第160回

第159回第161回

平成30年/2018年下半期 平成31年/2019年1月16日決定発表／『オール讀物』平成31年/2019年3・4月合併号選評掲載

選考委員　 伊集院静 68歳 宮部みゆき 58歳 林真理子 64歳 桐野夏生 67歳 浅田次郎 67歳 宮城谷昌光 73歳 東野圭吾 60歳 高村薫 65歳 北方謙三 71歳 選評総行数　 123 112 95 98 85 92 110 102 100 評 評 評 評 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 真藤順丈　『宝島』 1053枚 41歳 評 ○ 32 ◎ 18 ◎ 36 ◎ 23 □ 26 ○ 40 ○ 23 ○ 18 ○ 25 今村翔吾　『童の神』 623枚 34歳 評 △ 20 △ 18 ● 11 ■ 15 ■ 11 ○ 24 ◎ 23 △ 14 ○ 21 垣根涼介　『信長の原理』 1099枚 52歳 評 △ 32 ○ 31 ■ 10 △ 13 △ 9 ■ 16 ■ 21 ■ 16 △ 17 深緑野分　『ベルリンは晴れているか』 899枚 35歳 評 △ 23 △ 35 ◎ 36 ■ 32 ◎ 28 ■ 9 ■ 25 ■ 27 ■ 15 森見登美彦　『熱帯』 940枚 40歳 評 △ 13 ■ 10 ● 16 ■ 15 ■ 11 ■ 12 △ 18 ● 13 ■ 12                   年齢/枚数の説明   見方・注意点

伊集院静68歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題光を描いた作品　総行数123　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 真藤順丈 41歳 全 ○ 32 「この長編が一気に読めたことで、この作家の並々ならぬ才気が伝わった。」「本作の何よりの素晴らしさは、人間はいかなる時も希望、すなわち光を求めていることを描けたところだろう。」 今村翔吾 34歳 全 △ 20 「これほどの名立たる登場人物を次から次に出して、物語の軸が揺るがないのは作者に平安という時代の吟味、造詣ができているからなのだろうと思った。初めて氏の作品に接したが、力のある新人がまだまだあらわれることに喜びを感じた。」 垣根涼介 52歳 全 △ 32 「文章が安定しており、候補作のなかで一番読み易かった。」「氏の作品の魅力は物語を押し進めて行くスピード感である。推進力と言ってもいい。これは才気である。本作の前の明智光秀に続いて戦国時代に敢えて挑んだ姿勢も頼もしく思った。」 深緑野分 35歳 全 △ 23 「よく取材をされ、取材の整理が感心するほどできていた。」「選考会では、果して日本人に、あの時代のドイツが理解できるのか、と疑問を発言したが、後日しばらく考えた時、小説は理解ではなく幻想をいかに現実もどきにするかだと考えをあらためた。短慮をお詫びしたい。」 森見登美彦 40歳 全 △ 13 「前半部に対して、後半部に疑問を抱く選考委員の意見があったが、私には後半部を興味深く読めた。これからもこの世界を突き進むことが氏にとって何より大切なことのように思えた。」   「今回の候補作は、どの作品も力作揃いで読んでいて小説を読む愉楽を感じた。」

他の選考委員 宮部みゆき 林真理子 桐野夏生 浅田次郎 宮城谷昌光 東野圭吾 高村薫 北方謙三

宮部みゆき58歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題光り輝く宝島　総行数112　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 真藤順丈 41歳 全 ◎ 18 「ほぼ満票の圧勝も当然の力作でした。」「沖縄だけでなく、全ての苦闘している人びと、圧迫されている人びと、辛い現実をかき分けながら希望を目指して前進している人びとに、「そろそろほんとうに生きるときがきた」とエールを贈る物語。」 今村翔吾 34歳 全 △ 18 「賞に落ちたのではなく、タイミングが早過ぎて賞に合わなかったのだと申し上げたいです。まつろわぬ者たちが自由を求めて戦い抜く平安版「ワンピース」、私は堪能しました。」 垣根涼介 52歳 全 ○ 31 「（引用者注：「宝島」と共に）もう一作、垣根涼介さんの『信長の原理』も推したのは、この作品が戦国ものの歴史小説としてユニークな詠み心地を与えてくれたからです。ポップで軽やかで、ポピュラーサイエンスの本やビジネス書的な面白さ。」「ただ選考会で、信長に関する基本的な歴史考証にいくつか定説と異なる記述があり、これが意図的なものだとするとその意図が物語に回収されていないし、うっかりミスだとすれば手痛い失点だ――というご意見を聞き、そこで諦めました。」 深緑野分 35歳 全 △ 35 「歴史小説としてはよく調べて書いたなあと感じ入っただけですが、ミステリーの仕掛けには本当にびっくりしたのです。」「結末を知ってから読み返すと、作者がどれだけ周到に伏線を張り、真相を気取られないよう慎重に、丁寧に、主人公たちの苦難の二日間を描いていたのかわかって、また驚きました。」「強いてミステリー的な難点を言うなら、クリストフの動機がよく見えないというところでしょうか。」 森見登美彦 40歳 全 ■ 10 「森見登美彦さんがこの世界で描こうとした世界と、「スランプに陥っている作家が、誰も読み通したことのない幻の物語の謎を解く」お話だと思い込んで読んだ私のワクワク感が、最後までどうしても重なりませんでした。」

