第166回

第165回第167回

令和3年/2021年下半期 令和4年/2022年1月19日決定発表／『オール讀物』令和4年/2022年3・4月合併号選評掲載

選考委員　 浅田次郎 70歳 桐野夏生 70歳 宮部みゆき 61歳 林真理子 67歳 角田光代 54歳 三浦しをん 45歳 北方謙三 74歳 伊集院静 71歳 高村薫 68歳 選評総行数　 98 114 129 100 113 173 125 100 105 評 評 評 評 評 評 評 評 評 候補作 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 評価 行数 今村翔吾　『塞王の楯』 1071枚 37歳 評 □ 22 △ 31 △ 48 ◎ 37 ○ 30 □ 48 ◎ 24 ○ 47 ○ 19 米澤穂信　『黒牢城』 834枚 43歳 評 ○ 21 ○ 52 ○ 41 ◎ 35 ○ 38 □ 48 ◎ 30 ○ 36 △ 28 逢坂冬馬　『同志少女よ、敵を撃て』 852枚 36歳 評 △ 28 ■ 16 △ 44 ■ 25 ■ 19 ◎ 56 ■ 29 ● 5 ● 20 彩瀬まる　『新しい星』 317枚 35歳 評 ■ 13 ■ 17 △ 23 ■ 9 ■ 12 ■ 12 △ 15 ● 14 ● 14 柚月裕子　『ミカエルの鼓動』 882枚 53歳 評 ■ 9 ● 14 ■ 20 ● 10 ■ 22 ● 26 ■ 22 ● 3 ● 12                   年齢/枚数の説明   見方・注意点

浅田次郎70歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題情熱のありか　総行数98　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 今村翔吾 37歳 全 □ 22 「情熱そのものをテーマとしたような作品であった。」「しかし一般読者がこの長さと詳述についていけるだろうか、という疑問は拭いきれなかった。なお、長篇のほぼ半ばに突然の視点変換をして、攻城戦の全容を描くことに努めたのは特筆すべきである。」 米澤穂信 43歳 全 ○ 21 「読者を面白がらせるためには、作者がまず面白がらねばならぬという手本である。そうした種類の情熱によって、実は相当に強引な筋立てを立派な形に造り上げた。小説は嘘の構築であるから、むろんこれでよいと思う。」 逢坂冬馬 36歳 全 △ 28 「文章表現には不利な戦闘シーンの描写がうまい。これは想像力と語彙の豊かさによってもたらされているのだが、だとすると作者は天賦の才を与えられている。」「ただし、戦争小説には不可欠なはずの、生と死のテーマが不在であると思えた。主人公が敵を憎みこそすれ戦争に懐疑しないというのは、たとえ現実がそうであろうと文学的ではない。」 彩瀬まる 35歳 全 ■ 13 「理解が及ばなかったのは、三十代から四十代の男女の心性である。苦悩を分かち合うことが友情だと規定しているわりには、すこぶる情熱に乏しい、淡白な関係に思えた。」 柚月裕子 53歳 全 ■ 9 「資料調べと取材の労を惜しまなかった力作と知れる。だが、いさかか肝心のストーリーが知識に埋没する気味があった。」   「直木賞の本来の意味からすれば、次世代を担う作家の情熱は重要な着目点であり、高水準の候補作の中でも二作品の熱量が他を圧倒していたと言える。そう思えば、わかりやすい選考会でもあった。」「戦国時代の籠城譚が二作受賞。時節がらタイムリーではあるが、その点についての議論はなかった。」

他の選考委員 桐野夏生 宮部みゆき 林真理子 角田光代 三浦しをん 北方謙三 伊集院静 高村薫

桐野夏生70歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数114　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 今村翔吾 37歳 全 △ 31 「一貫して矛と楯に収斂する、ある意味シンプルな物語作りが、読者を巻き込んで物語と併走させる。」「本作で書かれた「懸」のように、力ずくで押してゆくような物語の運びは、まさに作者が乗りに乗っている証左であろう。」 米澤穂信 43歳 全 ○ 52 「読み進むうちに、これはまさしくプロの仕事だと感銘を受けた。」「品が良く簡潔な文章と、人物造型の巧みさ、ディテールのリアリティなどによって、有岡城の様子が伝わってくる。」「とりわけ、南蛮宗や一向宗など宗派の違う者や、身分の違う者が寄り集まって籠城することによって生まれる疑心暗鬼を敏感に拾う村重の鋭い感受性が、物語を引っ張ってゆく設定が秀逸である。」 逢坂冬馬 36歳 全 ■ 16 「本作が処女作だというのに、見事な筆力である。」「資料もよく読み込み、史実に対して抜かりない取材をしてきたことが窺える。だが、そのことが逆に、小説世界を縛っているようにも思える。」 彩瀬まる 35歳 全 ■ 17 「産んだばかりの子を亡くし、新しい子を望むことができなくなった夫婦は、どうやって互いを思い遣るのだろうか。そこが案外、最初の「肝」だったようにも思うのだが、物語は淡々と過ぎていってしまう。全編、好感を持って読んだが、読者の知りたい欲求を満たさず、潮が引いてゆくように消えてしまう感じは少々物足りない。」 柚月裕子 53歳 全 ● 14 「問題は、主人公に魅力が感じられず、共感できないことだ。素っ気ないと思うほど簡潔な地の文と、ややぶっきらぼうな台詞がこの主人公の魅力を減じているのかもしれない。そのため、主人公の真摯な思いがあまり伝わってこない。」   「今回は受賞作が二作とも時代小説で、しかも「有岡城」と「大津城」という実在の籠城戦を舞台にしているという偶然は、かなり珍しいことではないだろうか。」「しかし、（引用者中略）受賞した二作は対照的でもあった。」

