芥川賞のすべて・のようなもの
第21回
受賞作家の群像 トップページ
直木賞・芥川賞受賞作一覧
受賞作・候補作一覧
候補作家の群像
選考委員の群像
選評の概要
マップ

受賞作家の一覧へ
前の回へ後の回へ
Last Update[H26]2014/8/5

小谷剛
Kotani Tsuyoshi
生没年月日【注】 大正13年/1924年9月11日~平成3年/1991年8月29日
受賞年齢 24歳9ヵ月
経歴 京都府京都市生まれ、愛知県名古屋市育ち。名古屋帝国大学附属医学専門部卒。昭和20年/1945年、土浦航空隊に入隊し終戦を迎える。昭和21年/1946年より名古屋市で産婦人科の開業医となる。そのかたわら同人誌『作家』を主宰。
受賞歴・候補歴
  • |候補| 第1回横光利一賞(昭和23年/1948年)「麻薬」
  • 第21回芥川賞(昭和24年/1949年上期)「確証」
  • 第28回中日文化賞(昭和50年/1975年)「同人誌「作家」発行を通じて中部地方の文学活動振興に貢献」
備考
  - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


芥川賞 第21受賞  一覧へ

かくしょう
確証」(『作家』昭和24年/1949年2月号)
媒体・作品情報
誌名 「作家」
巻号 第11号  別表記2月号
作品名 別表記 「確證」
印刷/発行年月日 発行 昭和24年/1949年2月1日
発行者等 編輯人 小谷剛 発行人 小谷桂市 印刷所 名古屋明和印刷株式会社(名古屋市)
発行所 作家社(名古屋市)
総ページ数 64 表記上の枚数 目次 105枚 基本の文字組
(1ページ当り)
30字
×24行
×2段
本文ページ 2~32
(計31頁)
測定枚数 103
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
書誌
>>『文藝春秋』昭和24年/1949年9月号
>>昭和24年/1949年7月・改造社刊『確証』所収
>>昭和24年/1949年11月・小山書店刊『芥川賞全集 第6巻』所収
>>昭和31年/1956年10月・修道社刊『芥川賞作品集 第1巻』所収
>>昭和31年/1956年11月・長嶋書房刊『戦後芥川賞作品集 I』所収
>>昭和38年/1963年10月・現代芸術社刊『芥川賞作品全集 第3巻』所収
>>昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊『芥川賞全集 第4巻』所収
>>平成6年/1994年6月・ぎょうせい刊『ふるさと文学館 第27巻 愛知』所収
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
候補者 小谷剛 男24歳
選考委員 評価 行数 評言
舟橋聖一
男44歳
40 「二点(引用者中略)として投票した。」「狙いが低く、文章にも、丹羽文雄や北條誠を、模倣している様なところがあるので、それが気になっていた。」「瀧井さんや川端さんが、小谷をきらいなのは、よくわかる。それは、悪達者で、はったりが多く、興味のもち方が低い点で、カンベンがならぬのであろう。そう思ったので、私は、却て、小谷を推してやりたくなった。」「ドンドン書いている中に、狙いが高くなって行くかもしれない。或は、注文が殺到するうちに、堕落の淵に沈むかもしれない。つまり、海のものとも、山のものとも、定まらない。」「だからといって、いつも、落選していては、小谷のような人の、浮かび出る道はないわけだ。」
川端康成
男50歳
8 「「確証」を賞とすることには、私は逡巡を感じる。趣味に合わないと言うよりも少し強い本質的な意味で、私に反撥するものがあるからだ。芥川賞にとっても、この手腕ある作者にとっても、今回の賞は冒険であると思うが、冒険を生かす力は小谷氏にあり過ぎるようにも見える。」
岸田國士
男58歳
4 「入選者の一人と決定したが、私は、ただ祝意を表するだけで讃辞は保留する。思想的根柢のない安易な露出趣味の文学は、大成を望むものにとって才能の浪費である。」
石川達三
男43歳
13 「はじめ「四天王」が挙げられていたが、これは低俗で、巧みではあるがその巧みさがいやらしかった。」「「確証」の方がずっと良い。実に危い橋をわたっていたが、最後の十行ばかりのところに反省と苦悶があって、全体が救われている。」「(引用者注:「本の話」と「確証」)どちらも一つだけを当選作とすることは承認し得ないのであった。」「したがって今回はいわば二人(引用者注:由起しげ子、小谷剛)とも次点である。」
丹羽文雄
男44歳
6 「小谷は若くて、これからどんなものを書くか判らない。瀧井さんは、この作者は傲慢不遜だという意味のことを言ったが、かえってそのために私は支持したいのである。この小説には疵は多い。が、何よりもその将来性がたのもしい。」
坂口安吾
男42歳
8 「才筆である。」「現在の文壇レベルでは、いきなり流行作家となって書きまくっても、ちゃんとやれる人であろう。多作してはいけない由起しげ子氏と合せて、この人をとりあげるのは、私の大いに賛成したところであった。しかし、私がのぞむところは、小谷氏のような多作型の人は、スケールの大きな作品で人間を書いて欲しいということである。雑誌型だけではダメである。」
佐藤春夫
男57歳
5 「「四天王」というのは大分人気がある様子であったが自分はその田舎くさい腕達者の品の悪さに辟易した。」「「確証」を「本の話」に抱き合せようという説に不承不承ながら賛成して置いた。」
瀧井孝作
男55歳
10 「小谷剛という人のものは、作家という同人雑誌で幾つも読んでみたが、私は、どれも未だ採れないと思った。文壇の流行小説に中毒して、小説らしく真似て、夢中で書く若い時分に往々例のある習作で「確証」というのも習作の一つにすぎないと思った。文章も線の弱い、頭に沁まない、軽薄なもので……。」
宇野浩二
男57歳
13 「一と口にいうと、不快な作品である。書かれてあることが『不快』であるばかりでなく、芸術の上から見て、作者の態度が、それ以上に、『不快』である。」「筆は『たっしゃ』なところはあるが、『わるだっしゃ』である。また、「自己弁護」は小説の邪道である。この作者は、要するに、救いがたいところがある。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和24年/1949年9月号)
        - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



