芥川賞のすべて・のようなもの
第43回
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Last Update[H27]2015/4/3

北杜夫
Kita Morio
生没年月日【注】 昭和2年/1927年5月1日~平成23年/2011年10月24日
受賞年齢 33歳2ヵ月
経歴 本名=齋藤宗吉(ソウキチ)。東京市赤坂区(現・港区)生まれ。東北大学医学部卒。精神科医として勤めるかたわら創作を行う。昭和25年/1950年より『文藝首都』同人。昭和35年/1960年より発表された『どくとるマンボウ航海記』をはじめとするシリーズで人気作家に。父は歌人の斎藤茂吉、兄は精神科医の斎藤茂太。
受賞歴・候補歴
  • |候補| 第36回芥川賞(昭和31年/1956年下期)「人工の星」
  • |候補| 第37回芥川賞(昭和32年/1957年上期)「狂詩」
  • |候補| 第41回芥川賞(昭和34年/1959年上期)「谿間にて」
  • |予選候補| 第7回日本エッセイスト・クラブ賞(昭和34年/1959年)「船上にて」
  • 第43回芥川賞(昭和35年/1960年上期)「夜と霧の隅で」
  • |候補| 第7回新潮社文学賞(昭和35年/1960年)『夜と霧の隅で』『どくとるマンボウ航海記』
  • |候補| 第11回新潮社文学賞(昭和39年/1964年)『楡家の人びと』
  • 第18回毎日出版文化賞(昭和39年/1964年)『楡家の人びと』
  • |候補| 第18回読売文学賞[小説賞](昭和41年/1966年)『白きたおやかな峰』
  • |候補| 第14回新潮社文学賞(昭和42年/1967年)『白きたおやかな峰』
  • 第7回婦人公論読者賞(昭和44年/1969年)「どくとるマンボウ青春記」
  • 第18回日本文学大賞[文芸部門](昭和61年/1986年)『輝ける碧き空の下で』第二部
  • |候補| 第24回川端康成文学賞(平成9年/1997年)「消滅」
  • 第25回大佛次郎賞(平成10年/1998年)茂吉評伝四部作『青年茂吉』『壮年茂吉』『茂吉彷徨』『茂吉晩年』
  • |候補| 第27回川端康成文学賞(平成13年/2001年)「水の音」
  • 第5回海洋文学大賞[特別賞](平成13年/2001年)
個人全集 『北杜夫全集』全15巻(昭和51年/1976年9月~昭和52年/1977年11月・新潮社刊)
備考
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芥川賞 第36回候補  一覧へ

じんこう ほし
人工の 星」(『文藝首都』昭和31年/1956年7月号)
媒体・作品情報
誌名 「文藝首都」  別表記表紙・奥付 「文藝首都」 扉・目次 「文芸首都」
巻号 第25巻 第7号  別表記7月号
副題等 本文 「(Entertainment)」
印刷/発行年月日 印刷 昭和31年/1956年6月20日 発行 昭和31年/1956年7月1日
発行者等 編集兼発行者 保高徳蔵 印刷所 小宮山印刷工業株式会社 小宮山幸造
発行所 株式会社文芸首都社(東京都)
総ページ数 128 表記上の枚数 目次 118枚 基本の文字組
(1ページ当り)
30字
×26行
×2段
本文ページ 4~36
(計33頁)
測定枚数 120
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書誌
>>昭和35年/1960年10月・文藝春秋新社刊『羽蟻のいる丘』所収
>>昭和44年/1969年11月・中央公論社刊『星のない街路』所収
>>昭和52年/1977年1月・新潮社刊『北杜夫全集 第1巻 牧神の午後・少年』所収
>>昭和56年/1981年4月・潮出版社刊『人工の星』所収
>>昭和58年/1983年11月・潮出版社/潮文庫『人工の星』所収
>>昭和59年/1984年6月・集英社/集英社文庫『人工の星』所収
>>平成3年/1991年3月・ファラオ企画/ファラオ原点叢書『羽蟻のいる丘』所収
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候補者 北杜夫 男29歳
選考委員 評価 行数 評言
石川達三
男51歳
5 「(人工の星)のような仮定な作品は、もっと書かれてもいいと思うが、これは作者の意気込みが空転しているようで、問題にされなかった。何か結果を急ぎながら書いているような気ぜわしさがあって、読み辛い。」
瀧井孝作
男62歳
0  
丹羽文雄
男52歳
2 「無駄な努力である。」
中村光夫
男45歳
4 「こういう幻想的な小説は、日本ではむずかしいので、或る期待をもってよみましたが、失望しました。作者自身が幻想に酔うまえに、読者を酔わせることを考えてほしいと思います。」
