芥川賞のすべて・のようなもの
選評の概要
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46.
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Last Update[H28]2016/6/13

佐藤春夫
Sato Haruo
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生没年月日【注】 明治25年/1892年4月9日~昭和39年/1964年5月6日
在任期間 第1回~第46回(通算27年・46回)
在任年齢 43歳2ヶ月~69歳8ヶ月
経歴 和歌山県生まれ。慶應義塾大学予科文学部中退。
中学時代から「明星」「趣味」などに歌を投稿。
大学中退後は油絵で二科会展で入選したこともある。
大正6年/1917年「西班牙犬の家」「病める薔薇」で作家として出発。
小説、詩、評論、随筆と幅広く活躍。小説の代表作に「田園の憂鬱」「都会の憂鬱」などがある。
また昭和5年/1930年には谷崎潤一郎の妻だった千代と結婚し、谷崎、佐藤、千代の3人連名の声明が話題となった。
師に生田長江がいる。
受賞歴・候補歴
  • 第5回菊池寛賞(昭和17年/1942年)「芬夷行」
  • |候補| 第2回読売文学賞[文学研究賞](昭和25年/1950年)『近代日本文学の展望』《研究》
  • 第4回読売文学賞[詩歌俳句賞](昭和27年/1952年)『佐藤春夫全詩集』《詩集》
  • |候補| 第4回読売文学賞[小説賞](昭和27年/1952年)『近代神仙譚』
  • 第6回読売文学賞[小説賞](昭和29年/1954年)『晶子曼陀羅』
  • 文化功労者(昭和35年/1960年)
  • 文化勲章(昭和35年/1960年)
  • 新宮市名誉市民(昭和36年/1961年)
個人全集 『自選佐藤春夫全集』全10巻(昭和31年/1956年~昭和33年/1958年・河出書房刊)
『佐藤春夫全集』全12巻(昭和41年/1966年~昭和45年/1970年・講談社刊)
『定本佐藤春夫全集』全36巻・別巻2(平成10年/1998年~平成13年/2001年・臨川書店刊)
備考
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下記の選評の概要には、評価として◎か○をつけたもの(見方・注意点を参照)、または受賞作に対するもののみ抜粋しました。さらにくわしい情報は、各回の「この回の全概要」をクリックしてご覧ください。

芥川賞 1 昭和10年/1935年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数15 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男43歳
候補 評価 行数 評言
男30歳
4 「素材の面白さの上に作者の構成的な手腕のうまさも認めなければなるまい。諸家がこれを推すのを見て一票を入れる気になった所以である。」
  「(引用者注:候補の)五作家みな相当なレベルで粒が揃っているから一篇を選出するのは無理な感じも多かった。」
選評出典:『芥川賞全集 第一巻』昭和57年/1982年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和10年/1935年9月号)
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芥川賞 2 昭和10年/1935年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数57 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男43歳
候補 評価 行数 評言
伊藤佐喜雄
男25歳
21 「花の宴は作者が広汎なる世界を描破せんとする野心的作品としてその意図の壮を喜び候へ共作者年少の故にや、或は作品未完了の為にや少々未完成の感あるを惜しむ。」「面影は完成せる好短篇なるべく、聊少女小説めくとか繊弱にして稍浮華などの非難も聞かれ候もかの病床の主人公にはふさはしき手法と小生は弁護致し度存じ候、」「この一作者に授賞候はん事必ずしも不適当ならざるべく思ひ切つてこの作者に決定せまほしく小生は感じ申し候。」
選評出典:『芥川賞全集 第一巻』昭和57年/1982年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和11年/1936年4月号)
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芥川賞 3 昭和11年/1936年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数12 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男44歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
4 「古朴な筆致の取材の悲痛なのと相俟って異彩のある文学をなしているのを喜ばしく思う。結末の期待に反して事もなく敗北するあたりなども味が長い。」
男36歳
4 「少々清新な味に欠けるもので、この点授賞を躊躇した向もあったけれど十年この道に努力した跡はさすがに顕著で老成した味の尊重すべきものを思う。」
  「選外の諸家のものも今度のは皆授賞篇と相去る一歩という佳作ぞろいであると思う。」
選評出典:『芥川賞全集 第一巻』昭和57年/1982年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和11年/1936年9月号)
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芥川賞 4 昭和11年/1936年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数38 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男44歳
候補 評価 行数 評言
男37歳
33 「自分は第一流の作品と認めた。」「「普賢」の逞しくて高い文学精神、「地中海」の本格的でしかも清新な趣のある作風、どちらが当選しても不足はないが、同時にどちらかを捨てるだけの気持にもなれない。」「通俗性は「普賢」では説話の底にかくされているが、やはり潜在していて値のあるものである。」「二篇を同じく当選と決定になった時には自分は何やら安堵の吐息が出るような気持で臨機に最も適当な処置をとってくれた菊池氏に感謝した。」
男34歳
