古川真人（ふるかわまこと）-芥川賞受賞作家｜芥川賞のすべて・のようなもの

第162回

＝受賞者＝
古川真人

Last Update●[R2]2020/2/19

	Furukawa Makoto
	生没年月日【注】	昭和63年/1988年7月29日～
	受賞年齢	31歳5ヵ月
	経歴	福岡県福岡市生まれ。第一薬科大学付属高校卒。國學院大学文学部中退。平成28年/2016年「縫わんばならん」で第48回新潮新人賞を受賞。
	受賞歴・候補歴	第48回新潮新人賞（平成28年/2016年）「縫わんばならん」 \|候補\| 第156回芥川賞（平成28年/2016年下期）「縫わんばならん」 \|候補\| 第157回芥川賞（平成29年/2017年上期）「四時過ぎの船」 \|候補\| 第31回三島由紀夫賞（平成29年/2017年度）『四時過ぎの船』 \|候補\| 第161回芥川賞（平成31年・令和1年/2019年上期）「ラッコの家」第162回芥川賞（令和1年/2019年下期）「背高泡立草」
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第156回候補

「縫(ぬ)わんばならん」（『新潮』平成28年/2016年11月号）

媒体・作品情報

誌名	「新潮」別表記表紙「The Shincho Monthly」「今年112年目の文芸誌」併記
巻号	第113巻第11号別表記11月号/1342号
印刷/発行年月日	発行平成28年/2016年11月7日　発売平成28年/2016年10月7日
発行者等	編集兼発行者矢野優　印刷者北島義俊　印刷所大日本印刷株式会社（東京都）
発行所	株式会社新潮社（東京都）
総ページ数	404	表記上の枚数	―	基本の文字組（1ページ当り）	27字 ×25行 ×2段
本文ページ	57～121 （計65頁）	測定枚数	210枚

書誌

平成29年/2017年1月・新潮社刊『縫わんばならん』

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　古川真人　28歳
選考委員		評価	行数	評言
吉田修一	48歳	―	0
小川洋子	54歳	■	21	「退屈な小説である。けれど、退屈で何が悪い、という態度を貫き通しているのは立派だった。決して無自覚ではない、真っすぐな覚悟が感じられた。」「ところがなぜか、（引用者注：老婆たちから）若者の視点になった途端、急激に輝きが失われてゆくように思えた。映像から声に中心が移っていったせいなのだろうか。」
村上龍	64歳	―	0
高樹のぶ子	70歳	●	8	「家系図を書きながら読まなくてはならず、魅力的な人物が居ないので退屈した。壊れた記憶や穴のあいた家を繋ぎ直さなくてはならない、というテーマはわかるが、この長さは必要ないだろう。」
奥泉光	60歳	■	19	「規模の大きい作者の力量を感じさせた。しかし後半の葬式へと話が移るにしたがい、小説の生動が鈍り冗漫になる印象がいなめず、作者にとっては葬式の場面は必要だったのだろうが、ならばもっと多くの「声」を導き込み、なおかつ一個の構築物となすだけの粘りと、構想力が要求されるだろう。」
山田詠美	57歳	●	20	「長過ぎる。作者が思っているほど、この一族の話はおもしろくない。」「小説の中で方言がきらめくためには、それに馴染みのない読者への細心の注意を払った演出がなされていなくてはならない。」「そして、田舎の葬儀はよほどの企みと力量をもって描けなければ退屈な他人事のままだ。」
宮本輝	69歳	■	9	「丁寧に書かれた佳品だが、なんにしても退屈だ。あまりに長すぎる。主人公のふたりの老婦の過去の平凡な追憶だけでは、読者を最後までつれて行くことはできない。」
堀江敏幸	53歳	■	17	「亡くなった祖母が、葬儀の席の、親族の思い出話のなかで元気に息づいているのを見て、孫息子は、さみしさといった感情とは「何か別のもの」をつかむ。これもまた、伝承できないものの伝承のひとつであるとはいえ、縫い合わせるための糸が少し長すぎた。」
島田雅彦	55歳	●	8	「田舎の日常を生きる人々には都会の常識を遥かに逸脱したキャラクターが少なからずいるが、今ひとつ方言と日常性の中に埋没してしまい、キャラクターとして屹立してこないのが残念。」
川上弘美	58歳	■	13	「ここにある、他人の、さしてめざましくはないけれど、なんだかつい聞き入ってしまう家の話、を語られている時の、うとうとしてしまうような気持ちのよさと、その中にある不安さは、癖になりそうです。でも、少し、長かったかな。」
選評出典：『文藝春秋』平成29年/2017年3月号

