芥川賞のすべて・のようなもの
選評の概要
3940.
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5152535455.
5657585960.
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7172737475.
7677.
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Last Update[H27]2015/11/3

永井龍男
Nagai Tatsuo
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生没年月日【注】 明治37年/1904年5月20日~平成2年/1990年10月12日
在任期間 第39回~第77回(通算19.5年・39回)
在任年齢 54歳1ヶ月~73歳1ヶ月
経歴 東京生まれ。一ツ橋高小卒。
米殻取引所仲買店を経て、大正9年/1920年文芸誌「サンエス」に「活版屋の話」が当選。その後、作品が菊池寛に認められて交流を結び、
昭和2年/1927年、文藝春秋社入社。戦前には「文藝春秋」編集長、専務を務める。その間、芥川賞・直木賞の事務方として運営に従事。
戦後、創作が盛んになり「朝霧」「石版東京地図」「青梅雨」「一個その他」「コチャバンバ行き」など多くの小説を発表。
受賞歴・候補歴
  • 第2回横光利一賞(昭和24年/1949年)「朝霧」
  • |候補| 第3回読売文学賞[小説賞](昭和26年/1951年)諸作品
  • |候補| 第6回読売文学賞[小説賞](昭和29年/1954年)『遠い横顔』
  • |候補| 第1回谷崎潤一郎賞(昭和40年/1965年)『一個その他』
  • 第18回野間文芸賞(昭和40年/1965年)『一個その他』
  • 第22回日本藝術院賞[文芸](昭和40年/1965年度)小説『一個その他』などの業績
  • |候補| 第20回毎日出版文化賞(昭和41年/1966年)『青梅雨その他』
  • |候補| 第22回毎日出版文化賞(昭和43年/1968年)『石版東京図絵』
  • 第20回読売文学賞[随筆・紀行賞](昭和43年/1968年)『わが切抜帖より』
  • 第24回読売文学賞[小説賞](昭和47年/1972年)『コチャバンバ行き』
  • 第20回菊池寛賞(昭和47年/1972年)
  • 文化功労者(昭和48年/1973年)
  • 勲二等瑞宝章(昭和49年/1974年)
  • 第2回川端康成文学賞(昭和50年/1975年)「秋」
  • 文化勲章(昭和56年/1981年)
個人全集 『永井龍男全集』全12巻(講談社)
備考
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下記の選評の概要には、評価として◎か○をつけたもの(見方・注意点を参照)、または受賞作に対するもののみ抜粋しました。さらにくわしい情報は、各回の「この回の全概要」をクリックしてご覧ください。

芥川賞 39 昭和33年/1958年上半期   一覧へ
選評の概要 銓衡の純粋さ 総行数24 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男54歳
候補 評価 行数 評言
男23歳
20 「「飼育」に感心した。「鳩」も、同じ作者の個性が一層強く出ていた。」「授賞するには「飼育」より他にないと思った。」「世評を恐れて授賞をためらうのは、却って銓衡の純粋さを失う結果にならないとも限らない。」「縦横に網を張り根を張った最近のジャーナリズムでは、芥川賞の幅もおのずとこの辺までひろがってくるのではないか。」「「大江健三郎は未完成な新人だ」という意味の、一委員の発言が私にはぴたりと来た。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和33年/1958年9月号)
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芥川賞 40 昭和33年/1958年下半期   一覧へ
選評の概要 選評 総行数18 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男54歳
候補 評価 行数 評言
金達寿
男39歳
6 「練達した手法で、意図通りの効果を挙げたたくましい作品である。」「「無名、新人を賞の対象とする」芥川賞としては残念なことだと思う。」
  「(引用者注:「朴達の裁判」の)他の作品は、いずれも一長一短で、積極的に支持したいと思うものはなかった」「今回の予選作品十篇を読了した時は、実に疲れた。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和34年/1959年3月号)
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芥川賞 41 昭和34年/1959年上半期   一覧へ
選評の概要 棄権 総行数35 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男55歳
候補 評価 行数 評言
男49歳
16 「(引用者注:私は)「前半が脆いように感じたが」と、述べた」「中村光夫が「他の候補作は、小説の中に小説があるだけだが、この作品には人生がある」という意味の言葉を、微笑まじりに述べられたが、どうやらその評語が、授賞のメドをついているようだ。」
  「「谿間にて」「山塔」「ある異邦人の死」「三十六号室」の四篇が残り、授賞作票決ということになって、私は棄権した。」「選後、佐佐木茂索氏が「前回に授賞作があったら、今回は該当者なしということになっていたかも知れないね」ともらした感想に、私も同意を表した。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和34年/1959年9月号)
