花腐し」 岡崎祥久 「楽天屋」 楠見朋彦 「マルコ・ポーロと私」 佐藤洋二郎 「猫の喪中」 大道珠貴 「裸」

松浦寿輝46歳×各選考委員　 「花腐し」 短篇 123枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石原慎太郎 67歳 全 ― 0   池澤夏樹 55歳 全 ● 8 「前候補作「幽（かすか）」に比べて一段劣ると思われた。」「伊関という相手を設定したのに、この相手との会話がまことに陳腐。打つ手がどれも後手に回ってしまうというか、どうも駆動力が不足して話が息切れしている。」 古井由吉 62歳 全 △ 19 「「幽（ルビ：かすか）」で甘い腐臭に覆われているが、（引用者中略）すでに猛烈な腐臭の切迫に内外から脅かされている。内も外もない。時代の腐臭である。旺盛のようでも、すでに死んでいるものとも見られるのだ。」 田久保英夫 72歳 全 ○ 14 「私は（引用者中略）一番あたまに置いていたが、これさえ欠点がないわけではない。」「物語の組み立てにやや無理があり、そのために後半、観念が露わになってしまった。しかし、いつもながらこの作家の都会空間への精妙な感覚と描法は、並のものではない。」「私はこの二作（引用者注：「花腐し」と「きれぎれ」）が同時受賞か否か、ぎりぎりの選択の時、受賞賛成に投じた。」 河野多恵子 74歳 全 ■ 10 「前回の候補作同様に、古風で、精気のない作品だった。主人公と伊関との長ったらしい話にしても、現代の問題を論じているかに見えて、私には昔のの立った文学青年の面影が感じられた。文章は前回よりは少しは改良されたものの、それも本質的には変っていない。」 村上龍 48歳 全 △ 5 「候補作の中でもっともよくまとまっていると思ったが、わたしは受賞作の水準を故中上健次の『岬』に定めていたので、推薦はしなかった。」 三浦哲郎 69歳 全 □ 9 「前作の「幽（かすか）」に比べると欲張りすぎで、都合よく作りすぎた個所が目立ち、かならずしも作者の最良の作品とは思えないのだが、最終的には、文体の魅力と、どんなに詰め込んでも綻びの不安を感じさせない才能の大きさと安定感に、一票を投じた。」 黒井千次 68歳 全 △ 11 「時代と精神の関りは捉えられているが、別れた後に死んでしまった女に対する感情と、絶望の上にあぐらをかいたかのような奇妙な男とのやりとりとの間に、うまく繋り切れぬものが残っている。」 宮本輝 53歳 全 △ 10 「前回の「幽（かすか）」から感じた鼻持ちならない部分は消えて、案外この人は無器用な小説家かもしれないと考えを改めさせられたが、それでも受賞作として推すことはできなかった。」「得体の知れない男の部屋で知り合った女と主人公が関係を結ぶところで見事なほどに破綻してしまっている。」 日野啓三 71歳 全 ― 0

他の候補作 町田康 「きれぎれ」 岡崎祥久 「楽天屋」 楠見朋彦 「マルコ・ポーロと私」 佐藤洋二郎 「猫の喪中」 大道珠貴 「裸」

岡崎祥久31歳×各選考委員　 「楽天屋」 中篇 152枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石原慎太郎 67歳 全 ― 0   池澤夏樹 55歳 全 ― 0   古井由吉 62歳 全 △ 15 「「楽天屋」とはいずれ韜晦と取られる、と作者も承知の上のことであり、「まあ、いいや」と主人公もそのような顔をしているが、「花腐し」の中で重々しく表白された言葉を借りれば、ブラックホールの中へ吸いこまれてしまわぬための、これも構えなのだろう。」 田久保英夫 72歳 全 ― 0   河野多恵子 74歳 全 ― 0   村上龍 48歳 全 ― 0   三浦哲郎 69歳 全 ― 0   黒井千次 68歳 全 □ 4 「惹かれた。歯応えのない小説のようでありながら、そこに逆に不思議な味わいがある。」 宮本輝 53歳 全 ■ 5 「じつは意外に達者な筆づかいであって、気持良く読ませるが、文章の底から立ちのぼってくるものがあまりにも少なすぎるという印象を持った。」 日野啓三 71歳 全 ― 0