他の選考委員 浅田次郎 宮部みゆき 林真理子 角田光代 三浦しをん 北方謙三 伊集院静 高村薫

宮部みゆき61歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題新たな時代の幕開け　総行数129　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 今村翔吾 37歳 全 △ 48 「（引用者注：「黒牢城」と共に）史実や細部の考証を重んじつつも、現代的な問題意識や、他のジャンルの手法を積極的に盛り込んでゆくことで、従来の枠にとらわれない、「○○史観もの」という分類にも左右されない、自由で大きな物語を創り出す。今後、続々とフォロワーが現れるだろうと思いますが、（引用者中略）常に先頭にいて、ぐいぐい漕ぎ進んでいってください。」 米澤穂信 43歳 全 ○ 41 「個人的には、江戸怪談を書き続けながら大文字の「宗教」の取扱いに苦しんでいる私は、米澤さんが『黒牢城』のなかで、長島の戦いを生き延びた一向宗の宗徒の真実を、地の文による解説ではなく、当人の肉声で語らせていることに感嘆しました。その肉声は確かに私たち読者の耳に届き、この作品に心を与えたと思います。」 逢坂冬馬 36歳 全 △ 44 「セラフィマの戦いを、私はもう徹夜が辛いので、寝落ちする寸前まで読み、起きたらそのまますぐ本を開いて続きを読むというスタイルで読破しました。」「親切設計な構成と人物配置には脱帽です。」「『童の神』で初候補になり、「作品は素晴らしいが、新人賞受賞作で初ノミネート、いきなり受賞はためらわれる」と見送りになった今村（引用者注：翔吾）さんと同じパターンです。逢坂さんにも、次はどんな作品を読ませてもらえるのか、わくわくします。」 彩瀬まる 35歳 全 △ 23 「選考会で、（引用者注：第158回で候補になった）『くちなし』の方が彩瀬さんらしい作風だというご意見を聞き、そうすると『新しい星』はまさに作者自身にとっても新しい惑星開拓の始まりなのだと気づきました。死や別離を扱いながら、登場人物たちに愁嘆場を演じさせない節度ある書き方に、私は大いに共感しました。」 柚月裕子 53歳 全 ■ 20 「もっと西條先生に味方してあげられるストーリーがほしかった！　というのは野次馬な感想に過ぎますが、「医療分野のＡＩ活用の未来」という大きなテーマは、人気の医療テレビドラマを連想させてしまうような人間模様がなくても、充分に読み応えがあったはずだと思います。」   「暗く謎めいた『黒牢城』に対して、熱血で明快な『塞王の楯』。この二作が並び立つことで、新たな歴史エンタテインメント時代の幕開けをアピールすることになったと、私は思います。」

他の選考委員 浅田次郎 桐野夏生 林真理子 角田光代 三浦しをん 北方謙三 伊集院静 高村薫

林真理子67歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数100　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 今村翔吾 37歳 全 ◎ 37 「（引用者注：「黒牢城」と共に）二作受賞と考え選考会に臨んだ。」「これだけの長編を、全く退屈させずに読ませる力量に感嘆した。」「砲弾が飛びかう中、こんなことが可能だろうかという疑問もわくが、「たとえホラだとしても、まあ、よくこのように見てきたように書けるものだ」という賞賛に替わる。」 米澤穂信 43歳 全 ◎ 35 「（引用者注：「塞王の楯」と共に）二作受賞と考え選考会に臨んだ。」「登場人物たちが、いかにも戦国武士らしい風格を備え、そのようにふるまうことに舌を巻いた。」「全体的には重苦しいシーンが多い作品であるが、ラストの再会には救いがありよい読後感を持った。」 逢坂冬馬 36歳 全 ■ 25 「なぜ受賞作と思えなかったかというと、こうした小説を読む時にいつもわき起こる一種の異和感、「どうして日本人の作家が、海外の話を書かなくてはいけないのか」というものを、最後まで拭い去ることが出来なかったからだ。ヒットした「戦争は女の顔をしていない」のイメージも見え隠れする。結論は、膨大な資料を物語にまでふくらませるためには何かが足りなかったということだ。」 彩瀬まる 35歳 全 ■ 9 「ふつうのことをふつうに書くのはとても難しいことだ。しかし最後の乱れはどうしたのだろう。肝心なところなのに残念だ。」 柚月裕子 53歳 全 ● 10 「どうも共感出来なかった。ロボットは所詮ツールに過ぎない。自分で開発したわけでもないのに、主人公の医師はなぜこれほど執着するのか、最後までわからなかった。」   「今回の直木賞はとてもレベルが高く、話題作がずらり並んだ。」

