第36回

第35回第37回

昭和31年/1956年下半期 昭和32年/1957年1月21日決定発表／『文藝春秋』昭和32年/1957年3月号選評掲載

選考委員　 石川達三 51歳 瀧井孝作 62歳 丹羽文雄 52歳 中村光夫 45歳 舟橋聖一 52歳 川端康成 57歳 井上靖 49歳 宇野浩二 65歳 佐藤春夫 64歳 選評総行数　 30 33 27 36 30 26 27 90   評 評 評 評 評 評 評 評 選評なし 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 小林勝　「軍用露語教程」等 91枚 29歳 評 ― 0 △ 3 ● 1 △ 6 ■ 4 ― 0 ■ 9 △ 25     大瀬東二　「ガラスの壁」 69枚 28歳 評 □ 7 ● 5 ■ 3 ■ 5 ● 1 ― 0 ■ 3 ■ 12     藤枝静男　「犬の血」 91枚 49歳 評 ■ 8 ◎ 24 ■ 5 □ 9 ■ 10 ■ 6 △ 5 ■ 13     木野工　「煙虫」 125枚 36歳 評 ■ 4 ― 0 ■ 3 ■ 5 ● 1 ― 0 ● 2 ● 10     北杜夫　「人工の星」 120枚 29歳 評 ■ 5 ― 0 ● 2 ● 4 ● 1 ― 0 ● 2 ● 8     岡葉子　「黒い爪」 81枚 48歳 評 ― 0 ● 5 ○ 7 ■ 6 △ 6 △ 3 △ 5 ■ 17     堀内伸　「彩色」 91枚 (28歳) 評 ― 0 ― 0 ■ 3 ■ 5 ■ 3 ― 0 ■ 3 ■ 8                     欠席 年齢/枚数の説明   見方・注意点

石川達三51歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題寂しさ　総行数30　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 小林勝 29歳 全 ― 0   大瀬東二 28歳 全 □ 7 「私は好きだったが、意外に賛成者が少なかった。当選作とするには物足りないものがあるが、才能もあり筆力もある人だと思う。取調べる側としらべられる少年犯罪者の側との心の喰いちがいを正確にとらえて居て、危なげがない。ごま化しがない。」 藤枝静男 49歳 全 ■ 8 「瀧井さんが推したが、私はやはり物足りない。この小説が終ったところから、本当の小説が始まるのだと思う。」「主人公が相手と正面切って対決した、その対決からこの主題は展開すべきだ。」「日本人の小説にはこういう終り方がよくあるように思うが、これでは終りにならない。もっと正面から取組んでほしいと思った。」 木野工 36歳 全 ■ 4 「面白いところがたくさん有るにかかわらず、強く推す人はなかった。煙虫という仮定の設定と、その他のリアルな部分との関連が不充分で、むしろ虫などを持ち出さない方が、良かったのではないかと私は思った。」 北杜夫 29歳 全 ■ 5 「（人工の星）のような仮定な作品は、もっと書かれてもいいと思うが、これは作者の意気込みが空転しているようで、問題にされなかった。何か結果を急ぎながら書いているような気ぜわしさがあって、読み辛い。」 岡葉子 48歳 全 ― 0   堀内伸 (28歳) 全 ― 0     「銓衡が終って当選作なしときまったあと、委員会は何となくさびしくなってしまった。みんなが口々に寂しがっていた。反対意見があるようなものでも、やはり当選作が出ると何かしら活気立つ。」