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芥川賞 42 昭和34年/1959年下半期   一覧へ
選評の概要 無い 総行数10 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男55歳
候補 評価 行数 評言
  「候補作としてふところに入れて行く作品は今度はないと思った。」「心もとなくて仕様がなかったが、委員会に出席してみて、他の委員諸氏も同様なのを知った。みんな、張りがなかった。」「記述そのものや、印象のつかみ難い作品は、数度読み返した。残念である。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和35年/1960年3月号)
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芥川賞 43 昭和35年/1960年上半期   一覧へ
選評の概要 厚みのある作品 総行数24 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男56歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
13 「最後まで選に残った二作、「夜と霧の隅で」と「パルタイ」双方に授賞してはと私は提案した」「私の疑問は、その長さだった。芥川賞の規定である「短篇」に該当するかどうかと云うことだったが、これは出席委員が全員で認めた。」「特異な題材を扱う作者の自信と、周到な用意が相俟って、厚みのある作品である。」「前回「谿間にて」が候補作に取り上げられたことも、この作者の力倆を知るよすがとなったようだ。」
倉橋由美子
女24歳
14 「最後まで選に残った二作、「夜と霧の隅で」と「パルタイ」双方に授賞してはと私は提案した」「作品評は、すでに各方面でなされているので、蛇足を加えるつもりはない。」「なによりも、その新鮮さを私は買いたい。」「新鮮ということは、芥川賞の生命ではなかろうか。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和35年/1960年9月号)
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芥川賞 44 昭和35年/1960年下半期   一覧へ
選評の概要 「紙の裏」の再録 総行数37 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男56歳
候補 評価 行数 評言
柴田翔
男26歳
5 「ロクタル管の説明から書き出したために、随分損をしていると思ったが、私には一番魅力のある作品だった。」「説明の文章の中にも、正確な美しさがある。」
木野工
男40歳
4 「ひき込まれたが、芥川賞よりは直木賞に向けたい作品だと思った。題材も珍しいし、確りした作品なので、文藝春秋誌上に再録してもらえればと希望した。」
男29歳
6 「読んでいる間は、ホッとした気分だった。神経の行き届いた文章で、安心して物語りについて行くことが出来、美しいと思ったが、芥川賞というものが新風を重んずるとすれば、その点どういうものだろうと発言して、他の委員から余計な心配はいらぬというような言葉でたしなめられた。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和36年/1961年3月号)
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芥川賞 45 昭和36年/1961年上半期   一覧へ
選評の概要 意外な結果 総行数25 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男57歳
候補 評価 行数 評言
宇能鴻一郎
男26歳
11 「私は(引用者中略)推した。若く健康な空想力と、たくましい描写力に感心した。廃坑部落のセットの中で、風変りな西部劇の制作に、また独り芝居に一心不乱になっている、破帽の若い監督を想像した。」
  「「光りの飢え」「海岸公園」「名門」の三篇に、委員の票が散った。散ったために、授賞作品なしという結果を生じた。」「運不運を強く感じると同時に、なにか腑に落ちないものが私の心に残っている。三篇ともに、過去の芥川賞の水準に達していると信じるからである。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和36年/1961年9月号)
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芥川賞 46 昭和36年/1961年下半期   一覧へ
選評の概要 寸感 総行数13 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男57歳
候補 評価 行数 評言
久保輝巳
男33歳
6 「成長期にある中学生の眼が、まっすぐ一篇を貫いている。夾雑物がなく、候補作中私の一番好きな作品だったが、序章という感じが残らないではない。」
男27歳
3 「欠点が多い。しかし、この大芝居に精魂を尽す作者の情熱は、前作の「光りの飢え」と同様さかんなものがある。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和37年/1962年3月号)
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芥川賞 47 昭和37年/1962年上半期   一覧へ
選評の概要 個性ある作品効果 総行数25 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男58歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
