第105回

第104回第106回

平成3年/1991年上半期 平成3年/1991年7月15日決定発表／『文藝春秋』平成3年/1991年9月号選評掲載

選考委員　 吉行淳之介 67歳 大庭みな子 60歳 三浦哲郎 60歳 丸谷才一 65歳 河野多恵子 65歳 日野啓三 62歳 黒井千次 59歳 古井由吉 53歳 田久保英夫 63歳 大江健三郎 56歳 選評総行数　 33 33 36 31 34 32 35 33 36 34 評 評 評 評 評 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 辺見庸　「自動起床装置」 139枚 46歳 評 ○ 20 △ 4 △ 8 △ 8 ○ 16 ◎ 27 ○ 16 ■ 12 ○ 16 △ 15 荻野アンナ　「背負い水」 126枚 34歳 評 △ 8 △ 7 ■ 5 ● 8 ○ 18 ○ 5 □ 12 ■ 11 ■ 13 ○ 19 村上政彦　「ナイスボール」 173枚 32歳 評 ■ 3 △ 3 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 魚住陽子　「別々の皿」 75枚 39歳 評 ― 0 △ 2 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 長竹裕子　「静かな部屋」 122枚 (32歳) 評 △ 3 △ 4 ― 0 ― 0 ― 0 ― 0 ■ 4 ― 0 △ 4 ― 0 多田尋子　「体温」 108枚 59歳 評 ― 0 △ 4 ◎ 23 ◎ 15 ― 0 ― 0 ■ 3 ― 0 ― 0 ― 0                     年齢/枚数の説明   見方・注意点

吉行淳之介67歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題受賞の二作　総行数33　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 辺見庸 46歳 全 ○ 20 「この「起こし屋」というアルバイトは、起される人たちの時間がマチマチの職場なので、今の時代に珍しく残っていたわけだ。そこのところを十分におさえて、筆をすすめて行っているかどうか。」「苦情は多いが好きな作品で、軽い昂揚とともに読み終えた。」「「眠りの世界」を覗いた手柄については、他の委員が書くだろう。」 荻野アンナ 34歳 全 △ 8 「主人公の華やかさがしだいに侘しさに移行し、この主人公への作者の投影がその侘しさを増幅させ、とくに末尾が辛い。こういう角度から読んでみると、かえって味わいが出てきた。」「この作品での才気煥発には余分なところが多く、とくに地の文でのウィットは不発で、すこし抑えたほうがいいだろう。」 村上政彦 32歳 全 ■ 3 「死んだとおもっていた父親が出現してきたところまでは良くて、期待した。しかし、そのあとの展開が強引になった。」 魚住陽子 39歳 全 ― 0   長竹裕子 (32歳) 全 △ 3 「なかなかの可能性を感じた。」 多田尋子 59歳 全 ― 0

他の選考委員 大庭みな子 三浦哲郎 丸谷才一 河野多恵子 日野啓三 黒井千次 古井由吉 田久保英夫 大江健三郎

大庭みな子60歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題現代の暮し　総行数33　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 辺見庸 46歳 全 △ 4 「へんにぎごちない文章に誘われて、人生のおかしさと悲しみのにじみ出ているのがよい。」 荻野アンナ 34歳 全 △ 7 「この作品では、あふれてこぼれ落ちるものに、あるわびしさの漂う文学のなつかしさがある。」 村上政彦 32歳 全 △ 3 「だめな男を、女性ではない男性の眼で追いつめる爽やかさが、男性的な生命感になっている。」 魚住陽子 39歳 全 △ 2 「「別々の皿」をかかえて胃を押さえる現代人の暮しに頷く人は多いだろう。」 長竹裕子 (32歳) 全 △ 4 「人の立てる音に異様に敏感になっている人間や、自分のつくる音の行方や、またその音が吸い込まれて消えてしまうような世界の実在感がある。」 多田尋子 59歳 全 △ 4 「古風な作品世界にほっとする人も、もの足りなさを感ずる人もいるだろうが、作家は己れの作風を確立する以外に道はない。」   「今回の候補作品には強く推せる傑出した一本がなく、それぞれに魅力と弱点があって、選考会場にのぞむまでどれと決めかねていた。」

