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Last Update[H26]2014/7/31

徳川夢声
Tokugawa Musei
生没年月日【注】 明治27年/1894年4月13日~昭和46年/1971年8月1日
経歴 本名=福原駿雄(トシオ)、別号=夢諦軒、含宙軒。島根県生まれ。東京府立一中卒。大正2年/1913年、福原霊川の名で活動弁士デビュー。各地の映画館を転々とし、大正4年/1915年に徳川夢声と改名、以後弁士、俳優、作家など活動の場は幅広く、創成期のラジオ・テレビには欠かせない存在になる。
受賞歴・候補歴
  • |候補| 第7回直木賞(昭和13年/1938年上期)
  • |候補| 第21回直木賞(昭和24年/1949年上期)「九字を切る」
  • 第1回文藝春秋読者賞(昭和24年/1949年)「天皇陛下大いに笑ふ」(辰野隆・サトウハチロー鼎談)
  • 第1回NHK放送文化賞(昭和24年/1949年度)
  • 第3回菊池寛賞(昭和30年/1955年)各方面における活動
  • 紫綬褒章(昭和32年/1957年)
  • 東京都名誉都民(昭和40年/1965年)
  • 勲四等旭日小綬章(昭和42年/1967年)
サイト内リンク リンク集
備考 当サイトでは平成19年/2007年1月7日まで、徳川夢声氏の第21回候補作を、
過去のほとんどの文献をもとに「幽霊大歓迎」としていましたが、
種々調査の結果、これを「業績全般」と修正しました。

くわしくは、「「幽霊大歓迎」を追い求めて」という調査報告のページを設けましたので
そちらをご覧ください。
(2007.1.8)
さらに追加調査の結果、「九字を切る」その他の業績、だったと指摘する文献がありましたので、
そのように修正しました。
(2007.8.4)
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昭和13年/1938年上半期業績全般
該当期までの作品
昭和2年/1927年
「オベタイ・ブルブル事件」(『新青年』昭和2年/1927年4月号)
昭和3年/1928年
「放火懺悔録」(『新青年』昭和3年/1928年4月号)/読物
「映画観客色々」(『週刊朝日』昭和3年/1928年夏季特別号[6月])/漫談
「御祖師様」(『新青年』昭和3年/1928年11月号)/漫談
昭和4年/1929年
「だから酒は有害デアル」(『新青年』昭和4年/1929年5月号)
「盛夏白昼怪談」(『サンデー毎日』昭和4年/1929年小説と講談号[9月])/漫画
「軍艦行進曲」(『講談倶楽部』昭和4年/1929年11月号)
「トーキーと私」(『週刊朝日』昭和4年/1929年11月24日号)
昭和5年/1930年
「オドドいた話」(『サンデー毎日』昭和5年/1930年創作と講談号[3月])/漫画
「犬を頂戴する」(『講談倶楽部』昭和5年/1930年9月号)/ユウモア漫談
「或る送別会報告書」(『週刊朝日』昭和5年/1930年秋季特別号[10月])
「格言抹殺提議」(『新青年』昭和5年/1930年12月号)
昭和6年/1931年
「内憂外患の記」(『サンデー毎日』昭和6年/1931年3月8日号)/漫談
「軟尖時計奇談」(『週刊朝日』昭和6年/1931年春季特別号[4月])
「ショパンのプレリュード」(『新青年』昭和6年/1931年5月号)/読物
「酔払ひ珍談」(『キング』昭和6年/1931年8月号)
「トロンボ夫妻行状記」(『オール讀物』昭和6年/1931年10月号)
昭和7年/1932年
「アセダシ教縁起」(『新青年』昭和7年/1932年3月号)/読物
「マツポン」(『新青年』昭和7年/1932年4月号)/読物
「インチキ審査員」(『オール讀物』昭和7年/1932年5月号)
「斬捨御免 時事月評」(『新青年』昭和7年/1932年6月号~8月号)/読物
「アンコクビール」(『キング』昭和7年/1932年7月号)/漫談
「軽尖園芸問答」(『日の出』昭和7年/1932年8月号)/漫談
「天国に結ぶ病院」(『週刊朝日』昭和7年/1932年秋季特別号[10月])
昭和8年/1933年
「くらがり二十年」(『新青年』昭和8年/1933年1月号~10月号)/読物
「沙六捕物帖」(『オール讀物』昭和8年/1933年1月号)
「マンダン縁起」(『週刊朝日』昭和8年/1933年新春読物号[1月])
「転向時代」(『週刊朝日』昭和8年/1933年8月20日号)
昭和9年/1934年
「新婚ビラ戦術」(『講談倶楽部』昭和9年/1934年2月号)
「ワシは丹下左膳だ」(『日の出』昭和9年/1934年2月号)
「続くらがり二十年」(『新青年』昭和9年/1934年5月号~昭和10年/1935年8月号)/読物
昭和10年/1935年
「碁盤貞操帯」(『文藝春秋』昭和10年/1935年1月号)
「隣室の騒音」(『サンデー毎日』昭和10年/1935年1月20日号)/随筆
「乾瓢海瀟」(『文藝春秋』昭和10年/1935年4月号)
「ぞオッと音頭」(『週刊朝日』昭和10年/1935年春季特別号[4月])
「波を喰ふワン氏」(『文藝』昭和10年/1935年8月号)
「映友変死録」(『新青年』昭和10年/1935年11月号)/読物
昭和11年/1936年
「選挙漫談」(『週刊朝日』昭和11年/1936年2月16日号)/漫談
「36年型浦島太郎」(『新青年』昭和11年/1936年4月号)/読物
「36年型花咲爺」(『新青年』昭和11年/1936年5月号)/読物
「36年型桃太郎」(『新青年』昭和11年/1936年6月号)/読物
「36年型猿蟹合戦」(『新青年』昭和11年/1936年7月号)/読物
「めめず動いてゐる」(『文藝春秋』昭和11年/1936年8月号)
「36年型かちかち山」(『新青年』昭和11年/1936年8月号)/読物
「将棋・青大将」(『週刊朝日』昭和11年/1936年9月27日号)
「ユーモア漫談」(『週刊朝日』昭和11年/1936年秋季特別号[10月])/漫談
「百廿呎の笑」(『新青年』昭和11年/1936年12月号)/コラム
昭和12年/1937年
「夢諦軒俳談」(『新青年』昭和12年/1937年1月号)/読物
「海老助猫退治」(『オール讀物』昭和12年/1937年2月号)
「万病一元論」(『日の出』昭和12年/1937年2月号)
「集印信心帳」(『新青年』昭和12年/1937年3月号)/読物
「蛞蝓大艦隊」(『オール讀物』昭和12年/1937年5月号)
「軍艦行進曲」(『新青年』昭和12年/1937年8月号)/読物
「倫敦胃潰瘍後記」(『文藝春秋』昭和12年/1937年11月号)
「悲恋みんみん物語」(『週刊朝日』昭和12年/1937年秋の大衆読物号[11月])
など
 
