芥川賞のすべて・のようなもの
選評の概要
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舟橋聖一
Funahashi Seiichi
生没年月日【注】 明治37年/1904年12月25日~昭和51年/1976年1月13日
在任期間 第21回~第73回(通算26.5年・53回)
在任年齢 44歳6ヶ月~70歳6ヶ月
経歴 東京市本所区生まれ。東京帝国大学文学部国文科卒。在学中より劇団「心座」を結成するなど、演劇・戯曲から出発し、大正15年/1926年に戯曲「白い腕」を『新潮』に発表。その後、小説創作に活動の場を広げ、昭和8年/1933年には『行動』に「ダイヴィング」を発表。『文學界』同人となる。
戦後はいわゆる風俗小説の第一人者となり、丹羽文雄と並んで中間小説の双璧となる。また「伽羅(キアラ)の会」を結成し、雑誌『風景』を創刊した。
受賞歴・候補歴
  • |候補| 第5回読売文学賞[小説賞](昭和28年/1953年)『花の生涯』
  • 第5回毎日芸術賞[文学部門](昭和38年/1963年度)『ある女の遠景』
  • |候補| 第15回読売文学賞[小説賞](昭和38年/1963年)『ある女の遠景』
  • 彦根市名誉市民表彰(昭和39年/1964年)『花の生涯』
  • 第20回野間文芸賞(昭和42年/1967年)『好きな女の胸飾り』
  • |候補| 第8回谷崎潤一郎賞(昭和47年/1972年)『妖魚の果て』
  • |候補| 第10回谷崎潤一郎賞(昭和49年/1974年)『滝壺』
  • 文化功労者(昭和50年/1975年)
個人全集 『舟橋聖一選集』全13巻(昭和43年/1968年6月~昭和44年/1969年6月・新潮社刊)
備考
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下記の選評の概要には、評価として◎か○をつけたもの(見方・注意点を参照)、または受賞作に対するもののみ抜粋しました。さらにくわしい情報は、各回の「この回の全概要」をクリックしてご覧ください。

芥川賞 21 昭和24年/1949年上半期   一覧へ
選評の概要 由起・小谷の連賞式 総行数82 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男44歳
候補 評価 行数 評言
藤枝静男
男41歳
11 「三点(引用者中略)として投票した。」「作者の批評精神が、もっと痛烈に、出ていれば、もっと強力に推したかった」「私としては、「イペリット眼」の作者のもつ思想性に対して期待し、それがもっと、強く鍛えられるように、激励したい。」
男24歳
40 「二点(引用者中略)として投票した。」「狙いが低く、文章にも、丹羽文雄や北條誠を、模倣している様なところがあるので、それが気になっていた。」「瀧井さんや川端さんが、小谷をきらいなのは、よくわかる。それは、悪達者で、はったりが多く、興味のもち方が低い点で、カンベンがならぬのであろう。そう思ったので、私は、却て、小谷を推してやりたくなった。」「ドンドン書いている中に、狙いが高くなって行くかもしれない。或は、注文が殺到するうちに、堕落の淵に沈むかもしれない。つまり、海のものとも、山のものとも、定まらない。」「だからといって、いつも、落選していては、小谷のような人の、浮かび出る道はないわけだ。」
女48歳
16 「可もなく不可もないという作風」「この人に、十六点という高点が集り、当選確実となった。」「私は、まだ、由起しげ子の取り澄ましたような気品は、信用していない。且つ、この婦人が、高名な画伯の夫人だと聞いて、よけい、賞をやりたくなくなった。」「ふしぎにも、全委員一致の声として、この夫人一人の受賞には、不賛成が唱えられた。」
  「以前から芥川賞委員である先輩委員は、手堅い作風と、高邁な作家気風のようなものに、高い評価をしていることが、判明した。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和24年/1949年9月号)
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芥川賞 22 昭和24年/1949年下半期   一覧へ
選評の概要 「猟銃」と「闘牛」 総行数19 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男45歳
候補 評価 行数 評言
男42歳
17 「井上靖のものが、断然、他を大差に引放し、前回とはうって代って、委員会は、円満裡に、すぐ結論を出した。」「私と丹羽とが、「猟銃」を推し、他の委員は、みな「闘牛」を推した」「「猟銃」の場合、(彩子の遺書)は、蛇足のように思われる。「闘牛」の方には、取り立てて欠点がない。その代り、月並である。」「どうしても、無難で月並作品の方へ、委員たちの目が向いてしまうのではないかしらん。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和25年/1950年4月号)
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芥川賞 23 昭和25年/1950年上半期   一覧へ
選評の概要 煮え切らず 総行数24 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男45歳
候補 評価 行数 評言
森田幸之
男36歳
6 「私は、(引用者注:辻亮一よりも)「断橋」の作者の方に、将来性が多いように思い、「断橋」を推した」
男35歳
14 「坂口安吾が、口を極めて、「異邦人」を推すので、あいまい(原文傍点)な気持の私は、坂口の熱っぽさに捲きこまれ、坂口があんなに言うのでは、坂口を信用したいような気分になった。」「結論として、私は坂口のムキになった顔にのみ興味があり、「異邦人」イットセルフには、やっぱり興味がなかった。」
  「終戦後三回のうち、選者としての私はこんどが一番、歯切れが悪く、渋滞し、そして、あと味もサッパリしない。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和25年/1950年10月号)
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芥川賞 24 昭和25年/1950年下半期   一覧へ
選評の概要 「夜の貌」其の他 総行数25 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男46歳
候補 評価 行数 評言
  「予選外で、一寸、目についたものは、吉田定一氏「どら息子」があった。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和26年/1951年4月号)
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芥川賞 25 昭和26年/1951年上半期   一覧へ
選評の概要 公平ということ 総行数55 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男46歳
候補 評価 行数 評言
男37歳
23 「前回「夜の貌」「手の抄」などで、私も感心しているが、今回の「春の草」は、鼻につくところがある。作者をよく知っている丹羽氏や瀧井氏は、この作者が、去年よりも今年と、成長しつつあるのを観察しているのだろうが、当人を知らない私は、作品だけで見ると、まだしも、去年のほうが、上出来である。「春の草」には、賞に該当するような、特別の出来栄えがない。」「実際は、芥川賞がなくても、既に文壇的でさえある。従て、別に、新しい驚きもない。」
男27歳
17 「新しい観念的な文章に特徴があり、実証精神の否定を構図とする抽象主義の芸術作品である。よく、力を統一して、書きこなしている。」「難をいえば、二〇六枚は長すぎるのではないかと思う。途中で飽きてくるところがあり、散漫になる。」「石川一人(引用者注:への授賞)では物足りないところを補うような塩梅で、賛成投票をかち得たといえる。」
  「はじめの頃は、水と油の観があったこの委員会も、段々に、しっくりして来た。各自、勝手なことを云い、時に排他的でさえあるが、そのめいめい勝手な発言を、心理的には信用し合っている状態がかもし出された。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和26年/1951年10月号)