他の選考委員 瀧井孝作 丹羽文雄 中村光夫 舟橋聖一 川端康成 井上靖 宇野浩二

瀧井孝作62歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題藤枝氏の清潔な心持　総行数33　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 小林勝 29歳 全 △ 3 「まあ稍まとまってはいるが、余りに小粒で、この人の作ではこれよりも文學界二月号の「日本人中学校」の方が、尚佳いように見えた。」 大瀬東二 28歳 全 ● 5 「どこがよいのか私には分らなんだ。奔放な作のように見られたが、これは幼稚でまとめる腕がないから荒っぽいので、点の甘いひいき目に見ても、これらは子供の自由画程度の面白味ではないかしら。」 藤枝静男 49歳 全 ◎ 24 「一番佳いと思った。」「北満の殺風景な兵隊の雑事にも、端的な自然描写が実にいきいきした色彩と滋味とを加えて、うまいと思った。人物の性格もよく描き分けられて、実によく見て見抜いてあると思った。このような眼の確かな克明な描写の小説は、日本人ばなれがしていると思った。」「青年の清潔な心持が世俗の邪悪にいかに対抗したか、これがテーマだが、この清潔な心持は、この人の独特のもので、そうざらにはない得難いものではないかしら。」 木野工 36歳 全 ― 0   北杜夫 29歳 全 ― 0   岡葉子 48歳 全 ● 5 「どこがよいのか私には分らなんだ。奔放な作のように見られたが、これは幼稚でまとめる腕がないから荒っぽいので、点の甘いひいき目に見ても、これらは子供の自由画程度の面白味ではないかしら。」 堀内伸 (28歳) 全 ― 0     「こんどは大方のが稀薄なので、銓衡も何だか気乗薄のようで、「無しにしよう」という大勢になって、私の推した「犬の血」も、この大勢にまきこまれた恰好になったが。」

他の選考委員 石川達三 丹羽文雄 中村光夫 舟橋聖一 川端康成 井上靖 宇野浩二

丹羽文雄52歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題ひと言　総行数27　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 小林勝 29歳 全 ● 1 「あまりに弱々しい。」 大瀬東二 28歳 全 ■ 3 「人間心理の空白をとらえているのは面白いが、「異邦人」があるので損である。」 藤枝静男 49歳 全 ■ 5 「単なるお話にすぎないとまず私は言った。そういうのも、「イペリット眼」や「痩我慢の説」のよさをよく知っているからである。この程度の人物の描き分け、風景描写なら、とくにとりあげるまでもない。藤枝静男の本質はこんなものに現われてはいないからだ。」 木野工 36歳 全 ■ 3 「さらに筆を入れ、省略をすれば、よいものになりそうである。」 北杜夫 29歳 全 ● 2 「無駄な努力である。」 岡葉子 48歳 全 ○ 7 「褒めたのは、私と井上靖君だけであったが、それを芥川賞にどこまでも推すかとなると、躊躇せざるを得なかった。材料がいやらしいから嫌だといったひともあるが、それはあくまで個人的感情であって、この作の欠点ではない。奔放な作品だと思った。」「小説というもののもっとも素朴な面白さを持っている、いまどき珍しい小説である。」 堀内伸 (28歳) 全 ■ 3 「秀れた短篇があるかと思うと、それをぶっこわしてしまう短篇があらわれたりして、全体が相殺されてしまった。皮肉な結果である。」   「やはり授賞作品のなかったことは、淋しい。しかし、最後まで頑張りたい作品がなかったのだから致し方がない。」