他の選考委員 浅田次郎 桐野夏生 宮部みゆき 角田光代 三浦しをん 北方謙三 伊集院静 高村薫

角田光代54歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数113　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 今村翔吾 37歳 全 ○ 30 「戦いの主軸を石垣職人と鉄砲職人に置いた点が非常に新鮮で、それがアイディアだけにおさまらず、強い熱量を持って展開していくさまがみごとである。」「小説の持つ勢いに気圧されるが、勢いだけではなく、ていねいに細部まで練られ描かれた壮大な小説だと思う。」 米澤穂信 43歳 全 ○ 38 「ここ（引用者注：第四章）で提示される「奇瑞」、絶望から何が人を救うのかという千代保の「声」は、それまでの謎と謎解きの信憑性の有無を吹っ飛ばすほどの迫力がある。」「ミステリーや時代小説は、謎解きや史実に縛られて、それらの内側で人が動いていることが多々あるけれど、この小説は、地下牢につながれた官兵衛、村重、千代保といった人々がまさに生きて、彼らの思いが謎を生み出し、時代を動かしていると私には感じられた。」 逢坂冬馬 36歳 全 ■ 19 「遠い時代の遠い国の理解できない戦争の話を読まされているという感覚はなく、私自身にも近いこととして迫ってくる。けれどもその「理解できない」部分がほとんどないことが私には不満だった。理解できるために、女性たちが参加させられた戦争という異常事態の異常さ異様さが感じられず、そこが惜しいように思った。」 彩瀬まる 35歳 全 ■ 12 「みなさまざまに難問を背負い、それに気づいたもの同士が非常にさりげなく相手を気遣う、ささやかでやさしい世界がここには在るが、この小説がこの作者によって書かれなければならない理由、つまるところ作家の個性と強みが感じられなかった。」 柚月裕子 53歳 全 ■ 22 「医師の西條、ジャーナリストの黒沢など人物造形が類型的で、反対に、西條の妻、妻の母などはどういう人物なのかわからない。」「ラストに西條が見る世界の真理に私は胸打たれたのだが、この境地にたどり着くのに必要な道のりが存分に描かれていないようにも思う。」   「（引用者注：受賞した「塞王の楯」と「黒牢城」の）二作とも時代小説ではあるけれど、私たちの生きる「今」を代表する作品になると思う。」

他の選考委員 浅田次郎 桐野夏生 宮部みゆき 林真理子 三浦しをん 北方謙三 伊集院静 高村薫

三浦しをん45歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数173　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 今村翔吾 37歳 全 □ 48 「自分も籠城戦に参加しているかのように、手に汗握ってその時代の息吹を感じることができた。」「匡介と彦九郎が戦いを終えて到達する結論が（ネタバレなうえに要約です）、「楯と矛、どっちも必要」というのは、それはそうかもしれないが、「核の傘」理論への回答としては小説的ダイナミズムにやや欠けるかなと若干肩透かしだった。」「だが、作中に充満する情熱に比すれば、そんな細かいことはどうでもいいとも言える。」 米澤穂信 43歳 全 □ 48 「降りかかる謎の設定も籠城戦の進展に合わせてさまざまに趣向が凝らされ、しかも謎解きが端正。」「すべてが静かに霧に沈んだ心象風景のなかに、本作の肝（だと私は思う）、「信仰とはなんなのか」という問いかけが黒々と蠢いている。」「ただ、登場人物のその後が羅列されるのが、少し無念だった。」 逢坂冬馬 36歳 全 ◎ 56 「推した。」「戦争は女の顔はもちろんのこと、男を含めたあらゆる性別の顔もしておらず、つまり人間の顔をしていないのだという事実を物語ろうとする、その志の高さに感服したからだ。」「本作がなぜ独ソ戦を主題にしているのかといえば、女性がソ連軍兵士として実戦に参加した現実があるからで、彼女たちの姿を描くことを通し、現代の日本および世界に存在する社会の問題点をも「撃て」ると作者は確信したからだろう。」 彩瀬まる 35歳 全 ■ 12 「文章、比喩、情景描写が素晴らしく、深刻な事態のなかにもユーモアがちりばめられていてバランスがいい。」「ただ、連作形式で各人の人生を描く展開が、目新しさという点で今回はやや不利に働いたと思う。」 柚月裕子 53歳 全 ● 26 「後半になるにつれ矛盾や綻びが目立つ。病院内の権力闘争がうまく効いていないし、真木はべつにミカエルを用いた手術に反対しているわけではない。」「つまり、ストーリーを駆動させる対立軸の設定が弱い。」