他の選考委員 吉行淳之介 三浦哲郎 丸谷才一 河野多恵子 日野啓三 黒井千次 古井由吉 田久保英夫 大江健三郎

三浦哲郎60歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題多田作品を推す　総行数36　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 辺見庸 46歳 全 △ 8 「素材の面白さにつられて一気に読んだ。人間の眠り、あるいは眠っている人間というものを、外側からこれほどつぶさに考察した作品が珍しいことは認めるにしても、私は作品の構成にいくつかの難点を数えることができた。」 荻野アンナ 34歳 全 ■ 5 「私は、この人はアウトサイダーとして自分の才能を最大限に発揮できる人だと思っているから、ちとお気の毒という気がしないでもない。芥川賞に囚われぬことを祈ります。」 村上政彦 32歳 全 ― 0   魚住陽子 39歳 全 ― 0   長竹裕子 (32歳) 全 ― 0   多田尋子 59歳 全 ◎ 23 「強く惹かれた。」「多田さん、新味がないなどという批判に動揺してはいけません。新味なんて、じきに消えてなくなるものです。あなたのこれまでの人生の消えない真実をためらわずにお書きなさい。それが本当の小説というものなのですから。」

他の選考委員 吉行淳之介 大庭みな子 丸谷才一 河野多恵子 日野啓三 黒井千次 古井由吉 田久保英夫 大江健三郎

丸谷才一65歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題『体温』を推す　総行数31　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 辺見庸 46歳 全 △ 8 「眠りといふ軸と植物といふ軸と、二つの方向から探求しようとするのも適切な趣向である。しかしこれは前半までで、後半はこの探求の線が捨てられ（殊に植物への関心が失せ）、新式の機械のことだけで筋を運ぶ。この後半がわたしにはおもしろくなかつた。」 荻野アンナ 34歳 全 ● 8 「わたしには解しかねる作品であつた。登場人物間の関係が、表面的なことはよくわかるけれど、ちよつと深い層になると見当もつかない。どうやら、ユーモアのつもりのものが魂を描くことの邪魔をし、新しさを狙つたものが真実に迫ることを妨げてゐるらしい。」 村上政彦 32歳 全 ― 0   魚住陽子 39歳 全 ― 0   長竹裕子 (32歳) 全 ― 0   多田尋子 59歳 全 ◎ 15 「感心した。デッサンが確かでディテイルがいい。筋の運びに無理がないし、そのくせ筋に綾をつけるつけ方がうまい。」「何しろ地味な作風なので古風に見えるかもしれないが、古くさくはない。」「このおだやかで安定した態度は注目に価する。」

他の選考委員 吉行淳之介 大庭みな子 三浦哲郎 河野多恵子 日野啓三 黒井千次 古井由吉 田久保英夫 大江健三郎

河野多恵子65歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題二作を推す　総行数34　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 辺見庸 46歳 全 ○ 16 「私には「眠り」を描いた作品として興味深かった。」「起こし屋というアルバイト青年を主人公にしたのが、この作品の取得の基になっている。」「しかし、自動起床装置導入の話が出てくるところから、急につまらなくなった。主人公（と同僚聡）の視力・感じ方が狭く、幼稚に、粗くなる。実力不足が窺かれる気がしたが、そこに到るまでの間に伝わってきた才能を信じて、推すことにした。」 荻野アンナ 34歳 全 ○ 18 「第一回の候補の時から多くの選者が才能は認めておりながら、毎回見送りとなった。何よりも才気の空まわりが目立ったからだが、受賞作ではそういう弱点が多分に消え、作家としての成長を示している。欠点はあるけれども……。」「この作品の男女の描き方は全く新しい。」「作者は男女を描くのに、常にまず人間として見ることを経て男あるいは女を描いている。」 村上政彦 32歳 全 ― 0   魚住陽子 39歳 全 ― 0   長竹裕子 (32歳) 全 ― 0   多田尋子 59歳 全 ― 0

