芥川賞のすべて・のようなもの
選評の概要
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6162636465.
66.
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Last Update[H28]2016/6/13

川端康成
Kawabata Yasunari
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生没年月日【注】 明治32年/1899年6月14日~昭和47年/1972年4月16日
在任期間 第1回~第66回(通算37年・66回)
在任年齢 36歳0ヶ月~72歳6ヶ月
経歴 大阪府生まれ。東京帝国大学国文科卒。
在学中に第六次『新思潮』創刊。
大正13年/1924年、横光利一らと『文芸時代』を創刊、
“掌の小説”といわれる短編・評論を発表し、“新感覚派”と呼ばれた。
戦前の作品に「伊豆の踊子」「浅草紅団」「禽獣」「雪国」(完結は戦後)などがあり、
戦後も「千羽鶴」「山の音」「眠れる美女」「古都」などを書き創作力は衰えなかった。
昭和43年/1968年、日本人初のノーベル文学賞を受賞。
昭和47年/1972年、ガス自殺により逝去。
受賞歴・候補歴
  • |候補| 第1回渡辺賞(大正15年/1926年)
  • |候補| 第2回文藝懇話会賞(昭和10年/1935年)「花のワルツ」
  • 第3回文藝懇話会賞(昭和11年/1936年)『雪国』
  • 第6回菊池寛賞(昭和18年/1943年)
  • |候補| 第4回毎日出版文化賞(昭和25年/1950年)『全日本児童詩集』(共編)
  • |候補| 第2回読売文学賞[小説賞](昭和25年/1950年)「舞姫」
  • 第8回日本藝術院賞[文芸](昭和26年/1951年度)「千羽鶴」その他
  • 第7回野間文芸賞(昭和29年/1954年)「山の音」
  • |候補| 第2回新潮社文学賞(昭和30年/1955年)『みづうみ』
  • 第6回菊池寛賞(昭和33年/1958年)
  • L'Ordre des Arts et des Lettres{芸術文化勲章/フランス}[Officier{オフィシエ}](昭和35年/1960年)
  • Prix du Meilleur livre étranger{最優秀外国文学賞/フランス}(昭和36年/1961年)『雪国』(Fujimori Bunkichi・Armel Guerne訳)
  • 文化功労者(昭和36年/1961年)
  • 文化勲章(昭和36年/1961年)
  • 第16回毎日出版文化賞(昭和37年/1962年)『眠れる美女』
  • |候補| 第14回読売文学賞[小説賞](昭和37年/1962年)『古都』
  • Nobel Prize in Literature{ノーベル文学賞/スウェーデン}(昭和43年/1968年)
  • 鎌倉市名誉市民(昭和44年/1969年)
個人全集 『川端康成全集』全35巻・補2巻(新潮社)
備考
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下記の選評の概要には、評価として◎か○をつけたもの(見方・注意点を参照)、または受賞作に対するもののみ抜粋しました。さらにくわしい情報は、各回の「この回の全概要」をクリックしてご覧ください。

芥川賞 1 昭和10年/1935年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数34 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男36歳
候補 評価 行数 評言
高見順
男28歳
7 「最も面白く読んだ。或いは「蒼氓」より高く買われ得べきであろう。今日のインテリ世態小説としても、重要な地位を与えらるべきものだ。欠点は作者の才能の裡にあるというものの、やすやす軽じ得る小説ではない。」
男30歳
7 「予選に残した。」
選評出典:『芥川賞全集 第一巻』昭和57年/1982年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和10年/1935年9月号)
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芥川賞 2 昭和10年/1935年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数31 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男36歳
候補 評価 行数 評言
丸岡明
男28歳
4 「私は終始支持し、多分この作が受賞するであろうとひそかに期待していた。ところが委員会の席上で、ややこの作に荷担されたのは、久米正雄氏ただ一人であった。」
小山祐士
男29歳
11 「(引用者注:第一に推す丸岡明の次に、川口一郎か小山祐士を)私は推薦したい。このいずれが受賞するも、客観的に見て甚だ妥当だと信じ、私一個の作品批評の見地にても、真に快心事である。」
  「文壇諸方面から推薦された候補は、今回六十八名の多きに達した。」
選評出典:『芥川賞全集 第一巻』昭和57年/1982年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和11年/1936年4月号)
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芥川賞 3 昭和11年/1936年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数11 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男37歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
2 「二篇入賞ならば、(引用者中略)先ず選びたい。」
男36歳
4 「(引用者注:「城外」と「いのちの初夜」の)いずれが入選しても異存はない。」「長年の勉強が認められたのは、喜ばしい。」
北條民雄
男21歳
4 「(引用者注:「城外」と「いのちの初夜」の)いずれが入選しても異存はない。」「発表当時既に或る程度酬いられ、また特異な作家として印象も強いゆえ、入賞せずとも注目されると思う。」
  「今回の候補作に就ての感想は「文學界」九月号にも少し書いた。」
選評出典:『芥川賞全集 第一巻』昭和57年/1982年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和11年/1936年9月号)
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芥川賞 4 昭和11年/1936年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数10 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男37歳
候補 評価 行数 評言
川上喜久子
女32歳
10 「私は一票を投じた。」「作家としての将来の発展が認められるからでもあるが、それよりも川上氏のような文学の発展が望ましいからである。要するに、私が今日の文学に期待するものの一つを、川上氏の作風を見たのであった。」
男37歳
0  
男34歳
0  
選評出典:『芥川賞全集 第一巻』昭和57年/1982年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和12年/1937年3月号)
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芥川賞 5 昭和12年/1937年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数20 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男38歳
候補 評価 行数 評言
男37歳