他の選考委員 浅田次郎 桐野夏生 宮部みゆき 林真理子 角田光代 北方謙三 伊集院静 高村薫

北方謙三74歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題豊作だった　総行数125　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 今村翔吾 37歳 全 ◎ 24 「この作品の持つ熱気は、計算という言葉とは対極の、凄みのある奔放さを引き出しているではないか。物語が、物語としてそこにある。」「これは神話か、伝説か。物語の力を信じた作家の世界が、ここに拡がっている。人が物語を持っている幸福を、感じさせる作品だった、と私は思う。」「（引用者注：「黒牢城」と共に）今回は積極的に、二作（引用者注：受賞）という意見を私は述べた。」 米澤穂信 43歳 全 ◎ 30 「はじめは戸惑ったが、気づくと引きこまれていた。レクター博士のような黒田官兵衛も、困ったものだと思いながら、最後には好きになっていた。」「戦国時代の籠城戦と密室の謎解きの組み合わせに、どういう必然性があるのか、ふり返るとわからなかった。面白ければいい、と私は純粋な読者の気分になっていた。」「（引用者注：「塞王の楯」と共に）今回は積極的に、二作（引用者注：受賞）という意見を私は述べた。」 逢坂冬馬 36歳 全 ■ 29 「私にとって印象的だったのは、狙撃兵の眼が、戦争を個人的な行為にしていることであった。（引用者中略）消した命を、ひとつずつ数えていく。その数字に、兵としての存在の意味がある。つまり戦争を個人的な行為にしている、と私は感じた。そのあたりは引きつけられて読んだが、タイトルの『敵』が、終盤では観念性を持ちはじめて、私を失望させた。」 彩瀬まる 35歳 全 △ 15 「言葉を切りつめ、きちんと行間を持ち、短篇小説の醍醐味を感じさせてくれた。」「最後にいくらか曖昧な思いが残った。文章は切りつめても、一冊として切りつめきれているのか。最終章が、この一冊の中で無駄だ、と私は思った。」 柚月裕子 53歳 全 ■ 22 「新しい医療技術を扱いながら、ストーリーが類型であった。」「俗物は俗物のまま、真実を摑み取らせる度胸があれば、類型をどこかで突き破ったかもしれない。正義だとか理想だとかに近づいた時、人物描写は危険性を帯びるのである。」   「今回の候補作は、どれをとっても相当の水準に達していた。それはそれで憂鬱になってしまうというのは、私の身勝手だろうか。選ぶという行為は、不思議なものである。常に、自分が見えてしまうのだ。」

他の選考委員 浅田次郎 桐野夏生 宮部みゆき 林真理子 角田光代 三浦しをん 伊集院静 高村薫

伊集院静71歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題熱量と上質　総行数100　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 今村翔吾 37歳 全 ○ 47 「読む人に感動を与える作品だった。」「今村氏は、ひたすら石を切り出し、運び、これを積むことが戦いを左右すると信じる石工集団の姿を描き続ける。実にいさぎよいし、人間の匂いを漂わせる。」「今村氏は、この熱量が、他の作家より秀れている。」「作家の熱き思いは、受賞作に十分過ぎる資質と熱気を与えている。」 米澤穂信 43歳 全 ○ 36 「戦国時代の群像を描くにはあまりに上質で、よく構築された構成の力量に並々ならぬものがあった。」「文章の安定感と簡明さは、才能だけでなく腕力のようなものなのかもしれない。小説の勘どころをすでに体得していらっしゃる。羨ましいほどである。」 逢坂冬馬 36歳 全 ● 5 「私にはなぜ日本人があの悲惨な戦争を描き切れるのか、と疑問を抱くほかなかった。」 彩瀬まる 35歳 全 ● 14 「奇妙なタイトル、比喩表現、キャラクター作りから出て来たものは、私にとって魅力的なものが何一つ、誰一人、どの文節にもなかった。」 柚月裕子 53歳 全 ● 3 「構成と人物像の作りに破綻があった。」   「今回の選考会は比較的すんなり（引用者注：進行するケース）の方に近かった。最初の投票で大半の委員の推薦作品がふたつの時代小説のどちらかであったからだ。」