他の選考委員 伊集院静 林真理子 桐野夏生 浅田次郎 宮城谷昌光 東野圭吾 高村薫 北方謙三

林真理子64歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題資料を越えた　総行数95　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 真藤順丈 41歳 全 ◎ 36 「（引用者注：「ベルリンは晴れているか」と共に）二作受賞を推そうと選考会に臨んだ。」「この迫力ある面白さといったらない。主人公の少年少女たちの誰もが魅力的であるし、合いの手といおうか茶々を入れてくる語り部（地霊か）によって、文体はさらに躍動感を増し、ひと息に読めてしまう。」「東京生まれの作者が、沖縄の魂を書ききるためには、大変な資料と取材が必要だったろう。しかしそれを感じさせない。」 今村翔吾 34歳 全 ● 11 「どなたか選考委員がゲームの名前をあげた。私もこのせわしなさは、ゲームのようだと思った。登場人物をよく理解しないうちに、小説は終ってしまったのである。」 垣根涼介 52歳 全 ■ 10 「アリの生態を人間のそれに置き替えるくだりは首をひねった。信長も秀吉もそれまでの像を破っていない。垣根さんなら、もっと新鮮な人物像を描くことが出来たのではないか。」 深緑野分 35歳 全 ◎ 36 「（引用者注：「宝島」と共に）二作受賞を推そうと選考会に臨んだ。」「私は以前の候補作「戦場のコックたち」について、「どうして他国の人を書かなくてはならないのか、という疑問が最後まで残る」と感想を持った。が、今回はその異和感がなかった。それは深緑さんが「戦後」という普遍的なものを見事に描いたからだ。」「ミステリーの部分は不要だという意見があったが、私もそう思う。」 森見登美彦 40歳 全 ● 16 「読者をぐるぐると迷路の中に誘い込んだ。その混乱が大好きという人もたくさんいるであろうが、私は楽しめなかった。」「読者も一緒になってイマジネーションを楽しむ作品なのだろうが、私は従いていけなかった。」

他の選考委員 伊集院静 宮部みゆき 桐野夏生 浅田次郎 宮城谷昌光 東野圭吾 高村薫 北方謙三

桐野夏生67歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数98　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 真藤順丈 41歳 全 ◎ 23 「とても巧緻な作品だ。軽妙な語り口、最後まで持ちこたえる強度、そして物語を語るものの目線の位置がなんとも絶妙であることなどからも、作者がとんでもない技倆の持ち主であることがわかる。」「パワーと軽みを支えている芯が、実は沖縄の風土とそこに住まう人々によるものだと、作者は肉体でわかっているかのようだ。傑作。」 今村翔吾 34歳 全 ■ 15 「発想はなかなかどうして面白いのだが、文体がビジュアル表現のト書きのように感じられることがある。登場人物が多く、あたかもオールスター戦の様相を呈しているせいもあろう。」 垣根涼介 52歳 全 △ 13 「地の文の確かな巧さでもって、最後まで読ませる。」「歴史的出来事の検証には目もくれず、ただ信長の生理と思考を中心に書かれた物語は、一生を不信の中に生きた信長という人物に、違う光を当てている。」 深緑野分 35歳 全 ■ 32 「力作である。問題は、作者の企図が読者に伝わりにくいということにあろうか。」「本書のテーマは、「物語」という自由な世界への激しい希求である。封じられたからこそ、切実な願いは心を打つ。だが、メインストーリーの賑々しさがそれを阻んだのは残念だ。」 森見登美彦 40歳 全 ■ 15 「導入部は大変魅力的だった。これからどんな話が始まるのかと期待したのだが、中盤から、作者が前段の構えに縛られているように感じられた。」