20 「殆んど議論なく、尾崎氏の「暢気眼鏡」に決定したことは、意外に思った人もあるかもしれないが、委員の一人としては、当然であったような気がする。」「入賞に幾分躊躇はされても、落すことは出来ない作品であった。この点を再考し、吟味してみるところから、私の「暢気眼鏡」の批評は出発する。」「長年の労苦は、光輝ある不遇とは云いにくい。けれども、作者の眼は「暢気眼鏡」に描かれた生活の上っ面だけで、手軽に見て取れるものでは、決してない。」
選評出典:『芥川賞全集 第一巻』昭和57年/1982年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和12年/1937年9月号)
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芥川賞 6 昭和12年/1937年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数14 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男38歳
候補 評価 行数 評言
男31歳
7 「少し大袈裟に云えば、大旱の雲を望むが如くで、その多少の欠陥は二の次とし、先ず喜んで「糞尿譚」を推した。」「芥川賞としては、火野君を選ぶのが面白いと考えたのである。優劣論ではない。」
  「文壇諸方面の人々が推薦してくれた作品は、全部読んだ。その結果、実に悲しむべきは、新人の作品で問題とするに足るものが、殆ど無かったということである。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和13年/1938年3月号)
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芥川賞 8 昭和13年/1938年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数28 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男39歳
候補 評価 行数 評言
外村繁
男36歳
12 「私は推したかった。今回はこれ以外にないと思った。ところが、芥川賞より先きに、池谷賞に決定してしまった。」「池谷賞の委員としては、この作品の選ばれたことを喜ぶが、芥川賞の委員としては、この作品の選べぬことを惜しむという結果になった。」
女29歳
9 「中里氏を推すことに賛成である。」「少し弱いけれども、素質のいいところを認めたい。またこういう刺戟の強くない、賞向きでない作家、初めての女流作家の受賞は、喜ぶに足るだろうか。」「長い間この材料を扱って来た作品は、柔かく細かい花である。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和14年/1939年3月号)
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芥川賞 9 昭和14年/1939年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数15 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男40歳
候補 評価 行数 評言
男28歳
7 「投票した。」「「鶏騒動」の方が(引用者注:「あさくさの子供」より)一票多く、両者共に受賞というのであれば、私としては、先ず妥当の決定であると思う。」「面白い作風である。」
男34歳
11 「(引用者注:授賞に)あくまで反対というものではなかった。」「少し未成なところがあって、その真面目さも浅い。よい意味の文学的思考の鍛錬が、将来に必要であろう。」
  「本庄陸男氏の長篇力作「石狩川」は、墓碑銘を飾る意味もあって、授賞したいものであった。しかしこれは、芥川賞以上の方法で、表彰されるべきかもしれない。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和14年/1939年9月号)
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芥川賞 10 昭和14年/1939年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数25 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男40歳
候補 評価 行数 評言
男32歳
9 「(引用者注:寒川光太郎か金史良かを)選びたかったのは、他の委員諸氏と私も同じであった。特に「密猟者」ということが満場一致であったのは、寒川氏の名誉を或いは倍加するものであろう。」「精神を象徴化する詩人の強さに、面白いところがあって、独特の才質が認められる。しかし、その高く張った未熟さのうちに、ふと崩れそうな不安もないではない。この人の将来の道はそう楽であるまい。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和15年/1940年3月号)
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芥川賞 11 昭和15年/1940年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数48 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男41歳
候補 評価 行数 評言
  「今回は特に推賞したいと思う作品が、私には見当らなかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和15年/1940年9月号)
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芥川賞 12 昭和15年/1940年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数61 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男41歳
候補 評価 行数 評言
男44歳
51 「「平賀源内」を推すとなると、私の気持ははっきりする。落ちつく。それには、それだけの力が、「平賀源内」という作品にあるものと、私は考えた。」「「崖」や「鶏」に比べて、「平賀源内」は遙かに欠点の多いことは、無論である。」「テエマと筋を知ってしまってから読むと、それを知る前に読むほどには、面白くないのである。」「「平賀源内」は歴史小説の形を借りた現代小説である。」「知識人の生き方について、一つの道を考えたとも言える。」「この主題に平賀源内を持って来たのは、作者の手柄である。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和16年/1941年3月号)
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芥川賞 13 昭和16年/1941年上半期   一覧へ
選評の概要 (電報回答) 総行数4 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男42歳
候補 評価 行数 評言
男28歳
2 「「長江デルタ」或は「下職人」を推す、」「デルタの方将来性あり面白いかも知れぬ、」
埴原一亟
男33歳
2 「「長江デルタ」或は「下職人」を推す、下職人の方確か」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和16年/1941年9月号)
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芥川賞 14 昭和16年/1941年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数25 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男42歳
候補 評価 行数 評言
女27歳
12 「(引用者注:「火渦」と)いずれを選ぶべきか、私ははっきりせず、と云うよりも、出来るならば、両方に授賞してほしかった。」「主人公の娘のけなげで必死な生き方が作品の呼吸となって、非常な好意を持たずにいられない。強く張っている。表現も確かである。結末近くから甚だ薄手になるのも、或いはやむをえないことだったろうか。」