他の選考委員 吉行淳之介 大庭みな子 三浦哲郎 丸谷才一 日野啓三 黒井千次 古井由吉 田久保英夫 大江健三郎

日野啓三62歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題不毛でないもの　総行数32　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 辺見庸 46歳 全 ◎ 27 「小説の作り方の上で幾つかの欠点がある。多分小説らしい形をつけるにはこういう変化が必要なのだろう、と加えたにちがいない余分な箇所だ。」「にもかかわらず、作品全体にふしぎな魅力がある。何か飄々としてユーモアのある悲しみのようなものだ。」「まさに植物的生存の古く暗い根をひきずり続けている人間たちへの身近な感情。それは必ずしもいわゆる新しいものではないが、とてもオーソドックスなものだ、人間にとっても文学にとっても。」 荻野アンナ 34歳 全 ○ 5 「これまでの候補作のなかで最もまとまっているように思えた。」 村上政彦 32歳 全 ― 0   魚住陽子 39歳 全 ― 0   長竹裕子 (32歳) 全 ― 0   多田尋子 59歳 全 ― 0	他の選考委員 吉行淳之介 大庭みな子 三浦哲郎 丸谷才一 河野多恵子 黒井千次 古井由吉 田久保英夫 大江健三郎

黒井千次59歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題眠りと饒舌　総行数35　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 辺見庸 46歳 全 ○ 16 「二つの面白さがある。その一つは素材の持つ新鮮さであり、他の一つは人間の眠りが執拗に追い求められている点である。」「この作品の持つ力は、「自動起床装置」の出現から生れるものではなく、「起こし屋」の日常的な営みの内に宿っている。」 荻野アンナ 34歳 全 □ 12 「いわば精神の居場所を探し出せぬ女性イラストレーターの恋愛乃至は男関係を、スピードのある饒舌体で捉えようとした作品である。」「彷徨する意識の劇画調風俗画とでもいえそうな小説であり、時に空転する嫌いがあるにしても、この才気と筆力には注目すべきものがある。」 村上政彦 32歳 全 ― 0   魚住陽子 39歳 全 ― 0   長竹裕子 (32歳) 全 ■ 4 「不在の感覚から出発して生活へと向う心の動きを捉えようとする姿勢に共感はするけれど、テーマを展開し切れなかったのが惜しまれる。」 多田尋子 59歳 全 ■ 3 「よく形の整った作品で好感を抱かせるが、そのおとなしさがいささか小説の力を削ぐ方向に働き過ぎてはいないであろうか。」

他の選考委員 吉行淳之介 大庭みな子 三浦哲郎 丸谷才一 河野多恵子 日野啓三 古井由吉 田久保英夫 大江健三郎

古井由吉53歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数33　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 辺見庸 46歳 全 ■ 12 「青年の口調を擬している。語り手を青年にしたのは、テーマの重さからして、適切であったか、と疑問を投げかけた選者がいた。私も同感である。」「眠りと目覚めについてこれほどの思いを、認識と感受性をめぐらす青年たちが、そうそう締まりのゆるい精神の持主とも思われない。語り手の人物にまず骨を通すことも、虚構の大事である。」 荻野アンナ 34歳 全 ■ 11 「口の達者な作品である。作品がつらいところへさしかかると、機智がはじける。むしろ頓知頓才というべきか。」「しかし、読んでいるとつらくなる、とそんな感想をもらした選者がいた。いたましいようで、というふくみである。泣きの変形だと私も感じた。」「人を疲れさせ、しまいには同情をひいてしまうというのは、やはり作者の考慮すべきところだろう。」 村上政彦 32歳 全 ― 0   魚住陽子 39歳 全 ― 0   長竹裕子 (32歳) 全 ― 0   多田尋子 59歳 全 ― 0     「私にはこのたびの予選通過作六篇の、口調がお互いに似通っているように聞こえた。どの作品も若づくりの、締まりのゆるい饒舌を共通してふくんでいるように思われる。」