13 「二篇(引用者注:「美談の出発」と「烏のしらが」)を、私は選んだ。」「なに一つ高い声を立てることなく、ひとかたまりの飯粒ほどの人間の交渉を描いて、個性ある作品効果をあげている。」「私はその中に、主人公の使う鉄筆の音だけが、絶えずひびいているような印象をうけた。」「主人公の陰に立つ作者は、贖罪という言葉を弱々しく主人公に使わせているが、本音はもっと激しいものかも知れないと思った。」
須田作次
男36歳
7 「二篇(引用者注:「美談の出発」と「烏のしらが」)を、私は選んだ。」「独自な才能を持ちながら、なんとしても無駄が多く、筆が迂回し過ぎて、支持を失ったようである。」
  「芥川賞候補に挙げられる作品が、近来徒らに長く、長くなければ力作でないかのような考え方がありとすれば、考え直す必要がありはしないか。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和37年/1962年9月号)
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芥川賞 48 昭和37年/1962年下半期   一覧へ
選評の概要 いたずらなる“力作感” 総行数33 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男58歳
候補 評価 行数 評言
多岐一雄
男31歳
13 「私は「光芒」と「カナダ館」と「奢りの春」の三つに絞った」「短篇小説としてはほとんど完璧である。」「一つの短篇小説としては、この頃の候補作中頭抜けていると思われる。」「新潮同人雑誌賞を受けたこの作品にも(引用者注:他賞を受けたという理由で失格となった「カナダ館一九四一年」と)同じ影が添ってくる。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和38年/1963年3月号)
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芥川賞 49 昭和38年/1963年上半期   一覧へ
選評の概要 消極的だった選考 総行数15 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男59歳
候補 評価 行数 評言
男48歳
5 「(引用者注:「ソクラテスの妻」と)似たところの多い作品に思われた。」「筆力があり、なかなかの大芝居でもあった。」「採否の別れ目は、幕切れの効果にあったようだ。」
女37歳
5 「賞の対象になる強さを欠いていた。」「「分る人には分る」といった小粒な作品だが、純粋さを買われたようだ。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和38年/1963年9月号)
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芥川賞 50 昭和38年/1963年下半期   一覧へ
選評の概要 積極的になれず 総行数8 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男59歳
候補 評価 行数 評言
女35歳
6 「「感傷旅行」「機関士ナポレオンの退職」「砧」の三篇にしぼられることは、だいたい予測するこが出来たが、それ以上積極的にどれを推すという気持にはなれなかった。」「才筆の中から、なにかの生れるのを期待してよいか、すでにこの中に独自の世界があるのか、私には判断がつかない。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和39年/1964年3月号)
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芥川賞 51 昭和39年/1964年上半期   一覧へ
選評の概要 本来の短篇を 総行数27 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男60歳
候補 評価 行数 評言
男29歳
7 「短篇にしては長過ぎ、長篇にしては肉が足りない。」「構成の点に難があり平面的な感をまぬかれないが、私は同じ作者の「ロクタル管の話」に感心したおぼえもあり、中村光夫氏の説にもあった若さという点を買って、授賞の大勢にしたがうことにした。」
  「候補作品の枚数について、委員の間に申合わせが行われたが、近来力作型の作品が重んじられ、芥川賞本来の短篇というものが表てに出にくい。そういう点を、委員の一人として反省もするし、待望したいと思う。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和39年/1964年9月号)
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芥川賞 52 昭和39年/1964年下半期   一覧へ
選評の概要 強みに欠ける 総行数7 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男60歳
候補 評価 行数 評言
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和40年/1965年3月号)
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芥川賞 53 昭和40年/1965年上半期   一覧へ
選評の概要 別の意義 総行数28 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男61歳
候補 評価 行数 評言
黒部亨
男36歳
3 「持ってまわって素直ではないが、作品は新鮮かつ健康で、芯が一本通っている。短篇小説としての感覚にも狂いがないので、私はこれを推した。」
女37歳
4 「あまり世界が狭すぎると思った。」「しかし、山気のないこうした作品に授賞されることも別の意義があるかも知れぬと、いまは思っている。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和40年/1965年9月号)