芥川賞 第21回参考作品  一覧へ

してんのう
四天王」(『作家』昭和23年/1948年10月号)
媒体・作品情報
誌名 「作家」
巻号 第7号  別表記10月号
印刷/発行年月日 印刷 昭和23年/1948年9月25日 発行 昭和23年/1948年10月1日
発行者等 編輯人 小谷剛 発行人 小谷桂市 印刷人 中村一郎 印刷所 名古屋明和印刷株式会社(名古屋市) 配給元 日本出版配給株式会社 編輯世話人 伊藤 沆、小野 稔、亀山 巖、小谷 剛
発行所 作家社(名古屋市)
総ページ数 64 表記上の枚数 目次 101枚 基本の文字組
(1ページ当り)
30字
×24行
×2段
本文ページ 2~31
(計30頁)
測定枚数 100
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
書誌
>>昭和25年/1950年3月・中央書林刊『四天王』
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
候補者 小谷剛 男24歳
選考委員 評価 行数 評言
舟橋聖一
男44歳
40 「二点(引用者中略)として投票した。」「狙いが低く、文章にも、丹羽文雄や北條誠を、模倣している様なところがあるので、それが気になっていた。」「瀧井さんや川端さんが、小谷をきらいなのは、よくわかる。それは、悪達者で、はったりが多く、興味のもち方が低い点で、カンベンがならぬのであろう。そう思ったので、私は、却て、小谷を推してやりたくなった。」「ドンドン書いている中に、狙いが高くなって行くかもしれない。或は、注文が殺到するうちに、堕落の淵に沈むかもしれない。つまり、海のものとも、山のものとも、定まらない。」「だからといって、いつも、落選していては、小谷のような人の、浮かび出る道はないわけだ。」
川端康成
男50歳
8 「「確証」を賞とすることには、私は逡巡を感じる。趣味に合わないと言うよりも少し強い本質的な意味で、私に反撥するものがあるからだ。芥川賞にとっても、この手腕ある作者にとっても、今回の賞は冒険であると思うが、冒険を生かす力は小谷氏にあり過ぎるようにも見える。」
岸田國士
男58歳
4 「入選者の一人と決定したが、私は、ただ祝意を表するだけで讃辞は保留する。思想的根柢のない安易な露出趣味の文学は、大成を望むものにとって才能の浪費である。」
石川達三
男43歳
13 「はじめ「四天王」が挙げられていたが、これは低俗で、巧みではあるがその巧みさがいやらしかった。」「「確証」の方がずっと良い。実に危い橋をわたっていたが、最後の十行ばかりのところに反省と苦悶があって、全体が救われている。」「(引用者注:「本の話」と「確証」)どちらも一つだけを当選作とすることは承認し得ないのであった。」「したがって今回はいわば二人(引用者注:由起しげ子、小谷剛)とも次点である。」
丹羽文雄
男44歳
6 「小谷は若くて、これからどんなものを書くか判らない。瀧井さんは、この作者は傲慢不遜だという意味のことを言ったが、かえってそのために私は支持したいのである。この小説には疵は多い。が、何よりもその将来性がたのもしい。」
坂口安吾
男42歳
8 「才筆である。」「現在の文壇レベルでは、いきなり流行作家となって書きまくっても、ちゃんとやれる人であろう。多作してはいけない由起しげ子氏と合せて、この人をとりあげるのは、私の大いに賛成したところであった。しかし、私がのぞむところは、小谷氏のような多作型の人は、スケールの大きな作品で人間を書いて欲しいということである。雑誌型だけではダメである。」
佐藤春夫
男57歳
5 「「四天王」というのは大分人気がある様子であったが自分はその田舎くさい腕達者の品の悪さに辟易した。」「「確証」を「本の話」に抱き合せようという説に不承不承ながら賛成して置いた。」
瀧井孝作
男55歳
10 「小谷剛という人のものは、作家という同人雑誌で幾つも読んでみたが、私は、どれも未だ採れないと思った。文壇の流行小説に中毒して、小説らしく真似て、夢中で書く若い時分に往々例のある習作で「確証」というのも習作の一つにすぎないと思った。文章も線の弱い、頭に沁まない、軽薄なもので……。」
宇野浩二
男57歳
13 「一と口にいうと、不快な作品である。書かれてあることが『不快』であるばかりでなく、芸術の上から見て、作者の態度が、それ以上に、『不快』である。」「筆は『たっしゃ』なところはあるが、『わるだっしゃ』である。また、「自己弁護」は小説の邪道である。この作者は、要するに、救いがたいところがある。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和24年/1949年9月号)
        - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



ページの先頭へ

トップページ直木賞・芥川賞受賞作一覧受賞作・候補作一覧候補作家の群像選考委員の群像
選評の概要マップ || 受賞作家の一覧へ前の回へ次の回へ