第157回候補

「四時過(よじす)ぎの船(ふね)」（『新潮』平成29年/2017年6月号）

媒体・作品情報

誌名	「新潮」別表記表紙「The Shincho Monthly」「今年113年目の文芸誌」併記
巻号	第114巻第6号別表記6月号/1349号
印刷/発行年月日	発行平成29年/2017年6月7日　発売平成29年/2017年5月6日
発行者等	編集兼発行者矢野優　印刷者北島義俊　印刷所大日本印刷株式会社（東京都）
発行所	株式会社新潮社（東京都）
総ページ数	324	表記上の枚数	表紙・背・目次 160枚	基本の文字組（1ページ当り）	27字 ×24行 ×2段
本文ページ	7～58 （計52頁）	測定枚数	160枚

書誌

平成29年/2017年7月・新潮社刊『四時過ぎの船』

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　古川真人　28歳
選考委員		評価	行数	評言
山田詠美	58歳	■	23	「登場人物が皆いじらしい。ただし主人公以外。モラトリアムにある閉塞感が今ひとつ伝わって来ない。」「〈やぜらしかもの〉をひとつずつ捨てて行った祖母と、この先も〈やぜらしかもの〉をひとつずつ拾って行くであろう自分を交互に配して、やがてすれ違うというアイディアが、あまり上手く機能していない。」
吉田修一	48歳	■	14	「認知症とモラトリアムを同時に料理してやろうという野心作で、忘失というマイナス要素をなんとかプラスに転化させようとする努力は買うが、前作に続いてやはり冗長。」
村上龍	65歳	―	0
奥泉光	61歳	△	19	「前作の「縫わんばならん」に続いて、九州の島に発する一族の歴史を記憶や声の重層的な交錯のなかに描き出す一篇で、テクストの立体的な構築への意思には共感した。しかし今回は主人公の青年に焦点が絞られたぶん、世界が小さくなった印象で、それは小説としてのまとまりがよくなったと云う評価と裏腹であり、難しいところではある。」
宮本輝	70歳	●	16	「前回の「縫わんばならん」と合わせ鏡になったような作品で、もしふたつの小説がひとつにうまく合体したとしても、大事な「芯」をどこにも見つけだすことができそうにない。」
高樹のぶ子	71歳	△	29	「描かれる人間関係は（引用者注：前の候補作に比べて）シンプルになり纏まりも良かったが、方言の粘着感と暑苦しさに少々うんざりしたのも確か。」「もしかしたら方言は彼にとって古臭い土着のテイストではないのかも知れない。」「中央から遠くはなれた土地で差別意識や自己卑下を含んで使われる従来の、常に標準語に翻訳されることで意味を持つ言語ではなく、何か新たな色彩を秘めた未開拓の魅力を持っているのかも知れないと思えてきた。」
小川洋子	55歳	■	9	「佐恵子や幼児や死者たちは、言葉の理屈から解き放たれ、自在な魅力を振りまいている。ところが肝心の語り手、稔が平板だった。」
堀江敏幸	53歳	■	23	「認知症のまま亡くなった祖母の破れた記憶を縫い合わせようとした前作の続篇だが、人の話を聞いて過去を息づかせることと、みずから能動的に動いて過去にさかのぼろうとすることのはざまにひろがる荒れ地が、きれいに均されすぎたようだ。」
川上弘美	59歳	●	20	「多くの細部がありました。にもかかわらず、珍しくわたしはこの小説からはじき出されてしまう心地に、たびたびなりました。」「細部の刈り込まれかたが、うまくいっていないのではないでしょうか。」
島田雅彦	56歳	△	21	「この先も古川は長崎を舞台にしたサーガを書き継いでゆくだろうが、血縁関係の中にとどまらず、もっと空間的、時間的に大きな視野に立って、壮大な物語を紡いでもいいのではないか。」
選評出典：『文藝春秋』平成29年/2017年9月号