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芥川賞 54 昭和40年/1965年下半期   一覧へ
選評の概要 軽さと繊細さ 総行数20 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男61歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
7 「私は最後まで残した。」「(引用者注:「死化粧」と)ほとんど同じ題材を扱っているが、(引用者中略・注:「北の河」の方が)整った文体と抒情味が行き渡っているので、それがより多く好意を持たれる結果になったようだ。」「次作にいまは注目したい。その繊細さの中に多少の危惧を感じるからである。」
長谷川修
男39歳
7 「作者は、(引用者中略)相当な才人である。」「私は最後まで残した。」「軽さを指摘する人が多かったが、今後もこの作家はこの軽さを生かす処に道があると思う。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和41年/1966年3月号)
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芥川賞 55 昭和41年/1966年上半期   一覧へ
選評の概要 次作への期待 総行数20 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男62歳
候補 評価 行数 評言
山崎柳子
女43歳
9 「全篇を包んだ抒情は同性愛に発しているが、この作者の神経はかなり行届いたもので、時には省略に過ぎて立体性を失うような個所すらある。そんな処が、この作品の欠点になったようだが、なお私はこの作者の神経を買う。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和41年/1966年9月号)
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芥川賞 56 昭和41年/1966年下半期   一覧へ
選評の概要 若さに期待 総行数12 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男62歳
候補 評価 行数 評言
男23歳
8 「最後の一票を入れた。題材に圧されることなく、一貫した呼吸づかいで、むしろ鈍重な筆致で書き上げた点がよかったし、作者の若さにも期待が向いた。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和42年/1967年3月号)
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芥川賞 57 昭和42年/1967年上半期   一覧へ
選評の概要 緊密なドラマ 総行数23 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男63歳
候補 評価 行数 評言
男41歳
16 「表現上の欠点は随所にある。」「それにもかかわらず最後までドラマの崩れないのは、作品に籠められた気迫の力で、沖縄の現在とか政治的な問題を扱った素材から直かに来ているのではない。」「現実の問題と、作品の価値とは全く別のものであることを明かにして置きたい。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和42年/1967年9月号)
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芥川賞 58 昭和42年/1967年下半期   一覧へ
選評の概要 暖かみのある筆致 総行数25 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男63歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
8 「大砲の夢を見る辺りでは興ざめしたが、全篇を通じた寛闊な雰囲気に、ある感動を与えられた。そのあたたかみに反撥をおぼえるとなれば、話は別である。」
  「今回の候補作は、優劣をにわかに判じ難く思われたが、それは私ばかりではなかったようで、銓衡会は難航した。」
選評出典:『芥川賞全集 第七巻』昭和57年/1982年8月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和43年/1968年3月号)
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芥川賞 59 昭和43年/1968年上半期   一覧へ
選評の概要 純粋な作 総行数25 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男64歳
候補 評価 行数 評言
女37歳
12 「評判が高かったので、おのずと身構えて読む形になったが、読後の印象は今回の候補作中もっとも純粋であった。」「会話が拙劣だという評が出たが、これは英文小説式の「彼は云った」「彼女は云った」の小うるさい記述が、前後の混乱を呼んだので、会話そのものの拙さではなかろう。」「いずれにせよ、日本文としては整理の必要がある。」「この作品に、私は投票した。」
男42歳
8 「構図に念を入れた作品だが、これでもかこれでもかの画策に、むしろ直木賞的な才能を感じた。」「桜林堂主人の奇癖にいたっては、私などには鼻持ちならなかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和43年/1968年9月号)
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芥川賞 60 昭和43年/1968年下半期   一覧へ
選評の概要 黒井氏に期待 総行数17 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男64歳