33 「自分は第一流の作品と認めた。」「「普賢」の逞しくて高い文学精神、「地中海」の本格的でしかも清新な趣のある作風、どちらが当選しても不足はないが、同時にどちらかを捨てるだけの気持にもなれない。」「通俗性も問題になったが、それは小説の本質としてなければならない程度の当然のもので、卑しい通俗性でないと思う。」「二篇を同じく当選と決定になった時には自分は何やら安堵の吐息が出るような気持で臨機に最も適当な処置をとってくれた菊池氏に感謝した。」
伊藤永之介
男33歳
13 「自分は第一流の作品と認めた。」「素朴で色気と滑稽味とが悲しいユーモアを成して、人間愛の精神に溢れた一篇が注目されなかったのは尠からず心残りではある」
選評出典:『芥川賞全集 第一巻』昭和57年/1982年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和12年/1937年3月号)
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芥川賞 5 昭和12年/1937年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数40 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男45歳
候補 評価 行数 評言
男37歳
20 「無名の少壮文学者の貧乏生活を取材とした身辺小説であるが、男女の主人公の性格に凡庸でないものがあって為めに貧乏生活もジメジメした自然派小説から区別されるべき逸脱の趣があった。」「筆力だけでなく人間としてもたたきあげたところが見えているのを好もしく思って、この作者に別個の世界を描かせるためにも世の中へひっぱり出す必要があると考えたからである。」
  「第五回芥川賞ははじめ少々難儀な感じがあった。推賞カードの表を一見すると目を通している作品も多かったが賞に相当すると認むべきものに乏しかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第一巻』昭和57年/1982年2月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和12年/1937年9月号)
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芥川賞 6 昭和12年/1937年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数16 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男45歳
候補 評価 行数 評言
男31歳
16 「いかにも骨組の逞しい力のある作である。」「しかし、久米氏が推賞しながらも「お座敷へ出せる品物だろうか(原文傍点)」と一応躊躇するのも至極同感な節がある。気の弱い人間にはまともに凝視出来ない文字がところどころある。」「当選は「どうかと思う」のであったが、大勢が決して地方の同人文芸雑誌から文字通りの新人を抜擢することの有意義を考えると、美に対する既成観念などは吹っ飛ばされて、先刻の躊躇を引っこまして異議なしとする。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和13年/1938年3月号)
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芥川賞 7 昭和13年/1938年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数42 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男46歳
候補 評価 行数 評言
田畑修一郎
男34歳
21 「この三篇(引用者注:「厚物咲」「鴉」「鳥羽家の子供」)から一篇を抜く英断には苦労が入る。」「妙に神経質で人好きがしない、そのくせ一々急所を押えた心理的な筆致が相当くっきりと鳥羽家をまる彫しているのを認めなければなるまい。」「当選作はこの篇に限る。」「ここいらでもう一ふんばりして立ち直って欲しいものである。口はばったいが乃公がついている。三宅島などをほっつき歩く間にもう一作なからざるべからず。」
男37歳
15 「この三篇(引用者注:「厚物咲」「鴉」「鳥羽家の子供」)から一篇を抜く英断には苦労が入る。」「「厚物咲」の味は少々通俗の難がありはしないか。」「その通俗性は難でもあるが考え方によっては人間臭として一つの長所にもなる。肝腎の厚物咲なども果して描けているかどうか怪しいが、これを支持する人が出ても大して無理がないだけの作品には相違ない。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和13年/1938年9月号)
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芥川賞 8 昭和13年/1938年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数28 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男46歳
候補 評価 行数 評言
女29歳
24 「二作のうちでは「日光室」より後でよんだ「乗合馬車」の方が幾分はいいであろう。しかしそれにしても四十篇の推薦が二十篇になり、更に三四篇の予選に入るほど傑出したものかどうか不敏にして、実は自分は多少の疑念を持っている。」「素質のいい素人の水彩画が何かのように明るい新鮮な趣の好もしさはある。けれどもあまり弱くたどたどしくさえある。」「一家を成すのはまだ少々歳月を要するのではなかろうか。相当年期を入れているとすると稍心細い気もしてくる。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和14年/1939年3月号)
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芥川賞 9 昭和14年/1939年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数31 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男47歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
7 「稚拙ではあるが未熟ではない。水におぼれる子供のあたりなど悪くないではないか。何よりもその真率な作風に好意を寄せて授賞に賛成した。」「(引用者注:半田義之と)どちらか一つと言われると困るような気がした。支持者がはっきりと二人とも同数になったのも偶然ではあるまい。」