他の選考委員 石川達三 瀧井孝作 中村光夫 舟橋聖一 川端康成 井上靖 宇野浩二

中村光夫45歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題受賞作なし　総行数36　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 小林勝 29歳 全 △ 6 「きれいにまとまって居り、二重人格めいた露語教師の姿も簡潔に捉えられていますが、全体として作文めいた幼さで、小説としての重味がありません。有望な人ですが、この作品では、と思われます。」 大瀬東二 28歳 全 ■ 5 「まだ海のものとも山のものともつかない才気がひとりで踊っている感じで、それはそれとして珍重すべきかも知れませんが、それ以上のものではありません。」 藤枝静男 49歳 全 □ 9 「どっしり厚味のある作品で、辺地の駐屯軍の澱んですえたような空気がよく描かれていて、一本気すぎる正義派の主人公の気持にも同感できるのですが、終りに難があり、全体としても単調で今一歩の魅力がかけています。」「着実に進歩もしているので、推すならこれと思いながら、あえて強く支持できなかったのは、そのためです。」 木野工 36歳 全 ■ 5 「ニコチン中毒の士官という異常な題材を扱いながら、書き方がものものしいわりに実感がなく、三作（「軍用露語教程」「煙虫」「犬の血」）のうち一番劣ります。」 北杜夫 29歳 全 ● 4 「こういう幻想的な小説は、日本ではむずかしいので、或る期待をもってよみましたが、失望しました。作者自身が幻想に酔うまえに、読者を酔わせることを考えてほしいと思います。」 岡葉子 48歳 全 ■ 6 「異色ある作品で、作者の我と野心の強さを感じさせますが、原始にちかいどん底生活と女性のナルシシスムをない合わせたテーマの特異性に、作者自身陶酔している感じで、描写の感覚にも金属の切り口が銹びたような汚れが目立ち、結局主人公のナルシシスムが小説として独立して来ません。」 堀内伸 (28歳) 全 ■ 5 「まだ海のものとも山のものともつかない才気がひとりで踊っている感じで、それはそれとして珍重すべきかも知れませんが、それ以上のものではありません。」   「軍隊と戦争を扱った作品が多いのが、まず目立ちました。戦後十年の現在が、我国でも本当の戦争文学の出る時期で、これらの作品はその前触れかも知れません。」「僕も授賞作なしに賛成しましたが、「なし」にきめるのはなにか寂しい気がして、がっかりします。」

他の選考委員 石川達三 瀧井孝作 丹羽文雄 舟橋聖一 川端康成 井上靖 宇野浩二

舟橋聖一52歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題「黒い爪」その他　総行数30　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 小林勝 29歳 全 ■ 4 「今回の候補作家の中では、一番たしかな筆力がある」「せっかくの材料が生煮えに終っている。」「扱い方では、もっと面白くなったろうとおもう。」 大瀬東二 28歳 全 ● 1 「（引用者注：他に比べて）更に見劣りがする。」 藤枝静男 49歳 全 ■ 10 「「痩我慢の説」より、手がこんでいるようだが、最後で破綻して、まとまりが悪いのは、惜しいというものの、瀧井さんがあんなに推賞するほどの出来ではない。藤枝も岡と同じ明治生れの老人の部で、芥川賞はもっと若い世代に期待したい。私はこの人のものでは「イペリット眼」が一番好きだ。」 木野工 36歳 全 ● 1 「（引用者注：他に比べて）更に見劣りがする。」 北杜夫 29歳 全 ● 1 「（引用者注：他に比べて）更に見劣りがする。」 岡葉子 48歳 全 △ 6 「強いて上げれば、岡葉子の「黒い爪」ぐらいなものであるが、たとえ明治生まれで、われわれ選者と大して年の違わない老人の作と聞いても、授賞作としては物足りず、これを推していた丹羽君も、「該当作なし」と云うので、今回はそれもよかろうと思った。」 堀内伸 (28歳) 全 ■ 3 「将来に希望のもてる」「悪くはないが、コント集では、推し切れないし、出来不出来のムラがあって、差引損をしている。」   「今回は七作共、特にすぐれたものはなかった。」「然し、授賞作にはならなくても、候補に上がっただけで、文壇に通用するようになった曾野綾子や澤野久雄のような前例もある。今回の候補者からものし上がる人があるかも知れない。」