舟橋聖一
男52歳
1 「(引用者注:他に比べて)更に見劣りがする。」
川端康成
男57歳
0  
井上靖
男49歳
2 「(引用者注:他に比べて)かなり見劣りがした。」
宇野浩二
男65歳
8 「挿話のような話が多すぎる上に、それらの挿話が、中にはちょいと面白いのもあるけれど、総じてたわいがない、よって、この小説は、たわいがなくて、取り止めがない。この作者は、わりに多作家であるらしいから、努力家でもあろう、(引用者中略)願わくは、努力をもって、作品を少なくし、すぐれた小説を書き給わん事を。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和32年/1957年3月号)
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芥川賞 第37回候補  一覧へ

きょうし
狂詩」(『文藝首都』昭和32年/1957年6月号)
媒体・作品情報
誌名 「文藝首都」  別表記表紙・奥付 「文藝首都」 扉・目次 「文芸首都」
巻号 第26巻 第6号  別表記6月号/創刊二十五周年記念第二集/二十五周年記念号第二集
印刷/発行年月日 印刷 昭和32年/1957年5月20日 発行 昭和32年/1957年6月1日
発行者等 編集兼発行者 保高徳蔵 印刷所 小宮山印刷工業株式会社 小宮山幸造
発行所 株式会社文芸首都社(東京都)
総ページ数 200 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
30字
×26行
×2段
本文ページ 4~32
(計29頁)
測定枚数 106
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書誌
>>昭和40年/1965年5月・冬樹社刊『牧神の午後』所収
>>昭和50年/1975年11月・中央公論社刊『狂詩初稿』[限定版]
>>昭和52年/1977年1月・新潮社刊『北杜夫全集 第1巻 牧神の午後・少年』所収
>>昭和57年/1982年1月・中央公論社/中公文庫『牧神の午後』所収
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候補者 北杜夫 男30歳
選考委員 評価 行数 評言
石川達三
男52歳
0  
舟橋聖一
男52歳
0  
丹羽文雄
男52歳
5 「ひねくりすぎたきらいがある。後書で、一度発表したものを訂正をしたと書いていたが、訂正のための悪さが出ている。」
川端康成
男58歳
0  
佐藤春夫
男65歳
0  
井上靖
男50歳
2 「筆力及ばずといったところ。」
中村光夫
男46歳
0  
瀧井孝作
男63歳
1 「論外だと見た。」
宇野浩二
男65歳
9 「実感めいた場面があるところに面白いところもあるが、肝心の『新奇』さが殆んどない、」「最後の方の、辞書を見て、『狂詩』が「諧謔を旨とする詩」と知って、呆然とするところなど、読む方が却って呆然とした。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和32年/1957年9月号)
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芥川賞 第41回候補  一覧へ

たにま
谿間にて」(『新潮』昭和34年/1959年2月号)
媒体・作品情報
誌名 「新潮」  別表記表紙 「THE SHINCHO」併記
巻号 第56巻 第2号  別表記2月号/646号
印刷/発行年月日 発行 昭和34年/1959年2月1日
発行者等 編輯者発行者 齋藤十一 印刷者 長久保慶一 印刷所 大日本印刷株式会社(東京都)
発行所 株式会社新潮社(東京都)
総ページ数 260 表記上の枚数 基本の文字組
(1ページ当り)
30字
×25行
×2段
本文ページ 170~191
(計22頁)
測定枚数 78
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書誌
>>昭和34年/1959年8月・講談社刊『創作代表選集24 昭和34年前期』所収
>>昭和35年/1960年10月・文藝春秋新社刊『羽蟻のいる丘』所収
>>昭和41年/1966年5月・講談社刊『われらの文学16 曽野綾子・北杜夫』所収
>>昭和43年/1968年10月・新潮社刊『新潮日本文学 第61 北杜夫集』所収
>>昭和44年/1969年9月・筑摩書房刊『日本短篇文学全集 第45巻 芝木好子・中村真一郎・曽野綾子・北杜夫』所収
>>昭和45年/1970年10月・中央公論社刊『日本の文学80 名作集4』所収
