芥川賞のすべて・のようなもの
第3回
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Last Update[H26]2014/6/20

高木卓
Takagi Taku
生没年月日【注】 明治40年/1907年1月18日~昭和49年/1974年12月28日
経歴 本名=安藤煕。東京生まれ。東京帝国大学独文科卒。大学教員のかたわら創作を続ける。第11回芥川賞に推されたが受賞辞退。
受賞歴・候補歴
  • |候補| 第3回芥川賞(昭和11年/1936年上期)「遣唐船」
  • |受賞辞退| 第11回芥川賞(昭和15年/1940年上期)「歌と門の盾」
  • |候補| 第5回新潮社文芸賞〔第一部〕(昭和17年/1942年)『北方の星座』
  • 第8回産経児童出版文化賞[推薦](昭和36年/1961年)『日本の歴史=ジュニア版』(共著)
備考
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芥川賞 第3回候補  一覧へ

けんとうせん
遣唐船」(『作家精神』昭和11年/1936年5月号[創刊号])
媒体・作品情報
測定媒体 『文藝春秋』昭和11年/1936年11月号
作品名 別表記 表紙 「菊池寛編輯」併記
印刷/発行年月日 印刷 昭和11年/1936年10月18日 発行 昭和11年/1936年10月1日
発行者等 発行兼印刷兼編輯人 菊池武憲 印刷所 共同印刷株式会社(東京市) 部数 258,000
発行所 株式会社文藝春秋社(東京市)
総ページ数 432 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
26字
×18行
×2段
本文ページ 358~401
(計44頁)
測定枚数 96
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書誌
>>『文藝春秋』昭和11年/1936年11月号
>>昭和15年/1940年9月・三笠書房刊『歌と門の盾』所収
>>昭和21年/1946年☆月・あづみ書房/あづみ文庫『遣唐船』所収
>>昭和27年/1952年11月・河出書房刊『現代日本小説大系 第56巻 昭和十年代11』所収
>>昭和32年/1957年1月・河出書房刊『現代日本小説大系 第58巻 昭和十年代11』所収
>>昭和33年/1958年3月・筑摩書房刊『現代日本文学全集87 昭和小説集(二)』所収
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候補者 高木卓 男29歳
選考委員 評価 行数 評言
菊池寛
男47歳
3 「(引用者注:一番感心した「コシャマイン記」の)その次は、「遣唐船」」「テーマが雄大で、書き足りていないが、しかし相当の力作で、あると思った。」
佐藤春夫
男44歳
3 「なかなか力量のある作ではあるが表現力の不足が目立つので、これをプラスマイナスすると授賞を躊躇される。」
小島政二郎
男42歳
0  
川端康成
男37歳
0  
室生犀星
男47歳
3 「出来栄えはよかつたが、「コシヤマイン記」あるが為に、賛成を掏られて了つたのである。」
瀧井孝作
男42歳
3 「文章が生々しい点少し物足らない。然し力作だろうと思った。」
佐佐木茂索
男41歳
1 「苦心の力作。」
選評出典:『芥川賞全集 第一巻』昭和57年/1982年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和11年/1936年9月号)
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芥川賞 第11回候補(受賞辞退)  一覧へ

うた もん たて
歌と 門の 盾」(『作家精神』第5巻第1号[昭和15年/1940年3月])
媒体・作品情報
測定媒体 昭和15年/1940年9月・三笠書房刊『歌と門の盾』
印刷/発行年月日 印刷 昭和15年/1940年9月27日 発行 昭和15年/1940年9月30日
発行者等 発行者 竹内富子 印刷所 堀内印刷所(東京市)
発行所 三笠書房(東京市)
総ページ数 302 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
36字
×12行
×1段
本文ページ 237~302
(計66頁)
測定枚数 66
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書誌
>>昭和15年/1940年9月・三笠書房刊『歌と門の盾』所収
>>昭和22年/1947年3月・大日本雄弁会講談社刊『獄門片影』所収
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候補者 高木卓 男33歳
選考委員 評価 行数 評言
瀧井孝作
男46歳
10 「銓衡会の席上で(引用者中略)菊池さんが採って、これは以前に「遣唐船」の力作を出した作家で、歴史小説のよい作品がこれから出ると宜いと云う意味で、こういう歴史ものにも今回は授賞しようと云う話になった。」「題材は好いが、描写の文章は、ぼくは外米を噛むようで味がなくて、とりたくなかったが、他に適当の作品がないとすれば、まあどちらでもよかろう位に思った。」
小島政二郎
男46歳
28 「正直に云って、小説としては、私は感心し切れなかった。これだけのいい材料を掴んでいながら、こんな平板な作品を書いているのは勿体ない気がしたのである。しかし、菊池寛が推奨する意味でなら、不服はない。」「惜しいかな、史実とそれに対する批判の正しさを愛する理性の喜びが、それを根拠として更に立体的に一大飛躍を必要とする小説化の芸術的意欲を圧倒している。」
室生犀星
男50歳
16 「歴史小説としてのすじの正しいものであって、ありふれた駄洒落やインチキの食ッ付きがなく、歴史小説の陥ち入りやすい厭味から脱けているところがいいと思った。それだけ平凡だといえばいえるが、こういう平凡は却って宜い意味の平凡だともいえる。」「辞退をされたので無賞となったが、それもそれでいいだろう。しかし一たん「芥川賞」の刻印を打たれたら斯る公けのものゆえ、それは却って芥川賞の色が濃くはげないことになる。どういう理由か分らないが、こういう作家があってもいいわけである。」
佐藤春夫
男48歳
49 「高木氏がこれ(引用者注:大伴家持)を取扱ったのも、この題目に関する相当な知識にも全く敬意を表したものであった。しかし、その表現力、構想力という点になると、やっぱり「遣唐船」の時同様、いやもしかすると「遣唐船」の方がまだしもまとまりがよかった位ではあるまいかという気がした。」「この作者は人として学者として優れた人らしいのに、文学的――尠くも作家的天分にはあまり恵まれた人ではないらしいとまで考えていた。」「高木氏が省みて授賞を辞退されたという報を見て、氏の自ら知る明に敬服し氏の自負に対して当選者以上に尊敬したくなった。」
宇野浩二
男49歳
32 「全体の書き方も、作者は凝っているつもりであろうが、曲があるようで曲がなく、面白味がないから、『遣唐船』の作者として失敗作であるばかりでなく、凡作である。されば、高木が、この小説に対して芥川賞を辞退したのは、賢明である。」
川端康成
男41歳
18 「辞退の理由は知らないがもし自作についての謙遜とすれば、それはお互いにきりのないことであって、私等も他人の作品の銓衡など出来たものではない。」「私は高木卓氏の「歌と門の盾」には余り賛成ではなかったが、委員会でそれに決定したとなれば、辞退を残念と思う気持に変りはない。」「高木氏が作家として苦悩にまみれるところから、家持の性格の骨格が運命の悲音を立てて来ないと、十分に敬服することは出来ぬ。」
菊池寛
男51歳
  「今度は、授賞中止説が多かったが、自分は高木卓氏の前作「遣唐船」が授賞に値したものであったと思うので、今度の作品は不十分であるが、歴史小説として「遣唐船」と共に上古日本の世界に取材してある点を買って、授賞を主張したのである。審査の正不正、適不適は審査員の責任であり、受賞者が負うべきものではない。活字にして発表した以上、貶誉は他人にまかすべきで、褒められて困るようなら、初めから発表しない方がいいと思う。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和15年/1940年9月号)
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