男28歳
11 「一くせのある作風を好しと思い、腕のたしかさは信頼したが何やら人として信頼出来ないあくどさが作品のなかにのぞき出ているような気がした。」「(引用者注:長谷健と)どちらか一つと言われると困るような気がした。支持者がはっきりと二人とも同数になったのも偶然ではあるまい。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和14年/1939年9月号)
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芥川賞 10 昭和14年/1939年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数54 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男47歳
候補 評価 行数 評言
男32歳
22 「二篇(引用者注:「密猟者」と「光の中に」)をこの順序で推すつもりで委員会に出席した。」「異常な人物事件場面を描き出して殆んど欠点というべきものがない。特に「豹」という人物は立体的に写されていると思う。」「例えば最初の船に乗り込むまでのあたりなどメリメを思い出しながら読んで芥川が見たら喜ぶに決っている作品だと思った。」
金史良
男25歳
14 「二篇(引用者注:「密猟者」と「光の中に」)をこの順序で推すつもりで委員会に出席した。」「私小説のうちに民族の悲痛な運命を存分に織り込んで私小説を一種の社会小説にまでした手柄と稚拙ながらもいい味のある筆致をもなかなかに捨て難いのを感じた。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和15年/1940年3月号)
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芥川賞 11 昭和15年/1940年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数66 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男48歳
候補 評価 行数 評言
並木宋之介
男43歳
21 「はじめ相当に支持者があったという事であったが、これは白行簡の李〈女+圭〉伝の飜訳で、しかも訳文は原文に及ばぬものであるという説が行われて大きく評価を減じたというのであった。」「並木氏がこの話柄に賦与した作の精神は独自のものであり非常に間接に側面的にではあるが一種の文明批評やインテリの自己批判など現代の文学として作者の息づかいを感じさせるものが多いのだから、これを飜訳として捨て去ることは当らないという説を執って自分はこれを選外佳作にしてもらった。」
選評出典:『芥川賞全集 第二巻』昭和57年/1982年3月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和15年/1940年9月号)
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芥川賞 12 昭和15年/1940年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数60 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男48歳
候補 評価 行数 評言
男44歳
47 「感服した。」「まずその取材と、この特異な人物を独自な方法でよく消化した構想の妙に敬服した。それは作者自身がその面白さにいい気になってしまって若し一歩を誤ったとしたら、直木賞作品になってしまいそうな心配もないではないと思われる程のところを文学精神の高さによって救っていたのも好ましい(所謂大衆小説を必ずしも軽侮したつもりではない。念のため一言)」「平賀源内は所謂歴史小説でもなくまた描写至上の自然主義小説でもない。自分はこれを象徴的手法を持った一種の新らしい観念小説と見る者である。」
  「今度の候補作品は近来の粒ぞろいでその上それがみなとりどりの姿を持っていたのも甚だ喜ばしかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和16年/1941年3月号)
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芥川賞 13 昭和16年/1941年上半期   一覧へ
選評の概要 (座談会形式) 総行数71 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男49歳
候補 評価 行数 評言
相野田敏之
男24歳
23 「(引用者注:「長江デルタ」と)出来は同じくらいだと思う。」「古い。概念的に古いのだけれども、実際的にはそう古い感じではないと思う。」「気品という点からは、(引用者中略)欠点があっても推すナ。」「文学としては(引用者注:「長江デルタ」より)「山彦」のほうがいいという僕の考えは変らないのだ。」「ただ気違いを書いているというだけでなく、僕は人生を書いたものとして相当深みがあると思う。」
埴原一亟
男33歳
2 「うまいという点では「下職人」が一番だと思う。」
男28歳
30 「(引用者注:「山彦」と)出来は同じくらいだと思う。」「テーマはいいけれども、神経がよく行き届いていない作品だと思う。」「ちょっと神経があらい。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和16年/1941年9月号)
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芥川賞 14 昭和16年/1941年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数18 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男49歳
候補 評価 行数 評言
女27歳
18 「さばさばとこだわりのないそれでいて描写力もコクも可なりそなわった筆致は品位も悪くなく好もしい作風で作者の才能とともに人柄の好さを思わせて好意のもてる作品である。」「折角風格ともいうべきものが具わりながらそれが稍通俗という難もありそうだし、それよりも問題は現代の世相に即したこの素材の取扱いの困難の上にあろう。」「しかし作者の人柄がこの点をも救っているかと思う。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和17年/1942年3月号)