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芥川賞 26 昭和26年/1951年下半期   一覧へ
選評の概要 吉行・澤野・阿川など 総行数55 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男47歳
候補 評価 行数 評言
吉行淳之介
男27歳
36 「吉行の「原色の街」を推そうと思って、私は出掛けて行った。」「私は、(引用者注:これを推すのは)私一人のみと予想していたので、その予想は外れたが、川端佐藤両氏の同感を得たのは、吉行のために、喜びに堪えなかった。」「エイスケのもっていた図々しいニヒリズムには、まだ程遠いが、描写力は、親父以上のところもあって、私は、末たのもしいとおもうのである。」
男33歳
14 「「広場の孤独」は、去年のベストスリーにあげる人さえあった程で、今更、芥川賞でもあるまいから、こんどは、吉行、澤野、阿川など、まだ名前の出ていない人の所へ授賞したいと思ったのである。」「今回の授賞は、事勿れに傾いたわけで、堀田の世評が定まっている以上、委員の心理には、何ンといっても、そこへお尻のもって行き場所があることを、大体、狙うともなく、狙っているのは争えないだろう。」
  「こんどの委員会はあまり活気のない会議として、終始した。芥川賞は、やはり定評のない新人を、委員各自の自由な視覚から、ムキになって推挙し合うところで、はじめて活況を呈することになるのだろう。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和27年/1952年3月号)
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芥川賞 27 昭和27年/1952年上半期   一覧へ
選評の概要 空白 総行数26 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男47歳
候補 評価 行数 評言
  「直井と伊藤(桂)を最後まで、支持する委員もあったが、ついに、「該当者なし」となったのは、当然の結果である。」「これまでの芥川賞候補作品とくらべて、一段、格が低いように思う。それに、みんな、気取りが多すぎる。」「要するに、文壇に、文学運動のない時代がつづいているので、その空白さからも、新人の覇気がうかがえないのだろう。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和27年/1952年9月号)
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芥川賞 28 昭和27年/1952年下半期   一覧へ
選評の概要 五二年後半期 総行数33 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男48歳
候補 評価 行数 評言
男43歳
4 「私一個としては、何ンらの感銘もない。ただ二作(引用者注:「喪神」と「或る『小倉日記』伝」)のうちではどっちがいいかと、司会者に訊かれたので、その中で云うなら、「或る『小倉日記』伝」のほうだと答えておいた。」
男31歳
2 「私一個としては、何ンらの感銘もない。」
  「審査の経過を速記して、「文學界」に発表するか否かが、最初、諮られた時は、私は、発表されることを意識することで、委員の発言が窮屈になり、又、他所行きになるのは困ると、心配したが、やって見ると、誰もがそんなことを顧慮する気などは少しも起こらず、率直に云いたいことは全部云うことが出来たらしいので、安心した。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和28年/1953年3月号)
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芥川賞 29 昭和28年/1953年上半期   一覧へ
選評の概要 豊田と安岡 総行数38 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男48歳
候補 評価 行数 評言
豊田三郎
男46歳
12 「戦後、「仮面天使」を書いただけで、長く沈滞していた人だから「好きな絵」のような佳作を書いてカムバックを示したときは、芥川賞をやって、激励するのもいいと思う。」「豊田ばかりでなく、戦前派の中で、いい素質のある人が、機会をつかみ損っている場合は、やはり話題に上すべきだろう。」
男33歳
15 「「悪い仲間」という作品は、一応、面白く読んだ。」「無銭飲食の場面も、手に入っている。」「これに反して「陰気な愉しみ」のほうは、未熟なもので、安岡の欠点ばかりのようなものだ。前者を授賞作品にすることは、前々から度々候補になった彼の経歴によって、納得出来るが、後者まで一緒に採用したのは、安岡にのみ、点が甘いようで、公平とは云えない。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和28年/1953年9月号)
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芥川賞 30 昭和28年/1953年下半期   一覧へ
選評の概要 銓衡と批評 総行数31 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男49歳
候補 評価 行数 評言
  「「該当ナシ」という切札は、委員としては、出し易くて、あと味もサッパリしているが、正直なところ、非常に高いところから見て厳選すれば、いつだって「ナシ」である。」「委員としては、なるべく当選作を選び出すように苦心し、それでもないときに、「ナシ」を宣するようにしたいものである。」「尚、岸田國士氏が、この賞に戯曲の候補作品のないことを嘆じていられたが、僕も同感である。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和29年/1954年3月号)
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芥川賞 31 昭和29年/1954年上半期   一覧へ
選評の概要 野口・江口・吉行 総行数39 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男49歳
候補 評価 行数 評言
野口冨士男
男43歳
14 「野口と江口を推した。」「野口は、一時スランプだった。病気ばかりしているし、書くものにも精気がなかったが「耳の中の風の声」から、スランプを脱し、立直りを示した。ここらで元気をつけてやれば、更にいいものを書き、中堅作家として、地味であるが、真面目な仕事をやりそうな気がする。」
江口榛一
男40歳
11 「野口と江口を推した。」「江口は文章上手である。よく読ませる。そして、有情滑稽がある。泡鳴も文壇人にきらわれたが、文壇人の江口に対する評価には、誤解が少くないのではないか。もっとも彼は、度々、禁酒を宣言するが、すぐ破ってしまう。酒癖がいいとは云えない。」「面白く読んだ。」
男30歳
10 「僅かな差で、吉行が小沼を競りおとした。」「前に、小生が「原色の街」を推したときは、反対が多かったのに「驟雨」は、「原色の街」ほどいいものではないが、認められたのは、一寸皮肉な気がする。」「故吉行エイスケとは、新興芸術派時代「近代生活」の同人であった。その子淳之介は病体である。これで元気になって、快方に向いて貰わなければならない。」
  「今度の銓衡は、稀れに見る白熱戦だった。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和29年/1954年9月号)
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芥川賞 32 昭和29年/1954年下半期   一覧へ
選評の概要 平凡な授賞 総行数35 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男50歳
候補 評価 行数 評言
川上宗薫
男30歳