他の選考委員 石川達三 瀧井孝作 丹羽文雄 中村光夫 川端康成 井上靖 宇野浩二

川端康成57歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題妙な現象　総行数26　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 小林勝 29歳 全 ― 0   大瀬東二 28歳 全 ― 0   藤枝静男 49歳 全 ■ 6 「前に候補となった「イペリット眼」や「痩我慢の説」よりも、よくない」「もし、「イペリット眼」や「痩我慢の説」が今期の候補作になっていれば、授賞されたかもしれない。妙なことである。」 木野工 36歳 全 ― 0   北杜夫 29歳 全 ― 0   岡葉子 48歳 全 △ 3 「四十七、八歳の家庭の主婦で、力のある作品を書いているのには興味を持った。」 堀内伸 (28歳) 全 ― 0     「これまでの芥川賞を振りかえっても、受賞作家よりも候補作家の方が、その後いいものをより多く書いている例は決して少くない。芥川賞の力を過大に見ない方がいい。石原慎太郎氏のようなのは異例である。」「お隣りの直木賞で、五十七、八歳の今東光氏、私と共に文学の出発をした今氏が、「お吟さま」で、しかも裏千家の茶道雑誌「淡交」の掲載長編で受賞するというような、おもしろいことは芥川賞には起らない。」

他の選考委員 石川達三 瀧井孝作 丹羽文雄 中村光夫 舟橋聖一 井上靖 宇野浩二

井上靖49歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題推すべき作品なし　総行数27　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 小林勝 29歳 全 ■ 9 「読後の印象のよかった」「汚れのない非常にナイーブな作風で、意識して稚さに託したようなある美しさがある。ただ前回のものも、こんどの作品も小品で、授賞作品とするには軽い。参考として読んだ同じ作者の「斑猫チンキ」は、同じような作品だが、所々この作者らしからぬ荒れたところが見えた。」 大瀬東二 28歳 全 ■ 3 「しんの強いかちんとして手堅さはあるが、主題はすでに何回か書かれているものである。」 藤枝静男 49歳 全 △ 5 「手堅い作風で、こんどの候補作の中では唯一の、ともかく一人の人間を描き出そうとしている作品である。その意味では一番まっとうな作品と言えよう。併し、結末が読物的で、折角の主人公を造りものにしてしまったのは、いかにも残念だった。」 木野工 36歳 全 ● 2 「（引用者注：他に比べて）かなり見劣りがした。」 北杜夫 29歳 全 ● 2 「（引用者注：他に比べて）かなり見劣りがした。」 岡葉子 48歳 全 △ 5 「作者がこれを書こうとした発想には疑いを持つが、最後まで読ませて行く力はある。才能もあり、力量もあるのだから、それをいい加減に使わず、作品の主題について、もう少し神経質であるべきだろう。」 堀内伸 (28歳) 全 ■ 3 「達者な作品で、そつはないが、これだけでは何か小説として大切なものが示されていない感じである。」   「他を排して推す程の作品はないと思った。」