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芥川賞 16 昭和17年/1942年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数15 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男50歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
11 「二篇(引用者注:「愛情」と「炎と倶に」)とは断然貫禄が違うと思う。」「主人公川島彪助の悲しく愉快に勇ましくおかしな風貌や戦場の活動など活写されていて相当に感心させられた。」「蘆溝橋附近の風物もよく写され、現地報告的記述と小説との結合も効果がよい。新鮮なあわれ(原文傍点)がある。これに限ると大いに力瘤を入れて決めた。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和18年/1943年3月号)
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芥川賞 17 昭和18年/1943年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数17 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男51歳
候補 評価 行数 評言
男38歳
12 「三篇(引用者注:「翁」「吉野の春」「纏足の頃」)を最後まで残し、さてこのうちどの一篇を? と選び迷うて気むずかしくなって困った。」「まずまず一通にはまとまってはいるが筆がいかにも辿々しく作家と見るには心細い。」「文字の底にひそむ作家の熱意と人としての心情(ルビ:ゲミュート)の深さから出たかと近ごろ見なれない味に心をひかれて、この一番腕のあぶなっかしい作者に授賞する気になった。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和18年/1943年9月号)
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芥川賞 19 昭和19年/1944年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数17 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男52歳
候補 評価 行数 評言
男32歳
13 「(引用者注:「登攀」と共に)正しく今日書かれなければならぬ作品を作者がこれ程熱を持って書いたのがまず珍重である。」「(引用者注:受賞した)二篇の巧拙優劣は各人各説決定し難い。」「あの素材を捉えてそれを生かすために太い線でぐんぐんと小細工なくひた押しに叙述する工夫で、稍通俗に月並になりやすい話柄を品格賤しくなく仕立て上げ主人公の性格を生かしたのは手柄であろう。」
男34歳
14 「(引用者注:「劉廣福」と共に)正しく今日書かれなければならぬ作品を作者がこれ程熱を持って書いたのがまず珍重である。」「(引用者注:受賞した)二篇の巧拙優劣は各人各説決定し難い。」「むつかくしくもあろうが部分的にはむら(原文傍点)の多い出来栄である。」「いい素質の好もしい作者とは思うが作の遠近法などめちゃめちゃで未だしいところが多すぎる。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和19年/1944年9月号)
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芥川賞 20 昭和19年/1944年下半期   一覧へ
選評の概要 総行数17 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男52歳
候補 評価 行数 評言
男26歳
17 「素直に美しい作品ではありませんか。格別な言挙のないのも好もしいと思います。」「若々しいが浮薄ではなく品の悪くないのも有難いのです。なる程女主人公はじめ何者も十分に描けていないなどの非難はありましょう。しかし本来が描く人ではなく歌う人らしく亦歌うべき取材らしいから、これはただ欠点とのみ見ないで一つの特色と言えないでしょうか。」「要は手法や作者の気質のなかに日本文学の伝統を見るのを喜ぶのです。」「僕は「雁立」のみずみずしさを採りたいと思います。」
選評出典:『芥川賞全集 第三巻』昭和57年/1982年4月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和20年/1945年3月号)
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芥川賞 21 昭和24年/1949年上半期   一覧へ
選評の概要 敢て支持を撤回す 総行数31 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男57歳
候補 評価 行数 評言
女48歳
4 「落ちつきのある品格を床しいと見た。」
男24歳
5 「「四天王」というのは大分人気がある様子であったが自分はその田舎くさい腕達者の品の悪さに辟易した。」「「確証」を「本の話」に抱き合せようという説に不承不承ながら賛成して置いた。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和24年/1949年9月号)
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芥川賞 22 昭和24年/1949年下半期   一覧へ
選評の概要 「闘牛」を採る 総行数46 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男57歳
候補 評価 行数 評言
男42歳
40 「他の候補作品を残らず読んで見た上でもその力倆から見て井上に優る人がいるとも思わなかった。」「自分は席上での「猟銃」を採るか「闘牛」をかの意見が出た時、一議なく闘牛説であった。年若な読者でない限り「猟銃」は誰しもあまり好まない作品だと思ったものである。」「闘牛を新聞社内部を描いたものとして見るか、恋愛小説としてみるかという意見も両立する。自分は恋愛小説と見る側である。」「井上は腕達者で作風も常識的ではあるが、飽くまで正直に腕にまかせて人を煙にまいてやろうというようなすれっからしの下劣なものの無いのがよい。作者の人柄であろう。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和25年/1950年4月号)
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芥川賞 23 昭和25年/1950年上半期   一覧へ