水原吉郎
男33歳
13 「(引用者注:「青果の市」と)いずれを選ぶべきか、私ははっきりせず、と云うよりも、出来るならば、両方に授賞してほしかった。」「「腕」、「ジュリエット」以来、私の注目している新進作家である。賞の選ということで改まって臨むと、作品の重量感、材料の豊富、異例など、要するに物々しい構えに、自然と押され勝ちで、作者生来の才質が二の次となる傾きもある。そういう考えからも私は水原氏の特異な才能を珍重したかった。」
  「予選会では、(引用者中略)わずか三篇しか選び出すことが出来なかった。」「諸方からの推薦には、全く問題にしようがなく、推薦の真意の解せぬ作品も、かなりあった。いい作品を逸せぬためには、推薦の多いに越すことはないのだが、多少の責任を推薦者は持ってほしいものである。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和17年/1942年3月号)
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芥川賞 15 昭和17年/1942年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数14 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男43歳
候補 評価 行数 評言
石塚友二
男35歳
14 「(引用者注:「松風」と「光と風と夢」の)いずれかに、或いは二篇共に授賞したかった。」「発表の当時、反響が高く、相当の人々に読まれもしたので、一応世に出て認められた作品であるから、そういう意味では、作者と共に私も慰められるわけである。」「私は先ず「松風」を推し、」
中島敦
男33歳
14 「(引用者注:「松風」と「光と風と夢」の)いずれかに、或いは二篇共に授賞したかった。」「発表の当時、反響が高く、相当の人々に読まれもしたので、一応世に出て認められた作品であるから、そういう意味では、作者と共に私も慰められるわけである。」「(引用者注:「松風」の)次とした。」
  「前にも賞を休んだ例はあるが、今度ほどそれを遺憾に思ったことはないようである。」「二篇(引用者注:「松風」と「光と風と夢」)が芥川賞に価いしないとは、私には信じられない。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和17年/1942年9月号)
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芥川賞 16 昭和17年/1942年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数14 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男43歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
6 「一人の反対もなく決定を見た」「長年の辛労にもかかわらず、鋭敏で新鮮な面も失っていない。また、かなり複雑な材料の「連絡員」を纏めるのに、作者の心情の流れが行き渡り、また引きしめられている。手腕、素質、共に推奨する。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和18年/1943年3月号)
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芥川賞 17 昭和18年/1943年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数12 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男44歳
候補 評価 行数 評言
男38歳
12 「とにかく内地に紹介したい作品だと考えた。」「著しく未成品」「結局この作品を推す外なかったのは、今回の候補諸作の貧困のせいである。」「授賞については、例によって材料や問題が先ず目立つものの、この作者の誠実、高調の訥弁、そういう特色の一種の味わいも認めたことを言っておきたい。濫作をつつしんで、情熱を失わぬよう、切に作者に望んでおきたい。技量は従来の芥川賞の作家に未だ及ばぬのである。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和18年/1943年9月号)
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芥川賞 18 昭和18年/1943年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数18 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男44歳
候補 評価 行数 評言
男41歳
4 「(引用者注:「和紙」か「淡墨」かを)選びたかった。」「「和紙」一篇に異存はない。満場一致殆ど一瞬に決定を見た。嘗てない簡明な決定だった。」
若杉慧
男40歳
3 「(引用者注:「和紙」か「淡墨」かを)選びたかった。しかし「淡墨」を片方に置きたいのは瀧井氏と私だけ」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和19年/1944年3月号)
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芥川賞 19 昭和19年/1944年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数15 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男45歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
13 「言わばこの人の玉石が混淆している「登攀」、長距離選手の出発のような作品を、今遽に推薦するのは多少躊躇される」「(引用者注:「劉廣福」を推すとすると)底深く重い光を出して来て、到底逸し難く思われるのだった。」「外地の作品を、今回また二篇も選ぶことになったのは、予期しない、しかし必然の結果であったろう。候補作中新文学の萌芽は、やはりこれらの作品にあった。」
男32歳
10 「外地の作品を、今回また二篇も選ぶことになったのは、予期しない、しかし必然の結果であったろう。候補作中新文学の萌芽は、やはりこれらの作品にあった。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和19年/1944年9月号)
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芥川賞 20 昭和19年/1944年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数13 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男45歳
候補 評価 行数 評言
男26歳
5 「今度の自分は極素直に(引用者中略)推薦と定めて、迷うこともなく、考えることすらなかった。清風の楽しさだった。従来銓衡に当って屡経験したような、材題の重量と作家の稟質との間の不安な橋に立って意識的に押渡るという必要もなかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和20年/1945年3月号)
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芥川賞 21 昭和24年/1949年上半期   一覧へ
選評の概要 由起氏一人を推す 総行数24 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男50歳
候補 評価 行数 評言
女48歳
5 「私は(引用者中略)推した。由起氏一人を賞にしていいという意見であった。しかし、由起氏一人でいいという意見は私一人であった。」「結局私は精神的な或る高さと確かさとを持って、それにふさわしい表現を見せている由起氏を推す外はなかった。」
男24歳
