生没年月日【注】 | 昭和2年/1927年8月18日~平成19年/2007年3月22日 | |
在任期間 | 第79回~第89回(通算5.5年・11回) | |
在任年齢 | 50歳10ヶ月~55歳10ヶ月 | |
経歴 | 本名=杉浦英一。愛知県生まれ。東京商科大学理論経済学専攻卒。 | |
受賞歴・候補歴 |
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処女作 | 『中京財界史』(昭和30年/1955年) | |
個人全集 | 『城山三郎全集』全14巻(昭和55年/1980年1月~昭和56年/1981年3月・新潮社刊) | |
直木賞候補歴 | 第38回候補 「輸出」(『文學界』昭和32年/1957年7月号) 第40回受賞 「総会屋錦城」(『別冊文藝春秋』66号[昭和33年/1958年10月]) |
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サイト内リンク | ▼小研究-記録(年少受賞) ▼直木賞受賞作全作読破への道Part3 |
下記の選評の概要には、評価として◎か○をつけたもの(見方・注意点を参照)、または受賞作に対するもののみ抜粋しました。さらにくわしい情報は、各回の「この回の全概要」をクリックしてご覧ください。
選考委員 城山三郎 50歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
深田祐介 | 46歳 |
◎ | 12 | 「現代的なおもしろさという点では、「日本悪妻に乾杯」がよかった。」「とにかく、おもしろく、その悪妻の健気さに、ほろりとさせられもした。才気がありすぎると見られた点を、作品的にもどう克服するかが、この作者の今後の課題であろう。」 |
49歳 |
△ | 3 | 「いかにも当世風な男と女の関係を描いて、うまい。ただそれに尽きる。」 | |
49歳 |
△ | 14 | 「スケールもあり、時代のゆるやかなうねりを、細密画のようにていねいに描いている。」「ただし、これほどまで方言で塗りかためる必要があるかどうか、読みにくさが難。」 | |
選評出典:『オール讀物』昭和53年/1978年10月号 |
選考委員 城山三郎 51歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
52歳 |
◎ | 18 | 「たくましい筆力で、ひきこまれた。」「琴を聞きたい、いや琴の音が聞えてくるような、感動があった。」「重く読みづらいという声もあったが、わたしには、薪の山が消えかけてはまた華やいだ炎を上げるという感じが続き、一気に読むことができた。」 | |
阿刀田高 | 44歳 |
◎ | 15 | 「わたしには、いちばんおもしろく、現代を感じさせ、考えさせてくれた。」「北極からの風が吹き抜けて行くような新鮮さと戦慄がある。同工異曲の軽い思いつきのように見られ、損をしたが、その軽さ新しさは、相当に質のよいもので、こうした領域の仕事はもっと評価されていいと思う。」 |
42歳 |
■ | 10 | 「時代・舞台・人物の設定が秀抜で、いわゆる大道具・小道具の類もよく書きこまれている。」「わたしには、ドラマが盛り上りかけたところで、ふいに終る感じがし、結びの新聞記事とのかね合いが、うまく成功しているとは思えなかった。」 | |
選評出典:『オール讀物』昭和54年/1979年4月号 |
選考委員 城山三郎 51歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
帚木蓬生 | 32歳 |
◎ | 17 | 「極めて現代的な恐怖に目をすえ、国際的な舞台での人間の運命を追跡する知的で、しかも骨太な作品。それも、眼高手低とならず、構成も描写もみごと。」「わたしには、ほとんど非の打ちどころがないように見えたが、意外に賛同を得られなかった。」「この種の作品を評価することによって、日本の大衆文学の水準はさらに高まると思うのだが……。」 |
44歳 |
□ | 17 | 「今回は、その先回候補作にくらべ、わたしには必ずしもすぐれているとは思えなかったのに、一転して、多くの選者の強い支持があった。」「宝石細工のような作品だけに、乱作多作を避けての御精進を祈りたい。」 | |
54歳 |
― | 0 | ||
選評出典:『オール讀物』昭和54年/1979年10月号 |
選考委員 城山三郎 52歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
つかこうへい | 31歳 |
○ | 16 | 「三作品の中では、「ヒモのはなし」が、とびぬけておもしろかった。」「かつて、わたしは、「熱海殺人事件」という戯曲を読み芝居も見て、この作者のたたきつけるように荒々しいダイナミズム、不条理というかナンセンスの軽やかな美学といったものに感心したものだが、「ヒモのはなし」には、荒々しさに代って一種のペーソスがあり、この作者の大きな才能と将来性を感じさせた。」 |
深田祐介 | 48歳 |
○ | 11 | 「政治と商戦がだぶり、登場人物である商社員たちの内部では、日本の戦中と戦後が重なり合う。」「いわゆる調べた小説、足で書いた小説だが、「サンチャゴのおばん」と呼ばれる脇役の女性など、いきいきと描かれていた。」 |
選評出典:『オール讀物』昭和55年/1980年4月号 |
選考委員 城山三郎 53歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
深田祐介 | 49歳 |
○ | 14 | 「いかにも小説らしい小説で、書きすぎもせず、安定した出来上り。」「しっとりした作品だが、そうなると、同じ作者の「日本悪妻に乾杯」のようなおもしろさ新しさが望ましいということにもなり、いまさらこの人に、ということにもなってしまった。」 |
52歳 |
△ | 15 | 「それぞれに面白く、新鮮であったが、ひとつ気になるのは、読み進めば進むほど人間が濃く浮き出てきていいのに、逆に、人間の姿や匂いが稀薄になって行ってしまう、という感じがあることであった。」「文章もしっかりしており、構成にも工夫があり、本格的な重厚な作品だが、それでも、その欠点から逃れてはいない。」 | |
選評出典:『オール讀物』昭和56年/1981年4月号 |
選考委員 城山三郎 53歳 | ||||
候補 | 評価 | 行数 | 評言 | |
森田誠吾 | 55歳 |
◎ | 22 | 「わたし自身の個人的な感懐や体験を重ね合わせ、身につまされて読んだ。」「描き出された馬琴とその周辺の人物たちの姿は、そのまま現代の物書きや出版人の姿を思わせ、さらにまた人間そのものの生き方や運命について考えさせるものがあった。」「読み方によっては抵抗を感じる向きもあろうが、森田氏はそれも承知の上で、描き切っている感じである。」 |
48歳 |
○ | 21 | 「突拍子もない人間たちが、家の内も外もないような落語長屋風の舞台ににぎやかに出入りし、話にはずみが出てくる」「庶民にとってのひとつの戦中戦後を、さりげなく、しかし的確にとらえようという作者の思い入れの深さにもよるものなのであろう。」 | |
神吉拓郎 | 52歳 |
○ | 18 | 「話の展開の軽妙さ。虚が実になり、実が虚になるおもしろさ。」「味があり、気分のやすまる思いもして、しみじみと小説を読むたのしみを、いちばん感じさせてくれる作品であった。」 |
栗山良八郎 | (52歳) |
○ | 25 | 「わたし自身の個人的な感懐や体験を重ね合わせ、身につまされて読んだ。」「身につまされるだけでなく、読むのにつらかった。それだけよく調べ、海軍の裏の裏といったところにまでふみこんで描いている、ということでもあろう。」「感動も生れるのだが、一方、わずかに後味のわるさが残る気がしたのは、どうしたものであろう。」 |
選評出典:『オール讀物』昭和56年/1981年10月号 |