他の選考委員 浅田次郎 桐野夏生 宮部みゆき 林真理子 角田光代 三浦しをん 北方謙三 高村薫

高村薫68歳×各候補作

年齢/枚数の説明 見方・注意点

題選評　総行数105　（1行=12字） 候補 評価 行数 評言 今村翔吾 37歳 全 ○ 19 「戦国時代の城攻めを描きながら、これを武将たちでなく、石垣を築く石工の眼で眺めている点で新鮮な驚きに満ちている。」「登場人物たちはみな現代の少年漫画のようで厚みはないが、その明るい熱量こそこの作者の持ち味だろう。本賞にふさわしいエンターテインメントの王道である。」 米澤穂信 43歳 全 △ 28 「玄人はだしの細部や武士たちの立ち居振る舞いの描写は、まさに他の追随を許さない重厚な時代小説の誕生かと思わせる出来栄えだったが、如何せん、そこに一章毎に差し込まれた謎解きの仕掛けは、評者には興覚めだった。」「評者は、謎解きと戦国時代の取り合わせは成功していないと思うが、前人未到の意欲的な挑戦は、本賞がつねに歓迎してきたものである。」 逢坂冬馬 36歳 全 ● 20 「版元による圧倒的な宣伝と話題づくりが先行した、昨今の本の売り方のお手本のような作品である。」「が、残念ながら本作は人間が人間の顔をしていない。本賞はあくまで小説の賞であり、小説はどんな舞台であれ、人間の姿を描くものである。本作に登場する少女たちはみな、戦争というゲームのキャラクターのようだった。」 彩瀬まる 35歳 全 ● 14 「ハッとさせられるような起伏や仕掛けは最後まで出てこない。４人の人間像もとくに深みはなく、みな似たり寄ったりの手触りである。この平板さにあと少し何かを足さなければ、本賞が求める読みごたえにはならない。」 柚月裕子 53歳 全 ● 12 「エンターテインメントの定型に安住し過ぎたストーリーは、途中で先の展開が読めてしまう拙さだった。本賞では、もう少し精緻な構成が求められると思う。」   「今回は大作力作が揃うなか、本賞の意味をあらためて考えさせられる貴重な選考会となった。というのも、候補作はすべて版元が力を入れている作品、あるいはすでに市場で高い評価を得ている作品であり、それをふるいにかける選考会には、「本賞にふさわしい」という以外の基準はないからである。」

他の選考委員 浅田次郎 桐野夏生 宮部みゆき 林真理子 角田光代 三浦しをん 北方謙三 伊集院静

今村翔吾37歳×各選考委員　 『塞王の楯』 長篇 1071枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 70歳 全 □ 22 「情熱そのものをテーマとしたような作品であった。」「しかし一般読者がこの長さと詳述についていけるだろうか、という疑問は拭いきれなかった。なお、長篇のほぼ半ばに突然の視点変換をして、攻城戦の全容を描くことに努めたのは特筆すべきである。」 桐野夏生 70歳 全 △ 31 「一貫して矛と楯に収斂する、ある意味シンプルな物語作りが、読者を巻き込んで物語と併走させる。」「本作で書かれた「懸」のように、力ずくで押してゆくような物語の運びは、まさに作者が乗りに乗っている証左であろう。」 宮部みゆき 61歳 全 △ 48 「（引用者注：「黒牢城」と共に）史実や細部の考証を重んじつつも、現代的な問題意識や、他のジャンルの手法を積極的に盛り込んでゆくことで、従来の枠にとらわれない、「○○史観もの」という分類にも左右されない、自由で大きな物語を創り出す。今後、続々とフォロワーが現れるだろうと思いますが、（引用者中略）常に先頭にいて、ぐいぐい漕ぎ進んでいってください。」 林真理子 67歳 全 ◎ 37 「（引用者注：「黒牢城」と共に）二作受賞と考え選考会に臨んだ。」「これだけの長編を、全く退屈させずに読ませる力量に感嘆した。」「砲弾が飛びかう中、こんなことが可能だろうかという疑問もわくが、「たとえホラだとしても、まあ、よくこのように見てきたように書けるものだ」という賞賛に替わる。」 角田光代 54歳 全 ○ 30 「戦いの主軸を石垣職人と鉄砲職人に置いた点が非常に新鮮で、それがアイディアだけにおさまらず、強い熱量を持って展開していくさまがみごとである。」「小説の持つ勢いに気圧されるが、勢いだけではなく、ていねいに細部まで練られ描かれた壮大な小説だと思う。」 三浦しをん 45歳 全 □ 48 「自分も籠城戦に参加しているかのように、手に汗握ってその時代の息吹を感じることができた。」「匡介と彦九郎が戦いを終えて到達する結論が（ネタバレなうえに要約です）、「楯と矛、どっちも必要」というのは、それはそうかもしれないが、「核の傘」理論への回答としては小説的ダイナミズムにやや欠けるかなと若干肩透かしだった。」「だが、作中に充満する情熱に比すれば、そんな細かいことはどうでもいいとも言える。」 北方謙三 74歳 全 ◎ 24 「この作品の持つ熱気は、計算という言葉とは対極の、凄みのある奔放さを引き出しているではないか。物語が、物語としてそこにある。」「これは神話か、伝説か。物語の力を信じた作家の世界が、ここに拡がっている。人が物語を持っている幸福を、感じさせる作品だった、と私は思う。」「（引用者注：「黒牢城」と共に）今回は積極的に、二作（引用者注：受賞）という意見を私は述べた。」 伊集院静 71歳 全 ○ 47 「読む人に感動を与える作品だった。」「今村氏は、ひたすら石を切り出し、運び、これを積むことが戦いを左右すると信じる石工集団の姿を描き続ける。実にいさぎよいし、人間の匂いを漂わせる。」「今村氏は、この熱量が、他の作家より秀れている。」「作家の熱き思いは、受賞作に十分過ぎる資質と熱気を与えている。」 高村薫 68歳 全 ○ 19 「戦国時代の城攻めを描きながら、これを武将たちでなく、石垣を築く石工の眼で眺めている点で新鮮な驚きに満ちている。」「登場人物たちはみな現代の少年漫画のようで厚みはないが、その明るい熱量こそこの作者の持ち味だろう。本賞にふさわしいエンターテインメントの王道である。」