5 「面白かった。「文學界」(三十年二月号)へ「企み」を書いて、それが次期の有力作だから、今回は見合そうという委員たちのはからいがあったそうだから、私も発言をさし控えたが、それがなければ、私はこれを推したかった位である。」
男39歳
8 「「神」から読み出したが、どうも感心できなかったので、「アメリカン・スクール」はあと廻しにした。」「(引用者注:銓衡会の意見は)庄野、小沼の二本立と、庄野、小島の二本立とに、分裂した。」「瀧井氏の云い出した庄野・小島二本立説に同調した。」
男33歳
10 「(引用者注:銓衡会の意見は)庄野、小沼の二本立と、庄野、小島の二本立とに、分裂した。」「瀧井氏の云い出した庄野・小島二本立説に同調した。」「前の「流木」や「黒い牧師」に見られた熱情には欠けるが、その代り玄人好みになっている。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和30年/1955年3月号)
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芥川賞 33 昭和30年/1955年上半期   一覧へ
選評の概要 今季は不作 総行数44 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男50歳
候補 評価 行数 評言
男32歳
13 「一時は(引用者注:該当作)ナシにきまりかけたが、司会者の運びのうまさ(これは名人芸に値した)につりこまれて、やはり授賞作となった。」「僕が彼に、一票を投じきれなかったのは、果して小説一本で行く人かどうかを疑ったからであった。」
  「芥川賞は、新人の作に対する厳格な批評の採点ではなくて、将来、小説家として、へこたれずにやって行く人を掘出し、鞭撻し、力附けるために存在するものであるから、その作自体に対する批評はよくても、片手間小説には、あまりやりたくないのである。」「今回は前数回にくらべて、不作だった。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和30年/1955年9月号)
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芥川賞 34 昭和30年/1955年下半期   一覧へ
選評の概要 快楽について 総行数47 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男51歳
候補 評価 行数 評言
男23歳
47 「今回はこの一作しかないと思って、委員会に出席した。」「この作品が私をとらえたのは、達者だとか手法が映画的だとかいうことではなくて、一番純粋な「快楽」と、素直にまっ正面から取組んでいる点だった。」「彼の描く「快楽」は、戦後の「無頼」とは、異質のものだ。」「佐藤春夫氏の指摘したような、押しつけがましい、これでもか、これでもかの、ハッタリや嫌味があっても、非常に明るくはっきりしているこの小説の目的が、それらの欠陥を補ってあまりあることが、授賞の理由である。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和31年/1956年3月号)
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芥川賞 35 昭和31年/1956年上半期   一覧へ
選評の概要 低調と見る 総行数7 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男51歳
候補 評価 行数 評言
男36歳
3 「該当ナシでもよかったが、委員の中で強く推している近藤の授賞を認めてもいいという位の、気乗り薄な気持で、終始した。」
  「特に推したいと思う作がないと同時に、特に忌みきらう作もなかった。大体六、七十点程度と見た。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和31年/1956年9月号)
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芥川賞 36 昭和31年/1956年下半期   一覧へ
選評の概要 「黒い爪」その他 総行数30 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男52歳
候補 評価 行数 評言
  「今回は七作共、特にすぐれたものはなかった。」「然し、授賞作にはならなくても、候補に上がっただけで、文壇に通用するようになった曾野綾子や澤野久雄のような前例もある。今回の候補者からものし上がる人があるかも知れない。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和32年/1957年3月号)
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芥川賞 37 昭和32年/1957年上半期   一覧へ
選評の概要 変り咲き 総行数57 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男52歳
候補 評価 行数 評言
男32歳
30 「菊村到の受賞は、妥当だ。この人の作品の素材となっている知識は、雑ぱくのようでいて、あいまいではない。」「うるささがなく、適度に整理されているから、推理小説とはちがった知的な印象をあたえるのだろう。」「菊村の二作のうち、「硫黄島」が多数決で入賞したが、私は格別甲乙を附し難かった。」「私は翌日の新聞ではじめて菊村の素性を知ったような次第である。従って、文壇血統が物を云った縁故入賞ではない。」
小池多米司
男(31歳)
7 「支持したのは、私一人だったが、素材が甘いので、銓衡委員のお気に召さなかったのではないか。然し、描き方や扱い方には、抒情主義より深い心理的なものがあって、読者としては、一番素直に、安心して読めた。」「近い将来、中間小説を達者に書ける人になりそうだ。」
  「今回の六篇は通俗性が濃密である。若し、中間小説には、思想がないという文壇通念に従うとすれば、(この通念には、私は異議があるが――)みな、中間小説的である。」「こうした新人達の傾向は、やはり、マス・コミが中間小説の需要をますます増大しつつある現代性に根ざしているのだろう。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和32年/1957年9月号)
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芥川賞 38 昭和32年/1957年下半期   一覧へ
選評の概要 大江のエネルギー 総行数44 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男53歳
候補 評価 行数 評言
大江健三郎
男22歳
36 「「死者の奢り」は、頭抜けている」「大江には、いい意味のデカダンスがあり、それが人生派の抵抗になったろうが、この程度のデカダンスなしには、新しいエネルギッシュな小説のスタイルは、進歩しない。」「三島由紀夫の云う「頽廃とエネルギーの結合」は大江にも当てはまり、そしてこの程度の病的感覚をもつエネルギーこそ、やや飽和状態にある近代文学の頂点を、更にもう一つ知的な頂点へ前進させるための推進力となることを、私はこの際、述べておきたい。」
男27歳
8 「私には何ンの感興も呼ばなかった。」「中村光夫の云うほど、島木に似ているとも思わなかった。受賞した開高は、その「感想」で、アランの散文論を引いて、小説の美辞麗句をやっつけていたが、そういうところが、人生派委員のお気に召したにしても、特に珍しい説ではない。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和33年/1958年3月号)
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芥川賞 39 昭和33年/1958年上半期   一覧へ
選評の概要 大江の仕事と熱 総行数52 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男53歳
候補 評価 行数 評言
男23歳