該当期の作品
「ポカピカン」(『新青年』昭和13年/1938年1月号)
「口禍口福」(『オール讀物』昭和13年/1938年2月号)
「唖にされた音盤」(『オール讀物』昭和13年/1938年3月号)
「習字とラヴレター」(『日の出』昭和13年/1938年4月号)/小咄
「江戸繁昌記」(『新青年』昭和13年/1938年5月号)/読物
「鉛筆とオルガン」(『オール讀物』昭和13年/1938年6月臨時増刊号)
 
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候補者 徳川夢声 男44歳
選考委員 評価 行数 評言
久米正雄
男46歳
0  
小島政二郎
男44歳
0  
吉川英治
男45歳
0  
白井喬二
男48歳
0  
三上於菟吉
男47歳
3 「徳川夢声君のものらが選に入りそうにも見えた。」
大佛次郎
男40歳
0  
菊池寛
男49歳
   
選評出典:『オール讀物』平成14年/2002年10月号再録(初出:『文藝春秋』昭和13年/1938年9月号)
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きゅうじ
九字を 切る」(『文藝讀物』昭和24年/1949年2月号)その他
媒体・作品情報
誌名 「文藝讀物」
巻号 第8巻 第2号  別表記2月号
印刷/発行年月日 印刷 昭和24年/1949年1月20日 発行 昭和24年/1949年2月1日
発行者等 発行人 式場俊三 編集人 香西 昇 印刷人 北川武之輔 印刷所 細川活版所(東京都) 配給元 日本出版配給株式会社(東京都)
発行所 日比谷出版社(東京都)
装幀/装画等  鈴木信太郎
総ページ数 80 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
20字
×25行
×3段
本文ページ 70~79
(計10頁)
測定枚数 33
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書誌
>>平成21年/2009年11月・清流出版刊『徳川夢声の小説と漫談これ一冊で』所収
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候補者 徳川夢声 男55歳
選考委員 評価 行数 評言
小島政二郎
男55歳
5 「私は反対した。もう一人選ぶなら、新らしい人にしたかった。」
久米正雄
男57歳
10 「委員の大部分は、徳川夢声君を推して居られるには、私も一種の感激を覚えた。」「二人に授賞させていゝならば、私はなにかもう少し、新らしい所を狙いたい気もした。」
大佛次郎
男51歳
16 「一部では徳川氏のは随筆文学であると云う人もあるが、そう云う意味でも僕は却って賛成する。」
獅子文六
男56歳
5 「賞をやっても嬉しがるまいという人があったが、私は夢声大いに喜ぶことと考えている。」
木々高太郎
男52歳
6 「二人出してもいゝではないかとの論も出たが、二三時間を超える検討によって、今年は一人と云うことになった。」
井伏鱒二
男51歳
0  
川口松太郎
男49歳
5 「過去を通じての直木賞の在り方というものを考えたとき、やはり妥当でないような気がした。」
選評出典:『オール讀物』平成15年/2003年1月号再録(初出:『文藝讀物』昭和24年/1949年9月号)
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文量
短篇
章立て
「口上」「1」~「6」「結び」
時代設定 場所設定
太平洋戦争中~戦後  東京など
登場人物
大島勉(新聞記者、のち精神病院入院)
千世子(大島の妻)
山室(大島の親友)




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