芥川賞のすべて・のようなもの
選評の概要
3940.
4142434445.
4647484950.
51525354.
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Last Update[H28]2016/10/17

井伏鱒二
Ibuse Masuji
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生没年月日【注】 明治31年/1898年2月15日~平成5年/1993年7月10日
在任期間 第39回~第54回(通算8年・16回)
在任年齢 60歳4ヶ月~67歳10ヶ月
経歴 本名=井伏満寿二。広島県深安郡加茂村(現・福山市)生まれ。早稲田大学仏文学科中退。
受賞歴・候補歴
  • 第6回直木賞(昭和12年/1937年下期)『ジョン万次郎漂流記』その他
  • |候補| 第3回毎日出版文化賞(昭和24年/1949年)『シビレ池のかも』
  • 第1回読売文学賞[小説賞](昭和24年/1949年)「本日休診」その他
  • 第12回日本藝術院賞[文芸](昭和30年/1955年度)小説『漂民宇三郎』など
  • |候補| 第11回読売文学賞[小説賞](昭和34年/1959年)『珍品堂主人』
  • |候補| 第6回新潮社文学賞(昭和34年/1959年)『珍品堂主人』
  • |候補| 第14回読売文学賞[研究・翻訳賞](昭和37年/1962年)『ドリトル先生物語全集』《翻訳》
  • 第19回野間文芸賞(昭和41年/1966年)『黒い雨』
  • |候補| 第8回毎日芸術賞[文学部門](昭和41年/1966年度)『黒い雨』
  • |候補| 第21回毎日出版文化賞(昭和42年/1967年)『黒い雨』
  • 文化功労者(昭和41年/1966年)
  • 文化勲章(昭和41年/1966年)
  • 第23回読売文学賞[随筆・紀行賞](昭和46年/1971年)『早稲田の森』
  • 東京都名誉都民(平成2年/1990年)
処女作 「やんま」(大正8年/1919年)
「たま虫を見る」(大正8年/1919年)
「鯉」(大正15年/1926年)
「山椒魚」(昭和4年/1929年)
個人全集 『井伏鱒二全集』全12巻(昭和39年/1964年9月~昭和40年/1965年8月・筑摩書房刊)
『井伏鱒二全集』全14巻(昭和49年/1974年3月~昭和50年/1975年7月・筑摩書房刊 増補版)
『井伏鱒二全集』全28巻・別巻2(平成8年/1996年11月~平成12年/2000年3月・筑摩書房刊)
備考
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下記の選評の概要には、評価として◎か○をつけたもの(見方・注意点を参照)、または受賞作に対するもののみ抜粋しました。さらにくわしい情報は、各回の「この回の全概要」をクリックしてご覧ください。

芥川賞 39 昭和33年/1958年上半期   一覧へ
選評の概要 大江と北川 総行数22 (1行=26字)
選考委員 井伏鱒二 男60歳
候補 評価 行数 評言
男23歳
18 「才能の感じられる新鮮な作品という意味で大江健三郎氏の二作を推しました。」「発足するにおいて托する主人公の優秀な五感をはっきり六根に擬装させ、これでもって陳腐へ左様ならしながらまともな作者の影を写していると思いました。自己満足癖を否定している点にも新鮮味を感じました。こんなのは流行だと感じるのはこちらが古いんだと知れと秘かに頷きました。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和33年/1958年9月号)
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芥川賞 40 昭和33年/1958年下半期   一覧へ
選評の概要 新人に非ず 総行数14 (1行=26字)
選考委員 井伏鱒二 男60歳
候補 評価 行数 評言
  「読んだ範囲ではたって推薦したい作品はないのであった。」
選評出典:『芥川賞全集 第五巻』昭和57年/1982年6月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和34年/1959年3月号)
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芥川賞 41 昭和34年/1959年上半期   一覧へ
選評の概要 選後感 総行数17 (1行=26字)
選考委員 井伏鱒二 男61歳
候補 評価 行数 評言
男49歳
14 「個性があるという点では(引用者中略・注:一票を)入れたいが、ところどころ表現に小さな無理があるので迷わされた。」「(引用者注:「山塔」と「三十六号室」の)二つのうち、どちらかが取りあげられる話になったらそれに賛成する。――私は病気で銓衡会に出席できなかったので、そういう意味のことを(引用者中略)電話で伝えておいた。」「文章に無理があると私が解したのは、人の使い古した言葉を避けようとして、それの度が過ぎているためかもわからない。」
古田芳生
男39歳
10 「力作という点では(引用者中略)一票を入れたいが、報告的なところが気になるので迷わされた。」「(引用者注:「山塔」と「三十六号室」の)二つのうち、どちらかが取りあげられる話になったらそれに賛成する。――私は病気で銓衡会に出席できなかったので、そういう意味のことを(引用者中略)電話で伝えておいた。」