48 「前回に落ちた大江の「死者の奢り」に対する反対委員の鑑賞には、僕は依然として、疑問をもつ。」「委員のうちからは、半年の間に、大江が偉くなったから、今さら授賞の必要はないと強く主張する人もあったが、(引用者中略)この位の仕事をすれば、多少は社会的なあつかいが上がるのは、当り前だろう。」「「文学を通して、政治に関与する」という彼の考え方も、(引用者中略)具体的には、ピッケル一つ提示されてはいないのだが、体当りにぶつかっていく彼の真面目さと熱中を、僕は衒気とも匠気とも見ない。」「僕が今日の会の最初に、大江に投票するのを躊躇したのは、「飼育」より、「死者の奢り」のほうに感銘が強かったから」
  「丹羽文雄が今でも惜しがっている曾野綾子も、僅かなところで、芥川賞を取り損った人である。これからは、そういうタイミングについても、更によく議をつくしたいと思う。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和33年/1958年9月号)
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芥川賞 40 昭和33年/1958年下半期   一覧へ
選評の概要 該当せず 総行数39 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男54歳
候補 評価 行数 評言
  「ここ数回の芥川賞候補作には、暗いどろどろしたグルーミイな作品が多かった。そのほうが芥川賞向きだと考えてるのではないかと、首をかしげたいこともあった。この傾向は、芥川賞ばかりでなく、文芸時評子の取り上げる所謂力作傑作に、そういうゴテゴテこね返すような異常感覚的なものが多いことで、一層拍車をかけた感じだった。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和34年/1959年3月号)
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芥川賞 41 昭和34年/1959年上半期   一覧へ
選評の概要 精進された畸形 総行数45 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男54歳
候補 評価 行数 評言
佃実夫
男33歳
9 「私は(引用者中略)推したが、こういう伝記を元にした小説の、史実と虚構の間をよく確めることは、実際には難かしい。批評する側も、多少モラエスについて調べないと、カンだけでは判定を下しにくいのではないか。永井龍男氏のように、厳しく云えば、この作は、たしかに小説以前かも知れない。然し私は、作者の冒険に同情して、永井氏が減点しただけ、増点しておいた。」
男49歳
17 「彼、柴田四郎の長く鬱屈したものが、曾て一度も外側へ溢れ出ず、内向また内向して、手工芸風に凝結した一例である。」「古風であるかと思えば、新しい。それが渾然としていると云っては、賞めすぎだ。むしろ、畸形である。」「当夜の会では、井上(靖)氏が「山塔」にあまり力コブを入れるので、(引用者中略)その分だけ減点したくなったのは事実だ。」
  「今回は、概して粒が揃った。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和34年/1959年9月号)
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芥川賞 42 昭和34年/1959年下半期   一覧へ
選評の概要 水準との距離 総行数45 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男55歳
候補 評価 行数 評言
  「この賞の水準も、その時々で動いている。井上君の「猟銃」のときの水準と、その後の水準では、大分差があるわけで、厳選の時もあれば、ひどく寛裕のときもある。」「銓衡とても、人間の仕事だから、機械的にはゆかないのも、仕方がない。」「漠然たる水準ではあるが、大分距離のある今回のような場合は、ムリに授賞作を作るにも当らないと思って、最終的には各委員揃って、該当者ナシとなった判定に、私も異存はなかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和35年/1960年3月号)
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芥川賞 43 昭和35年/1960年上半期   一覧へ
選評の概要 「パルタイ」への興味 総行数45 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男55歳
候補 評価 行数 評言
倉橋由美子
女24歳
38 「北一人推す組が五人。北・倉橋二人推す組が五人で、票決がつかず、佐佐木茂索氏の意見を聞いて、決定したのが真相」「大江・開高の例もあり、僅少の差で競り合った場合は、やはり両者に授賞すべきであったと思う。」「「パルタイ」以後、乱作だから減点するというのもおかしい。」「文体は、大江などとも違う才質で、ユニイクなものである。特に感覚的に新しいとは思わないが、女の体臭が凝結しているような緊密感は、中間小説で荒らされていた一、二年前の候補作にはないものだ。」
男33歳
8 「すぐれた卒論を読むようなソツのなさを感じたが、同時に退屈もした。慶応の付属病院という安定した職場に坐って、二つのハンドルを持つことが、今日のようなはげしい分業時代にあって、氏自身が、どこまで自分に寛容となれるかは疑問である。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和35年/1960年9月号)
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芥川賞 44 昭和35年/1960年下半期   一覧へ
選評の概要 正直な「忍ぶ川」 総行数35 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男56歳
候補 評価 行数 評言
男29歳
13 「正直な作風であった。そこが買われた。」「わかりよくって、明るいのがいい。今までの私小説につきものの、ジメジメした退嬰味がなくて、善意に満ちた闘魂がある。」「石川(達)氏が最大級にほめていたが、私は石川氏ほどには思わないが、こんどの候補作の中では、好意のもてるものだった。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和36年/1961年3月号)
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芥川賞 45 昭和36年/1961年上半期   一覧へ
選評の概要 「名門」は成功 総行数55 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男56歳
候補 評価 行数 評言
大森光章
男38歳
23 「意外にも丹羽文雄氏が強く推し出したので、内心おどろいた。それに力を得て、筆者もしきりに「名門」を支持した。」「よく調べてあるが、それがオーバーにならずに作品に定着している。もっと通俗的にしようとすればいくらでも通俗的になる可能性があるのを、よく防いで、真面目にまとめている。」「今まで「競馬」を扱った小説や戯曲の中では、群をぬいている。成功作である。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和36年/1961年9月号)
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芥川賞 46 昭和36年/1961年下半期   一覧へ
選評の概要 興味ある未知数 総行数43 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男57歳
候補 評価 行数 評言
男27歳
20 「私には、両方(引用者注:最後に残った「鯨神」と「透明標本」)とも、そんなに強硬に支持するほどの作品ではないような気がした。」「私も彼に半星を入れていたが、正直なところ、あと味はすっきりしなかった。」「「光りの飢え」も「鯨神」も、ギラギラ照明が強すぎて、こけおどしに類するところがあり、その中にはまだ、借りものも入っているように思われる。」「この人の将来は、興味深い未知数である。」