選評の概要 手紙を兼ねた選評 総行数31 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男58歳
候補 評価 行数 評言
田宮虎彦
男39歳
10 「最初はひとりを選べとの仰せ故田宮虎彦氏を挙げ」「仰せの如く田宮氏は既に流行作家の観あり、芥川賞作家の域を出ている上、当選作品で特にどれという一篇を決めにくい点、編輯部の意見が田宮氏を喜ばなかったのではありますまいか。それも認めます。しかし実のところは、あまり編輯部が強硬に主張されるのは、(もしそういう事実がありとすれば)御遠慮願いたいのですが。」
男35歳
23 「人生に対処する、この作者の態度、あの素材に向っての作者の目の角度にある特色とあの独特なスタイルに出来上っている表現力は珍重すべく当選に値するものでしょう。」「云わば実直な戯作(原文傍点)とでもいう観で、自然主義風の純客観や描写万能から一歩突きぬけた境地(これを邪道とする人もあるかも知れないが、自分は一詩情と思う)この点、多分坂口君あたりの共鳴が多かったろうか。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和25年/1950年10月号)
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芥川賞 24 昭和25年/1950年下半期   一覧へ
選評の概要 寂しけれど無賞のほかなし 総行数33 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男58歳
候補 評価 行数 評言
  「是非なくば今度は当選作品なしと肚を決めて会場に向う。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和26年/1951年4月号)
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芥川賞 25 昭和26年/1951年上半期   一覧へ
選評の概要 衆議に服して雷同 総行数42 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男59歳
候補 評価 行数 評言
柴田錬三郎
男34歳
13 「終始一貫して柴田錬三郎の「デスマスク」を自分は念頭に置いていた。」「自分が柴田の志を励まして執筆させ仕上げに関する助言まで与えて三田文學に発表した作品であり、またすべての候補作品を丹念に閲読して後も「デスマスク」を最も力量のある作家のよく纏めた作品だと認めたからである。」
男27歳
7 「(引用者注:「春の草」にくらべて)鴎外訳のロシヤ小説(引用者中略)の模倣ではあろうともその意図と文体の新鮮なだけでもよかろうというと、別に瀧井君なども同意見であったが安部公房は既に別の賞金(戦後文学賞)を貰った人ではあり、彼一人では後塵を拝する観があって面白くないと云う説もあって、石川・安部と二人を組み合した授賞になった。」
男37歳
8 「「春の草」は自然主義文学の亜流で少し手のこんだ世間話を腕達者に書いているという程度にしか自分には受入れられなかった。「春の草」にくらべると前回の「夜の貌」の方が取柄があると自分には思えた。」「或る程度には書ける人には相違あるまい。しかし敢て云う、この作者の何処に芥川賞に相当するものがあるのか。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和26年/1951年10月号)
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芥川賞 26 昭和26年/1951年下半期   一覧へ
選評の概要 堀田善衛を推す言葉 総行数43 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男59歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
39 「「広場の孤独」を読んで、今まで十年あまりの委員をつづけて来た自分の知っている芥川賞の水準から推しても他にこれだけの力量を持った人がもうひとり居るだろうとは思わなかった。」「この作者の時代感覚それを知性で捕捉しようと努力している点など表現力の不足を補うて余りあり、十分に賞に値するものと思う。」「堀田は既に文壇の表面に出ているのだから新作家を発見するという芥川賞最初の意図から云えば少し出しおくれの気味が無いでもないが、野に遺賢無き今日の状情ではこれ位進出している新進に声援を送るのも無意義ではあるまい。」
  「今度は甚だ申わけのない事ながら、さまざまな都合で候補作品を全部読む事も出来なかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和27年/1952年3月号)
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芥川賞 27 昭和27年/1952年上半期   一覧へ
選評の概要 もう一息の作品二つ 総行数30 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男60歳
候補 評価 行数 評言
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和27年/1952年9月号)
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芥川賞 28 昭和27年/1952年下半期   一覧へ
選評の概要 文壇的小説への輸血 総行数31 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男60歳
候補 評価 行数 評言
男31歳
20 「授賞作は五味康祐の「喪神」か松本清張の「或る『小倉日記』伝」以外にはないと確信した。」「その練達な筆致が群を抜いて恰も幻雲斎の剣を思わせるものがある。」「これは要するに歴史小説ではなく単に史的幻想を傀儡劇のような手法で表現した特色の豊かな作品で、描写は主としてはいないが比村を斃した後の幻雲斎の風貌など甚だ鮮かに珍重である。」
男43歳
13 「授賞作は五味康祐の「喪神」か松本清張の「或る『小倉日記』伝」以外にはないと確信した。」「特異な取材をあざやかな組み立て方でじっくりと処理して落ち着いたソツのない文章もよい。」「描写式でなくこの叙述の間に情景のあざやかなこの作の真価を知ることも少しは手間がとれるものがあろう母子の愛情もあまり縷説しないところがいい。こ奴なかなか心得ているわいという感じがした。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和28年/1953年3月号)