>>昭和46年/1971年☆月・河出書房新社刊『日本文学全集53 阿川弘之・曽野綾子・北杜夫』[カラー版]所収
>>昭和51年/1976年3月・筑摩書房刊『筑摩現代文学大系87 北杜夫・辻邦生集』所収
>>昭和52年/1977年5月・新潮社刊『北杜夫全集 第2巻 夜と霧の隅で・遥かな国遠い国』所収
>>昭和55年/1980年1月・講談社/講談社文庫『現代短編名作選6 1958-1961』所収
>>昭和56年/1981年2月・読売新聞社刊『北杜夫自選短編集』所収
>>平成3年/1991年3月・ファラオ企画/ファラオ原点叢書『羽蟻のいる丘』所収
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候補者 北杜夫 男32歳
選考委員 評価 行数 評言
石川達三
男54歳
8 「昆虫採集者の面白い話を書いているが、その話を聞く(私)という人物がマイナスになっている。」「モーパッサンの短篇などに、この種の技法は多いが、この作品の場合、それが成功していないようである。」「私には面白かった。」
丹羽文雄
男54歳
0  
舟橋聖一
男54歳
0  
井伏鱒二
男61歳
3 「自分の嗜好から云えば(引用者中略)挙げたいが、第二章以下が形の上で平板に終っているので挙げかねた。」
中村光夫
男48歳
3 「話は面白いが、前後に無駄が多すぎます。この無駄は偶然のものでなく、作者の筆をとる態度の根本につながるようです。」
永井龍男
男55歳
7 「健康な作品で、快く読めた。」「挿話としてではなく、昆虫採集人をまともに書いたなら、さらに重量ある作品になっていたろうと思う。」
川端康成
男60歳
3 「蝶を採集する台湾の山などの書き方に足りないものがあるようで、実感があふれ出て来ない。」
佐藤春夫
男67歳
18 「(引用者注:「谿間にて」「山塔」「ある異邦人の死」のうちから)第一位のものを決定するに困難を感じて、それは衆議によって決してもらうつもりで審査の席に出た。」「北杜夫君は見るから最も年少らしく文学歴も最も浅いらしいから授賞はもう少し待ってもよいと思う。その文学精神は最も純粋で高いのが好もしいし着眼点もよいが作法的に未熟な点もある。とは云え前の作品より一作一作とよくなって来ているのは頼もしい。」
井上靖
男52歳
3 「最後まで面白く読んだが、蝶を追いかける人物を正面から書いたらもっと力強い作品になったと思う。」
瀧井孝作
男65歳
13 「図抜けて佳いと思った。」「この人のものは前にも予選作品を読んだが、それは何を書いてあったか今はおぼえてないが、(引用者中略)それからみると格段の進歩ではないかしら。」「昆虫採集マニヤの人物を点景とした、一つの風景画を見るような美しい感じの小説で、この風景小説の意味でも新しいと思った。」「作者はこの小説を打込んで書いてまた脱皮したものがあるようにも考えられた。」
宇野浩二
男67歳
24 「ちょいと面白い小説ではあるが、この作者が以前に発表した幾つかの作品の中にはこれよりすぐれた小説があった、と思った。ところが、これを書くため、ふと思い出して、少し念を入れて読んでみて、私は、この小説はなかなか『見所』のある作品だと考えた。」「しかし、これは、惜しいけど……と思った。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和34年/1959年9月号)
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芥川賞 第43受賞  一覧へ

よる きり すみ
夜と 霧の 隅で」(『新潮』昭和35年/1960年5月号)
媒体・作品情報
誌名 「新潮」  別表記表紙 「THE SHINCHO」併記
巻号 第57巻 第5号  別表記5月号/661号
印刷/発行年月日 発行 昭和35年/1960年5月1日
発行者等 編輯者発行者 齋藤十一 印刷者 長久保慶一 印刷所 大日本印刷株式会社(東京都)
発行所 株式会社新潮社(東京都)
総ページ数 260 表記上の枚数 目次 220枚 基本の文字組
(1ページ当り)
30字
×25行
×2段
本文ページ 85~143
(計59頁)
測定枚数 212
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書誌
>>昭和35年/1960年6月・新潮社刊『夜と霧の隅で』所収
>>『文藝春秋』昭和35年/1960年9月号
>>昭和36年/1961年12月・講談社刊『文学選集26 昭和36年版』所収
>>昭和38年/1963年7月・新潮社/新潮文庫『夜と霧の隅で』所収
>>昭和39年/1964年☆月・新潮社/新潮文庫『新日本文学全集 第32 三浦朱門・北杜夫集』所収
>>昭和41年/1966年5月・講談社刊『われらの文学16 曽野綾子・北杜夫』所収