他の選考委員 石川達三 瀧井孝作 丹羽文雄 中村光夫 舟橋聖一 川端康成 宇野浩二

宇野浩二65歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題銓衡悲感　総行数90　（1行=26字） 候補 評価 行数 評言 小林勝 29歳 全 △ 25 「『軍用露語教程』は、気のきいた作品ではあるが、賞には推し難い小説である。ところで、私は、『軍用露語教程』には少しばかり感心して、それから、『斑猫チンキ』を読んで、がっかりした、」「私は、又、別のことを考えた。それは、この作者の前に候補作品になった『フォード・一九二七年』が、もし、今度の候補作品の中にはいっていたら、あるいは（あるいは、である、）賞になっていたかもしれない、と。」 大瀬東二 28歳 全 ■ 12 「主人公の少年と少年調査官のやりとりの会話は際だっている。が、カミュの『異邦人』（とは話も筋も違うけれど）の暗示をうけて、「一つやってやろう、」と思って、この小説を書いたのであろう、と臆測されても仕方がないであろう。」 藤枝静男 49歳 全 ■ 13 「かなり特殊な題材であるのに、何となくありふれた感じがするのが『キズ』である。それから、最後の方の試験のために犬の血を取る緊張した場面の最後は、私は、蛇足のように考えるのである。」 木野工 36歳 全 ● 10 「作者の意図は「奇妙な或るニコチン中毒者の半生の記録」を書いたつもりであったらしい。が、この小説は、あまりに奇妙になり過ぎて、箸にも棒にもかからぬ作品になってしまった。」 北杜夫 29歳 全 ● 8 「挿話のような話が多すぎる上に、それらの挿話が、中にはちょいと面白いのもあるけれど、総じてたわいがない、よって、この小説は、たわいがなくて、取り止めがない。この作者は、わりに多作家であるらしいから、努力家でもあろう、（引用者中略）願わくは、努力をもって、作品を少なくし、すぐれた小説を書き給わん事を。」 岡葉子 48歳 全 ■ 17 「この小説の話は、奇妙きてれつである、目をそむけたくなる場面もしばしばある、極りなくグロテスクである、それでいて、大へん面白い。」「この作者の空想力は、この小説だけについて云えば、頼もしい限りである。ところが、その空想力と反対に、この作者は、小説に一ばん肝心な、書き現し方が、上手でない、いや、下手なようである。それが『キズ』である。」 堀内伸 (28歳) 全 ■ 8 「八篇のコントを集めた、コント集である。」「これらの掌篇小説は、中にちょいと面白いのもあるけれど、大抵、『オモイツキ』である。小説には、思いつきは、大禁物である。」   「総体に、今度の候補作品の多くは、しいて奇をねらうような小説である。奇をねらう小説は邪道の小説である。」

他の選考委員 石川達三 瀧井孝作 丹羽文雄 中村光夫 舟橋聖一 川端康成 井上靖

小林勝29歳×各選考委員　 「軍用露語教程」等 短篇2篇 91枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石川達三 51歳 全 ― 0   瀧井孝作 62歳 全 △ 3 「まあ稍まとまってはいるが、余りに小粒で、この人の作ではこれよりも文學界二月号の「日本人中学校」の方が、尚佳いように見えた。」 丹羽文雄 52歳 全 ● 1 「あまりに弱々しい。」 中村光夫 45歳 全 △ 6 「きれいにまとまって居り、二重人格めいた露語教師の姿も簡潔に捉えられていますが、全体として作文めいた幼さで、小説としての重味がありません。有望な人ですが、この作品では、と思われます。」 舟橋聖一 52歳 全 ■ 4 「今回の候補作家の中では、一番たしかな筆力がある」「せっかくの材料が生煮えに終っている。」「扱い方では、もっと面白くなったろうとおもう。」 川端康成 57歳 全 ― 0   井上靖 49歳 全 ■ 9 「読後の印象のよかった」「汚れのない非常にナイーブな作風で、意識して稚さに託したようなある美しさがある。ただ前回のものも、こんどの作品も小品で、授賞作品とするには軽い。参考として読んだ同じ作者の「斑猫チンキ」は、同じような作品だが、所々この作者らしからぬ荒れたところが見えた。」 宇野浩二 65歳 全 △ 25 「『軍用露語教程』は、気のきいた作品ではあるが、賞には推し難い小説である。ところで、私は、『軍用露語教程』には少しばかり感心して、それから、『斑猫チンキ』を読んで、がっかりした、」「私は、又、別のことを考えた。それは、この作者の前に候補作品になった『フォード・一九二七年』が、もし、今度の候補作品の中にはいっていたら、あるいは（あるいは、である、）賞になっていたかもしれない、と。」