他の選考委員 伊集院静 宮部みゆき 林真理子 浅田次郎 宮城谷昌光 東野圭吾 高村薫 北方謙三

浅田次郎67歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題資質の探究　総行数85　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 真藤順丈 41歳 全 □ 26 「受賞に異論はない。沖縄からすぐれた作家や表現者が生まれるのは、美しい自然に恵まれ、なおかつその美しさにそぐわぬ苦悩を歴史が与えたからであろう。」「出身地を異にする作家が、沖縄の自然を愛し、苦悩の核を胸に抱いた。そして読者はこの小説を通して、知られざる苦悩を知る。」 今村翔吾 34歳 全 ■ 11 「作家的資質はいまだ模索中であろうと思われる。」「小説家は多才であってはならない。小説を書く以外の才能など、小説家にとっては糞の役にも立たぬからである。」 垣根涼介 52歳 全 △ 9 「作者の手に合った作品であると思った。小説家がみずからの資質を発見するのはすこぶる困難で、おそらく作者にもさまざまの迷いはあったであろうが、本作はぴたりと嵌まったように思う。」 深緑野分 35歳 全 ◎ 28 「私は迷わず（引用者中略）推した。」「人物描写がていねいで、風景もまるで細密画を見るようである。」「これだけ密度の濃い小説は今日稀である。」「あえて難を言うなら、以前の候補作と同様にミステリーの結構を持ちこんだことで、本来堂々たる人間劇となるはずの作品を、かえって小さくしてしまったきらいがあった。小説すなわちミステリーとするのは錯誤である。」 森見登美彦 40歳 全 ■ 11 「資質の発見に苦慮しておられるのは（引用者注：垣根涼介と）同様であろう。」「無責任な勘を働かせれば、もしや長篇向きの持続力よりも、短篇小説の強靭な筋肉を隠し持っているのではあるまいか。」   「今回は常にもまして粒揃いの作品が並ぶ選考会であった」

他の選考委員 伊集院静 宮部みゆき 林真理子 桐野夏生 宮城谷昌光 東野圭吾 高村薫 北方謙三

宮城谷昌光73歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題反抗する力　総行数92　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 真藤順丈 41歳 全 ○ 40 「（引用者注：「童の神」と共に）注目せざるをえなかった」「真藤氏の賢さは、物語の中核となる人を増やさないで展開したことにある。しかも氏のずるさは、もっとも重要な人物をすぐに不在とし、それを謎として、読者を巻末までひきずったことである。」」「話の落としどころとしては、形而下ではなく形而上にもってゆかないと、読み手は納得できないのではないか、と私は思った。この思いが裏切られる結末になったとはいえ、この作品を否というつもりはない。」 今村翔吾 34歳 全 ○ 24 「（引用者注：「宝島」と共に）注目せざるをえなかった」「日本の歴史・時代小説の息苦しさは、戦国時代か幕末を書かなければ読者の共感を得にくいことである。今村氏はそれを承知で、敢然と平安時代を書き、しかも通念としてある善と悪をひっくりかえしてみせた。私はこの作品の成否をわきにおいて、その勇気をたたえたい。」 垣根涼介 52歳 全 ■ 16 「信長を書く場合、『信長公記』によって形成された信長観を通して信長像を創るとなると、どうしても似たり寄ったりにならざるをえない。むろん垣根氏もそのあたりを突破したかったにちがいないが、私としては、たれも書かなかった信長がここで書かれた、とは思わなかった。」 深緑野分 35歳 全 ■ 9 「構成にひねりが加えられている。それが成功していれば、不満を述べなくてすむが、私は成功していないとみた。」 森見登美彦 40歳 全 ■ 12 「本があっても、たれもその結末がわからない、というむずかしい設定がなされている。」「それを知的な遊戯にしないで、愚直におしすすめていったら、あるいはまれにみる名作になったのではないか。」   「今回はずいぶん特色のある作品がならんだように感じられた。」

