生没年月日【注】 | 昭和9年/1934年9月3日~平成30年/2018年10月18日 | |
受賞年齢 | 38歳10ヵ月 | |
経歴 | 青森県弘前市生まれ。早稲田大学文学部中退。昭和32年/1957年より『週刊読売』記者、フリーライターを経て小説家に。 | |
受賞歴・候補歴 |
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「津軽世去れ節」「津軽じょんから節」
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印刷/発行年月日 | 発行 昭和47年/1972年11月30日(初版) | ||||
測定媒体発行年月日 | 発行 昭和48年/1973年8月8日(再版) | ||||
発行者等 | 発行者 高橋彰一 印刷製本 太陽印刷工業株式会社 | ||||
発行所 | 津軽書房(青森県弘前市) | 形態 | 四六判 上製 | ||
総ページ数 | 263 | 表記上の枚数 | ― | 基本の文字組 (1ページ当り) |
43字 ×16行 ×1段 |
本文ページ |
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測定枚数 | 144枚 |
書誌
昭和49年/1974年10月・角川書店/角川文庫『津軽世去れ節』所収
昭和62年/1987年8月・津軽書房/長部日出雄・津軽の本1『津軽世去れ節』所収
平成1年/1989年5月・文藝春秋/文春文庫『津軽世去れ節』所収
平成2年/1990年10月・埼玉福祉会/大活字本シリーズ『津軽世去れ節(上)』所収
平成5年/1993年12月・ぎょうせい刊『ふるさと文学館 第三巻 青森』所収
『オール讀物』昭和48年/1973年10月号
平成1年/1989年8月・小学館刊『昭和文学全集 第32巻』所収
収録作品の書誌
津軽世去れ節
昭和46年/1971年9月・三一書房刊『現代の小説 1971年度前期代表作』所収
初出『別冊小説現代』昭和46年/1971年陽春号[☆月]
津軽じょんから節
初出『別冊小説現代』昭和45年/1970年新秋号[☆月]
昭和54年/1979年4月・集英社/集英社文庫『日本名作シリーズ2 音楽小説名作選』所収
他の収録作品
「死者からのクイズ」(『週刊小説』昭和47年/1972年7月28日号)
「津軽十三蜆節」(『別冊小説現代』昭和46年/1971年新春号[☆月])
「猫と泥鰌」(『別冊小説現代』昭和46年/1971年新秋号[☆月])
「雪のなかの声」(『別冊文藝春秋』昭和47年/1972年新春号[☆月])
候補者 長部日出雄 38歳 | ||||
選考委員 | 評価 | 行数 | 評言 | |
司馬遼太郎 | 49歳 |
○ | 52 | 「『もも』の天才がみごとに描写されていたし、その天才による昂揚と、その後にくるすさまじい失落が、いまも影絵のように私の心の中で動いている。ただ文章のキメの粗さが気になり、最初から推してはみたものの受賞まで漕ぎつけるかどうか、不安だった。」「かつて次点になった作品群よりこれらがすぐれているとは、かならずしもいえない。」 |
柴田錬三郎 | 56歳 |
◎ | 20 | 「材料の点からも、その材料を巧みに生かした語り口の点からも、満票となることは、目に見えていた。」「直木賞の候補になるのは、はじめてのようであったが、幸運なスタートと思われた。つまり、作家として、世間に問うに、恰好の材料を、長部日出雄氏は、つかんだのである。」 |
源氏鶏太 | 61歳 |
○ | 18 | 「近頃、こういうきっちりと、しかも、余分の物を省いて書いてある小説は珍しくなっている。この小説の成功は、津軽方言を見事に活かしたユウモアにあろう。そのくせ、題材は決して明るくはないのだが、ちゃんと「花」をそなえていた。」 |
石坂洋次郎 | 73歳 |
◎ | 41 | 「一番牽かれた。しかし私はそういう自分を警めもした。何故なら私は二篇の舞台になっている津軽の出身であり、(引用者中略)それやこれやで「世去れ節」的な理屈抜きの親近感を抱くおそれが大いにあったからである。」「この二作品では方言が見事に使いこなされているのに驚いた。」 |
水上勉 | 54歳 |
◎ | 18 | 「好感をもたせ、借りものでないその人の存在をみた」「主人公桃の人生に、作者がそそいだ心のたしかさを見た」「独特の、悠長で、大人の語り口なのがよい。貴重な味だ。」 |
川口松太郎 | 73歳 |
◎ | 24 | 「小説といえるかどうかが議論の岐れ道になったが面白さでは随一であった。私も楽しく読んだし世去れ節の名人といわれる人たちの三味線や声の修練に必死の努力をする場面はよく描けていた。」「受賞に至るまでも作家としての辛酸をなめていて「津軽世去れ節」が僥倖的作品とは思わない。」 |
村上元三 | 63歳 |
□ | 12 | 「受賞したのに、文句はないが、この一冊のすべての短篇を読んで、やはり「世去れ節」以外は、それほど買わない。詮衡委員の耳に、津軽じょんがらの三味線の音色があって、この作品は得をしていると思う。」 |
今日出海 | 69歳 |
○ | 21 | 「筆致は淡白で、読み易い。しかし書かれている内容はなかなか淡白なものではない。」「こんな人物を素直な筆致で書いたのも成功だろう。他は、先ず先ず無難で風変りなストーリーだが、作品に立ち向かうとこの筆は軽きに失する恐れもある。」 |
松本清張 | 63歳 |
○ | 14 | 「その土俗的な三味線弾きの迫力に感心した。」「描写が絃の音を耳や腹に響かせているようである。」「氏が三味線以外の世界に異った音色をひろげてゆくことを期待したい。」 |
選評出典:『オール讀物』昭和48年/1973年10月号 |
文量 |
短篇〔2篇〕 |
津軽世去れ節 | |
章立て | |
「1」~「9」 | |
時代設定 | 場所設定 |
明治~昭和初期 | 青森~北海道 |
登場人物 | |
●黒川桃太郎(通称嘉瀬の桃、津軽芸人) ●わたし(語り手) |
津軽じょんから節 | |
章立て | |
なし | |
時代設定 | 場所設定 |
[同時代] | 青森県弘前 |
登場人物 | |
●高山茂平(食堂主人、津軽三味線の名人) ●健作(地方紙記者) |