  「私には、該当者ナシだった前回のほうがレベルが上だったとおもう。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和37年/1962年3月号)
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芥川賞 47 昭和37年/1962年上半期   一覧へ
選評の概要 諸作の弱み 総行数39 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男57歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
9 「意外にも川村へ票が集った。」「癖や嗜好性の多い田久保・吉村らの小説作りより、「美談の出発」のような私小説風の善人ぶりのほうが、口あたりはいいかも知れないが、文壇意識がないと云うだけで、点を増すのは、銓衡の安定感を稀薄にするので、僕は反対だった。」
  「こういう文学の銓衡の際、陥り易いのは、素材が低俗で醜悪だから、授賞をはばかるという評価の道徳性が強いことだ。作家は低俗に目をさらし、文学の照明を当てて、善意と悪意の絡み合う現実を、鮮かに描き上げて行くのが、散文芸術の腕だろう。低俗をロマネスクに書くのが、文学ではないか。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和37年/1962年9月号)
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芥川賞 48 昭和37年/1962年下半期   一覧へ
選評の概要 推し切れず 総行数38 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男58歳
候補 評価 行数 評言
  「今まで芥川賞の有力候補となった連中(ルビ:ベテラン)が、轡を並べた恰好なので、大いに期待して、読みだしたが、どうやら期待外れに終った。」「今回は各作とも、気負っているのかと思ったら、案外に低調で、銓衡委員の誰もが、強力に推すものがないため、該当作ナシという結論が出ても、特に心残りはなかったようだ。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和38年/1963年3月号)
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芥川賞 49 昭和38年/1963年上半期   一覧へ
選評の概要 二作同点 総行数39 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男58歳
候補 評価 行数 評言
男48歳
14 「芥川賞によくあるズブの素人派で、そのために銓衡委員の点が甘くなるといういつもの習性が働いて、点数の上で上位を占めた。私もこの作を素直に支持した。魅せられるようなところはないけれど、その代り、鼻持ちならないイヤ味がない。」「両作(引用者注:「少年の橋」と「蟹」)とも授賞させることを、最初から提案した。」
女37歳
23 「今度の「蟹」はよく書き上っていて、抵抗なしに読めたから、これを支持しようと思った。」「もっとも、前半、後半の間に折れ目がありすぎて、席上佐佐木茂索氏がこれを衝いた。たしかにそのような構成上の欠陥が、他の諸作を通じ河野の弱味となっている。」「この作者は人の云うほど異常でも嗜虐でもなく、普通のモラルの中にいる腕達者な女流なのだろう。折れ目を意図したものではなくて、書いているうちに、おのずからこうなったものに相違ない。」「両作(引用者注:「少年の橋」と「蟹」)とも授賞させることを、最初から提案した。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和38年/1963年9月号)
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芥川賞 50 昭和38年/1963年下半期   一覧へ
選評の概要 魅力のない正論 総行数61 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男59歳
候補 評価 行数 評言
井上光晴
男37歳
3 「三十八年度の代表作の一つとして騒がれた井上光晴氏の「地の群れ」がこの賞の予選をパスしたことは、他の委員同様、私にも疑問である。」
女35歳
4 「私の点は、(引用者中略)次点で、該当作はナシであったが、田辺を推す委員が多く、考え直して私も同調した。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和39年/1964年3月号)
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芥川賞 51 昭和39年/1964年上半期   一覧へ
選評の概要 柴田・山川・立原・坂口 総行数43 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男59歳
候補 評価 行数 評言
男29歳
22 「私は七〇パーセントほど支持した。」「それまで信じていた党の根本的な政策がぐらつき、共産党軍事組織の秘密が、解体させられるその動機と指令の実体がよく出ていないのが弱い。」「然し、安保デモ当時の学生のせっぱ詰った状況と絶望を、単なる安保ルポ以上に、小説化したのはお手柄」「既成文壇人の好みには適わなくても、こういう小説は存在していいと思う。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和39年/1964年9月号)
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芥川賞 52 昭和39年/1964年下半期   一覧へ
選評の概要 四作のうち 総行数41 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男60歳
候補 評価 行数 評言
津村節子
女36歳
9 「読後、私の心に、(引用者中略)残った。」「丹羽君が推したので、私も票を入れた。誰が何んと云っても、これを推したいわけではなかった。丁寧で、よくまとまった好短篇である。」
  「結果に於て、該当作ナシとなったが、こんどの候補作品は、一、二を除いて、みな読みごたえがあった。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和40年/1965年3月号)
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芥川賞 53 昭和40年/1965年上半期   一覧へ
選評の概要 森万紀子の得失 総行数32 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男60歳
候補 評価 行数 評言
森万紀子
女30歳
20 「面白く読んだ。」「虚無という程大袈裟でなく、デカダンの味が匂う。私はそこに惹かれたが、こういう作品は万人向きとは云えないので、多分授賞にはなるまいと思った。」「果して銓衡の結果、森を推しているのは私一人であった。」「森はもっと、ストレートな書き方をすべきだと思う。」「私も森の将来は保証できないが、これから先が楽しみではある。」
女37歳
8 「私の心の中の次点(引用者中略)だった。」「前回の「さい果て」につづく佳作だ。一年の間につづけて問題になるものを書くのは、力量があるからである。で、津村を推した。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和40年/1965年9月号)
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芥川賞 54 昭和40年/1965年下半期   一覧へ
選評の概要 選考所思 総行数45 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男61歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
11 「哀愁ある佳品である。」「もっとも半分以上はフィクションだろうから、いっそ息子の年齢を十八位にすれば、もっと背景や周囲が鮮明になり、母との心理も生々しくなって、ちょっとした傑作が生れたかも知れない。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和41年/1966年3月号)