8 「「確証」を賞とすることには、私は逡巡を感じる。趣味に合わないと言うよりも少し強い本質的な意味で、私に反撥するものがあるからだ。芥川賞にとっても、この手腕ある作者にとっても、今回の賞は冒険であると思うが、冒険を生かす力は小谷氏にあり過ぎるようにも見える。」
  「総じて今回の候補作品には新味の乏しいことが、銓衡を困難ならしめたようだ。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和24年/1949年9月号)
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芥川賞 22 昭和24年/1949年下半期   一覧へ
選評の概要 常識的な「闘牛」 総行数44 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男50歳
候補 評価 行数 評言
男42歳
24 「「闘牛」を推薦した。」「しかし、「闘牛」の推薦に大した感動も冒険もなかった。なんだか常識で片づいてしまったようなあっけなさが残った。」「私には「猟銃」は取れなかった。(引用者中略)しかし「闘牛」を選ぶ支えにはなっていた。」「珍らしい筋の運び、脇役のタイプの扱いに、作者はあざやかな書き方を見せながら、主人公の性格や心理及びその恋愛の書き方に、やはりあざやかなようでいて、実は動揺と晦冥とを残しているのは、かえって作者の未来を約束しているのかもしれない。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和25年/1950年4月号)
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芥川賞 23 昭和25年/1950年上半期   一覧へ
選評の概要 「異邦人」の善意 総行数40 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男51歳
候補 評価 行数 評言
男35歳
14 「「木枯国にて」と「異邦人」とは、前後連絡がある。」「「木枯国にて」は感傷で手薄いようだ。しかし私はこの感傷もそう悪いとは思わないし、これが「異邦人」の善意に通じるところもあろう。「異邦人」の素朴な善意は第一に人を打つのだが、敗戦によって共産主義国に抑留されて服役するという、異常で最低の生活にあって、生命として流れる善意であるから、諧謔も悲哀も生じて、そう簡単ではない。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和25年/1950年10月号)
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芥川賞 24 昭和25年/1950年下半期   一覧へ
選評の概要 やむを得ず 総行数16 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男51歳
候補 評価 行数 評言
高杉一郎
男42歳
5 「一票入れておいた。この作品には授賞したかった。他の候補作と差があり過ぎるほどだ。」
  「半年間の新人のいい仕事を選び集めて、これらの候補作につきるとは思いたくない。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和26年/1951年4月号)
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芥川賞 25 昭和26年/1951年上半期   一覧へ
選評の概要 「壁」を推す 総行数24 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男52歳
候補 評価 行数 評言
男27歳
12 「私は推薦したかった。」「堀田氏や安部氏のような作家が出て「歯車」や「壁」のような作品の現われることに、私は今日の必然を感じ、その意味での興味を持つからである。」「冗漫と思えた。また部分によって鋭敏でない。」「しかし、(引用者中略)作者の目的も作品の傾向も明白であって、このような道に出るのは新作家のそれぞれの方向であろう。」
堀田善衛
男33歳
14 「私は推薦したかった。」「堀田氏や安部氏のような作家が出て「歯車」や「壁」のような作品の現われることに、私は今日の必然を感じ、その意味での興味を持つからである。」「最近の飜訳小説の幾つかを連想させ、比較もされて、それが賞を逸する原因の一つともなった。」
男37歳
4 「「春の草」も、特に推薦するほどの作品ではなかろうが、石川氏がすでに確実な作家であり、この作品にもそれが現われているということは、私も認めないわけにゆかない。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和26年/1951年10月号)
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芥川賞 26 昭和26年/1951年下半期   一覧へ
選評の概要 選後感 総行数44 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男52歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
13 「今度の授賞は当然だと思うし、銓衡会出席の委員に一人の異存もなく決定したのは、順当だと思う。」「「広場の孤独」、「漢奸」、その他として、「文藝春秋」に「漢奸」を掲載することにも、私は異存はなかった。ただ「漢奸」は終りを端折って、筋書のようになっていないか。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和27年/1952年3月号)
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芥川賞 27 昭和27年/1952年上半期   一覧へ
選評の概要 無題 総行数18 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男53歳
候補 評価 行数 評言
  「他の委員諸氏の議論にも、さっぱり熱がなかった。私も他の委員諸氏とちがった意見は出て来なかった。候補作が低調のせいであろう。作家たちの才能は認められるが、今回の作品はみなもの足りない。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和27年/1952年9月号)
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芥川賞 28 昭和27年/1952年下半期   一覧へ
選評の概要 平凡な読者として 総行数51 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男53歳
候補 評価 行数 評言
男43歳
2 「私は終始これを推した」
男31歳
10 「選の後で読んだ。」「幻雲斎の夢想剣の精神が非常におもしろい。しかし、読後にもっと精神的な印象が残ってほしいようにも思った。行文は簡潔で鮮烈なところも見えるが、不安なところもある。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和28年/1953年3月号)
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芥川賞 29 昭和28年/1953年上半期   一覧へ
選評の概要 特異な作家 総行数31 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男54歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
7 「授賞には賛成である。しかし、今回の「悪い仲間」「陰気な愉しみ」よりは、前回の「愛玩」の方が、作品としてよほどすぐれていたと、私は考える。」「前回の「愛玩」より悪いと考える作品に賛成するのは幾分ためらうが、安岡氏という特異な作家を推すのにはためらわなかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和28年/1953年9月号)
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芥川賞 30 昭和28年/1953年下半期   一覧へ