他の選考委員 吉行淳之介 大庭みな子 三浦哲郎 丸谷才一 河野多恵子 日野啓三 黒井千次 田久保英夫 大江健三郎

田久保英夫63歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題覚醒と眠りの間　総行数36　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 辺見庸 46歳 全 ○ 16 「人の一生の半分は睡眠の時間だ、というが、これはそういう時間の量だけでなく、質にまで踏みこんで、日常の覚醒時を、睡眠時より優位におく通念の世界をひっくり返している。」「オノマトペが多すぎるのか、文章を平易にしているようでいて煩雑にし、守衛の一人が死にかける情景なども、終りのための終りで、うまく主題をいかしていないが、それでは私はこの独特の着想と、小説的なとらえ方に一票を入れた。」 荻野アンナ 34歳 全 ■ 13 「以前の候補作「ドアを閉めるな」の方がいい、と思った。」「「嘘」と「実」の変転は、うまく女の生きる像に一つの焦点を結んでこない。私たちの「背負い水」は生命維持に不可欠なものだが、「わたし」にとってジュリーとの間がそうであるにしては、裕さんに興味を持ったり、カンノと性的関係を持ったりしすぎる。」 村上政彦 32歳 全 ― 0   魚住陽子 39歳 全 ― 0   長竹裕子 (32歳) 全 △ 4 「注目した。若者の肉体の障害をとりあげ、その言葉と行動の通わぬ隙間を、繊細な感覚で追っているが、やや観念がこなれていない。」 多田尋子 59歳 全 ― 0     「今回はことにむずかしい選考だった。これが今日の文学の状況なのかも知れない。ずいぶん時間がかかり、辛くも二作受賞となった。」

他の選考委員 吉行淳之介 大庭みな子 三浦哲郎 丸谷才一 河野多恵子 日野啓三 黒井千次 古井由吉 大江健三郎

大江健三郎56歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題確かさと危うさ・こもごもの魅力　総行数34　（1行=24字） 候補 評価 行数 評言 辺見庸 46歳 全 △ 15 「眠り人たちのあらわすいずれも辛い表情がしみじみと納得を誘うところはじめ、実社会で経験をかさねた作者の物の見方の確かさがゆるがぬ基盤をなしている。それだけに、語り手と仲間を若者に設定してかれらの内面によりそってゆく展開は、時に微妙なズレを見せる。」 荻野アンナ 34歳 全 ○ 19 「これまでの候補作に、荻野アンナ氏の書き方の苦しい危うさは、才能の質ともどもくっきり見られた。」「ところが『背負い水』にいたって、作者はそうした個性をたわめることをせず、しかもしっかりジャストミートした。それはまず主人公の娘の性格付けが、作者自身から距離を正確にとってなされているからだ。」「娘は当世風の新しい生活をしているものの、それと矛盾しない古さのみじめな心の傷も積みかさねる。」 村上政彦 32歳 全 ― 0   魚住陽子 39歳 全 ― 0   長竹裕子 (32歳) 全 ― 0   多田尋子 59歳 全 ― 0