第161回候補

「ラッコの家(いえ)」（『文學界』平成31年/2019年1月号）

媒体・作品情報

誌名	「文學界」
巻号	第73巻第1号別表記1月号
印刷/発行年月日	発売平成30年/2018年12月7日　発行平成31年/2019年1月1日
発行者等	編集人武藤旬　発行人大川繁樹　印刷人北島義斉　印刷所大日本印刷株式会社　ＤＴＰ制作株式会社ローヤル企画
発行所	株式会社文藝春秋（東京都）
総ページ数	336	表記上の枚数	目次 100枚	基本の文字組（1ページ当り）	27字 ×24行 ×2段
本文ページ	146～177 （計32頁）	測定枚数	99枚

書誌

令和1年/2019年7月・文藝春秋刊『ラッコの家』所収

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　古川真人　30歳
選考委員		評価	行数	評言
小川洋子	57歳	△	15	「『ラッコの家』に響く重層的な声には、輪郭がなく、すべてが潮のように流れてゆく。しかし読み終わった時、タツコの手触りが確かに残る。」「古川さんにはこのまま、独自の題材、書き方に徹底的にこだわってほしい。同じことを書き続けることでしか見えてこない何かが、必ずあるはずだから。」
高樹のぶ子	73歳	■	8	「お経か音楽を聴くように聞き慣れてしまう。白濁した世界を、長々と泳がされている気がした。」
奥泉光	63歳	△	20	「九州の方言をかたりの柱に据える独自の文体を追求しながら、ひとつの「物語」を連作風に書き継いでいて、その貫徹ぶりには感心させられる。」「芥川賞は完結した短編に与えられる、と決まりがあるわけではないけれど、連作の一篇を独立して評価するのはむずかしい面があるともいわざるをえない。」
山田詠美	60歳	■	15	「方言を多用し過ぎて、効果的な域をはるかに越えている。なかなか作品世界に入って行けなくて、前半は意味を汲み取るのにも難儀した。」「しかし、後半、タツコひとりの描写になると、俄然、味わいを増す。」
島田雅彦	58歳	■	7	「田舎の家族経営の民宿に泊まり、目の見えづらいおばあさんの方言語りに耳を傾ける感じが心地よいが、語り手の観察者的介入により、リズムが壊れるところが残念。」
川上弘美	61歳	■	12	「「ラッコの家」の作者の声は、わたしには少し聞きづらいのです。」「今までも候補となった古川さんのいくつかの作品と続けて、長い一つの小説としてまた読み返したいですし、同時に古川さんのほかの種類の作品の、ほかの声も、いつか聞いてみたいのです。」
宮本輝	72歳	■	10	「味わいがあって、その味わいの奥になにかが隠れていそうなのだが、読み終わると、なにが書かれていたのかわからなくなる。」
吉田修一	50歳	●	25	「好意的な選考委員がおっしゃるようにサーガの一部だとしても、退屈にすぎる。」「「もしかしたら、この味わい深い方言の中に何か意味のあることが書かれているのかもしれないわ」と期待を持たれている読者に、「ここがそうです」と自信を持って指摘できる箇所は見つけられない。」
堀江敏幸	55歳	△	14	「八十歳近い主人公が、海に落ちた小さい頃の自分をラッコのように眺めている結びには、親しい他者の顔もとらえられている。欲を言えば、旧知の人物に再会できた喜びを超えるなにかが欲しかった。」
選評出典：『文藝春秋』令和1年/2019年9月号