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芥川賞 55 昭和41年/1966年上半期   一覧へ
選評の概要 抜群の迫力 総行数46 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男61歳
候補 評価 行数 評言
萩原葉子
女45歳
27 「私は授賞作にしたかった。ある詩人の愛慾図絵は、とにかく迫力をもってよく書けている。表現力だけについて云っても、他の候補作にくらべて抜群だ。」「「慶子の手記」は、三好との見苦しい喧嘩三昧だけを綴って一方的であるが、彼女と雖も、三好の溺愛にこたえ、或る時は三好を国宝的詩人として尊敬したり、また或る日は、(引用者中略)情痴に狂ったこともあったろうと想像するが、それには、ほとんど触れていない点に、やはり疑問が残った。」
  「第五十五回芥川賞は、新入りの委員大岡・三島の両氏を加えて、俄然活況を呈した。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和41年/1966年9月号)
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芥川賞 56 昭和41年/1966年下半期   一覧へ
選評の概要 殺処分について 総行数44 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男62歳
候補 評価 行数 評言
男23歳
31 「作者はまだ若い人だし、看守の経験があるわけでもなく、小説の構成に聞き書きのような点もあるので、若干の疑問を感じたが、他の諸作品に比べて、はるかに迫力があった。私がこれを推した理由である。」「看守の私生活、家庭生活の描写が長々しくて、少し退屈した。私小説のほうを半分ぐらいにして、この非人間的な死刑執行に対する作者の批判を加味したら、もっとまとまった好短篇となったろう。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和42年/1967年3月号)
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芥川賞 57 昭和42年/1967年上半期   一覧へ
選評の概要 批評精神を 総行数46 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男62歳
候補 評価 行数 評言
男41歳
16 「カドを立てて書けば、いくらでもセンセイショナルになる題材を、よく抑制をきかせ、丹念に書き上げている。」「永井氏の発言にあったことで、この作品の政治的立地条件からくるアテコミの故に、銓衡されたものではなく、あくまで作品本位で選んだことは、私も証明しておきたい。が、いかに弁明したところで「芥川賞海を渡る」底の、一般の通俗的印象は、避け難い。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和42年/1967年9月号)
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芥川賞 58 昭和42年/1967年下半期   一覧へ
選評の概要 丸谷と柏原 総行数53 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男63歳
候補 評価 行数 評言
丸谷才一
男42歳
31 「推す気で出かけた。」「昭和二十年に兵役に服していた作者が、敗北のさなかの軍隊生活を書き、その中で徴兵忌避の心理を空想するリアリティを書いたものであったなら、私はこの作をもっと強く推す気になったろう。惜しむらくは、あまりにお伽話になっているので、推しきれなかった。」
男34歳
24 「ごく平凡な職業軍人のステロタイプを描いたもので、反戦もなければ軍閥批判もない。その栄達心、功名心もありふれた世俗的なものだ。」「私の読後感をもむなしくするのみであった。」「過去半世紀にのさばった旧軍人の伝記を、無条件肯定の観点から書かれては困ると思うのである。」「たしかに大飛球の力作だが、塀を越して外野スタンドに入ったとは、私には思えない。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和43年/1968年3月号)
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芥川賞 59 昭和43年/1968年上半期   一覧へ
選評の概要 丸谷才一をとる 総行数65 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男63歳
候補 評価 行数 評言
男42歳
18 「(引用者注:最後に残った「年の残り」と「三匹の蟹」のうち)私は丸谷を推した。」「横光さんの初期の作品を思わせるような文体の綾も捨て難い。」「この前は、大岡委員の、「丸谷はもう芥川賞でもあるまい」という判断で見送られたことがある。今度もそういう意見が出たらば、三回も予選を通過させた文春予選係の意向を糺したいと思っていたが、今度は大岡氏が最初から丸谷推挙にまわったので、ことなきを得た。」
女37歳
14 「むしろ世評の甘さに驚いた。」「私は一般の好評を向うにまわして、敢て評価出来なかった。殊に最後の結びは、平凡な余情小説のタイプだ。桃色シャツの男も書けていないし、二十ドルを取られた話も、作為でしかないようだ。ただ、いいと思ったのは、在米日本人が日本人に好かれず、主人公自身もいやだと言っている点に正直な作者の素顔がのぞかれた。」
  「候補作八篇は、第一次銓衡から不合格になるものがなかった。これは近年珍しい。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和43年/1968年9月号)
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芥川賞 60 昭和43年/1968年下半期   一覧へ
選評の概要 受賞作見当らず 総行数51 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男64歳
候補 評価 行数 評言
山田智彦
男32歳
10 「最後まで残ったとは云い条、二票では票数が足りなかった。」「父が(引用者中略)息子夫婦に対しても遠慮っぽいところが面白く書けている。」「が、若い細君が主人公の留守中に、酒に酔った弟の友だちに犯されかけるのはわざとらしい、と云う批評があったが、私も同感だ。しかし、前作「予言者」にも、ちょっと惹かれていたので、私は○をつけた。」
  「候補作九篇のうちで、ずばぬけて秀れた作品はなかった。そのかわり、はじめっから問題にならないような駄作もない。」「今回は部分的に大へんうまい個所があるものの、スケールが、いかにも小さい点に、難色があった。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和44年/1969年3月号)
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芥川賞 61 昭和44年/1969年上半期   一覧へ
選評の概要 田久保を推したが 総行数42 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男64歳
候補 評価 行数 評言
男41歳
12 「私は田久保英夫と阿部昭を念頭に置いて出席した。」「まともな力作で、殊にアメリカ軍の同じ要員である女子学生との不即不離の関係が上手に書けている。馬殺しとその運搬に関するリアリズムが、果して間違いないかどうかに疑問が残ったが、これは銓衡委員が何時間議論しても決ることではない。」「二作授賞に私も同意した。」
男32歳
6 「二作授賞に私も同意した。」「書き出しから、ある病院の女医さんに生爪を剥がした指の治療をしてもらうあたりまでは快調なタッチで、わかりやすく読ませる。高校生らしい純情と不純が巧みにないまぜられている。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和44年/1969年9月号)