選評の概要 該当作なし 総行数41 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男54歳
候補 評価 行数 評言
  「今期、私は徹頭徹尾、該当作品なしという意見であった。私としては異例である。」「従来三十回にわたる審査会に、私が該当作品なしと主張したのは、初めてのことかと思う。」「新人らしい清新の作風が感じられぬ」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和29年/1954年3月号)
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芥川賞 31 昭和29年/1954年上半期   一覧へ
選評の概要 作品より作家を 総行数27 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男55歳
候補 評価 行数 評言
男30歳
7 「候補作だけを考えていると、私は推すものがないので、候補の一作だけでなく候補作家という考えにひろめて、吉行淳之介氏を推すことにきめた。一旦そうきめると、吉行氏の他にはないと思った。吉行氏の「驟雨」の多少の物足りなさは、私たちの知る吉行氏のその他の作品が補ってくれる。」
  「残念ながら、今回も私は特に推したい作品は見出せなかった。(引用者中略)総じて気力に乏しく、新人としての個性も強くないと思った。」「いい作品が出るまで、何回でも待つとの考えもあるが、半年間の作品のうちから必ず選ぶとの考えもある。私はむしろ後者の考えが、このような賞だとする。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和29年/1954年9月号)
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芥川賞 32 昭和29年/1954年下半期   一覧へ
選評の概要 読後感 総行数28 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男55歳
候補 評価 行数 評言
男39歳
15 「小島信夫氏と庄野潤三氏とを推薦することにきまったのは、委員としても、素直によかったと思う。」「「アメリカン・スクール」はこの賞がなくても、好評嘖々である。しかし、参考作品の「神」は感心出来なかった。」「まあまあ長いこと御迷惑かけましたと、芥川賞を卒業してもらうような気持である。受賞にこだわらない方がよい。」
男33歳
15 「小島信夫氏と庄野潤三氏とを推薦することにきまったのは、委員としても、素直によかったと思う。」「賞などになりにくい作家のようで、今期の「プールサイド小景」も弱いが、これを取り上げたのはよいことであったろう。」「まあまあ長いこと御迷惑かけましたと、芥川賞を卒業してもらうような気持である。受賞にこだわらない方がよい。」
小沼丹
男36歳
7 「(引用者注:二受賞者に)小沼丹氏を加えて、三人でも一向差支えはなかった。と言うよりも、小沼氏を除くのに強い根拠はなく、三人では多過ぎるかもしれないという、漠然とした空気のようだ。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和30年/1955年3月号)
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芥川賞 33 昭和30年/1955年上半期   一覧へ
選評の概要 「白い人」その他 総行数29 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男56歳
候補 評価 行数 評言
男32歳
18 「推すのには、多少の逡巡と疑問を感じたと言うよりも、私は自信に欠けていたと言った方がいいかもしれない。外国を舞台に外国人を書いているからである。」「これは考えられ作られた作品であって、日本では勿論材料も主題も特異であるけれども、同時に典型的でもある。批評的な図式の感じを十分抜け切らない。しかしこれも差支えないと思えば差支えはない。つまり、この力ある作家を拒否する理由はなさそうである。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和30年/1955年9月号)
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芥川賞 34 昭和30年/1955年下半期   一覧へ
選評の概要 多少の「ためらい」 総行数28 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男56歳
候補 評価 行数 評言
男23歳
13 「私は「太陽の季節」を推す選者に追随したし、このほかに推したい作品もなかった。」「第一に私は石原氏のような思い切り若い才能を推賞することが大好きである。」「極論すれば若気のでたらめとも言えるかもしれない。このほかにもいろいろなんでも出来るというような若さだ。なんでも勝手にすればいいが、なにかは出来る人にはちがいないだろう。」
  「近年ますます芥川賞が重視されて来て、効果もいちじるしいのに、私は不安とまた不服を感じないではない。諸雑誌の編集者たちが、芥川賞は芥川賞という一つのものと見て、それとは別なそれぞれの自分の考えによって、もっと新人を発見し、支持してゆくべきではないのだろうか。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和31年/1956年3月号)
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芥川賞 35 昭和31年/1956年上半期   一覧へ
選評の概要 純愛物語多し 総行数31 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男57歳
候補 評価 行数 評言
男36歳
10 「私も推した。それに理窟はない。また、この作品に格別の新味があるとも思わない。しかし、一つの小説の形として成功しているし、部分にすぐれたところもある。また作者に好感を持てる。」「ただ、この形の小説として、途中から結末が見えてしまう欠点はやむを得ない。そのやむを得ないものを作者が乗り越えているかどうかは、多少疑わしい。」
  「今回の候補作は短編小説の首尾の整ったのが多く、純愛物語、美談の多かったのが特色である。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和31年/1956年9月号)
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芥川賞 36 昭和31年/1956年下半期   一覧へ
選評の概要 妙な現象 総行数26 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男57歳
候補 評価 行数 評言
  「これまでの芥川賞を振りかえっても、受賞作家よりも候補作家の方が、その後いいものをより多く書いている例は決して少くない。芥川賞の力を過大に見ない方がいい。石原慎太郎氏のようなのは異例である。」「お隣りの直木賞で、五十七、八歳の今東光氏、私と共に文学の出発をした今氏が、「お吟さま」で、しかも裏千家の茶道雑誌「淡交」の掲載長編で受賞するというような、おもしろいことは芥川賞には起らない。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和32年/1957年3月号)
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芥川賞 37 昭和32年/1957年上半期   一覧へ
選評の概要 現代の「小説作り」 総行数23 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男58歳
候補 評価 行数 評言
男32歳
13 「(引用者注:他の候補作は)あまりに古風であったために、議論のしようもなく、菊村氏に決定したわけである。」「その他の候補作といちじるしく異っていた。現在の小説作法による小説である。したがって、作者が「小説作り」であるという感もないではない。」「要は作者が小説を作らないではいられないところまで、どういう風に追われて来たかの問題であろう。」