他の候補作 米澤穂信 『黒牢城』 逢坂冬馬 『同志少女よ、敵を撃て』 彩瀬まる 『新しい星』 柚月裕子 『ミカエルの鼓動』

米澤穂信43歳×各選考委員　 『黒牢城』 連作長篇 834枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 70歳 全 ○ 21 「読者を面白がらせるためには、作者がまず面白がらねばならぬという手本である。そうした種類の情熱によって、実は相当に強引な筋立てを立派な形に造り上げた。小説は嘘の構築であるから、むろんこれでよいと思う。」 桐野夏生 70歳 全 ○ 52 「読み進むうちに、これはまさしくプロの仕事だと感銘を受けた。」「品が良く簡潔な文章と、人物造型の巧みさ、ディテールのリアリティなどによって、有岡城の様子が伝わってくる。」「とりわけ、南蛮宗や一向宗など宗派の違う者や、身分の違う者が寄り集まって籠城することによって生まれる疑心暗鬼を敏感に拾う村重の鋭い感受性が、物語を引っ張ってゆく設定が秀逸である。」 宮部みゆき 61歳 全 ○ 41 「個人的には、江戸怪談を書き続けながら大文字の「宗教」の取扱いに苦しんでいる私は、米澤さんが『黒牢城』のなかで、長島の戦いを生き延びた一向宗の宗徒の真実を、地の文による解説ではなく、当人の肉声で語らせていることに感嘆しました。その肉声は確かに私たち読者の耳に届き、この作品に心を与えたと思います。」 林真理子 67歳 全 ◎ 35 「（引用者注：「塞王の楯」と共に）二作受賞と考え選考会に臨んだ。」「登場人物たちが、いかにも戦国武士らしい風格を備え、そのようにふるまうことに舌を巻いた。」「全体的には重苦しいシーンが多い作品であるが、ラストの再会には救いがありよい読後感を持った。」 角田光代 54歳 全 ○ 38 「ここ（引用者注：第四章）で提示される「奇瑞」、絶望から何が人を救うのかという千代保の「声」は、それまでの謎と謎解きの信憑性の有無を吹っ飛ばすほどの迫力がある。」「ミステリーや時代小説は、謎解きや史実に縛られて、それらの内側で人が動いていることが多々あるけれど、この小説は、地下牢につながれた官兵衛、村重、千代保といった人々がまさに生きて、彼らの思いが謎を生み出し、時代を動かしていると私には感じられた。」 三浦しをん 45歳 全 □ 48 「降りかかる謎の設定も籠城戦の進展に合わせてさまざまに趣向が凝らされ、しかも謎解きが端正。」「すべてが静かに霧に沈んだ心象風景のなかに、本作の肝（だと私は思う）、「信仰とはなんなのか」という問いかけが黒々と蠢いている。」「ただ、登場人物のその後が羅列されるのが、少し無念だった。」 北方謙三 74歳 全 ◎ 30 「はじめは戸惑ったが、気づくと引きこまれていた。レクター博士のような黒田官兵衛も、困ったものだと思いながら、最後には好きになっていた。」「戦国時代の籠城戦と密室の謎解きの組み合わせに、どういう必然性があるのか、ふり返るとわからなかった。面白ければいい、と私は純粋な読者の気分になっていた。」「（引用者注：「塞王の楯」と共に）今回は積極的に、二作（引用者注：受賞）という意見を私は述べた。」 伊集院静 71歳 全 ○ 36 「戦国時代の群像を描くにはあまりに上質で、よく構築された構成の力量に並々ならぬものがあった。」「文章の安定感と簡明さは、才能だけでなく腕力のようなものなのかもしれない。小説の勘どころをすでに体得していらっしゃる。羨ましいほどである。」 高村薫 68歳 全 △ 28 「玄人はだしの細部や武士たちの立ち居振る舞いの描写は、まさに他の追随を許さない重厚な時代小説の誕生かと思わせる出来栄えだったが、如何せん、そこに一章毎に差し込まれた謎解きの仕掛けは、評者には興覚めだった。」「評者は、謎解きと戦国時代の取り合わせは成功していないと思うが、前人未到の意欲的な挑戦は、本賞がつねに歓迎してきたものである。」