候補 評価 行数 評言
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和44年/1969年3月号)
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芥川賞 61 昭和44年/1969年上半期   一覧へ
選評の概要 小説技法の練達 総行数26 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男65歳
候補 評価 行数 評言
男32歳
10 「読み進むうち、この小説は二人以上の筆者による合作ではないかと推理したが、結末の「あとがき」に到ると、そういう読者を予想したかの感想も添えてあった。「薫」というあやつり人形は巧みに踊るが、人形使いの姿が露出する個所もあるのである。」「まことに気がきき才筆なことは確かだが、アイスクリームのように溶けて了う部分の多いことも、この作品の特徴であろう。」
男41歳
4 「小説技法の練達を示した。」「(引用者注:同様に練達を示した「青年よ、大志をいだこう」に比べて)スタイルにも題材にも新鮮さを感じさせるのが授賞の対象となったものであろう。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和44年/1969年9月号)
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芥川賞 62 昭和44年/1969年下半期   一覧へ
選評の概要 読後のさわやかさ 総行数25 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男65歳
候補 評価 行数 評言
古井由吉
男32歳
7 「今度の候補作中もっとも興味をそそられた。」「書き出しの円陣の晦渋な描写(あるいは力み)と、結末に近い中年者の独白のあいまいさが、著しく損をしているように、私には思われた。」
男47歳
4 「読後は、さわやかだった。」「いわゆる随想かも知れず紀行の一形式かも知れず、小説と云い切れぬのが弱味かと思った。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和45年/1970年3月号)
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芥川賞 63 昭和45年/1970年上半期   一覧へ
選評の概要 一篇なら古山を 総行数10 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男66歳
候補 評価 行数 評言
男49歳
5 「「プレオー8の夜明け」と「無明長夜」のどちらかだろうと決めて銓衡会へ出かけ、一篇と限られたならば前者に票を入れるつもりだった」
女36歳
5 「「プレオー8の夜明け」と「無明長夜」のどちらかだろうと決めて銓衡会へ出かけ、一篇と限られたならば前者に票を入れるつもりだった」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和45年/1970年9月号)
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芥川賞 64 昭和45年/1970年下半期   一覧へ
選評の概要 「妻隠」の手練 総行数33 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男66歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
9 「「杳子」にぎっしり塗り込められた異常心理は、データとしては格別珍しいものではあるまい。」「閉じられた世界の開花は、この作の上では私には見られなかった。そこへ行くと「妻隠」の手練は大したもので、却って老成というような印象をうけた。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和46年/1971年3月号)
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芥川賞 65 昭和46年/1971年上半期   一覧へ
選評の概要 「実験室」を推す 総行数23 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男67歳
候補 評価 行数 評言
山田智彦
男35歳
4 「私は推した。もっとも短篇小説らしく、計算も相当行き届いていると思ったが、私の一票と他に半票では、他の作品と太刀打ち出来かねた。」
選評出典:『芥川賞全集 第八巻』昭和57年/1982年9月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和46年/1971年9月号)
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芥川賞 66 昭和46年/1971年下半期   一覧へ
選評の概要 「廬山」を推す 総行数21 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男67歳
候補 評価 行数 評言
秦恒平
男36歳
6 「「廬山」を推した。」「この作者の他作を読んでいる委員からも、積極的な支持はなかったので、大勢にしたがった。私は美しさに殉じた点を大きく買った。」
加藤富夫
男43歳
8 「(引用者注:「オキナワの少年」と)作の出来上りは別として相似を感じた。」「(引用者注:「オキナワの少年」に比べると、冒険を)真向から描いた努力を買い、(引用者中略)泥臭さを私は支持した。」
男36歳
3 「作者の心の広さに敬意を表する。」
男33歳
10 「(引用者注:「玩具の兵隊」と)作の出来上りは別として相似を感じた。」「(引用者注:「玩具の兵隊」に比べると)冒険へのスタートで筆を終えている」