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芥川賞 29 昭和28年/1953年上半期   一覧へ
選評の概要 安岡なら「悪い仲間」に限る 総行数30 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男61歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
18 「すくなくとも今回のところ安岡の作品が最も賛成、」「「陰気な愉しみ」はあまりに断片的な小品ではないか、これに比べて「悪い仲間」の方にはたくましく大きな、というよりは太々しく投げ出したような面白さのうちに一種立体派的のスタイルもあり、短篇ながらよく圧搾されて膨脹率の多いもので「陰気な愉しみ」とは到底同日の談ではない。」「「もし陰気な愉しみ」だけなら余人は知らず僕はむしろ庄野を推したろう。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和28年/1953年9月号)
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芥川賞 30 昭和28年/1953年下半期   一覧へ
選評の概要 自分は「流木」を好む 総行数44 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男61歳
候補 評価 行数 評言
庄野潤三
男32歳
36 「好みから云って自分は、庄野潤三のエッチングのような手法で描き出された明朗闊達な「流木」を好しとした。あまりに単純にすぎるかのようであるが、そこが作者のねらいなのであろう。」「特にあのなかの若いヘロインがいかにも現代の女性らしいのを好しと思う。尤もその反対に男の性格が少々ぼんやりしているのをこの作の欠点と思う。」
  「三氏(引用者注:庄野潤三、小島信夫、広池秋子)の三篇のなかから優劣を決して唯一篇を採るのは難儀であった。(引用者中略)どの一篇を採ってみても従来の芥川賞作品の水準には達しているものと自分は思う。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和29年/1954年3月号)
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芥川賞 31 昭和29年/1954年上半期   一覧へ
選評の概要 曾野・小沼・吉行・庄野 総行数31 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男62歳
候補 評価 行数 評言
男30歳
11 「候補作家の古顔でもあり、今回の作は同君の作としても傑作、また今回の最優秀作というのではなくとも、一作毎に商量の跡もあり作に気品も加えたから「驟雨」その他の作者として当選したのは決して不当ではあるまい。幸い一しお奮励して乃父の遺業を遂げよという席上一同の期待にそむかざらん事を。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和29年/1954年9月号)
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芥川賞 32 昭和29年/1954年下半期   一覧へ
選評の概要 やっと落ち着いた決定 総行数24 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男62歳
候補 評価 行数 評言
男39歳
6 「世評に追随するようなという不満を伴いながら「アメリカン・スクール」はやはり閑却出来ない作品という衆評」
男33歳
9 「やや弱いという難は免れなかったが、平凡な現実に対してその隙間を充填するに清新な空想を以てし、一家の作風を確立して候補中でも最も好く出来た作品という瀧井氏等の意見があった。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和30年/1955年3月号)
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芥川賞 33 昭和30年/1955年上半期   一覧へ
選評の概要 今までに見ない作風 総行数29 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男63歳
候補 評価 行数 評言
男32歳
22 「最後まで残った。」「遠藤の力作は頼もしい。」「遠藤とは僅に一面識だが、他の候補者がすべて見ず知らずのなかで遠藤との面識がかえって遠藤の支持を妨げるような気分であったが、候補作をもう一度全部思い返してやはり遠藤を採るのが至当と思えた。」「新作家の未熟も目につかぬではないが、それを償うて余りある熱意を見てこのズブの新人の力一杯幾分手にあまった作品を今回の芥川賞に最も適当なものとして買う。――多少、危険株と思わないでもないが。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和30年/1955年9月号)
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芥川賞 34 昭和30年/1955年下半期   一覧へ
選評の概要 飽くまで「痩我慢の説」を推す 総行数37 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男63歳
候補 評価 行数 評言
藤枝静男
男48歳
17 「二篇(引用者注:「痩我慢の説」と「太陽の季節」)の優劣を断じる結論に到って、僕は他の諸君、主として石川、舟橋の両君と対立して「痩我慢の説」を採ろうと云いつづけた。」「単純な風俗小説の域を超えた一個の文明批評を志しているところをおとなの文学(原文傍点)と思った。」「その立体的な描法、重厚な興味は当選作とは雲泥の相違があることは文学を理解するおとな(原文傍点)が虚心に見るなら誰にもわかると思う。僕は今も尚、この落選作を推す。」
男23歳
25 「反倫理的なのは必ずも排撃はしないが、こういう風俗小説一般を文芸として最も低級なものと見ている上、この作者の鋭敏げな時代感覚もジャナリストや興行者の域を出ず、決して文学者のものではないと思ったし、またこの作品から作者の美的節度の欠如を見て最も嫌悪を禁じ得なかった。」「僕はまたしても小谷剛を世に送るのかとその経過を傍観しながらも、これに感心したとあっては恥しいから僕は選者でもこの当選には連帯責任は負わないよと念を押し宣言して置いた。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和31年/1956年3月号)