他の選考委員 伊集院静 宮部みゆき 林真理子 桐野夏生 浅田次郎 東野圭吾 高村薫 北方謙三

東野圭吾60歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数110　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 真藤順丈 41歳 全 ○ 23 「私は瑞々しくも荒々しい青春小説として読んだ。」「主要登場人物以外の一瞬しか登場しない人物にも魅力があり、沖縄の苦難を吹き飛ばすユーモアもあった。肝心の英雄の偉大さを語る具体的なエピソードが少なかったのが残念だが、上質のエンタテイメント作品だと思う。△にしたが、ニアリーイコール○である。」 今村翔吾 34歳 全 ◎ 23 「読んでいる最中、頭に浮かんだのは『アベンチャーズ』であり、『ジャスティス・リーグ』だった。特殊な能力を持った登場人物たちが平安京を跋扈するヒーローものだと解釈した」「暗い歴史を仄めかす伝承は、どこの国にもある。こういう形で光を当てると同時に、自分自身も楽しもうとしている作家の姿勢を評価したい。今回は本作を○とした。」 垣根涼介 52歳 全 ■ 21 「働き蟻の法則をモチーフにした点が特徴で、斬新な発想だと思った。しかしそれに基づいた合戦での応用が、「味方全員が命がけになる」という精神論では、肩すかしだった。」「法則を集団ではなく、たった五人にまで絞り込み、しかも怠け者を裏切り者にすり替えているのは強引な印象が。」 深緑野分 35歳 全 ■ 25 「「幕間」のエピソードの臨場感、緊迫感に引き込まれた。残念ながらミステリ仕掛けの部分が大きく足を引っ張った。主人公をはじめ、登場人物たちの行動に無理が多く、作者の都合で動かされているとしか思えない。」「毒物に関する仕掛けもおかしい。真相がこうなら、歯ブラシの出番はない。」 森見登美彦 40歳 全 △ 18 「本作には○も△も×も付けられなかった。この作品の何を楽しめばいいのか、まるでわからなかったからだ。」「候補になっているのだから、ほかの人にはわかる美点があるに違いない。それが全く見えないのは、私に文学的素養がないからだろう。つまり本作は純文学なのだ。たぶん。」

他の選考委員 伊集院静 宮部みゆき 林真理子 桐野夏生 浅田次郎 宮城谷昌光 高村薫 北方謙三

高村薫65歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数102　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 真藤順丈 41歳 全 ○ 18 「どこを向いても意味ではちきれそうな空間が、勢いあまって自ら破裂し、小説の磁場をまき散らしている、とでも言おうか。ほとんどマンガに近い擬音語や過剰な装飾語などが小説表現としての稚拙さを突き抜けてしまうのは、沖縄という素材そのものの力でもある。」「沖縄はいま、小説の宝島である。」 今村翔吾 34歳 全 △ 14 「酒呑童子や源頼光四天王が大暴れする勧善懲悪の活劇は、実に楽しい読み物になっており、その意味では、本作は大衆小説の王道に連なる磁場を放っていると言えるかもしれない。」 垣根涼介 52歳 全 ■ 16 「武将たちの人間像を捨象して意図的に人物相関と合戦の解説に徹した手法は、それゆえに小説本来の磁場をもつことはできず、もとより合戦絵巻でもないので、結果的に、どう書いてもよくできたビジネス書になるほかなかったのではないだろうか。」 深緑野分 35歳 全 ■ 27 「この作者の、第二次大戦時のヨーロッパの風土への関心には少女の憧れに近いものを感じるが、この種のマニアックさは、オタクが市民権を得た現代ではとくに珍しくもない。作者にとって小説は、大好きな世界を再現する器であり、収集した情報を巧みに駆使して器を満たしてゆく技量もある。そうして一見ヨーロッパ映画のような仕上がりの世界が立ち上がるのだが、そこにはつねに自己満足と紙一重の危うさがひそんでいる。」 森見登美彦 40歳 全 ● 13 「繰り出される言葉の織物は、やがて小説らしい磁場をはらんでゆくことが十分に予感されるのだが、残念ながら今回はそれ以前に小説の細部に破れ目が多すぎ、未完成の印象が先に立った。」   「今回はいつになく小説の新時代を感じながら候補作を読んだが、当世の作家が目指すのは、先ずは小説という言語空間の磁場ではなく、映像やアニメに近い意味空間なのだろう。」