他の選考委員 吉行淳之介 大庭みな子 三浦哲郎 丸谷才一 河野多恵子 日野啓三 黒井千次 古井由吉 田久保英夫

辺見庸46歳×各選考委員　 「自動起床装置」 短篇 139枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 吉行淳之介 67歳 全 ○ 20 「この「起こし屋」というアルバイトは、起される人たちの時間がマチマチの職場なので、今の時代に珍しく残っていたわけだ。そこのところを十分におさえて、筆をすすめて行っているかどうか。」「苦情は多いが好きな作品で、軽い昂揚とともに読み終えた。」「「眠りの世界」を覗いた手柄については、他の委員が書くだろう。」 大庭みな子 60歳 全 △ 4 「へんにぎごちない文章に誘われて、人生のおかしさと悲しみのにじみ出ているのがよい。」 三浦哲郎 60歳 全 △ 8 「素材の面白さにつられて一気に読んだ。人間の眠り、あるいは眠っている人間というものを、外側からこれほどつぶさに考察した作品が珍しいことは認めるにしても、私は作品の構成にいくつかの難点を数えることができた。」 丸谷才一 65歳 全 △ 8 「眠りといふ軸と植物といふ軸と、二つの方向から探求しようとするのも適切な趣向である。しかしこれは前半までで、後半はこの探求の線が捨てられ（殊に植物への関心が失せ）、新式の機械のことだけで筋を運ぶ。この後半がわたしにはおもしろくなかつた。」 河野多恵子 65歳 全 ○ 16 「私には「眠り」を描いた作品として興味深かった。」「起こし屋というアルバイト青年を主人公にしたのが、この作品の取得の基になっている。」「しかし、自動起床装置導入の話が出てくるところから、急につまらなくなった。主人公（と同僚聡）の視力・感じ方が狭く、幼稚に、粗くなる。実力不足が窺かれる気がしたが、そこに到るまでの間に伝わってきた才能を信じて、推すことにした。」 日野啓三 62歳 全 ◎ 27 「小説の作り方の上で幾つかの欠点がある。多分小説らしい形をつけるにはこういう変化が必要なのだろう、と加えたにちがいない余分な箇所だ。」「にもかかわらず、作品全体にふしぎな魅力がある。何か飄々としてユーモアのある悲しみのようなものだ。」「まさに植物的生存の古く暗い根をひきずり続けている人間たちへの身近な感情。それは必ずしもいわゆる新しいものではないが、とてもオーソドックスなものだ、人間にとっても文学にとっても。」 黒井千次 59歳 全 ○ 16 「二つの面白さがある。その一つは素材の持つ新鮮さであり、他の一つは人間の眠りが執拗に追い求められている点である。」「この作品の持つ力は、「自動起床装置」の出現から生れるものではなく、「起こし屋」の日常的な営みの内に宿っている。」 古井由吉 53歳 全 ■ 12 「青年の口調を擬している。語り手を青年にしたのは、テーマの重さからして、適切であったか、と疑問を投げかけた選者がいた。私も同感である。」「眠りと目覚めについてこれほどの思いを、認識と感受性をめぐらす青年たちが、そうそう締まりのゆるい精神の持主とも思われない。語り手の人物にまず骨を通すことも、虚構の大事である。」 田久保英夫 63歳 全 ○ 16 「人の一生の半分は睡眠の時間だ、というが、これはそういう時間の量だけでなく、質にまで踏みこんで、日常の覚醒時を、睡眠時より優位におく通念の世界をひっくり返している。」「オノマトペが多すぎるのか、文章を平易にしているようでいて煩雑にし、守衛の一人が死にかける情景なども、終りのための終りで、うまく主題をいかしていないが、それでは私はこの独特の着想と、小説的なとらえ方に一票を入れた。」 大江健三郎 56歳 全 △ 15 「眠り人たちのあらわすいずれも辛い表情がしみじみと納得を誘うところはじめ、実社会で経験をかさねた作者の物の見方の確かさがゆるがぬ基盤をなしている。それだけに、語り手と仲間を若者に設定してかれらの内面によりそってゆく展開は、時に微妙なズレを見せる。」