他の候補作 大瀬東二 「ガラスの壁」 藤枝静男 「犬の血」 木野工 「煙虫」 北杜夫 「人工の星」 岡葉子 「黒い爪」 堀内伸 「彩色」

大瀬東二28歳×各選考委員　 「ガラスの壁」 短篇 69枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石川達三 51歳 全 □ 7 「私は好きだったが、意外に賛成者が少なかった。当選作とするには物足りないものがあるが、才能もあり筆力もある人だと思う。取調べる側としらべられる少年犯罪者の側との心の喰いちがいを正確にとらえて居て、危なげがない。ごま化しがない。」 瀧井孝作 62歳 全 ● 5 「どこがよいのか私には分らなんだ。奔放な作のように見られたが、これは幼稚でまとめる腕がないから荒っぽいので、点の甘いひいき目に見ても、これらは子供の自由画程度の面白味ではないかしら。」 丹羽文雄 52歳 全 ■ 3 「人間心理の空白をとらえているのは面白いが、「異邦人」があるので損である。」 中村光夫 45歳 全 ■ 5 「まだ海のものとも山のものともつかない才気がひとりで踊っている感じで、それはそれとして珍重すべきかも知れませんが、それ以上のものではありません。」 舟橋聖一 52歳 全 ● 1 「（引用者注：他に比べて）更に見劣りがする。」 川端康成 57歳 全 ― 0   井上靖 49歳 全 ■ 3 「しんの強いかちんとして手堅さはあるが、主題はすでに何回か書かれているものである。」 宇野浩二 65歳 全 ■ 12 「主人公の少年と少年調査官のやりとりの会話は際だっている。が、カミュの『異邦人』（とは話も筋も違うけれど）の暗示をうけて、「一つやってやろう、」と思って、この小説を書いたのであろう、と臆測されても仕方がないであろう。」

他の候補作 小林勝 「軍用露語教程」等 藤枝静男 「犬の血」 木野工 「煙虫」 北杜夫 「人工の星」 岡葉子 「黒い爪」 堀内伸 「彩色」

藤枝静男49歳×各選考委員　 「犬の血」 短篇 91枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石川達三 51歳 全 ■ 8 「瀧井さんが推したが、私はやはり物足りない。この小説が終ったところから、本当の小説が始まるのだと思う。」「主人公が相手と正面切って対決した、その対決からこの主題は展開すべきだ。」「日本人の小説にはこういう終り方がよくあるように思うが、これでは終りにならない。もっと正面から取組んでほしいと思った。」 瀧井孝作 62歳 全 ◎ 24 「一番佳いと思った。」「北満の殺風景な兵隊の雑事にも、端的な自然描写が実にいきいきした色彩と滋味とを加えて、うまいと思った。人物の性格もよく描き分けられて、実によく見て見抜いてあると思った。このような眼の確かな克明な描写の小説は、日本人ばなれがしていると思った。」「青年の清潔な心持が世俗の邪悪にいかに対抗したか、これがテーマだが、この清潔な心持は、この人の独特のもので、そうざらにはない得難いものではないかしら。」 丹羽文雄 52歳 全 ■ 5 「単なるお話にすぎないとまず私は言った。そういうのも、「イペリット眼」や「痩我慢の説」のよさをよく知っているからである。この程度の人物の描き分け、風景描写なら、とくにとりあげるまでもない。藤枝静男の本質はこんなものに現われてはいないからだ。」 中村光夫 45歳 全 □ 9 「どっしり厚味のある作品で、辺地の駐屯軍の澱んですえたような空気がよく描かれていて、一本気すぎる正義派の主人公の気持にも同感できるのですが、終りに難があり、全体としても単調で今一歩の魅力がかけています。」「着実に進歩もしているので、推すならこれと思いながら、あえて強く支持できなかったのは、そのためです。」 舟橋聖一 52歳 全 ■ 10 「「痩我慢の説」より、手がこんでいるようだが、最後で破綻して、まとまりが悪いのは、惜しいというものの、瀧井さんがあんなに推賞するほどの出来ではない。藤枝も岡と同じ明治生れの老人の部で、芥川賞はもっと若い世代に期待したい。私はこの人のものでは「イペリット眼」が一番好きだ。」 川端康成 57歳 全 ■ 6 「前に候補となった「イペリット眼」や「痩我慢の説」よりも、よくない」「もし、「イペリット眼」や「痩我慢の説」が今期の候補作になっていれば、授賞されたかもしれない。妙なことである。」 井上靖 49歳 全 △ 5 「手堅い作風で、こんどの候補作の中では唯一の、ともかく一人の人間を描き出そうとしている作品である。その意味では一番まっとうな作品と言えよう。併し、結末が読物的で、折角の主人公を造りものにしてしまったのは、いかにも残念だった。」 宇野浩二 65歳 全 ■ 13 「かなり特殊な題材であるのに、何となくありふれた感じがするのが『キズ』である。それから、最後の方の試験のために犬の血を取る緊張した場面の最後は、私は、蛇足のように考えるのである。」