選評出典:『芥川賞全集 第九巻』昭和57年/1982年10月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和47年/1972年3月号)
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芥川賞 67 昭和47年/1972年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数17 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男68歳
候補 評価 行数 評言
男39歳
9 「作者の手腕も磨かれたもので、さながら舞台を見るように、人物も場面も的確に描出されている。」「作の主題は啓蒙的な意味すら持ち、ややもすれば難解過剰な表現におち入り易い新人の手法とは比べものにならぬ出来ばえを示しているが、一口に云ってこの才能は、あるいは直木賞好みかとも考えてみた。」
男37歳
8 「全篇を通じて、主人公は執拗に追跡される。」「追うのは自虐の刃である。」「逃れようとする自己、逃すまいとする自己、その葛藤の中に人間の卑小さや妄執が露呈される。愉快な小説でないことは、最初に作者が承知しているのである。」
選評出典:『芥川賞全集 第九巻』昭和57年/1982年10月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和47年/1972年9月号)
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芥川賞 68 昭和47年/1972年下半期   一覧へ
選評の概要 作品が静か 総行数21 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男68歳
候補 評価 行数 評言
女36歳
4 「「ベティさんの庭」を推した。前作「魔法」から着実な成長があり、個性を伸ばしている点に敬服した。あれこれ眼を移さないので、作品が静かであった。」
加藤富夫
男44歳
4 「(引用者注:「ベティさんの庭」の)次ぎに挙げた。短篇としての仕上げに成功した作品である。たとえば、「重大発表」の意表をついた提示などがそれで、前作「玩具の兵隊」の作者として力量がみとめられる。」
女43歳
5 「読ませる迫力のあるのは、作者が多年題材を育ててきた結果であり、戦争体験がわれわれに刻まれているからでもあろう。席上舟橋委員が、主人公の死で完結したのが惜しいと指摘したのは名評だと思った。」
選評出典:『芥川賞全集 第九巻』昭和57年/1982年10月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和48年/1973年3月号)
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芥川賞 69 昭和48年/1973年上半期   一覧へ
選評の概要 短篇としての特徴 総行数22 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男69歳
候補 評価 行数 評言
中上健次
男26歳
4 「第一印象としては、(引用者中略)私には一番おもしろかった。持って行き場のない十九歳の焦燥と、現実嫌悪の昂りがよく表現されていると思ったが、私の他に支持は一票」
男38歳
9 「(引用者注:「鶸」と「鳥たちの河口」との最終投票の際)私がこの作品に一票入れたのは、この方が自分の好みに合っているからというだけのことで、「鳥たちの河口」が作品として劣るからではない。」「「鶸」の表現には、ニュアンスを重んじ過ぎて人物のシチュエーションがはっきりせぬような欠点がある。」
選評出典:『芥川賞全集 第十巻』昭和57年/1982年11月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和48年/1973年9月号)
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芥川賞 70 昭和48年/1973年下半期   一覧へ
選評の概要 共通の支持 総行数19 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男69歳
候補 評価 行数 評言
男61歳
6 「年期を入れた打込み方は、文句なかった。結末に近く友人が登場する展開について、数氏の批評があったが、長い一冬の自然との対比として、これもよかろうと私は判断した。」
男36歳
7 「単純な題材に、若さが充実していた。なまじいな批判や自省を捨てたところに、爽快な世界が生れた。」「これはこれで完結した一篇である。」
選評出典:『芥川賞全集 第十巻』昭和57年/1982年11月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和49年/1974年3月号)
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芥川賞 71 昭和49年/1974年上半期   一覧へ
選評の概要 一抹の古風さ 総行数23 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男70歳
候補 評価 行数 評言
選評出典:『芥川賞全集 第十巻』昭和57年/1982年11月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和49年/1974年9月号)
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芥川賞 72 昭和49年/1974年下半期   一覧へ
選評の概要 やりきれない暗さ 総行数16 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男70歳
候補 評価 行数 評言
男49歳