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芥川賞 35 昭和31年/1956年上半期   一覧へ
選評の概要 「海人舟」あるのみ 総行数47 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男64歳
候補 評価 行数 評言
男36歳
29 「わたくしの心をひいた」「こういう古顔になると銓衡の側でも気分がだれて熱の入らないものだが今度に限って珍らしくそれがなかった。わたくしは近藤が以前の長所を能く保ち短所が補われた努力のあとを歴然と見た。今度のは書き出しの章魚の描写からすぐれている。」「この作の明朗で健康な作風とこの作者の努力とを認めてこれに限ると決めて愉快に場に臨んだ。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和31年/1956年9月号)
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芥川賞 37 昭和32年/1957年上半期   一覧へ
選評の概要 重量感のある好短篇 総行数32 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男65歳
候補 評価 行数 評言
男32歳
25 「僕は菊村到一辺倒で、問題は「不法所持」か「硫黄島」かにのみあった。」「ドライな文体で針金細工のように構成された二作は甚だ斬新である。」「「不法所持」には映画物語風な通俗性があって、新しい大衆小説を見るような面白さがある。」「僕は二作のうちでは「硫黄島」を採る。」「正に自然主義描写の残滓を洗い落して新生面を拓いた、簡潔に重量感のあるこの好短篇(引用者注:「硫黄島」)を、僕は芥川賞近年のヒットだと思っている。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和32年/1957年9月号)
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芥川賞 38 昭和32年/1957年下半期   一覧へ
選評の概要 「裸の王様」一本槍 総行数31 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男65歳
候補 評価 行数 評言
男27歳
18 「二篇(引用者注:「裸の王様」と「死者の奢り」)中の何れかという段になると、僕は終始一貫して「裸の王様」一本槍で二篇を同列に置くことをさえ承認しにくい。」「作者の読者に訴える主題も明確に必然的に追究されて、そこに一個の健全な芸術論を展開したのもよく、」「この生硬も一種の表現と見て看過する。」「まっとうに主題と取組む熱誠な作風はチョコ才な作品の横行する現代では最も珍重すべきであろう。」
  「全候補作品中から衆議に従って「死者の奢り」と「裸の王様」とを最後の銓衡まで残ることには僕も異議はない。他にはこの二篇の水準に達した作品は見出せない。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和33年/1958年3月号)
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芥川賞 39 昭和33年/1958年上半期   一覧へ
選評の概要 余は反対せぬ 総行数48 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男66歳
候補 評価 行数 評言
男23歳
29 「大江健三郎が今更、芥川賞候補予選に入っているのは新人の短篇に授与するタテマエから見て妥当であるか否かを先ず検討してもらった。実のところ僕自身は妥当ならずとしてその作品は読んで来ていなかった。」「席上にいた振興会の佐佐木理事長が賞の制定の当時と今日とはジャナリズムの情勢に急激な変化もあり半年間ぐらいで新人が中堅作家として時めくような異例の現象も起るが名声は安定したものではなく、この程度はまだ新人と認めようという意見であった。芥川賞は今日以後新人の登竜門ではなく、新進の地位を安定させる底荷のような賞と合点した。」
  「今回の授賞に対して僕は反対したおぼえはない。反対したように伝えるのは誤報であり、反対したと思った人がいるなら誤解である。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和33年/1958年9月号)
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芥川賞 40 昭和33年/1958年下半期   一覧へ
選評の概要 二篇とも朝鮮もの 総行数32 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男66歳
候補 評価 行数 評言
金達寿
男39歳
12 「文章も調子は高くないにしても一とおり以上にこなれている。全部のなかで最もよく書かれているのがこの篇であろう。韓国とその住民とがあざやかに浮彫されているのは十分に買わなければなるまい。」「惜しくも新人の短篇という芥川賞の資格から外れるとか。」
  「すべて読み了って、実のところ今度ほど困った事はなかった。何のどこが面白いのか更にわからない。果は自分の頭を疑ってみる始末。」「結局今回は無しということになるのが当然らしい。十篇も駄作を読んで我々は終にくたびれ儲けということになる。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和34年/1959年3月号)
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芥川賞 41 昭和34年/1959年上半期   一覧へ
選評の概要 この独自の作風を 総行数31 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男67歳
候補 評価 行数 評言
男49歳
20 「(引用者注:「谿間にて」「山塔」「ある異邦人の死」のうちから)第一位のものを決定するに困難を感じて、それは衆議によって決してもらうつもりで審査の席に出た。」「とっつきは悪いが、じっくり読むと底光りするものがある。少しく老人性センチメンタリズムのあるのが気になるが。その難を補って余りある独自の世界の創造がある。」
北杜夫
男32歳
18 「(引用者注:「谿間にて」「山塔」「ある異邦人の死」のうちから)第一位のものを決定するに困難を感じて、それは衆議によって決してもらうつもりで審査の席に出た。」「北杜夫君は見るから最も年少らしく文学歴も最も浅いらしいから授賞はもう少し待ってもよいと思う。その文学精神は最も純粋で高いのが好もしいし着眼点もよいが作法的に未熟な点もある。とは云え前の作品より一作一作とよくなって来ているのは頼もしい。」