他の候補作 小林勝 「軍用露語教程」等 大瀬東二 「ガラスの壁」 木野工 「煙虫」 北杜夫 「人工の星」 岡葉子 「黒い爪」 堀内伸 「彩色」

木野工36歳×各選考委員　 「煙虫」 短篇 125枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石川達三 51歳 全 ■ 4 「面白いところがたくさん有るにかかわらず、強く推す人はなかった。煙虫という仮定の設定と、その他のリアルな部分との関連が不充分で、むしろ虫などを持ち出さない方が、良かったのではないかと私は思った。」 瀧井孝作 62歳 全 ― 0   丹羽文雄 52歳 全 ■ 3 「さらに筆を入れ、省略をすれば、よいものになりそうである。」 中村光夫 45歳 全 ■ 5 「ニコチン中毒の士官という異常な題材を扱いながら、書き方がものものしいわりに実感がなく、三作（「軍用露語教程」「煙虫」「犬の血」）のうち一番劣ります。」 舟橋聖一 52歳 全 ● 1 「（引用者注：他に比べて）更に見劣りがする。」 川端康成 57歳 全 ― 0   井上靖 49歳 全 ● 2 「（引用者注：他に比べて）かなり見劣りがした。」 宇野浩二 65歳 全 ● 10 「作者の意図は「奇妙な或るニコチン中毒者の半生の記録」を書いたつもりであったらしい。が、この小説は、あまりに奇妙になり過ぎて、箸にも棒にもかからぬ作品になってしまった。」

他の候補作 小林勝 「軍用露語教程」等 大瀬東二 「ガラスの壁」 藤枝静男 「犬の血」 北杜夫 「人工の星」 岡葉子 「黒い爪」 堀内伸 「彩色」

北杜夫29歳×各選考委員　 「人工の星」 短篇 120枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石川達三 51歳 全 ■ 5 「（人工の星）のような仮定な作品は、もっと書かれてもいいと思うが、これは作者の意気込みが空転しているようで、問題にされなかった。何か結果を急ぎながら書いているような気ぜわしさがあって、読み辛い。」 瀧井孝作 62歳 全 ― 0   丹羽文雄 52歳 全 ● 2 「無駄な努力である。」 中村光夫 45歳 全 ● 4 「こういう幻想的な小説は、日本ではむずかしいので、或る期待をもってよみましたが、失望しました。作者自身が幻想に酔うまえに、読者を酔わせることを考えてほしいと思います。」 舟橋聖一 52歳 全 ● 1 「（引用者注：他に比べて）更に見劣りがする。」 川端康成 57歳 全 ― 0   井上靖 49歳 全 ● 2 「（引用者注：他に比べて）かなり見劣りがした。」 宇野浩二 65歳 全 ● 8 「挿話のような話が多すぎる上に、それらの挿話が、中にはちょいと面白いのもあるけれど、総じてたわいがない、よって、この小説は、たわいがなくて、取り止めがない。この作者は、わりに多作家であるらしいから、努力家でもあろう、（引用者中略）願わくは、努力をもって、作品を少なくし、すぐれた小説を書き給わん事を。」