他の候補作 今村翔吾 『塞王の楯』 逢坂冬馬 『同志少女よ、敵を撃て』 彩瀬まる 『新しい星』 柚月裕子 『ミカエルの鼓動』

逢坂冬馬36歳×各選考委員　 『同志少女よ、敵を撃て』 長篇 852枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 70歳 全 △ 28 「文章表現には不利な戦闘シーンの描写がうまい。これは想像力と語彙の豊かさによってもたらされているのだが、だとすると作者は天賦の才を与えられている。」「ただし、戦争小説には不可欠なはずの、生と死のテーマが不在であると思えた。主人公が敵を憎みこそすれ戦争に懐疑しないというのは、たとえ現実がそうであろうと文学的ではない。」 桐野夏生 70歳 全 ■ 16 「本作が処女作だというのに、見事な筆力である。」「資料もよく読み込み、史実に対して抜かりない取材をしてきたことが窺える。だが、そのことが逆に、小説世界を縛っているようにも思える。」 宮部みゆき 61歳 全 △ 44 「セラフィマの戦いを、私はもう徹夜が辛いので、寝落ちする寸前まで読み、起きたらそのまますぐ本を開いて続きを読むというスタイルで読破しました。」「親切設計な構成と人物配置には脱帽です。」「『童の神』で初候補になり、「作品は素晴らしいが、新人賞受賞作で初ノミネート、いきなり受賞はためらわれる」と見送りになった今村（引用者注：翔吾）さんと同じパターンです。逢坂さんにも、次はどんな作品を読ませてもらえるのか、わくわくします。」 林真理子 67歳 全 ■ 25 「なぜ受賞作と思えなかったかというと、こうした小説を読む時にいつもわき起こる一種の異和感、「どうして日本人の作家が、海外の話を書かなくてはいけないのか」というものを、最後まで拭い去ることが出来なかったからだ。ヒットした「戦争は女の顔をしていない」のイメージも見え隠れする。結論は、膨大な資料を物語にまでふくらませるためには何かが足りなかったということだ。」 角田光代 54歳 全 ■ 19 「遠い時代の遠い国の理解できない戦争の話を読まされているという感覚はなく、私自身にも近いこととして迫ってくる。けれどもその「理解できない」部分がほとんどないことが私には不満だった。理解できるために、女性たちが参加させられた戦争という異常事態の異常さ異様さが感じられず、そこが惜しいように思った。」 三浦しをん 45歳 全 ◎ 56 「推した。」「戦争は女の顔はもちろんのこと、男を含めたあらゆる性別の顔もしておらず、つまり人間の顔をしていないのだという事実を物語ろうとする、その志の高さに感服したからだ。」「本作がなぜ独ソ戦を主題にしているのかといえば、女性がソ連軍兵士として実戦に参加した現実があるからで、彼女たちの姿を描くことを通し、現代の日本および世界に存在する社会の問題点をも「撃て」ると作者は確信したからだろう。」 北方謙三 74歳 全 ■ 29 「私にとって印象的だったのは、狙撃兵の眼が、戦争を個人的な行為にしていることであった。（引用者中略）消した命を、ひとつずつ数えていく。その数字に、兵としての存在の意味がある。つまり戦争を個人的な行為にしている、と私は感じた。そのあたりは引きつけられて読んだが、タイトルの『敵』が、終盤では観念性を持ちはじめて、私を失望させた。」 伊集院静 71歳 全 ● 5 「私にはなぜ日本人があの悲惨な戦争を描き切れるのか、と疑問を抱くほかなかった。」 高村薫 68歳 全 ● 20 「版元による圧倒的な宣伝と話題づくりが先行した、昨今の本の売り方のお手本のような作品である。」「が、残念ながら本作は人間が人間の顔をしていない。本賞はあくまで小説の賞であり、小説はどんな舞台であれ、人間の姿を描くものである。本作に登場する少女たちはみな、戦争というゲームのキャラクターのようだった。」