  「直木賞の委員の間から、委員の任期という問題が出たそうだが、芥川賞の方も委員の任期はあっていいだろうと思う。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和32年/1957年9月号)
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芥川賞 38 昭和32年/1957年下半期   一覧へ
選評の概要 二様の気負い 総行数28 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男58歳
候補 評価 行数 評言
大江健三郎
男22歳
18 「「死者の奢り」を、私は初めから推したかった。」「(引用者注:「裸の王様」とどちらを選ぶかという時も)私は「死者の奢り」を選んだ。」「異常な題材を、意識して書いているので、行き過ぎの欠点と、私たちに感じられる個所が少くないのは当然である。それでも、この二作に見る才能はあざやかである。」「開高氏と大江氏と明暗二様の気負いを見るが、これは悪いとは思わない。」
男27歳
11 「授賞に強い反対はない」「「死者の奢り」を推すために、「裸の王様」の欠点を言い過ぎるのは誤りであろう。」「やはり意識して作られた小説であるから、「死者の奢り」の場合とはちがった意味で、そして同じような欠点がないではない。最後の審査会の劇画化などに、それが現われている。」「開高氏と大江氏と明暗二様の気負いを見るが、これは悪いとは思わない。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和33年/1958年3月号)
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芥川賞 39 昭和33年/1958年上半期   一覧へ
選評の概要 芥川さんを思う 総行数36 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男59歳
候補 評価 行数 評言
男23歳
36 「今回の大江氏授賞には率先して賛成である。」「大江氏の「飼育」を佐藤氏(大江氏は授賞資格を超えるとして読まれなかった。)以外の全委員が推賞し、大江氏の他の候補を支持する委員が一人もないのに、大江氏を落して、該当作なしとするには、理由がよほど明確強固でなければなるまい。」「世評は大江氏の才能に眩惑され気味でも、確認を与えているかどうか。この二十三歳の学生作家がもう芥川賞に及ばないとは、私には考えられなかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和33年/1958年9月号)
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芥川賞 40 昭和33年/1958年下半期   一覧へ
選評の概要 左翼文学の佳作 総行数18 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男59歳
候補 評価 行数 評言
金達寿
男39歳
12 「選ぶとすれば、金達寿の「朴達の裁判」のほかにはないという、私の意見は非常にはっきりしていて、動かせるものではなかった。格のちがう作品が一つはいっているような感じである。」「既に地歩業績の認められた金氏を芥川賞とするに及ばないという考えの方に、やや賛成である。それはとにかく(引用者中略)被圧迫民族を描いた左翼文学として一佳作なのは勿論である。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和34年/1959年3月号)
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芥川賞 41 昭和34年/1959年上半期   一覧へ
選評の概要 意外と賛成 総行数27 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男60歳
候補 評価 行数 評言
男49歳
13 「私は「山塔」に同情を、さらにすすんで同感を寄せていた。しかし、委員の多くが「山塔」を推すだろうとは考えられなかったので、これは私の迂闊であった。」「心の描き出した世界であろうが、その心の歌のわりに、風景はややぼんやりとし、風景のなかの人物はさらにあいまいで、悪く言えば、この種の類型とも思え、全体に感傷がいちじるしい。けれども、純粋の心象に貫かれて、特異な魅力をこめている。このような作品が芥川賞に選ばれたことは私には意外であり、賛成であった。」
佃実夫
男33歳
4 「一票を入れておいた。モラエスをよく調べ、むしろ抑え気味の明らかな文章で、量感もある作品と思った。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和34年/1959年9月号)
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芥川賞 42 昭和34年/1959年下半期   一覧へ
選評の概要 新しい作品を 総行数11 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男60歳
候補 評価 行数 評言
  「候補作品を読んでみても、銓衡委員会に出てみても、今回ほど張合いのないことはなかった。」「候補作品一つ一つの悪口を言ってみたりするのが芥川賞の趣旨でもあるまいから省略する。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和35年/1960年3月号)
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芥川賞 44 昭和35年/1960年下半期   一覧へ
選評の概要 古く純な感銘 総行数17 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男61歳
候補 評価 行数 評言
男29歳
6 「(引用者注:「忍ぶ川」と「蕃婦ロポウの話」の決選投票の時)困って、迷ったが、「忍ぶ川」をとった。」「幼くて、古いが、純な感銘があったからである。」「自分の結婚を素直に書いて受賞した、三浦氏は幸いだと思える。」
  「私は特に推したい作品はなく、委員としては棄権のようなものであった。該当作はないと思うのだが、授賞者はあった方がいいので、他の委員諸氏にまかせるという、退いた気持だった。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和36年/1961年3月号)
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芥川賞 45 昭和36年/1961年上半期   一覧へ
選評の概要 考えさせる作品 総行数24 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男62歳
候補 評価 行数 評言
山川方夫
男31歳
12 「私は旅先きから、一、(引用者中略)と、電報だけは打っておいた。」「いわゆる肉親の絆などの頼むに足らぬ点、むしろいやな点を突き、人間不信、虚無寂寞も出ている。手なれた書き方であるけれども、もっと落ちついた、あるいは肌理こまかに緊密な書き方をしたらどうであったろうか。」「しかし、候補作のうちでは、私はこの作品に考えさせられた。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和36年/1961年9月号)
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芥川賞 47 昭和37年/1962年上半期   一覧へ
選評の概要 さびしかった選考 総行数26 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男63歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
1 「私は(引用者中略)支持した。」