他の候補作 小林勝 「軍用露語教程」等 大瀬東二 「ガラスの壁」 藤枝静男 「犬の血」 木野工 「煙虫」 岡葉子 「黒い爪」 堀内伸 「彩色」

岡葉子48歳×各選考委員　 「黒い爪」 短篇 81枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石川達三 51歳 全 ― 0   瀧井孝作 62歳 全 ● 5 「どこがよいのか私には分らなんだ。奔放な作のように見られたが、これは幼稚でまとめる腕がないから荒っぽいので、点の甘いひいき目に見ても、これらは子供の自由画程度の面白味ではないかしら。」 丹羽文雄 52歳 全 ○ 7 「褒めたのは、私と井上靖君だけであったが、それを芥川賞にどこまでも推すかとなると、躊躇せざるを得なかった。材料がいやらしいから嫌だといったひともあるが、それはあくまで個人的感情であって、この作の欠点ではない。奔放な作品だと思った。」「小説というもののもっとも素朴な面白さを持っている、いまどき珍しい小説である。」 中村光夫 45歳 全 ■ 6 「異色ある作品で、作者の我と野心の強さを感じさせますが、原始にちかいどん底生活と女性のナルシシスムをない合わせたテーマの特異性に、作者自身陶酔している感じで、描写の感覚にも金属の切り口が銹びたような汚れが目立ち、結局主人公のナルシシスムが小説として独立して来ません。」 舟橋聖一 52歳 全 △ 6 「強いて上げれば、岡葉子の「黒い爪」ぐらいなものであるが、たとえ明治生まれで、われわれ選者と大して年の違わない老人の作と聞いても、授賞作としては物足りず、これを推していた丹羽君も、「該当作なし」と云うので、今回はそれもよかろうと思った。」 川端康成 57歳 全 △ 3 「四十七、八歳の家庭の主婦で、力のある作品を書いているのには興味を持った。」 井上靖 49歳 全 △ 5 「作者がこれを書こうとした発想には疑いを持つが、最後まで読ませて行く力はある。才能もあり、力量もあるのだから、それをいい加減に使わず、作品の主題について、もう少し神経質であるべきだろう。」 宇野浩二 65歳 全 ■ 17 「この小説の話は、奇妙きてれつである、目をそむけたくなる場面もしばしばある、極りなくグロテスクである、それでいて、大へん面白い。」「この作者の空想力は、この小説だけについて云えば、頼もしい限りである。ところが、その空想力と反対に、この作者は、小説に一ばん肝心な、書き現し方が、上手でない、いや、下手なようである。それが『キズ』である。」

他の候補作 小林勝 「軍用露語教程」等 大瀬東二 「ガラスの壁」 藤枝静男 「犬の血」 木野工 「煙虫」 北杜夫 「人工の星」 堀内伸 「彩色」

堀内伸(28歳)×各選考委員　 「彩色」 短篇 91枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 石川達三 51歳 全 ― 0   瀧井孝作 62歳 全 ― 0   丹羽文雄 52歳 全 ■ 3 「秀れた短篇があるかと思うと、それをぶっこわしてしまう短篇があらわれたりして、全体が相殺されてしまった。皮肉な結果である。」 中村光夫 45歳 全 ■ 5 「まだ海のものとも山のものともつかない才気がひとりで踊っている感じで、それはそれとして珍重すべきかも知れませんが、それ以上のものではありません。」 舟橋聖一 52歳 全 ■ 3 「将来に希望のもてる」「悪くはないが、コント集では、推し切れないし、出来不出来のムラがあって、差引損をしている。」 川端康成 57歳 全 ― 0   井上靖 49歳 全 ■ 3 「達者な作品で、そつはないが、これだけでは何か小説として大切なものが示されていない感じである。」 宇野浩二 65歳 全 ■ 8 「八篇のコントを集めた、コント集である。」「これらの掌篇小説は、中にちょいと面白いのもあるけれど、大抵、『オモイツキ』である。小説には、思いつきは、大禁物である。」

他の候補作 小林勝 「軍用露語教程」等 大瀬東二 「ガラスの壁」 藤枝静男 「犬の血」 木野工 「煙虫」 北杜夫 「人工の星」 岡葉子 「黒い爪」