他の候補作 今村翔吾 『塞王の楯』 米澤穂信 『黒牢城』 彩瀬まる 『新しい星』 柚月裕子 『ミカエルの鼓動』

彩瀬まる35歳×各選考委員　 『新しい星』 連作8篇 317枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 70歳 全 ■ 13 「理解が及ばなかったのは、三十代から四十代の男女の心性である。苦悩を分かち合うことが友情だと規定しているわりには、すこぶる情熱に乏しい、淡白な関係に思えた。」 桐野夏生 70歳 全 ■ 17 「産んだばかりの子を亡くし、新しい子を望むことができなくなった夫婦は、どうやって互いを思い遣るのだろうか。そこが案外、最初の「肝」だったようにも思うのだが、物語は淡々と過ぎていってしまう。全編、好感を持って読んだが、読者の知りたい欲求を満たさず、潮が引いてゆくように消えてしまう感じは少々物足りない。」 宮部みゆき 61歳 全 △ 23 「選考会で、（引用者注：第158回で候補になった）『くちなし』の方が彩瀬さんらしい作風だというご意見を聞き、そうすると『新しい星』はまさに作者自身にとっても新しい惑星開拓の始まりなのだと気づきました。死や別離を扱いながら、登場人物たちに愁嘆場を演じさせない節度ある書き方に、私は大いに共感しました。」 林真理子 67歳 全 ■ 9 「ふつうのことをふつうに書くのはとても難しいことだ。しかし最後の乱れはどうしたのだろう。肝心なところなのに残念だ。」 角田光代 54歳 全 ■ 12 「みなさまざまに難問を背負い、それに気づいたもの同士が非常にさりげなく相手を気遣う、ささやかでやさしい世界がここには在るが、この小説がこの作者によって書かれなければならない理由、つまるところ作家の個性と強みが感じられなかった。」 三浦しをん 45歳 全 ■ 12 「文章、比喩、情景描写が素晴らしく、深刻な事態のなかにもユーモアがちりばめられていてバランスがいい。」「ただ、連作形式で各人の人生を描く展開が、目新しさという点で今回はやや不利に働いたと思う。」 北方謙三 74歳 全 △ 15 「言葉を切りつめ、きちんと行間を持ち、短篇小説の醍醐味を感じさせてくれた。」「最後にいくらか曖昧な思いが残った。文章は切りつめても、一冊として切りつめきれているのか。最終章が、この一冊の中で無駄だ、と私は思った。」 伊集院静 71歳 全 ● 14 「奇妙なタイトル、比喩表現、キャラクター作りから出て来たものは、私にとって魅力的なものが何一つ、誰一人、どの文節にもなかった。」 高村薫 68歳 全 ● 14 「ハッとさせられるような起伏や仕掛けは最後まで出てこない。４人の人間像もとくに深みはなく、みな似たり寄ったりの手触りである。この平板さにあと少し何かを足さなければ、本賞が求める読みごたえにはならない。」

他の候補作 今村翔吾 『塞王の楯』 米澤穂信 『黒牢城』 逢坂冬馬 『同志少女よ、敵を撃て』 柚月裕子 『ミカエルの鼓動』

柚月裕子53歳×各選考委員　 『ミカエルの鼓動』 長篇 882枚

年齢/枚数の説明 見方・注意点

選考委員 評価 行数 評言 浅田次郎 70歳 全 ■ 9 「資料調べと取材の労を惜しまなかった力作と知れる。だが、いさかか肝心のストーリーが知識に埋没する気味があった。」 桐野夏生 70歳 全 ● 14 「問題は、主人公に魅力が感じられず、共感できないことだ。素っ気ないと思うほど簡潔な地の文と、ややぶっきらぼうな台詞がこの主人公の魅力を減じているのかもしれない。そのため、主人公の真摯な思いがあまり伝わってこない。」 宮部みゆき 61歳 全 ■ 20 「もっと西條先生に味方してあげられるストーリーがほしかった！　というのは野次馬な感想に過ぎますが、「医療分野のＡＩ活用の未来」という大きなテーマは、人気の医療テレビドラマを連想させてしまうような人間模様がなくても、充分に読み応えがあったはずだと思います。」 林真理子 67歳 全 ● 10 「どうも共感出来なかった。ロボットは所詮ツールに過ぎない。自分で開発したわけでもないのに、主人公の医師はなぜこれほど執着するのか、最後までわからなかった。」 角田光代 54歳 全 ■ 22 「医師の西條、ジャーナリストの黒沢など人物造形が類型的で、反対に、西條の妻、妻の母などはどういう人物なのかわからない。」「ラストに西條が見る世界の真理に私は胸打たれたのだが、この境地にたどり着くのに必要な道のりが存分に描かれていないようにも思う。」 三浦しをん 45歳 全 ● 26 「後半になるにつれ矛盾や綻びが目立つ。病院内の権力闘争がうまく効いていないし、真木はべつにミカエルを用いた手術に反対しているわけではない。」「つまり、ストーリーを駆動させる対立軸の設定が弱い。」 北方謙三 74歳 全 ■ 22 「新しい医療技術を扱いながら、ストーリーが類型であった。」「俗物は俗物のまま、真実を摑み取らせる度胸があれば、類型をどこかで突き破ったかもしれない。正義だとか理想だとかに近づいた時、人物描写は危険性を帯びるのである。」 伊集院静 71歳 全 ● 3 「構成と人物像の作りに破綻があった。」 高村薫 68歳 全 ● 12 「エンターテインメントの定型に安住し過ぎたストーリーは、途中で先の展開が読めてしまう拙さだった。本賞では、もう少し精緻な構成が求められると思う。」

他の候補作 今村翔吾 『塞王の楯』 米澤穂信 『黒牢城』 逢坂冬馬 『同志少女よ、敵を撃て』 彩瀬まる 『新しい星』