  「すべての候補作品が古臭くて生きが悪いと、私には感じられた。」「芥川賞というものに、候補作家よりも銓衡委員の方が夢を持っていると、委員の誰かが言ったが、鮮燿な新作家を迎えるほかに銓衡の楽しみはないのである。またしかし、現在のように芥川賞の効果があり過ぎることになっては、とにかく新作家を一人でも推輓出来る好機を逸しない方がよいであろうか。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和37年/1962年9月号)
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芥川賞 48 昭和37年/1962年下半期   一覧へ
選評の概要 旧人作家を恐れるな 総行数45 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男63歳
候補 評価 行数 評言
  「今日ほど小説の読者の多い時、今日ほど小説を書く人の多い時、たとえ未成未熟であっても、新鮮な個性の現われることが稀なのは、私には残念である。」「過去現在の西洋の小説を学び、それを追うこともないのではないか。西洋の小説の道は下り坂である。そう実感する自覚を、若い作家は持ってほしいものである。」「芥川賞はたしかに出文壇の効果はあり過ぎるが、それはマス・コンミュニケイションの大きい騒ぎを、新作家が高等な文学評価と思いちがいさせられたのではないか。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和38年/1963年3月号)
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芥川賞 49 昭和38年/1963年上半期   一覧へ
選評の概要 既存の作家にないもの 総行数34 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男64歳
候補 評価 行数 評言
男48歳
15 「私の興味を惹いたのは、後藤紀一氏の「少年の橋」、一編だけであった。したがって、(引用者中略)票を入れた。」「読みはじめ、辻褄の合わぬような文章で困ったが、実は作品全体にそういうところがあり、分るような分らぬようなところがありながら、読み進むにつれておもしろくなった。私などは逆立ちしても書けぬ作品である。しかし冷めたく見れば、今時の文学の傾向を集めたようなところが、新しいのか、新しげなのか、多少の疑問は残る。」
女37歳
22 「授賞することはいいが、今期の「蟹」に授賞することも、「少年の橋」と二本にすることも、私はうなずきかねた。」「受賞ときまった後の夜ふけ、私は「蟹」に好意を向けて丁寧に読み直してみた。そして私も見直した。」「読み直すと、作意がよく伝わって来た。ただ河野氏は文章の細部にもっと注意を払ってほしい。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和38年/1963年9月号)
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芥川賞 52 昭和39年/1964年下半期   一覧へ
選評の概要 体験の所産 総行数28 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男65歳
候補 評価 行数 評言
向坂唯雄
男(38歳)
10 「一つの職業、一つの職場での労働が、詳細に具体的に書かれている点に、私は興味があった。作者自身が機関士である体験の所産だ。私はそういうものに先ず無条件の尊敬を感じて惹かれる。生活を確実に書いた部分があるからだ。」「委員が一人もこの作品を問題にしなかったのは、私には意外であったが、しかし小説として見るといかにも疑問が少くない。」「作者のために惜しむところがあった。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和40年/1965年3月号)
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芥川賞 53 昭和40年/1965年上半期   一覧へ
選評の概要 特別の感動なし 総行数38 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男66歳
候補 評価 行数 評言
女37歳
10 「前回の「さい果て」が相当の問題となったし、才能、情感、経歴も、取るに足る作家であるから、今回は逸したくなかった。」「この一編では少し弱いと思うというか、これは前回の「さい果て」とほぼ似た感じであった。」「しかし、それは作品が悪いという意味ではない。」
  「今回の候補作にも、私は特別の感動をもって推薦したい作品はなかった。」「新しい傾向の作家はいくらかの群れをなして現われる時があったものだが、今はそういう時ではないのだろうか。私はそうとは信じたくないのだけれども。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和40年/1965年9月号)
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芥川賞 54 昭和40年/1965年下半期   一覧へ
選評の概要 抑える作風 総行数25 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男66歳
候補 評価 行数 評言
なだいなだ
男36歳
10 「一票を投じておいた」「すでに特色ある才能を認められている人である。」「ところどころの自然風景の短い描写などに、すぐれたものが見える。作者はこのような野性素朴の巨人に、寓意を托して「童話」と題したのかもしれないが、それは別としても、私はおもしろく読んだ。」
男33歳
9 「(引用者注:授賞が)決定したのは、少し意外であった。いかにも地味で、古風かとも思える作品である。しかし、決定の後に読みかえしてみると、地味で古風かとも思えるところに、質実で丹念な観察と描写があって、これはこれで一つのものであろうか。」「抑える作風は近ごろめずらしいのかもしれない。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和41年/1966年3月号)
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芥川賞 55 昭和41年/1966年上半期   一覧へ
選評の概要 二つの作の差 総行数23 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男67歳
候補 評価 行数 評言
萩原葉子
女45歳
20 「候補作品のなかで、一つ別もののようであった。」「叔母の手記は実際にあったのではなく、作者が見聞にもとづいて、「想像から創った。」この手記によって、私は「天上の花」に一票を入れた。」「「眼なき魚」の黒人との混血少女と、「天上の花」の三好達治とをくらべると、読んで受け取るものに、ずいぶんと差がある。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和41年/1966年9月号)
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芥川賞 56 昭和41年/1966年下半期   一覧へ
選評の概要 判断に迷う 総行数35 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男67歳
候補 評価 行数 評言
男23歳
11 「決定して、作者の丸山氏が二十三歳の若さと知ったのには、明るい楽しさであった。」「殊に看守の家庭生活などは、監房の死刑囚や死刑執行の場に対して、わざと平凡に常識風に書いてあるかと思われるが、今後の作品で平凡は抜けられるだろうか。」
  「どれを選ぶか、私は迷って判断がつきかねて、委員たちの票数に従おうという、少し頼りない態度であった。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和42年/1967年3月号)
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芥川賞 57 昭和42年/1967年上半期   一覧へ
選評の概要 適切な設定 総行数33 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男68歳
候補 評価 行数 評言