>>昭和45年/1970年2月・筑摩書房刊『現代日本文学大系88 阿川弘之・庄野潤三・曽野綾子・北杜夫集』所収
>>昭和46年/1971年☆月・河出書房新社刊『日本文学全集53 阿川弘之・曽野綾子・北杜夫』[カラー版]所収
>>昭和51年/1976年3月・筑摩書房刊『筑摩現代文学大系87 北杜夫・辻邦生集』所収
>>昭和52年/1977年5月・新潮社刊『北杜夫全集 第2巻 夜と霧の隅で・遥かな国遠い国』所収
>>昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊『芥川賞全集 第6巻』所収
>>昭和63年/1988年7月・小学館刊『昭和文学全集 第22巻 中村真一郎・井上光晴・開高健・北杜夫・三浦朱門』所収
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候補者 北杜夫 男33歳
選考委員 評価 行数 評言
井上靖
男53歳
11 「面白く読めた。」「手法も文章も極めて平凡である。題材に対する対し方もまた平凡だ。併し、面白く読ませる力も持っているし、将来物を書いて行く人としての安定したものも感じられる。」「(引用者注:私は)「パルタイ」の新しさより、「夜と霧の隅で」の平凡な、併しそうざらにあるまいと思われる力倆を上位に置いた」
石川達三
男55歳
6 「委員のほとんど全部が推薦したい気持であったから、問題はなかった。設計も建築もしっかりした建物を見るような感じで、少しの危なげもない。」「「谿間にて」に比べて、厚みと幅とを加えたようだ。」
中村光夫
男49歳
7 「一番たしかな才能を感じさせる力作でした。」「前々回の「狂詩」あたりとくらべると、別人の感がありますが、何か調子が低く、無駄が多いのが気になります。しかし現代の大きな問題を背景に、たっぷりした筆力で群像を描いて行く才能は、その欠点を補うに充分でしょう。」
瀧井孝作
男66歳
15 「段ちがいに佳かった。」「「谿間にて」よりもこんどの方がまた進歩していると思った。それは規模が大きくて、又よくこなれて佳い味があるのだ。この佳い味というものは一つの天分で、天分があってもすぐ出るものでもなく、なかなか得難いものだが、この作者は勉強をつづけてこの味が出てきたようだ。」
丹羽文雄
男55歳
5 「ひと際秀れたものだった。これだけの内容のある重量感を出すことは、今日の作家の中でもむつかしいのではないか。」「安心してよめる、大人びた才能は高く評価されてよい。豊かな才能の持主だ。」
井伏鱒二
男62歳
5 「力作のようでもあるし、この前の「谿間にて」にくらべると幅と重厚味があるようだし、大きく伸びつつある作家ではないだろうかと思った。堂々たる作品だと思った。私はこの作品を推すことにして会に出た」
佐藤春夫
男68歳
16 「(引用者注:最初の候補の時以来)心配したようなひとり合点なものにもならないで、一作毎に順当に進境を見せて、一脈のユーモアがよく一般性をつなぎ、コクのある文体とともに、超自然主義的な一家の機杼(独自の作風)を示しているのを尊重した。今度の「夜と霧の隅で」はそれらの特長が最もよく現われた佳作と思われる。」「嶄然一頭地を抜いていたように思われたから、他の作は問題にせず、この一作だけを推した。」
永井龍男
男56歳
13 「最後まで選に残った二作、「夜と霧の隅で」と「パルタイ」双方に授賞してはと私は提案した」「私の疑問は、その長さだった。芥川賞の規定である「短篇」に該当するかどうかと云うことだったが、これは出席委員が全員で認めた。」「特異な題材を扱う作者の自信と、周到な用意が相俟って、厚みのある作品である。」「前回「谿間にて」が候補作に取り上げられたことも、この作者の力倆を知るよすがとなったようだ。」
舟橋聖一
男55歳
8 「すぐれた卒論を読むようなソツのなさを感じたが、同時に退屈もした。慶応の付属病院という安定した職場に坐って、二つのハンドルを持つことが、今日のようなはげしい分業時代にあって、氏自身が、どこまで自分に寛容となれるかは疑問である。」
宇野浩二
男68歳
14 「(引用者注:候補作のうちでは)先ず一篇(北杜夫の『夜と霧の隅で』)だけが推薦できそうに思った」「一ばん普通の文章と表現で述べた北の小説が妙に凄いところがあり読む者の心をうつような佳作であったが、(私がこの作品を殊更にほめるのは、前の(第四十一回の)時に、私が、欠点があるので、『山塔』より、『谿間』を推薦したからである。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和35年/1960年9月号)
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