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芥川賞 62 昭和44年/1969年下半期   一覧へ
選評の概要 減点 総行数56 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男65歳
候補 評価 行数 評言
男47歳
15 「私は買えない。私の知っている昔の大連の街のメカニズムは、もっと複雑で錯綜し租借地らしい文化と非文化の色彩が混淆していた。」「小説として物足りないばかりでなく、随筆としても、紀行文としても、思い出ともしても、もっと鮮やかな陰陽がほしい。」「然るに作者は、これを「哲学的旅行」などと洒落ているが、どうもいただけない。」
  「厳密に云うと私は今回「該当作ナシ」を採りたかった。」「おしなべて最近の傾向は、作家生活以外の別種・別業の職業生活に取材するものが多い。たとえばテレビ・ライターをしながら小説を書いている人が、その会社の派閥と暗闘を追跡しても、それだけで文学に社会性が出るとは云えない。かえって退屈になる原因だ。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和45年/1970年3月号)
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芥川賞 63 昭和45年/1970年上半期   一覧へ
選評の概要 古山と吉田 総行数52 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男65歳
候補 評価 行数 評言
男49歳
21 「在監中のユーモラスな日常の説明を評価されて当選したが、悪ふざけなところもあって、私には物足りなかった。」「危機感を省略したところが不満である。それを隠して明るい雑居生活を書いたところにユニークなものがあるというのは強弁である。」「筆力は旺盛だが、ユーモアに隠れて大事な部分を逃げているようだ。」「最終的には、他の候補作より頭抜けているので、(引用者中略)授賞作とすることに、私は同意した。」
女36歳
14 「これでもかこれでもかの道具立てが多すぎて閉口した。」「これが当選したのは、以上の難点を上廻る表現力を持っているからなのだろう。たとえば癲癇の子が淵へ身を落す前後の描写などが垢抜けている。寺の和尚との関係もちょっと面白い。」「しかし、精神分裂者の幻想小説というものは素人にも書き易いものである。」「最終的には、他の候補作より頭抜けているので、(引用者中略)授賞作とすることに、私は同意した。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和45年/1970年9月号)
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芥川賞 64 昭和45年/1970年下半期   一覧へ
選評の概要 持ち味 総行数40 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男66歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
40 「作者の進境がよく見えた。「妻隠」と「杳子」の二作のどちらを受賞させるかについて、論議がわかれ、一票の差で「杳子」に決った。」「私は「杳子」のほうに票を入れた。これを古井の鉱脈とまでは言わないが、私はこの作品に陶酔したのだ。」「同じことをこんなに重複させて書きながら、退屈させないのは、至難の技であると共に個性的である。そこをよく乗り切っていると思った。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和46年/1971年3月号)
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芥川賞 65 昭和46年/1971年上半期   一覧へ
選評の概要 惜しかった森 総行数41 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男66歳
候補 評価 行数 評言
森万紀子
女36歳
23 「水準に達していた。」「ニヒリズムと反社会性がある。従って、景気のいい建設的な作品ではない。全体に憂鬱で、退屈でもある。」「とにかく問題意識や、過剰な性描写のないところがこの小説の身上である。」「最後に留置場の窓から、自分と同じ黄色い娼婦の幻覚を見るシーンも、私には美しく思われた。」「大岡、瀧井、丹羽委員らと私との四票を得たが、過半数を得られないので授賞の機会を逸した。」
  「今回は芳しい作品が乏しく、長短は別としても、読むのに抵抗があった。」「銓衡委員が若い作家に無理解だという攻撃が、匿名欄あたりに出そうな気もするがそんなことはない。戦後二十年以上、芥川賞は有力な作家を輩出せしめていることを忘れないで欲しい。時にはミステイクもないことはなかったが、大過なきを得ていると思う。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和46年/1971年9月号)
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芥川賞 66 昭和46年/1971年下半期   一覧へ
選評の概要 授賞作二篇 総行数38 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男67歳
候補 評価 行数 評言
富岡多恵子
女36歳
8 「私はおもしろく読んだが、意外に支持者が少なかった。まず語り口がうまい。小説の評価で、語り口の出来、不出来は大きい筈。」「構成に無理があり、書かないほうがいい部分もあるが、天分のある人のようである。将来に待ちたい。」
男33歳
16 「好感の持てる佳篇であった。」「終末の無人島行きが取って付けたようで苦しいが、これは沖縄から日本への脱出としたほうが現実感(ルビ:リアリティ)がもっと出たのではないか。」「沖縄の風土の住みよさと住みにくさが、もう一つ書けていたら、この作を推しきれなかった委員たちの票数を加えることができたかもしれない。素直で新鮮で、しかもなかなか小味がきいている。」
男36歳
19 「好感の持てる佳篇であった。」「前回までの諸作と較べて、この作が頭抜けているとは思わないし、また特に悪いとも思わない。」「私はこの作の授賞に反対しなかった。」「これがこの作家の掘り当てた鉱脈だとは言えないが、ここまで手を変え品を変えて書いてきて、やっとこの人の憎めない人柄に直面したような気がする。」
  「毎年の例に較べて、楽に読めた。そのかわり読後感は淡く、魅力にも迫力にも乏しかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第九巻』昭和57年/1982年10月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和47年/1972年3月号)
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芥川賞 67 昭和47年/1972年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数50 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男67歳
候補 評価 行数 評言
男39歳
24 「第一回銓衡の結果、宮原支持が九票あった。」「ところが、第二、第三の銓衡で、難色が出て来た。作者の書きたいことが、冒頭の部分で鮮かに描出されているにもかかわらず、中半から以後の小説の運びがあまりにも巧妙に出来ていて、通俗的にさえ見えると言うのである。」
男37歳
10 「兎口の主人公に現実感、迫真力などがすぐれており、殊に竹竿でくじゃくを殺すところが生ま生ましい程に書けている。」
選評出典:『芥川賞全集 第九巻』昭和57年/1982年10月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和47年/1972年9月号)
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芥川賞 68 昭和47年/1972年下半期   一覧へ