第162回受賞

「背高泡立草(せいたかあわだちそう)」（『すばる』令和1年/2019年10月号）

媒体・作品情報

誌名	「すばる」別表記表紙「Subaru」併記　裏表紙・奥付「昴」併記
巻号	第41巻第10号別表記10月号
印刷/発行年月日	発売令和1年/2019年9月6日
発行者等	編集者鯉沼広行　発行者江口順一　印刷所大日本印刷株式会社
発行所	株式会社集英社（東京都）
総ページ数	358	表記上の枚数	―	基本の文字組（1ページ当り）	26字 ×21行 ×2段
本文ページ	12～88 （計77頁）	測定枚数	204枚

書誌

令和2年/2020年1月・集英社刊『背高泡立草』

『文藝春秋』令和2年/2020年3月号

選評の概要

この回の全概要　見方・注意点

候補者　古川真人　31歳
選考委員		評価	行数	評言
山田詠美	60歳	□	19	「同じ場所に確実に存在する異った時の流れを交錯させるのは、この作者の真骨頂だろう。今回は、そこに、さまざまなドラマをはさみ込み厚みが出た。」「正直、毎回この一族の物語を読むたびに、また付き合うのか、と感じていたが、今回、また出会えた！　と思えたのは収穫だった。」
吉田修一	51歳	□	16	「これまでの古川さんの作品同様、少し大げさに昭和臭を漂わせる作風には相変わらず違和感をおぼえるのですが、市井の一家のファミリーヒストリーと見せかけて、その土地自体を物語る手腕は高く評価したいと思いました。」
小川洋子	57歳	△	25	「最初の投票のあと、議論を重ねてゆく中で、『背高泡立草』が不思議な静けさをたたえて浮上してきた。場所はとある島の一点に留まりながら、大胆に時間をかき回すことで、海から逃れられない人生を背負わされた人々が立ち現れてくる。」「古川さんは、今、目の前にいる親しい誰かと、会えるはずもない遠い過去にいる見知らぬ誰かに、等しい距離感で視線を送れる書き手なのだろう。」
奥泉光	63歳	■	29	「物語上の要請もあってか、方言の使用は減じて、読みやすくはなっている。しかし、そうなればなったで、全体が平板になった感がある。「読みにくさ」は魅力の源泉でもあったので、そこをむしろ徹底することで、壁を突破して欲しかったというのが正直なところだ。」
川上弘美	61歳	■	16	「小説の中の時間と空間を広げてゆこうという作者の試みが感じられたのは確かなのですが、それがうまくいっていたかどうかは、微妙なところでした。ゆらぎ、たゆたい、おぼろとなってゆく小説世界の中で、いつの間にか時間や空間がゆがんだり行ったり来たりする作者独特の手法を広げようとしたことは、大いに買いたいと思います。」
宮本輝	72歳	◎	29	「重層性と作品それ自体の生命力によって、（引用者注：作者が候補になった）これまでの三作をしのいでいると感じた。」「作品中、三つの異なる挿話が不意に挿入されるが、これをどう評価するかが難しいところだった。わたしはいささか親切過ぎる読み方をして、古い家の雑草刈りに集まった主人公たちが生まれ育った平戸の島そのものの「血」を象徴するメタファだと解釈した。」
島田雅彦	58歳	○	15	「一族集合しての草刈りという現在時制の出来事に、その土地に根付いている重層的な過去を絡めた物語である。」「古川氏が書き継いできた「サーガ」の一部をなしているが、スピンオフといった人がいて、同意した。」
松浦寿輝	65歳	△	26	「古川氏なりの企図や構想があり、方法の追求があるのかもしれないが、彼は結局はただわけもわからぬまま書いているように見える。そこから生まれる読みにくさは、肯定的にも否定的にも評価できるが、いずれにせよ中上健次の文章のような「花」があればと惜しむ気持ちは残る。」「（引用者注：「デッドライン」「幼な子の聖戦」と共に）選考会ではわたしは、（引用者中略）受賞作とすることに「反対はしない」という立場を表明した。」
堀江敏幸	56歳	■	23	「声は変わっていない。しかし過去と現在の二項対立ではない「傍らにいる」記憶をたどる言葉の密度が、これまでの作より薄いという印象を受けた。カヌーの挿話と捕鯨の話もどこか中途半端である。」
選評出典：『文藝春秋』令和2年/2020年3月号