他の候補作 町田康 「きれぎれ」 松浦寿輝 「花腐し」 楠見朋彦 「マルコ・ポーロと私」 佐藤洋二郎 「猫の喪中」 大道珠貴 「裸」

楠見朋彦27歳×各選考委員　 「マルコ・ポーロと私」 中篇 205枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石原慎太郎 67歳 全 ― 0   池澤夏樹 55歳 全 △ 15 「おもしろかった。」「口承という母岩から文字に頼る文学が誕生する物語。」「西洋物のはずなのに「語る」と「騙る」のような日本語の地口が頻出するのは興を殺ぐ。主人公がマルコを文章化しようとさまざまな文体を羅列しながら効果をさぐるあたりはなかなかの筆力なのに、惜しいことだ。」 古井由吉 62歳 全 ― 0   田久保英夫 72歳 全 □ 13 「当選圏内として注目した。」「こうした史伝的な小説は、当然、歴史上の事実が定まっている限り、正確さが要求される。」「作者はあえてこの困難の上にたち、事実の隙間に想像力と推理力を働かせて、一篇を仕上げている。」「不充分な細部もあり、票が集まりきれなかったが、私はこの若い作家の苦闘を、評価したい。」 河野多恵子 74歳 全 ― 0   村上龍 48歳 全 ― 0   三浦哲郎 69歳 全 △ 5 「若々しい活力に満ちた力作だが、遂に作者のモチーフに共感できなくて途中退屈することがしばしばであった。」 黒井千次 68歳 全 ■ 4 「書くという営為の意味と形を探ろうとするテーマが、マルコの語りに負けてしまっているのが残念だ。」 宮本輝 53歳 全 ● 6 「資料や情報を積み重ねるだけでも小説なるものはでっちあげられるが、それはそれだけのことでしかない。」 日野啓三 71歳 全 ― 0

他の候補作 町田康 「きれぎれ」 松浦寿輝 「花腐し」 岡崎祥久 「楽天屋」 佐藤洋二郎 「猫の喪中」 大道珠貴 「裸」

佐藤洋二郎51歳×各選考委員　 「猫の喪中」 短篇 93枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石原慎太郎 67歳 全 ― 0   池澤夏樹 55歳 全 ― 0   古井由吉 62歳 全 ― 0   田久保英夫 72歳 全 ― 0   河野多恵子 74歳 全 ― 0   村上龍 48歳 全 ● 4 「猫の死に拮抗する外部がない。作者は、外部の酷いリアリティを意識的に見ないようにしているのではなく、単純に鈍感で外部が見えていないだけなのだ。」 三浦哲郎 69歳 全 ◎ 9 「いいと思った。」「地味でいささか古風に見えるが、よく刈り込まれた密度の濃い佳作である。」「もともと力のある人だから、この賞の候補は初めてと聞いて意外な気がした。これが大きな飛躍のきっかけになれば幸いである。」 黒井千次 68歳 全 △ 2 「後半におかしなカップルが出てくると俄然作品に精彩が生れる。」 宮本輝 53歳 全 △ 5 「前半の冗長さが致命的だった。後半になって、動物霊園で昔の知り合いと再会するところから小説に深みが出ただけに、惜しい気がしてならない。」 日野啓三 71歳 全 ― 0

他の候補作 町田康 「きれぎれ」 松浦寿輝 「花腐し」 岡崎祥久 「楽天屋」 楠見朋彦 「マルコ・ポーロと私」 大道珠貴 「裸」

大道珠貴34歳×各選考委員　 「裸」 短篇 59枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石原慎太郎 67歳 全 ― 0   池澤夏樹 55歳 全 ― 0   古井由吉 62歳 全 ― 0   田久保英夫 72歳 全 ― 0   河野多恵子 74歳 全 ― 0   村上龍 48歳 全 △ 2 「相対的な好感を持ったが、積極的に賞を推薦しようという情熱はなかった。」 三浦哲郎 69歳 全 ― 0   黒井千次 68歳 全 △ 2 「この達者な筆の今後に期待したい。」 宮本輝 53歳 全 △ 4 「いかにも小品すぎてわずかな支持しか得られなかったが、作品のところどころに、小説家としての刻印は為されていた。」 日野啓三 71歳 全 ― 0	他の候補作 町田康 「きれぎれ」 松浦寿輝 「花腐し」 岡崎祥久 「楽天屋」 楠見朋彦 「マルコ・ポーロと私」 佐藤洋二郎 「猫の喪中」