他の選考委員 伊集院静 宮部みゆき 林真理子 桐野夏生 浅田次郎 宮城谷昌光 東野圭吾 北方謙三

北方謙三71歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題取材の勝利　総行数100　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 真藤順丈 41歳 全 ○ 25 「驚くほど丁寧な取材である。」「復帰前の沖縄の街や基地の姿が、ストーリーとは別に浮かびあがってきて、印象的であった。私は、この作品を青春小説の側面からも読めると思った。」「かつて日本ではなかった日本が、抱かざるを得なかった情念のありようは、錯綜した複雑なもので、過剰なほどに人間的で哀しい。その哀しみが、南国の花のように鮮やかであった。」 今村翔吾 34歳 全 ○ 21 「単純な構造である。権力と反権力。結局はそういうことだが、反権力が、権力によって、人ではないものに仕立てあげられている。」「時代を通して、この国の闇の声として聞えては消されてきたものを、物語として書こうとした志を、私は評価する。大方の賛同は得られなかった。」 垣根涼介 52歳 全 △ 17 「『原理』が信長を縛って、自由に飛翔させない。奇襲のシーンなどには私は引きこまれたが、そういう瞬間、『原理』は作用していないように感じた。」「信長が次第に凡庸に感じられてくるのは、最後まで『原理』が貫かれたからとも思えた。」 深緑野分 35歳 全 ■ 15 「わずか二日ぐらいにこれだけのことをやるのか、とちょっと忙しく感じる作品だった。ベルリンの描写と、物語の結構が浮かびあがらせる人物に、どこか乖離も感じた。」「ミステリー仕立てにもなっていたが、結末を私の感性は素直に受けとめきれず、全体として推すのはためらった。」 森見登美彦 40歳 全 ■ 12 「物語へ引きこむ力は、尋常なものではないと感じた。それが、次第に迷路へ入っていく。」「想像力をすべて解き放つと、こんなふうになっていくのか。頭の中にイメージが溢れ、読了した時はそれに溺れてしまっていた。」   「自分の選考について言うのあが、微妙に不公平なものがつきまとっているような気がする。好みがあるし、時の勢いのようなものもあるし、体調がなにか左右しているような感じさえする。そういうものも含めて、運という言葉を遣うのだろうか。」

他の選考委員 伊集院静 宮部みゆき 林真理子 桐野夏生 浅田次郎 宮城谷昌光 東野圭吾 高村薫

真藤順丈41歳×各選考委員　 『宝島』 長篇 1053枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊集院静 68歳 全 ○ 32 「この長編が一気に読めたことで、この作家の並々ならぬ才気が伝わった。」「本作の何よりの素晴らしさは、人間はいかなる時も希望、すなわち光を求めていることを描けたところだろう。」 宮部みゆき 58歳 全 ◎ 18 「ほぼ満票の圧勝も当然の力作でした。」「沖縄だけでなく、全ての苦闘している人びと、圧迫されている人びと、辛い現実をかき分けながら希望を目指して前進している人びとに、「そろそろほんとうに生きるときがきた」とエールを贈る物語。」 林真理子 64歳 全 ◎ 36 「（引用者注：「ベルリンは晴れているか」と共に）二作受賞を推そうと選考会に臨んだ。」「この迫力ある面白さといったらない。主人公の少年少女たちの誰もが魅力的であるし、合いの手といおうか茶々を入れてくる語り部（地霊か）によって、文体はさらに躍動感を増し、ひと息に読めてしまう。」「東京生まれの作者が、沖縄の魂を書ききるためには、大変な資料と取材が必要だったろう。しかしそれを感じさせない。」 桐野夏生 67歳 全 ◎ 23 「とても巧緻な作品だ。軽妙な語り口、最後まで持ちこたえる強度、そして物語を語るものの目線の位置がなんとも絶妙であることなどからも、作者がとんでもない技倆の持ち主であることがわかる。」「パワーと軽みを支えている芯が、実は沖縄の風土とそこに住まう人々によるものだと、作者は肉体でわかっているかのようだ。傑作。」 浅田次郎 67歳 全 □ 26 「受賞に異論はない。沖縄からすぐれた作家や表現者が生まれるのは、美しい自然に恵まれ、なおかつその美しさにそぐわぬ苦悩を歴史が与えたからであろう。」「出身地を異にする作家が、沖縄の自然を愛し、苦悩の核を胸に抱いた。そして読者はこの小説を通して、知られざる苦悩を知る。」 宮城谷昌光 73歳 全 ○ 40 「（引用者注：「童の神」と共に）注目せざるをえなかった」「真藤氏の賢さは、物語の中核となる人を増やさないで展開したことにある。しかも氏のずるさは、もっとも重要な人物をすぐに不在とし、それを謎として、読者を巻末までひきずったことである。」」「話の落としどころとしては、形而下ではなく形而上にもってゆかないと、読み手は納得できないのではないか、と私は思った。この思いが裏切られる結末になったとはいえ、この作品を否というつもりはない。」 東野圭吾 60歳 全 ○ 23 「私は瑞々しくも荒々しい青春小説として読んだ。」「主要登場人物以外の一瞬しか登場しない人物にも魅力があり、沖縄の苦難を吹き飛ばすユーモアもあった。肝心の英雄の偉大さを語る具体的なエピソードが少なかったのが残念だが、上質のエンタテイメント作品だと思う。△にしたが、ニアリーイコール○である。」 高村薫 65歳 全 ○ 18 「どこを向いても意味ではちきれそうな空間が、勢いあまって自ら破裂し、小説の磁場をまき散らしている、とでも言おうか。ほとんどマンガに近い擬音語や過剰な装飾語などが小説表現としての稚拙さを突き抜けてしまうのは、沖縄という素材そのものの力でもある。」「沖縄はいま、小説の宝島である。」 北方謙三 71歳 全 ○ 25 「驚くほど丁寧な取材である。」「復帰前の沖縄の街や基地の姿が、ストーリーとは別に浮かびあがってきて、印象的であった。私は、この作品を青春小説の側面からも読めると思った。」「かつて日本ではなかった日本が、抱かざるを得なかった情念のありようは、錯綜した複雑なもので、過剰なほどに人間的で哀しい。その哀しみが、南国の花のように鮮やかであった。」