7 「今回ははっきり「土の器」と「あの夕陽」に絞られるのではないかと予想した。」「この作があって救われた。主人公への作者の愛情が、それを囲んだ一族の人物を描出するのに過不足なく役立ち、一老女の終焉がやわらか味のある物語として伝わってくる。」「一作ならば「土の器」を選ぶつもりであった。」
男45歳
8 「今回ははっきり「土の器」と「あの夕陽」に絞られるのではないかと予想した。」「冷え切った筆致は、この作者独自のもので、いささかの動揺もない。」「それにしても、この作者の連作の、読後におそってくるやりきれない暗さはなんであろう。」
選評出典:『芥川賞全集 第十巻』昭和57年/1982年11月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和50年/1975年3月号)
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芥川賞 73 昭和50年/1975年上半期   一覧へ
選評の概要 激しく迫る主題 総行数25 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男71歳
候補 評価 行数 評言
女44歳
9 「作者の体験をもとに、記録や他人の体験記にも多く接した上の作品で、一読眼を覆わしめるものがある。」「省略された文章のために、判断しがたい個所もあるが、なんとしてもこの主題は、激しくわれわれに迫る。」
小沢冬雄
男43歳
6 「一児への愛、妻への愛の深まる経過が、骨肉への愛情の手記として、素直に読む者の胸にしみる。」
選評出典:『芥川賞全集 第十巻』昭和57年/1982年11月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和50年/1975年9月号)
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芥川賞 74 昭和50年/1975年下半期   一覧へ
選評の概要 すぐれた筆力 総行数24 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男71歳
候補 評価 行数 評言
男29歳
12 「登場人物の親戚、姻戚関係が錯雑していて、それを呑み込むまで骨が折れた。」「この作者は、一群れの人間を浮出させるのに、すぐれた筆力を持っている。前の候補作「浄徳寺ツアー」でそう思ったことを、今度もあらためて感じた。」
男44歳
8 「今回の候補作七篇のうち、もっとも首尾の調った作品であった。前作に同じ題材を扱った作品があるという指摘もあったが、納得がゆくまで同一材料を書くという方法を私は悪いとは思わなかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第十巻』昭和57年/1982年11月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和51年/1976年3月号)
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芥川賞 75 昭和51年/1976年上半期   一覧へ
選評の概要 老婆心 総行数11 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男72歳
候補 評価 行数 評言
男24歳
7 「これを迎えるジャーナリズムの過熱状態が果してこの新人の成長にプラスするか否か、(引用者中略)群像新人賞というふさわしい賞をすでに得ている、次作を待って賞をおくっても決して遅くはないと思った。まさに老婆心というところであろう。」
選評出典:『芥川賞全集 第十一巻』昭和57年/1982年12月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和51年/1976年9月号)
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芥川賞 76 昭和51年/1976年下半期   一覧へ
選評の概要 次作に期待 総行数27 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男72歳
候補 評価 行数 評言
  「今回の候補作七篇は、一応粒が揃い、野心ばかり眼に立つという種類の作品はなかった。」
選評出典:『芥川賞全集 第十一巻』昭和57年/1982年12月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和52年/1977年3月号)
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芥川賞 77 昭和52年/1977年上半期   一覧へ
選評の概要 「前衛的な作品」 総行数24 (1行=26字)
選考委員 永井龍男 男73歳
候補 評価 行数 評言
高橋揆一郎
男49歳
4 「短篇小説としては一番すぐれていると思った。題名が余りに直接的で、そぐわないのは残念である。」
男29歳
5 「若さ、群集を書きまくるエネルギーに将来性を感じた。」「欠点も多い代りスケールは(引用者中略・注:「五月の傾斜」より)大きかった。」
男43歳
6 「精密な素材の配置と文章で組立てられていたが、緻密な描写が拡がるにしたがって、端から文章が死んで行き、これは文学ではないと思った。」「遠い日本妻の述懐が浄瑠璃風な陰湿な伴奏を繰返し、空虚な痴態だけが延々と続く。」
  「二篇の授賞作のうちの一篇(引用者注:「エーゲ海に捧ぐ」)を、まったく認めなかったということは、委員の一人として重要な問題である。」「当然委員の資格について検討されなければなるまいと考えた。」
選評出典:『芥川賞全集 第十一巻』昭和57年/1982年12月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和52年/1977年9月号)
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