他の候補作 荻野アンナ 「背負い水」 村上政彦 「ナイスボール」 魚住陽子 「別々の皿」 長竹裕子 「静かな部屋」 多田尋子 「体温」

荻野アンナ34歳×各選考委員　 「背負い水」 短篇 126枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 吉行淳之介 67歳 全 △ 8 「主人公の華やかさがしだいに侘しさに移行し、この主人公への作者の投影がその侘しさを増幅させ、とくに末尾が辛い。こういう角度から読んでみると、かえって味わいが出てきた。」「この作品での才気煥発には余分なところが多く、とくに地の文でのウィットは不発で、すこし抑えたほうがいいだろう。」 大庭みな子 60歳 全 △ 7 「この作品では、あふれてこぼれ落ちるものに、あるわびしさの漂う文学のなつかしさがある。」 三浦哲郎 60歳 全 ■ 5 「私は、この人はアウトサイダーとして自分の才能を最大限に発揮できる人だと思っているから、ちとお気の毒という気がしないでもない。芥川賞に囚われぬことを祈ります。」 丸谷才一 65歳 全 ● 8 「わたしには解しかねる作品であつた。登場人物間の関係が、表面的なことはよくわかるけれど、ちよつと深い層になると見当もつかない。どうやら、ユーモアのつもりのものが魂を描くことの邪魔をし、新しさを狙つたものが真実に迫ることを妨げてゐるらしい。」 河野多恵子 65歳 全 ○ 18 「第一回の候補の時から多くの選者が才能は認めておりながら、毎回見送りとなった。何よりも才気の空まわりが目立ったからだが、受賞作ではそういう弱点が多分に消え、作家としての成長を示している。欠点はあるけれども……。」「この作品の男女の描き方は全く新しい。」「作者は男女を描くのに、常にまず人間として見ることを経て男あるいは女を描いている。」 日野啓三 62歳 全 ○ 5 「これまでの候補作のなかで最もまとまっているように思えた。」 黒井千次 59歳 全 □ 12 「いわば精神の居場所を探し出せぬ女性イラストレーターの恋愛乃至は男関係を、スピードのある饒舌体で捉えようとした作品である。」「彷徨する意識の劇画調風俗画とでもいえそうな小説であり、時に空転する嫌いがあるにしても、この才気と筆力には注目すべきものがある。」 古井由吉 53歳 全 ■ 11 「口の達者な作品である。作品がつらいところへさしかかると、機智がはじける。むしろ頓知頓才というべきか。」「しかし、読んでいるとつらくなる、とそんな感想をもらした選者がいた。いたましいようで、というふくみである。泣きの変形だと私も感じた。」「人を疲れさせ、しまいには同情をひいてしまうというのは、やはり作者の考慮すべきところだろう。」 田久保英夫 63歳 全 ■ 13 「以前の候補作「ドアを閉めるな」の方がいい、と思った。」「「嘘」と「実」の変転は、うまく女の生きる像に一つの焦点を結んでこない。私たちの「背負い水」は生命維持に不可欠なものだが、「わたし」にとってジュリーとの間がそうであるにしては、裕さんに興味を持ったり、カンノと性的関係を持ったりしすぎる。」 大江健三郎 56歳 全 ○ 19 「これまでの候補作に、荻野アンナ氏の書き方の苦しい危うさは、才能の質ともどもくっきり見られた。」「ところが『背負い水』にいたって、作者はそうした個性をたわめることをせず、しかもしっかりジャストミートした。それはまず主人公の娘の性格付けが、作者自身から距離を正確にとってなされているからだ。」「娘は当世風の新しい生活をしているものの、それと矛盾しない古さのみじめな心の傷も積みかさねる。」

他の候補作 辺見庸 「自動起床装置」 村上政彦 「ナイスボール」 魚住陽子 「別々の皿」 長竹裕子 「静かな部屋」 多田尋子 「体温」

村上政彦32歳×各選考委員　 「ナイスボール」 中篇 173枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 吉行淳之介 67歳 全 ■ 3 「死んだとおもっていた父親が出現してきたところまでは良くて、期待した。しかし、そのあとの展開が強引になった。」 大庭みな子 60歳 全 △ 3 「だめな男を、女性ではない男性の眼で追いつめる爽やかさが、男性的な生命感になっている。」 三浦哲郎 60歳 全 ― 0   丸谷才一 65歳 全 ― 0   河野多恵子 65歳 全 ― 0   日野啓三 62歳 全 ― 0   黒井千次 59歳 全 ― 0   古井由吉 53歳 全 ― 0   田久保英夫 63歳 全 ― 0   大江健三郎 56歳 全 ― 0	他の候補作 辺見庸 「自動起床装置」 荻野アンナ 「背負い水」 魚住陽子 「別々の皿」 長竹裕子 「静かな部屋」 多田尋子 「体温」

