芥川賞のすべて・のようなもの
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Last Update[H27]2015/11/3

河上徹太郎
Kawakami Tetsutaro
生没年月日【注】 明治35年/1902年1月8日~昭和55年/1980年9月22日
在任期間 第17回~第20回(通算2年・4回)
在任年齢 41歳5ヶ月~42歳11ヶ月
経歴 長崎県長崎市生まれ。東京帝国大学経済学部卒。文学評論、美術評論で活躍、評論家として初めて芥川賞選考委員を務めた。
受賞歴・候補歴
  • 第5回読売文学賞[文芸評論賞](昭和28年/1953年)「私の詩と真実」
  • |候補| 第14回日本藝術院賞[文芸](昭和32年/1957年度)ポール・ベルレーヌ著『叡智』の訳詩
  • 第6回新潮社文学賞(昭和34年/1959年)『日本のアウトサイダー』
  • 第17回日本藝術院賞[文芸](昭和35年/1960年度)"多年にわたる業績"
  • 第21回野間文芸賞(昭和43年/1968年)『吉田松陰』
  • 第3回日本文学大賞(昭和46年/1971年)『有愁日記』
  • 文化功労者(昭和47年/1972年)
個人全集 『河上徹太郎全集』全8巻(昭和44年/1969年5月~昭和47年/1972年1月・勁草書房刊)
備考
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下記の選評の概要には、評価として◎か○をつけたもの(見方・注意点を参照)、または受賞作に対するもののみ抜粋しました。さらにくわしい情報は、各回の「この回の全概要」をクリックしてご覧ください。

芥川賞 17 昭和18年/1943年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数15 (1行=26字)
選考委員 河上徹太郎 男41歳
候補 評価 行数 評言
男38歳
12 「之を推した気持には、そのごつごつした筆致の中に、此の平凡だが得難い素材に対し、ひたむきな意気込を感じたからである。」「お望みなら読者は此の作品を浪曼的と読んでも構わないのである。そこに作者の人柄のよさがある。」
  「従来の芥川賞は、新人にしろ又苦節十年組にしろ、もうここいらで一人前になったとして、文壇での一人歩きを保証する意味があったと思う。そういう鑑識能力が必要なら、僕は委員の資格はない。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和18年/1943年9月号)
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芥川賞 18 昭和18年/1943年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数12 (1行=26字)
選考委員 河上徹太郎 男42歳
候補 評価 行数 評言
男41歳
10 「皆が一番ひかれたのは、結局此の作品の中に何ともいえぬ心和やかなものがあったからであろう。此の和やかさは(引用者中略)主人公の周囲の人々に対する美しい心に現れている許りではなく、例えば紙漉きの場面なんかにもよく出ている。そういうものこそ作者の作家としての素質のよさというものだと思う。他に若干未熟さや粗雑さがあっても進んで推薦する所以である。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和19年/1944年3月号)
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芥川賞 19 昭和19年/1944年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数12 (1行=26字)
選考委員 河上徹太郎 男42歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
11 「荒っぽい、題材の生々しい小説である。話が未解決で、途中随所に作者の荒々しい吐息が聞えるのは、此の材料が生きた事実であることの証拠であろう。」「彼はあるが儘に登場人物の中学生を持ちあぐんで、此の作品と共に混沌の中におっぽり出しているが、そこに此の作品の生命があるのであって、彼自身は別にそこから抜け出して、次作「雑巾先生」で解決の報告をしている。」「芸術的に不備な点が相当目立つに拘らず、矢張推したい気持を抱かせた。」
男32歳
1 「他の審査員が述べるであろう。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和19年/1944年9月号)
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芥川賞 20 昭和19年/1944年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数15 (1行=26字)
選考委員 河上徹太郎 男43歳
候補 評価 行数 評言
男26歳
15 「当選ときまって見ると、こんな的確な抒情味の作品が久し振に芥川賞にはいったという感が強く感じられて、心たのしかった。」「然し私は最初から何となく此の作品を入選作として推薦するのを躊躇していた。此の、抒情の、一方的な、手放しの奔出の中に、何か一人できめ込んだ、思い上ったものがありはしないかという疑念である。」「例えば、これ程打ち込んで描いた少女の相貌が読後一向私が眼に残らないのはどうしたことか?」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和20年/1945年3月号)
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