他の候補作 今村翔吾 『童の神』 垣根涼介 『信長の原理』 深緑野分 『ベルリンは晴れているか』 森見登美彦 『熱帯』

今村翔吾34歳×各選考委員　 『童の神』 長篇 623枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊集院静 68歳 全 △ 20 「これほどの名立たる登場人物を次から次に出して、物語の軸が揺るがないのは作者に平安という時代の吟味、造詣ができているからなのだろうと思った。初めて氏の作品に接したが、力のある新人がまだまだあらわれることに喜びを感じた。」 宮部みゆき 58歳 全 △ 18 「賞に落ちたのではなく、タイミングが早過ぎて賞に合わなかったのだと申し上げたいです。まつろわぬ者たちが自由を求めて戦い抜く平安版「ワンピース」、私は堪能しました。」 林真理子 64歳 全 ● 11 「どなたか選考委員がゲームの名前をあげた。私もこのせわしなさは、ゲームのようだと思った。登場人物をよく理解しないうちに、小説は終ってしまったのである。」 桐野夏生 67歳 全 ■ 15 「発想はなかなかどうして面白いのだが、文体がビジュアル表現のト書きのように感じられることがある。登場人物が多く、あたかもオールスター戦の様相を呈しているせいもあろう。」 浅田次郎 67歳 全 ■ 11 「作家的資質はいまだ模索中であろうと思われる。」「小説家は多才であってはならない。小説を書く以外の才能など、小説家にとっては糞の役にも立たぬからである。」 宮城谷昌光 73歳 全 ○ 24 「（引用者注：「宝島」と共に）注目せざるをえなかった」「日本の歴史・時代小説の息苦しさは、戦国時代か幕末を書かなければ読者の共感を得にくいことである。今村氏はそれを承知で、敢然と平安時代を書き、しかも通念としてある善と悪をひっくりかえしてみせた。私はこの作品の成否をわきにおいて、その勇気をたたえたい。」 東野圭吾 60歳 全 ◎ 23 「読んでいる最中、頭に浮かんだのは『アベンチャーズ』であり、『ジャスティス・リーグ』だった。特殊な能力を持った登場人物たちが平安京を跋扈するヒーローものだと解釈した」「暗い歴史を仄めかす伝承は、どこの国にもある。こういう形で光を当てると同時に、自分自身も楽しもうとしている作家の姿勢を評価したい。今回は本作を○とした。」 高村薫 65歳 全 △ 14 「酒呑童子や源頼光四天王が大暴れする勧善懲悪の活劇は、実に楽しい読み物になっており、その意味では、本作は大衆小説の王道に連なる磁場を放っていると言えるかもしれない。」 北方謙三 71歳 全 ○ 21 「単純な構造である。権力と反権力。結局はそういうことだが、反権力が、権力によって、人ではないものに仕立てあげられている。」「時代を通して、この国の闇の声として聞えては消されてきたものを、物語として書こうとした志を、私は評価する。大方の賛同は得られなかった。」