男41歳
24 「私は迷うことなく、(引用者中略)推した。」「これは「沖縄問題」を扱っているが、私はその題材のために推したのではない。」「問題の図式に乗ったような構成だが、その計算に感情が通り、しかも抑制で強まっている。たとえば、不器用のような会話も無駄話と肝心の話とがおもしろくまざったり、重要な事件は簡潔に書いてかえって効果を高めたりしている。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和42年/1967年9月号)
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芥川賞 58 昭和42年/1967年下半期   一覧へ
選評の概要 質量ともに無難 総行数33 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男68歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
6 「私が(引用者中略)投票したのは、この作品が質量ともに授賞作として無難と思えたからであった。しかし、「帰郷」を書いた部分、殊に結尾のすぐれているのにくらべて、徳山中将の経歴を書いた冒頭はまったく劣っている。「帰郷」だけを扱った作品と見て、これを取った。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和43年/1968年3月号)
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芥川賞 59 昭和43年/1968年上半期   一覧へ
選評の概要 決めて迷わず 総行数44 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男69歳
候補 評価 行数 評言
女37歳
38 「「三匹の蟹」と決めて迷わず、迷わせてくれるような作品をほかに見なかった」「あのように暮し、あのように会話し、あのように性をするのは、今日の一つの流れのうたかたに浮いて、まあ時代思潮の一端に軽くでも触れていると言っていい。このような小説が現在世界の方々にあることは誰も知っているが、これほど形に現わした小説は、まだ日本であまり見ないようだ。それだけでも芥川賞に価する。才能もある。」
男42歳
7 「(引用者注:「三匹の蟹」と)合わせて授賞することにはもとより賛成ではないが、好意を寄せておいてもよいと消極的に承認した。芥川賞としてはめずらしく、作者の人柄の話まで出ては、好意も増すわけだが、これはどうか。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和43年/1968年9月号)
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芥川賞 60 昭和43年/1968年下半期   一覧へ
選評の概要 なまぬるい談議 総行数30 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男69歳
候補 評価 行数 評言
  「今回の銓衡会ははなはだ気勢があがらず、なまぬるい談議であった。」「しかし、随所に才能のうかがえるもの、あるいは真実を突いたものを含む作品は、決して少くはなかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和44年/1969年3月号)
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芥川賞 61 昭和44年/1969年上半期   一覧へ
選評の概要 明晰と沈着 総行数28 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男70歳
候補 評価 行数 評言
男41歳
12 「ただこの一編によって、私は救われた思いをした。」「なによりも文章、表現が明晰であった。そして沈着であった。その結果、鮮明な印象を与えながら、読者の解釈を自由のまま確実にしている。」「委員会で議論になった、一人で死馬を動かせるかという疑問はあるにしても、明晰と沈着によって、確かな作品となっている。田久保氏に作家としての敬意を感じた。」
男32歳
3 「おもしろいところはあるが、むだな、つまらぬおしゃべりがくどくどと書いてあって、私は読みあぐねた。」
  「斎藤雅子氏の「悲しみの人魚の歌」(「早稲田文學」四月号)(引用者中略)がなぜ候補作から漏れているのか、全くふしぎである。(引用者中略)みずみずしい出発がある。それにくらべると、今回の候補作のほとんどすべては、新鮮な魅力がない。なまぬるくて、ふがいがない。あるいはくたびれている。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和44年/1969年9月号)
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芥川賞 62 昭和44年/1969年下半期   一覧へ
選評の概要 快作なし 総行数31 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男70歳
候補 評価 行数 評言
男47歳
12 「私は消極的であった。この作品に好意は持てても、尋常であり過ぎると感じられた。」「読者に移す印象がもの足りなく、大連の景にしても、作中の人にしても、読者の目に見えて来るところが少くはないだろうか。詩人の書いた散文としては感覚が平淡ではないだろうか。」
  「言わば、よく開花した快作がないようのが、私の投票をためらわせた。したがって、当選作がなくてもやむを得ないと思った。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和45年/1970年3月号)
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芥川賞 63 昭和45年/1970年上半期   一覧へ
選評の概要 疑問はあるが… 総行数27 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男71歳
候補 評価 行数 評言
女36歳
14 「とにかく、私は推してもいいと思い、(引用者中略)とにかくと言うのは、他の委員たちが挙げるなら、私もそれに従いたいというほどの意味である。」「読後に、鮮明な印象、または感動があざやかに残らないので、特に推挙する自信はなかったのである。」「いろいろの異常を書き過ぎてはいないだろうか。」
男49歳
4 「暗く重い体験を、明るく軽く書いた気持は、よく察しられるのだけれども、よく察しられるなどということは、作品の真の成功ではないように思う。」
  「私はどの作品にも疑問を抱く面があった。」「もっとも、私の疑問は否定にはならない。」「私の候補諸作への疑問は(引用者中略)作品の構成、技法にたいする疑問が多いのであった。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和45年/1970年9月号)
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芥川賞 64 昭和45年/1970年下半期   一覧へ
選評の概要 さびしい簡単 総行数30 (1行=26字)
選考委員 川端康成 男71歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
25 「古井由吉氏の二作のほかに、取りあげる作品が見られなかった」「文藝春秋社内予選で意見が全く二分したので(引用者注:古井氏の候補だけ)二作をあげたというが、一編とできなかったのは不明断、不見識であろう。」「私は選後に「妻隠」を読んでみたが、印象は「杳子」にくらべて微弱であった。古井氏の以前の候補作(引用者中略)でも、私は作者の才質に興味と好意を感じていたので、「杳子」での当選をよろこぶ。」
  「今回の銓衡は極めて簡単で、短時間に終結した。ほとんど議論もなく、あっけなかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和46年/1971年3月号)
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