  「今度は作品が揃っていると思われたので選ぶのに迷った。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和34年/1959年9月号)
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芥川賞 42 昭和34年/1959年下半期   一覧へ
選評の概要 皮肉なもの 総行数10 (1行=26字)
選考委員 井伏鱒二 男61歳
候補 評価 行数 評言
  「今度は票を入れたい作品がなかった。」「以前、私が直木賞の銓衡委員をしていた頃は、芥川賞の候補作品にはいいものが相当にあったという話である。」「ところが今度、私が芥川賞の方にまわると、直木賞の候補作品には面白いものが相当にあるという話であった。どうも皮肉なものである。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和35年/1960年3月号)
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芥川賞 43 昭和35年/1960年上半期   一覧へ
選評の概要 幅と重厚味 総行数12 (1行=26字)
選考委員 井伏鱒二 男62歳
候補 評価 行数 評言
男33歳
5 「力作のようでもあるし、この前の「谿間にて」にくらべると幅と重厚味があるようだし、大きく伸びつつある作家ではないだろうかと思った。堂々たる作品だと思った。私はこの作品を推すことにして会に出た」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和35年/1960年9月号)
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芥川賞 44 昭和35年/1960年下半期   一覧へ
選評の概要 貧乏を書く 総行数13 (1行=26字)
選考委員 井伏鱒二 男62歳
候補 評価 行数 評言
男29歳
6 「清純である点に私は心をひかされた。沈痛な感もあるようだ。美しく貧乏することは難しいが、そういう貧乏をまた美しく書いてある。」「私は(引用者中略)この作品を第一候補にあげ、」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和36年/1961年3月号)
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芥川賞 45 昭和36年/1961年上半期   一覧へ
選評の概要 感想 総行数22 (1行=26字)
選考委員 井伏鱒二 男63歳
候補 評価 行数 評言
山川方夫
男31歳
9 「私は、とにかく自分は山川方夫の「海岸公園」をとりたいと云った。とると云っても、除くという意味でなくて、「採用」のとる意味だと云った。自分はこの作品を推すと云った。」
  「今度は運が悪かったと云うのが通じての意見だが、いずれにしても自分は発言の仕方を早まった。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和36年/1961年9月号)
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芥川賞 46 昭和36年/1961年下半期   一覧へ
選評の概要 報告 総行数19 (1行=26字)
選考委員 井伏鱒二 男63歳
候補 評価 行数 評言
田久保英夫
男33歳
12 「自分は『解禁』を推したいと思う。この作品は前半が意識のよく行き届いた方法で書かれており、決して張子ではないように人間の姿が表現されていると思った。」「後半の瑕瑾は問題でないと思ったほど前半に感心した。」「当日、私は欠席したが、たいてい「解禁」が受賞するだろうと思っていた。」
男27歳
9 「問題になりそうだと思ったものを三つ(引用者注:「海の屑」「鯨神」「解禁」)選んでみた。」「「(引用者注:銓衡会場からの電話に)その二篇(引用者注:最後に残った「鯨神」と「透明標本」)のうちなら『鯨神』に票を入れる。」と回答した。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和37年/1962年3月号)
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芥川賞 47 昭和37年/1962年上半期   一覧へ
選評の概要 半票を投じる 総行数16 (1行=26字)
選考委員 井伏鱒二 男64歳
候補 評価 行数 評言
男34歳
9 「今回は該当者なしと答えたいが、須田作次と川村晃に注目した。」「説明たらずのところもあるし説明過剰のところもある。しかし風変りな冒険的な生活を、よくも「個人経営の社会事業」と云ったものである。」「もしこの作品が問題作になって投票できめる場合には、自分はこれに半票を投じたい。そう申し入れておいた。」
選評出典:『芥川賞全集 第六巻』昭和57年/1982年7月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和37年/1962年9月号)
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