他の候補作 真藤順丈 『宝島』 垣根涼介 『信長の原理』 深緑野分 『ベルリンは晴れているか』 森見登美彦 『熱帯』

垣根涼介52歳×各選考委員　 『信長の原理』 長篇 1099枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊集院静 68歳 全 △ 32 「文章が安定しており、候補作のなかで一番読み易かった。」「氏の作品の魅力は物語を押し進めて行くスピード感である。推進力と言ってもいい。これは才気である。本作の前の明智光秀に続いて戦国時代に敢えて挑んだ姿勢も頼もしく思った。」 宮部みゆき 58歳 全 ○ 31 「（引用者注：「宝島」と共に）もう一作、垣根涼介さんの『信長の原理』も推したのは、この作品が戦国ものの歴史小説としてユニークな詠み心地を与えてくれたからです。ポップで軽やかで、ポピュラーサイエンスの本やビジネス書的な面白さ。」「ただ選考会で、信長に関する基本的な歴史考証にいくつか定説と異なる記述があり、これが意図的なものだとするとその意図が物語に回収されていないし、うっかりミスだとすれば手痛い失点だ――というご意見を聞き、そこで諦めました。」 林真理子 64歳 全 ■ 10 「アリの生態を人間のそれに置き替えるくだりは首をひねった。信長も秀吉もそれまでの像を破っていない。垣根さんなら、もっと新鮮な人物像を描くことが出来たのではないか。」 桐野夏生 67歳 全 △ 13 「地の文の確かな巧さでもって、最後まで読ませる。」「歴史的出来事の検証には目もくれず、ただ信長の生理と思考を中心に書かれた物語は、一生を不信の中に生きた信長という人物に、違う光を当てている。」 浅田次郎 67歳 全 △ 9 「作者の手に合った作品であると思った。小説家がみずからの資質を発見するのはすこぶる困難で、おそらく作者にもさまざまの迷いはあったであろうが、本作はぴたりと嵌まったように思う。」 宮城谷昌光 73歳 全 ■ 16 「信長を書く場合、『信長公記』によって形成された信長観を通して信長像を創るとなると、どうしても似たり寄ったりにならざるをえない。むろん垣根氏もそのあたりを突破したかったにちがいないが、私としては、たれも書かなかった信長がここで書かれた、とは思わなかった。」 東野圭吾 60歳 全 ■ 21 「働き蟻の法則をモチーフにした点が特徴で、斬新な発想だと思った。しかしそれに基づいた合戦での応用が、「味方全員が命がけになる」という精神論では、肩すかしだった。」「法則を集団ではなく、たった五人にまで絞り込み、しかも怠け者を裏切り者にすり替えているのは強引な印象が。」 高村薫 65歳 全 ■ 16 「武将たちの人間像を捨象して意図的に人物相関と合戦の解説に徹した手法は、それゆえに小説本来の磁場をもつことはできず、もとより合戦絵巻でもないので、結果的に、どう書いてもよくできたビジネス書になるほかなかったのではないだろうか。」 北方謙三 71歳 全 △ 17 「『原理』が信長を縛って、自由に飛翔させない。奇襲のシーンなどには私は引きこまれたが、そういう瞬間、『原理』は作用していないように感じた。」「信長が次第に凡庸に感じられてくるのは、最後まで『原理』が貫かれたからとも思えた。」

他の候補作 真藤順丈 『宝島』 今村翔吾 『童の神』 深緑野分 『ベルリンは晴れているか』 森見登美彦 『熱帯』

深緑野分35歳×各選考委員　 『ベルリンは晴れているか』 長篇 899枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊集院静 68歳 全 △ 23 「よく取材をされ、取材の整理が感心するほどできていた。」「選考会では、果して日本人に、あの時代のドイツが理解できるのか、と疑問を発言したが、後日しばらく考えた時、小説は理解ではなく幻想をいかに現実もどきにするかだと考えをあらためた。短慮をお詫びしたい。」 宮部みゆき 58歳 全 △ 35 「歴史小説としてはよく調べて書いたなあと感じ入っただけですが、ミステリーの仕掛けには本当にびっくりしたのです。」「結末を知ってから読み返すと、作者がどれだけ周到に伏線を張り、真相を気取られないよう慎重に、丁寧に、主人公たちの苦難の二日間を描いていたのかわかって、また驚きました。」「強いてミステリー的な難点を言うなら、クリストフの動機がよく見えないというところでしょうか。」 林真理子 64歳 全 ◎ 36 「（引用者注：「宝島」と共に）二作受賞を推そうと選考会に臨んだ。」「私は以前の候補作「戦場のコックたち」について、「どうして他国の人を書かなくてはならないのか、という疑問が最後まで残る」と感想を持った。が、今回はその異和感がなかった。それは深緑さんが「戦後」という普遍的なものを見事に描いたからだ。」「ミステリーの部分は不要だという意見があったが、私もそう思う。」 桐野夏生 67歳 全 ■ 32 「力作である。問題は、作者の企図が読者に伝わりにくいということにあろうか。」「本書のテーマは、「物語」という自由な世界への激しい希求である。封じられたからこそ、切実な願いは心を打つ。だが、メインストーリーの賑々しさがそれを阻んだのは残念だ。」 浅田次郎 67歳 全 ◎ 28 「私は迷わず（引用者中略）推した。」「人物描写がていねいで、風景もまるで細密画を見るようである。」「これだけ密度の濃い小説は今日稀である。」「あえて難を言うなら、以前の候補作と同様にミステリーの結構を持ちこんだことで、本来堂々たる人間劇となるはずの作品を、かえって小さくしてしまったきらいがあった。小説すなわちミステリーとするのは錯誤である。」 宮城谷昌光 73歳 全 ■ 9 「構成にひねりが加えられている。それが成功していれば、不満を述べなくてすむが、私は成功していないとみた。」 東野圭吾 60歳 全 ■ 25 「「幕間」のエピソードの臨場感、緊迫感に引き込まれた。残念ながらミステリ仕掛けの部分が大きく足を引っ張った。主人公をはじめ、登場人物たちの行動に無理が多く、作者の都合で動かされているとしか思えない。」「毒物に関する仕掛けもおかしい。真相がこうなら、歯ブラシの出番はない。」 高村薫 65歳 全 ■ 27 「この作者の、第二次大戦時のヨーロッパの風土への関心には少女の憧れに近いものを感じるが、この種のマニアックさは、オタクが市民権を得た現代ではとくに珍しくもない。作者にとって小説は、大好きな世界を再現する器であり、収集した情報を巧みに駆使して器を満たしてゆく技量もある。そうして一見ヨーロッパ映画のような仕上がりの世界が立ち上がるのだが、そこにはつねに自己満足と紙一重の危うさがひそんでいる。」 北方謙三 71歳 全 ■ 15 「わずか二日ぐらいにこれだけのことをやるのか、とちょっと忙しく感じる作品だった。ベルリンの描写と、物語の結構が浮かびあがらせる人物に、どこか乖離も感じた。」「ミステリー仕立てにもなっていたが、結末を私の感性は素直に受けとめきれず、全体として推すのはためらった。」