佃実夫
男33歳
17 「(引用者注:「谿間にて」「山塔」「ある異邦人の死」のうちから)第一位のものを決定するに困難を感じて、それは衆議によって決してもらうつもりで審査の席に出た。」「モラエス伝を巧妙に小説化して成功していると思うが、この特異の取材と特異な作風とは看る人によって評価はまちまちになるであろう。やや直木賞的におもしろく書きすぎているような難がないでもないが、作者の力量は十分現われている。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和34年/1959年9月号)
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芥川賞 42 昭和34年/1959年下半期   一覧へ
選評の概要 選後感 総行数29 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男67歳
候補 評価 行数 評言
  「資料として送られるだけの見どころは何かあっても、近ごろのは一読しただけでは意味も通じにくい文章ばかり。八篇読むのに半徹夜二晩がかりの努力であった。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和35年/1960年3月号)
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芥川賞 43 昭和35年/1960年上半期   一覧へ
選評の概要 幻想的な実感 総行数23 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男68歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
16 「(引用者注:最初の候補の時以来)心配したようなひとり合点なものにもならないで、一作毎に順当に進境を見せて、一脈のユーモアがよく一般性をつなぎ、コクのある文体とともに、超自然主義的な一家の機杼(独自の作風)を示しているのを尊重した。今度の「夜と霧の隅で」はそれらの特長が最もよく現われた佳作と思われる。」「嶄然一頭地を抜いていたように思われたから、他の作は問題にせず、この一作だけを推した。」
  「(引用者注:「夜と霧の隅で」の)他の作品も、みなそれぞれの見どころが無いでもなかったが、いずれも甲乙なく、みな二番煎じの作風で、作者の力量は、北杜夫にくらべものにならないような気がした。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和35年/1960年9月号)
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芥川賞 44 昭和35年/1960年下半期   一覧へ
選評の概要 「忍ぶ川」と「蕃婦ロポウの話」 総行数31 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男68歳
候補 評価 行数 評言
坂口䙥子
女46歳
16 「当選圏内に入れる作品」「たどたどしい表現でちと読みづらいがなかなか適切に表現力のあるもので、ひょっとするとこのたどたどしさも意識しての技巧ではないかと思わせるほどで、これは大した達者な文章だと感心した。「忍ぶ川」にくらべてこの方が新しい。」「第一級の作品と見て、(引用者中略)僕は第一を「蕃婦ロポウ」第二を「忍ぶ川」と考えて出席した。」
男29歳
18 「当選圏内に入れる作品」「起承転結のよく調ったなかなか作法を心得た出来栄えで、結末のさびしいハッピーエンドもよく利いているとは思ったがその題に表われているようなふるさ(原文傍点)が少々気にならないでもなかった。」「誰でも好意が持たれそうなところにふるさと甘さがあるようでもある。それにしても九篇のうち第一等ではないにしても第一級の作品であることに疑いない。」「当選に不満はなかった。」
  「(引用者注:「夏の終り」以外は)みなそれぞれに取得もありおもしろく読んで候補作品に値すると思った」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和36年/1961年3月号)
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芥川賞 45 昭和36年/1961年上半期   一覧へ
選評の概要 当選作なしの理由 総行数36 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男69歳
候補 評価 行数 評言
小牧永典
男(36歳)
10 「誰をもすぐ納得させるには少し足らぬ何物かがあるが、この態度とこの文体とにこれこそ文学と思われるものを僕は感じた。」「この詩を解せぬ人は多く、到底賛成票はあるまいと思い、また授賞しても花形作家にはなれない作者と思いながらも、これを支持して他は顧ず、」
  「今度の予選作七篇はみな粒ぞろいで、ともかくも候補作としての資格を持っていた。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和36年/1961年9月号)
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芥川賞 46 昭和36年/1961年下半期   一覧へ
選評の概要 「鯨神」は採らず 総行数31 (1行=26字)
選考委員 佐藤春夫 男69歳
候補 評価 行数 評言
吉村昭
男34歳
14 「僕は会場に臨む前から「透明標本」と決めていた。神経の行きとどいた明快な文体とこの特異な取材との必然性を見て、これをホンモノと思い、少々都合のよすぎる筋立てもあるとは思いながらも層々として盛り上り進捗するのもよく、独自の世界を創作し得て一頭地を抜く作とする。」「風変りな取材のため正当な理解を得られなかったのは、作者のためには気の毒、賞のためには残念だが是非もない。」
男27歳
18 「瀧井氏のいうとおり「光りの飢え」にくらべてずっと難のない作品に相違なかった。」「この作者を才能の人とも思う。」「惜しむらくは郷土伝説的には仕上げられず、ただ荒っぽく書かれているだけで、素朴に古拙な趣は見られない。かえって近代的な観念が末尾でとってつけたように露出するのは欠点であろう。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和37年/1962年3月号)
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