選評の概要 反戦と望郷 総行数44 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男68歳
候補 評価 行数 評言
女36歳
13 「平凡で素直なタッチを買われたらしい。が、自然的とか丁寧さとかは悪いことではないにしても、特にとりたてて言うほどのこともない。その代り、どぎつさ(原文傍点)とかえげつなさ(原文傍点)とかがないから、多人数で銓衡するような場合には、票数がよく集る。」「この人はまもなく作家生活の壁に突き当るだろう。主婦の生活と書く生活の矛盾に早くも悩んでいるようだが、それを乗り切れば、将来性も出てこよう。」
女43歳
23 「二八〇枚の力作だが、芥川賞の銓衡内規では、枚数超過で、寛くみてもスレスレのところにある。長すぎることが、この作品をより素人っぽくしていることは否み難い。」「あくまで戦中の体験と事実に立脚した小説であるのに、主人公節子を殺すことが嘘だと言っては過酷なら、小説作りのための御都合主義だという点が、私がすっきり出来なかった理由である。」
  「今回は特に推すものが見当らなかったので、私個人の答申は、該当作ナシとせざるを得なかったのである。」
選評出典:『芥川賞全集 第九巻』昭和57年/1982年10月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和48年/1973年3月号)
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芥川賞 69 昭和48年/1973年上半期   一覧へ
選評の概要 五篇について 総行数46 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男68歳
候補 評価 行数 評言
男38歳
18 「野呂の「鳥たちの河口」を抜いて、逆転勝ちの授賞となった。」「鶸を握り殺さないほうがいいという説もあったが、やはりあの部分がこの小説の圧巻だ。」「帰宅後、文芸時評や創作合評を参考にしたうちでは、丸谷才一君の、「三木は固有名詞と日付を消し取り、あの一応のところ架空な国における一応のところ抽象的な敗戦の物語を書いた」という評語はあたっている。」
選評出典:『芥川賞全集 第十巻』昭和57年/1982年11月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和48年/1973年9月号)
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芥川賞 70 昭和48年/1973年下半期   一覧へ
選評の概要 カットバックのこと 総行数39 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男69歳
候補 評価 行数 評言
男61歳
5 「力作だが、この一作だけで授賞に踏み切れなかったところに、今度の銓衡の難しさがあった。僕は寡聞にして、この作者の存在を知らなかった。この山容に立向う雄渾な感覚は創造的であって、やはり横光さんのネオ・ロマンティクの残響が感じられた。」
日野啓三
男44歳
8 「僕は多分日野啓三に落着くだろうと思って、会場に臨んだ。果して最初の投票は日野が最多数であった。が、話合ううちに順序が逆転した。異国人を妻にしている男の悩みのようなものが、だいたい書けていると僕は思う。」
男36歳
6 「前回の「鳥たちの河口」のほうを僕は評価したい。」「「鳥たちの河口」には、新しい人の持つ特有の鋭さがあった。今度はそれが消えている。」
  「銓衡が終った後、中村光夫君が半星二つを丸印一つに数えることの疑問を発言された。」「ついでに言えば、候補何回ということが、評点の基準になるのはある程度はいいとしても、それが決定的となると、批評精神の衰弱ではあるまいか。」
選評出典:『芥川賞全集 第十巻』昭和57年/1982年11月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和49年/1974年3月号)
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芥川賞 71 昭和49年/1974年上半期   一覧へ
選評の概要 不運な日野 総行数36 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男69歳
候補 評価 行数 評言
日野啓三
男45歳
6 「最も力量があった。私は前回作に劣らない出来栄えと思ったが、平林たい子賞とダブるのに異議のある向きもあって、授賞に到らなかった。」「(引用者注:「夏の亀裂」と共に)何かを書こうとする主題が感じられて、書き足りないところはあっても、読む者に訴えてくる誠実さと迫力がある。」
金鶴泳
男35歳
9 「平板なところもあるが、真剣味にあふれている。終りの部分で、ナルシシズムとも違う自己尊敬という新しい語彙が出てくるのは、注目していい。」「(引用者注:「浮ぶ部屋」と共に)何かを書こうとする主題が感じられて、書き足りないところはあっても、読む者に訴えてくる誠実さと迫力がある。」
福沢英敏
男31歳
13 「たしかに糞便を失禁する汚い小説である。」「今までの小説美学とは次元を異にするとみえて、委員の中には「大落し」と大喝した人もあった。にもかかわらず、私が丸印をつけたのは(△印の委員も一人あった)、サドまたはマゾの思想の影響或いは悪影響があると思ったからだ。」「この汚らしさを滑稽とだけ受止めていいかどうかは問題である。この作者は生来病的なのかと思ったら、長野県伊那の健康な農民だそうである。」
選評出典:『芥川賞全集 第十巻』昭和57年/1982年11月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和49年/1974年9月号)
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芥川賞 72 昭和49年/1974年下半期   一覧へ
選評の概要 「土の器」と「あの夕陽」 総行数40 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男70歳
候補 評価 行数 評言
中上健次
男28歳
5 「思ったより、席上買われなかったが、私には面白かった。この作で授賞といかないまでも、将来性はある人と思う。戦後生れだというから、まだ先が長い。」
男45歳
6 「身辺的なこの作だけでは、評価しきれないものがある。芥川賞にそういう銓衡規定はないのであるが、前回及び前々回との三連作を通してみて、誰れもがこれを捨て切れなかった。」
男49歳
11 「きめこまかく丹念に書きこまれていて量感もある。」「ガンによる臨終は概ね長い。作者の作意ではなく、ありのままの写実である。ただ齢に不足のない老母の死は、所詮随筆的であって、ほんとうにロマネスクなのは、愛人との生と死の葛藤であろう。」
選評出典:『芥川賞全集 第十巻』昭和57年/1982年11月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和50年/1975年3月号)
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芥川賞 73 昭和50年/1975年上半期   一覧へ
選評の概要 林京子の力作 総行数27 (1行=26字)
選考委員 舟橋聖一 男70歳
候補 評価 行数 評言
女44歳
16 「圧倒的な重みがあった。」「芥川賞にははじめての原爆もので、九委員のうち、七・五票を得たのも当然だ。」「「夏の花」(原民喜)以来、原爆ものは殆んど読んでいるが、林さんの強みはその犠牲に三十年の歳月を費しながら、なおこの一篇をまとめるのに耐えたところにあった。少々の瑕瑾、例えば伯父さんからの聞書などに誇張があっても、全体がそれを乗り越えている。」
小沢冬雄
男43歳
5 「感動して読んだ。妻君をポカポカ殴りながら、なおかつ可愛がっている主人公の気持がよく伝わってくる。」
選評出典:『芥川賞全集 第十巻』昭和57年/1982年11月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和50年/1975年9月号)
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