他の候補作 真藤順丈 『宝島』 今村翔吾 『童の神』 垣根涼介 『信長の原理』 森見登美彦 『熱帯』

森見登美彦40歳×各選考委員　 『熱帯』 長篇 940枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 伊集院静 68歳 全 △ 13 「前半部に対して、後半部に疑問を抱く選考委員の意見があったが、私には後半部を興味深く読めた。これからもこの世界を突き進むことが氏にとって何より大切なことのように思えた。」 宮部みゆき 58歳 全 ■ 10 「森見登美彦さんがこの世界で描こうとした世界と、「スランプに陥っている作家が、誰も読み通したことのない幻の物語の謎を解く」お話だと思い込んで読んだ私のワクワク感が、最後までどうしても重なりませんでした。」 林真理子 64歳 全 ● 16 「読者をぐるぐると迷路の中に誘い込んだ。その混乱が大好きという人もたくさんいるであろうが、私は楽しめなかった。」「読者も一緒になってイマジネーションを楽しむ作品なのだろうが、私は従いていけなかった。」 桐野夏生 67歳 全 ■ 15 「導入部は大変魅力的だった。これからどんな話が始まるのかと期待したのだが、中盤から、作者が前段の構えに縛られているように感じられた。」 浅田次郎 67歳 全 ■ 11 「資質の発見に苦慮しておられるのは（引用者注：垣根涼介と）同様であろう。」「無責任な勘を働かせれば、もしや長篇向きの持続力よりも、短篇小説の強靭な筋肉を隠し持っているのではあるまいか。」 宮城谷昌光 73歳 全 ■ 12 「本があっても、たれもその結末がわからない、というむずかしい設定がなされている。」「それを知的な遊戯にしないで、愚直におしすすめていったら、あるいはまれにみる名作になったのではないか。」 東野圭吾 60歳 全 △ 18 「本作には○も△も×も付けられなかった。この作品の何を楽しめばいいのか、まるでわからなかったからだ。」「候補になっているのだから、ほかの人にはわかる美点があるに違いない。それが全く見えないのは、私に文学的素養がないからだろう。つまり本作は純文学なのだ。たぶん。」 高村薫 65歳 全 ● 13 「繰り出される言葉の織物は、やがて小説らしい磁場をはらんでゆくことが十分に予感されるのだが、残念ながら今回はそれ以前に小説の細部に破れ目が多すぎ、未完成の印象が先に立った。」 北方謙三 71歳 全 ■ 12 「物語へ引きこむ力は、尋常なものではないと感じた。それが、次第に迷路へ入っていく。」「想像力をすべて解き放つと、こんなふうになっていくのか。頭の中にイメージが溢れ、読了した時はそれに溺れてしまっていた。」

他の候補作 真藤順丈 『宝島』 今村翔吾 『童の神』 垣根涼介 『信長の原理』 深緑野分 『ベルリンは晴れているか』