魚住陽子39歳×各選考委員　 「別々の皿」 短篇 75枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 吉行淳之介 67歳 全 ― 0   大庭みな子 60歳 全 △ 2 「「別々の皿」をかかえて胃を押さえる現代人の暮しに頷く人は多いだろう。」 三浦哲郎 60歳 全 ― 0   丸谷才一 65歳 全 ― 0   河野多恵子 65歳 全 ― 0   日野啓三 62歳 全 ― 0   黒井千次 59歳 全 ― 0   古井由吉 53歳 全 ― 0   田久保英夫 63歳 全 ― 0   大江健三郎 56歳 全 ― 0	他の候補作 辺見庸 「自動起床装置」 荻野アンナ 「背負い水」 村上政彦 「ナイスボール」 長竹裕子 「静かな部屋」 多田尋子 「体温」

長竹裕子(32歳)×各選考委員　 「静かな部屋」 短篇 122枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 吉行淳之介 67歳 全 △ 3 「なかなかの可能性を感じた。」 大庭みな子 60歳 全 △ 4 「人の立てる音に異様に敏感になっている人間や、自分のつくる音の行方や、またその音が吸い込まれて消えてしまうような世界の実在感がある。」 三浦哲郎 60歳 全 ― 0   丸谷才一 65歳 全 ― 0   河野多恵子 65歳 全 ― 0   日野啓三 62歳 全 ― 0   黒井千次 59歳 全 ■ 4 「不在の感覚から出発して生活へと向う心の動きを捉えようとする姿勢に共感はするけれど、テーマを展開し切れなかったのが惜しまれる。」 古井由吉 53歳 全 ― 0   田久保英夫 63歳 全 △ 4 「注目した。若者の肉体の障害をとりあげ、その言葉と行動の通わぬ隙間を、繊細な感覚で追っているが、やや観念がこなれていない。」 大江健三郎 56歳 全 ― 0	他の候補作 辺見庸 「自動起床装置」 荻野アンナ 「背負い水」 村上政彦 「ナイスボール」 魚住陽子 「別々の皿」 多田尋子 「体温」

多田尋子59歳×各選考委員　 「体温」 短篇 108枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 吉行淳之介 67歳 全 ― 0   大庭みな子 60歳 全 △ 4 「古風な作品世界にほっとする人も、もの足りなさを感ずる人もいるだろうが、作家は己れの作風を確立する以外に道はない。」 三浦哲郎 60歳 全 ◎ 23 「強く惹かれた。」「多田さん、新味がないなどという批判に動揺してはいけません。新味なんて、じきに消えてなくなるものです。あなたのこれまでの人生の消えない真実をためらわずにお書きなさい。それが本当の小説というものなのですから。」 丸谷才一 65歳 全 ◎ 15 「感心した。デッサンが確かでディテイルがいい。筋の運びに無理がないし、そのくせ筋に綾をつけるつけ方がうまい。」「何しろ地味な作風なので古風に見えるかもしれないが、古くさくはない。」「このおだやかで安定した態度は注目に価する。」 河野多恵子 65歳 全 ― 0   日野啓三 62歳 全 ― 0   黒井千次 59歳 全 ■ 3 「よく形の整った作品で好感を抱かせるが、そのおとなしさがいささか小説の力を削ぐ方向に働き過ぎてはいないであろうか。」 古井由吉 53歳 全 ― 0   田久保英夫 63歳 全 ― 0   大江健三郎 56歳 全 ― 0

他の候補作 辺見庸 「自動起床装置」 荻野アンナ 「背負い水」 村上政彦 「ナイスボール」 魚住陽子 「別々の皿」 長竹裕子 「静かな部屋」